吾郎の妹ポジになった転生者 作:とくめいです
その名前には聞き覚えがあった。もっとも、ドルオタに目覚める前に活動していたアイドルだ。
なので詳しいことはB小町のことを調べる時についでに入ってきた程度の情報しかない。
『大手プロダクションのプロデューサーとデキ婚して辞めたアイドル』
これくらいである。
当時としてはセンセーショナルな話題として世間を賑わせたとの記憶もあり、ファンの怒りの罵声をその旦那ともども受けたと聞く。
後で追求したところ、社長はその事務所で働いていたそうだ。つまりは同僚だ。なので渦中の彼女を傍で見続ける事になった、らしい。
電話の応対も数えられないほどやったそうだし、芸能人に向けるスキャンダラスな視線を嫌と言うほど味わったのだとか。
『お前に言うのは早いと思うけど。女関係はきっちり線を引いとけ。世間様は甘くないからな』
『確かに早いよね。まだ子供だよ?』
『まあな。でも覚えとけよ? 顔のいい奴はどんなところにでも罠があるから。本意でない結婚とか、すると後悔するからな』
そう呟いた事を思い出す。
つまり、あの人は本意でない結婚だったのか。それにしては幸せそうな家族に見えたけど、よく考えたら旦那とやらの方は見てないし。
上辺を取り繕うことなんていくらでも出来る。社長の言ってる事の方が正しいのだろう。
アイの事に親身になる理由もこれでなんとなく分かった気がする。彼はその姿にかつての同僚を映したのだろう。
だから、アイの男のことを追求せずに、結果として産む決断にも同意した。
打算もあっただろうけど、隠し通せればそれが一番ダメージが少ないのは確かなのだ。
『カッコいいぜ、オヤジ』
『……ありがとよ』
腰の辺りをぽふぽふ叩いてそう言うと、少しだけ嬉しそうに笑っていた。立場から言うと孫と爺さまだけど。オヤジと呼ぶのが正しい気がした。
どこぞの親より数段良い人間だと。この時はそう思っていた。
「あ、社長。いま宜しいですか?」
「ハル坊か。いいぜ、なんだ」
事務所にハルナが書類の束を持ってやって来ていた。応接間のソファーから立ち上がり事務机の方へ向かう社長。ハルナに手を振ると小さく返してくれる。
うん、いい笑顔だ。
それから新聞を読みつつ耳を傾けた。二人の話し声が聴こえてくるのだ。
「あじさい幼稚園……あれか、あそこのか」
「ご存知ですか? 社長」
「ああ。紫陽会って社団法人があるんだが、ここの経営してるトコだな」
紫陽会。確か小児医療や幼児教育に注力してる一般社団法人だったと思う。その支援を受けてる幼稚園ということなのかな。
「上手いこと考えたな、ハル坊」
「?」
ニヤリと笑う社長にハルナはきょとんとした顔。無表情とも違うなかなかレア顔である。
「え、違うの?」
「なんのことでしょう?」
「あれ? 劇団あじさいとのコネクション作ろうと思ってここ推薦してんじゃねえの?」
「いえ。中学校の同級生の弟さんがそこに通っているので、参考までにピックアップしただけなんですが……」
「……ああ、そう」
……勘違いというか深読みと言うか。そこまで考えての推薦ではなかったらしい。
俺としては幼稚園なんてどこでもいいし、何なら通わなくても構わない。実は幼稚園通わなくても法的には問題ないのだ。
それに、俺もルビーも元は大人。
幼稚園で学ぶ程度の社交性は持ち合わせている……はず。
でも、アイツ時々子供に戻るからなぁ。少し心配でもある。
やっぱり通うべきか。
「俺としてはお受験とか考えちゃいないから、そういうとこじゃなくても問題ないと思う。ミヤコはどうだって?」
「奥さまもどこでも構わないと。強いて言えば、お値段が安いところと申してました」
「あいつらしい……けど、仮にも社長の子どもとしては見栄張ってやりたい」
意外とそういうの気にしてんのか。まあ、キャラって大事だからね。
なんとなく。あじさい幼稚園に決まるような感じになった。とはいえケンゴとはすれ違いなんだけど。
「えっ? 森本? もしかして森本康太郎?」
「えと、確かお父さんの名前はそうだったかと」
「マジかよー……世界的ヴァイオリニストかよ」
「そう、だったんですか……」
「意外と身近に多いな、芸能人」
「そうですねぇ……」
ああ……森本さんち、やっぱりそうだったんだ。
おかしいと思ったんだよな。防音設備の整った地下室とか、キーボードとかドラムセットとかあったし。やすみちゃんのドラムテクも凄かったし、お母さんの方もキーボードめっちゃ上手かったしな。そのうちケンゴもギターとか始めたりして。
そこにルビーを抱いたアイがやって来た。
「あれ、新聞読んでるの?」
「ああ。お前も読む?」
「うん♪」
「アクアもルビーも新聞好きだね〜……私はよく分かんないから読まないよ」
