目覚めているはその魂 作:いろはす小野寺
プロローグ
ダンジョンに出会いを求めるのは間違ってはいないと思う
出会いとは千差万別、十人十色
〝オラリオ〟で出会うときもあるだろうし、出会わない場合もある
かく言う今ダンジョンを走っている女性新米冒険者〝ゼペリ・ランバルト〟もそんな英雄譚に出てくるような英傑に出会えたらいいな、と僅かな希望を交えて冒険者となった女性だ
彼女は〝ユザレファミリア〟というファミリアの所属、もとい眷属である
このユザレファミリアは弱小、とまではいかずとも知る人ぞ知る、みたいな感じのファミリアである
団員も少数ではあるがそれなりに楽しくやっている規模のファミリアだ
そんなファミリアに、先日ゼペリは入団した
基礎知識やダンジョン知識、冒険者の心得とか色々と詰め込んで、今日、一層だけソロで挑もうと思い、ダンジョンへと足を踏み入れたのだ
最初は順調だった
手に持った剣でゴブリンを斬り裂き、その攻撃を回避し、反対の手のバックラーで受け止める
油断をしなければ問題はない
そう、問題はないはずなのである
だけどそんな順調だったはずの彼女は、一体のイレギュラーに遭遇する
初めてその姿を目にしたときは、まず驚きの感情が勝っていた
〝黒い人型の化け物〟
それをゼペリは知識としては一応知ってはいた
〝アンノウン〟
おおよそ一週間に一度の割合で階層関係なしに現れる〝バグ〟のような存在
オマケに個体ごとに強さにばらつきがあるらしく、レベル1でも倒せたり〝ロキファミリア〟の幹部クラスでないと倒すのが難しい個体がいる
しかし今目の前に現れたのは最も下位のアント
一体ぐらいなら自分でも行ける、そう思ってゼペリは剣を構えた
だが見通しが甘かった
一体だけかと思っていたアントの後ろからわらわらと一体、もう一体とまたアントが現れたのだ
ゼペリは恐怖で顔が引きつるのと同時、察した
ここまでの数は無理だ、と
最も下位であるアントと言えど、倒すのには時間がかかる
オマケに自分はソロ、無理はできない、そして何より―――死にたくない
迷いはなかった
◇
一層はまだ上階層ということもあり比較的安全である
出てくるモンスターもゴブリンなどの比較的弱く、倒しやすいモンスターばかりだ
そもそもダンジョンに出現するモンスターは階層ごとに大体決まっており、例外を除いてそれが覆ることはない
それを無視しているのが〝アンノウン〟と呼ばれるダンジョンに発生するバグだ
一応倒せるには倒せるが、モンスターにあるはずの魔石すらなく、ただ鬱陶しいだけ
それ故に基本的に冒険者の面々からは嫌われている存在だ
幸いにもゼペリは一層の構造は頑張って頭に入れておいた
だから問題なく帰れるはず―――そう思っていた矢先である
「ッ!!」
前方から数体のアントと、それを率いるように赤いアントが歩いてきていた
「じょ、上位のアントまで…! なんてタイミング…!」
不運すぎる
ここで時間を食えば間違いなく死んでしまう
現に後ろからは未だにこちらを追いかけてきているアントたちが来ている
どうにか、あの赤いアントを突破できれば…そう思って剣を構えた時だった
前方―――赤いアントたちの後ろから、〝光〟が近づいてきた
よく見るとそれは人型に見えるが…まぶしくて誰かは分からない
しかしはっきりと光は近づいてきて―――一瞬ひと際眩しく光が輝いたと思ったその時、その光は跳躍した
降りてきた場所は、ゼペリの近く
着地して顔を見たその姿を、ゼペリは知っていた
金色のボディ、そして金色の二本の角
そう、この存在も、講習で触れたことがあった
「あ、〝アギト〟…?」
アギト
それはアンノウンを優先的に倒していく、ダンジョンに現れる助っ人…のような存在
目的も何もわからないが―――少なくとも冒険者の敵ではないということだけオラリオに知れ渡っているのだ
◇◇◇
「ヘスティア―? 朝だよー、ほら起きて」
寝室の布団で寝ている黒髪ツインテの頭を軽く揺する
ぐわんぐわんと動かされた彼女の身体は徐々にその意識を覚醒させていく
「ぬわぁ…もう朝かい…?」
「そうだよ。もう朝ごはん出来てるから早く起きて。今日も眷属探すんでしょ」
