目覚めているはその魂   作:いろはす小野寺

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1 冒険者(ベル・クラネル)

今日も今日とてちょっと早めに起きたショウイチは台所に向かい合っている

ヘスティアファミリアに新しいメンバーが増え、毎日の朝ごはん作りにはショウイチも多少気合が入っていた

とはいえ現在はモーニング、〝朝〟である

ベルは歓迎会以降ちょくちょくソロでダンジョンに挑んでおりその稼ぎをヘスティアファミリアに収めてくれている

収入が増えたのはシンプルに有難いものである

今日もベルはダンジョンに向かうだろうし、朝は軽めのものでいいか

 

「よーし」

 

景気づけに呟いてショウイチは来ている服の腕の袖をまくる

とりあえず―――モーニングはサンドイッチがいいと思うのだ

 

◇◇◇

 

ダンジョンへと向かうベルを見送り、バイトへと向かうヘスティアも見送るとショウイチも行動を開始する

といっても基本的にショウイチも豊穣の女主人へ仕込みを手伝いに行ったりヘスティアと同じように簡単なバイト、そしてその中でたまにアンノウンの気配を察知してダンジョンに赴く、くらいしかないのだけれど

 

この日は特に何もなく、平穏無事に一日が終わろうとしていた

豊穣の女主人の手伝いで少し多めにコロッケパンを作りすぎてしまったから、せっかくだからギルドのエイナたちにおすそ分けしようと思い立ち、ショウイチはギルドへと向かっている

 

エイナ―――エイナ・チュール

 

ギルドに所属する受付嬢であり、ベルの担当アドバイザーだ

一応冒険者登録を済ましている自分のアドバイザーでもあるが、たまにしかショウイチはダンジョンに行かないためほぼほぼベルが顔を合わせている

とか言っているとギルドの入り口から書類を持って出てきた女性を発見した

エイナ・チュールである

 

「エイナさーん」

「? あっ、ショウイチくん」

 

こちらの言葉に気が付くと笑みを浮かべてくる

ショウイチは彼女の前まで歩み寄ると手に持っているカバンを見せて

 

「おすそ分けです。ギルドのみんなとよかったら食べてください」

「わぁ…美味しそう! いつもありがとうショウイチくん」

「いえいえ、好きでやってることですから」

 

とはいえ今現在のエイナは書類を持っているため手渡すことはできない

だからとりあえず彼女の同僚のミィシャにでも―――と思った時だ

 

「―――エイナさーん!!」

 

声が聞こえた

ベルの声だ

その声が聞こえたことに、エイナの頬がわずかに緩んだのをショウイチは見た

今日も無事に帰ってきた彼の姿を一目見るべくエイナとショウイチは声のする方へ視線を向ける

視線の先にベルはいた

どういうわけか全身に返り血のようなものを浴びて真っ赤になった格好で、まっすぐそのまま駆け抜けてくる

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

「アイズ・ヴァレンシュタインさんについて教えてくださーいっ!!」

 

まず悲鳴はエイナのもの

エイナほどではないが、ぶっちゃけショウイチも流石に内心驚き、少しドン引きしてる

そしてもう一つは紛れもないベルのもの

こちらに向かって走りながら彼は一人の冒険者についての問いかけるのだった

 

◇◇◇

 

「…返り血を浴びたなら、シャワーでも浴びてきなさいよ…」

「す、すいません…」

 

ギルド本部のロビーにて

シャワーを浴びてさっぱりしたベルはソファに腰かけて、ショウイチのコロッケパンにかじりついていた

 

「それにしてもすごいね。あんな状態で街突っ切ってここまで来るなんて」

「うぅ、い、居ても立っても居られなくて…」

 

ポリポリと頭を掻きながらショウイチの言葉にベルはそう返した

 

「でもなんでいきなりアイズさんについて知りたいのさ」

「そ、それが…」

 

顔を赤くしながらベルは自身に起こったことを語り始める

普段通うダンジョン二階層から今日は一気に5階層まで駆け抜けたこと

そしていきなりミノタウロスにエンカウントして追いかけられたこと

追い詰められたとき、〝剣姫〟であるアイズに救われたこと

お礼を言おうとしたけど手を差し伸べられ、色々パニックになってうっかり逃げだしてしまったこと

 

「ベルくん、君ねぇ…!」

 

