グリード・オブ・バンギス 作:どんたす
ヘルサレムズ・ロットにおける移動手段は、いくつか存在する。
徒歩、それからバスやタクシーなどの公共交通機関。自家用車、バイク、原付などの自己保有車両。その他、種族特有の翼であったり、或いは魔術であったり。
そして、もう一つ気にしなければならないのが生還予報。
特に顕著なのが、鉄道。乗り込むには、同意改札券が必要になり、コレが無いと車両は愚か駅にも真面に入れない。
この街は、全て自己責任。ぶっちゃけ、死んだとしてもそれはその当人の問題。或いは、運が悪かっただけ。そしてヘルサレムズ・ロットに来る観光客以外の者達は大抵それらを理解した上でこの街で生きていた。
*
堕落王フェムト。このヘルサレムズ・ロットを代表する稀代の怪人であり。同時に、手慰みに世界崩壊の規模の厄災を放り込んでくる愉快犯でもあった。
「……暇人め」
街頭モニターに映った美女を侍らす長髪仮面の怪人を見やり、リキ・リュウザキは眉根を寄せた。
フェムトが動くとろくなことが起きない。
今回ならば、邪神を真っ二つに割った上で、あえて生かして暴れさせる、とか。
これは死者の数が積み重なりそうだ、と他人事の様にリキは職場への道を歩いて行く。
ぶっちゃけ、ヘルサレムズ・ロットで大量殺戮など珍しくない。いや、毎日起きるようなイベントでは無いものの、それでも一週間に一回だとか一ヶ月に数回だとかとにかく起きる。
友人知人が巻き込まれるならいざ知らず、対岸の火事など気にするだけ――――
「――――あ?」
ここで、リキは気付く。
現在周囲をぶった切りながら暴れ回る半神がテレビに映っているのだが、何故だかその周りの街並みに見覚えがあった。
というか、これから向かおうとしている職場の近く。
「おいおいおいおい……!冗談じゃねぇぞ、本当に!」
リキは駆け出す。
半神を撃破、もしくは足止めの為にミサイルまで持ち出され街への被害など一切顧みる事のない攻撃が行われている。
倒壊したそれぞれには再建のための補助こそ出るものの、金は出ても死者蘇生などは出来ない。失われた命は基本そのまま弔われて終わりだ。
果たして、スタンドの脚力迄応用して駆けたリキは、辛うじて間に合った。
「『バンギス』!!」
射程距離4.5メートル。文字通り死地へと自ら飛び込む事になるが、そんな事を気にしている余裕は彼には無い。
彼以外には見えていないぬめった緑色の甲冑の様なものを着た人型は、その剛腕を今まさに振るわれた半神の触手刀へと叩きつける事でその軌道を見事逸らしてみせる。
突然の乱入者の登場に、半神の進行が止まる。
同時に小さな影が飛び出していく。
反射的にスタンドを走らせるが、微妙に射程外。剛腕が空を切る。
「あの猿か……!」
ここで、リキは失策を悟る。
狙うべきは半神ではなく、
「クソが……!」
迫る半神をスタンドで迎撃しながら、リキは胸の内の苦みを吐き出した。
文字通り神速レベルの斬撃だが、しかし彼のスタンドである『バンギス』は近距離パワー型の中でも取り分けステゴロに特化している。
パワーとスピードもさることながら、獣染みた反射神経と動体視力の合わせ技は例え機関銃のフルバーストであろうとも正確に弾丸を見切る事が出来るだろう。
何より、時間経過は『バンギス』にとってプラスに働く。
「オラァッ!!」
「ッ!!」
神速の斬撃と鞘打ちが、剛腕によって弾かれる。
ぬめった緑色の全身甲冑を着こんだような見た目の『バンギス』だが、その甲冑の表面に赤く脈打つ血管の様な模様が浮かび上がり始めていた。同時に、その二メートルに迫る長身が一回り大きくなり拳の破壊力と速度が上がる。
通常時ですら巨岩を破壊するが、今の段階なら鉄筋コンクリートの十階建て以上のビルを瓦礫にする事も出来るだろう。そしてそれは、まだ強化の途中でしかない。
「グルァアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!」
加速するラッシュに合わせて、加速度的に拳の威力スピードが増していく。
前世において、空条承太郎をして『バンギス』のラッシュは恐ろしい、と称された。
ただでさえ、
半神も迎撃を続けていたがやはり万全の状態ではない以上、押し込まれていく。
「ブッコワスッッッ!!!!」
元の状態から1.5倍ほどの大きさとなった『バンギス』の拳が半神の真っ二つに割れた顔面へと叩き込まれ、そこから始まる地獄のラッシュ。
文字通り滅多打ちになり挽肉の様な有様となった半神が、アスファルトの地面へと広がった。
だが、
「ハァー……再生持ちか」
荒れる息を抑えつつ、リキは眉根を寄せた。
(となると、完全に殺すのは難しい。潰し続けて相手のガス欠を待つか、ガソリンでも調達して燃やすか)
逆再生の様に再生する半神を見やり、再びラッシュを叩き込みながらリキは冷静だった。
確かに彼のスタンド『バンギス』は接近戦で無類の強さを発揮するが、その一方で相手が単純に壊れないタイプだと千日手になりやすいという欠点があった。
打破するのは、第三者の存在。
「――――おーおー、やるじゃねぇか餓鬼」
リキの隣に並び立つのは、銀髪に褐色の肌をした葉巻を咥えた若い男。
「そういう魔術か、それとも超能力か。とりあえず、半神の動きを止めろ」
「……良いぜ、合わせろよ!」
言葉は少なく、行動は簡潔に。
リキが飛び出しラッシュを叩き込む。
剛拳の嵐の中で、銀髪の男も前へと駆ける。その右手に握るのは一つのジッポライターだ。
「――――
掌より流れた血がジッポを核として形を成す。
「『刃身ノ壱 焔丸』」
血で出来た太刀。
「ラァッ!!」
『バンギス』の拳により、半神の肩より上が抉れるように弾け飛ぶ。同時に、男の姿がブレた。
――――
両手で血の太刀を振るう事で対象を木端微塵へと変える高速の斬撃。
しかし、これでも半神は仕留めきれない。当然ながら再生を始めるが、
「――――『七獄』」
ジッポの火を火種として、血の太刀から伸びた血液のラインは導火線。そこから走るのは超高温の業火だった。
再生する相手は焼くのが一番効果的だ。無論、再生の種類によっては悪手、或いは効果が無い場合も多いが、少なくともこの半神には最適解。
そして、この事件は
*
「――――本ッ当に、すいませんっした!!!」
復興が始まる通りの一角、
彼が頭を下げるのは、マスターとそれからビビアンの二人だ。とはいえ、
「気にすんなって、リキ。寧ろ、お前があの通りで半神押さえて無かったらこの近辺ももっと酷かっただろうしさ」
「…………でも、判断ミスしたのは事実っす。あの場面なら、音速猿の方を追うべきだった……!」
「……」
自分の生活に飽きたから、とヘルサレムズ・ロットに来るような人間であるリキだが、しかしその性格はどちらかというと勤勉な面がある。
今回の件も、彼としては店の防衛に動くべきだった、と後悔しているのだ。これに関しては、当事者たちが許しても本人が許せない。
ため息を吐くビビアン。
店こそ半壊したが、幸いなことに従業員の怪我はほぼ無かった。精々が落ちたガラスで手を切ったりしたぐらいか。
しかし、それでもこの少年は頭を上げない。
動いたのは、マスター。
徐に頭を下げる彼の下へと歩を進め、
「いてっ!………?」
「これで終いだ。仕事に戻れ」
拳骨を一発その頭へと落とした。
「少しの間、新入りが来る。お前も知っている小僧だ。面倒を見てやれ」
「…………うっす」
頷いた少年の頭を乱暴に一撫でして、マスターは立ち上がる。
ここはヘルサレムズ・ロット。今後千年の世界の覇権を占う場所。
異界と現世の交錯する霧に包まれた異端の地だった。