特別科の魔法少女 作:こーらるりあらる
(1)
『君は世界一の魔法使いになれる』
少年は彼女から語られた言葉を信じた。
攻撃も防御もまともにできない魔法使い。そんなものが世界一になれるとは到底思えない。
しかし、少年は信用した。心から自分には才能があると信じ、いつか世界一になり、そして彼女が喜ぶような、誇れるような人間になりたい――幼いながらに少年はそう考えた。
だからこそ少年は魔法学園への入学を希望し、幼馴染に無謀だと何度言われても努力を続けてきた。
全ては世界一の魔法使いになるため。そしてあの時の『彼女』と再会するため。
それが何もかも失くした彼の生きる理由だった。
彼はひたすら青春を魔法と鍛練に投じ、そして苦労の末、見事高等魔法学園への入学を果たした。ここからが世界一への道のはじまり。少年は第一の目標を果たした後も、すっかり魔法に青春を捧げる気でいた。
――しかし入学式前日。
「はぁ……」
彼は憂鬱な気分で教室の窓から、外を眺めていた。
今日の予定は説明会。入学式及び学生寮での生活のあれこれを教え、お昼前に解散、というたものだ。
現時刻は11時頃。何も問題は起こらず、ちょうど予定していた時間に説明会は終了した。よって教室に残る理由はない。だがロクスはしばらく動こうとする気にはなれなそうだった。これからのことを思うと憂鬱で、身体を動かそうという気持ちにすらならない。
窓の外。綺麗な緑が広がる学園の敷地を眺め、彼は嘆息を一つ。
迂闊であった。まさか自分がこんなミスをするとは、ロクスは思ってもみなかった。世界に目を向け、まったく情報を集めなかったのも悪かった。
全てが全て自分のミスであり、それが彼の落胆を誘う。
これまで努力をしてきたことは全て無駄――にはならないものの、ダメージはでかい。
「まさかニホンが小、中、高の一貫校だったとは……」
一貫校。小、中、高と一度入学してしまえば、するすると進学ができる素晴らしきシステム。勿論全てが全てそうではない。しかしこの『ニホン』にある唯一の魔法学園は試験も何もなく、完全な無検問。生徒が望めば、無条件で進学することができた。
そこはいい。小学時代に苦労するか、高校時代に苦労するかの差だ。しかしロクスが落胆する理由は他にあった。
差、である。
普通の学問ならば他の学校でも学ぶことができる。しかし魔法となればそうもいかない。専門の学校で学ばないとならないし、独学で勉強しようにもそれが成功しているかどうか確かめる術もない。子供が魔法を学ぶためには、魔法学園の入学が必須条件なのだ。
だからニホンでは魔法使いを志す若者は小学時代から魔法学園へ入学する。そして中、高と進学し立派な魔法使いになるのだ。
それが、ロクスは高校から魔法学園に入学。異例も異例であった。普通ならば差を考慮して、他の道を探るものなのだが。
「どうするんだか……ったく」
魔法をまともに使えない自分が、圧倒的なハンデを背負って魔法学園で生活。考えるだけで気分が落ち込んだ。舌打ちし、彼は窓に映る自分を見た。
――心境通り、不機嫌そうな顔をしている。
くせがなくさらさらな腰までの長さをもつ、赤色の髪。男子の平均には遠く及ばない小さな身長。華奢な体格。ぱっちりとした目、人形のように整った顔立ち。女性にしか見えない容姿の彼は、窓の前で堂々と仁王立ちしていた。とても落胆している人間のするポーズに思えないが、間違いなく落胆しているのだ。
「今日も可愛いな、俺様は」
女物の制服に触れ、ロクスは小さく呟く。今は落胆していないかもしれない。
「ぼんやりしてると思ったら……なに言ってんのよ、ロクス」
と、堂々とした佇まいの彼の背中から声がかかる。
「ん? あぁ、エリアか」
ロクスが振り向くと、そこには彼の見知った人物が呆れ顔で立っていた。
鋭い勝ち気そうなつり目。几帳面で真面目な性格を表したみたいな、藍色のきっちりと切りそろえられたおかっぱ頭。男性であるロクスより身長は高く、スレンダーなスタイル。女性的な見た目ではあるのだが凛とした要素が多く、どこかかっこいいと感じる人物であった。
彼女の名はエリア・レンス。ロクスの幼なじみである。
「俺様の可愛らしさに驚いていただけだ。特に問題はない」
「問題あるわよそれ」
胸を張るロクスへエリアはため息を一つ。それから何故か表情を引き締める。
「私には共学に驚愕しているように思えたけど」
「……全然違うが、聞いてたのか」
ダジャレについてはスルー。どうやら彼女はロクスが落ち込みはじめた時から傍にいたらしい。
「スルーなのね……。ええ。聞いてたわ。一貫校がどうとか」
「なら隠しても無駄だな。そうだ。これからのことを考えると不安でな。クラスメイト全員から叩きのめされそうだ」
弱気なことを口にし肩を竦めるロクス。実力がない者がどうなるか。それは事前の調べからだいたいの察しがついていた。一貫校についてはまったく調べていなかったのだが、その辺りの知識は多くある。
