目覚めているはその魂 作:いろはす小野寺
ダンジョンに行ってると思っていたベルは実はヘスティアと遭遇し練り歩いていることなどつゆ知らず
とりあえずせっかくだから調教する場面でも覗いてやるかーとショウイチは闘技場の方へと足を運んでいた
とりあえず屋台でなんか腹に入れておこうかなーって思いながら屋台の食べ物を覗いていると、不意に大きな物音が耳に聞こえた
何だぁ、と思いながら音の方へと視線を向けると、なぜだか知らないがそこには一匹のモンスター───シルバーバッグがどういうわけか脱走して暴れている場面を目撃してしまった
「は?」
思わずそんな間抜けな声を出してしまうくらいびっくりした
本当に一匹だけか? とか誰がモンスターを解き放ったのか、とかいろいろ考えたがそれよりもそのシルバーバッグの視線の先に
ヘスティアを連れて逃げ回るベルの姿がいた
「え!? なんでいんの!?」
てっきりダンジョンに行ってると思っていたのに
っていうかヘスティアは武器が出来たのか何か身体に巻いていたし
そもそもなんで狙われてんのとかもう頭の中ぐっちゃぐちゃである
とりあえず自分も追いかけようと思った時モンスターから逃げ惑う人々に巻き込まれショウイチはベルらを見失う
タイミング最悪である
いきなり現れたモンスターに阿鼻叫喚の地獄絵図
せっかくの休日に祭日だというのにこんな面倒なことを起こしたのは一体誰だ本当に
◇
ベル・クラネルは主神であるヘスティアと一緒にモンスター、シルバーバッグから逃げていた
大通りにいると捕まる可能性が高いため、とにかく動いて撒こうと思いメインストリートの区画をただひたすらに走っていた
「ベルくん、だめだ、そっちは───」
「───えっ」
ヘスティアの言葉にベルは言葉の意味を知る
ダイダロス通り
オラリオ内のもう一つの迷宮と言っても過言ではない場所だ
貧民層が住まうこの領域は下手すれば二度と出られないとまで言われているある意味ダンジョンよりもダンジョンらしい場所だ
だがベルは前へ進むしか選択肢はなかった
シルバーバッグは今も追いかけてきているからだ
こんな所でモンスターと追いかけっこなど悪手ではあるが、止まるわけにもいかないからだ
道を何度も曲がったりを繰り返しどうにか撒こうとする
体力自体は一般人と大差ないヘスティアは限界に近い
どうにか道を走り間をすり抜けシルバーバッグの姿が一度見えなくなった
振り切った? と思うが否や地面を蹴る音と地面に見える影に戦慄する
丁度ベルとヘスティアの間に降り立ったシルバーバッグの衝撃に二人は思わず手を放す
どうにか体制を整えヘスティアを守るためにどうにか身体を動かした
そして目の前の〝敵〟の威圧感に、思わず身体を震わせる
圧倒的格上、今のベルの到達階層よりも下の階層から現れるそのモンスターは現状では手に余るものだ
脳裏にちらつく
正直怖い───でも、逃げるわけにもいかない
男の意地が後退を許さない
ベルはシルバーバッグに向かって地面を蹴る
相手の攻撃を直感でどうにか回避し、隙を見てナイフで攻撃をするが───一縷の望みはガシャアン、という金属がバラバラになるような音と共に砕け散った
───僕の攻撃じゃあ、こいつは倒せない───
刹那に悟るやいなやシルバーバッグの両腕がベルを捉え壁の方に投げつけられた
「がっ!!」
「ベルくんっ!!」
体中に衝撃が走る
辛うじてヘスティアの声は聞こえるが、そっちに意識を割ける状況でもなかった
シルバーバッグが大きな口をガパリとあけながらこちらを見やる
何かないか、と視線を動かすと壁につけられた魔石灯を見つけた
ベルはそれを引っぺがし光量を最大に設定するとシルバーバッグの目に押し付けた
「ギィェェェェェ!!」
即席の目くらましにシルバーバッグは目を押さえながら数歩後ろに下がる
こっちに向かって走ってきたヘスティアが何かを言う前にベルは彼女の手を取って走り出した
───弱い自分ではヘスティアを守れない
酒場で聞かされた雑魚という言葉が何度も頭の中で響き渡る
悔しい…苦しい
弱いというのがこんなにも
このまま考えなしに逃げてもいずれ追い付かれる
三度目はないだろう、どうする? どうすればいい?
