目覚めているはその魂 作:いろはす小野寺
ヘスティアが何日か留守にするといって出かけてから大体二日ほど経った
本人がああ言ったのだから問題はないと思うが、流石に少し心配にはなる
一体全体今頃何をしているのやら
「…ん」
食事の仕込みをしていると何となく今使っている包丁の切れ味が気になった
いや、特別切れ味が悪くなったとかそういう問題ではないが、そろそろメンテナンスを頼んだ方がいい時期かなと思い出す
現在ショウイチが使っている包丁は大体二年くらい前にかの神匠〝ヘファイストス〟に頼み込んでオーダーメイドしてもらった特注品である
当時普通の包丁では満足できなかったショウイチはヘファイストスが打った武具を見てダメもとで頼んでみたのが始まりだった
断られるかな、と思っていたがヘファイストスは「ちゃんとお金を持ってきてくれるなら打ってあげる」と言ってくれて、内心ガッツポーズをしたものだ
それからは必死にお金を貯めた
バイトを増やし、定期的にダンジョンに足を運び上層あたりで適当に狩りを行い魔石を集め換金、のサイクルを繰り返した
アギトになった方がもっと早く稼げたかもしれないがあれは正直ズルに近いと思ったので、当時のショウイチはまっとうなやり方でひたすらにお金を稼いだ
打ってくれるのが包丁ではあったので武具ほどの代金はかからなかったものの、それでも結構な額だったのを覚えている*1
そんなわけでひたすらバイトとダンジョンに打ち込み必死こいてお金を貯めて、ようやく打ってくれたのがこの〝ヘファイストスの包丁〟なのである
しっかりと包丁の刀身に小さくはあるが〝Hφαιστοs〟が刻まれており打ってくれて以降はショウイチが非常に大事にしている包丁なのだ
そんなわけでメンテナンスの方も素人であるショウイチがやるより打ってくれたヘファイストスにお願いした方がいいかなと思い定期的なメンテナンスをショウイチはヘファイストスにお願いしているわけだ
「行動するなら早い方がいいかな。一応入れ違いになっても困るし、置手紙食らいは置いておこう」
仕込みを切り上げ、あとは調理するだけ、の状態にしてラップとかをかけて保存すると適当な紙にメッセージを書くとヘファイストスの包丁を軽く水洗いし水気を取ると布でしっかりと包み込む
万が一人に怪我をさせてはいけないので二重くらいに布を巻くとそれを手提げのカバンに入れて、ショウイチは廃教会の隠し部屋を後にするのだった
◇
そんなわけでやってきたのはヘファイストス・ファミリアのお店である
店員をしてる人とは顔馴染みになりつつあるので適当に挨拶を交わしつつヘファイストスに要件を伝えてくれるようにお願いすると、適当に武具などを見て暇を潰す
こっちにあるのはヘファイストスファミリア選りすぐりの鍛冶師たちが作ったそれはもう素晴らしい武具の数々が並んでいる
その分お値段も素晴らしい()ことになっているのではあるが
基本的には最低額でうん百万円クラスであり、やばいのになると億の値段がつくことも
他に鍛冶師系列のファミリアとくるとゴブニュファミリアとかも出てくるが鍛冶師としての腕?はヘファイストスに分が上がる
ゴブニュの方も負けてはいないのだがね
「───ショウ?」
武具を見て暇潰ししていると後ろから声をかけられた
くるりと振り返るとそこにいたのはこのファミリアの主神、〝ヘファイストス〟その人だ
すぐにショウイチは挨拶をしようとしたが、気づく
どことなくヘファイストスの顔が困っていたようなものになっていたのだ
「…何かありました? ヘファイストスさん」
「…わかる? やっぱり」
「はい、流石に。何か困ったことがあるなら、僕が───」
「そういうわけじゃないんだけど…ちょっと来てくれる?」
疑問符を浮かべながらショウイチはヘファイストスの後ろをついて行った
