吾郎の妹ポジになった転生者   作:とくめいです

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あの日。


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 今日はアイさんの出産予定日。

 

 先生の言うには、あくまで目安であって前後するのは当たり前らしい。人の身体だから予定通りにはいかないのも分かる。

 

 先生はチェックがあると言ってたので少し遅くなると聞いている。

 アイさんの双子ちゃん、ちゃんと生まれるといいな。

 

 実は予定日が近くなってから、アイさんの買い出しはしなくなった。体調を整えるために間食とか制限するからだそうだ。

 

 

 

 ──その最後の日。

 カバンから出した袋に引っかかった紙が一切れ、アイさんの手元に舞い落ちた。

 

 

『あ』

『ん? 解答用紙? ……ハルちゃんて、カタカナじゃなくて漢字だったんだね♪』

 

 ついに。

 私の本当の名前がアイさんにバレてしまった。恥ずかしいぃ……

 

華月(ハルナ)って捻り方、スゴいね。ふつうは「かづき」とか読まない?』

 

 それは亡くなった母親に言って下さい。

 華を『は』と読むのはともかく、月で『ルナ』はゴリ押しがヒドい。

 

 ホントにキラキラネームやめて。

 

『けど、ハルちゃんらしくて私はいいと思うな。ほら、髪の色も、瞳もそれっぽくて』

 

 ……たしかに、そうかもしれないですけど。普通に『春奈』とか『春菜』でもいいじゃないですか。『榛名』だとちょっと違うかな? まあともかく。

 

『参考にするから期待しててね♪』

 

 ……その瞳はいたずらっぽく輝いていた。

 願わくば普通な名前にしてほしい。

 人の子ながら、そう思わずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 そんな事を考えながら待つこと暫し。さすがに遅すぎないですかね?

 

 彼の携帯に連絡を入れてみる。

 

 …………圏外?

 この病院の近くにはアンテナも立ってるので圏外になるとかあり得ない。

 

「え……もう、病院から出てる?」

 

 病院にかけてみたらそう言われた。

 

 あそこから家まで歩いてだいたい十分前後。なら、とっくに着いているはず。

 

 そこに、烏の声が響いた。

 もう日が暮れてるのに聞こえたそれは、なにかの予兆にも感じられた。

 

 手早く上着を羽織る。

 部屋着だけど、そろそろ暖かくなる時期なので構わない。携帯と懐中電灯を手に靴をつっかけて表に出た。

 

 とりあえず納屋を見るが車はある。そもそも音がしなかったから出掛けてるわけもないけど、たまに運転席で考えごとしていた時の事を思い出したから。

 

「いない……」

 

 照らし出された運転席に、人の姿はない。やっぱり帰ってはいないのか。

 

 病院への道を戻る。その途中で光が見えた。

 

「下から……?」

 

 たしか、この下にも道はある。失くなった集落への道だ。一度だけ通ったこともある。特に興味を引くものはなかったので二度目に行くことは無かった。

 

「せんせーっ!」

 

 必ず山側の方を歩く彼が、崖から足を滑らせて落ちたとか思えない。でも、なにかあったのかもしれない。私はめったに出さない大きな声で呼びかける。

 

 下の光が消えた? いや、消したのか? いずれにしても何かあったのは間違いない。

 

 携帯を開いて病院へ。

 

『はい、宮崎総合病院です』

「度々すみません、雨宮ハルナです」

「ハルナちゃん? 先生、やっぱり退勤してるって」

「その、先生が崖から落ちたかもしれないんです」

「ええっ?」

 

 帰り道途中の崖から旧道へ滑落した可能性を示唆すると、警察への通報を要請された。

 

『救急はこっちで頼むわ。どのみち運ぶのはここだろうし。ハルナちゃんは病院まで来れる?』

「いえ、現場まで行こうと思います」

『オッケー。なら私も行くわ』

 

 旧道への分岐は病院までの道から別れる。通り道なので問題はない。

 病院に着くと看護師の瀬能さんがいた。

 

