目覚めているはその魂 作:いろはす小野寺
ベル・クラネルは憤慨する
己の未熟さに
ベル・クラネルは後悔する
己の自惚れに
(畜生ッ…!!)
地面を蹴りながらベル・クラネルは何度も己の中で言葉を口にする
(畜生、畜生ッ、畜生ッォ!)
認識が甘かった
近づけたと思いあがっていた
そんなことあってはならないのに
獣人の青年の言葉が幾度となく頭の中で繰り返される
思いつく限り何もかもしなければ、ベルはあの少女の前に現れることさえ許されない
自分が悔しい
言葉を否定できない自分
言い返せない自分
隣に立つ資格すらを持ち合わせていない自分
何もかもが悔しい
ぎっと見つめるのは目の前の見える摩天楼施設
すなわち
強くならないと、自分は彼女の視界にすら入る資格はないのだから
◇◇◇
男はちょっとした小銭稼ぎのつもりでダンジョンに潜っていた
適当にモンスターを蹴散らして、いくつかの魔石を手に入れた時、こんなもんでいいかと思って戻ろうとした時だ
戦っている音が聞こえた
音の方へ向かってみるとそこには兎のように白い髪を赤い瞳の冒険者らしき人物がウォーシャドウ相手に立ち回っていた
何体か倒したのか周囲には残骸のような魔石が光っており、奮闘がうかがえる
だがもう息も絶え絶えな状態だった
おまけによく見てみるとロクな防具も装備しておらず、ぱっと見では自殺志願者に思えるほどだ
だがその顔を見る限りでは自殺などさらさらする気のない覚悟を宿している
このまま見捨てるのも忍びない、だから男は少し手を貸すことにした
腹部にベルトのようなものが現れるとそれが変形して中央の石が発光し、その姿を黒い姿へと変質させた
◇◇◇
ダンジョンにて、ショウイチはベルの姿を探していた
満足に装備も持っていっていないため下手すれば最悪な結果になってしまう可能性もある
そうなってしまっては流石にヘスティアに申し訳が立たない、彼の冒険譚はここからなのだから
一階層…いない
二階層…いない
三階層…ここもいない
「どこまで潜ったんだベルのやつ!」
ろくな防具もつけないで何階層まで行ったのだ彼は
普段着のまま護身用のナイフ程度で切り抜けられるほどダンジョンというものは甘くはないはずだ
流石に下層や中層にまでは行ってないと思いたいが
勢いのまま五層へと足を踏み入れた時、目の前からこっちに向かって歩いてくる足音がした
ベルか? と思い目を凝らしてそちらの方に向かっていくと、一人の男性が誰かをおんぶしながらこっちに歩いているのが見えた
「───コウタロウさん?」
「ん? ショウイチか?」
歩いてきたのはコウタロウ・ニシジマと呼ばれる人物だった
ゴルゴムファミリア所属の冒険者であり、ショウイチの友人だ
「待って、おんぶしてるのってもしかして…」
「こいつの知り合いか?」
ショウイチの目線がコウタロウがおんぶ、もとい背負ってる人には見覚えがありまくった
っていうかベルだ、気を失ってるのか彼は眠るように肩で息をしていた
しかし所々に傷があり、衣服にも血がにじみ出ているのがパッと見ただけでもわかる
「六階層で戦ってるコイツを見つけてな。最初は自殺でもしたいのかと思っていたが、目つきは明らかに死にに行く奴のものじゃなかった。見捨てるのもあれだから、ちょっと助け船を出したわけだ。最も、モンスターやアンノウンを退けたら緊張の糸が切れたのか、気を失うように眠っちまってね」
「ろ、六階層!? おいおい上層の半分まで行ってたのかこんな装備で…っていうかコウタロウさん、助けてくれたんだ、…見られたりとかしてない?」
「そんなヘマはしてない。お前もうっかり〝変わる〟とこ見られたりするなよ」
「わかってるって。それとありがとう、ベルを助けてくれて」
「気にすんな、今度美味い食い物作ってくれよ。それでチャラだ」
コウタロウは背負ってたベルをショウイチに預けるとそんな言葉を残して五階層を上っていった
きっと小銭でも稼いでいたのだろう
───コウタロウ、もといゴルゴムファミリアの面々とはショウイチは知り合いであり、ショウイチがアギトだと知っている数少ないファミリアだ
そして、コウタロウもまたショウイチに近しい力を持つ人物の一人である
あとゴルゴムファミリアにはもう一人コウタロウの友人とも言える人がいるはずではあるが、今は何をしているのかショウイチは分からないのだ
ひとまずダンジョンから出て、ヘスティアの所へ戻るとしよう
すっかり時間は深夜を回っている、ヘスティアも流石に心配しているに違いない
◇
「う、うぅん…」
「おや、起きたかいベル」
道中でベルは目を覚ました
一瞬何が起きたのか状況を理解するのに時間がかかっているみたいだ
「あ、あれ…僕…」
「ダメだろ、あんな軽装とも言えない装備で無茶とかしちゃ。通りかかりの人がいたからよかったものの」
