吾郎の妹ポジになった転生者 作:とくめいです
時が移ろうのは大人と子供では違うと言われてはいる。子供の場合、入ってくる情報量が多いからという事もあるが、大人の場合は逆に脳が発達しているため、要らない情報や重複する情報を意図的に省いてしまうからだ。
それは転生した俺達にも当てはまるようである。未だ脳は未発達のままであるはずなのだが。
「気が付けば、今年も終わりか」
慌ただしい日々だったのは確かである。
B小町のライブ・ツアーでは何回か遠征もしたし、都合がつかないときは有馬や不知火の家に厄介になることもあった。親戚と呼べる者はあんまりいない壱護やミヤコには業界の友人知人のほうが頼りがいがあったのだろう。
「いや。普通の子供だったら実家に頼るのも悪くないんだが……」
「下手するとソコから身バレしそうだし……」
ああ。普通の子でなくてスマン。というか彼らの言っているのは「二人の子」ではないという意味らしい。確かに後見人の子供を育ててるとか知ったら親御さん達は仰天するだろう。
「芸能界に携わる人間だと、その辺を察してくれるからな。持ちつ持たれつってわけよ」
「不知火さんは昔関わってたからだろうけど、有馬さんのところはよく引き受けてくれたわよね」
二人の言葉に答えるのは、我々の母、アイである。
「かなちゃんが絶対断らせない、でしょ?」
「そ~だよねー」
こちらをジト目で見るルビー。なんで俺を見るのか。
気が付けばお盆にオードブルを満載にしてやってきたハルナまでうんうんと頷いていた。
「……まあ、今のうちは分かんなくてもいいかもな。辛いことは大人になってからでいいさ」
そう言ってグラスを傾ける壱護だが、ミヤコは異を唱えた。
「そうはいかないでしょ? 主だった所でかなちゃん、ころもちゃん、フリルちゃんに、あかねちゃんよ? 少し釘は刺しておいたほうがいいわ」
なんか剣呑な話題になってきた気がする。アイはあっけらかんとしているけど。
「んー、みんないい子だよ?」
「甘いわよ、アイっ いい男を奪い合う女の執念知らないでしょ?」
「奪い合うなんて、なかったしなー?」
そう言いつつ思い返してるのは俺達の父親の事だろうか。
「いい、アクアっ!」
「は、はいっ!」
ミヤコの言葉に思わず背筋が伸びる。最敬礼でもしそうなくらいだ。
「女の子と仲良くするな、とは言いません。だけど期待させるような事はしないように」
ええ……。この人、何言ってるか分かってるんだろうか?
「で、でも。俺まだ四歳だし」
そう。四歳児。
いわゆる幼児であって、児童とすら呼べない年齢だ。
「年齢なんてカンケーないわよ? 女は幾つからでも女なの。好きな人に思わせぶりな態度されたらホイホイ乗っかってきちゃうのよ?」
「うんうん」
ミヤコの言葉に一番そぐわない奴が頷いてる……お前にだけは言われたくないよ、ルビー。
「アクア君は節度がありますよ?」
ハルナが遠慮がちに言うけど、ミヤコとは経験の差が出てしまう。
「ハルナは甘いのよ。このコ、下手したらまだまだ引っ掛けてるかも知んないんだから」
「……へえ」
おう。
ハルナがこっちを見る目が、少し怖い。
「そ、そんなことしないよ?」
「そうかなー? 睦美ちゃんとか一華さんとかにも馴れ馴れしいし」
「へえ……」
ルビー、余計なこと言うのやめろっ ハルナの目の温度がどんどん下がってるっ!
「う、うう……」
窮鼠と化した俺が頼ったのは、俺の産みの親だった。
「アイ、たすけてー」
「おーよしよし♪」
俺を抱き上げて久しぶりのよしよし。アイはいつもブレないなぁ。
「今は私が一番好きだもんね♪」
「う、うん」
これは嘘ではない。
いわゆる男女の好きではなく、親と子、親子としての愛だ。それに偽りなんてあるわけもない。
そんなやり取りに絆されたか、ミヤコを始めみんなも追及の手を緩めてくれた。
「アクア、ルビー。愛してる♡」
「わたしもー」
「はいはい」
ルビーもねだったのでアイはソファに座って俺達を抱き締める。
「大きくなったね。もう二人いっぺんには抱けないなぁ」
嬉しそうに呟く、アイ。
その言葉尻を捕まえてルビーがとんでもない事を言う。
「お兄ちゃん、ハルちゃんところ行けば?」
「……」
いや、お前見てただろ?
