吾郎の妹ポジになった転生者 作:とくめいです
「かなちゃん、すごかったよ♪」
「そ、そう?」
幼稚園の休み時間。
少し離れた場所にいるかなとあかねの会話が聞こえてきた。
どうやらこの間放映された二時間ドラマのことを話しているようだ。かなが子供の役として熱演していたそれは、現代風の小公子のような話である。たしか原作は少女マンガだったはず。そちらでは確か七歳くらいの設定だった筈だから、流石に無理があると最初は思っていた。
だが、有馬かなはやってみせた。
泣き芸だけだと噂する界隈の声を黙らせ、子どもの生の感情をむき出しにする演技を叩きつけた。
正直それまでは俺もそこまで関心は無かった。アイという前例を見ていた俺には、子どもの代物だと高を括っていたのだ。
世間の言葉通り、「十秒で泣けるだけの天才子役」だと思い込んでいた。
だが、違った。
母と引き離される時の絶叫と、そうした環境に追い込んだ父への憎しみ、寂しさ、哀しさ。新しい環境に対応しての朗らかさや喜びなど、子供らしい感情の発露がまざまざと見せつけられていた。
やはり天才はいる。
あの映画での悔しさを糧に、真価を発揮し始めたのだ。これから先、どうなるか楽しみではある。
「あ、アンタは見た?」
「あくあくん、かなちゃんの出てたの見たよね?」
二人が揃ってこっちに来たので、読んでいた本にしおりを挟む。
ちなみに今日の本は『省察』。『我思う、ゆえに我あり』とは
「ああ。良かったと思う」
「……」
「あ、わ、わたしはね。お母さんと別れちゃうとこが凄いと思ったよ? すっごくかなしそうで、つらそうで……わたしも泣いちゃったもん」
あかねが熱弁を振るうのは珍しい。それほど感動してたのか。ならば俺も参加せねばなるまい(使命感)
「俺はアレだ。父親の屋敷についてからの方が興味深かった。心待ちにしてた父親との対面だけど、母を置いて自分だけを招いた憤りとが混ざりあった感情の表現は素晴らしかった。監督とか原作者とか絶賛してたんじゃないか?」
「ま、まあね。監督さんは喜んでたわ。原作者の人はなんか考え込んじゃっててよく分からなかったけど」
「ああ、それは分かる。強すぎたんだよ、刺激が。作家にとっていい作品との出会いは何者にも代え難いし、それが自分の作品となれば至宝とも言えるだろう」
世に溢れ返る作品の数々。エンタメ全振りから文学に極ぶりまで色々とあるが、その中でも珠玉の逸品となり得るモノは本当に希少だ。
あのドラマはそこまでにはいかないだろうが、『女優有馬かな』の輝かしい一歩の一つに数えられるのは間違いないだろう。
「……」
有馬は黙り込んで聞いている。感想に異議を唱えずに受け止めるとはなかなかに出来ることじゃない。心構えすらもう既に女優の域じゃないか。頭の下がる思いである。
「前に共演した時からだいぶ上げてきたじゃないか。もう俺なんかじゃ太刀打ち出来ないな」
前世の記憶があるといっても、それはただ単に知識を持っているだけで才能とかは全くの別物だ。それを鍛え上げ、開花させるのは当人の努力にほかならない。おれが安穏とした幼稚園ライフを送っている間にも、コイツは研鑽を積んでいたのだ。
もう、馬鹿には出来ないな。まあ、水を開けられたとしても悔しくはない。元々役者志望でもないし。
「そ、そう。ありがとね」
照れ隠しのように笑う有馬。
こういう仕草も堂に入っている。
まるで幼稚園児に見えないのだ。
年齢をも騙す天性の嘘つきと言える。こういう存在がアイのようになるのだろう。それを間近で見られただけでもいい経験だ。
「わたしもかなちゃんみたいになりたいなぁ」
「私みたいに?」
「うん。お話の中の人になれるのって、すごくワクワクするよね♪」
あかねの眩しい笑顔。俺と一緒に有馬も目を逸らす。不浄なるものは清らかなる視線には耐えられないのだ……つまり有馬も俺と同類? なんか納得できるな。
「アクアも役者なのよ」
「そうなのっ?」
「ぐおっ」
有馬の言葉にあかねの光量が上がった。このままではとけてしまう……
「俺なんて、ただの脇役だよ」
「脇役でも役者は役者よ? それにアニメのときは準主役級だったでしょ?」
「えっ? アニメにも出てたの?」
「「うぐ」」
あかねの光量が留まるところを知らない。もう、やばい。
「おい、燃料投下すんな。俺ら消えちまうぞ」
「むう……でも本当じゃない」
あの映画『安楽椅子探偵 黒の事件簿スペシャル 【シェフ多すぎ!? 子供になった名探偵。でもそんなの関係無いわ、正義は勝つっ!!】』……相変わらず長いタイトルだな。
興行収入自体は軒並みだったが、円盤の予約の方はやたらと好調だったらしく、重版も決定したらしい。
どうもアイやハルナがSNSで呟いたのも拡散された原因らしい。アイドルが好きなアニメ映画をさらしただけにしては効果バツグンな気もするが、B小町全体でも推してくれていたそうだ。
流石に他のメンバーの方までは追っ掛けてないから分からなかったけど、こういう地道な草の根運動というのは思った以上に効果的だという証左でもあった。
「わたしもみたー♪ ししゃかい、あくあとあった、ところ」
ぱたぱたと走ってきたフリルの言葉にかなの顔が少し引きつるように見えた。どういうこと?
