吾郎の妹ポジになった転生者 作:とくめいです
閑話 同期の二人
「お久しぶりですね」
「そうね」
久しぶりに会う養成所の同期同士。
かつては嫉妬した彼女も、挫折し芸能界を追われた仲間である。お互い同世代の子供を持つ女性同士であり、元々は仲も良好だった。
先日のアニメの試写会で偶然出会ったので、今の連絡先を交換して今日の日となった。瀟洒な喫茶店はスペースも広く、世間話をしても聞かれる事はまず無いだろう。
佳代は紅茶のカップを一口付けてから話しかける。
「お子さんたちは元気?」
「女の子ってうるさいわよね、二人もいると大変よ」
対するは元アイドルの女性、不知火花緒。
若い頃の華やかさはなりを潜め、大人の女性として花開かせている。
佳代は主役には恵まれなかったけど、端役としてはそれなりに出番はあり、結婚し引退した時もひっそりとしていたため彼女のような華やかさには恵まれてはいなかった。
けれど一連の事件の顛末を思うと、自分のほうがマシであったとつくづく思うのであった。
「うちは一人だからまだマシだけど……そんなに?」
「上の子が天然みたいでね。あっちへふらふら、こっちでなんか見つけたとか。妹の方はちょっと前までオムツ離れ出来なくて」
「あれは人によるみたいだから。あまり気にする事はないわよ」
二人の話も当然育児の方に傾倒する。昔話よりも現状のほうが大事である。
「でも、そっちの子はもうバリバリやってるじゃない? 英才教育?」
「そこまではしてないわよ」
これも本当の話。実際にかなに教えた事は発声の仕方とかひらがなを教えたくらいだ。
「じゃあ二歳の頃にはひらがなを読んでたの?」
「ええ。台本もひらがななら読めてたし」
「それってすごくない? うちのころもだって四歳くらいだったと思うし」
佳代は驚かれる理由が思い当たらなかった。それはつい最近知り合った子供のせいでもあった。
「でも、苺プロの社長の所の子なんて新聞まで読んでたし……アレに比べたら普通でしょ?」
「えっ? あの子、新聞読めるの?」
「現場で広げてたの見たのよ。『何読んでるの?』って聞いたら『世界情勢を少し』とか言ってたし」
先日の様子を思い出す佳代。
姉のハルナという子と内容を話し合ってたところを見るとどうやら理解してるように見えた。
「ああ……やけに大人びてたものね」
「そう言えば、あの子にも会ってたのよね」
見た目は天使のようにかわいい男の子だけど、その中身は年齢にそぐわない明晰な頭脳を持つ天才少年。アクアとはそういう子供だった。
「あんまり早くから成長する子は自閉傾向が強いって聞くけど」
「私が見る限り、そこまでではないわね。うちのかなより社交性は高いと思うわ」
自身の娘は天才子役として売れたけど、それは早くから言葉を覚えた事が大きいと考えていた。感情演技としては泣く事に注力させていたが、特段上手いとは感じていなかった。
ところが、あのアクアという子と共演した辺りから少し変わり始めてきた。演技にも幅が出てきて、今では喜怒哀楽全てを表現することが出来ている。
ライバルが人をより強くするという実例を見せられたわけだ。
そこへ花緒からの思いがけない言葉が来た。
「壱護くんから聞いたんだけど。あの子達、あじさい幼稚園に入るんだって」
「あじさい……あそこか」
そこは私立の幼稚園としては業界人には多少名前が知られていた。バックアップしてるのが児童教育や児童福祉に力を入れてるところで、その一環で劇団も運営しているからだ。
『児童劇団あじさい』は歴史も古く、卒業生達はその方面に強く根を張っている。娘の事務所の社長は、確かそこの出身ではなかったか?