俺を蔑んだ目で見ていたハルナをさ。
ちらりと見ると。
ハルナは、いつの間にか居なくなっていた。ちくりと胸に何かが刺さる。
アイを見ると。
彼女は少しだけ頷いて、俺を開放してくれた。
「ハルちゃんとも仲良くね」
「……うん」
たぶん、台所にいるはず。
俺は足早に歩いた。
だから、このあとのみんなの会話は、俺は知らない。
・・・・
「……あれさぁ。もう尻に敷かれてないか?」
「血も繋がってないのによく似たこと」
壱護のつい出た一言にミヤコは冷ややかにツッコんだ。ルビーはアイの腕の中で小さく呟く。
「お兄ちゃん、ガンバッ」
その呟きが聞こえたであろうアイは、ルビーに不思議そうに聞いてくる。
「ルビーは、それでいいんだ」
見上げれば、アイの口元は
「だ、だって。それが一番いいんだもん」
自分の計画を感づかれたくないルビーは、そう言って誤魔化す。ハルナが嫌いな訳では無いけど、せんせとの障害に成り得るのだから誰かとくっついてくれてた方が安心できるのだ。それにふたりとも満更でもなさそうだし。
「そっか」
と言ってルビーをぎゅー、と抱きしめるアイ。ルビーとしては、あとはもうどうでもよかった。
「極楽浄土〜」
「うちのコ、天才過ぎない?」
「ママの子だもん♪」
「そうだねー♪」
・・・・
台所に足を向けたアクア。
ハルナはそこにいた。
「ハルねー……?」
遠慮がちに声を掛けるアクア。先ほどまでの気不味さのせいでそんな声色になってしまう。本来、そんな気にすることではない、はずなのに。
「私は、嫌な子ですね」
「え……?」
アクアはハルナの言う意味が分からなかった。否があるのは自分だと思い込んでいたアクアには、分かるはずもなかった。
「自分よりも小さな子達に嫉妬なんかして。みっともないです」
アクアと同世代の子供に対して嫉妬など、確かに誉められた話ではない。けど、それは自分に対してのモノだと気付くと愛おしく思えてくる。女が幾つでも女というのなら、ハルナとて女ということだった。
アクアは近付いて彼女のスカートを遠慮がちに引く。いつもの合図に、ハルナは鍋の火を止めてしゃがみ込んだ。
「……俺は」
アクアの言葉が、止まる。
ハルナの抱擁によって。
それは子供をあやす母のようで。愛する人とのもののようにも視えた。
「あなたを縛るつもりはありません」
ぽつりと語る、ハルナ。
「あなたの戒めるなど、できません」
言葉は続く。
「あなたの寵愛を望むのは分不相応です」
アクアの方を見つめずにそう続けるハルナ。
「私には、その資格はありません」
その言葉が出た瞬間、アクアは声をあげていた。
「人を愛するのに、資格とかは無いよ」
ハルナの呟きが止まる。アクアはハルナの頭に手を回し、ぽんぽんと叩く。懐かしい仕草に涙ぐむハルナ。それは、いつまでも変わらない記憶と同じだった。
「……あと、十年。いや、十八になったら、答えさせてほしい」
アクアの言葉に、ハルナの顔が朱に染まる。その言葉の意味を
「わたし、三十路ですよ? いいん、ですか?」
照れるように、恥じらうように。訥々とハルナは答える。だが、アクアの方は毅然としていた。
「アラフォーでもハルナは可愛いよ。きっと」
「……もう」
「まあ、ハルナとくっつくのは悪くはないんだが……」
一方、リビングでは壱護が管を巻いていた。
「アイもルビーも認めてるみたいだし。私らがアレコレ言える筋でも無いでしょ」
「そらまあな。先生にとってもいい話だろうし」
「……そうね」
しんみりとする斉藤夫婦。雨宮吾郎は、海外へ赴任しているという設定はまだ生きている。最低でもあと数年はそうするべきだと、アイも同意していた。ハルナの精神的な安定のためと言ってはいるが、アイ自身も認めたくないのだと薄々は気付いている。
だから彼らは、この嘘の意味に気付くことは無かった。
「ねえ、ママ?」
「なぁに、ルビー」
「ハルちゃんから聞いてない?」
「なにを?」
「ハルちゃんの保護者の先生は、いつ帰って来るのか」
「……聞いてないなぁ」
「……そっか」