吾郎の妹ポジになった転生者 作:とくめいです
「本当に凄いわ、かな」
「ほんとう? お母さん」
「嘘なんて付くわけないでしょ。貴女は間違いなく、天才よ」
お母さんが褒めてくれる。嬉しくないはずがない。少し前までのそれとは明らかに違った。私の手応えも、それは本当だと思わせてくれる。
アクアと一緒の映画が終わったあとに入った仕事は二時間枠のドラマの出演。
少女マンガ原作なんだけど、名作物をモチーフにした現代劇というものらしい。それまでの端役とは違って主役である。期待されての事だけど、私には少し難しいと思った。
もちろん、言葉になんかしないし、返事だって当然のようにオーケーを出した。
この世界、出来ないと思われたら仕事はなくなるという事はお母さんから聞かされて十分に分かってるつもりだ。出来なくてもやる。これがまだ小さい私の基本的な生き方だった。
私はアクアに連絡を取った。
自慢したいのもあったけど、彼の意見も聞きたかったからだと思う。幼い自分にはない彼の見識が、どうしても必要だと感じた。今にして思えばおそらく最善の策だった。
先にメールで報せてから電話を掛ける。こういうのを守らないとアクアは凄くうるさい。わたしのことうるさいみたいに言うけど、彼のほうがよっぽどうるさい。
彼に挨拶をしてから、本題を切り出した。
「……ていう話らしいのよ」
『ああ。読んだことあるよ』
「じゃあ、この役の子のこと、聞いてもいい?」
お母さんにも聞いてみたけど、ちょっと分からなかった。アクアは歳下だけどこういうのに強い。いつも本読んでるし。
この子はお母さんと一緒に暮らしていたわけだけど、父親の使いの人が突然やって来て引き離されてしまうらしい。
「……どういうこと?」
『お前の家は円満なんだっけ。じゃあ分かりづらいか』
「えんまん?」
『仲良しって事だよ』
お父さんとお母さんが仲良しかと言うと、なんか違うような気がする。
最近お父さんの帰りが遅いってお母さんは怒ってるし、お父さんもイライラしてる事が多い。
『例えばの話だけどさ。お父さんとお母さんはいま結婚しているわけなんだけど、仲が悪くなると一緒に居られなくなる事になる』
「……え」
そ、そうなの?
お父さんとお母さんて、ずっと一緒にいるものじゃないの?
私は不安になった。
当たり前にあった生活がなくなってしまうなんて、今まで考えた事もなかったから。
『いま、こわいと思ったよな?』
「う、うん……」
アクアの声が優しく聞こえた。よくわからない怖さに翻弄されてる私には、凄く頼もしく思えた。
『それが、その子の感情なんだよ』
「これが、かんじょう……」
『一人でお母さんから引き離されて、会ったこともない父親と暮らすんだ。不安で怖いに決まってる。それが分かってるなら、どう演技すればいいか分かるだろ?』
初めての役の時、それは泣きじゃくる幼児の役だった。
短い尺の中で平常から泣きまで入る。物語の構成としては間違ってないと思うけど、この時は編集になるべく時間を掛けない方向でやると決まっていたので、決められた時間内に泣くことを要求された。
モブからいきなりな要求だったけど、お母さんの助言があったからこそ、出来たことだ。
『わたしは帰るから、かなはちゃんと仕事しなさい』
──冷たく言い放った言葉。
それまで優しかった母の突然な言い方に、私は混乱した。それは恐怖を呼び起こし、大泣きしてしまった。
「いぁだ、いかないでぇ。おかあさぁん……」
困惑する現場。スタッフや他の役者さんがいる中での醜態。
でも、その時のわたしにはそれが当たり前だった。まだ本当にオシメが取れたばかりの子供なのだ。
お母さんはしゃがみ込んで、抱き締めてきた。その顔はいつもの優しい顔だった。
『出来たじゃない。凄いわよ、かな』
『え……』
『感情を呼び起こすのが上手いわ。将来は大女優かもね』
恐怖という感情は、私の中ではこうして育まれた。母と父とはぐれるというその恐怖は、今も引きずっている。それはおそらくずっと残るものだと思う。
でも、私は武器を手に入れていた。
感情を呼び起こすという武器を。
『今回の話は母親と別れる所と、父親との邂逅が一番の見せ場だ。別れる所はまあ、お前なら出来ると思う』
「悲しいんだよね。寂しいんだよね。怖いなら分かるけど……うん、大丈夫」
『父親と言っても、主人公にとっては知らない大人だ。見たこともない人と知らない土地でいきなり暮らすことになったら、どう思う?』
問われている。どう答えるべきか。数少ない自分の経験から、似たようなシチュエーションを探す。それは意外にも彼と会った時のことだ。
「ムカつくわ」
『え?』
あれ? なんか間違えた? でも、私はそう感じ取った。
この感じは、嘘じゃない。
「だって、振り回されてるじゃない。わたしは、私の一番居たい所に居たいのに。なんで知りもしない男の側で暮らさなきゃならないの? そんなの、ムカつくに決まってるわよっ!」
予想外の出来事というと、私にとってはあの現場が一番だった。
アクアと初めて会った時。
わたしは盛大に振り回された。
あの監督は私を一番買ってた筈なのに。いつの間にか出てきたコイツに全部持っていかれた。
悔しくて、惨めで、情けなくて。
負けたくないと、思った。
だから、たぶん、この感情で合ってるハズ。
『ハハッ』
「な、なによ?」
笑うとは思わなかった。
少し恥ずかしくなってくるけど、彼はその続きを語った。
『らしくてな。つい笑っちまった』
「……?」
いまいち分からなかった。
『普通は不安に思って縮こまるんだけど、そうか。お前はやっぱり役者に向いてるよ』
彼が言うには。
この物語は主人公の成長という側面を追っている、らしい。
その際に必要になってくるのは父親に対する反発と反抗。それが無いと、父親の言いなりになる子供にしかならない。
だから、主人公は強い心を持って父親に逆らっていかなくてはならない。
『とまあ、本来は後々に出てくる要素なんだけどな』
「後で出てくる感情なの? じゃあ、今出しちゃダメなんじゃないの?」
『台本を読んでるわけじゃないけど、おそらく全部はやらないと思う。だから、序盤はマキが入るはずだから早めにそういう所も見せていこうと考えてるはずだ』
「なら、初めから反抗する感じでやってもいいの?」
『そこはお前の加減次第だ』
「……むう」
電話越しだし、台本もない段階で細かいアドバイスなんて出来るわけもない。それでも感情の方向性は得られた。
『楽しみにしてるよ』
「見てなさい。きっといいものにしてみせるから」
『……』
あれ? なんか、また黙っちゃった。わたし、また間違えた?
『いや。やっぱ、お前はそっちのがあってるな』
「どういう意味よっ?」
憎まれ口を叩くのは、彼のいつものことだ。
わたしも、それは嫌いじゃない。