天上の人類ーThe celestial mankindー 作:ピエロギ
『それで?』
「死体になる前、少しだけ口が聞けた。鎮痛剤を入れて話を聞いた」
『価値はあったのですか?』
「この子が、あの地下のスカベンジャー達の一味で、蟻たちに襲われて逃げ出し、物資や生き残りを探すために戻ってきた、ということだけだ」
『他にないのか』
「…ない」
『それでは、無駄骨だったですね』
事実である。何かメリットがあってやった行為ではない。
俺の独断で医療品を使ったのは、少年が痛みの中死んでいくのが忍びなかったというエゴだ。
そんなこと、無駄だということは百も承知である。
「まぁ、いいじゃないか?それでどうするよ?その子」
「ここに置いていったら、蟻たちや他の変異種の餌食だ。だから…弔いたい」
『地面に埋めた所で、掘り出されるでしょう』
「だからこれで…火葬したい」
俺は、手に持ったA.R.Cを指し示めした。
「できる限り、他のスカベンジャーたちも一緒に送り出したい。手伝ってくれるか?」
そう心の内を明かした。
「断ると思ってんのか?」
レオは賛同、問題は残りの二人だ。
『…不要な労力です』
『まぁ、カインよ。こいつらの好きにさせていいんじゃないか?』
予想外にも、アベルが賛成。
『…分かりました。協力させていただきます』
カインも同意し、我々は瓦礫の中から亡骸を集め始めた。
多くの遺体は体が欠けており、五体満足であるのは少ない。
一つ一つ、丁寧に遺体を並べて布で覆う。
一度、あの地下に戻り、ブリキのおもちゃを少年の近くに置く。
A.R.Cを使って火を布地の端に灯す。
炎は、すぐに伝播し、布から布へと続く。
炎が上がる中、静かに祈りを捧げる。
灰となった命が風に乗って空へと舞い上がっていった。
「なぁ、もしかしてここの奴らが蟻に襲われたのって….」
灰が舞い上がる中、レオも気づいたのだろう。
「俺たちがここで蟻たちを刺激したからだろうな。かなりの数を処理したはずだ。蟻たちが危機を感じ、近場の手頃で別の獲物を狙った」
「つまり、俺たちのせいか…」
レオは貧しい人々がどのように暮らしているのか知っている。
まともに食事を取れず、レイダーに怯える日々。資格が無ければ都市に住むことができず、外壁近くにある貧困地域で漁ってきたものを売り、得た少ない金でなんとか生き長らえる生活。
『そうかもしれないな。だが、あの人数だ。遅かれ早かれ変異種に襲われていた。あいつら、人間の血肉が大好きだからな』
「分かっている。だからってそう簡単に割り切れない」
俺が行ったことこそ自己中心的な罪悪感から逃げ….だったのかもしれない。しかし、そうだったとしても…この行いを後悔することはない。
舞う煤が、また少女の形になる。
(…俺に力を貸したことを後悔したか?)
少女の形をした煤は、ゆっくりと首を横に振った。その仕草には、後悔の色は見えない。
(俺たちはヒーローじゃない。君が生きていた時代から長い年月が経ったとしても…困窮する者は後を絶たない。こうした現実をこれからも見ることになる)
煤の少女は少しだけうつむき、顔を伏せた。その後にあたりに吹いた風に乗ってA.R.Cに吸われていった。
…
…
…
「これが、今回の成果によって新たなに作れたものだ」
研究所内で実体の持ったアベルから長方形の黒い物体を渡させる。
「コンポジット梱包爆弾、巣破壊用の爆弾です」
少量とは言え、この短期間でどういって製造することができたのか。
「こいつの主成分の
「確かにRDXの製造には通常、ヘキサミンと硝酸、硫酸の混合溶液を使用しますね。今回は、貴方たちが手に入れた貴金属を触媒として利用して、蟻たちの死体を材料に分子レベルでの再構成を行いました。しかし、大量に作るとなると電力コストと無駄な材料多くなるため、オススメできませんがね」
カインの説明を聞いても、簡単には理解できなかった。それに今は…
