吾郎の妹ポジになった転生者   作:とくめいです

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幼稚園でのアクアの日常……ですか?


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 幼稚園なんて大して面白くないと思っていた。

 

 学ぶことも社会生活に於いての基本的な事とか、言葉とか音楽に慣れ親しむといった準備段階が主だ。自分や妹がこんな中でどれだけ異質なのかと、何度も思い知らされた。

 

 年長のケンゴと遊べる時はあまり気にならなかったけど、同世代の奴らの無軌道ぶりは耐えられない事が多い。

 

 子供って基本的にうるさくて、自分勝手な存在だと頭では分かっていても、本質的な理解は出来ていなかった。

 

 これは前世が産科医という職に就いていた自分にとっては大いに落胆させるに足る事実だった。

 

 知的水準の差というのは周りの教員たちも理解していたらしく、俺には一定の距離を保っていた。

 団体行動が必要な時は黙って従い、一人でいる時は一人でいる。誘われれば付き合うけど、基本的にはぼっちな行動をしている。

 

 別に気取りたい訳でもない。ただ単に面倒なのだ。少なくとも同世代には今のところ見るべき子供は居なかった。

 

「わー」

 

 木陰に居ると、妹のそんな歓声が聞こえた。そちらを見ると小さなすべり台で全力ではしゃいでいた。

 

『あいつ、よく本気で遊べるな……』

 

 郷に入っては郷に従え。

 よく言われることだ。その場に即した行動をするのは正しいし、それを身を以て実践していると思えば、なるほどと感心もできる。

 

 だけど、あいつ。マジに楽しんでるんだよなぁ…… 本当に大人だったのか、疑問に思えてくる。

 

 まあ、引きこもり厄介オタクな大人女子だと身体を使った遊びなんてそうそうはしなかったと思うと納得はできる。

 

 俺自身もやったらけっこう楽しめたし。公園の遊具で派手なライドオンかましたのはいい思い出だ。まあ、あの時ハルナがさめざめと泣いたのはめっちゃ焦ったけど。

 

 ともかく、ああやって楽しめるあいつが少し羨ましくも思ったりもするけど。今はこっちのほうが性に合っている。隣りにいる子がちょんちょんと肩をつついてきた。

 

「あくあくん。つぎは?」

 

 おかっぱ頭の黒髪は艷やかで、その好奇心に満ちた新緑の瞳はきらきらと輝いている。

 はじめは物静かな印象だったのだが、この頃にはすでに変わっていた。興味を引くものが本しかなかったが正しかったのだ。

 

 彼女は、好奇心に偏った子供だった。

 

「ああ。『下人(げにん)は大きな(くさめ)をして、それから大義(たいぎ)そうに立ち上がった』」

「『くさめ』ってなぁに?」

「くしゃみのことだね。はっくしょん、とかいう、アレだよ」

「へえ、ものしりだねぇ。あくあくん♪」

 

 一つ年上の子に朗読をしている。前世で年上に朗読した経験はない。まあ、子供にはあったけどな。ハルナが興味を持つものを手当たり次第試したときはそうしていた。

 

 今は俺の読んでいた本に興味を持ったからこうしている。さすがに漢字とかまだ読めないからね。

 

 ちなみに同世代の奴らとあいつも最初は聞いてたんだけど、面白くないと言ってルビーと一緒に遊びに行ってしまった。お前はこっち側だと思ってたのに梯子を外された気分がしたのは内緒だ。

 

「『たいぎ』ってどういういみ?」

「そうだな……お母さんがご飯の支度とかする時、少し疲れた感じに見えた時ない?」

「えー……あるかも」

「やらなきゃいけないことをやる時の気持ち、かな? 面倒でもやんなきゃダメな時って、大人には多いんだ」

「そうなんだー……お母さんたいへんだな」

 

 この子は頭がすごくいい。共感する力も理解する力も高いし、なにより熱心だ。本来『羅生門』とか子供に聞かせるような話じゃないんだけど。

 

