古めかしい武家屋敷に住む少年はある日、不思議な音を耳にする。
幽霊が苦手な彼は翌日、友人へ相談するも一笑に付されてしまった。
その帰り道、大雨に襲われた彼はまたもその音を耳にしーー。

本作は冒険企画局様発売のTRPGシノビガミの世界観をお借りした二次創作作品です。

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夕暮れ時に忍ぶモノ

 その日は少しだけ、霧のかかった夜でした。

 空気が冷たくて気持ちよくて、薄雲がかるお月様がとても綺麗だったのを覚えています。

 僕は何かが聞こえた気がして体を起こしました。

 

 音なんてよくあることです。

 例えばこのふるいおうちの床だったり、柱だったりが悲鳴を上げているのか。木がぎしぎしとしなるような音ならしょっちゅうで。

 

 でも今日の音はなんだか、身体の中心に響く重たい音でした。

 

 僕のおうちは少しふるいので、最初は家の音だと思いました。

 お父様はふるきよき日本家屋だから仕方ない、というけれど、みんなからは幽霊屋敷だなんてよく言われて困ります。

 と、お話がずれてしまいました。物音のお話です。

 

(ああ、まだ聞こえる)

 

 ずぅん、ずぅん。何か大きなものがゆっくりと近づいてきている音。

 まるで足音のようでした。

 かちりと震えから押し込んだ携帯電話がとても冷たく、なんだか嫌な予感がします。

 

 最初はもしかして熊かも?なんて思いましたが、そんなもの普通に考えて街にいません。

 かと言ってお父様が不機嫌な時の足音はもっと軽い音、もしくは何かを壊したような音でしたので、別の何かの筈なのです。

 

 でも、今日は結局その正体を見ることはありませんでした。

 

 

 

「ばっか、それ絶対幽霊じゃん」

「……やっぱりそう思う?」

 

 開口一番に出てきた友達の言葉に、僕は少し怖くなってしまいました。

 正直なところ僕もそう思っていたのです。

 

 折角の雲ひとつない青空なのに、なんだか体が寒くなってきたような気さえします。

 

 しかし、相手が幽霊だとして結局どうすればいいのでしょうか。

 

「そりゃあ塩撒いたり、お坊さんにお祓いしてもらうんじゃねえの? お前んちならなんかあるっしょ」

「うちをなんだと思ってるの……」

「すげー武道の家でお前はそこのお坊ちゃん」

「……ふるいだけの閑古鳥道場だよー、もう。お父様が厳しいだけで普通の家だよ」

 

 こほんと咳払いをひとつ。

 

「本当にどうしよう? ちょっと怖いんだ」

 

 おうちに住んでいるのは僕とお父様の二人だけです。

 お父様は確かにすごく刀の扱いが上手で、いつも背がピンとして格好良く、幽霊なんてズバッと斬ってしまいそうですが、僕はそんなことできません。

 

 ああ、本当に気のせいで済めばよかったのだけれど。

 

 ずぅん。ずぅん。

 

 僕の耳には足音に。けれど他の人にはザラザラと変な音が鳴るらしい携帯電話を揺らして、彼は言いました。

 

「っつてもこれ変な雑音じゃん。録音したから聞いてって言ってたのに、全然大したことないやつ」

「そんなことはないもん。足音するんだって」

「はいはい。じゃあ変なボタン押したんだろー。ふるい家とやらに生まれた奴は携帯もふるくて大変だーねー」

 

 妙にねっとりとした言葉が、とても嫌な感じがしまして。僕はなんとも言えない表情を浮かべてしまったと思います。

 

「ってか知ってる? 今日天気予報雨らしいぜ」

「嘘だあ、こんなにいい天気じゃない。傘なんて持ってきてないよ」

「マジマジのマジ。いやー今日さあ……」

 

 と、その時。タイミングがいいのか悪いのか、チャイムの音が響きました。

 彼は小さく舌を突き出すと、そそくさと自分の席に戻って行きました。

 

 僕はと言うと自分の席だったので特にすることはなく、だからなのか、さっき彼に言われたことがふと蘇るのでした。

 

 ”すげー武道の家でお坊ちゃん”

 

 よく言われるけれど、どうにも苦手な言葉です。

 

(……おうちがふるいだけで別に僕は普通なのになあ)

 

 こういう時、気持ちはどんよりとしてしまいます。

 まだ日差しの強い教室だというのに、妙に冷たい空気も相まって、僕は教科書に頭を埋もれるのでした。

 