「───!」
そうだ、何も〝二人〟助かる必要はない
〝ヘスティア〟が助かればそれでいいのだ
そんな単純な答えが頭の中で降りてきた
ベルはヘスティアの手を強く握り十字路を右に曲がる
その先の隧道…地下道の奥から陽光が見える
ここを通れば一つ先の居住区へ出られるようだ
ヘスティアを有無を言わさずそのトンネルへと進ませると鉄格子をスライドさせ、ベルとヘスティアを分断させる
「ベルくん!?」
「ごめんなさい、神さま。僕がアイツを引き付けます、その隙に逃げてください」
「な、なにバカなこと言ってるんだ!? ここを開けるんだ!!」
「お願いします神さま、これっきりでいいんです、言うことを聞いてください」
「絶対に許さないぞそんなことは! 早くここを開けるんだ!! ベルくんッ!!」
首を左右に振りながらヘスティアはその願いを聞こうとしない
それもそうだ、いきなりそんな提案をされて首を縦に振るものなんてそういない
身を案じてくれるこの人の想いは見て取れる、それが何よりもうれしいことも
だからベルは声を絞り出した
「神さま…僕はもう、家族を失いたくないんです…!」
「ッ! ベルくんっ!」
説得なんて大それた真似、ベルにはできっこない
ゆえにありったけの言葉を、ベルはヘスティアにぶつける
きっと祖父を失ったあの時から、心のどこかで家族というのに飢えていたんだ
「お願いします。…僕に家族を守らせてください…!」
その言葉を最後に、ベルはそのまま走り出した
───ベルくぅぅんっ!!
振り返りそうになるのを我慢しながらベルはレッグホルスターに入れてあるミアハのポーションを手に取りそれを一気に流し込んだ
身体がは回復していくのを感じながら、ベルは体に力を籠める
今度は
◇◇◇
薄暗い通路を走りながら、ヘスティアはヘファイストスに言われた言葉を思い出す
───いい? ヘスティア、よく聞きなさい
スタミナがないなりに、それでも一生懸命に
途中つまづいて転んでしまったが、足を止める理由にはなり得ない
───このナイフはアンタが
今度は道端に転がっている木の棒を踏んでしまい盛大にすっ転ぶ
スカートの中身が大公開されてしまったが、ここには人がいないので問題ない
───いわば恩恵を授かった子たちと同じ。
使い手が強くなればなるほど、このナイフも強くなる、ゆえに、〝駆け出しに持たせる一級品〟
強すぎず、かといって弱くもない共に成長していく
早い話、この武器は、〝ベル・クラネル〟が装備して初めて真価を発揮するのである
───勝手に至高にたどり着くだなんて、鍛冶師から見れば邪道だわ。もう作らせないでよね、こんな
(…死なせるもんか!)
