吾郎の妹ポジになった転生者 作:とくめいです
不審者を呼び止めたら逃げた。普通なら通報するだけで済ませるけど、逃げた方向が良くない。
「なんでそっち?」
よりによっておれんちに向かう道へ逃げるとか、土地勘無さ過ぎだろコイツ。てか家にはハルナが居るんだ。妙な輩を野放しには出来ん。俺はやつを追い掛けた。
後から思うと、これは悪手だった。土地勘の無い奴が暗闇を走るとか危険極まりない。おまけにここはガードレールもない山道だ。
「ひ、うわっ?」
案の定、道を外れて落ちそうになった。手を伸ばして上着を掴んだけど、結果として俺も落ちてしまった。
暗闇に光が見えた気がした。
「かはっ」
どれくらい意識がなかったのか。
口の中に溜まった鉄臭い血を吐き出すと、猛烈な頭痛を感じた。手で触ると、べったりとした感触。相当、出血してるらしい。幸いなことに身体には異常は無さそうだけど、意識の混濁がヒドい。
月明かりで周りを見渡すと、不審者が近くに倒れていた。引き摺るように身体を寄せ、腕を取る。
脈拍、やや少ない。頭の外傷は然程では無いが、右脚に開放骨折、挙動から肋骨も何本かいかれてそうだ。
気道を確保して人工呼吸を数度行うと、脈はほぼ正常に戻る。意識が無いようだけど、今の俺にはこれ以上は出来ない。
携帯は……どうも落としたらしい。
ポケットを探したら、出てきたのはさりなちゃんのキーホルダーだった。
『ごめんな、さりなちゃん。すぐ会うかもしれない』
喜ぶかな? それとも怒るかな。
あの世で『責任取ってね』とか言われそうだ。それじゃ、仕方ないか。
でも。
まだ、死ねない。
ハルナがいる。
可愛げがなくて。人との距離を測りかねて、それでいて人恋しい所があって。最近、ようやく出来た友だちとかアイとかのことを訥々と話していた。
やっと、普通に近くなったのに。
俺が居なくなると、また戻ってしまうのではないか。そもそも身寄りが本当にいないのだ。まだ守ってやらなきゃ駄目なんだ。
『…………せんせいっ』
ついに幻覚まで視えてきたかと思ったら、本当にハルナだった。
あー、泣いてるわ。
ゴメンな、泣かせるつもりなんてなかった。その後ろには瀬能の姿も見える。すまん、迷惑かけるわ。俺の脈を見始めたので手短に患者の容態を伝えると『まず自分のこと気にしなさいよ』と慌てた様子で言ってきた。正論だな。
『アイさんのライブ、一緒に見ようね』
綺麗な琥珀色の瞳に涙を湛えて、ハルナがそう伝えてきた。不謹慎にも、見蕩れてしまった。
復帰ライブ……行きたいな。東京連れて行ってあげたいけど。
どうも、無理そうだな。
「お前のほうが……」
手を上げると、顔をくしゃっと歪めた。俺が何をするかが分かっているようで、涙をこらえながら黙って待っている。
──そんな顔、しないでくれ。
そう思ったけど、声が出ない。
瞼も重くなってきて、身体はやたらとだるく感じる。
それでも、手を伸ばして。
その頭に手を乗せる。
ハルナの顔が、滲んで見えない。
──願わくば。
──この子に、祝福を。
産科医をしていた俺は、どうやらお亡くなりになったらしい。
実際、死んだときの記憶は曖昧だ。俺みたいな奴は死んだら地獄に行くもんだと思っていたが……目覚めれば天国にいた。
「いいこでちゅね
とりあえずすげぇ名前つけられた。これ、
俺を抱きかかえてご満悦な笑顔を浮かべるのはアイドルの星野アイ。どうやらちゃんと生まれたようで何よりだ。問題は俺が転生しちゃってた事なんだけどね。
「はんぎゃー、はんぎゃー」
「はぁい、なんでちゅかー♪」
もう一人の方も生まれている。あちらは妹の
こちらを覗く瞳は赤く輝いている。鏡を見た時、俺は青だったから色素が薄いのかと思ったら、別にそうでも無さそうだ。元気ならいいか、別に。
「どうしたのーアクア」
ルビーに向かってそう尋ねているアイ。突っ込んだら負けだと思ってたら「そっちはルビーだ」と天の助け。
「人の顔と名前覚えるの苦手なんだから仕方ないでしょ佐藤社長」
「惜しいっ、俺の名前は斉藤だ、クソアイドル」
流れるようなボケツッコミに少し感動。アイドル事務所ってすげえな。
そこにインターホンから呼び出し音。おそらく社長夫人だろうか。社長がいそいそと向かう。
「おお、ちょっと痩せたか?」
「はぁ……まあ」
「社長。デリカシー無いですよ」
ここからだとよく聞こえないけど、来客があったらしい。
「ハルちゃん、ようこそ♪」
え……
そこにはハルナが立っていた。社長夫妻に囲まれ、何となく元気が無さそうだけど。
「あう、あうあ……」
手を伸ばす。短い手だな。あうあう言ってて言葉にもならない。それもそうか。このくらいだと声帯がまだ未熟かもしれない。
それでも、手を伸ばす。
アイが気がついて、ハルナの側に寄ってくれた。
「ほーい、ハルちゃんだよー」
「あうあ、あうあ」
ハルナが涙ぐんでいた。
泣かないでほしい。
おずおずと、俺の小さな手をハルナが優しく掴んでくれた。
「あうあ」
「そう、ハルナちゃんだよ」
アイは天使のような笑顔でハルナに向き合う。その唇から、俺の名が告げられた。
「アクアマリン……アクアくん」
「あうっ」
返事をすると泣き笑いのような表情に変わり、アイの方も柔らかく笑う。
「う、うう……」
「だいじょうぶ、だいじょぶだよー♪」
ハルナのことも一緒にあやしてるようで、アイもしっかりママをしていた。年の差考えたら姉妹という方が近いけど。
でも、なんでハルナがここに居るんだ?
「けどよ。ハル坊いいのかい? ベビーシッターなんて大丈夫かよ」
「お世話になるだけでもありがたいのに、何もしないわけにもいきません。不肖この私。先生の弟子として産婦人科の看護師さんたちにご指導は受けております」
なぬ?
ベビーシッターだと?
おれ、ハルナにお世話されんの?
「まあ、ウチのミヤコよりは頼りになりそうだけどよ」
「むっ」
社長さん、それは言っちゃダメだよ。たぶんその通りだと思うけど。
「アクアくん、ルビーちゃん、これから宜しくお願いしますね」
俺が幼児プレイ愛好者だとしても、自分の妹(みたいな存在)にされるのは……キツくない?
遠くで鳴く烏の声が、やたらと無情に聞こえて仕方なかった。
雨宮吾郎改め星野愛久愛海
転生して幼児プレイかと思ったら介護プレイだったと絶望した。妹のような子供に「オシメかえまちょうね〜」とかやられるとか、慈悲の心は無いのかっ(ありません)
星野アイ
無事に出産。吾郎が死んだと聞いて泣いてしまった。その感情が愛なのか信頼なのかは分からないけど、先生の言葉を受け止めて二人を養う決意を固めた。
星野瑠美衣
まだ言葉が出せないし、本能のほうが強いので眠気には勝てない。ハルナと会ってた時はそんな感じで寝落ち中。難を逃れたっ!
雨宮ハルナ
なぜか東京のアイの家に来た顛末は次の話。