目覚めているはその魂 作:いろはす小野寺
その日、ショウイチは〝豊穣の女主人〟から買い出しを頼まれていた
特に断る理由もないのでそれを快諾し、同じように買い出しを任されたリューと一緒に街に買い出しに出かけていた
そんなわけで帰り道
「すみませんショウさん。自分のもあるのに、私の買い出しも手伝ってもらって」
「いいっていいって。気にしないでよ」
そんな他愛のない話を交わしながらショウイチはリューと一緒に街を歩いていた
本来大き目な紙袋の予定ではあったが、今回はいつもショウイチが買い出しする際に用いている大き目な手提げ袋…わかりやすく言うならエコバッグをリューに貸している
「よかったら一袋あげるよ、これ」
「よろしいのですか?」
「うん。あと二つくらいあるから、一個くらいなら大丈夫。紙袋も便利だけど、ちょっと持ちにくいしね」
そんな他愛のない話をしながら道を歩いているとガキンっと鉄と鉄がぶつかり合うような音が耳に入ってきた
街中で喧嘩? とも思ったがそんなことをする輩がいるのだろうか
思わずリューと目を合わせると二人はそのまま音の聞こえた方向へ向かっていく
音のした方向へ向かうとそこには事情は分からないけどパルゥムの女の子を守るように庇っていたベルの姿を発見した
彼はナイフを抜き放ち、パルゥムを襲っていた冒険者の攻撃を受け止めていたようだ
「なんだテメェ、そいつの仲間か!?」
「い、いえ! 初対面です…」
「じゃあなんで庇う」
「え、っと…お、女の子、だから…?」
「あぁ? 何言ってんだクソガキ!」
何やら穏やかじゃない
それに襲っている冒険者も血気盛んな感じであり短気そうだ
下手に被害が広がる前にとっとと口を出しておこう
「その辺にしといてよ」
ショウイチがそんなことを言って襲っている冒険者に視線を向ける
声のした方向に三人がこちらを向き、見知った顔であるベルが驚き他の二人は疑問符を頭に浮かべる
「次から次へと…! 何だよ今度は! テメェもぶっ殺されてぇのか!?」
冒険者が苛立ちを隠さずそう言ってくる
見た感じ低レベルの冒険者だろうか
「街中で剣を抜くとは穏やかではありませんね」
「口出しすんじゃねぇ! とっとと失せろ───」
「吠えるな」
冒険者が何かを口に出す前にリューが殺気を込めて冒険者を睨む
その剣幕に先ほどまで強気だった冒険者はたじろいだ
「…手荒なことはしたくありません。…私はいつも〝やりすぎてしまう〟」
夕日をバックにそんなことを宣告するリュー
彼女が言っていることは紛れもない事実だ
少なくとも、あんなチンピラの冒険者が彼女に叶うはずもない
「…ちっ」
やがて一つ舌を打つと剣を納刀し踵を返して冒険者は去っていった
辺りにはリューとショウイチ、そしてベルの姿だけが残る
「大丈夫? ベル」
「怪我はありませんか?」
落ち着くのを確認すると二人はベルの近づき怪我の有無を確認する
記憶が確かならベルは対人戦の経験はまだないはずだ
さっきの冒険者よりは無論ベルの方が強いだろうか経験というのは大きい
「す、すいません、助かりました。ショウさん、リューさん」
「どういたしまして。今度は何に巻き込まれてたの?」
「い、いえ。この子が…あれ」
ナイフを仕舞いながらベルは自分の後ろへと向き直った
しかし後ろにいたはずの襲われていたパルゥムの女の子の姿がどこにもいないことに気が付いた
「怖くて逃げちゃったのかな…」
───刹那、建物の陰に気配を感じたがここは気づかないふりをする
何もしないならそれでいい
「気を付けてよ、君が怪我しちゃあヘスティアがどうなるかわかったもんじゃないからね」
「えぇ。シルも悲しみます」
「あ、はいっ。本当にありがとうございましたっ」
「晩御飯までには戻るから、先に帰ってて」
「はいっ!」
そう言葉を交わしてショウイチとリューはその場を後にする
道中を歩きながら不意にショウイチは口を開いた
「…ちらりと見えたあの子…サポーター、だったのかな」
「かもしれません。…事情はわかりませんが、何かしら恨みを買ったか、或いは」
ダンジョンに潜るものには冒険者のほかにサポーターというものも存在する
それは文字通り冒険者がモンスターを倒した際に出る魔石やドロップしたアイテムを収集し、予備武器や持ち込んだアイテムを所持するという地味ながらも大事な役割だ
ファミリア内でサポーターを務めるのなら別だが、専業として雇われるサポーターは様々な事情で冒険者からドロップアウトしたものがなる場合が多い