 

 

「ああー雨ぇ……」

 

 昼間の陽気から一転、土砂降りの外を見てさらにがっかり。

 今日のお天気は良いと聞いていたので傘なんて当然持っていません。

 

 雲ひとつ無かったのにひどいことです。

 

 ざあざあ、ざあざあ。

 滝が流れているような大きな音で、思わず顔をしかめました。

 

「あっ傘無し! 本当に天気予報見てなかったのか、ダセー」

「あんないいお天気で雨の予報とか信じないよ! これじゃ帰れないし、僕もうちょっと待ってる」

 

 ざあざあ、ざぁざぁ。

 雨音はさっきよりは気持ちましな気がします。きっとこのまま待ってれば小雨になるだろうと希望を込めて、ため息をひとつ。

 

 気のせいなのはもちろん分かっているのです。

 

 そんな僕の肩を叩いて彼は笑いました。

 

「センセに怒られるぜ〜。仕方ねーなあ、傘入れよ」

 

 今日はとーちゃんの傘勝手に借りてきたと彼は笑いました。

 そう言われると確かに彼が持っていたのはとても大きくて立派な黒傘でした。それこそ子供二人なら十分入れそうな。

 

 お昼はこれを見せびらかしたかったのかなあ、と今更ながらに気づきます。

 

 ざぁ……ざぁ……。

 ……。

 

「なんか変な音しない?」

 

 雨音に紛れて、何か聞こえた気がしました。

 すごく聞いたことのあるような……何か、重いものが歩いているような。

 

 まさか。

 

 気づけば走り出していました。

 

「あ、おい!? 傘まだ」

「走って! 何か”いる”!!」

 

 ズゥン!!!

 

 叫ぶのとほぼ同時に体に走る重い音。今度は彼もはっきりと感じたのでしょう、傘のことなんて忘れてもう走り出しています。

 ああいや、しっかり握り締めているあたり彼のお父様に怒られるのがよっぽど……こんなことを考えている場合では無かった!

 

 土砂降りの音に紛れてはっきりと分かる重たい足音。

 雨だと言うのに僕らの頭に大きな影が掛かって、一際強い風。

 

 気づいた時には遅すぎました。僕の体はとっくに地面から離れていたようです。

 

「ーーーー! ーーーー!!」

 

 下を向いたら、彼が傘を振り回していました。そんなことしたら危ない、とかけようとした声が出ていません。

 いえ、本当はわかっています。

 僕が黒いナニカに捕まって、彼は助けようとしてくれたんだって。

 

 雨はいつの間にか小雨に変わり、周りは霧に囲まれていました。

 物語によくあることですが、悪い化け物は獲物を閉じ込めて食べると聞きます。そう言うことなのでしょう。

 

 ひとつだけ気がかりなのは、彼のこと。

 僕を助けようとしてくれた友達のこと。これから彼がみるものを考えると、申し訳なさに溢れてきます。

 

(ごめんなさい……)

 

 夜なんか比較にならない暗闇の、おそらく口の中に放り込まれ。

 僕は彼に心の中で謝罪しました。

 

 

 ーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

「目標確認。下級妖魔ですね。図体だけは大きかったようですが、あっけない」

「ええ、目撃した一般人の記憶消去およびメンタルケアの手配は完了しています」

「同情しますよ、あんなものを見せつけられて」

「……全く。”魔王流”の子を人間社会に紛れ込ませるなんて何を考えているのだか」

「化け物は化け物で管理して下さいませ、”鞍馬神流”」

 

 

 

 

 

 ーーーーーー

 

 

 

 人の世には闇がある。

 時に数奇で、時に残酷なそれに、影から立ち向かう人ならざる力を持つ者たち。

 

 彼らは自らをシノビと称す。

 

 科学、武力、政治、教育に紛れるに留まらず、彼等は存在し続けている。

 

 少年もその一人。

 武力を司る鞍馬神流の中でも、闇の側から武を学ぶ魔王流のシノビであった。

 だから化け物に襲われようが大したことはない。

 

「ごめんね、大丈夫?」

 

 しかし少年は分かっていた。

 食べられた内側から化け物ーー彼等の中では下級と呼ばれる弱きものーーを引き裂いた”友達”に、一般人がどのような反応をするかなど、分かり切っていた。

 

 雨は止み、霧はとっくに晴れ。夕焼けと夜が空に入り交じる時間のことだった。


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