前置きは添えるだけ、ってことでどうぞ。
「ねえ、リカちゃん。さっき使ってた力は何なの? 影山さんも使えるみたいなんだけど」
「……」
「僕も教えて欲しいな、リカちゃん。それに、手伝うなら色々と教えてもらわないと。ねえリカちゃん?」
「ああクソ! せめて“リカ”だ! ちゃん付けは止めろ!!」
目の前で叫び散らすリカを眺めながら、僕はここからどうするかを考えてみる。
黒い巨人から逃げることは出来たが、依然として僕たち二人は追われる身。
ここから抜け出すためにも、まずは情報が欲しい……その為に、リカはある意味で好都合だ。
リカから情報を聞き出す事、黒い巨人を倒し出口を見つける事、この二つを達成するために、僕はリカの信用を得なければならない。
難しい事だが、僕なら出来るはずだ。
「リカ、教えてよ。この力は何なの?」
「はぁ……人は誰しも、心に仮面を被っている。そいつを自覚し、自ら引き剥がす。それにより目覚める力が、お前の持つ“ペルソナ能力”だ」
「ペルソナ……僕の、これが?」
自分の顔についたピエロマスクに手をかけ、取り外す。
最初に引き剥がした時とは違い、僕の仮面は簡単に顔から離れてペルソナへと姿を変えた。
「うおっ、お前のペルソナホラーかヨ……都市伝説に居そうな怪人じゃねえか」
「……そんなの別にいいじゃん。それより、リカは仮面すら無いのにどうやってペルソナを出してるのさ」
「あー、まあオレサマはそもそも人間じゃねえからナ。仮面なんか必要ねえんだヨ」
「人間じゃない? じゃあリカは、やっぱりあの化け物と一緒ってこと?」
「ケッ、オレサマはシャドウじゃねえヨ。あんなのと一緒にすんな」
「シャドウ? ねえリカちゃん、あの化け物はシャドウって言うの?」
「……あのナ。お前さん、話聞いてたか?」
「うん。でもやっぱり、リカちゃんの方が可愛いし」
「おま……いや、もういい。疲れるだけか……」
「僕が言うのもなんだけどごめんね。まあ、それはそれとして続けてくれる?」
重いため息を吐き出すリカに、話の続きを促す。
ジトっとした目でこちらを見ながらも、リカは諦めた様子で続きを話し始めた。
「奴らの元は心の海を漂う残留思念、それが在り方を曲げられてこの世界の防衛機構に変えられたのが、白い仮面の怪物“シャドウ”だ。いわば心の残穢の寄せ集めであり、倒しても問題はない連中だナ」
「そっか。それは分かった。じゃあこの檻に閉じ込められている人たちは何なの? 少なくとも、僕には普通の人間に見えないんだけど」
改めて周囲を見渡すが、檻に閉じ込められた人々はこちらを見向きさえしていない。
視線はこちらに向いていないが……無数の人間に囲まれるのは、少しばかり嫌な気持ちだ。
「ふーん、なんとまぁ察しがいいナ。ここに居るのは認知世界の住人。現実の人間が心の奥底に潜める“もう一人の自分”だ。まあ、これもまた一種のシャドウと言えるだろう」
「もう一人の自分……つまり、ペルソナと似たようなものってこと?」
「似てるも何も、ペルソナの元だヨ。ま、そうは言ってもペルソナに目覚める人間なんてほとんどいねえ。ペルソナにでも変化しなけりゃ、基本は認知世界でのほほんと存在してるだけの対して害もない連中だ。……が、強い欲望を持つ人間のシャドウは話が違う。奴らは欲望を力に変え、自ら怪物に変化する」
「欲望……」
「そうだ。その中でも特に強烈な欲望を持つシャドウは、稀に認知の世界に自分専用の居場所を生み出す。ここ“渋谷ジェイル”は一年前、そんな欲望にまみれたシャドウが作り出した異世界だ。……なあ、柊アリス? 覚えがあるだろ?」
「っ……!」
「リカ。それ以上は僕だけで聞くから、アリスさんは少し離……」
「待って、影山さん。私はいいから続けて」
リカの言葉を遮ろうとした所に、更にアリスさんが割って入る。