「───って、うわぁ!?」
痛みに耐えてヘスティアは走り出す
絶対に間に合わせて見せると意気込んで走っていたその時、横合いから出てきた人とぶつかってしまった
まさかこんな場所で人がいるだなんて、と一瞬思ったが
「す、すまない! 急いでたから───って、アレ!? ショウくん!?」
「───ヘスティア!? 何でこんなとこに! っていうかベルは!?」
ぶつかってきた人は同じファミリアのショウイチだった
っていうか完全に蚊帳の外であった、てっきり祭りには出てこないものかと
「っていうかそうだ、ベルくん!」
「うん?」
「お願いだ、ボクと一緒に来ておくれ、ベルくんが危ないんだ!」
その剣幕にただ事でない何かを感じたショウは彼女についていくことにした
本当なら二人とも保護してとっとと帰りたかったが、ベルの身が危ないようだ
ヘスティアをおんぶしながら、ことの詳細をショウは知る
「やれやれ、なんだってこんな日に、あんなのに目を付けられるかな。シルバーバッグの知り合いいたっけ!?」
「知らないよそんなの! それよりも早くいかないと、ベルくんが!」
「わかってるよ、せっかくできた後輩なんだ、みすみす見殺しにしてなるものか!!」
◇◇◇
見つけた
どうにか道を走り込んで、視界の先にベルの姿を、ヘスティア、ショウイチ両名は捕らえる
ヘスティアを地上に降ろすと、我先にと走っていきショウイチも彼女の後ろを追いかける
「ベルくんッ!!!!!」
叫ぶヘスティア
驚くベル、そしてこちらを見やるシルバーバッグ
「───なんで来ちゃうんですか!!」
ベルの声色には、悲愴な想いが備わっていた
獲物を見つけたシルバーバッグは唇と牙を震わせながらヘスティアに向けて駆け寄っていく
「ベル!! ヘスティアを!」
ショウイチの叫びに、ベルは反射的に走り出した
幸いにもこっちの方が速い、ショウイチはシルバーバッグへ接近し適当に地面から砂をかき集めると近づいてきた顔の眼球に砂を押し付ける勢いでぶちまけた
「グォォォォオオ!?」
キツイのを目玉に食らい思いっきりのけ反る
しかしこんなのは一時しのぎにしかならないだろう
「走るよ、二人とも!」
「は、はいっ!」
「うんっ!」
元気な返事を耳に受け、もう一度走り出す
走りながら、ベルは言葉を発した
「───なんでここに来たんですか! 逃げてくださいって言ったのに! ショウさんもどうして!」
「まあ待ってよベル、君はちゃんとヘスティアの言葉を聞いたのかい?」
ある程度走って、一通りの安全を確保したのち、ショウイチはベルに向かって言葉を投げる
「その感じだと一方的に逃げてって言ったみたいだけど?」
「でも、そうしないと神さまが───」
「ベル。身を犠牲にして彼女を逃がそうとするのは構わない、大好きだよ、僕もそういうのは。でもね、〝残される〟っていうの、結構辛いと思うんだ。…わかるでしょ?」
「───ッ!!!!」
彼に言われてハッと気づいたようにベルが表情を曇らせる
そんな彼に優しくヘスティアは近づいて、優しくその頬に手を振れた
「ふふ、しょうがない子だなぁ、君は。僕が君を置いて逃げ出せるわけないじゃないか。…それに、〝約束〟してくれただろう?」
「…───あ」
思い出したように、ベルが小さく言葉を紡ぐ
ショウイチが料理を作ってる時にでも何か約束事をしたのだろう
それは二人だけの約束だ
申し訳ないとは思いながらも、ショウイチは周囲を警戒しながらヘスティアへ問いかけた
「さてヘスティア、何か打開策はある?」
「あるとも。そしてカギを握るのはベルくんさっ」
「え、えぇ!? ぼ、僕ですか…?」
唐突に話を振られ、自分を指さしながら戸惑うベル
ヘスティアはじっとベルの方へ視線を向けて
「君が、〝アイツ〟を倒すんだ」
その打開策を口にした
「今からステイタスを更新する。強化された君の力をアイツにぶつけてやるんだ!」
「む、無理ですよ…! 神さまだって見たでしょう!? 僕の力じゃあ───」
「攻撃が通れば、アイツを倒せるかい?」
そう言ってヘスティアは今まで大事に抱えていた布をほどき、そこから一本のナイフを手渡した
柄も鞘も真っ黒い、パッと見で異様とわかるその武器を