「難しいことはわかんねぇけどよ。取り合えず、こいつを巣の中にある卵がたくさんあるところに仕掛けて爆発させればいいんだろッ?」
レオの言葉に、アベルとカインが続ける。
「蟻たちが発するフェロモンの合成も完了しています」
「地上でそれを散布する機械もなッ!」
「それで、地下にいるクイーンを引っ張りだす。地上なら全力の火力でぶつかれるからな」
「地下での戦闘でそのA.R.Cは使わない方がいいでしょう。一酸化炭素中毒にでもなれば、目も当てられません」
「分かっている。フェロモンでうまくおびき寄せてくれ」
「もちろんです」
準備は整った。あとは実行あるのみ。蟻の巣を爆破し、クイーンを地上に引きずり出す。この作戦が成功すれば、近場の脅威を排除、加えて地下にある資源を掘り出して回収できる。しかし、危険も大きい。慎重かつ迅速にやらなくてはいけない。
「これを二つ。グラップリングフックです。先端は鋭利な刃の返しが付いていますが、武器として使わないで下さいね」
グラップリングフックを受け取り、その重みを確かめる。確かに武器として使えそうだが、移動や緊急時の脱出に使うべきだろう。
「了解した。外の廃墟でテストしてから作戦開始だ」
準備を整え、作戦実行へ。
…
…
…
「手ェ掴めッ!」
俺の声に応え、レオは素早く手を伸ばす。レオの強い握力が俺の手首を掴んだ。一気に引き上げ、崖のような垂直な縦穴を登る。
「危なかったな」レオが息を切らしながら言う。
「あと少しで奴らの餌食になるところだった」
下の方では、蟻たちの甲高い声と足音がする。巣内部の蟻が外に出ようと移動している音だ。
「それにこの温度、どうにかなんねぇのか?」と悪態をつく。
地下というわけか、こいつらの習性か、巣の中はかなり暑い。
「もうすぐ着くはずだ。気を抜くなよ」
グラップリングフックでさらに穴を下っていく。途中にいた蟻は、銃で対処、
大方がフェロモンで地上に出ていったらしくほとんど残っていなかった。
さらに下へ行けば、何やら腐乱臭が漂う小部屋が。
「ウゥ…!!」
中を見れば、蟻たちの食糧庫であった。人間の腐敗した死体、他の変異種の死体、それに食べることができない武器や犠牲者が持っていた遺品が散らばっている。
その中に、一つ、比較的最近のもので埋もれていない血と骨が付いた金属の缶のようなものがあった。
「…オ…オィ…」
相方が引き留めるが、俺は”それ”を確認しなければならない。
血と糞に塗れた缶を引っ張り、それが”ガイ”と潰れた文字、持ち主が手形の付くほど力を込めて握っていたのか、黒く変色していた“ブリキのおもちゃ”だった。
瓜二つの似たおもちゃを知っている。これの持ち主は、生きたまま巣に連れてこられて、きっとこのおもちゃの基になった少年が助けにくると願い、地下深くで生きたまま喰われた。
「………………」
「オイ…早く行こうぜ…蟻どもが来るかも」
「わかった…」
おもちゃを握りしめ、俺は深く息を吐いた。
...
...
...
あの地獄のような部屋からさらに進むと巨大な空洞に繋がった。
その壁、床にびっしりと白い巨大な卵で覆われていた。
「気持ちワリィ…」
隣からこの光景の感想を聞こえる。同意見だ。
「ここで爆弾を仕掛ける。手分けするぞ」
バックからコンポジットを取り出し、レオに渡す。
「了解!」レオが頷く。「俺は右側を担当する」
二人で手分けして爆弾を設置し始める。粘土のような質感のコンポジットを卵の間に押し込んでいく。作業中、時折卵が動くのを感じ、背筋が凍る思いがした。
「おい、こっちは終わったぞ」レオの声が響く。
「あと、この空間を支える柱に設置すればいい」
「早いとこ、こんな場所から離れようぜ」とレオはかなり参っている。
グラップリングフックを使って、柱に宙吊りになってしがみ付いた瞬間。
この空間のさらに奥。
巨大な穴から巨大な蟻が這い出てきた。
いや、蟻というには異形の形をしていた。
頭部は二つに別れ、でっぷりとした腹部が節から分かれ、三つある。
小声で「クイーンだ」と呟く。