吾郎の妹ポジになった転生者 作:とくめいです
屋上で風に当たりながら、黄昏る。昼休みなのだが、何故か看護師に詰問されるというナニコレ状態。推しのアイドルの活動休止でどうしてこうなるやら。
「──だから、その姿を重ねて応援していただけなんだよ」
「結果ロリコンって事ですよね?」
「いや、話聞いてた? 結構感動的なエピソードだったよね?」
辛辣な問いに思わず声が荒ぶる。いかんいかん、こんなに動揺していてはあらぬ疑いを掛けられてしまう。俺はとってもピュアなのだ。
「そんなだとハルナちゃんにも呆れられますよ」
「ハルナも同じくファンだから無問題だ」
うちの同居人であるハルナは、
まあ、最初は少し照れがあったようだけど。今ではそこそこなレベルのドルオタになっている。俺に比べればまだまだだけどな!
「……先生。まさかハルナちゃんにも欲情してませんよね?」
「生々しく言うなよっ あの子は
今年で十二となる彼女は来年には中学生。あるはずもない事なのに、なんだか後ろめたく感じてしまうのは何故だろう? ともかく黙っているのは良くないと思い、そんなわけあるかと答える。すると。
「ふふっ。先生にそんな甲斐性はないでしょうね」
くすり、と笑う看護師。彼女には見透かされていたようだ。
「ぐぬぬ……」
まあ、この手の話には男は勝てないと決まっている。さっさと引くとしよう。
「はあ……それはそれとして。やっぱり気になるよなぁ……アイ」
「はいはい。そろそろ休憩終わりですよ」
「へーい」
『うええ、ショック過ぎてゲボ吐きそう……』
午後の診察一人目の患者さんが、まさかの推しのアイドルだったとか。青天の霹靂とはまさにこういう事なのか。
とはいえ、仕事はしないといけない。ショックだからと寝込んでなどはいられないのだ。うちには中学、高校、そして大学を控えた子供がいるのだから。
検査の結果、20週前後、双子だと分かった。ああ、マジなんだなぁ……
本人は産むつもりのようだが、後見人の社長さんは難色を示していた。それは、そうだろう。
未成年での妊娠、出産というのはそれだけでもセンセーショナルなネタだ。それが現役のアイドルとなったら? 社長さんが言うように事務所ごと吹っ飛びかねない。
「最終的な決定権は君にある」
「先生……」
情けない声をあげる社長さん。だけど、これは曲げることはできない。医師としてはそうとしか言えないのだ。
「出産に明らかなリスクがある場合には、私も止める立場になります。ですが今回の場合、そういった所見は見当たりません」
医師としての体面での発言。だが、奥底ではそれを肯定しきれない自分がいた。日の落ちた屋上は少し肌寒く、手持ち無沙汰に携帯をいじった。
『君に好きな男がいても、君を応援し続ける』
そう思っていた。
けど、現実を突きつけられて分かった事もある。
『彼女の経歴を傷になるのは確かだ。より高みを臨むのは無理だろう』
そもそも。
子供を産んだアイドルを推せるのか?
男の影がちらつくのとは訳が違う。そこに行為があっての状態なわけだ。
『ファンの意見なんて身勝手だ。そう思うだろう?』
携帯の写真に向かって問いかける。彼女ならどう答えるだろうか?
それは、もう分からない。
「先生」
キィ、と屋上の扉が開く音。その声はいつも聞き慣れたもの。
「終わったならロビーに来て下さい。探しちゃいましたよ」
背も伸びて、もう子供とも言い切れなくなった。来年には中学生だ。
「悪い。ちょっと黄昏れててね」
「……ええ? めずらし」
この病院には市営バスの停留所があり、学校への登下校にはそこを利用している。そのため、帰りにはこうして迎えに来てくれたりもする。
「あ、さりなちゃんだ」
俺の携帯を覗き込むハルナ。
「もう同い年になっちゃったな」
「年は取りたくないものですねぇ」
「……お前の年でそれはどうなの?」
「お約束的な?」
どちらからともなく、笑う。
最初の頃はあまり笑わなかったこの子も、いつの間にか年相応な姿を見せてくれる。
「でも、本当にどうしたんです? 先生」
それでも気の晴れない俺に、彼女は顔を曇らせる。答えられないジレンマに適当に言葉を紡ぐ。
「レゾンデートルが揺らいでるのさ」
「先生にしてはむつかしい言い方しますね、存在理由なんて」
煙に巻くように言ったつもりが、普通についてきた。どこで覚えてくんだ、こんな言葉……うちの子は天才だったっけ。そういや。
「アイさんの活動休止。そんなにショックだったんですか?」
「それならよかったんだけどなぁ……」
身内とはいえ、今のアイの状況は伝えられない。ほんと、活動休止の内容なんて知りたくもなかった。
「ま、なんとかなるさ。帰ろう」
「今日は、お鍋ですからね」
手提げ袋を見せてくるハルナに、楽しみだと答えて屋上の扉に手をかける。
ガチャッ
「「あ」」
そこにいたのは、アイだった。
まずい。俺だけならともかく、ハルナは一般人だ。ハルナの前を塞ぐようにドアの前から退く。道を譲ってくれたと思ったのか、すいっと屋上に歩を進めるアイ。
「よ、夜風は体に障りますよ?」
「厚着してるからだいじょぶだよ、先生……ん?」
その視線がハルナの方に向いていた。
「先生の……恋人?」
「いや違うわっ! どうしても俺をロリコンにしたいのっ?」
「わお、いいリアクション♪」
思わずツッコんでしまった。
「……B小町の、アイ……?」
「はーい、アイだよー」
うわ、めっさ軽ぅ……
ハルナに対して横ピースで微笑む彼女は、まさに営業モードだ。だけどな、それはダメだろう。
「え……、アイさん、お腹大きい? え?」
「あー、溢れ出るオーラは隠せないねー、こまったこまった♪」
……なんか困ってるようには見えないが。むしろ喜んでるように見える。ハルナの方は手をポンと叩いて、納得した様子。
「先生、落ち込んでたのはコレのせいですか」
「ん? コレ?」
いや、ほんとに理解力高いな、うちの子。マジで天才かもしれん。
「はじめまして。雨宮ハルナと言います。雨宮吾郎医師の同居人です」
「ふえ? は、はい。よろしく?」
丁寧に挨拶始めたぞ。しっかりしたお子さんだねっ
「こちらの吾郎先生はあなたの大ファン……というかドルオタでして」
「! そうだったんだー、言ってくれればいいのに♪」
「いや、言えるわけ無いでしょ」
というかハルナさん。カミングアウトとかやめてもらっていいですかねっ?
