平安に坐せ大嶽の大鬼   作:無名の軽量AC乗り

4 / 5
第4話

 

 

 

 

 

 

 鬼に長期的な戦略、作戦の立案などできない。

 

 頭の出来が悪いのではない。頭よりも性根が悪いだけだ。短期的な目先の行動で得られる成果で大抵満足してしまうし、大概の問題も生まれ持った力で簡単に打破できてしまうから、我慢など滅多にしないし脊髄反射と本能だけで言動を決定する。端的に評するなら汚い欲望に手足が生えたようなものが鬼だ。

 

 そしてそれは、享楽を是とし刹那的な生き様も是とする酒呑童子も同様で。小娘を抱えて帰還した大嶽丸の宣言に、彼女は『面白そう』だとしか思わなかった。

 

 

「国取りをするぞ」

 

「ええんやない?」

 

 

 大嶽丸と酒呑童子が同調しているなら、彼らに従う鬼に否を唱えるものなどいない。だって怖いし。鬼種の頂点と高貴な鬼、どちらともが最高格の鬼なれば、彼らの意向へ反対するのは命を投げ捨てるようなもの。流石に気まぐれに殺されたのでは無念極まる故に、鬼たちは唯々諾々と従うのみだ。

 

 

「けど国取りって一口に言うてもね、いったい何をどうするつもりなん?」

 

 

 根城の宮殿にて、大嶽丸の物とされる玉座を我が物顔にし、姿勢を崩して寛ぐ酒呑童子。盃を片手にそう問う彼女の態度に文句もなく、大嶽丸はどうでもよさげに告げた。

 

 

「知らん」

 

「知らんの?」

 

「ああ」

 

「じゃあ何するんも決めてない?」

 

「そうだ」

 

「……ふぅん。丸っきし絵に描いた餅っちゅうわけなんやね。具体的な指針は何もなしって、なんや、逆に面白(おもろ)くなってきたわ」

 

 

 考えなしに野望を口にする大嶽丸だが、彼からすれば野望なんて大層なものではないのだろう。

 

 では彼に国取りなんて馬鹿げた行動を起こさせたのは何か。酒呑童子はなんとも味わい深く、形容し難い凄い表情のまま黙っている小娘に目を向けた。

 

 立烏帽子を被った巫女服の鬼。酒呑童子や大嶽丸ほどではないが、かなり格の高い妖魔。単純な実力では酒呑童子にも劣らぬだろうが、純粋な強さという面では大嶽丸に遠く及ばない者。

 

 酒呑童子はほんの一握りの興味を示して話しかけた。

 

 

「あんさんが大嶽の旦那はんに国取りしようなんて思わせた輩なん?」

 

「……」

 

「何を黙っとるんやら。黙っとくのは勝手やけど、口出しせんならうちらが好きにやるよ?」

 

「……」

 

「……あぁそう。旦那はん、国取りってので何やるかうちが考えてもええ?」

 

「鈴鹿が決めねぇなら好きにしろ。ただ国を獲ろうってんならやることは大体決まってるだろう」

 

「ん、そうなん?」

 

 

 鈴鹿御前はこの不本意極まる状況に拗ねているのか、はたまた深い考えがあるわけでもないのか、だんまりを決め込んで返事をしなかった。初対面の酒呑童子に気後れする可愛げがあるのであればいい、だがこの場合は悪手である。彼女が舵取りをしないのであれば、事態は最悪の方向へ転ぶだろう。

 

 この場合の最悪とはすなわち人間への脅威、災厄である。

 

 鈴鹿御前の反応が鈍いことで、彼女への一握りの興味が失せた酒呑童子に大嶽丸は言い放った。

 

 

「殺し、奪う。単純でいいだろう」

 

「せやねぇ。まあうちらに出来るんはそういうのだけやけど、何をどう殺して何を奪うん?」

 

「とりあえず人間の天辺を殺し、歯向かう奴らを殺し、日ノ本の中枢を奪えばいい」

 

 

 単純明快だ。だが真理を的確に突いてもいる。

 