「…うぅ、そうだったぁ…昨日の時点で48人目の勧誘失敗だったからなぁ…ちょっと流石に〝ユーウツ〟だよ」
「数打てば当たるよ。たぶん」
「他人事がすぎるっ! 一応キミだってボクの眷属なんだからね! 〝ショウ〟くんっ!」
ショウ、と呼ばれた男性は「ははー」と笑みを浮かべて
「そりゃあそうだけど。なんかいろんな人に断られるヘスティアがちょっと可哀想に見えたから入ったって感じだから、あんまそんな意識なくって」
「一応ボク神様だからね? ちょっとぐらいは敬ってほしいなーって」
「はは」
「いや〝はは〟じゃなくって」
「さぁ、朝ごはん食べよう! 今日の朝はパンだ!」
「流すなーっ! パンは頂くけどね!!」
そんなこんなで、騒がしい朝は過ぎ去っていく
これが最近の〝ヘスティアファミリア〟の朝だった
◇
ショウイチ・タチカワ
縮めてショウ
それが彼の愛称だった
自分の人生は正直言ってここに来るまで散々だった
子供のころになんだかよくわからない連中に攫われて、人体実験やら身体に〝ナニカサレ〟て、連中が〝賢者の石〟と呼んでたよくわからないものを埋め込まれて
それがきっかけかはわからないが、ショウはある力に目覚めた
覚醒したといった方がいいのだろうか
意思と決意、覚悟を持って戦う気持ちを作ると、〝変身〟する力に目覚めたのだ
そして自分を改造した連中が壊滅したのもその頃だった
早い話、ショウイチは助けられたのだ
赤い複眼に、二本の触覚、赤いマフラーのようなものをしたよくわからない人に
よくわからないばっかだな、とは思うが子供のころの話なのだ、記憶は正直朧気である
そこからはしばらくその人の所でお世話になった
既に両親も知人も知り合いもその時はいなかったので、正直それはありがたかった
同時に目覚めた力の方も、その人のに師事して、徐々に扱えるようになっていったのを覚えている
やがて〝彼〟は再びどこかにいかねばならない、としてある場所にショウイチを預けた
それが〝豊穣の女主人〟と呼ばれる冒険者向けの大衆酒場だった
◇
現在、ショウイチの足取りはその豊穣の女主人へと向かっている
ヘスティアファミリアに入った後も彼は定期的にその酒場へと足を運んでいた
理由は当然恩義もあるが、何よりもショウイチは料理するのが好きだったから
豊穣の女主人の前に行くとそこには一人のエルフの女性店員が店のお掃除をしていたところだった
ショウはそのエルフの店員の近くに行って言葉を投げかける
「やぁ、リューさん」
「おや。おはようございますショウさん。…もしかして手伝いにきてくれたのですか?」
掃除の手を止めてエルフの店員―――〝リュー・リオン〟はそう返事を返す
こちらを見つめてくる翡翠のような瞳を見つめ返し、ショウは答えた
「うん。日課みたいなものだしね。ミアさんは店内?」
「えぇ。アーニャやみんなもいますよ」
そう言ってリューはそのまま女主人の出入口を指さした
現在は準備中なので〝クローズド〟な状態ではあるが、ショウは気にせずその扉を開けて店内へ入っていく
「すいませーん、ショウイチですけどー」
そのまま店内に聞こえるように少し大きめにショウは口を開いた
するとカウンターの方からガタイのいい女性が顔を出す
このお店〝豊穣の女主人〟の店主、〝ミア・グランド〟である
彼女はショウの姿を視認すると
「あら。ショウじゃないか。また来てくれたのかい?」
「はい、大丈夫ですか?」
「もちろんさ。いつも悪いねぇ、もうファミリアに入ったってのに」
「いえいえ。僕が好きでやってるだけなので。あ、それじゃあ厨房にお邪魔しますね」
挨拶もそこそこにショウはそのままミアから受け取ったエプロンを手慣れた手付きで身に着けると軽く手を洗い厨房へ踏み入れる
そのまませわしなく厨房を動いていたクロエやアーニャに挨拶しながらショウイチはそのまま仕込みを手伝い始めるのだった
◇
「終わったニャー…」
アーニャが大きく背伸びをし、息を吐く
彼女は椅子に腰かけており、そのまま机へと上半身を預けた
「おつかれさまアーニャちゃん。軽食作ったから食べてよ」