受け取ったベルが柄を持ち刀身を抜くとそれさえも真っ黒だ
真っ黒でいて───とても美しい刃をしている
「ヴァレンなにがしとかいう化け物を目指しているのなら、あんなのちょちょいさ。ボクは君を信じてるぜ?」
戸惑うベルに、彼女は柔和に微笑んでとんと胸を拳でつつく
「自分を信じられないなら、君を信じるボクを、信じてあげてくれないかい? ボクが君を勝たす。───勝たせてみせる」
「いいよ、すごい神さまっぽいよヘスティア」
「もう!! 茶化さないでくれたまえよショウくんっ!!」
そんないつも通りのやり取りをした後、ショウイチもベルを見て微笑んだ
言葉は何もなかったが、その笑顔を見るだけで涙が出てきそうになる
目尻に浮かんだ雫を拭いながら、決意をした少年は、漢の顔になっていた
◇
「ヘスティア、時間を稼いでくる。ベル、トドメは任せたよ」
「はいっ!」
「ショウくんも無理しないようにねっ!」
ステイタスの更新となると流石に時間がどうあってもかかる
その硬直を狙われては流石にどうしようもないのであえてショウイチは身を晒しシルバーバッグの注意を引くことにした
それにショウイチ自身も気にはなる…あのベルがどこまで強くなっているのか
ステイタスの伸びが半端ない彼ならば、もしかしたら
シルバーバッグがこちらを見つけると一直線に向かってくる
ショウイチはあえて股下などをくぐるなどをし、シルバーバッグの周囲を自在に駆け巡るように翻弄する
ステイタスの更新が終わると同時、ベルへとバトンを繋がなくてはならない、イイ感じにスタミナを減らせれば多少は楽になるだろうか
「おっと」
眼前に迫るシルバーバッグの拳をその手に乗ることで回避すると、腕を伝って顔の方へ走っていき、その頭を踏みつけてついでにジャンプ
それと同時に身を隠していたベルが飛び出してきた
クラウチングスタートの体制で更新していたため、そして恐らくヘスティアにその背を押された彼の速度はまさしく〝ウサギ〟のようだった
そのままショウイチは建物の屋上へと着地し、ベルの戦いを見守る
(───速い)
そしてベルの斬撃は通っている
シルバーバッグの拘束具を見事に両断している
手の拘束具を受けで破壊し、頭のそれも破壊する
確実に、あの
こうまで見てわかるくらいになるといっそ清々しいほどに
「せぇぇぇぇやあぁぁぁぁぁッ!!!!!!」
ナイフを順手に持ち直し、真っ直ぐベルは駆け出した
狙いは恐らくモンスターの心臓部
強かろうが弱かろうが、そこを突くことさえできるのならば、理論上はどんなモンスターも倒せることができる絶対の弱点部
砲弾のように突っ込んだベルがシルバーバッグの胸にそのナイフを突き立てて離脱する
決定打だ
シルバーバッグは呻きながらゆっくりと前のめりに倒れ伏した
一瞬の沈黙
やがてシルバーバッグは霧散しそこにはからんと漆黒のナイフが地面に落ちる
これは見事なジャイアントキリングだ、手に汗握ってしまった
あの時自分の包丁を差し出した判断は間違ってなかった
ショウイチは胸を撫でおろし合流しようと飛び降りようとしたとき、また別の叫び声と共に別の通りからシルバーバッグの別個体が現れ出でた
「まだいたの!?」
リサーチしてなかった自分も悪いが、なんともタイミングの悪い
ベルへと視線を向けるが、唐突な増援ということもあり、そして激闘を制した後ということもあり行動が僅かに遅れそうだ
「───変身!」
幸いここは屋上、見られる心配もないと判断したショウイチは跳躍しつつくるりと空中で身体を一回転させてアギトへとその身を変えた
◇
「ガァァァァァッ!」
ベル・クラネルは再度聞こえてきた咆哮にギョッとした
横合いの通路からシルバーバッグの別個体がヘスティア目掛けて突っ込んできたのである
「! 神さまぁぁ!!!」
間に合うか? ナイフを拾ってどうにか一撃でも受けきれたなら
だが身体に力を入れようにも先の一戦での疲労が蓄積していたのか、足に力を込めた時に一瞬ずるりと転びそうになってしまった
それは致命的な隙
思わず手を伸ばす
(そんな…!? 守れたと思ったのに…!?)
なんだってこう詰めが甘いんだ畜生、とベルは自分を責めずにいられない
畜生…! 畜生ッ!!