話を聞くうちにエイナの視線が険しいものとなる

 

「ただでさえソロでダンジョンに潜ってるのに不用意に〝下〟に行っちゃあダメでしょ! 冒険しちゃいけないっていつも言ってるのに!!」

「は、はいぃ!」

 

〝冒険者は冒険をしてはいけない〟

それがエイナの口癖であり、ショウイチも言われた経験がある

字面だけを見ると矛盾してるように見えるが、早い話が〝安全第一〟という意味合いだ

ダンジョンで絶対はあり得ないので、常に周囲を警戒し何が起きてもいいようにしておくということは冒険者にとって大事なことなのだ

 

「もう。君はダンジョンになんか変な夢見てる気がするけど、今回もそれが原因なんじゃないの?」

「あ、あはは…」

 

あの苦笑いは恐らくそうだ

ベルの表情を見たショウイチは確信した

出会いを求めて冒険者になったってホームでも行ってたし

まぁ夢を持つのは悪いことじゃないから何も言わないことにする

 

「そ、それで…アイズ・ヴァレンシュタインさんのことを…」

「…ギルドとしては、人の情報を漏らすのはご法度なんだけど…教えられるのは公然となってることだけだよ?」

 

そう前置きしてからエイナは語り始める

 

「エイナさんは優しいねぇ」

「ねー」

 

「ショウイチくん、ミィシャ! 聞こえてるよ!」

 

ミィシャと向かい合ってそんなことを呟いたらしっかり注意された

なんだかんだ言ってエイナは優しいところがあるのだ

エイナの口から語られるのは基本的な情報だ

ロキファミリアに属するレベル5であり、一人でレベル5相当のモンスターの大軍を殲滅したことからつけられたもう一つの異名が二つ名である〝剣姫〟をもじった〝戦姫〟

 

「そ、その…好きな食べ物とか、何かありますかね…?」

「―――。なあにベルくん、君もヴァレンシュタイン氏のことを好きになっちゃったの?」

「い、いやぁその…―――はい…」

 

顔を赤くしてベルはそう答える

 

「まぁしょうがないかな。私でも彼女には思わずため息ついちゃうもん」

 

そう言ってエイナは自分の目の前に置かれた紅茶を手に取り一口飲んだ

 

「あ、だけど好きな食べ物は知ってるよ僕」

「ほ、ホントですかショウさんっ!?」

 

すごい勢いでベルが食いついてくる

あまりの剣幕に思わずわずかに後ずさりながら

 

「うん、たまにじゃが丸くんの屋台でバイトしてるけど、結構な頻度で買いに来るからさ。じゃが丸くんが好きなんじゃないかな」

 

うんうん、と頷きながら頭の中に覚えこますように小さい声で「じゃが丸くん…じゃが丸くん…よしっ」と呟いていた

少し怖い

 

「だけどベルくん、君も冒険者になったから、ほかにも気にしないといけないことがあるってわかってる?」

「う、は、はい…」

 

現実に戻されてベルがたじろぐ

一応今のヘスティアファミリアには自分がいるとはいえ裕福とは言えない

好きな人のことについて考える余裕はまだないとは思う

それ以前にアイズ・ヴァレンシュタインは〝ロキファミリア〟

そもそもの所属が違うから、一歩進んだ関係になるのは難しいのが現実だ

 

「そうだ、ベル。換金はしてくの?」

「あ、はい。追われるまではモンスターを狩ってたので…」

「オッケー、じゃあ換金しちゃえ。そろそろ拠点に戻ろう」

「はい、わかりました」

 

思い出したようにショウイチに言われてポーチを取り出す

換金所はすぐ近くにあるので、ベルは足早にそこへ行くと魔石を換金して戻ってくる

本日の換金額は1200ヴァリス

そのままベルはショウイチに連れられてギルド出口へと歩いていく

その時、二人についてきてくれたエイナが不意に口を開いた

 

「あ、あのねベルくん」

「?」

「女性っていうのは、強くて頼りがいのある男性に魅力を感じたりすると思うから、めげずに頑張ってれば、その、ね。強くなったベルくんに、ヴァレンシュタイン氏が振り向いてくれるかも、しれないよ?」

 

懸命にひねり出したと思われるエイナの言葉

それはギルドの一員、としてでなくシンプルに友達としての励ましの言葉だ

言葉の意味を察したベルは笑みを作りショウイチを抜いて駆け出した

少し駆けだすと後ろを振り返りエイナに向かって言葉を発す

 

