水星の魔女と猟犬   作:全智一皆

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水星の魔女と猟犬

■  ■

 スレッタ・マーキュリーは、最も信頼していた三人から見捨てられた。

 一人は、彼女の母親であるプロスペラ。

 一人は、彼女の愛機であるエアリアル。

 一人は、彼女の婚約者だったミリオネ。

 長い時間を共にした二人から見捨てられ、互いに夢を語り合って信頼し合っていた筈の婚約者から裏切られ、用済みと言われて。

 孤独となった。絶望に陥った。

 何が悪かったのか。何か悪い事をしたから、その罰なのか。

 もはや、彼女は何もかも分からなくなっていた。もう何も、信じられなくなりかけていた。

 泣いても、誰も声を掛ける事はない。けれど、泣かなければ胸が苦しいのだ。

 泣いて、泣いて、泣いて。けれど、弱音は吐けないままで。ずっと、押し留めるままで。

 何故なら―――弱音を吐ける相手が、もう居ないのだから。

 そう。この“学園”には、もう居ないのだ。

 

「ここで何をしている」

「ぁ…」

 

 ふと掛けられたその声に、俯いていた顔を上げる。

 アスティカシアの制服ではない格好に身を包んだ青年が、座り込んでいる彼女の前に立って見下ろしている。

 ―――無感動。そう例える他ない程の無表情を浮かべる青年を、彼女はこの学園で見た事がない。

 その服装からして外部の人間。だが、このアスティカシアに外部からそう簡単に侵入出来るものか?

 いや、そんな考えも、今となっては彼女の頭に浮ぶ事すらないか。

 

『――――――――――――』

「…スレッタ・マーキュリー。ガンダム・エアリアルのパイロット」

「え…なんで、私のことを…」

「…“友人”が教えてくれたからだ」

「友人って…もしかして、貴方の隣に居る人の事ですか?」

 

 涙を流す目で、男の隣を見やるスレッタ。

 そんな彼女に、男は無表情を呆気なく崩し、分かりやすく驚いた顔をした。

 

「…君には見えているのか、“コーラルの声”が」

「コーラルの声…? わかりません…けど、見えます。綺麗な女の人が…」

「…“エア”、彼女は」

『コーラルは有りません…ですが、コーラルとは別の何かが彼女にはあります、“レイヴン”。これは…パーメット?』

「パーメット…確か、水星や月といった星系で採れる金属化合物だったな」

 

 新たな元素「パーメットニウム」。水星や月といった星系で採掘する事が出来る金属化合物。

 個々のパーメット粒子間でボゾンによる情報共有を行うという性質を持ち、この物質の出現によりあらゆる制御技術の革新が飛躍的に進み、素材や推進剤などに混合させ制御する事で様々な技術が開発されたとされる。

 パーメットを人体に流入させる身体機能拡張技術は宇宙に進出する基盤とされてもいる。

 が―――パーメットは、決してメリットばかりを得られる代物などではなかった。

 ルビコンという星系において発見された、巨大なエネルギーや食料、または麻薬にもなる新物質「コーラル」に並び、パーメットという物質にもデメリットがある。

 パーメットを人体へと流入させれば、データストームという現象が引き起こされ、人体にダメージが及ぶ事となる。

 彼女はそのデータストームによって、本来なら見えない“声”が見えるようになっているのだろうか…と、「レイヴン」と呼ばれた男と「エア」と呼ばれた女は考えた。

 

「…スレッタ・マーキュリー」

「は、はい…?」

「君は、選択するべきだ」

「せ…選択?」

「受け入れるか、それとも―――やり返すか」

「受け入れる…? やり返すって…い、いったい、何を…」

「お前は見捨てられた。違うか?」

「……どうして」

「当たったか。どことなく、君は昔の俺のようだったからな。」

「レイヴンさんも…ですか?」

「俺が仕えた人…いや、父親のような存在だった人が俺にも居た。企業に汚され、使命に縛られ、それでも俺を想ってくれた大切な人を、俺は自分の手で殺す事を選んだ」

 

 どれだけ経とうと、あの人は忘れない。レイヴンは、思い返す。

 ハンドラー・ウォルターと呼ばれる雇い主。ルビコンにおいて、強化人間やコーラルを用いた技術を開発した男。

 レイヴン―――強化人間C4−621を導いてきた、飼い主。

 彼は選択した。自分の主を倒す事を。

 敵となって尚、彼の身を案じた優しい男を手に掛ける事を。

 

「…辛くは、なかったんですか」

「あの頃の俺は、碌な感情も抱かなかった。だが、あの時だけは…胸が苦しかった。助けられればという悔いが生まれた」

「…」

「だが、俺は選択したんだ。なら最期まで、それを折る訳にはいかない。そうでなければ、彼が報われない」

「……強いんですね、レイヴンさんは」

「君も、強くなる。いや、ならなければならない」

「………」

「選ばなければ、敵にも味方にもなれない。俺の友人の言葉だ。例えどの様な結果を残すものであれ、選ぶ意思は強くなければならない」

「選ぶ意思…」

「そうだ。誰かの為に必死になったのに裏切られたなら―――こちらも裏切れば良い」

 

 え、とスレッタが目を見開く。

 裏切る。ミリオネを、友人を、そして家族を。

 

「騙されて、見捨てられて、だが、お前はまだ生きている。何も思っていない訳ではないんだろ? 気に食わないなら、お前も同じ事をしてやれば良い」

「―――」

「選択すればいい、その答えを。選択することは決して悪いことじゃない…選ばない奴は、敵にも味方にもなれないんだ」

「一人で出来ないなら、俺を傭えば良い。俺は傭兵、お前は雇い主だ。その果てに、今度はお前が言ってやれば良い―――

 

騙して悪いが、とな」

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