そんなもんだから一部の底辺冒険者は雑用以下のような扱いするのも珍しい話ではない
「…いや。今考えても仕方ない。ひとまず戻ろう」
「ですね」
今思考しても何もわからないだろうと結論付けて二人は〝豊穣の女主人〟へと足を速めたのだった
◇◇◇
翌日
ベッドの上でスヤスヤと寝ているヘスティアを尻目に、ベルは鎧を着込み装備を整える
いつものライトアーマーに左手にはエメラルドのプロテクター
「お、ベル、新しい装備にしたんだね」
「はい。先日エイナさんにいろいろ勧められて」
「あー…出かけるって言ってたもんね、エイナさんと」
いつのまにやらそこまで仲良くなっていたとは
軽装のベルには動きやすそうなライトアーマーが似合っている
「───いいね、〝らしく〟なってきたよ」
「! ほ、ホントですか!? 僕も少しは、〝冒険者らしく〟なれましたかね…!?」
「あぁ。さ、あとは経験だ。死なない程度に冒険してきなさいな」
「はい! 神さま、ショウさん! それじゃあ行ってきますっ!」
「うん、いってらっしゃい」
「いってらっしゃぁぁぁーい…」
寝ながら返事をするとはうちの主神は器用な人だ
やれやれと思いつつも、ヘスティアが起きてきたときのために朝ごはんつくりに勤しむのだった
◇
今日も今日とてお仕事お仕事
とはいっても基本的にはバイトに行ったりお手伝いなどをしているのだが、ショウイチは楽しいので問題はない
すっかり夕焼けへと移り変わった頃合いに、〝豊穣の女主人〟でお手伝いしていたらリューが買い出しに向かおうとしていたので、彼女の荷物持ちを買って出た
「…行きも帰りもこの道通ってるの?」
そして買い出しを終えて帰路についてる最中
今二人が通っているのは薄暗い路地裏だ
正直女性が通るような道じゃあない
「えぇ。道順を覚えていればこっちの方が時間の短縮になります。ショウさんが危惧するほどではありませんよ」
「んー…。まぁリューさんなら平気か」
彼女ほどの実力者なら正直ガラの悪いチンピラ程度返り討ちなど容易いものだろう
そんな話をしながら道を歩いていると前からデカいリュックを背負ったパルゥムの少女が歩いてきた
こんな道通る人他にいるんだ、と思いながらショウイチは見逃さなかった
パルゥムの持っている真っ黒なナイフの存在を
知らない人が見ればただのナイフに見えるだろう
しかしショウイチが見間違うはずがない
あれはうちの主神が本気になって自分の家族に与えたものなのだから
さっと袖にしまい通り過ぎようとしたそのパルゥムにショウイチは声をかける
「ねぇ」
「っ」
いつもより平坦な声色
リューも察していたのか、彼の隣でパルゥムを見やる
「な、なんでしょうか」
「今袖にしまったそいつをよければ見せてほしいな。知り合いのに似てるんだ」
「な、何のことですか。これは私のものです、きっとあなたの勘違いでしょう───」
間髪入れずに、ショウイチはその腕ごと半ば強引にそのナイフを引っ張りあげる
痛みで僅かにパルゥムの少女が呻くが今回ばかりは知ったことじゃない
「見間違えるはずがない、その真っ黒のナイフは、うちの主神が本気になって制作を依頼した世界に一つだけのモノだ。君がそれを持っているとしたら可能性は二つ。───拾ったか、盗んだかだ」
纏う空気に畏怖を感じたのかパルゥムの女の子はなけなしの力でショウイチを突き飛ばす
突然のことであったため、油断はしていなかったが、それでも不意に突き飛ばされ、バランスを崩しその場に尻餅をついてしまった
突き飛ばした衝撃でパルゥムの女の子の手から黒いナイフが零れ落ちる
視線と手がそっちに行っている間に、パルゥムの女の子はその場から走り出して逃走を図った
「大丈夫ですか? ショウさん」
「うん。とりあえず追いかけてみよう」
差し出されたリューの手に、ショウイチは自分の手を重ね、彼女にひかれ起き上がる
ショウイチが起き上がって手を離したとき、一瞬リューは差し出した手を見つめていたが、やがてリューとショウイチはそのまま小走りで先のパルゥムの女の子の走っていった方へ向かうのだった
そして路地裏から出る───といった時に視線の先にベルがいた
どうやらさっきのパルゥムの女の子はベルとぶつかってお互いにすっ転んでしまったようで───と思考してその転んでいる女の子を見て思考を止める
どうやら転んだ衝撃で被っていたローブの頭の部分が露出してしまっていたみたいだが…その頭部にあるものを見て
「…
「しょ、ショウさん? リューさんも? っていうか、リリ?」
追いかけていたのはパルゥムだったはずでは?