アイ……まあ、いいか。
実はルビーも難しい漢字は読めてない。なので教えながら読むことにする。
コイツ、本当に大人なのかな? と疑問に思ったりもするけど幼児になって分かった事がある。
それは幼児期健忘。
三歳くらいまでは脳の一部、海馬の発育が不完全であるらしく、記憶の定着が困難であるケースが多い。
もちろん、俺たちは前世の記憶持ちなので常識的な範囲には留まらない。だけど身体の影響を全く受けないとは言い切れないし、全部思い出せるかというとそんな事は無かったりする。
実のところ言うと、吾郎だった頃の若い時の事は意外と思い出せないのだ。たぶんインデックスが分からないだけなので取っ掛かりさえあれば思い出せるとは思う。さっきの不知火花緒の事とかね。
なので、今の時点での勉強に意味が無いかと言うとそんな訳は無いのだ。
というわけでルビーに漢字を教えつつ、新聞を読む。これは再確認という目的もあるし、現代の世相などを知る為にも必要なことだ。
「ねえ。これってどういう意味?」
「ああ、これはな……」
幼児に幼児が、世界的金融危機によって波及したGDPの低下が起こした不況の実態を教える……なかなかにシュールな絵面である。
ちなみに、アイはうんうんと笑顔で頷くだけだった。ルビーは何とか理解したみたいだけど。
「アイツ、まじヤバイな」
「アーくんは天才ですから」
えへんと言いそうなほどドヤ顔のハルナは、あんまりお目にかかれないな。対して社長の方はどうやら呆れてる模様。まあ、そうなるよね。
「そういや、ハル坊。来年は受験だよな」
「はい」
「志望とかは決まってんのか?」
「いちおう、二、三候補はあります」
ざっくり言うと、公立校と私立進学校の二候補らしい。公立校は費用が安く、私立進学校は当然のように高い。万事控えめなハルナだから第一志望は公立校としていた。
「だが、普通の高校だと芸能活動が支障をきたす場合も多い。芸能科のある陽東とかはどうだ?」
「それも一応、選択肢には入ってました。ですが……」
芸能科の学校は私立ばかり。当然学費は高くなる。先ほども言ったけど、ハルナは控えめな性格なのでそんな選択はしないと思っている。
でも、芸能活動を続けつつ高校生活をするのならそういう手段しか無いかもしれない。
「それと、芸能コースのある通信制の高校も幾つかあるようです。こちらの場合、芸能科の高校よりももっと柔軟に通学できるそうです。何せほぼネットを利用しての通信教育となるので」
「今はそんなのもあるのか」
通信制の高校か。定時制のようなイメージがあるけど、そうではない。今の時代にマッチした新しい高校とも言える。
引き籠もりが揶揄されるこの時代、高校卒業資格を得るために出来たとも言える。学業の殆どを通信教育とレポート提出で単位を取得していくわけだから、やり方は通信制大学と大差ない。
一般に、通信制の学校は高い自己管理能力と継続力が必要とされるだろうけど、ハルナだとたぶんリスクはほぼ無いと思う。 何せ学力は国立大学入試レベルを凌駕してるし、自分から学びに勤しむ姿勢もある。むしろ最適解とも言える。
だが、ここでこれを明かした理由はそこではないと俺は睨んでいる。ハルナは自身のことだけを考えるような子ではないと知っているから。
「おい、それって……」
「私も入学出来るってこと?」
社長と同時にアイも気付いたらしい。
高校に行ってないアイにも、高卒資格を得る機会があるわけだ。時間に融通が利くし、芸能人というのはとかく人目に付きやすい。特にアイは目下売出中のアイドルだ。全日制の高校などは難しくとも高卒資格を取得するなら、悪い手ではないと思う。
「アイ、お姉ちゃんは最近勉強も捗ってきてます。学ぶ意欲があるのなら……一緒に学びませんか?」
おずおずと、それでも自分の希望を口にするハルナ。俺は心のなかで感涙に咽び泣いていた。
星野アクア
涙腺が弱くなってきている幼児(笑)中の人的には子どもの成長を喜ぶ親みたいなもの。自分とルビーの幼稚園よりハルナの進学先のほうが気になる。
星野ルビー
新聞でアクアに漢字の読みを教えてもらっています。同年代からすると頭もよいのですが、元は小学生。さらに病院に入ってる期間はほぼ勉強出来てないと思います。
社長
事務所にアクアといる場面はたぶん珍しい状況。少し親らしい所も見せてます。
不知火母とは別に恋仲とかではありませんでした。その辺は線はちゃんと引いてました。
雨宮ハルナ
幼稚園から自身の進学まで思い悩んでます。双子ちゃんの幼稚園は本気に悩んでますが、本人自身はどこでもというぐらい適当(笑)。調べるうちに通信制の学校を知り、これならと話に出した感じです。
星野アイ
学校にはあまりいい思い出はありません。果たしてどうなるのか……