吾郎の妹ポジになった転生者   作:とくめいです

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幕間その1。本筋にはあまり関わりません。

追記
お気に入り100突破しました。皆様の期待に応えられるようにガンバります。


05

 鬼の霍乱。健康な人が患うさまを表した言葉である。今まさにそのようになっていた。早朝の家屋に言い争う声が響く。

 

「だから、休んでくださいっ」

「そ、そうもいかない。アイの診察が」

「他の先生がいるから平気ですよ。むしろアイさんに風邪うつす方が問題ですっ」

 

 さっきから都合三度、同じことを繰り返していた。熱は37.8℃。無理をすればなんとかなるレベルとはいえ、赤ら顔に鼻水を垂らしていては語るべき事は無い、はず。なのにこの人は頑なに仕事に向かおうとしていた。

 なんなの、社畜なの? アイさんにうつすかもというデメリットが無ければ這ってでも行きそうな感じだ。ワーカーホリックとかやめてほしいよね。

 

「病院に連絡したら、『今日は来るな』って言ってました。もう観念して下さいっ」

「うぐぐ……」

 

 上に乗っかってそう言うと、ようやく諦めたらしい。もそもそと布団に戻るとスマホで連絡を取り始めた。

 

 私は部屋から出て、ご飯の支度に戻る。ご飯はお粥にしないと。梅干しと、おかかと。あ、葱も切らないとね。

 

「今日は私も行かない方がいいかな?」

 

 彼が風邪をひいたということは、私にも伝染る可能性も高い。体温はさっき測った時、36.2℃。たぶん平熱。だけど、もう少ししたら上がるかもしれないので用心するに越したことはない。

 

『先生が風邪をひいたため、今日は伺えません。申し訳ありません』と。メールを送信して鍋を火をかけようしたら、メールが来た。返信速すぎ……業界人って速メスキル高過ぎない?

 

『だいじょうぶ?』

 

 なんと。こちらの心配をしてきた。とはいえ、こちらも雨宮家の台所を預かる身。鼎の軽重を問われた気がして面白くない。

 

『平気です。ご心配なく』

 

 短くメールをすると、携帯を部屋の奥へと置いてくる。いちいち返事をしてると作業がちっとも進まない。

 

「さて。取りかかるか」

 

 鼻息荒く割烹着に袖を通すと、私は朝食の準備に取り掛かった。登校するバスの時間まであと三十分。手早くしないと。

 

 

 

 

「では、行ってきます。ちゃんと寝ていてね」

「へいへい。わかったよ」

「返事ははい、だよ」

 

 まったく。病気の時くらい素直になればいいのに、この偏屈。

 

 玄関を出て鍵をかける。今どき珍しいウォード錠ってのかな? レトロな感じの鍵で、私は意外と好きである。でも防犯対策としてはかなり悪いらしく、さっさと代えろと病院長先生に怒られていた。

 

 定刻通りのバスに飛び乗ると運転手がおはようと挨拶してきた。「おはようございます」と返すと顔を綻ばせた。この辺りの人達は昔からの馴染みばかり。この人もかれこれ三年ほどは顔を合わせている。

 

「おはよう、ハルナちゃん」

「おはようございます、瀬能さん。眠そうですね」

「明けのときはいつもこうよ。ハルナちゃんが准看で入ってくれたら楽になるのに〜」

「それは、まだ無理なので」

 

 このバスは深夜勤務の人が帰宅するのにも使われている。他にも何人かの看護師や先生たちと挨拶をするけど、みな一様に眠そうだ。

 

「吾郎、風邪なんだって? 何だったら往診してやるか?」

「ヒドくなったらお願いします」

 

 何年か先輩の先生の言葉にそう返す。この人、外科の先生じゃなかったかな? ま、風邪の診断くらいお医者さんなら誰でも出来そうな気もするし、気にしないことにした。

 

 バスが出発すると、私は黙るようにしている。マナー的な意味もあるけど、それとは別の意味もあった。

 

『うん……だいじょうぶ』

 

 私は後部座席というものに、非常に抵抗がある。おそらくあの事故のせいであろう。彼の車でも、後部座席に乗るのは難しかった。バスでも、一番うしろの席はだめだ。なるべく前の方。でも、運転席の後ろもだめ。比較的マシなのは運転席側ではない一番前。そこなら、発作はまず起きない。今日はちょっと心配だったけど、なんとかなりそうだ。

 

 

 

 病院と家のある山はそんなに高くはない。たぶん六十メートルくらいじゃなかったっけ。土地柄から標高自体は高いけど。

 徒歩で上がることも当然出来るけど、意外とキツいという人も多い。病院に通う人にとったら死活問題かも。市営バスが通った理由もその辺らしい。なにせこの辺で総合病院ってここしかないからね。

 

 上りの坂を上がってくる人達はだいたい病院従事者で、まれに患者さんもいたりする。後は体力づくりをする人たちかな。

 坂自体はそんなに傾斜はキツくないけど、わりと距離があるので病院まで行って戻るというトレーニングをしてる人もいる。かくいう私も、バスを逃したりした時は歩いてあがる。

 

 

 

『次は坂下小学校前〜小学校前です』

 

 ブザーを押して、定期券を見せてから降りる。病院の人たちとはここでお別れだ。駅まで行く時はそのまま乗ればいいので交通の便はそんなに悪くはない。

 

 さて。今日もまた無為な時間が始まる。

 

 

 

 

 私は自分の前世の記憶はかなり少ない。どんな人物だったのか、名前はどうだったのか、果たして女だったのか、男だったのかもひどく曖昧だ。

 しかし、それでも転生者であることは自覚していた。それは一般的な常識や知識などを有しているからだ。

 

 例えば、前世ではバスなどもICカードで支払うのが普通だったけど、こちらではまだ普及はしていない。あれがバスなどに導入されるのは時代から言ってもう少し先の話だと思う。

 

 こういった知識は前世の記憶を有していないと説明がつかない。そしてこうした事はもっと顕著に現れる。

 

 有り体に言えば、学校の勉強がひどく退屈なのである。

 

 おそらく大学生か社会人並の人間に小学生の勉強とか、拷問と言っても差し支えないのではないだろうか?