アリスさんが傷つくようなら聞かせたくないと思ったけど……アリスさんの強い視線に射抜かれ、僕は引き下がるしかなかった。
「そうか、ならハッキリ言うぜ。この異世界“渋谷ジェイル”は、傲慢なお前さんのシャドウが作り出した、人のネガイを奪う異世界だヨ」
「……そっ、か。これが、私から生まれたんだ」
一切容赦のないリカの宣告が下され、僕は思わず顔を曇らせてしまう。
現実世界に溢れる黒い噂と、先程味わったばかりのアリスさんのトラウマ。
あの噂が本当ならば欲望から生まれた世界というのも納得できるが、黒い巨人から見せられたトラウマを考えれば、アリスさんの欲望からこんな世界が生まれるとは思えない。
しかし、リカが嘘をついてるとも思えず、言葉に迷いながら横にいるアリスさんを見る。
こんな話を聞かされるんだから、嫌な表情をしていると思ったのだが……そこには以外にも、どこか納得したような表情のアリスさんがいた。
「……私、何となく分かってた。この世界は、バカだった頃の私が想像してた渋谷だって。EMMAを使って人を弄んでた、最低だった私が見てた渋谷だって。そっか、やっぱりそうだったんだね」
「っ、本当、なんですか? なんでそんな事を……」
「私ね、学校でいじめられてたの。影山さんも聞いたでしょ? あのトラウマは、その時言われたことなの」
「そう、なんですか」
「うん。そして、そんな過去を振り切るために頑張ってデザインを勉強した。惨めな自分を変えるために、“人の光になる”って夢を叶えるために努力した。努力して努力して努力して、ようやく夢のスタートラインに立った時……また、あの女が現れた。私の過去を吹聴して、惨めな豚だって言いふらした」
「……」
「そんな時、私はEMMAの力に気がついた。私のトモダチキーワードを入力させるだけで、人は私を神様みたいに扱うようになった。その力で、私はあの女から全てを奪った。男も、友達も、何もかも」
そうして話すアリスさんの目は、どこか虚ろで澱んでいた。
努力して手に入れようとした物を、再び奪ってバカにしようとするクズに復讐する気持ち……理解しちゃいけないんだろうけど、それでも納得させられる程に、その言葉は痛々しさを纏っていた。
「それでも、私は許せなかった。私を影で笑ってた連中も、見て見ぬふりしてた連中も、私は全てに復讐しようとした。……やがてそれは、復讐じゃなく自分のための快楽に変わってた」
「……それは、ダメです。それをやったら、アリスさんを虐める人間と何も変わらなくなっちゃいます」
「うん。私はあの時、私を虐めてた人間と何も変わらないクズだった。それに気づくきっかけになったあの日……心の怪盗団から予告状が送られた次の日、私は自分で全てを告白した」
「ほう、そりゃ“改心”だナ。きっと死ぬ物狂いでお前さんのシャドウを説得したんだろ。心の怪盗団に感謝しとけヨ」
「そっか……ん? ちょっと待って!? 心の怪盗団って、現代の義賊って大人気だったあれ!? 正体も手口もまったく不明なあの!?」
「おう、あいつらも認知世界に入れるぞ。最も、お前さんのトラウマが強すぎて今は入ってこれねえみたいだがナ」
「え、私の……?」
……待て、一旦心を落ち着かせよう。
心の怪盗団というワードが出てきて驚いたが、まさかその手口が説得というめちゃくちゃ原始的な物だったなんて。
いや、それは今の話に関係ないから深呼吸を……よし、ちゃんと落ち着いた。
「トラウマが強まればこの世界がより強固な牢獄になるって、あのセーラー女も言ってたよね。アリスさん、あいつがトラウマの象徴ってことはひょっとして……」
「うん。あの女は、学生の頃に私を虐めてた女だよ。……何でか、学生時代の姿のままだけど」
「恐らく、その時期が一番トラウマとして胸に刻まれてるんだろ。お前さんの心の傷としてナ」
「……うん、そうかもしれない。スキャンダルを起こしてからやられた事も辛かったけど、やっぱり一番はあの女だから」