「エイナさんだいすきーっ!!」

「ぇぅっ!?」

「ありがとうございまーすっ!!」

 

顔を真っ赤にしてドギマギしているエイナを尻目に、ショウイチはにやーっと笑みを浮かべる

 

「大好きだって、エイナさん」

「〜っ!? ショウイチくんっ!!」

 

顔を赤くしてるエイナを適当に揶揄するとショウイチもその場から離れることにした

今日も平和である

 

◇◇◇

 

「神さま、帰ってきましたー」

「ヘスティアー? 生きてるー?」

 

色々あって二人は本拠地である教会へと帰ってきた

いわゆる我が家である

 

「やぁやぁおかえり二人ともー。珍しいね、二人が一緒に帰ってくるなんて」

「い、いえ。実は今日ちょっと、ダンジョンで死にかけちゃって」

「おいおい大丈夫かい? 君に死なれたらボクは非常にショックだよ。柄にもなく悲しんでしまうかもしれない」

「大丈夫です、神さまを泣かせるようなことはしませんから」

「大きく出たねベル。そういうこと言うと勘違いする人がいるかもだぞー?」

「か、勘違い?」

 

怪訝な様子で聞き返してくるベルを受け流しつつ、ショウイチは買ってきた材料と一緒に奥へと進んでいく

まもなく晩御飯の時間だ

 

「ヘスティア、バイトの方はどう?」

「お、それを聞くかい? ふふーん! 見ておくれよ、売上に貢献したからってことで、もらったこのジャガ丸くんたちを!!」

「おお! 神さますごいっ!」

「けどバランス偏ってるから、何か適当にもう一品作るよ、待っててね」

 

「やったーっ」とハイタッチするヘスティアとベルを尻目に、ショウイチは台所へと向かっていく

元気なのことは良いことだ

 

 

ご飯を食べ終えて、ベルのステイタスの更新も終わり寝る準備をするためにベルは歯を磨きに水道のあるキッチンへと向かっていく

そんなベルの背中をステイタスが移された紙を手に取り、比べるように見つめているヘスティアが気になった

 

「…どうしたの」

「! …ショウくん」

「何か気になること? それとも、別なことかな」

「そ、そんなことかな? 少なくともショウくんに心配されるほどじゃあないよ」

 

あからさまな作り笑い

神は嘘を見抜けるが我々は嘘は見抜けない

まぁ神だから是非もないと言えば仕方ないのだが、正直そんな神の力も気味が悪いとも思ってしまう

人だから隠したいこととかもあるのだが、神は容赦なくそれを見破ってくる

それが少しだけ、ショウイチは苦手である

 

「ふーむ気になる。だけど、君がそういうのなら、そういうことにしとくよ」

 

ショウイチはヘスティアとの話を切って自分も歯を磨くべく水道へと向かっていった

そんなショウイチの背中を見送りながらも、ヘスティアの視線はベルのステイタスが移された紙に向けられたままだった

 

◇◇◇

 

翌日の夕方

 

バイトなり手伝いを終えて教会に戻ってきて、本日もベルのステイタスの更新

しかし今回は少しばかりいつもと違った

 

ベルのステイタスの〝伸び〟が半端なかったのだ

 

驚いてるベルが気になり横から覗き込んだら、今度はショウイチが驚いた

魔力こそ変わっていないものの、力も耐久も器用も敏捷もおおよそ三十前後跳ね上がっているではないか

一体何があったのだろう

 

「で、でも神さま、やっぱり耐久のとこおかしいですよ! 僕一回しか今日は貰ってないのに!?」

「…」

 

ヘスティアはどういうわけかムスッとしている

分かりやすく言えば拗ねている?

