俺はハーメルンに帰ってきたぞおぉぉぉぉ!!
「私が人殺し? バカを言うな。あの少女を生贄にしたのは信者たちだ。私じゃない」
白い壁に囲まれた取調室の中で、目の前の男はふてぶてしくもそう言い放った。
俺の名前は
「私は命令などしていない。全て信者がやったことだ」
「あ? 未成年のガキ全身滅多刺しにしといて、信者がやったから責任はねえってか? ふざけたこと抜かしてんじゃねえぞ!」
「……やめましょう、先輩。気持ちは分かりますけど、その件は僕らの管轄外です」
部下の男に慌てた様子でたしなめられ、苛立つ心を何とか押さえつける。
怪しい人間が集まっていると近隣住民から通報を受け、“儀式”と称した殺人の真っ最中にこいつら教団がまとめて逮捕されたのが一週間前のこと。
強制捜査で突入した時には既に
本当なら事のあらましや信者を集めた方法も含め、色々と吐き出させたいところだが……それは他の奴の担当だ。
心の中でそう言い聞かせながら、俺は頭を冷やすべく、部下に話を引き継ぐよう目配せして促す。
「申し訳ありません。今日は貴方に聞きたいことがあって来たんです」
「何だい? 若い刑事さん。私はここに呼ばれた日から、聞かれたことには正直に答えているつもりだよ?」
「それがですねぇ、あいにく生贄殺人事件とは別件の話なのですよぉ。それも貴方が開教した、“EMMA神聖教団”信者の方々についてなのですが」
「何? 信者がどうかしましたかね?」
「いやぁ、それがですねぇ。生贄殺人事件の発生からすぐ、事件現場に立ち会った教団構成員の中で、あなた以外の方々が原因不明の昏睡状態に陥ったのは知ってると思うんですが……そこから今日までの一週間、昏睡した人たちが一向に目を覚ます気配がないんでくよ」
「ほぅ! そいつは大変だ! 死人に口なしとはいいますがねぇ、これじゃあ当事者に話を聞くことすら出来ませんなぁ! あっはっは!」
こいつ……! 信者が昏睡状態に陥ったのをいい事に、事件の責任を擦り付けようとしてやがる……!
これには流石の部下も怒りが湧いたのか、内に抑えていたであろう苛立ちが表情に滲み出てしまっている。
そんな俺たちの様子を見た教祖の男は、より一層ニヤニヤとした笑みを深めて余裕の表情を浮かべている。
本当に、本当に腹立たしい男だ。
……が、そのしたり顔も、もうすぐ見納めになるだろう。
「問題はですね、そんな昏睡状態が全国各地で発生していることなんですよ」
「……は? 何、なんて?」
「東京都渋谷区、宮城県仙台市、北海道札幌市、沖縄諸島一部島民、そして大阪全域に、お前の信者と同じ昏睡者が大量に発生した。そこで我々公安は、極めて似た事例を引き起こしたお前らEMMA神聖教団の中で、唯一昏睡していないお前を重要参考人として指定した」
「は? ……はぁっ!? なっ、なんだそれは!? 私は何も知ら……あっ」
瞬間、今までのふてぶてしい様子がすっかりと消え、男の表情が驚愕と焦りで塗りつぶされる。
“昏睡事件”、この一週間において日本の一部地域でのみ、多数の人間が昏睡している原因不明の怪事件だ。
しかし、この事件による昏睡は教団信者が昏睡した時の状況と極めて類似しており、その上この事件が起こったのは教団による生贄殺人事件が起こった日とほぼ同時期だ。
信者の昏睡と日本中で起こった昏睡、明らかに共通点の多い二つの事件の関連性を調べるために揺さぶりをかけたのだが……この反応を見るに、こいつは何か思い当たることがあるらしい。
「おや? その様子だと何か知ってそうですね。知っていることがあるなら、
「ま、待て! 知らない! 私が知ってるのは、儀式の終わりに急に信者が倒れたことだけだ! 昏睡なんて知らない! 断じて、そんなこと私はやってない!!」
「ふーん? あの事件現場で昏睡せずに立っていたのはあなただけで、各地の昏睡者たちの症状もあなたの信者と瓜二つ。こんな状況で、あなたの言葉を信じる人がいると思います?」
「違う! 本当に知らないんだ! 信じてくれ刑事さん!!」
「いやいや、それはちょっと無理がありますって。そしてですね? 僕らって言うのは、貴方が普段話すような刑事さんじゃなくって……国の安全を担うために存在する、公安の人間なんですよねぇ。だからほら、これは大声では言えないことなんですけど……ちょっとばかり
「ひっ! なっ、やっ……」
「浅倉、その辺にしとけ。そりゃお話じゃねえ。脅しだ」
