目覚めているはその魂 作:いろはす小野寺
その日は〝豊穣の女主人〟にて朝から開店準備のお手伝いだ
日頃から世話になっているのだから、ショウイチがここでの手伝いを断る理由はないのである
「へくちっ」
開店準備作業中の合間、不意にシルが可愛らしいくしゃみを漏らした
当然ながら店内の注目は一瞬のうちにシルへと注がれ、彼女は顔を赤くしつつ口元を手で押さえ
ちょっと俯き加減
「風邪? シルさん」
「うぅん、平気。大丈夫だよ」
ショウイチからの問いかけにシルは両手をパタパタさせた
「どっかで誰かがシルの噂してるんじゃニャイかニャ?」
「それなら答えは一つ…あの冒険者の少年ニャ」
「もう。怒るよクロエ」
ニヤッと笑みを浮かべる獣人のキャットピープル、クロエに対してシルは目線を向け眉を吊り上げる
しかしそんな視線をどこ吹く風と彼女はテーブルを運びながら愉快そうに尻尾を揺らしているのだった
「でも結局昨日はあの冒険者くん来なかったね。ショウくんは何か聞いてる?」
「いいや、特には何も聞いてないかな」
ルノアの言葉にショウイチはそう返す
詳細はあんまり詳しくないがひょんなことからシルが賄い弁当をベルに渡すのがどうやら日課になっていた模様で、受け取ったベルは夜になったらその容器を返しに来るというのが恒例になっていたらしい
着実にフラグを建てているようである
そんでもってベルが返しに来るのなら当然他の従業員にも見られるわけで
シルがからかわれるという図式も生まれたわけなのだ
「まぁダンジョンでイイ感じに体力使って戻し忘れるってこともあると思うし、そんなに心配はしないでも大丈夫じゃない? そういう日もあるよ」
作業しながら答えるとルノアは「そんなもんかなぁ」と漏らしながら彼女も作業に戻っていく
噂話に花を咲かすのも一興だが、そろそろ働かないとミアから雷が飛んでくる可能性も無視できないのである
そんな時、不意に出入り口の方から誰かがやってきたような足音が聞こえてきた
「失礼する」
「すいません、今開店準備中───え?」
近くにいた従業員が対応しようとしたが言葉の途中で詰まった
なぜならいきなり出入り口を開けてやってきたのがフレイヤ・ファミリア所属の
何でこんな時間に都市最強がやってくるのか、っていうか彼の登場に目線は彼に集まり当然ながらまた作業は止まる
まぁこれは致し方ない
「すまない、要件を話したらすぐに帰る。───ショウイチはいるか」
オッタルの言葉に今度はショウイチの名前が入っていたことでまた目線はショウイチに向けられる
ショウイチは内心めんどくさそうにため息を突きつつ、作業を止めてオッタルの所に出向いていった
「…こんな朝から何です? またフレイヤの無茶ぶり?」
「まぁそんなところだ。フレイヤ様がお呼びでな、来れるか」
「来れないわけじゃないけど…」
ちらっとカウンター奥のミアに視線を向ける
彼女はショウイチの視線を受け取るとやれやれといった様子でゆっくり頷いてくれた
許可が下りたみたいだ
ショウイチは手に持っていたほうきとかを片付けるとオッタルの前へと歩いていく
「いいよ、どこに行くの? …本拠地とかは嫌なんだけど」
「心配するな。今から向かうのは〝バベルの塔〟だ」
◇◇◇
「待っていたわショウイチ。よければお茶の一つでも出そうかしら」
「メガミサマに出されたと知られれば僕が目の敵にされそうなんでやめてもらえると幸いです」
「つれないわねぇ」
オッタルに案内されたバベルの塔最上階
給仕みたいなことしようとするフレイヤを静止してショウイチは何となく部屋の中を見回す
かなり高い場所に位置するこの部屋の中で、壁一面のデカさを誇るガラスが目に入ってくる
オラリオ全体を見通せるのではと思わせるそれを見ていると、ストリートを歩くベルの姿が見えた