なんで拗ねてんだろう、成長がうれしくないのだろうか

 

「か、神さま…? その─── どうしてこんなに、強く、なったのかなって…?」

「───知るもんかっ」

 

告げられたのはそんな一言

ぷいっとあからさまに顔を背けそのツインテールはわなわなしている

彼女はそのままタンスの方へ向かうと大きめなコートを手に取りその身をすっぽり納めると立ち尽くしているベルと困惑したままのショウイチの前を通り過ぎると

 

「ボクはバイト先の打ち上げがあるからちょっとそれに行ってくる! 君たちもたまには羽を伸ばして豪華な食事でもしてくるといいさっ!」

 

結局なんであんなに怒ってるのかわからないままヘスティアはツインテールとジグザグさせながら隠し部屋を後にしたのだった

なんであんなに怒ってるんだろうか

そして自分が作る食事は豪華じゃなかったのだろうか───いや店に比べると豪華じゃないな、うん

 

「まいいや。それじゃあ僕らもご飯食べに行こう、ベル」

「あっ! そ、そのことなんですけど、ショウイチさんっ」

「ん?」

「その、僕誘われてるお店がありまして。良かったら、ショウイチさんもどうかなって」

 

◇◇◇

 

「なんだ、〝豊穣の女主人〟の人に誘われてたんだ。いつの間に出会ってたの?」

「そ、その。今日ダンジョンに行く前に女性の店員さんと。換金し忘れた魔石をひろってくれて、それでちょっとご縁が」

「へぇ───え?」

 

換金忘れ?

少なくとも先日での魔石の換金はすべてやっていたと思っていたのだが

袋から全部出していたところも見ていたし…引っかかってた、とかだろうか

けどま、いっかとショウイチはその疑問を放り投げる

 

「それならちょうどいいや、案内してあげるよ、そこに」

「え? ショウイチさん知ってるんです?」

「知ってるも何も、そこでたまにバイトしてるからね。裏方だけど」

「ほ、本当ですかッ!? 良かったぁ、僕ちょっと場所不安だったんですよぉ…!」

 

まあオラリオに慣れていないとそうなるだろう

 

「そういえば、誰と知り合ったの?」

「え、っと…シルさんって人です」

「あぁ、シルさんか。こうして客をキャッチするとか、ちゃっかりしてるなぁあの人も」

「ご、ご存知…ですよね、働いてるんですもん…」

「そりゃあね」

 

ぶっちゃけ半分同僚みたいなものですしおすし

そんなこんなで二人はその豊穣の女主人の前にやってきた

昼とは打って変わって眩い光が夜を照らし、人々の声に、酒を飲んで舌鼓を打つ声

店員の元気な声に冒険者たちの話声で賑わっている

 

「あの、僕にはハードルが高い気が…」

「そんなこと言ってたらきりがないでしょ。誘われたんだから堂々としないと。ほら入るっ」

「わわ、押さないでくださいショウイチさんっ」

 

委縮するベルの背中を軽く押しながら二人は豊穣の女主人にいざ入店

一番最初に出迎えてくれたのはベルを誘ったシルだった

 

「! ベルさんっ―――あ、ショウイチさんも」

「き、きました…はは」

「ごめん、付き添いも一人大丈夫?」

「もちろんですっ! お客様二名、入りまーすッ!」

 

シルの元気な声がフロアに響く

酒場っていつもこんなことしてるのかなーなんて顔をベルがしてる

まぁやってるところはあると思う

そんなわけで案内されたのはカウンター席

すぐ後ろに壁があり、酒場の隅に当たるその場所は席が一つしかなく、店主と向き合うような席だ

 

「ごめんショウさん、今椅子持ってくるね」

「こっちこそ。わざわざありがとう」

 

知れた仲なのか短くそんな会話を交わすとシルはそそくさと椅子を持ってきてベルの席の隣に置く

元々ある椅子にベルが座ると、その隣にショウイチが腰かけた

 

「シルのお客さんが、まさかショウと知り合いとはねぇ。世間ってのは狭いもんだ」

 

カウンターから女主人の主、ミア・グラントが乗り出してくる

 

「ははっ、冒険者なのに可愛い顔してるじゃないか。なんでもあたし等が悲鳴を上げるくらいの大食漢だそうじゃないか! じゃんじゃん料理を出すからたくさん金を使ってくれよぉ!」

「えぇ!?」

「そうだったの? じゃあごめん、今まで我慢してたんだね…」

「違いますよ!? 僕自身初耳です!?」

「えへへ」

「えへへじゃなくて!?」

 

どうやらシルの罠にハマってしまったようだった

 

