クローゼットからミカ出てきた【完結】   作:おとしあな

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ある夜の話。

 時間が経つごとにさっきの星墜としがじわじわ現実味を帯びてきて、すごい魔法を見てしまったと興奮冷めやらないまま帰ってきた。なんとなくまだ眠る気にもなれなくて、お風呂を沸かしつつだらだら話していた。

 

「他の人に会わなかったから分からないけど、ほんとのほんとにみんな乙花みたいな黒髪で、翼も耳も尻尾もなしで街を歩いてるの? 丸腰で?」

「丸腰……そうだね、その通りだよ。実際に見せるわけにはちょっといかないけど。というか翼はともかく耳と尻尾は初耳だな?」

「あれ、言ってなかった?」

「うん」

「動物の耳や尻尾が生えてる人もいるし、角付きのヤツもいるんだよ」

「多様性だなー」

「……そうだね。多様性だねー」

 

 ケモ耳の人たちを見てみたくないと言ったら嘘になるが、現状キヴォトスにわたしは行けないのだから、目にすることはきっとないんだろう。

 風呂が沸いたので、先に入るねと部屋を後にするとなぜかミカがついてきた。最近はなんでもかんでもわたしの後についてまわっている気がする。

 

「一緒に入ろ? ダメ?」

「……もー……、しょうがないなー……」

 

 

 湯船は大して広くもないので二人で浸かるとぎゅうぎゅうだ。体育座りして向かい合うと、お互いの足が触れ合うくらいには狭い。

 お湯が溢れて流れていく。そもそも二人で入ることを想定された風呂ではない。

 

「あはは、狭ーい!」

「あんま騒がないでね」

「はーい」

 

 狭すぎてもはやゆっくり浸かるとかそんな感じではない。テンションが上がってはしゃぐミカのよく通る声が近所の住民に迷惑だと思われたら困る。

 ミカは「こんな狭いお風呂初めて」と抜かしおった。でもよくよく考えてみたら、確かにこの歳になってから二人で風呂なんてわたしも初めてだ。

 ミカの翼が湯船の中でゆったり動いているのを見て、そういえば翼の付け根は見たことなかったな、なんて思った。

 

 二人で温まる。湯船に浸かっている時というのは、心の底からリラックスする瞬間の一つだろう。

 

「ミカはさー、この世界で何かしたいこととか見たいものとかある? わたしの叶えられる範囲なら、せっかくだし叶えたげる」

「えーっと、この世界の人をたくさん見てみたい、っていうのは乙花に迷惑かかりそうだし、そうだなー。あ、ハリポタの続きは読みたい!」

「好きなだけ読みなー」

「ありがと。……やりたいことかぁ。なんというか、この世界の文化に触れたいっていうか、キヴォトスにないものを知りたいっていうかー……まぁ何があって何がないのかも分からないからアレなんだけど」

「……うーむ。アニメとか漫画ってキヴォトスには存在してるの?」

「普通にあるよ?」

「そっか。でもハリポタを知らないあたりこの世界のアニメはあるか分からないよね」

「確かに? なになに、アニメ見せてくれるの?」

「いい感じのがあればね。うーん、サブスク探してみるか」

 

 契約してるサブスクで見られるアニメでいい感じの探すか。もしくはレンタルビデオショップ。見やすさで言えば映画のほうがいいよね。ディズニーでしょ、ジブリでしょ、あとなんだろう。

 

「というかなんで私たち、言葉が通じてるんだろうね」

「……言われてみれば確かに。同じ地球ですら言葉が通じない地域がたくさんあるのに、なんで異世界人に言葉が通じてるんだろ」

「乙花の言葉は普通にキヴォトスで使われてる言葉に聞こえるけどね」

「ハロー、ニーハオ、ぼんじゅーる?」

「あはは、カタコトすぎない?」

「どういう風に聞こえた?」

「カタコトのいろんな学区の言葉?」

「……あー。もしかして、キヴォトスにおける学区が地球でいうところの国みたいになってるのかな」

「どうだろう。でも共通語は乙花や私が今話してる言葉だよ。さっきのは……訛り、みたいな?」

「方言的なやつ?」

「たぶん?」

 

 いい加減のぼせそうなので、お風呂を上がって保湿して、髪を乾かしたら布団を並べて敷いて、二人で寝転がる。

 ……ミカがわたしのパジャマを着ると、翼の関係で後ろ姿がだいぶアレな感じになることに今さら気づいた。はだけている、というかめくれているというか。

 

