クローゼットからミカ出てきた【完結】   作:おとしあな

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あなたと過ごす冬のひととき。

「やっほー乙花! 来たよ?」

 

 ミカの声が遠い。頭が重い、どうしてわたしは横たわっているんだっけ。

 そうだ、風邪を引いたんだった。ずいぶん冷えるようになったせいか、本番が終わって気が抜けたせいか分からないけど。

 ……動くだけの力が出ない。

 

「えっ、乙花? 大丈夫!? しっかりして!? おでこ熱い……意識はある? 私の言葉、聞こえてる?」

「……帰って。移したらまずい」

「とりあえず布団敷くね、ちょっと待ってて」

 

 喉を痛めてガッサガサになったわたしの返答が聞こえたのか聞こえてないのか、ミカは床に倒れていたわたしを布団までそっと運んだ。

 

「熱は測った?」

「……測ってない。はやく帰ってってば」

「体温計どこ?」

「あっちの戸棚……ついでにマスク取って」

 

 ミカがごそごそと戸棚を漁る音がする。こうなることが分かってたらもっと整理しておいたんだけど。

 持ってきてもらったマスクを付ける。ついでにミカに言われるがまま腕を上げて、体温計を脇に挟んだ。

 

「……ありがとう。もういいよ、帰って」

「こんな状態の乙花をほっといて帰るなんてできないよ。ほら、私にもちょっとは恩返しさせてほしいし。マスクも付けるから、ねっ?」

 

 返事ができない。

 当然ミカに風邪を移したくないのもそうだが、キヴォトスにこの世界の病原菌を持ち込んで大丈夫だろうか。わたしのせいで向こうでパンデミックとかが起こったら目も当てられない。

 

 ……でも。

 

「そばにいて」

「……うん!」

 

 だって寂しかった。心細かった。一人ぼっちが嫌だった。

 親がいない一人暮らしを始めてから、こんなに体調を崩したのは初めてだったのだ。近くにいてほしいと思ってしまうのもきっとしょうがない。

 

 握った手の温かさを感じながら、意識がまた遠のいていった。

 

 

「えっ39℃……、病院とか連れて行ったほうがいいのかな。でも乙花動けなさそうだし、私はこっちじゃ人前に出られないし……いっそ救護騎士団の子連れてくる……? うーん……どうしたら……」

 

 

 

 ふと意識が浮上すると、近くにミカの気配はない。しょうがないけれど少し残念だ。

 しっかり布団で眠ったことで少しだけ体調がさっきよりマシになったような気がする。

 

「あっ、起きた?」

「ミカ……?」

 

 パタパタとスリッパを鳴らして早足でやってきたミカの手には、湯気を立てるお盆があった。

 ……なんだろう?

 

「何か食べれそう? おかゆ、作ってみたんだけど……」

 

 調べながらだけどね、とミカは笑う。

 なんだかじいんと来てしまってミカの顔がまともに見られない。ミカ、成長したなぁ……お母ちゃん嬉しいよ……。

 

「ありがとう、いただきます」

 

 お盆を受け取りスプーンを手に取る。

 

「あ、待って待って!」

「……?」

「乙花はじっとしてなきゃダメ!」

 

 スプーンを取り上げられて、ミカがおかゆを掬う。息を吹きかけてよく冷まして、「はい、あーん」と口元に運ばれた。大人しくされるがままに一口食べる。

 

 ……美味しい。

 まさかミカがここまでしてくれるとは。

 

「美味しい……。ありがと、ミカ」

「よかったあ……。味見はしたんだけどね? 乙花の口に合うかは分からなかったから」

 

 そうして甲斐甲斐しくおかゆを一口ずつ食べさせてもらった後、薬を飲んでまた眠りについた。

 それから目を覚ますたびに冷えピタだの経口補水液だの兎リンゴだの、きっと誰かに相談したのだろうわたしのための看病グッズが増えていく。

 

 結論から言えば、そんなミカの献身のおかげもあってわたしは数日とかからず回復した。

 

 ……本当に、ミカがいなかったらどうなっていたことやら。もうミカに足を向けて眠れない。

 

 

 

 

 

 

「「メリークリスマス!」」

 

 お互いグラスを持って乾杯。時間としては深夜もいいところだが、ミカも忙しかったのでしょうがない。

 

「クリスマスがこっちにもあるなんて思わなかったよー」

「それはわたしのセリフだよ」

「ケーキはパーティーで余ったのだけどもらってきたから、あとは乙花の買ってきたターキー……? ターキー? これチキンだよね?」

「チキンだね」

「なんで?」

「お求めやすいからね」

「……ま、いっか! いただきまーす」

 

 細かいことは気にしない。普段囲んでいる食卓も赤と緑の布をかけてちょっと豪華仕様だ。

 こんないいケーキなんて普段食べないし、贅沢贅沢。グラスを傾けつつチキンを食べ終わり、ケーキに手を出した。

 

「美味しい! ありがとミカぁ」

「うんうん、乙花がどんなケーキが好きか分からなかったからブッシュドノエルにしたけど、正解だったみたいだね」

「ミカは食べないのー? 食べようよー」

「私はもう向こうでしこたま食べたし、深夜だし……、チキンはともかくケーキは……」

「ええい食え! カロリーゼロ!」

「うわぷっ、やめ、んぐっ……、ごくん。乙花なんかテンションおかしくない? ……って、これお酒じゃん! 自分のグラスだけちゃっかりお酒にしてたの!? いつの間にこんな飲んで!?」

 

 わーい楽しいぞ。まさかこんな楽しいクリスマスを過ごせるなんて。酒も美味しいし、チキンもケーキも美味しいし、ミカは可愛いし!