 今の人間社会は未熟の一言であり、武家や公家が組織を成り立たせている。彼らを除き、日ノ本という国の象徴である天皇家を奪えば、国取りは完了したと言えなくもない。

 

 だが人間は鬼による支配など認めないだろう。反抗は徹底して行われ、さらには人間に味方する神仏とも敵対する羽目になる。鬼に肩入れする神仏なんてそれこそ少数派だろう。

 

 故に、起こるのは殺戮だ。戦争ではなく、殺戮である。たとえ神仏が味方しようとも、大嶽丸に敵う人間が出現するとは酒呑童子には思えなかった。それこそ神仏のご本尊が直々に出向かない限り、大嶽丸の齎す殺戮は日ノ本の人類社会に消えることのない傷跡を刻みつけるだろう。

 

 大嶽丸のいない地点で局所的に人間が勝つことがあろうとも、大嶽丸が出向けばそれで終わり。話の要点を纏めると、人間社会の中枢――つまり現世だと平安の都を襲撃して、主だった者達を殺戮することしか大嶽丸は考えていないようだ。そしてそれで十分であるのも理解しているらしい。

 

 後に生じる散発的な反抗、もしくは大々的な逆撃も視野に入れず。国取りをした後の国の支配、統治に関しても何も考えていないようだ。酒呑童子としてもそんな面倒なのは御免なので、この時点でおおよそのプランが彼女の頭の中に組み立てられる。

 

 

「そ。じゃあそれでええね。分捕った国はテキトーなんに統治は任せて、旦那はんが名目上の支配者になる方向でいけばええやろ。ほんでうちらは好きに遊ぶっちゅうわけや」

 

「あ? あぁ、それでいいだろ。面倒だからな、何も人間を皆殺しにするわけでもなし、やりたい奴にやらせときゃいい。鈴鹿もそれでいいな」

 

「……」

 

 

 大嶽丸の確認にも、鈴鹿は何も言わず。しかしそれを許す大嶽丸ではなかった。

 

 おもむろに腕を伸ばして彼女の頭を掴むと、酷薄で底冷えのする視線を投射する。

 

 

「おい。俺を、無視するな。死にたいのか?」

 

「っ……殺したければ殺せばいいじゃない」

 

()()()()()()()日ノ本を魔の国にする。俺のやることで魔の国とやらになるのかどうか、さっさと答えろ。さもなければ話が終わっちまう、話が終わるなら今ここで喰い殺すぞ」

 

 

 大嶽丸に恫喝しているつもりはない。鈴鹿御前の為というのも彼女を嬲る為のおためごかしだ。

 

 だが所詮は気まぐれ。話が続かないのなら、大嶽丸は本当に鈴鹿御前を喰って終わらせるだろう。国取り云々は思い立ったお遊びの一部でしかないのだ。

 

 鈴鹿御前は顔を歪める。己の髪を掴む鬼に殺意すら込めて、逡巡した。

 

 自身のプライドは殺されようとも曲げない。しかし父である天帝から授かった使命を、この鬼を利用すれば容易く成し遂げられるのも事実。プライドか、使命か。どちらにせよ最後には喰われることに変わりがなくとも……いや、変わりがないのならせめて使命を果たした方が有意義ではある。

 

 鈴鹿御前は諦めた。諦めて、今後の行動へ口出しし、大嶽丸を制御することにする。そうすれば迅速に国取りが能うだろう。そして用済みとなれば、改めて決戦を挑み、負けたら死のう。自害して果ててやり、この鬼を悔しがらせてやる。鈴鹿御前はそう決めて、覚悟を定めた。

 

 

「……分かったわよ。答えればいいんでしょ? いい、魔の国は人ではなく妖魔の支配する国のこと。早い話が日ノ本の支配層を妖魔で埋めて、人間に取って代わればいいの。そして妖魔を日ノ本全土に大量に繁殖させれば――」

 

「えぇぇ? なんやのそれ、めんどくさ、うちは降りるわ」

 

「え?」

 

 

 話の途中で、酒呑童子が急に白けた反応をした。

 