 

 それでも最近はまだマシだ。本当にキツかったのは低学年の頃だ。ひらがなとか書いて大きな声で読み上げるとか羞恥プレイかと思った。

 

 ちなみに幼稚園とか保育園とかの記憶はない。私に気付いたのは四つくらいの頃だが、その辺の事を思い出そうとすると発作が起こるので触れないようにしているのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 長い拘束時間を耐えて、私は学校から帰宅する。と、その前に今日の買い出しをしておかないといけない。アイさんの買い物が無くても、自宅の方も必要なのだ。何せ今日は彼がダウンしている。やれるのは私だけなのだから。

 手近な所にあるスーパーマーケットで野菜やら肉やら魚などを購入し、カバンに忍ばせていたトートバッグに入れていく。

 

 ちなみに、二年ほど前から経費用の財布を渡されているので買い物に支障はない。使った分は家計簿に計上して、彼に申請すれば戻ってくる。信頼の証と言えるだろうね、フフン。

 

「あ、」

 

 と、ここで忘れ物に気付いた。

 携帯がない……そういや、家に置きっぱなしだった。学校に忘れたんじゃないならいいか。

 

 帰りのバスを待つために学校前の反対側の停留所で待つ。何人かクラスメイトが通り過ぎて挨拶をしてくるので無難に返しておく。無視するのはダメだよね。そんな中で、挨拶だけでなく声をかけてきた子がいた。

 

「あなた……そんなに持って大丈夫ですの?」

「おかまいなく。鍛練なので」

 

 鍛練と言えばだいたい納得してくれる。彼の見ていたニヨニヨ動画でもそう言ってた。だけど、その子は違ったようだ。

 

「子供の持つ量じゃないでしょ。買い物なんて親に任せればいいじゃないっ」

 

 おや。なかなか義侠心にあふれる発言。でも、そうはいかないのです。

 

「その保護者が風邪で寝込んでまして。私がやらなきゃ誰がやるんです?」

「そ、それは……」

 

 ちょっと身なりの良い彼女は黙ってしまいました。すると、片手を出してきました。

 

「バスが来る間、持っててあげるわ」

 

 ……これは。

 なんというか、いるのですね。

 善意をこうして実行する人が。

 勇気を出して申し出てくれたのですから、応えないのは失礼でしょう。

 

「ありがとうございます。えっと……」

一華(いちか)よ、九条一華……まさか覚えてないとか言わないわよね?」

「いえ、そういうわけではなく。あの九条さん」

「一華でいいわ」

「では、一華さん。ありがとうございます」

「どういたしまして」

 

 危なぁ……少し忘れてたよ。名乗ってくれてセーフでした。そういや居たわ、ちょっと地方の小学校には見ないお嬢様ふうな子が。彼女が九条さんだったか、うん、覚えた。

 

「困った時はお互い様。雨宮さんはもっとクラスメイトを頼るべきだわ」

「はあ……耳が痛いです」

 

 どうもクラスから浮いてると思われているらしい。自覚無しでした。

 

「では、私のこともハルナ、と呼んで下さい。私だけ名前呼びではつり合いません」

 

 そう言うと、彼女は深呼吸し始めた。なんぞ?

 

「ハ、ハルナ」

「はい、一華さん」

 

 答えると、なんとも嬉しそうな顔をしてくれた。そんなに喜ぶ事かな?

 

 程なく、バスが着くと渡していたトートバッグを受け取る。

 

「では、またあした」

「じゃあね、ハルナ♪」

 

 ばいばいと手を振ってくれる一華さん。少しだけ心があったかくなった気がした。

 

『あんなひともいるんだなぁ』

 

 帰りのバスの中で、私はぼんやりそう思った。

 

 

 

 ちなみに。

 帰ったら携帯のメールがすごい量になってた。

 

『本当に平気? なんなら看病に行くよ?』

『返事ない? もしかしてホントにヤバげ?』

『別の先生に言っても場所教えてくれないー(><)』

『ねーぇ、だいじょうぶ〜(*´Д`)』

 

 などなど……。アイさん、心配してくれたのはありがたいけど、こちらに来ようとしたのはやめて下さい。彼を休ませた意味が無いですので。

 私は携帯をぺこぺこいじって返信する。コレだけ心配させて(なし)(つぶて)では可哀想ですからね。

 

『ちゃんと無事ですよ。明日は伺いますので』

『よかったっ! 無事だー(⁠ノ⁠◕⁠ヮ⁠◕⁠)⁠ノ⁠』

 

 だから、返信速すぎですよ……

 




雨宮ハルナ

エプロンではなく割烹着派。祖母がお古を直してくれたもの。
クラスメイトから知り合いにレベルアップした!(チャララッラッラッラーン♪)
ちなみに使ってる携帯は折りたたみ式。元は祖父の物を名義変更して使っている。なのでけっこう無骨なタイプ。メールの速度はわりと遅め。

雨宮吾郎

風邪フラグ回収。勤務態度も悪くないので誰も咎めないのに、休もうとしないマジメ人間。まあ彼って元々真面目だったな。使ってるのはスマホ型。この当時にスマホがある世界線なので平気!

星野アイ

速メスキル激高。スタ爆みたいな速さで撃ち出すメールにハルナも恐怖を覚えた。ちなみに本人はマジで心配だった模様。友だちってイイネ!
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