こりゃ流石に追い詰めすぎだと、部下の言葉にストップをかける。
しかし部下はまだ納得していないようで、先程まで教祖に向けていた人を追い詰める嫌な笑みを、今度は俺に向けて話を続けようとする。
「ははっ、何を言ってるんですか。こんなの脅しの内にも入らないですよ。大体、善吉さんだって……」
「浅倉、もう一度言うぞ。止めろ」
「っ、でも……」
「俺のためだってのは分かってる。分かってるから、止めてくれ」
はっきりと意志を乗せながら、部下の目を真正面から見据えて言い切る。
すると部下も冷静になったのだろう、鉄仮面のような笑みが崩れ、代わりに俺に対しての申し訳なさが浮かんだ表情で頭を下げた。
「……すみません。僕も感情的になってました」
「一旦、席外しとけ。な? 少し落ち着いてこい」
「了解です。ちょっと頭冷やしてきます」
バツの悪そうな表情を浮かべながらも、取調室から出ていく部下を見送る。
そして事前に上に伝えておいた通り、目で合図を送ると共に近くにいた調書係も部屋から出ていくと、ここは俺とこいつだけの二人きりの空間になった。
「さて、こっから先の話は俺とお前以外完全にオフレコだ。俺たち以外の誰にも知られねえ」
「何のつもりだ。言っておくが、本当に私は何も知らな……」
「お前、認知世界知ってるだろ」
「!! 何故それを……あっ!」
ビンゴだ。
今までの余裕がすっかりと消え去り、口を滑らせた男に俺は鋭く視線を向ける。
姑息な悪人がようやく覗かせた尻尾を、離すつもりは毛頭ない。
この男から真実を引き出すため、俺は次々と揺さぶりをかけていくことにする。
「お前、汚職やらかしてマディス社クビになったんだってな。今度は前職のスキル活かして、洗脳した信者集めて金儲けってか? 笑えねえな」
「ちっ、違う! 確かに認知世界の存在は知っているが、洗脳などしていない! あの
「ほーう。EMMAが消えた、ねえ……?」
コンシェルジュアプリ
そのツールは人間に完璧な答えを与え、無くなった後はEMMA神聖教団なんてふざけた新興宗教が作られるほど、世間に影響力のあるアプリだった。
しかしそんなアプリの実態は、一部のキーワードを入力した人間のシャドウ……いわば精神のようなものを認知世界に送り、ネガイを奪ってキーワードの持ち主である
さらには集められたネガイによりEMMAが意志を持ち、神を名乗り人類を統率しようと現実世界に侵食する事態に発展した。
しかし、心の怪盗団の手により
……消滅した、そのはずだった。
「ならよぉ、俺のスマホに突然現れたこれは何だ?」
懐からスマホを取り出し、その画面を目の前の男に見せつける。
俺のスマホに映るそれは一年前に消えたアプリ、心の怪盗団が消し去ったはずのEMMAそのものだった。
「あ、有り得ない! EMMAは消えた! 消えたんだ!! そんなもので私を騙せるとでも……」
「俺もそう思いたいんだがなぁ。異世界にまた飛ばされた以上、そうも言ってらんねえんだわ」
こいつは一週間前いきなりスマホに現れ、俺を再び認知の世界へといざなった。
一年前のように自分からキーワードを入力した訳でもなく、唐突に“キーワードが入力されました”と言い放ち、気づけばかつての沖縄ジェイルに俺は立っていた。
幸いにもペルソナ能力を持っていた俺は何とかジェイルから抜け出すことができたが、嫌な予感が頭をよぎり必死の思いで自宅に帰った時……そこには、どうしようもない悲劇が待っていた。
「家に帰ると俺の娘も昏睡していた。恐らく、ジェイルに閉じ込められてな」
「ひっ……!」
家に帰ると待っていたのは、食卓机にうつ伏せになって意識を失った大切な
何度も声をかけながら茜を必死で病院に送り、そこのテレビで無数の昏睡者が出ていることを知った時、俺は全てを理解した。
この全国の昏睡者たちは俺や茜と同じように、ジェイルに送られ閉じ込められたのだと。
「こんな世迷いごと、警察の人間は信じちゃくれねえ。何とか証明しようにも、あれからいくらキーワードを入力してもジェイルの中には入れねえ。なあ、どういう事なんだ? 教えてくれよ」
「っ、私は知らない! ……本当に、何も知らない……!」
「なあ、俺は手段を選んでられねえんだよ。さあ吐け! 何をやった!!」
「ひいっ! 知らない! 本当に何も知らないんだ! 私はあの“亡霊”にEMMAの信者を集めろとしか―――」
