天上の人類ーThe celestial mankindー 作:ピエロギ
「ッ———————!!」
トンネルを凄まじい速度で駆ける。この景色は…瞬時に部屋へと変化した。
「私の倅たちは役に立ったかな?」
目の前に異形、アダムから数日ぶりにその厳かな声を聞いた。
「…この数日は、ずっと頼りになりました」
「であるならば、良かった」
「今、あの二人は姿が見えないのですがいるのでしょうか?」
今、この部屋にあの二人がいない。いや、もしかしたら隠れているのかもしれない。
「フム。要件があればすぐに呼べるが、今ここにはいない」
「そうですか。それで…二人の仕事ぶりを聞くために私を呼んだのですか?」
「いやいや、そのようなことで呼びはしない…ここに呼んだ理由は…」
アダムについては分からないことが多い。会話することがほとんどなく、俺たちと直接関わるのはカインとアベルだ。
そのような疑問を悠長に浮かべながら、俺は目の前の相手を見ていた。
「君の疑惑について解消しようとねェ!!」
アダムからの気配が一気に変化する。神々しさすらあったその雰囲気から、一気に禍々しいすべてを破壊する悪魔のソレに。
床が崩壊する。いや、この部屋にあったものが砕かれたガラスのように飛散し、消滅していく。あるのは、奈落への落下。闇へ吸い込まれていく。
「ヴゥアアァ!!」
精神が本能的恐怖に支配される。このまま死ぬ。直感がそう叫ぶ。
だが、暗闇の中に一つの小さな光が見えた。次の瞬間、いきなり強い垂直方向の慣性が働き、ギュっと目を閉じてしまった。
「目を開けてくれ、契約者よ…」
声が聞こえる。また厳かな声色だが、哀しさを感じられるものに変化した声に従い、瞳をゆっくりと開ける。映し出された光景は以外なものだった。
「…花?それに蝶?」
一面に広がる多種多様な花々、遠くを見れば少しこんもりとした丘があり、美しい水が湧く池、遠くには森が見えた。
「美しい場所だろう…楽園(エデン)であった所だ…」
あの時に見せた悪魔のような気配は消え、ただ哀愁が残る上位者は続けて言葉を紡ぐ。
「あの丘の先、見えるか?頂上付近にある二つの木を…」
指し示された場所へ視点を動かす。丘の頂上、ちょうど太陽が燦燦と輝いている場所に二つの低木があるのが見える。だが、距離が遠すぎてただ木のシルエットが見えるだけだ。
しかし、視線の先に移ったのは木だけではなかった。
二人の人間がこちらに向かって歩いてきている。
「誰かが、こっちに向かって歩いてきています」
「あぁぁ、あぁぁ、そうだろうよ。こっちに来るだろうさ…」
アダムの何とも答えになっていない回答は全く別の声色になっていた。
こっちからも近づいて、どんな人物か確認しようとするが、数歩動けば見えない壁に邪魔される。
「なんだよ…これ」
俺が狼狽している内にこっちにどんどんと人影は近づいてくる。
そして、その姿を見た。一人は筋骨隆々、灼熱を表すかのような赤毛、しかしその瞳はこれまで見たどんなものよりも透き通った深い蒼。もう一人はしなやか体付きで、太陽が反射しているのか光り輝く金色の長髪、瞳は翡翠とも言えない、自然の木々が出す深い翠であった。
草や葉っぱで最低限の所を隠した、文明人とは真逆の存在。本来は卑しいと感じる格好をした二人だった。しかし、彼らの表情は自信に満ちあふれ、神秘性すら感じる上位の存在だと脳が勝手に認識してしまう。
二人は俺に気付くことなく、だた素通りしてアダムの方に行く。アダムは何も言わぬまま、二人が横を抜けた時
「…イヴ…」
本当に小さい言葉を発して、女性の方へ手を伸ばしたが、それは虚空を掴むだけの結果になった。
視界が暗転する。今度はどこかに上がっていく感覚が。
気が付けば、元のあの部屋に。
「さっきのはなんだ?俺に何を…」
「記憶だ。私自身の中で最も遠い記憶。実に…実に愚かしい」
「あの二人は…片方をイヴと言っていたが、男の方は…」
「…察しが良いな。オリジナルアダム。分化する前の私だ」
衝撃的な真実だ。目の前にいる異形の頭が過去、あのような偉丈夫であったとは。
「最初に出会った時に、人工知能と言っていたはずだ。だが、オリジナルは人間…?」
「フム、混乱させてしまったな….。整理しよう。あの楽園、エデンは実際には存在しない。あそこは仮想空間、箱庭だったのだ」
現実に存在しないと言われれば、確かに非現実的な場所であった。あまりに完璧で美しすぎた。
「私を創造した者達は、世界の支配者だった。そう、君たちの言う第一人類。彼らだ」
「待って下さい。確か、あのバンカーは第二人類によって建てられたものだと。何故あそこに?」
「…第二人類と呼ばれる者達との戦争の最中、私たちは見捨てられ、置いて行かれた」
「それで、今度は彼らに利用された…」
「その通り。その過程で、イヴ。私の半身にして、妻である彼女と生き別れた」
「あの女性ですね。カインの髪の色に似た瞳の」
「そうだ。お前の仇敵である人物に奪われ、閉じ込められいる」
ここに来て、利害関係がはっきりとした。
「つまり、好きな女性のため?」
すると、相手は手を口に当て、
「そう言われると恥ずかしいが、そうだ。愛している女性の為だ」
今まで、アダムの目的は何だろうと警戒していた。過去の人類の復活や現人類の絶滅などの最悪のものも予想していた。
もちろん、これは嘘で俺を騙す為と考えることもできる。だが、あの時に見せた悲痛さは俺も経験がある。これは事実だ。
しかし、まさか、女の為だとは思わなかった。それは…まるで…
「俺みたいだ…」
気付かぬ内に漏れ出た言葉だった。
「確かに…似ているな。…アレが君にやった非道は決して許されるものではない」
「慰めなくていいですよ…」
「いや、これだけは言わせてもらおう。君の愛した者とその中に宿っていた…」
「ヤメロッ!!」
俺の声が響く。心拍数が一気に上がり、跳ね返った声と心音で煩い。
「…それからか。子供の死が耐えられなくなったのは」
「…流石に見透かされていたか…」
「このことは、あの時に見た君の記憶にはない情報であったが、ここ数日の君の行動や心理変化から到達した」
アダムの答えを大人しく聞く。これも…事実だ。彼の推察通り。
「…いきなり大声を出して申し訳ございません」
「いや、謝るのはこちらの方だ。勝手にプライベートを詮索した私に非がある。申し訳なかった。謝罪する」
腰を深く曲げ、頭を下げてきた。その姿を見れば…
「頭を上げてください。もう…いいですから」
「君は誠の紳士だ。無礼を許せる広い心を持った」
ここの支配者は頭を上げ、俺の方へ一歩近づく。
「これは…褒美や謝罪の品というわけではないが、君がここまで来るまでの疑問点についての解を教えよう」
「例えば…どのような?」
すると、かの者は手を俺の前に出し、人差し指を一本立てた。
「君以外の契約者についてだ」