「ミカ、背中……」

「あー……しょうがないよね、乙花の服なんだから。見苦しいけど乙花しか見てないし」

「ミカがいいならいいんだけど。普段の服はやっぱり穴とか空いてるの?」

「見る?」

「……今さっき脱いだやつをまじまじと眺めるのもちょっとね」

「じゃあ機会があったら見せてあげる、……なんてね」

 

 そう言いつつミカが電気を消した。わたしの部屋にすっかり慣れてしまっている。さすがにもう夜遅いから、なにかやるにしても明日にしよう。

 いやでもなんか忘れてるような気がする、なんだったかな……課題! 明日までの英語の課題がある!

 

「課題やんなきゃ」

 

 起き上がって電気を付ける。

 

「わわっ、どうしたの?」

「明日までの課題忘れてたー……。悪いんだけど先寝てて。てか眩しいのがイヤだったら元の世界に戻って」

「んー……乙花が起きてるなら私ももうちょい起きてる……」

「寝ていいからね」

 

 タブレットを片手に授業動画を開き、ノートパソコンに英文を書き込んでいく。動画を見た上で自分の考えを述べよ系のよくある課題だ。明日の朝9時までだから、今やらないとたぶん間に合わない。……英語嫌いなんだよな、なんでやらされてるんだろう。

 毛布とわたしの部屋に置いているぬいぐるみのネコちゃんをぎゅっと抱きしめたミカが画面を覗き込んだ。

 

「なんの課題?」

「英語。大学来てまでなんでやらなきゃなのかなー、専攻でもないのに。いやたぶん役に立つのは分かってるんだけど」

「ふーん? 乙花は大学でなんの勉強してるの?」

「高校の生物の先生になりたくてさ。だからこれでも理系なんだ。あんまりそうは見えないってよく言われるけど」

「先生!? 乙花先生になるの!?」

 

 ミカが急に食いついた。そんな興奮するようなことかな。ちらっと目をやると翼がバッサバッサ上下している。

 

「ゆくゆくはそのつもりだよ」

「へぇー、そっかー、先生になるのかー。乙花先生かぁ。……あのさ、ちなみになんだけど……、どうして先生になろうと思ったの?」

「んっと、大したことじゃないんだけど、高校の時の部活の顧問の先生が……あ、吹奏楽部だったんだけど。とにかくめっちゃいい人だったのね。授業は面白いし、いろんな相談にも乗ってくれたし、キッツい時とか助けてもらったこともあったなぁ。まあとにかく、その先生が憧れっていうか……そんな風な先生になりたくて。わたしは得意な教科が生物だったから、安直に生物の先生を目指してるってわけ」

 

 パソコンの画面から目を離す。ミカは、お世辞にも纏まってはいなかったわたしの言葉を噛み砕いて受け止めるように、ゆっくり深呼吸をした。

 

「うん。……うん。乙花ならいい先生になれるよ、私が保証する!」

 

 とびきりの笑顔でミカは言い切った。

 そこまで自信満々に言われると、わたしも頑張らざるを得ないっていうか……とにかく課題を終わらせるか。

 

「ありがとう、ミカ」

「ううん、こっちこそ教えてくれてありがとう。課題邪魔してごめんね」

 

 課題を進めながらぽつぽつと話す。

 

「ミカは将来なりたい職業とかあるの?」

「……今は、あんまり。目の前のことに精一杯で、未来のことまで目が向かないっていうか」

「まーそうよね、高校生ってそんな感じよね。わたしもそうだったし」

「乙花みたいに、憧れの先生ならいるんだよ。だけど先生になりたいかって言われると違う気がする」

「ふーん? どんな先生なの?」

「話すと長くなっちゃうけど大丈夫?」

「そうなの? じゃああとちょっとで課題終わるしその後に聞こうかな」

「うん。……私も乙花に聞いてほしい」

 

 課題が終わって、今度こそ電気を消してミカと毛布に潜り込む。いい加減眠いけど、ミカの先生の話はわたしも気になる。

 