彼の隣にはデカいリュックを背負った子が追従している
恐らくあれが最近相談されたサポーターだろう
「それで? 一体何の用なのさ。わざわざなんで僕を呼び出したのか」
ちらりとフレイヤへと視線を戻しながらショウイチは問いかける
問いかけられたフレイヤは柔和な笑みを崩さないままテーブルの上に置いてあった一冊の本を取るとゆっくりとショウイチに近づいて差し出した
「これをあの子に届けてほしいの」
「なんで僕が。自分で届けりゃいいじゃん。それかオッタルに頼むとか」
「素直に受け取ってくれないわよ、まだ直に会ったわけじゃないし。オッタルに頼むっていうのも考えたけど、ほら、彼ってば威圧感がすごいから」
「…なるほど?」
ちょっとわかると思った自分が悔しい
普通にフレイヤは美人の部類に入るしそんな人からもらうなんて恐れ多いとか言って受け取らない可能性が高い
冷静に考えると普通に話しているショウイチがおかしいだけでオッタルもこの都市の最強の一角なのだ
「っていうか何? この本。ちょっと中見ていい?」
「構わないわ」
お許しが頂けたのでパラパラと中身を改める
「自伝・鏡よ鏡、世界で一番美しい魔法少女はわたし…? なにこれ、地雷本?」
「
「グリモアぁ?」
噂だけはきいたことがある
簡単に言うなれば、それは〝魔法〟の強制発現書
なんでも魔道と神秘という希少なスキルを極めたもののみが作れるという特異な書物のことだとかなんとか
オマケにお値段はヘファイストス・ファミリアの一級品と同等のお値段がついたりしているめちゃくちゃ高価なものだ
「…あとでヘスティア・ファミリアに請求とか来ない?」
「いかないわよ。だけどあの子に渡すときは、自分で購入した、とかの理由にしてくれると嬉しいわ」
「…まぁ、わかったよ。それとなく渡しておく。要件はそれだけ?」
「えぇ。わざわざ来てくれてありがとう。…良かったら本拠の〝洗礼〟にも参加してくれていいのよ? ───アナタの
「ぜぇったいにいやだ!!」
誰が好き好んで朝から晩まで戦わないといけないのか
力強く拒否の意を示すとそのまま部屋を後にするのだった
◇
「時間を作ってくれて感謝する」
「いいえ、どういたしまして」
部屋から出ると扉の前で待機していたオッタルにそんなことを言われた
フレイヤは美の神と呼ばれ能力の一つ〝魅了〟を有しそれは絶大な力を秘めているが、フレイヤ・ファミリアの眷属たちは別に魅了をされてるわけでなく、全員が全員、己の意志でフレイヤ・ファミリアに属している
無論オッタルもその一人だ
「フレイヤ様はああいわれたが、お前との戦いは俺にとってもプラスになる。…機会があれば戦いたいところだ」
「遠慮しときます」
言葉の内容から察するだろうが、オッタルもまた彼がアギトだということを知っている
そしてまた、かつて一回だけ興味本位で件の〝洗礼〟に参戦したことがあるゆえに、フレイヤ・ファミリアの面々もまた、彼がアギトだと知っている唯一のファミリアだ(新参者は知らないが)
最も彼がアギトだということはフレイヤから箝口令が敷かれており、外部に漏れてはいない
とりあえずオッタルに別れを告げてバベルの塔から出てきたショウイチは受け取った魔導書を見ながらどうやって渡したもんかと考える
まぁ普通に渡せばいいかもしれないけど…などと考えながら一度豊穣の女主人へと戻っていった
◇
「ショウさん、不躾なんですけど、本とかって持ってませんか?」
ある日のヘスティア・ファミリア本拠にて
今日は各種バイトが休みだったので廃教会でのんびりお昼ご飯を作っていると帰ってきたベルに不意にそんなことを言われた
ベルも今日はダンジョンに入っていないらしくちょっと前に返し忘れていたシルの空のバスケットを返しに豊穣の女主人に出かけていたところだった
「どうしたの藪から棒に」
