~更に数日後~
僕とユキちゃんが飼育委員に決まってから数日後のある日、体育の授業でやるドッジボールで僕らのチームが一人足りなくなってしまった。
そこで、他のチームで余りがでたユキちゃんが僕たちのチームに入ることになったのだが…
「姫路さんより、私の方がずっと役にたつよ?」
クラスメイトである神田麗香ちゃんがその話に割り込んできたのだ。
その言葉に確かに含まれている嫌味。
役にたつ、立たないなんてのは道具に対して使う言葉だ。
それを人に……
しかも、クラスメイトに使うなどと僕には信じれなかった。
「じゃあ、私は元のグループに―――――――」
「そういう言い方、僕は嫌いだよ」
だからなのか、それともそれは建前なのかわからない…
わからないけど、僕はユキちゃんが言い終わる前に言葉を遮る。
そして、ユキちゃんの手を掴むと同時にキッと睨み付けた。
「な、なんで…」
自分が選ばれなかったことが信じられないといった様子で神田さんが唇を噛み締める。
そんなこともわからない時点で底が知れてるというのに…
軽蔑にも似た感情を抱いた僕はユキちゃんと共にグループのみんなの所に戻ろうとする。
「調子にのらないでよね!
あんたなんか明久くんに同情してもらってるだけなんだから――――地味好き!」
しかし、僕の歩みはその言葉で一度止まる。
対する神田さん…………いや、麗華はそんな僕に気付かずに元のグループへと戻っていった。
「(気に入らないな…)」
人を見下した態度、自分が持て囃されて当然といった考え。
そして、なによりユキちゃんを『地味好き』などと呼んだことが気に入らなかった。
今度は聞き間違えではない。
確かに麗華は『地味好き』と言っていた。
それは僕の胸の内に秘めた『ユキちゃん』を汚されているようで、無性に苛立つ。
わがままだ。
利己的な理由なのはわかっている。
だけど、それでも僕はそれが許せなかった。
「吉井君…?」
「ん?どうしたの?」
考え込んでいた僕を気にかけてくれたのかユキちゃんが僕の顔を覗き込んでくる。
そんなユキちゃんに内心を探られないよう、僕はいつも通りに取り繕って見せる。
でも、このままじゃ僕の気が収まらない。
なにより、貶されっぱなしのユキちゃんが可哀想である。
ユキちゃんもなにか一生懸命話そうとしているが、試合開始まで、そう時間はない。
それを確認した僕は、これから僕のやろうとしてることだけを手短に伝えることにした。
「さっきの麗華ちゃんなんだけどさ、僕たちでやっつけちゃわない?」
数分後、見事に僕のこの言葉は実現した。
僕とユキちゃんで麗華をドッジボールで倒したのだ。
それもユキちゃんの投げたボールによって…
だけど、それで終わりでなかった。
あの日を境に気付くと元気がなかったり、落ち込んだりしているユキちゃんを見かけるようになったのだ。
十中八九、麗華が絡んでいるのだろう。
だけど、その確証はなく、下手気に指摘すればユキちゃんがどんな目にあうかわからない。
当然ながら、ユキちゃん本人に聞くなどもっての他である。
ユキちゃんにも麗華にも気付かれずに調べる必要があった。
だが、チャンスが中々ないままに過ぎていく日々…
時折見せる、ユキちゃんの悲しそうな顔が僕の胸を苦しめた……
そんな中、転機が訪れる。
林間学校で飼育委員の日割りが変わったのだ。
ユキちゃんには申し訳無いけど、これなら僕が飼育委員に出なくても誤魔化しがきく。
罪悪感を抱きながらも、僕は麗華のことを学校に残っている同級生に聞き回った。
そこで判ったことは3つ。
ユキちゃんと麗華は3年の時も同じクラスであったこと
『地味好き』という呼び名は麗華が言い始め、広めたということ
そして、麗華が僕を好いているらしいという噂があることだ。
虫酸がはしる。
そんな表現が正しいだろう。
あんな人の気持ちをわかろうともせず、運動が苦手などいった表面しか見ないやつが僕を好いてるだって…?
だから、僕がユキちゃんと仲良くしようとしたからユキちゃんに嫌がらせしたっていうのか…?
気にくわないなんてものじゃない。
金輪際、関わってほしくもない。
だけど、その前に1つしなければならないことがある…
夕焼けが照らす校内で僕はそう決心すると麗華がいるはずの教室へと向かった。
徐々に近付いていく教室。
渡り廊下から中に3人と入口に1人いるのが見える。
そして、その入口で俯いているのがユキちゃんだと気付いた時には既に走り出していた。
麗華のやつ、放課後にまでユキちゃんに嫌がらせする気なのか!