「───! ご、ごめんなさい…」
色々と思い出しベルはそのまま口を開く
その顔色は伺えない
まぁ背負っているのだから当然だが
「…悔しいか?」
「───! …はい」
「…そっか」
僅かな問いに帰ってきた僅かな答え
まぁ確かにあの酒場での経験は正直キツイし、並の冒険者なら心が折れてしまうだろう
だがベルは折れることなく───折れる寸前くらいまでは行ったかもしれないが───悔しさを拭うようにダンジョンに赴き強くなるという決意の元戦うことを選んだ
こんなのはなかなかできることではない
それくらい〝アイズ・ヴァレンシュタイン〟への憧憬は強いのだろう
「ベル」
「っ、は、はいっ」
「君は弱い」
「ッ! …はい」
不意に直球な言葉を貰いベルが落ち込む
ショウイチは続ける
「でも逆に考えれば、〝伸びしろ〟しかないってことでもあるんじゃない?」
「え? そ、それは…どういうことでしょう?」
「今がいっちばん下、いわゆるどん底だ。なら、こっからは上がっていくしかないんだ」
「あ、上がるだけ…?」
「うん。一番下なんだから、必然的にグングン伸びていく。そしたらいつか、今日みたいな出来事も笑い話にできるくらいになるさ」
「───…しょ、ショウ、さん」
「君は絶対に強くなる。酒場であんな目に合っても君はダンジョンに行って戦うことを選んだんだ、君の闘志はホンモノだよ。だから諦めるな、僕はベルの味方だからね」
「───は、はい”…!」
後ろで必死に泣き声をこらえるようなベルの声が聞こえてくる
少しは慰めることができただろうか?
涙を堪えるベルを背負いながら、ショウイチと二人、ヘスティアの待つ拠点へと歩いていくのだった
◇◇◇
いつもの教会が近づくにつれてやがて一通り回復したベルを降ろすとショウイチはドアノブに手をかけて教会の隠し部屋へと入ったそのタイミングだった
「ぶぎゅっ!」
しびれを切らして捜しに行こうとしていたヘスティアと正面衝突した
まさかの襲撃に思わずヘスティアは顔を抑えてうずくまる
「ごめんヘスティア、色々あって遅れちゃった」
「た、ただいま戻りました、神さま」
「!! ベルくん! ショウくん───って、どうしたんだいベルくんその怪我は!?」
安堵からか一瞬両目に涙を浮かべたが、すぐさまベルの惨状に気が付くとその涙をひっこめた
まぁ当然の反応だから仕方がないのだが
「ごめん。ちょっと色々あってダンジョンに行ってたんだ」
「だ、ダンジョン!? こんな時間まで!? そんな恰好で!? ショウくんまで!?」
情報が処理しきれないヘスティアが矢継ぎ早に質問をしてくる
ショウイチはいつもの恰好で無傷だしベルは防具なしでボロボロだし当然の質問であるけれど
「ショウくんが連れてったのかい? でも君ならそんなことしないはずだし、君が一緒に行ったならベルくんは怪我とかしないと思うし…」
「ごめん。失礼を承知で言うんだけど、あんまり深く聞かないでほしいんだ。…色々あってね」
そう言ってぽんとベルの頭にショウイチは優しく手を乗せる
そんな二人の姿を見て、ヘスティアは一瞬考えたような表情を見せたが、やがて観念したように小さく笑みを浮かべると
「…わかった、深くは聞かないよ。とりあえずベルくんはシャワーを浴びること、そのあとで傷の手当てをしよう。血は止まってるみたいだけど、汚れを落とさないとね」
「はい、すいません神さま」
「いいさ。それと、今日はベルくんはベッドに寝ること」
「えっ、いいんですか?」
「けが人をソファに寝かすほどボクは薄情じゃないつもりさ」
「じゃあ僕がソファで寝るから、ヘスティアと二人でベッドに寝てね」
「ふぇっ!?」
「そうですね、心配かけちゃいましたし、お詫びも兼ねて一緒に寝ましょう」
「なぬ!?」
まさかショウイチの冗談にベルが乗っかってくるとは思わなかったヘスティアは二度も驚いた
心身ともにだいぶ疲れているようなベルは思考能力が下がってもいるみたいだった
でも言質はとった、絶対に抱き着いてやろうとヘスティアは邪な考えを抱く
そんな嵐を呼ぶ五才児みたいな笑いを見せるヘスティアを見ながらショウイチはやれやれだぜと苦笑い
「…ショウさん…神さま…」
不意に呟いた言葉にヘスティアは「にゃんだいっ!?」とたじろぎつつ、ショウイチは普段と同じテンションで「なんだい?」と問い返す
「…僕、強くなりたいです」
その時、ヘスティアはベルの顔に宿るまなざしを見た
ここではない、どこかを見据えるその瞳
ヘスティアは目を伏せ「…うん」と真摯に受け止め、ショウイチもまた「うん」と答えるのだった
◇◇◇
帰宅から一夜明けて
朝起きてからショウイチはとりあえず朝食を作るべく台所に立っていた
とりあえずつまみやすいサンドイッチにコーンスープ、簡単な野菜のサラダ…まぁ朝としてはこれくらいで問題ないだろう