「いえ、さっきバスケット返しに行ったとき、シルさんに読書とかどうです? なんて勧められて…」
「読書、ねぇ」
ふむぅ、と顎に手を当てて考える
と、同時に、これはあれを渡す絶好のチャンスではないかということに思い立った
「一個、ちょうど良さそうなのがあるよ」
「え? ホントですかッ」
ベルの言葉を背に受けながら、ショウイチはしまっておいた一冊の魔導書を取り出した
それをくるくると手の中で弄びながらベルの前に差し出して
「これなら、ちょっとした暇つぶしになるんじゃないかな」
「ありがとうございますっ。僕、さっそく読んできますねっ」
そう言ってベルは自分の部屋へと戻っていった
とりあえずこれで無事約束は果たせただろう
魔法の強制発現書、ということだが一体全体どんな魔法をベルが発現するのだろう
とはいえ気にしても仕方がないのでショウイチは晩御飯の用意に集中することにした
◇
その後バイトから戻ってきたヘスティアと一緒に晩御飯を食べて食器を片付けた後ベルのステイタス更新が始まった
「…魔法が発現した」
そしてヘスティアの呟きにベルが驚いたのはつい今さっきだ
読ました方としては発現することは分かっていたがどんな魔法が発現したのかは不明だ
当然ベルは驚きまくり「えぇぇぇぇぇ!?」という声と一緒に上半身をエビぞりのように起き上がらせた
彼の背に座っていたヘスティアはその勢いですってんころりんと転がって床に無事激突
「あーあー。大丈夫? ヘスティア」
「ご、ごめんなさい神さま! 怪我はないですかっ!?」
「まさか、こんな形で報復してくるなんて、やるじゃないかベルくん…」
何を言ってるんだお前は
とりあえずステイタスを写した用紙を覗き込むと確かに最後に<ファイアボルト>という文字の羅列が見える
そして説明文には速攻魔法、とも
「…もう魔法が発現するなんて。
「か、神さま! ショウさんっ! 僕、魔法が使えるようになりましたよ!」
「うん。おめでとうベル。さらに
純粋に喜んでくれる彼の姿にちょっとばかし良心が痛む
しかし読んだだけで本当に魔法が発現するとは思わなかった
ぶっちゃけ半信半疑ではあったけどこうして目の当たりにすると信じざるを得ない
「ねぇ、速攻魔法ってどういうこと? 魔法って普通詠唱とかあるよね」
「それなんだけどねショウくん。まぁ魔法っていうのは知っての通り詠唱を経てから発動させるものなんだけど…これくらいは知ってるよね二人とも」
ショウイチの問いにヘスティアはそう返した
彼女の言葉の通りすべての魔法は各々固定された〝詠唱〟の言葉を口に出して効果を発動する
〝詠唱〟の言葉が長ければ長いほど魔法の威力が上がっていくのだ
「そんなわけで、普通なら詠唱文はステイタスの魔法スロットに表示されるんだけど…おっと、言っておくけど、ボクが書き忘れたなんてことはないからね」
「ヘスティアならしそうだけどね」
「ショウくん!!」
「ってことは、もしかしたらこれは詠唱をいらない魔法ってこと?」
「推測の域を出ないけどね。速攻魔法としか書かれていないし」
「…となると、迂闊にその魔法名を口にしない方がいいね。この教会が火事になっちゃうよ」
嫌な想像をしたのかベルの顔が青ざめる
実際どんな威力かは分からないが、惨事になることに違いはない
「とりあえず今日もう寝よう。ベル、明日のダンジョンで試し打ちでもしてきなよ」
「───え、明日?」
ショウイチの言葉にきょとんとベルが返答する
まるでおもちゃを取り上げられた子供のような表情をするベルに対してヘスティアが
「おいおい、今からダンジョンに向かう気かい? もうシャワーも浴びちゃったし君の魔法はにげたりなんかしないぜ?」
「あ───は、はい。そうですね」
正直時間も夜遅い
ヘスティアは「くあー」っとあくびをしているし、バイトでの疲れも溜まっているのだろう