こんな時になんで自分は見ているしかできないんだ───そう思った矢先の出来事だ
ズガァァン、とヘスティアへ降りかかる拳は、彼女の前に現れた何者かが受け止めていたのだ
「…え?」
土煙が立ち込める
ゆっくりと煙が晴れると、シルバーバッグの拳を片手で受け止めていた誰かがいた
その誰かを、ベルは、ヘスティアは知っていた
最も───直接見るのは初めてだが
「…あ、ぎと…?」
煙が完全に晴れた時、その金のツノを確認する
エイナに教わった通りだ…黄金の身体に、黄金の角…そしてまるで龍の炎のように赤い眼───
「ふんっ!」
アギトは受け止めた拳を右手で殴り返す
シルバーバッグは苦しそうなうめき声をあげながら殴られた自分の右手を押さえた
たった一撃でアギトはシルバーバッグの右腕を破壊したのだ
「…せっかくの余韻を、ぶち壊さないでほしいなぁホントに」
何かを呟いたようにアギトはシルバーバッグを見据えると、その角が展開し左右三本、合計六本となった
刹那、両手を開きゆっくりとすり足のような動かし方で左足を下げつつ、身を低くする
まるでシルバーバッグの出方を待っているように、アギトは力を貯め続けた
「───グオォォォォッ!!」
やがてシルバーバッグが痺れを切らしたのか雄叫びをあげながらアギトの方へ残った左手を突き出しアギトの方へ駆け抜けていく
それに対して、ようやっとアギトが動いた、否、飛んだ
その場から大きく跳躍するとエネルギーが収束された右足をまっすぐ突き出す
「───ハァァァァッ!!」
突き出されたアギトの右足…〝ライダーキック〟は向かってくるシルバーバッグの顔面を拘束具ごと破壊して大きくシルバーバッグを後方へと吹っ飛ばした
雲散霧消していくシルバーバッグを見送ると、六本だった角を二本に戻しアギトは何事もなかったかのようにベルの方へと歩き出した
(───すごい)
始めて見たアギトの戦いに、思わずベルは心の中でそう呟いていた
冒険者になりたての自分とは比較にならないくらいに圧倒的で、それでいて力強く、鮮やかで
「少年」
「! は、はいっ!?」
不意に目の前に歩いてきていたアギトから声がかかる
喋れたんだ、という驚きといきなり声をかけられたという驚きが重なり、変な声が出た
横合いから「ベルくん!」とヘスティアも名前を呼んで駆け寄ってくる
アギトはヘスティアの方へ一度視線を向けるともう一度ベルの方へと向き直った
「きっと。ここからが、君の───本当の冒険だ」
「…え?」
「頑張ってね」
アギトが跳躍してこの場を後にするのと、ダイダロス通りの住民たちが歓声の声をあげたのは同時だった
「すまないベルくんッ、二体目がいるだなんて思わなかったっ! …でも、やったじゃないか! 一体目はまぎれもなく君が倒したんだぞ! ベルくんッ」
「は、はいっ! けど、すいません…僕が油断してなかったら、神さまを危険な目には」
「そんなことない! ベルくんはちゃんとボクを守ってくれてたぜ? アギトが助けに来てくれるっていう偶然もあるけど、運も実力のうちってね! …ふぅ、ベルくん…安心したら…凄い疲れと眠気がぁ」
「え!? ちょ、神さま!? っていうかそうだ、ショウさんはどこ行っちゃったんですかー!」
力が抜けてぐったりしてすぅすぅと寝息を立てる彼女にドギマギしながらも、歓声はまだ止まることはなかった
◇
そんな一行を、とある人家の屋根の上で見守っていた誰かが一人
「───ヘスティアには悪いことをしたかしら」
身を隠すようにローブを着込んだ一人の女性だ
視線の先にはヘスティアを抱えてダイダロス通りの出口へ歩きはじめる
「おめでとう、少し情けなかったけど、とってもかっこよかったわ」
「やーっぱりこの騒動はアンタが原因ですか? ───〝フレイヤ〟」
背後から聞こえる声
女性───女神フレイヤが振り向くと、そこにアギトが立っていた
彼女は彼を見て微笑むともう一度ベルの方へと視線を向ける
アギトは彼女の隣に歩きながらその変身を解除すると大きく一つため息をつく
「…気に入られちゃったかぁ、ベルの奴」
「あら。酷い言い草ね? まるで疫病神みたいに」
「疫病神でしょ? 人によっては」
歯に衣着せぬ遠慮ない物言いをするショウイチ
もしここに彼女のファミリアの下部連中がいたら殺意を籠った眼を送ってくるに違いないだろう