「あかねちゃんは、お母さんのこと好き?」

「うん、だいすきだよ♪ おとうさんもおかあさんも大好きー」

 

 わりと眩しい笑顔である。俺の知り合う幼児は『厄介オタク女』とか『口が悪い演技オタク』だからな。ケンゴは男だから別枠だし。

 

 

「あくあくんも、おかあさんとおとうさん、だいすきぃ?」

 

「うん、もちろんだよ」

 

 ためらいもせずに答えられた言葉。

 

 実のところ、こんなにすらっと言葉にできるとは思っていなかった。

 

 はにかむ彼女の顔を、俺はまともに見ていなかったと思う。

 

 

 

 

 

 午睡の時間に、ぼんやりと考える。

 

 

 俺にとって親というのは二組いる。一組は当然、アイと某劇団員であり。もう一組は前世での両親だ。

 

 前世の両親を好きかと聞かれたら、俺はそうは答えなかっただろう。

 母に関しては知る機会もないままに鬼籍に入ってしまったし、父に関してはいい感情などありはしない。

 だから、好きと答えたのはアクアとしての立場で答えたに違いない。

 

 そして某劇団員に関しても、俺は何も知りはしない。

 

 名前すら聞いてないし、アイもその事を語ることはない。

 どういった人物で、何が好きか、どうしてアイと関係を持ったのか。

 そして、どうしてその姿を見せないのか。

 

 もしかしたら死別してる可能性もあるけど、それならそうと彼女は言うと思う。この話をしたのは吾郎の頃。大人の男に対してそういう気の回し方をするとは考えづらい。

 

 推定生きているであろう父親との接点も薄いのだ。つまり、『もちろん(好き)だよ』との答えの対象はアイ以外には有り得ない。

 

 

 アイは推しである。

 

 推しは好きと言っても崇拝とかに近い感情だ。それに関わるなんて本来はあってはならないし、関わるにしても一定の距離を取るのが界隈での常識だ。

 

 それを見誤ると一緒に落ちたあのガキと同じになってしまう。感情というのは自分で抑制出来ていると思っていてもうまくいかないものだ。君子危うきに近寄らず。まあ、君子って柄じゃないけどな。

 

 だが、あかねの言った『だいすき』と云うのはおそらく親愛の事だろう。推しとはまた違う意味合いだ。

 

 星野アクアマリンにとって、アイは母親である。だから親愛の対象として合っている。子供なのだから当たり前だ。

 

 だが。『雨宮吾郎』という前世の記憶を持つ男にとってはどうなのか? 先ほども言ったように『アイ』は『推し』であり、『親愛』を抱く対象ではない。

 

 今の俺は果してどちらなのか。自らの境界線が曖昧で判断がつかない。

 

『アイ』を『推し』として見ずに『親愛』を感じているのならアクアマリンなのだろう。だけど、それを睥睨する自分も居るのだ。

 

 無邪気なスキンシップに抵抗する自分。母の乳房に照れを感じる自分。風呂に入る時も必死に目を閉じる自分。

 

 そういうところに『吾郎』が見え隠れする。お前は何してるんだ。恥ずかしくないのかと(なじ)るように。

 

 つまるところ、俺は吾郎なのであってアクアマリンという少年ではない。身体は子供であっても、中身はずる賢く、浅ましい中年の男なのである。

 

 ゆめゆめ忘れてはならない。

 子供だからと甘えてはならない。

 アイもそうだが、ハルナにも気を付けないといけない。

 

 そうした疚しい心をもって接するなど冒涜というものだ。

 

 いずれアクアマリンも歳を取る。

 十年もすれば十分に大人と言えるくらいに成長する。

 

 その時に、果して『アイ』を『推し』としていられるのか。『ハルナ』を『義妹』としていられるのか。

 

 絶対の自信などは持ち得ないだろう。

 

 二人とも魅力的な女性であり、その頃には相手も居るはずだとは思う。しかし、その時に劣情を以て彼女たちに毒牙をかける可能性はゼロではない。

 