向かっていくところはヘファイストスが普段いる執務室? か何かだろうか───そんな執務室の机の前で丸まっているのが一人
───ヘスティアだ
「…何してんのヘスティア」
「ぬがっ! しょ、ショウくんっ!?」
急に見知った声が聞こえてきたからか、ヘスティアは勢いよく顔をあげてこっちを見る
どうやらヘファイストスの困りごとの原因はこれみたいだ
「ちょっと前に、ヘスティアから眷属のための武器を作ってくれって頼まれたんだけどね」
「うん」
「当然ながらそんなのはできないから、お金を貯めて出直しなさいって言ったの」
「うんうん」
「だけどその子ったら、諦めないでずっとお願いしてくるの。私も追っ払うの疲れたから、お腹すかせば帰ってくだろうって思ったんだけど」
「だけど?」
「二日くらいずっとあんな感じ」
「バカじゃないの?」
「あぐぅぅ!!」
容赦ないショウイチの言葉にリアクションを取るヘスティア
何してんだこの神、と流石のショウイチも怪訝な顔をする
営業妨害で通報でもされたら神でさえアウトだとは思うのだが
「頼られることはこれまでだってあったけど、今回ばっかりは様子が違くって。…ショウ、何か思い当たることとかある?」
「…一応、何となく、あれかなってのが一個」
あくまでも、想像と推測の域を出ないのだけど
「…ヘスティア、わかってる? ヘファイストスさんの武器の価値」
「うん、わかってる」
「ならわかるでしょ? お友達価格でそうそう作っちゃいけないってことも」
「それでも! それでもなんだっ!」
そう言ったヘスティアはまた頭を地面にこすりつけた
いや、よく見ると土下座をしている
「〝
その声色には、普段の彼女からはあまりない覚悟のような何かを感じられた
「今あの子は変わろうとしている! あの子は高くて険しい道のりを歩みだそうとしてる! とても危険な道だ、だからあの子を手助けしてやれる力が欲しい!! 道を切り拓いてくれる武器がッ!!」
視線は変わらず床のまま、ヘスティアは己の想いを吐露していた
神が神へと願う行為───それは己の本音を晒し、自分をぶつける儀式のようなもの
「僕は、君やあの子に助けられてばっかり、っていうか養ってもらってるだけだ! ボクはファミリアの主神なのに、主神らしいことは何一つしてあげられない!! …何もしてあげられないのは嫌なんだ…!」
消え入りそうなか細い声が、最後に聞こえた
これはちょっとショウイチもびっくりした
…なんだ、神さまらしいこともできるじゃない、うちの主神
そんな真っ直ぐなヘスティアの言葉は、ヘファイストスの口元に微笑みを浮かばせる
彼女の言葉は、無事彼女にも届いたようだ
「…わかったわ。作ってあげる、その子の武器を」
「!! ホントかいヘファイストス───うあっ」
勢いよく立ち上がったと思うと長時間土下座をした反動で足がしびれたヘスティアはそのまま転びそうになる
そんな彼女の肩を抱いてショウイチが転ばないように支えた
「でも、しっかりツケは払ってもらうからね。何十年、何百年かかっても払ってもらうから」
じろっとヘファイストスの片眼がヘスティアを見る
当然である、天下の〝ヘファイストス・ファミリア〟がただ働きなどあり得なければ結局は他力本願であるヘスティアにも痛みは伴ってもらわないとならない
それと同時に、主神である彼女がここまでしたのだからこっちも何かしないととも思う
一瞬考えたが、ありきたりなことしか思いつくことはなかった
「ヘファイストスさん」
「うん? なに? ショウ」
ショウイチはカバンの中から布で包まれた〝ヘファイストスの包丁〟を取り出すと、巻かれた布を解いた
すっとそれを差し出すショウイチにヘファイストスは疑問符を浮かべる
「これって…、ショウに頼まれて打ったやつじゃない」
「はい。…これ、ヘファイストスさんに返却します」
「───はぁ?」
急に何を言ってるんだと思った