「…彼、とてもいいわね。透き通るように…透明で」
「だから我慢できなくてちょっかい出しちゃったとか? 子供じゃないんだから、もう少し分別を弁えてほしいなあ。対応する身にもなってよね」
「ふふふ、ごめんなさいね。ひとまず今日はもう戻るわ、あの子の雄姿をこの目で見られて満足だもの」
見る人が見れば絶対に一目ぼれするであろう柔和な笑みを浮かべて、フレイヤは踵を返してこの場を去っていく
歩きながらフレイヤは「そうそう」と思い出したように口にしてちらりとショウイチへ軽く振り向くと
「───私は、〝貴方〟も諦めてないからね?」
「お帰りはそのまま真っ直ぐですよ、メガミサマ」
やんわり拒絶の意を込めながら適当に返すと「つれないわねぇ」なんて言いながら今度こそこの場を後にした
この場にいるのは、ショウイチ一人
ふぅ、と大きい溜息を吐きながらヘスティアを抱えて走ってるベルの姿を眼で追いかける
「面倒なのに見初められたかなぁ、ベル」
何事も起きなければいいのだけれど
◇◇◇
いつもの教会へショウイチが帰るとそこにはソファでスヤスヤと眠るヘスティアと心配そうに見つめるベルの姿が目に入ってきた
入ってくるショウイチの姿に気づいたベルはヘスティアを起こさないようにゆっくりと彼の元へと歩み寄る
「ショウさん…! よかった、無事だったんですね」
「ごめんごめん。すぐに合流できればよかったんだけど、あの歓声の中に入りずらくてさ」
「そ、そうだったんですか…。僕はショウさんに何かあったかと思って…」
小さく呟くベルの頭を撫でつつ、スヤスヤしているヘスティアを見やった
ここまできっと動きっぱなしだったから流石に疲労が溜まったのだろう
「そういえばベル、そのナイフの説明って受けたっけ」
「え? い、いえ。あの時は必死でしたから、〝生きてるナイフ〟とか、僕の強さに合わせて成長するってことくらいしか…」
───え、何そのナイフ欲しい
思わず心の中で欲望が駄々洩れになりそうな気持ちを押さえつつ、ショウイチはナイフを指さす
「よく見てみて、そのナイフ」
「よく…? えっと…───え!? こ、この銘って───!!」
ショウイチに言われてそのナイフを改めて見やった
見ていくうちに───鞘の隅に神聖文字───ヒエログリフが刻まれているのを眼にした
刻まれている文字は…Hφαιστοs
さすがにこればっかりは解読できなくてもベルは一目で理解した───〝ヘファイストス〟だ
「こ、これって…」
「多分気づいてたんじゃないかな、君がヘファイストスの店の陳列棚に時折足止めてみてたこと。君が望んでたのじゃないかもしれないけど…それ、世界に一個しかないレアものだから、大切にしてあげてね。…名前は…わかりやすく
「で、ですけど…ヘファイストスの武器はすごく高くてっ…! お、お金はどうやって…!? っていうか、もしかしてショウさんも関わってる感じなんですか…!?」
「僕はちょっとだけ、だけどね。君を助けたいっていうヘスティアの気持ちが、そのナイフには込められている。…だから、今後自分を犠牲にしようだなんて無茶はやめること。家族が待ってるんだから」
もちろん、僕もね、とショウイチは付け足してかけてあったあったエプロンを取ると身に着ける
ショウイチからの言葉とヘスティアの想いを知ったベルはついに涙腺が決壊し、滂沱の涙を流しつつそれでも眠っているヘスティアを起こさないように声を抑えてヘスティアの手を優しく握りしめて
「───ありがどう…ございまず…!」
そう何度も彼女に向かって呟きながら一人、ヘスティアの傍で静かに泣くのだった
ショウイチはそんなベルの泣き声をBGMに料理の準備をする
───普段のヘスティアは色々とあれではあったが、ここ数日で神らしいところを何度か見た
今日まで色々あって疲れ切って今もなおぐっすりしている彼女が起きた時、美味しいご飯をたくさんご馳走してあげよう
そう、ベル・クラネルの冒険譚はこれから始まる
新しい出会いや絆に支えられて、ベル・クラネルは上へ昇っていくだろう
そんなみんなが笑って戻ってこられるように、居場所を守っていけたのならば
ショウイチ・タチカワは新しく購入した包丁で材料を切りながらそんなことを思うのだった