今頃は〝ステイタス〟の更新をしているころだろう
起こそうとベッドに行こうとしたときベルの叫びが聞こえた時は驚いたが…無理もないか
その時ヘスティアと会話を交わしとりあえずやっておこう、みたいな話になり、その間ショウイチは朝食づくりというわけだ
「…ステイタス、ね」
思えば先日ベルのステイタスの伸びが異様な伸びを見せていたが、あれは関係あるのだろうか
〝特殊〟な身体になっているショウイチは別として一般的な冒険者は確かに最初は伸びがいい、だがいずれすぐ壁にぶつかり頭打ちになってしまうって愚痴を友達から聞かされたとヘスティアが言っていた気がする
もしあの伸びのままなら昨日結構な戦いを経験したベルの伸びは凄まじいのではないだろうか
「まぁ、そこらへんは神のみぞ知るってね」
考えても仕方がない、とりあえず今はテーブルに料理を並べてヘスティアたちが来るのを待とう
◇
「ベルくん、ショウくん。僕は今日…いや、何日か部屋を留守にするよ。大丈夫かな?」
「? 僕は大丈夫だけど、なんかあった?」
食べ終わった食器を片しながらショウイチはそう答えた
「ちょっと友人のパーティーに行こうと思ってね、ちょっとみんなの顔を見たくなったんだ」
「そういうことか。うん、大丈夫だよね、ベル」
「はい。友達は大切ですから、遠慮なく行ってきてください」
ヘスティアは二人に了承を取ると「ありがとう」と頷いてクローゼットを物色しだした
適当に衣服を見繕うとバッグに詰め込み荷物を整理すると外へ行こうとしたとき、ヘスティアはベルへと視線を向けた
「そうだベルくん。今日もダンジョンに行くのかい?」
「は、はい。行こうとしてましたけど…ダメ、ですか?」
「ううん、構わないよ。ただし、引き際は考えること。君は怪我してるんだからね」
「───はいっ」
ベルの言葉に嬉しそうに笑みを作ると、改めてヘスティアは隠し部屋を後にした
◇◇◇
「怪我はまだ痛む?」
「はい、少し。…だから、今日は無理もしないし、無茶もしませんし、冒険もしません。色々あって焦ってたけど、今は少しでも目標に近づければいいって思うことができたので」
ご飯を食べ終えたダンジョンへ向かうベルを見送るべく彼と一緒にショウイチは道を歩いていた
一夜明けて落ち着きを取り戻したベルからはそんな言葉が返ってきた
きっとステイタス更新の際にもヘスティアにもいろいろ言われているだろうから、変に追及したりはしない
「それはそうと、ちょっと気まずいな…」
「文句言わないの。立て替えたとはいえ僕がいなかったら食い逃げなんだからね」
「め、滅相もないです…」
ダンジョンへ行く前に二人は〝豊穣の女主人〟入口前へとやってきていた
理由はもちろん、先日の件でいろいろ謝りに来たのである
「すいませーん、ミアさんいますー? あとシルさんもー」
とりあえずいつもの調子でショウイチは扉を開けて潜り抜ける
からんからーんと鈴の音を耳に入れながらそんな言葉を発しながらきょろきょろとあたりを見回すと、こちらに気づいたリュー・リオンがこちらに向かって歩いてきた
「おはようございますショウさん、お手伝いに…おや、そちらの方は」
「おはようリューさん。手伝いもあるけど、まずは一個謝りたいってベルがね。ミアさんとシルさんいる?」
「待っててください、今呼んできます」
「ありがとう」
裏の方へ引っ込んでいく
数秒くらいして先に来たのはシル・フローヴァというこのお店の従業員だ
ショウイチはベルの背中を押して彼女の前に出せてあげる
「その、先日はすいませんでした。お金も払わないで出てっちゃって…」
「…いえ。こうしてまた来てくれただけでも私は嬉しいです」
シルは大して事情も聴かずそう言っていつものように微笑んだ
その優しさに涙が出そうになったのかベルは目元を拭うと用意していたヴァリスを渡す
「これ、僕が払えなかったお金です。足りなかったら色を付けてお返しします」
「私の口からはそんなことは言えません。一応お金自体はショウさんからもらってますし、お気持ちだけで充分です。それに…私の方こそごめんなさい」
「そ、そんな! シルさんが悪いんじゃありませんから! え、えっと…!」
そこからいろいろ身振り手振りを交えてベルは説明を始めた
いろいろ釈明(?)をしているベルの姿が何となく可愛く見えてくる
「優しい人ですね、あの少年は」
少し後ろの方で見守っていると、ショウイチの隣にリューがほうき片手に歩いてきた
彼女はショウの隣に立つとあたふたしているベルとそれを聞いてるシルを見ながらそんなことをつぶやいた
「うん。今どきなかなかいないよ、あんな子。純真で、一生懸命な、ヘスティアファミリア自慢の冒険者だよ」
「えぇ。ショウさんが言うのなら間違いないのでしょう。…きっとシルの伴侶にも───」
…? なんて?