「なるほど、そいつがゲートキーパーなんだナ? なら、その女をぶっ潰すぞ」
「「は?」」
リカの唐突な言葉に、アリスさんと同じタイミングで素っ頓狂な声が飛び出した。
そんな僕らの反応を気にもせずテクテクと歩き出そうとするリカにちょっとイラッときた僕は、思わずリカの背中を引っ掴んで手元へズルズルと引き寄せる。
「何だヨ!? 人形みたいに扱うんじゃねえ!!」
「いや、いきなり過ぎるでしょ!? もっとちゃんと説明してよ!」
「だー! うっせうっせ! そんなの、オレサマの目的のために決まってんだろ!」
「あーもう! 僕は協力するなら力になるって言っただけだからね!? 説明も協力の内! やってくれないなら力は貸さないよ!」
「はぁー!? もういいですぅー! お前さんの力なんかいりませんー! オレサマ一人でやりますぅー!」
「っ……! 分かったよ! 元々、僕一人でやるつもりだったんだから! リカなんかいらないよ!!」
「ちょっ、影山さん!? リカちゃんも話を……っ!!」
『きゃははははっ! やぁっと見つけたぁぁぁぁ!!』
「「「!!」」」
突如として割り込んでくる聞き覚えのある声に、僕はリカを手放し戦闘態勢に入る。
そうして現れたのは案の定、黒い巨人と化したセーラー女の姿だった。
『まさか牢獄塔にいるなんてね! 捕まえる手間が省けちゃった!!』
「おうおう、わざわざ向こうから獲物がやってくるなんてなぁ。こっちもありがたい限りだぜ!」
「手を出すなよ、リカ。あいつは僕がやる」
「は!? んな事言ってる場合かヨ!? 冷静になれないならすっこんでろ!!」
「っ、二人ともっ! お願いだから喧嘩は……きゃあっ!?」
「なっ!? アリスさんっ!!」
『ようやく捕まえたぞ! 城に連行する!!』
背後に避難させていたアリスさんの悲鳴に振り返ると、ヘリの姿をしたシャドウに連れ去られる姿が目に映った。
焦った僕はヘリに銃口を向け……すぐ脇から飛んでくる斧の一撃に、気づくことなく吹き飛ばされる。
「ゔあっ!! がっ、あっ……!!」
『きゃはははっ! よそ見するからだよ、ばぁーかっ!!』
「クソッ! 何やってんだヨ……!
―――
現れた十二の少女が陣を組むと同時に、ハートのような優しい光が僕を包み込み傷を癒していく。
壁にもたれかかりながらも、何とか起き上がるとそこに居たのは……数えるのも億劫なほど、牢獄塔の入口を埋め尽くす大量のシャドウだった。
『残念だけど、あなたたちの相手をしてる暇はないの! 今からたぁーっぷり、あの惨めな豚にトラウマを見せなきゃいけないからね! きゃははははははっ!!』
「待て……! お前、何を……!」
黒い巨人の姿からセーラー服の姿へと戻る女に、僕は問いを投げかける。
すると女は、ただでさえ性格の悪そうな顔を更に歪ませながら答えた。
『そんなの簡単! 私が存在し続けるため! だってあの女がトラウマを克服すれば、私の存在が消えちゃうもの! そんなの絶対に許さない! 豚は豚らしく、一生怯えて生きてりゃいいんだよ!!』
「そんなの……許すか……! 僕が、絶対に……!!」
『きゃははっ! そんなザマで何言ってるのかしら! あんたはそこで無様に這いつくばって死になさい!! じゃ、皆! 後は頼んだわよー♡』
「クソっ! おい、ピエロ! あの女逃げるぞ!!」
一瞬でその場から消え去るセーラー女を追いかけようとするが、傷は治ったはずなのに一向に足が動かない。
震える膝を抱えながら、僕は自分の愚かさを後悔する。
勝手にイラついて喧嘩して、勝手に熱くなって一人で突っ走ろうとして、その結果アリスさんは連れ去られた。
何が“僕は強い”だ、何が“信用を得る”だ、思い上がりも甚だしい。
「アリスさんが連れ去られたのは、全部僕のせいじゃないか……!」