 だって聞くだけで面倒だ。酒呑童子が当初考えていた――大嶽丸も似たようなことを考えていたが――殺して奪ってテキトーなのに支配を任せるプランが通らないのだ。徹底して人間を根絶し、妖魔で日ノ本を埋め尽くすだなんて、なんでそんな面倒くさいことに労力を割かねばならない。

 

 大嶽丸も露骨に嫌そうな顔をした。酒呑童子のように言葉にしないのは、単に鈴鹿御前への肩入れを自分が言い出したからだ。

 

 

「酒呑、降りるのか?」

 

 

 鈴鹿御前が呆気にとられている内に、酒呑童子があっさり翻意して立ち去ろうとするのに、大嶽丸が恨めしげな声を発する。それに高貴な鬼は微笑んだ。

 

 

「なんやの、面倒なのに投げ出そうとせんなんて、やっぱ旦那はんは鬼らしゅうないねぇ。鬼らしく雑で短絡的なことをしようっちゅうのに」

 

「……少し待て、代案を考える」

 

「ん、代案?」

 

「待ちなさい、代案なんてあるわけないじゃない。何言ってるのよ、あなた」

 

 

 酒呑童子がこの話から降りるのが許容できないのか、大嶽丸が億劫そうに智慧を絞る。寂しいとか惜しいとかではなく、単に酒呑童子のように身軽に身を処すのが妬ましいだけだ。

 

 死なば諸共、というほどではないにしろ、なんとなく勝手に降りられるのが腹立つから頭を使う。大嶽丸らしく、鬼らしくなく、小賢しく雑である。

 

 鈴鹿御前は大嶽丸の発言に驚き、手綱を握るべく制止するが……彼女は大嶽丸を侮っていた。

 

 所詮は力だけの鬼、智慧働きなどできるわけがない、と。

 

 だが鈴鹿御前はすぐに彼への評価を改めさせられた。大嶽丸は外見では粗野で、乱暴なチンピラに見える豪傑であるが。その頭脳は鈴鹿御前をして切れ者と称するに値するインテリヤクザだ。

 

 

「人間に取って代わるのを終着点にするのは面倒だ。なら――そうだな、()()()()()()()()()()()()()()()だろう」

 

「――なんですって?」

 

「人間の中に妖魔を根付かせ、人間の悪意やらの負の感情に呼応して妖魔が生まれるようにし、人間に妖魔の力を与える。そうすれば、今までの人間とこれからの人間に差異が生じ、厳密に言えば日ノ本は魔の国とやらに化すはずだ」

 

「へぇ……そっちはおもろそうやね。で、そうするには何をするんが一番なんか、考えはあるん?」

 

「あ? あぁ……あー……そうだな、日ノ本の都で儀式でもやりゃいいだろ。俺と鈴鹿が数年掛かりでやりゃ、まあ大体はなんとかならぁ。天帝とやらにも協力させて、面白がるだろう神仏を味方につけ、敵対する奴らを殺して回りゃいい。儀式が完遂されりゃ、敵方についた神仏も戦う理由がなくなる」

 

「――――」

 

 

 鈴鹿御前は、絶句した。

 

 たった数秒で具体的なプランを弾き出した大嶽丸に。

 

 そして確かに自分と父、そして大嶽丸が力を合わせて。さらにこちらへ同調するであろう神仏を招聘して味方にすれば、実現までに至る道筋が確かに見えてくる。

 

 不可能ではない。むしろ、実現性は高い。

 

 この時、鈴鹿御前は意外に頭脳が明晰で、頭がキレる大嶽丸にはじめて関心を持った。

 

 

「さしずめ日ノ本改造計画ってところか。面倒な調整、神仏への交渉は鈴鹿とその親父がやれ。荒事での実働は俺と酒呑、手下を気取って好き勝手してる鬼共でやる。異論はあるか、お前ら」

 

「ないよ。それならおもろいし、乗ってもええわ」

 

「……仕方ないわね、いいわよそれで。顎で使われてるみたいで気に入らないけど、やってあげるわ」

 

 

 かくして、人間にとって最悪の展開が巻き起こる。

 

 単なる殺戮に留まらぬ、最悪な品種改良の強制が、最強の鬼神魔王により齎されようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。