とりあえず今回はこれまでということで歯磨きを済ませみんなそれぞれ就寝するということになった
そして時間は少し進み、真夜中
ゴソゴソ、という物音でショウイチは(やっぱりな)と身体を横にしながら様子を探る
物音をたてているのは十中八九ベルだろう
まぁ我慢できなかったんだろうなぁ、とは思う
念願の魔法を手に入れたのだからそりゃあ早く使ってみたい、という欲求が勝るのは仕方のないことだ
「ごめんなさい…神さま、ショウさん…」
そうこうしているうちに小さい声でそう短く謝るベルの声が聞こえた
その後でこっそりとこの部屋から出ていったのか、やがて気配が離れていく
ある程度離れたであろうと予測を立ててショウイチはよっこいせ、とベッド代わりにしているソファから身体を起こす
「ま、大丈夫だとは思うけど、様子だけ見に行こうかな」
そんなことを呟きながらショウイチは軽く身支度するとスヤスヤと眠るヘスティアをそのままに、廃教会を後にした
◇
ダンジョンに赴いた時、向こうから一人の女性が歩いてくるのを見た
露出の少ない制服のような服装に白マント、そして麗しいエメラルドのような緑色の長い髪、そして極めつけは常人よりもとんがった耳
向こうもこちらに気づいたようで彼女は片手をあげる
「リヴェリアさん」
彼女の名前はリヴェリア・リヨス・アールヴ
ロキファミリアに所属する古株であり、レベル6の冒険者であり、ショウイチが知っている中で都市最強の魔導士だ
「やぁ。こんな時間に奇遇だな」
「それはお互い様ですよ。リヴェリアさんこそ何でこんな時間に?」
「私はアイズの付き添いと言った方が正しいな」
「アイズさんの? …あれ、そのアイズさんがいないんですけど」
「あぁ、実は戻るときの道中、
「…
「あぁ、───そうだった、あの子はショウイチと同じファミリアだったな」
リヴェリアから言葉が帰ってきたとき、ショウイチは内心でため息をついた
きっと嬉しさから魔法をぽこじゃか連発してしまったのだろう
魔法も対価なしに放てるものじゃあない、体力と対にある精神力を使用し放つ、或いは実行するものだ
当然精神力にも限界はあるので、それが尽きると精神疲弊…マインドダウンを起こしてしまうのだ
「先日は本当にすまなかった、うちの連中が」
「もう気にしてませんから大丈夫です。ベートも色々あってあんな風になってるのは察してますし」
「それでもだ。御しきれなかった責任もある。重ね重ねすまなかった」
「ホントに気にしてませんって。…でも、ありがとうございます」
さて、辛気臭い話はここまでにして一度思考を切り替える
元々ベルを迎えに来たのだが今はアイズと一緒にいるらしい
というと別に迎えは必要ないかな、これは
せっかくだし親睦を深めてもらおう、頑張れベル、と心の中で応援しつつ
「それじゃあせっかくなんで、道中途中まで一緒に帰りません? よかったらご飯、おごりますよ? っていうか何なら作りますよ?」
「それは魅力的な誘いだが、いいのか?」
「えぇもちろん。…ただ作るを了承してくれた場合、ロキファミリアの厨房の材料と台所貸してもらいたいんですけど…。あ! 使った食材は後日、買って補充しますんで!」
「わかっている。ロキやフィンには私が言おう。…ショウの料理はおいしいからな」
「ありがとうございますリヴェリアさん!」
これは腕を振るわねば、と気合を入れる
ただ時間も時間だからそんなに重いものも振舞えないし…とあーだこーだぶつくさ何を作るか呟きながら考える彼を横目に見つつ、リヴェリアは小さな笑みを浮かべながら帰路につくのだった
なおこれは余談だが
あの後アイズのとこからなんやかんやでまた突発的に逃亡してしまったらしく朝起きたら布団にくるまって嗚咽を漏らしてるベルがいたそうな