佳代は少し面白い未来図を描いてみた。
それはかつての自分と、目の前の彼女との青春の一ページに似たものを感じさせた。
「……あら。何を考えているのかしら」
「……たぶん、同じことではないの?」
「うふふ♪」
「うふふ♪」
同期の頃と同じように笑う。
思えば養成所の帰りに一緒にお茶をした仲でもある。
うららかな午後のひとときであった。
閑話 お嬢様と一般人
春のうららかな日差しの中、公園で遊ぶ俺達とハルナ。そこに何故か九条がやって来た。
いつぞやハルナが倒れた公園もここだったはずだから家は近いのかと思ってたけど、ハルナに聞いたら隣の区だった。
つまり散歩などでひょっこり会ったなんて展開は有り得ない。
「あら。ハルナさんに皆さんもごきげんよう。奇遇ですわね」
優雅に挨拶してくる九条。
「ごきげんよう。一華さん」
淑やかに礼を返すハルナ。スカートの端をちょこんと摘んだ簡易的なカーテシーだけど、ハルナがやると様になる。
「ごきげんよう、アクアさん、ルビーさん」
「ごきげんよー、いちかちゃんっ!」
「……御機嫌よう」
いや。秀知院てそんな挨拶するん? 全然知らないからそんなものだと理解するしか無いけど。
「あ、あの……」
この濃いキャラについていけない一般人もいる。怯えるようにハルナの後ろに隠れるそいつは、それでも伺うように声を出す。
「あら。そちらの方は?」
「はい。ご近所の子でして」
コクリと頷くとショートボブの栗色の髪が揺れる。おどおどとした様子の瞳は榛色で
「こちらは
「ひゃ、ひゃい」
めっちゃ噛んでてかわいい。なんだろ、小動物みたい。庇護欲を掻き立てるね。
「あらあら、可愛らしいこと」
「ひぐぅ……」
おほほ、と笑う九条。お前わざとそのキャラしてるよね。怖がってるの楽しんでるよね? 蛇に睨まれた蛙みたいになってるよ?
「一華さん、睦美ちゃんをいじめちゃダメですよ。苺プロの大事なファンなのですから」
ガバッ
「ふひゃああ……」
睦美ちゃんを庇うように抱きしめるハルナ。睦美ちゃんの顔は真っ赤である。
「あら。それならB小町のファン? それともスタムン?」
「どどど、どっちもでしゅう!」
実は彼女、箱推しだったりする。つまり、ハルナも推してたりする。なので限界化してるわけですね(メガトン構文?)
俺とルビーが、公園で遊んでる間に、いつの間にか彼女たちは仲良くなっていた。
「あのPVのハルナさんは
「ですよねぇっ! あそこのターン、ブレずに出来るの凄いと思いますっ!」
「……」
二人の褒め殺しに巻き込まれてるハルナは、顔を赤らめて黙り込んでいた。これはこれで、見たことないので面白い表情だ。
「あの二人、気が合うみたいだね」
「ああ。なんか似た者同士なのかもな」
アイドル好きなのは間違いなさそうだけど、九条の方はどちらかというと映像的な手法に目がいってるらしい。そこのカットがいいとか、あの場面の演出とか。そんな言葉が多い気がする。
「九条さんて、お金持ちなんでしょ?」
「みたいだなー。例の広告の仕事も、親父さんの会社からだったらしいし」
ハルナをデビューさせるのを早めさせた謎のクライアントとは、おそらく九条の親父さんだったのだろう。そのために広告の仕事を依頼して、代理店にB小町を起用させた。
つまり、九条家がスポンサーだったわけだ。そこにハルナ自身の将来性を見たか、九条のワガママに付き合っただけなのかは分からないけど。
「ハルちゃんは知ってるの?」
「気付いてないわけないよ。彼女自身には教えないだろうけどね」
一見するとハルナはボンヤリしてる印象の方が強いけど、その実色んなことを考えている。慎重で、計算高く、人の内面にも心を砕いている。
九条の態度から、あの一件は親父さんの独断だと思われる。あくまで将来性のあるアイドルとして、仕事を依頼したという体を守る筈だ。
ハルナも九条にそれを伝えることはしないだろう。私情を挟んでのものだとしたら素直に喜べなくなるかもしれないから。
「わたくしも、ああいう映像を撮りたいですわ」
「素敵ですっ!」
「その時は貴女が被写体になりますわねっ!」
「えっ?」
そんな話まで飛び出してる。まあ、この内容が未来に繋がるとは、俺も思わなかったけどね。
閑話 密会
「手間取らせてすみませんね? 忙しいでしょうに」
「いえ。あなたのお誘いなら断るわけにもいきませんし」
そんなに忙しくはなかったりするけど、それは言わない。
注目度No.1のB小町だけど、それはアイがいるからだ。現に眼鏡しか掛けてないのに、街行く人も店員さんも誰一人私には気付かない。それが現実だった。
「今日も素敵ですよ」
甘い顔立ちから繰り出されるさらりとした褒め言葉。普通の女の子なら、それだけでイチコロだろう。
「お上手ですね」
「おや。お気に召しませんか?」