「ご迷惑おかけして」

「それはいいから。私、あっちに行ったことないから分かる?」

「お任せを」

 

 言葉少なに動き出す私たち。小走りに暗闇に包まれた道を進む。懐中電灯があっても視界は良くない。少し霧が出てるようだ。

 

『無事でいて……』

 

 滲む汗は走ってるせいではない。

 

 旧道の分岐を過ぎると家へと続く道と同じく舗装されてない道となる。当然のように街灯なんかは無いので懐中電灯が頼りだ。

 

 胸がどきどきと鳴り響く。眼の前は滲んで見えづらくなるけど、足を止めることは出来ない。

 

「ちょ、ハルナちゃん。まって」

 

 後ろからついてくるはずの瀬能さんの声も遠くなる。でも、それは後回し。いまは彼の無事だけが最優先。

 

 

 

 

 

 そして。

 

 

 

 彼が道に倒れているのを、発見した。

 

「──っ」

 

 彼の横にはもう一人。知らない男性。そんなのはどうでもいい。彼の側に行って状況確認。呼吸、浅い。出血箇所は頭部、ほか全身に裂傷。

 

「せんせいっ! 先生っ!」

 

 意識を確認するため、声をかける。冷静にしなきゃいけないのに、声がうわずってしまう。

 

「……は、るな……」

「先生、せんせい」

 

 みっともなく泣いている自分に、手が差し伸べられた。ぽん、と頭に軽く。弱々しくて、さらに涙がこぼれる。

 

「! 雨宮先生っ」

「、瀬能くん、か。わざわざ、すまん」

 

 ようやく到着した瀬能さんが脈拍を計るために彼の腕を握ると「俺より、先に彼を」と言う。

 

「呼吸は、やや緩めだけど、人工呼吸したら回復、した。脈拍も……おそらく、正常……」

「アンタ、まず自分のこと気にしなさいよ」

「ちがい、ない」

 

 同じく滑落したであろう人間の応急処置までしていた。どう見ても、彼のほうが重症なのに。

 

「アイの容態、は?」

「まだ進展なし。ああもう、救急車なんで来ないのっ!」

 

 瀬能さんも慌てた様子だ。頭を動かさないように傷の具合を見ているようだが、顔色が悪い。

 

 ──そんなわけない。

 

「ハルナちゃん、声かけ続けて」

「せんせい、大したことないよ。元気になって、アイさんのライブ、一緒に見ようねっ」

 

 復帰ライブには必ず見に行くよ。そう言っていたけど、本当に出来るかは分からない。医者というのはなかなか休みが取りづらいし、ここはど田舎。東京まで出るのは容易じゃない。だから、あれはリップサービスだ。アイさんがどうしてもと言うから。

 

 ──そんなわけは、ないんだ。

 

「アイ……か。そっちも、気がかりだけど」

 

 頭をぽん、ぽんと叩いて。

 

「お前の、ほうが……」

 

 ぱたり、と。

 

 彼の腕が、地に横たわる。

 

 

 ──そんなはずない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◯日、未明。

 高千穂町在住の雨宮吾郎医師が死亡した。

 

 死因は脳挫傷。

 自宅周辺の崖から滑落し、宮崎総合病院へ緊急搬送。三時間後に死亡が確認された。

 

 同時に未成年男子一名が搬送されたが肋骨骨折と頭部打撲、右腓骨骨折など全治二ヶ月の怪我となった。

 

 何らかの事件性があると見られたが、記者会見で雨宮医師は少年を助けようとして一緒に転落したとの見解。

 

 同医師は自身の怪我を顧みず少年の救命活動を実践したと驚愕の事実が判明。『同郷の志として、誇りに思う。彼こそ医師の鑑』と日本医師会常任理事、鍋嶋氏は賛辞と共に追悼の念を示した。

 

 ◯月✕日 日向日日新聞社より抜粋




雨宮ハルナ

ぼうぜんとしている。

雨宮吾郎

へんじがない。ただのしかばねのようだ。
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