そんなことを考えている時に、こちらに気づいたベルが二人の名前を呼んだ
っていうかその女の子も知り合いだったんかい
そして不意に思い出したようにベルは立ち上がって、ショウイチたちに向かってあることを問うてくる
「そ、そうだ! ショウさん僕のナイフ見ませんでした!? あ、えっと、上から下まで真っ黒な───」
「これでしょ? はい」
かなり焦っている様子のベルに拾ったそのヘスティアナイフを差し出す
差し出されたナイフを見たベルは心の底から安堵と嬉しそうな表情を浮かべると彼からナイフを受け取った
ベルの手に戻ったときに光を取り戻したそのナイフを見て、犬人の子は目を見開いたような気がした
「ありがとうございますッ!! はぁー…神さま、ごめんなさいっ! もう二度と落としたりしません!」
「…落としたの?」
「はい。あ、ショウさん、これどこで拾ったんです?」
「拾ったっていうか…───」
ちらりと犬人の女の子を見やる
服装から察するに間違いなくこの子が盗っ人なのだろうが…本人に戻ったし追及は野暮というものか
「まぁ…ちょっとその辺でね。ともかく、もう落とさないでよ?」
「え? あ、はいっ」
「それじゃあ僕たちは〝豊穣の女主人〟に行かないといけないから、あとでね。行こう、リューさん」
「はい」
そう言ってリューとショウイチはその場から離れようとして、すっ転んだままの犬人の女の子に手を差し伸べて、少し声色を落として声をかける
「さっきはごめんね、早とちりしちゃったみたい」
「え、えぇ…」
「───〝そういうこと〟にしといてあげる」
「ッ!」
「ショウさん?」
「ごめんなさい、すぐ行くよ」
小さい声色でそう言うとショウイチは先を進んでいたリューを追いかけた
色々と事情があるみたいだしあの女の子もベルの知り合いみたいだし、たぶん大丈夫だろう
余談だがその晩ベルからサポーターを雇いたいと相談されヘスティアと三人で話し合いをした結果雇っていいよとなったのはまた別のお話
◇◇◇
「───ダメねぇ。しばらく見守るつもりだったのに」
時は少しだけ遡って
バベルの塔最上階に位置する部屋に一人の神がいる
フレイヤだ
彼女はそこから街を歩くベル・クラネルを視界に捉えていた
その銀の瞳は、ある日メインストリートを駆けるベルの姿を捉えたことがある
一目見たその時、欲しいと思ったのだ
彼女には〝洞察眼〟と呼ばれる下界の者の魂の本質を見抜く瞳がある
あくまでそれは性質…先天的なものであるために使用不可と言われる〝神の力〟とは関係のないものである
彼女は部屋の隅の本棚へと向かい、吟味する
一冊一冊指で触れ、どれがいいかを探しながら彼女の指は一つの本に触れた
「これがいいかしら」
彼女は本棚からその本を抜き取ると中身をペラペラと確認し満足そうにうなずくとさて、ともう一度考え出した
どう渡したものだろうか
よく行く〝あの場所〟へ置くのもいいかもしれないが…と考えてくすり、とフレイヤは笑みを漏らす
「オッタル」
「は」
彼女は入り口の横で待機している偉丈夫の名を呼んだ
オッタルと呼ばれた男性は短く返事をし、彼女の次の言葉を待つ
「〝ショウイチ〟を呼んできて。明日でいいわ」
「承知しました」
オッタルの返事を聞いて、もう一度フレイヤは笑みを浮かべる
準備は整った、彼なら自然…となるかはわからないが、普通に手渡しても問題なく受け取ってくれるだろう
「───見せてもらうわね、貴方の中に眠っている…〝力〟を」