「あくあと、かな、だってわかったよ?」
「本当なんだぁー」
目映い笑顔がダブルになった。闇の者の俺達には光が強すぎる……石をしまってくれという鉱夫の爺様の言葉がよく分かった。
「でも、うちはいま見れないの。壊れちゃったんだって」
しゅん、と落ち込むあかね。デッキの不調とは間が悪い。家にはあるけど、流石にアイの家に連れて行くのは問題だしなぁ。俺がそんな事を考えてると、フリルが元気よく手を上げてきた。
「うち、あるよ。あかねちゃん、おいでよ?」
「い、いいの?」
「うぇるかむ♪ れっつうぉっち、とうげざー」
おお。舌足らずだけど英語喋ってるぞ、フリル。すごい。
「みんなもいっしょ。えぶりわん、とうげざー」
フリルが俺の手を握ってそう言った。……え、オレも?
「あらあら、いらっしゃい」
出迎えてくれた不知火夫人はいつぞやと違って非常ににこやかである。まあ、自分の
みんな(俺、ルビー、有馬、あかね、あと引率のために来たハルナ)がぞろぞろと入る。都内ではかなりお高めなマンションなんだけど、やはり人数が多いと狭く感じた。
「いらっしゃいませー」
「いらっしゃい、ゆっくりしていってね♪」
中ではフリルところもが出迎えてくれた。平日の昼間なので旦那さんは居ないようだ。ハルナがミヤコから渡された菓子折りを夫人に渡しているのをルビーが見て一言。
「ハルちゃん、手慣れてるね」
「芸能人なんだから当然だろ」
どこの現場でも最初にするのは挨拶だ。来訪する場所によっては手土産、差し入れなんかも出さねばならない。そういう事にも随分慣れたという事だが、まだ高校生にもなってないハルナにそんな事させるのは正直心苦しい。
本人が望んだ事だとしても、もう少し子供の時間を生きても良かったのではないかと常々思うのだ。これが俺の我儘なのは重々承知している。でも、そう思わざるを得ない。
「ハルだ。久しぶりぃ」
「ころもちゃんもお元気そうで何よりです」
「まだ復帰しないの? 待ちくたびれちゃうよ」
「受験がありますので。来年からは再開する予定ですので」
「わぁい♪」
ころもはアイドル『ハル』を推してくれている。B小町やアイではなく、ハルの単推しだ。
比較的珍しいと思っていたら、界隈にはそういう人も多いのだとか。見るからに繊細でか弱そうに見える『ハル』には特定のファンが付いているらしい。
ちなみにフリルはアイドルには傾倒してないそうだ。どちらかというとお笑い芸人とか、マンガ、アニメとかのほうが好きらしい。まあ、まだ子供だしな。
「フリルちゃんのおねえさん、かわいい♪」
「ありがとう♪ あなたもとってもチャーミングよ」
「えへへ♪」
あかねのいい所は素直なところだ。拗じ曲がらずに健やかに育ってほしい。
「お邪魔いたします。母が宜しくと言っておりました」
「かなちゃん、いらっしゃい。初めてよね、ウチに来るのは」
「はい。母が次はこちらにお呼びしたいと言ってました」
「まあ。その時はお願いね」
……なんていうか。
大の大人と普通に挨拶してる。これは気持ち悪い。
「言っとくけど、私はいつもそう思ってアンタを見てるんだからね」
「お、おう。スマン」
ああ。なるほど。
これは同族嫌悪と言うやつか。
確かに傍から見たら俺もコイツと同類だ。少し周囲に埋没するように心掛けんといかんな。
しかし、ルビーも存外見てるものだ。やはり大人の女性というのは本当なのかもしれない。
あかねのための上映会は、恙無く終わった。大画面で見るとやっぱり迫力あるな。
「ほああ〜。すごかったっ! かなちゃんもあくあくんも演技上手だったよ」
あかねはテンション爆上がりしていた。なんだか目の中の光が輝いて見える。前も言ってたけど、この子こっち方面に興味あるのかもしれない。
ちなみに、フリルに物語中のセリフを言ってとせがまれて、何度かやることになったけど。俺はかなのようにすぐに役に入り込むことが出来なくて、ただの空似みたいになってしまった。
こういうところが、俺のダメなところだよな。
「どんまいですよ、アーくん」
肩をポンと叩いてくれるハルナ。
それは俺が吾郎だった頃にハルナにしてやったのと、よく似ていた。
星野アクア
小難しい子供ですが、わりと周囲とは馴染めてます。デカルトとか読んでる幼児とかヤダなぁ(笑)
星野ルビー
ルビーはちょい役になりがち……一部からは怒られそう。もう少ししたら出番多くなると思うんですが。
雨宮ハルナ
今回は引率役です。よく考えると中学生に引率させるのもどうかと思いましたが、社長もミヤコもアイもヒマじゃないだろうしということで。
不知火家
渋谷区の一等地辺りのマンション住まいです。自分は行ったことないので分かりません(笑)
有馬かな
芸歴を着々と増やしてます。たぶん、原作でもこの頃は仕事は多かったはず。かなにとっては同年代の子たちとの触れ合いは凄くいい経験だと思います。現場にばかりいるとそのへんが分からなくなると思うので。