人の運命をねじ曲げる奴が許せないから力に目覚めたのに、当の僕がやらかしてしまった。
ほんの小さな意地を優先して、最悪の結果を招いてしまった。
『おい、動かないぞ!』
『チャンスだ! あのピエロを殺……』
「はぁ……ったくよぉ。
―――
瞬間、僕に襲いかかろうとしてくるシャドウたちが落雷に撃ち抜かれ焼け焦げる。
そうして倒れたシャドウの向こう側に、明らかに不機嫌そうな表情のリカが仁王立ちで立っていた。
「大層な口を聞いた割には、随分と情けねえ姿だナ。それであの女を殺れんのかヨ」
「……強くなったつもりだった。でも、現実はこのザマだ。足すらまともに動かせない。その癖くだらない意地を張って、自分の力を過信した。……本当に、ごめんなさい」
己の愚かさを後悔しながら、心の底から謝罪する。
僕はこの場で倒されてもいいから、せめてアリスさんは助けて欲しい。
そんな思いを込めながら僕が謝罪する姿を見て、リカは一つため息を吐きながら口を開いた。
「オレサマも意地になって悪かったヨ。だから改めて契約だ。オレサマの目的は“全てのジェイルをぶっ潰す”こと。お前さんが手伝うかは後でいいから、今回はオレサマの力を貸してやる。今後は力に溺れるナ。……間違っても、力に振り回されるバカになるなヨ」
「っ、いいの……?」
「ああ、分かったなら行くぞ。足は動くのか?」
「……うん。本当に、ありがとう!」
泣きそうになる目を擦りながら、改めてシャドウの方へ向き直る。
そうして顔の仮面を外し、ピエロマスクと向き合いながら……それを空へと放り上げ、もう一人の自分を呼び出す。
「ふぅ……!
―――
ぶわりと静かな突風が吹き荒れ、僕の背後に白スーツの怪人が現れる。
それは僕の心とリンクするように、優雅な動きで足を振り上げ……踵から飛び出した鋭い刃で目の前の空間を一閃する。
「よっし、じゃあ行くぜ! 変っ身!!」
全てを一閃する斬撃が地を駆け、僕の目の前に道が生まれる。
同時に近くに来ていたリカが戦車へと変身し、僕は跳躍してその上へと飛び乗った。
『クソっ! 逃がすもの……ぐあっ!!』
「リカ! 城ってあのデカいの!? 登るの大変じゃない!?」
「ああ、時間がかかり過ぎるナ。登るのはナシだ」
周囲のシャドウへと銃弾を浴びせながら、僕はリカへと問いかける。
アリスさんが連れ去られたのは、ここからでも見えるほど巨大な705と書かれた建物のことだろう。
空まで届くほど高いその建物を登るのは、あまりに時間がかかり過ぎる。
なら、どうすればいいのか……
「だからよぉ、飛ぶぞ!」
「えっ? ……ひゃあっ!?」
戦車だったリカが一瞬煙に包まれた次の瞬間、まるで戦闘機のような形状へと姿を変える。
そうして道を走りながら、徐々に高度を上げていき……遂には、ビルを見下ろせるほどの高さにまで飛行した。
「最初から思ってたけど! 何で乗り物になれるのぉ!?」
「認知の応用だ! 面倒だから説明はしねぇ!」
そうこうする間にもどんどんと高度は上がっていき、城のてっぺんが見えてくる。
城の上空に浮かぶ巨大な赤い宝石と、てっぺんにそびえ立つポールのようなもの、そして……
「っ……ありえない! 何でここまでこれるのよ!?」
「悪ぃなぁ! オレサマに常識は通用しねえんだわ!」
「影山さん!? 何でっ……!」
「ごめんなさいアリスさん! 今度こそ、僕たちがこの女を倒します!!」
城の屋上に立つアリスさんとセーラー服の女を見ながら、僕は戦闘機から飛び降り着地する。
今度こそ、二人でこの女を倒すために。
ダンジョンギミック全無視兵器、リカちゃん。
あまりの無法具合にギミック考えたシャドウが泣いちゃいそうですね(小並感)。
じわじわとお気に入りが増えていくの、ウレシイ……ウレシイ……!
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