 

「ミカーちこう寄れー」

「酔っ払いだこれ……。完全に酔ってる……」

「よーしよしよしよし」

 

 大人しく寄ってきたミカを撫でくり回す。

 

 やわらかさらさらふわふわだー、ミカはすっごく可愛いなー。可愛いし優しいし綺麗だし、ほんとわたしには勿体ないくらいだよー。

 よしよし、よしよし。

 ミカはえらいえらい。いいこいいこ。

 いつもありがとねー。

 

「……わーお」

 

 ミカはすごいんだよ?

 他の誰がなんて言おうとも、ミカはわたしのナンバーワンなんだから。

 

「乙花、酔うとすごいね……。口から全部出てるの気づいてないのかな……」

 

 ミカは可愛いねー。こんな可愛いと食べちゃいたくなるよー。

 

「えっ」

「はむっ」

 

 ほっぺやわらかもちもちだー。

 

「ちょっ、乙花……。それ、どういうつもり? 誰にでもそういうことするの?」

 

 ミカだけだよ? 顔怖いよ、どうしたの?

 

「ふぅん、そうなんだ。……そうなんだ。じゃあ……よいしょ」

「んっ!? んむっ……んう……」

「……あは、酒臭いよ乙花」

「ん、ぐう……」

「えっ寝るの? 今寝るの? このタイミングで? よく寝られるね……? ……はぁ、私も寝るかぁ……」

 

 

 クリスマスパーティーの途中からの記憶がない。飲み過ぎた。

 あんまり飲み会に参加したことがなかったから飲める容量が分かってなかったかも。失敗した……。

 未成年のミカに飲ませてませんように。

 髪も服もぐちゃぐちゃで雑魚寝しているミカを起こす。

 

「ミカ、ごめんね……? その、昨晩の記憶がなくて……」

「……う、おはよう。そっか、記憶ないんだ……。まあいいや、乙花は私以外の前で二度とお酒飲まないで」

「えっ? それはちょっと無理かな……?」

「じゃあ他の人の前で酔っ払ったらダメ! それ、私じゃない人にやったら本当にダメだから!」

「何したのわたし! ごめんねミカ、不快な思いさせたのなら謝るから! もうお酒飲まないから!」

「私の前で飲むならいいよ、むしろたまに飲んで?」

「……? どゆこと……?」

 

 わたし、本当に何したんだろう。

 やっぱりお酒は封印したほうが良さそうだ。

 

 

 

 

 

 

 コタツに山のようなレジュメと教科書を積み上げて、タブレットとペン片手に冬休みながら勉強をしていた。ミカは向かいでミカンを剥いている。

 

「あの××××(放送禁止用語)教授! 許さん! ××××(放送禁止用語)!」

「乙花……その、頑張って?」

「冬休み明けすぐテストとか絶対おかしい! 横暴だ! 大学を許すな!」

「どうどう」

「ミカン食うミカ……なんちゃって……」

「ちょっと休憩したら?」

 

 高校生の自分に言ってやりたい。大学生がいっぱい遊べるなんて嘘だぞ。

 再試は嫌だ……落単は嫌だ……留年は嫌だ……。

 

 

 

 

 

 

 クローゼットが開く音がするなり、すごい剣幕でミカに抱きつかれた。

 

「先生のバカー!」

「どうどう」

 

 なにか嫌なことがあったらしい。たぶん例の先生絡みだろう。半泣きになったミカをぎゅっと抱きしめ返す。

 

「だってナギちゃんはシャーレに加入させるのに私は呼んでくれないの本当になに? いいもん先生なんてもう知らない!」

「よしよし」

「うわーんもう乙花に浮気するー!」

 

 ミカを撫でつつ状況を推察してみる。

 確かシャーレは先生が顧問の部活で、ナギちゃんとやらはたぶんミカの友達だから……友達が自分より先にシャーレの部員になってやるせない感じかな。

 前に先生の役に立ちたいって言っていたし、その心中は複雑だろう。

 

「くすん。すんすん。乙花いい匂い」

 

 ミカに嗅がれる。わたしは構わないけどそれ他の人にやらない方がいいと思う。

 

「あ、気づいた? こないだミカにもらった香水付けてみたの」

「サミュエラのザ・ビヨンドだよ? キヴォトスでも一二を争うレベルのブランドの香水だよ? 乙花にだけだよ、そんなのあげるの」

 

 この間のテストが終わったあとに、お疲れ様とプレゼントされた香水だったがやっぱりとんでもない高級品だった。

 金額よりも気持ちが嬉しいとはいえ大切に使おう。でも香水は変質しちゃうからな……ミカが来る時は付けていようかな。

 

「そっちのブランド全然分からないけどありがとうね……。実はお礼があるんだけど」

 

 もらったままでいるのは座りが悪いから、バイト代から奮発して選んでみたのだ。ミカみたいなオシャレな子のためのプレゼント選びってやっぱり難しかった。

 

「えっ本当!?」

「これハンドクリーム。いくつか試して一番ミカっぽい香りのやつにした。あとメイクポーチ」

「ありがとう乙花……好き……」

「わたしも好きだよー」

 

 

 

 

 

 

 たくさんの日々を過ごした。二人でいろんなことをした。

 ミカはわたしにとって唯一無二の相手だって言い切れる。

 

 

 それでも季節は巡り、別れの季節がやってくる。

 それは、わたしたちも例外ではなく。

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