「むむっ、いいのかニャ? 後でお金とか―――」
「取んないから。むしろアーニャちゃんたちは夜からが本番でしょ」
机に突っ伏すアーニャの近くにコーンスープと焼いたパンを置く
こちらのパンとスープは自前で持ってきたもので作ったものだ
店内の食材を勝手に使うわけにも当然いかない
そんなことしでかした日にはボッコボコにされることが目に見えているからだ
「他の人の分も作ってあるから、開店に備えて休んどいてよ」
「んー。相変わらずその辺の女子より女子力高いニャー、ショウイチは」
自分の分をお鍋からよそいながらクロエにそんなことを言われた
あんまりそこらへんを考えたことはないのだけど、料理作る人ってやっぱり女々しく映ったりするのだろうか
「いやいやー、料理が好きなだけだって。流行るかもしんないよ? クッキング系男子とか」
「どうかニャー? まぁここの連中はみんなショウイチの料理気に入ってるから、気にしないでもいいかもニャ」
スープにパンを軽くつけ、ぱくつきながらクロエが言った
元々気にしたことはないけど、そう言ってくれると有難いし嬉しくもある
五年くらい前はひと悶着あったけれど、今では立派なウエイトレスさんだ
詳細は省くが、〝豊穣の女主人〟の大半のメンバーは皆〝訳あり〟だ
かく言う自分も上述の通り訳ありっちゃあ訳ありの関係者、みたいもんである
いつか語るときがあるかな、とは思いながら今は関係ないので思考を放棄
「さて、今日はそろそろ戻ります」
「おうとも。こいつは手伝ってくれた礼だ、受け取りな」
そう言ってミアは少し強引にお駄賃として数千ヴァリスを握らせる
本音を言うとあんまり受け取りたくはない―――だがしかし、今のヘスティアファミリアのお財布事情を鑑みると有難いものではある
「すいません、僕が勝手に手伝ってるだけなのに、こんな…」
「気にするんじゃないよ。〝アイツ〟からお前を預かったときから、私はお前の母親なんだからな。親の好意は、素直に受け取っときな」
「ミアさん…ありがとうございます」
いつか恩を返さないといけない
そう思わずにはいられなかった
いつ返せるかは、わからないけど
◇
豊穣の女主人での手伝いを終えると辺りはすっかり夕闇に染まっていた
そろそろヘスティアファミリアの拠点へと帰ろうかな、としたその刹那
ガイン、と頭の中に何かが流れ込んでくる
咄嗟に視線はダンジョンのある方向へと向いた
最初のころはいきなりくるこのサインにびっくりすることもあったが、今となってはもう慣れっこだ
アンノウンが現れる前兆
埋め込まれた賢者の石のおかげかは知らないが、ショウイチは週に一度のアンノウンの出現を感知することができる
まぁ場所は決まってダンジョンではあるが逆に探し回らなくていいということでもある
ショウイチはすぐさまダンジョンに向けて走り出す
豊穣の女主人からそんなに離れていなかったので、荷物の方はリューに預けることにした
受け取ったとき一瞬キョトンとした顔を浮かべたが、ショウイチの表情を見ると察し、短い笑みを浮かべ「わかりました」と預かってくれた
「ありがとう!」と短く礼を言って改めてショウイチは走った
◇
直観の告げるまま、一層を走り回り、ショウイチはその存在を見つけた
周囲に人がいないか確認し、一度腰の右側あたりで両腕を交差させ、右手を脇あたりへと動かした
腰にベルトが現れる感覚の後、ショウイチは呟く
「―――変身」
そのままベルトのサイドを同時に押す動作を行う
そしてゆっくりとアンノウンたちの方へ向かって歩いて行った
◇◇◇
「…行って」
「え?」
そんなこんなで、時間は戻ってダンジョン
アギトから言葉が発せられる
会話ができたの!? というゼペリの驚きをスルーしながら、アギトは続けた
「早く!」
「う、うんっ!」
急かされたゼペリはそのまま隙間を抜けて走り出す
ヘイトがアギトに行っていたのか自分を追いかけてくる様子はなかった
そのまま見送ると、アギトは近づいてくるアント一体目に対し、真っ直ぐに正拳を叩き込み、壁に叩きつける
(…なんか今回はちょっと多いな? 大体二体か三体くらいなのに。…アントだからかな?)