「まぁそれは置いといて。しょうがないね。今日の僕たちはお客さんだし、たまにはいっぱいお金使わないとね。ベル、何食べる?」

「え、えっと、そんなに持ち合わせてないんで…ほどほどなのを…」

「いいって。今回お金出すから、一応ファミリアの先輩だし、僕」

「い、いいんですか…?」

「足りなかったらしばらく働けばいいだけだから」

「それはそれでどうなんですか!?」

 

 

適当に料理を頼みちょこちょこ会話に入ってくるシルと雑談を交わしながら料理を食べていると

 

「ご予約のお客様、ご来店にゃー!」

 

不意に聞こえてきた店員さんの声

どっからどう聞いてもアーニャではあるが今回はスルーする

どうやら団体様一ファミリアがここに来店したようだ───っていうかロキファミリアだった

そういえば遠征がもう少しで終わるとかなんとかだったような気がする

弁当もロキファミリアに赴いて作ったわ、と思い出す

 

(…ロキファミリア?)

 

そうだ、ロキファミリアには思えばあのアイズ・ヴァレンシュタインも在籍しているではないか

ベルの様子はどんなもんだろと思って隣を見てみれば

彼は顔を赤くしてカウンターに突っ伏していた

まぁこんな状況で出ていけるわけもなし、おまけにロキファミリアの連中は基本的に一線で活躍をしているプロばかり

色々応えているのだろう

 

「おっしゃあ、遠征ご苦労さん! 今日は宴や! 飲んで騒げぇ!」

 

ロキファミリア主神───ロキがそんなことを言う

それから完全にロキファミリアは宴会ムーブとなりそれぞれがそれぞれの酒を口に運んでいく

ロキファミリアに倣い他の客も改めて酒だなんだと騒ぎだした

やかましくなってきたな、と思いながらもショウイチはコーラを口に持っていく

気になってベルの方をちらっと見てみると彼は突っ伏しながらもチラチラとアイズの方を覗き見ていたようで、その仕草に一喜一憂していた

うん、ちょっと気持ち悪いゾ?

まぁ是非もない、これ以上はベルの心臓にも悪そうだと判断してここらで帰ろうとした時だ

 

 

 

「そうだアイズ、聞かせてやれよあの話を!」

「? あの話…?」

 

 

 

獣人の青年───ベート・ローガがそんな口を開いた

 

「あれだよあれ、帰る途中で何匹か逃がしたミノタウロス、五階層で始末したとき、いたろあのトマト野郎が!」

 

トマト、野郎…?

そういえばここ最近全身真っ赤なベルを見かけたような気がする

たしかあれはエイナと一緒にいた時で…?

バッとベルの方を向くと彼の顔は真っ青に染まって固まっていた

そしてようやく察する、死にかけたってそういう…?

 

「ミノタウロスって、十七階層で返り討ちにしてすぐ集団で逃げ出したやつ?」

「それそれ! まるで奇跡みてぇにスルスル上層(うえ)に行っちまってよぉ! 勘弁してほしいぜ、こちとら遠征帰りで疲れてるってのによぉ!」

 

ベートの口は止まらない

 

「そんでよぉ、いたんだよ、いかにも駆け出しって感じのひょろっちぃガキが!」

 

酒を飲んで、言葉を開く

 

「報復もんだったぜぇ、壁際に追い詰められて、震えあがってよぉ!」

「ほーん? その冒険者どうなったん?」

「間一髪のところでアイズがミノタウロスを細切れにしてやったんだよ。なぁアイズ」

「…、」

「そんでよぉそいつ、ミノタウロスの返り血浴びて真っ赤なトマトみてぇになってやんの! ひーひっひ! 腹いてぇ!」

「うわあ…」

「なあアイズ、あれ狙ったんだよな? そうだと言ってくれよおい!」

「…そんなことないです」

 

ベートは目じりに涙を貯めながら笑いこけ、彼につられて他のロキファミリアのメンバーも釣られて笑い、さらにロキファミリアのと関係のない客までも笑い出した

 

───あぁ、面白くないなあ

 

「それによぉ、そのトマト野郎叫びながらどっか行っちまってよぉ! うちのお姫様、助けた相手に逃げられてやんの!!」

「───アッハハハ! そりゃあ傑作や! 冒険者怖がらせてまうアイズたん萌え―ッ!!」

「───、ご、ごめんアイズ、もう我慢できないや…っ、ふふっ」

 