というかその疑問はヘスティアも当然思った
ヘファイストスはショウイチがこの包丁を打ってもらうために本気で頑張っていたことを知っている
そしてその包丁を心から大事にしており、定期的にこの包丁のメンテナンスを頼まれていたし、正直なところ今回ヘファイストス・ファミリアに来たのもそれが目的だったのだろうと推測できる
「ヘスティアが主神らしいことしたから、ファミリアの先輩として僕も何かしなきゃなって思って。考えたけどこれくらいしか思い浮かびませんでした。雀の涙程度でしょうけど、この包丁の分だけ、ヘスティアの借金に当ててください」
「…ショウくん…」
ショウイチの目には真っ直ぐだった
それはかつてこの包丁のオーダーメイドを頼むときのモノと同じような感じがした
そしてこの二人にここまで期待されたベルとやらはきっと幸せ者だろう
ヘファイストスは息を吐きながら小さく笑むと
「いいわ。じゃあこの包丁は、ヘスティアが借金返すまで預かっとくから」
「はい。お金なら必ず払います。ヘスティアが」
「うぐ! い、いやそうなんだけど!」
「何ならヘファイストス・ファミリアで無償で働きます! ヘスティアが!!」
「あ、それ採用」
「ちょっと!?」
何やらいろいろ決まってきてヘスティアはツッコんだ
いや、そうさせられても文句言えない立場ではあるんだけどもさ、とも
「さて。それじゃあ僕はこの辺でお暇するよ」
「え? 行っちゃうのかい?」
「ヘファイストスさんに包丁返しちゃったからね。代わりの包丁調達しないといけないしね」
正直ヘファイストスの包丁を超える包丁などあるはずもないがその辺は妥協だ
またお金貯めて打ってもらうことも考えたが流石に二回目はダメだろう
「なんだかごめんね、ショウ。本当だったらメンテナンスを頼みに来たんでしょうに」
「大丈夫です、これもベルのためって思ったら。それじゃあすいません、お邪魔しましたーっ」
そう言ってショウイチはヘファイストスの執務室を後にした
あの流れならきっとヘファイストス本人が武器を打ってくれるだろうし、邪魔したら申し訳ない
(ベルめ、幸せものだなホント。ヘファイストスさんの武器なんて激レアの中の激レアだぞ)
ちょっぴりうらやましいとも思いつつ
ショウイチは代わりの包丁を求め適当なお店を目指すのだった
◇◇◇
ヘスティアが出かけて三日目
戻ってきていないということはヘスティアはヘファイストスのお手伝いでもしてるのだろう
朝ご飯を食べ終えてダンジョンへ行く準備も終わったベルの「行ってきます」に「いってらっしゃーい」って返すと食器を洗い出す
やってることは完全に主夫
洗い終えて教会のお掃除も終わらせて街へと出ると何やら今日は街全体、もといオラリオ全体が賑わっているように感じた
「…そういえば今日は怪物祭だっけ」
モンスターフィリア
怪物祭と書いてモンスターフィリアと読むそれは年に一回のお祭りだ
〝ガネーシャ・ファミリア〟主体で開かれる、闘技場一日貸し切って観客の目の前でモンスターを調教するのである
モンスターを手懐けるのはそう珍しいことではない
ただ基本的には地上のモンスターに対してテイムをするものだが、ガネーシャ・ファミリアは達人ぞろいのためにダンジョンに潜むモンスターも調教を可能としているのだ
〝豊穣の女主人〟へのお手伝いは現在のショウイチのメインの仕事(?)ではあるが毎日向かっているわけではない
ミアの性格を考えると恐らく今日向かっても今日ぐらいは遊んできなと突っぱねられるかもしれない
とはいえ今日ぐらいはのんびりしても問題ないだろうと思うし、たまには羽目を外しても大丈夫だろう
出店が出ているからのんびりたこ焼きとか焼きそばでも買ってのんびり練り歩こう
「…だけどなんでかなぁ」
なんでこんな胸騒ぎがするのだろうか
とりあえず今考えても無駄だろうと思考を飛ばしショウイチは歩いて向かうのだった