「あなたが妊娠なさったとの事で、とてもナーバスになっておられたのです。るーるるー」
いや、泣いてねえから。
アイの方は少し困ったように笑っていた。いや、愛想笑いとかいらないですから。
「僭越ながら、
ぺこり。
丁寧に頭を下げる少女に、さすがのアイも茫然としていた。かろうじて「ありがとう?」とは答えていたけど。
「不躾ですが。アイさんはアイドルはお辞めになるのですか?」
「おい、それはさすがに……」
患者のプライベートに入り込み過ぎだ。しかし、アイは予想外な答えを返してきた。
「えっ? やめないよ?」
「えっ?」
「では、アイドルは続けるのですか?」
「もちろん♪」
「えっ?」
「子供も当然、産むのですよね?」
「とうぜん♪」
「えっ?」
……おれ、「えっ?」しか言ってねえ……。いや、それはともかく。
「そ。公表しないよ。隠し通すの」
それは、最も大きな爆弾だった。
子供を産み、アイドルも続ける。それはリスクしかないやり方。育児に関してもデメリットしかない。
赤子というのは母親がいないと生きてはいけない。アイドル業というのがどれほどなのかは知らないが、おそらく片手間に出来ることとは思えない。この辺りのことを軽視している可能性が十分にある。俺は節度を超えるつもりで口を開こうとした。
だが。
「私さ、施設暮らしで家族に憧れあるんだぁ」
アイは、慈しみの表情を讃えて語っていた。
「双子なんでしょ、お腹の子たち。賑やかで楽しそうな家族になれそうだよね♪」
その姿からは育児放棄など微塵も考えていないと見受けられた。そして意外なほどに強い意志も。
頬はほんのりと上気して、その瞳には煌めくような輝き。それは間違いなく、アイドル。
B小町のアイであった。
「アイドルとしての幸せと、母としての幸せ。私はどっちかなんて選べない。選ぶならどっちも!」
まるで、それは宣誓のようだった。見届人は俺ともう一人。そのもう一人が目を輝かせてアイの手を握った。
「〜〜、感動しましたっ!」
先ほどの熱が移ったかのように彼女も頬を上気させていた。俺と一緒に応援しているときでもそんな顔してなかったと思うけど。
「さすがです。完璧で、無敵の、究極のアイドルとして偽り無しっ! 私も応援します。アイさん」
「え、あ、ありがと♪」
「先生っ、先生も応援しますよね?」
こちらに言うハルナの瞳には微かな輝き。アイの煌めきが乗りうつったかのようだ。
その熱意に思わずたじろいだ。ごほんと咳払いをして視線を外し、少し瞑目する。
……正直言うと、躊躇いはある。
だけど、二人の熱が伝わってくる。
医師としての自分とファンとしての自分とのせめぎ合いは、色々な妥協をせねばならないだろう。だがとりあえずは。
「……もう、寒くなってきたから中に戻りなさい」
その熱を冷まさないように誘導しよう。おれ、白衣だけだからもういい加減寒い。
「はぁい、先生♪」
「はい、先生」
アイの子供たちを安全に、元気に。これからの方針はそう決まった。
雨宮吾郎
推しのアイドルの妊娠を受け入れた。
あと、屋上に白衣で居すぎて風邪気味になった。
星野アイ
オーラの強い無敵のアイドル。ハルナの援護が無くてもらくらく先生を陥落してたから、吾郎が弱すぎただけかもしれない。
雨宮ハルナ
四年経って来年には中学生。吾郎のことを先生呼びになったのは、病院に居る時間が長かったせい。髪もセミロングになり、街なかを歩くとだいたいの男が振り向くレベルに育った。アイ「後輩にならない?」ハルナ「えっ?」