 だから、油断はしてはいけない。

 不幸なことにならないように。

 ハルナに関しては血縁ではないからそこまで問われるわけではないかもしれないが、アイは母親なのだ。

 あっては、いけないことなのである。

 

 

 ……さすがに、思考が暴走し過ぎたかもしれない。

 

 周りを見ると、他の園児たちはすやすやと寝息を立てている。隣りにいるルビーはタオルケットを蹴り飛ばしていた。タオルケットをかけ直して少し離れてごろりと横になる。蹴られたくないからね。

 

 

 ルビーとは、そうはならないと思う。なにせ中身が厄介オタクだし、近くで一緒に育ってるせいかそうは見えない。

 

 可愛いとは思うけど、それは前世でのハルナのそれに近い。つまり保護者目線なのだ。この子が大人っぽくなって色目を使ってきたらどうなるかは……いや、アイと同じでインモラル過ぎる。やはり対象外だ。

 

 眠気も来ないのでもう少し考えてみようか。

 

 

 

 男女の間の好きというのはこのくらいの歳ではまだ実感は沸かない筈で、友人としての好きのほうがまだ理解出来るだろう。

 

 かくいう俺は、誰かを本気で好きになったということは無い。

 

 学生の頃は何回か女子と付き合ったこともあるし、身体を重ねる関係になったこともあった。

 

 最後に付き合ってた人とは、なし崩しに別れる事になってしまったが。あれも、本心から好きだったのかと言われると疑問が残る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……済まない』

『ついて来て、って言ってくれないの?』

『幼い子供を爺様たちが引き取るんだ。苦労するに決まってる。俺と一緒になるのはデメリットでしかない』

『……そう』

 

 

 

 泣かない人だった。

 

 こんな俺に寄り添ってくれようとした、優しい人だった。

 

 でも、だからこそ。

 

 人生の後処理みたいな環境に引きずり込むのは躊躇(ためら)われた。

 

 まだ若くて綺麗なあの子に気のある連中はいくらでも居た。そいつらの誰かとくっついた方が前途は明るい。

 

 田舎に引き籠もって老人や親を亡くした子どもの世話とか、温度差で風邪をひくなんてレベルじゃない。人生が終わるみたいなものだ。

 

 

 そうして、俺は実家へと戻ることになった。

 

 思ってた以上に酷い境遇では無かったけど、だからといって人生の一番華やかな時期を老人や子供に費やしていいはずはない。

 

 

 ──これでよかったはずだ。

 

 

 

 

 

 

「アクア、アクア」

「……ん、」

 

 ルビーが肩を揺らしていた。

 いつの間にか、眠っていたらしい。

 

「泣いてたから、その、」

「ん、ああ。悪い夢を見たんだよ」

 

 目元に残る涙を袖で拭うと、そう答えた。今生の妹にも心配させるとか、兄としては失格だ。

 

「……平気?」

「とーぜんだ」

 

 かけてもいないメガネを直すジェスチャーをする。

 

「なにそれ。カッコつけてんの♪」

 

 ルビーが笑う。

 ハルナとは違うけど、これもまた良し。

 

 午睡の時間は、そろそろ終わる頃だった。




星野アクア

アクアマリン少年と、雨宮吾郎との存在のすり合わせがうまくいきません。きっかけは平和な家族の子供の一言。悶々とした自語りをしちゃう幼稚園児です……

星野ルビー

あんまり悩む姿を見せないルビー。そういう意味では嘘つきは遺伝でもあり、前世の得意な領分でもあります。泣いてる兄を起こす時に、少しドキッとしたのは内緒です。

黒川あかね

知的水準が高くて浮いていた彼女。アクアと会話する時は少し嬉しそうにしてます。三歳児に羅生門は早すぎませんか?(笑)

夢の中の女性

吾郎が東京での生活を辞めるときに、付き合っていたひと。ハルナという再従姉妹を祖父たちが引き取ったと聞いて、実家に戻る決心をします。どう考えても、高齢の祖父たちの手に余ると考えたからです。結果として彼女と別れました。
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