『ふーん。それ、言っちゃうんだ』
「っ! 何だっ!?」
「ひいぃっ! ぼっ、亡霊!!」
嫌にひび割れた耳障りな声が、突然俺のスマホから発せられる。
恐らくボイスチェンジャーを使っているであろうその声に、目の前の男が酷く怯えた様子を見せる。
「ぼっ、亡霊! これは違うんだ! こ、この公安から暴行を受けて泣く泣く話さざるを……」
『どうでもいいね。僕のこと、話したんだろ? その時点で論外だ。って言うか、本当に好き勝手してくれたよね。僕は信者を集めて認知を高めろって言っただけなのに、君は信者から好き勝手に金をむしり取り、適当に女を漁って連日連夜オールナイトと来たもんだ。本当にびっくりだよ』
「そっ、それはっ……そんなの! 別にいいだろ!! 少しぐらい私に旨みがあってもいいじゃないか!! 信者を集めたのは私だぞ! つまらない事でいちいち目くじらを立てるな!!」
『いちいち僕に説明させる気? お前がやった事は悪徳宗教以下のカス行為。本来なら信者なんて集まるはずもないお前の悪徳行為に人が寄ってきたのは、ひとえにEMMAのネームバリューが大きかったからに過ぎないんだよ。それも分かんないってなったら……もうさ、君の利用価値って完全にゼロだよね』
「えっ? それは、つまり……」
『つまり……こういうこと。“オペレーション・オブ・ジ・エンド”。“キーワードが入力されました。ナビゲーションを開始します”』
「あっ……いっ、嫌だっ! 頼むっ、助けてくっ……」
「なっ! クソっ!!」
急いでスマホの電源を切ろうとするが、為す術もなく目の前の男だけが意識を失い昏睡する。
俺も異世界に入ろうとキーワードを入力するが、まるで拒絶されるかのようにスマホからは何の反応も返ってこない。
『君たちはもう入れてあげないよ。怪盗団は手強いからね』
「てっめぇ……! 一体何者だ! 答えろ!!」
『僕? ……僕は“スプーク”。死にたがりの、亡霊さ』
その言葉を最後に音声は切れ、携帯からは何の物音もしなくなった。
何とか事件の尻尾を掴めたかと思えば、結局残ったのは新たな昏睡者と正体の知れぬ亡霊だけ。
「クソ……くそぉ!!」
あまりの不甲斐なさに、拳を握りしめ全力で机を叩きつける。
今の俺に出来ることは、大切な一人娘の心配をすることだけ。
親として、警察として、怪盗団の協力者として。
結局のところ俺は、自分の無力さを噛み締めることしか出来ない。
「善吉さん! 何かあったんですか!? っ、こいつ昏睡して……!?」
「茜……! 頼むから、無事でいてくれ……!!」
取調室に入ってくる部下にも、まともな言葉をかけることすら出来ない。
こんな状況に無情にも、俺は娘の無事を祈ることしか出来なかった。
☆
かつて、偽りの神はトリックスター達により倒された。
しかし、偽りの神を望む者たちのネガイは、再び異世界を蘇らせた。
……他ならぬ偽神の意志を、別にして。
支配者の居ぬ牢獄が、世界にどんな影響を及ぼすのか。
それは、誰も知る由もない。
☆
……これはほんの一年前のこと、心の怪盗団及びトリックスターが、世界の危機を救いました。
悲しき過去を持つ
物語はそれにておしまい、一件落着ハッピーエンドです。
『えー? 本当にそうなのかな?』
しかし、そこに救いはあったのでしょうか?
心に傷を持つ者たちは、本当の意味で救われたのでしょうか?
『そんな訳ないじゃーん! だから、私が蘇れたのに』
だからワタクシは、このゲームを用意したのです。
これは変わらぬ結末に抗う、もう一人のトリックスターの話。
そして今もなお、心の傷に苦しむ
ここでの語り手を務めますは、下らぬ傍観者の一人であるこのワタクシ。
さてさて、新たなる“反逆の徒”たちの物語。
「どうぞ、お楽しみ頂ければ幸いです」
『おっけー! 楽しみにしてるよ。ところで、ヴィクターは覚えてる? ちっちゃい頃のあの記憶』
……ねえ?
『オマエさ……』
高校卒業としばらくしてこの小説を消してから、そこそこ年月が経ちました。
そんな中である日、創作掲示板にこの作品を探しているのを見かけて、また書きたい欲が湧き上がってきて投稿しました。
今回初めて見てくれた人、昔見てたって人は感想・評価・お気に入り登録を貰えると嬉しいです。
昔とはまた違った書き方になると思いますが、どうか応援よろしくお願いします。
ちなみに、EMMA神聖教団はもう出番ないです()