「アイ以外にそんな事言うとは思えませんので」
そう答えると彼はニヤリと笑う。
瞳の奥の昏い輝きが、こちらを見据えた。
「そうでなくては。やはりあなたはこちら側だ」
三日月のように彼の口角が上がった。そう、そうでなくてはいけない。
暗く淀んだ瞳を持つ者同士。
わたし達はそうした暗い情念に取り憑かれている。
彼は水の入ったグラスを傾けつつ話を始めた。
「アイさんは学校に通い始めるそうですね」
「通信制の所だから、芸能活動に支障は少ないとは言ってますけど。でも、けっこう仕事は減らしてますね」
「そうでしょうね。あの子は学校の勉強は得意ではなさそうですから」
アイは頭は悪くないけど記憶力が乏しく、継続する力も足りない。ハルナというちょっとおかしい奴がサポートしたとしても順調にこなせるとは思えない。
「ということはライブツアーは延期ですか?」
今後の予定を聞いてくる。彼としては一番気になる所だろう。
「いえ。ドームの方を契約してますのでそのまま予定通りにやるそうです」
「ふむ……あそこは予約を取るのも容易ではありませんからね。重畳というべきですか」
少し嬉しそうな彼。確かに私もそう思う。二十歳という節目にドームのライブで千秋楽を迎えるというのは、それだけでも様式美として映える。
「ハルナさえ居なければ一番良かったのですが」
「そうですね」
アイ以外の余分な因子。今の苺プロにおいて、それは彼女しかいない。
彼が手を組んで顎を乗せる。お決まりのポーズだけど綺麗な彼がやると映画のワンシーンのようである。
「ハルナさんは来年受験でしたよね」
STARRY the Moonのユニットとしての一時休止。それはハルナの受験に向けての方便だ。実際はアイが学校に慣れるための期間として設定されている。
「社長はハルナにスポット参戦させるつもりらしいです」
「なるほど。スタムンは一年活動休止ですからね。復帰と合わせてですか」
初期の計画ではB小町のみのライブツアーだけど、そこにハルナも絡ませるように変更した。スタムンのファンの数もバカには出来ないのは分かる。
スタムンとしての活動は止めるけど、動画配信の方はやめないらしい。まあ、元々はそこから活動してた訳だし、配信もライブでやるのはあまり無い。学業に与える影響は少ないと考えているようだ。
活動休止とはいっても、新曲のリリースは計画されている。それも三曲。ミニアルバムとして販売するらしいけど、シングル一枚しか出してないユニットが次にミニアルバムとかふざけてるとしか思えない。
けど、作曲家の先生も作詞の先生もノリノリだとか。私には分からないけど、あのユニットにはそれだけのポテンシャルがあるということなのだろう……まあ、アイがいるんだからそれも当たり前だけど。
「ハルナなんて、アイを引き立てるだけの存在です」
「あなたは、そう思うんですね」
彼が薄く笑う。こちらを値踏みするように。
「あなたは、違うのですか?」
そう、問い掛ける。
この集まり自体を否定するかの言い方が癇に障った。
「おっと、と。誤解しないで下さい。あくまで一番推してるのはアイですよ? それは変わらない。でも、男というのは移り気なものなのです。女性と違って」
戯けたように言う。まるで道化芝居だ。
わざとらしくそう振る舞う彼だけど、その本心は変わらないと信じられる。
「それでは、アイの近況を伺いましょう。どうですか、最近の彼女?」
それからはいつものような歓談が始まる。
アイを憎みつつも愛してやまない、二人だけの語り合い。それは閉店時間まで続いた。
いつものように、彼の手配した車で店をあとにする。
帰りぎわに彼が手渡してきた包みには十枚程度のお金が入っている。情報料として渡してくるけど、私としてはそんなものに興味はない……まあ、生活の足しにはなるから受け取るけど。
「またの機会をお待ちしてます」
「それじゃあ」
離れゆく車の窓越しの彼は、すでに踵を返したあとだ。どんな顔をしてるのかは分からない。
「さいあく……だなぁ」
アイを語りたくて知り合っただけなのに、それを汚すような真似をしてる。
そんな私は、一体何なのだろうか。
それを答えてくれる人は、誰もいない。
宵闇の街灯が照らし出す自分の顔が、ひどく醜く見えた気がした。
一話目
有馬佳代さんと不知火花緒さんが喫茶店で対話するお話し。養成所の同期という設定にしました。同期だけどレッスンとかは別だった筈なので、挨拶程度の付き合いだったと思います。
二話目
何ちょ疑惑の子の名前もオリジナルにしました。どうも最後まで伏せそう。五月(メイ)睦美(ム)という感じでハンドルネームにしたと考えました。もうオリジナル要素ばかりなのでいいでしょう(諦め) 九条さんに関してはまだネタバレはしません。まあ、分かる人にはバレてると思います(笑)
三話目
怪しい人たちの密会です。