「まず前提として、キヴォトスに先生って一人しかいないんだ」

「待って? キヴォトスに一人って言った? クラスに一人とか百歩譲ってトリニティに一人とかではなく?」

「うん。キヴォトスではBD……ブルーレイディスクで勉強してて、前話したようにロボット技術も発展してるから、人間から教わる必要がないんだよ。学校の運営は生徒やロボットでもできるしね。だから、先生ってものがいらなかった」

「うーんと、じゃあどうして先生が存在してるの? しかも一人とかいうびっくりな状況で」

「えーっと……、まずキヴォトスって連邦生徒会っていうのが運営してて、一番偉いのが連邦生徒会長なのね。まあ今は失踪してるんだけど」

「失踪」

「これに関しては私もさっぱり分からないから置いとくね。とにかく、連邦生徒会長が失踪前に、ありとあらゆる学校の問題に介入できる部活を作った。その部活の名前が連邦捜査部シャーレで、どんな学校の生徒も所属できる部活。先生はそこの顧問なんだ。連邦生徒会長がキヴォトスの外から呼んだらしいけど、詳しいことは分からない」

「……難しいね?」

 

 頭がパンクしそうだ。失踪中の連邦生徒会長が一番偉くて、偉い人が作った部活だからなんか色々できて、そこの顧問なわけだから……。

 

「どの学校にも属さないのが、キヴォトスに一人しかいない『先生』ってこと?」

「うん、そういうこと。先生は勉強を教えるのが仕事というよりは、学校のゴタゴタを解決するのが仕事みたいな。……先生が言うには、全ての生徒の味方なんだって。私もたくさん助けてもらったの」

「そっか、全ての生徒の味方……わたしがそんな風に言えるようになるにはどれだけかかるんだろう。……というかその先生、過労死しない?」

「するかも。心配なんだけど……私、先生から距離置かれてるからなぁ」

「え」

「面倒くさいし悪い子だから、私。先生に依存しかけてたのは間違いないし」

「そうなの?」

「でも、私の味方は先生だけじゃないから。乙花だって、トリニティの友達だって私の味方でいてくれる。だから先生だけに寄りかかるんじゃなくて、苦しい時は友達を頼っていいんだって、最近気づいたの」

 

 ミカはまっすぐわたしを見据えた。暗いのに、それだけははっきり分かった。

 

「乙花のおかげだよ? 私が辛い時にこうやって励まして、話を聞いてくれたから。視界が開けたというか、頼れる人は先生だけじゃないって気づけた」

「うん」

「だから、私だって乙花になにか悩みがあったら一緒に解決策を考えるよ。いっぱいもらったから、少しくらいお返ししないとね」

「じゃあ困ったらお願いしようかな」

「任せて! 私にできることならなんでもするよ」

「うん。ありがとう」

 

 だんだん眠くなってきた。あ、でもさっき思いついたことだけ言っときたい。

 

「あのさ、ミカ……」

「なあに?」

「次嫌がらせを受けたら、嫌だって意思をちゃんと伝えて……。それでもだめなら証拠を掴んで、この言葉を言って……」

「言葉?」

「『先生に言っちゃお』」

「え、それは……さすがにどうなのかな……。って、寝てるし……」

 

 

 

 

 

 

 トリニティのとある教室。ミカは何人かの生徒と対峙していた。

 

「あなたたち、この前私の物を壊したよね。証拠は掴んでるんだから。もうやめてくれない? こんなことは」

「そんなことを言われても……心当たりがございませんわ」

「ふーん? あくまでしらを切るつもりなんだ。そっか、それなら仕方ない。次こういうことがあったら……」

 

 溜めを作り、キメ顔で相手を指さす。

 

「『先生に言うから』」

 

 ミカは満足気に教室を後にした。

 本当に先生に連絡する気はちっともなかったが、先生の名前を出したのが効いたのか、それから彼女らが嫌がらせをしてくることはなかった。




「あ、ミカ。ちょっと手伝ってくれない?」
「いいよー。どうしたの?」
「実家から米が入ったダンボールが届いたんだけど、一人で運ぶには重くて」
「分かった。向こうまで運べばいいんだよね」
「えっ片手で?」
「これくらいなら余裕余裕。乙花はそこで休んでて」
「ミカ、腕力すごいね……、腕ほっそいのに」
「キヴォトスの人を見た目で判断したらダメだよ?」
「ありがとう、助かった。にしても片手か……、ミカ腕相撲しない?」
「乙花の腕折っちゃいそうだからやだ」
「むう……鍛えようかな」
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