ティオネやレフィーヤといった連中も笑っていた

だがあの二人はまぁいいだろう、彼女らはその状況の際のアイズに向けて笑いをこらえきれなかったようなのだから

けど、この酒場の状況はどう見ても───笑われているのはベルである

十人に聞いても九人くらいはそう答えるだろう

 

「しかしまぁ泣くわ泣くわ。喚くぐれぇなら冒険者になんかなるんじゃねぇっての。あぁいうのがいるから俺たちの品位ってもんが下がってくんだよ。なぁアイズ」

「いい加減口を閉じろベート。ミノタウロスを逃したのは我々の不手際だ。かの少年に謝罪こそすれ、酒の肴にする権利など我々は持ち合わせていない、恥を知れ」

「おーおー。誇り高いエルフ様は言うことが違うねぇ。でもよぉ、弱い奴を弱いって言って何が悪い。そんな救えねぇ連中擁護してなんになるんだ? ゴミはゴミだろうが」

「おいやめぇや、ベートもリヴェリアも」

「アイズはどう思うよ、てめぇの前でただ震え上がる情けねぇやつを。あれが俺たちと同じ冒険者って名乗ってんだぜ?」

「あんな状況じゃあ…仕方がないと思います」

「おうおういい子ぶってよぉ、じゃあ質問を変えるぜ、アイツと俺、ツガイにするならどっちがいい?」

「…ベート、君酔ってる?」

「うっせぇ。ほら、選べよアイズ、女のお前はどっちを相手にするのかをよぉ」

「───私は、そんなこと言うベートさんだけはごめんです」

「無様だな」

「うっせぇぞババァ! じゃあなんだ、お前はあのガキに好きだの愛してるだの言われたら受け入れるのか? できねぇよなぁ!」

「───っ」

自分(テメェ)より弱くて救えねぇ、軟弱なクソ野郎に、お前の隣に立つ資格なんてもんはねぇ、他ならない、〝アイズ・ヴァレンシュタイン〟がそれを認めねぇ」

 

ベートはそこで言葉を区切る

 

「雑魚じゃあアイズ・ヴァレンシュタインには釣り合わねぇ」

 

その言葉がトリガーだった

ずっと横で拳を握っていたベルは椅子を蹴飛ばすように立ち上がると一直線に豊穣の女主人を飛び出して行ってしまった

 

「ベルさんっ!」

 

シルの言葉も届かない

むしろここまでよく耐えたと言っていいだろう

向かう先は…なんとなくわかるから、こっちも追いかけないと

 

「ミアさん、とりあえずお勘定置いときます。ベルには後日、謝らせに来ますから」

「…追うんだね、あの子を」

「えぇ。同じファミリアですから。…そんでもってちょっと騒がしくしますね」

「───あいよ」

 

苦笑いしたミアにお金を渡すとゆっくりとショウイチは歩き出した

向かう先はベートの席の背後

彼の存在に気づいたロキファミリアの知り合いに名前を呼ばれるが、気にしないで向かっていく

 

当然、ベートもそれに気が付いた

 

「───んあ? なんだお前もいたのかよショウイチ───」

「あ、口閉じてた方がいいよ」

「…あぁ?」

「舌を噛みたくないならね」

 

言うや否やショウイチはベートの側頭部を掴むと目の前のテーブルに向かって思い切り叩きつける

食器もあるし当然割れるが、知ったことではない

無慈悲に一撃で意識をそのまま奪うと食事やらで飲み物やらで汚れた手を台拭きなどで適当に拭う

あっけらかんとしているホールを尻目に、ショウイチはフィンを見て言う

 

「…ロキファミリアとは友達だし、わかってると思うけど。こういう発言はファミリアの質落とすかもしれないからやめた方がいいと思うな」

「───耳が痛いね」

「ま、ベートにも色々あってこんな言動になってるんだろうけど。少なくとも同じファミリアの仲間馬鹿にされて怒らない奴はいないから。というわけで報復ヨシ。それじゃあ僕さっきの子追いかけるから」

「! 待ってくれショウイチ。もしかしてさっき駆け出して行ったのって…」

「うん。最近入ったファミリアの仲間。あの子、きっと大物になるよ? それじゃあまた」

 

フィンの言葉にそう返すとショウイチは小走りでその場を後にした

急がないと手遅れになるやもしれない

少しばかり本腰を入れて追いかけないと

ショウイチはぐっと足に力を入れて地面を蹴った

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