ちゅどんと爆散したアントを尻目に、アギトはそんなことを考えた
しかしこんなことを考えたところで答えなど出るはずもなし
とっとと殲滅してヘスティアの所へ戻ろう
群がってくるアントたちを回し蹴りで数体一気に吹っ飛ばし、アギトは身構える
両腕を左右に開き、足を動かしながら頭の角―――クロスホーンを展開
まるで居合をするサムライのように足をすり足の要領で動かしつつ、その右手に力を籠める
一瞬右手が輝いたと思うと、アギトは一気に駆け出してアントたちをその手刀で斬り裂いていった
そして最後にリーダ格である上位の赤いアントに貫手を叩き込み赤いアントの活動を停止させる
ゆっくりと倒れ消滅していく赤いアントを尻目にアギトはふぅ、と軽く息を吐いた
(…せっかくダンジョンに来たから、少しゴブリンでも狩ってこうかな)
数十体倒してギルドで売ればまぁまぁなお金になるだろう
アギトはそのまま歩き出し、ゴブリンを探し出して狩りを始めたのだった
◇◇◇
「いやー、急にこんなこと頼んですいません、リューさん」
適当に狩って地上に戻ってきたときにはすっかり夜になっていた
ショウイチは〝豊穣の女主人〟へと戻り預かってもらった荷物を受け取り感謝の言葉を伝える
「いえ。お気になさらず」
「そう言ってもらえると助かります。それじゃあ、仕事の邪魔になっちゃうんで、僕はそろそろ」
「はい。―――あの、ショウさん」
踵を返してヘスティアの所に戻ろうとしたとき、不意にリューに声をかけられる
振り返ると何か言葉を考えているリューの顔が目に映った
お店の中のにぎわっている言葉をBGMに、時間は少しずつ過ぎていく
「え、っと…その。あまり、無理はしないでくださいね」
「―――。はい。ありがとうございます!」
ひねり出したであろう言葉にショウイチは大きく礼をする
またお手伝いに来ようと改めて決意し今度こそショウイチはその場を離れるのだった
◇
すっかり遅くなってしまった
お腹空かせていないだろうかあの神さまは
ついたらご飯を早く作らないと
そんなわけで拠点である協会に入りとりあえず声を発する
「ごめーん、ヘスティア、遅く―――」
「ショウくーんッ!! 待っていたよぉ!!」
「うわっ」
戻った瞬間テンション高いヘスティアがショウイチを歓迎した
なんでこんなテンション高いんだろうこの子
「どうしたのヘスティア。…あ、まさか?」
「ふっふっふ。そのまさかだよショウくん! 〝ベル〟くーん!」
ヘスティアが誰かの名前を呼んだ
すると奥の方から一人の男の子がこちらに向かって歩いてくる
特徴的な白い髪の毛に、紅い二つの目
どちらかと小柄ともいえる身長…どことなく〝兎〟を思わせるような少年だった
「さぁベルくんっ、自己紹介だっ!」
「はっ、はじめましてっ! その、本日神さま―――ヘスティアさまの眷属になりました、ベル・クラネルと申します!! え、と、あの! よろしくお願いします!!」
ガチガチに緊張した声色でベルと名乗った少年は勢いよくお辞儀した
ショウイチはちらりとヘスティアを見やる
その視線に気づいたヘスティアはどうだ、と言わんばかりに胸を張った
同時にその胸がたゆんと自己主張をする
「やったじゃんヘスティア! 努力が報われたね!!」
「おうとも! もっと褒めてくれてもいいんだぜぃ!? ボクだってやればできるんだいっ!」
「ベルくんって言ったっけ、っていうか、まだ夕飯は食べたかな?」
「あ、いいえ。まだ頂いてないですけど…」
「それじゃあ待ってて、今日は腕を振るっちゃおうかな! あ、自己紹介遅れちゃったね、僕はショウイチ。気軽にショウって呼んでよ」
「はっ、はい! お願いしますショウさんっ!」
「ヘスティア、テーブル大丈夫? 散らかってたら片付けといて!」
「いいとも! ベルくんっ、彼の料理はとっても美味しいんだ、期待して待ってようぜ!」
こうして、ヘスティアファミリアの夕飯兼歓迎会(みたいなもの)は過ぎ去っていく
ベル・クラネル
彼がヘスティアファミリアに属したことで、ある物語が動き出す
これは少年が歩み、女神が記し、青年が護る、〝眷属の物語〟
ゆっくりなのでな