「クラスメイトより、他のものに叩きのめされるんじゃない? 下手したら殺されたり?」
「うぐ……」
すっぱりと物を言う幼馴染に、思わず言葉に詰まってしまう。
魔法学園は一年に必ずと言っていいほど死亡者が出る。練習中のトラブルだったり、他の問題――モンスターや人間との戦いだったりと、多種多様な原因で。特に民間の依頼をこなすことが可能となる高校生からは死亡率もグッと高まっている。なので中学から先の魔法学園への進学を希望する者は少数派である。成功か死か……なんて言葉もできたくらいだ。
そんな危険な教育機関でありながら非難されたり廃校にならないのは、偏にメリットの大きさにあるだろう。
魔法学園を卒業し、資格を取得。そして魔法使いになれば将来が約束されたも同然。そうなれば本人は勿論、国にとっても大きな利益となる。
そのような弱肉強食の世界が展開するエリートの争いに、半端者が途中から参加すればどうなるか。結果は言わずとも分かるだろう。
「そ、それはお前も同じだろうが」
理解しているからこそ、こう言い返すしかなかった。
「まぁね。ついてきたのも私だし」
エリアが間を空けず肯定する。高校から魔法学園に入学。命知らずとも言える異例を為した人物はロクスだけではない。幼馴染であるエリアもだ。もっとも、攻撃も防御もできない彼と違って、エリアは才能があるのだが。
「ま、悩んでても仕方ないでしょ。死ぬときは死ぬんだから、精一杯やればいいのよ」
「そういう問題なのか、これ? 間違っちゃいないが」
悩んでても仕方ないこと。入学してしまったのだから、これから先は退学か立派な魔法使いになるか、はたまた死亡か……いずれにせよ、くよくよ悩んでも改善しないのは間違いなかった。
それは分かるのだが、どうにも釈然としないロクスだった。もっと優しい言葉をかけてくれても……なんて、ほんの少し思ったりもする。
「お前はもっと可愛げが必要だな。俺様のように愛嬌を――」
「あ、そういえばクラスの子が親睦会やるって言ってたけど参加する?」
「参加しよう」
説教の最中だったが即答した。迷いない返事に幼馴染の視線が冷たくなっただとか、そんなことはどうでもよかった。
小中、その間の差はあるだろう。そしてそれは自分へ理不尽なほどに降りかかる……だが、そんな障害どうってことはない。そう――恋愛においては。
「こうなったら、学園生活というやつを楽しんでやる。ふふふ」
かわいい子には目をつけてある。名前も、自己紹介も事細かに記憶してある。戦場に赴く準備は万全であった。
小、中と本や想像で培った経験を、ついに自分自身で体験する時がきたのだ。それもある意味魔法とも言えなくもない。
ロクスは意気込み、悪役さながらな悪い顔で低く笑う。前に立つ幼馴染はドン引きであった。
「ついに……はじめるのね、ロクス」
「おう! 俺様はやるぞ――」
「男性との恋愛を」
「――そう、男との恋、って馬鹿か!」
精一杯の大きな声でロクスはつっこんだ。
「俺はノーマルだ。そこんとこ勘違いしないでくれ」
「そんな格好しといて、何言ってんだこいつ……とか誰かに思われてるわよ、絶対」
「それ絶対お前が思ってるよな」
指摘するとすんなり首を縦に振るエリア。否定するつもりもないらしい。怒る気も失せ、ロクスは肩を落とした。男なのに堂々と、エリアと同じ黒いブレザーとスカート、白いシャツに赤いリボン……即ち、女子生徒の制服を身に付けているロクスは、間違いなく異常者。そっち系の人間と思われても仕方ないことであった。それを何年も一緒にいる幼馴染から言われると若干切なくはあるのだが。
「俺様の服装はどうでもいいだろ。可愛いから問題なしだ。それより親睦会。親睦会が大事だ」
「あんまりがっつくとモテないわよ? ええと、確かお昼に食堂だったわね」
「食堂? よく場所がとれたな」
死亡の危険性があるとはいえ、そこはニホン唯一の魔法学園。入学した一年生は割と多く、クラスも4つはあった筈だった。それに加えて学園は全寮制。春休みの最中だとはいえ、食堂を利用する生徒もいるだろう。とても貸し切りにできるとは思えなかった。
「そういう部屋があるらしいわよ。個室だとか」
「個室……」
まるでお店である。設備が充実云々は入学前から聞いていたものの、それは必要があるのかと思ってしまう。
「ま、とにかく出陣だな。さぁ行くぞエリア! 俺様のハーレムをちょちょいのちょいで作ってやる!」
バッと手をかざし、歩き出すロクス。思い切りクラスメイトに聞こえる声量なのだが、彼は気にする様子もない。容姿に似合わない堂々とした男らしい足取りで、教室から出て行った。ハーレム云々言っていた女子が去り、騒がしかった教室に静寂が広がる。ロクスが去っていったドアを眺め、エリアは一言。
「ほんと矛盾してるわよね、あんた……」
ロクスには届かない言葉。好奇の視線を向けてくるクラスメイトに気にしないよう手を軽く振り、彼女は問題児である幼馴染を追った。