「そうだ、ベルさん、よかったら…」
一方でシルとベル
不意に話を切り上げてシルは一度裏に引っ込むと大きめなバスケットを持って戻ってきた
「ダンジョンに行かれるんですよね? よかったら持っていってください」
「え? でも…」
「今日は私たちのシェフが作った賄い料理ですので、味の方も折り紙つきです。私が手を加えたのもあるんですが…」
「で、ですけどどうして…」
「あげたくなったから、ではダメでしょうか?」
横に少し首を傾げシルは困ったような苦笑いを浮かべる
どこか優しい表情にベルは応援してくれているのだと察した
「…すいません、いただきます」
その優しさに気がづいたベルはバスケットを受け取りさらに一礼
「坊主が来てるって?」
そんな時、カウンター内側の扉を開けてミア・グラントが顔を出した
「大まかな話は聞いたよ、金を返しにきたみたいじゃないか。感心だねぇ」
豪傑な笑いを浮かべながら人差し指でベルのどついてきた
ベルは後ほどショウイチから言われたのだがもしショウイチがいない状態で先日のようなムーブをかましてしまったらケジメつけに行くだろうとか言っており、割と命の危機に瀕していたことを知った
「ほれシル、アンタはもう戻りな」
「はーい」
ミアに促されシルは厨房の方へと戻っていった
同じときショウイチの横にいたリューもショウイチに一言言ってほうきを片づけてシルと同じく厨房へと向かった
「シルには感謝しときな。アタシを含め血の気の多い連中が許してくれたのは、あれが説得したおかげだからねぇ」
結構マジで命の危機だったみたいだ
「ただまぁ、代金の方は大丈夫さね。ショウからもらってるからね。ここに来たってだけで十分だよ坊主」
「で、ですけど」
「アタシがいいって言ったんだ。その金は未来のために取っときな」
そう言ってミアはベルの頭を乱暴ながらも優しく撫でまわす
相も変わらず豪快、豪傑な人だ
「坊主、冒険者なんてもんは、かっこつけるだけの無駄な職業さ。なり立てのうちは生き残ることに専念しときな。笑われようがなんだろうが、生き残ったが勝ちなのさ」
「っ!」
ベルの目が見開いた
あの時カウンターにいたから大まかな事情を察したのだろう
ミアはベルをくるりと回転させると
「あたしにここまで言わせたんだ。そう簡単にくたばったら承知しないよ。ほら、もう行った行った! 店の邪魔になるよ!」
そう言ってどん、と軽くベルの背中を押した
物理的な意味合いもあるし、精神的な意味合いもあるだろう
「はいっ! ───あ、そうだショウさんは?」
押された勢いで駆け足になったもののベルは一度その場で足踏みしつつショウへと視線を向けた
「僕はこのままお店手伝ってくから大丈夫。それじゃあいってらっしゃい」
「わかりましたっ! それじゃあ───行ってきますッ!」
そう元気に返事をしてベルは〝豊穣の女主人〟を後にした
「…いい子だねぇ、あの子」
「わかります? ミアさん」
「わかるとも。たいていの冒険者はどこかひねくれてる連中が多いからねぇ。そらお前たち、仕事の続きに入るよ!」
パンパン、と両手を叩きミアが厨房へ戻っていく
ショウイチもまたベルが出ていった出入口の方へ軽く目線を送り笑みを浮かべながら彼の武運を祈るとミアを追いかけて厨房へと入っていった
「さて。僕も頑張るとするかな」
両手で伸びをしながらショウイチもまた厨房へ入っていく
ショウイチはショウイチの仕事を成そう
改めて両の頬を軽く自分でひっぱたくと自分が愛用している包丁を取り出すのだった