「私は別に吉井君のことなんて好きでもなんでもないんです!」
そんな怒りと共に走ってきた僕に降りかかる一言。
僕の方に向けられた言葉ではない。
だけれど、その言葉の中にある『吉井君』とは確かに僕のことだった…
「あっ、えっと…
僕、聞いたらまずかったかな…」
なんとか平静を保とうと僕は言葉を返す。
「あ、明久くんどうしてここに!?」
「帰らなかったっけ?」
「飼育委員があったの思い出して、急いで戻ってきたんだけど、もう終わっちゃったみたいだね。ごめんね、瑞希ちゃん」
そう言って僕は頭を下げる。
とっさについた嘘だが、これなら僕が走ってきた理由にもなるだろう。
「………………………」
そう安堵したのも束の間、ユキちゃんは無言で僕の脇を走り去っていってしまった。
「瑞希ちゃん!」
「いーよ、明久くん。
それよりも私たちとちょっとお話しない?」
それを追い掛けようとした僕を引き止める麗華。
「…………いいよ、ちょうど僕も麗華ちゃんに話があったんだ」
僕の脇を横切るユキちゃんの頬に伝わる微かな涙を見ながら、僕はそう言った。
~グランド~
「明久くん、本当にそれでいいの?」
「うん。
その代わり、ちゃんと約束は守ってもらうよ」
「明久くんの方こそ、ちゃんと約束守ってよね」
夕日も沈みかけたグランドで僕と対峙するのは麗華。
そして、僕の左右を取り囲むように麗華といつも一緒にいる二人組がいる。
その3人は1つずつボールを抱え込んでいる。
今からやるのはドッジボールだ。
それも3vs1の変則ルールでの…
そして、この勝負に負けた方が勝った方の言うことをなんでもきくというルールもついている。
そう、僕の話とは麗華にこの勝負を持ちかけることだったのだ。
だけど、不利な状況で麗華がなんでも聞くという条件を呑むわけないと踏んだ僕は、ゲームの内容を全て麗華に任せた。
結果がこれである。
左右2人は倒さなくてもいいが、ボールは全部で3つ。
更に麗華はもちろんのこと、その2人の運動神経も中々のものであった。
いくら僕が運動が得意と言っても不利であることには代わりはない。
おそらくドッジボールにした理由は、あの日のことを根にもっているからであろう。
だけど、ドッジボールなら僕だって負けない。
いや、なんであろうと僕は負けられないんだ!
「じゃあ、いくよ!」
僕の決心と共に麗華がボールを投げる体勢にはいる。
左右の2人もそれぞれ微妙にタイミングをずらし、モーションへとはいる。
取っていたらやられる!
そう判断した僕は正面からきた麗華のボールを右によけると、すぐに身体を捻り左から投げられたボールをかわす。
最後には身を屈め、頭上を過ぎ去っていくボールをやり過ごした。
だが、状況が好転した訳ではない。
僕がボールを取らなければ、ボールはコート外に出て麗華とその仲間の手に渡ってしまうのだ。
そうした状況が何回続いただろう。
既に日は沈んだも同然と言ったところにまできていた。
「さすが明久くん、やるわね…
2人は下がってて」
麗華の指示に従い一歩下がる2人組。
いったい、なにを企んでるんだ…?
僕が警戒してると知ってか知らずか、麗華は大きく振りかぶる。
確かに大きく振りかぶれば、威力や速さは出るだろうが軌道を読むのは容易くなる。
「姫路さん、明久くんのこと好きでもなんでもないんだって」
そう高を括っていた僕はその一言で固まってしまう。
あの場は取り繕ってみせたけど、今はそれを思い出しただけで頭が真っ白になりそうだった。
迫りくるボール。
一瞬の隙であったが、その速さにはその一瞬で充分であった。
避ける手立てなどない。
ごめん、ユキちゃん……
『好きになって貰うには、自分が相手を好きになるのが一番』
バシッ!
僕の懐にきっちりと収まるボール。
「えっ…」
それを見て唖然とする麗華。
たぶん、今すぐ投げ返せば僕の勝ちが決まるだろう。
だけど、その前に1つ言っておかなければならないことがある。
「確かに瑞希ちゃんは僕のことを好きでもなんでもないと思ってるかもしれない。
だけど、好きな人には自分から歩み寄らなくちゃいけないから…
だから、僕は諦めない!僕が瑞希ちゃんを好きだっていう気持ちには代わりはないんだ!!」
渾身の一投。
その時、僕は不思議な感覚に包まれた。
それは今まで感じたことがなく、そして7年後に再び訪れるもの。
それは絶対的な力とかそんなんじゃない。
もっと曖昧で儚いものだけど、僕になかったものをくれた。
そんなものを込めた僕の一投は麗華目掛けて飛んでいった。
そして、それは受け止めようとした麗華の手をすり抜けて地面へと落ちる。
「ま、負けた…
わ、私が負けた……」
力なく、その場にへたれこむ麗華。
僕はそんな麗華に近付いて一言言う。
「瑞希ちゃん…………いや、ユキちゃんに謝れ」
それだけを言い残し、僕は踵を返した。
また、ユキちゃんに助けてもらっちゃったね…
~現在~
目を閉じ、あの日のことを思い出していた僕はキッと眼前の扉を睨む。
学年が変わって僕たちは疎遠になってしまった。
だけれども、また今こうして共に過ごせていられる日々を大切に思う。
もう、失いたくない…
それは僕のわがままだと思っていた。
だけど、ここにくる前、姫路さんは「私も明久君と一緒にいたいです。私の大好きな明久君と一緒に…」と言って、僕にウサギの髪飾りをくれた。
姫路さんの言う好きは僕のそれとは違う。
だけれども、その言葉は僕のわがままに意味をもたせてくれた…
姫路さん…
これが最後になっても構わない。
だから、僕の最大で最低で、なによりも大切なわがままに力を貸して…
そう心の中で呟いた僕は右手の中にあるウサギの髪飾りを握り締め、扉を開いた。
「勝負だ、高城!」
これにて終了ですが、おそらく説明が必要な部分が多々あるでしょう。
感想、及び質問など受け付けていますので、お暇がありましたらお願い致します