吾郎の妹ポジになった転生者 作:とくめいです
……刺された箇所は右の腰の辺り。
拍動に合わせて激痛があるところから、おそらく腎動脈か、腎臓そのものか。
だとすると……ほぼ助からない。
ここが手術室なら医師によって止血出来るかもしれないけど、救急搬送されるまでにどれほどの時間がかかるか分からない。
下を見てはいないけど、おそらく夥しい出血をしているはず。そのうち、身体も動かなくなってしまう。
「ああ。綺麗だね……血に染まる君はまさしく神のようだ」
……神?
「そうさ。君は死に、神として復活する。溢れんばかりの才能を惜しまれ早逝した
……アイさんのこと、知っている?
「君のことを調べたよ。まさか
……たくらん……なにをいってるの?
「でも、それなら理解も出来る。僕と似てるようで違う、その瞳。アイのように嘘へ逃げない、ホンモノの輝き……ああ、その視線もいいね。このままイッテしまいそうだよぉ」
……きもち、わる、い……
「僕の
……え、ま……さか……
「まさかあんなことになるとは思わなかったけど、結果オーライってやつさ。障害が排除出来たからね」
…………
「
……羽虫、だと?
「育ててくれたのは感謝しているが、あの男はいけないな。リョースケには感謝してるよ。アイツを潰せたんだから。あとから知った時は本当に天命だと思ったよ。あそこに彼を誘導したのも、あの事故も」
……そうか。
「アイツは生きてちゃいけなかったんだ。僕の子供を産ませるなんてとんでもないと思ってたけど、そんな事はどうでもよくなった。真の目的はそうじゃなかったっ!」
……そういう、ことか。
・・・・
「僕の声、聴こえてる? この出血だと難しいかな? 呼吸も粗くなってきたね」
僕の言葉をなるべく聞いていて欲しいと思った。他に聞く人などいないのだから。
それに、何も知らずに死ぬのは嫌だろうし。それくらいの慈悲は僕にもあるからね。
でも、そろそろ難しいかな。
マンションの廊下なんて人はあまり通らないだろうけど、ずっとこうしているわけにもいかない。事の顛末を確認するために、僕はここで捕まるわけにはいかないからね。
まず刺したナイフを抜き、足元に置く。返り血を浴びた上着は脱ぎ捨て手袋も添えて彼女の上に被せる。髪の毛はウィッグに纏めてあるから落ちるはずはない。ゲソコン対策に二重ソールをしてあるから、ある程度行った所で外してしまえばいい。ウィッグを外して元の姿になれば、
「ん?」
彼女が自ら身体を動かし、ナイフが抜けてしまった。出血が更に早まるが、それは好都合だ。
と、彼女は頭に手をやる。混濁した意識のする事は、よくわからない。
次の瞬間、僕の眼の前には振り返った彼女がいた。腕を僕の頭の横辺りに当てて。
同時に、側頭部に僅かな痛みが走った。そんなに血を出しているのに人を殴れるだなんて、とんだじゃじゃ馬だな。
「人の業が寄り集まったような瞳だね」
「まだ、喋れるんだ」
「ハルナはもう難しいかもな。だから、代理だよ」
「……代理?」
「神の遣いとでも言ったほうが正しいか」
神の遣い……そう言われても納得出来る。今の彼女の瞳は、深淵なまでに黒い。まるで光を通さぬ天幕でも覆い包むように。
「神の遣いとしての言葉を授けよう。『
ぐりん。
あれ、? な、なんだ?
なに、か、おかしい。
……あれ、ほ、ぼ、くは、だ、だれだ? ぼ、くは……へ? ああ?
・・・・
こめかみに打ち込んだ簪をぐりぐりと動かしたあと、さすがの私も力を失った。脳みそを崩してやったのだから、もうマトモな人間ではおられまい。いい気味じゃ。
横たわるハルナの身体を俯瞰して見る。眷属としてしてやれることはないではないが……まあ、次の順番を待つのも悪くはないかな。
かわいい子どもたちの打ち拉がれる姿は、私も見たくはないからね。今しばらくの辛抱は必要だけど、君たちならなんとかするだろ。
宜しいですか?
……はい。よしなに。
持つべきものは話の分かる主人だね。
♪〜
「速報です。アイドルデュオ『STARRY the Moon』で活動中のアイドル、ハルさんが何者かに刺された、と通報があり、都内の病院に緊急搬送されました。ハルさんは搬入時にはすでに意識はなく、間もなく死亡が確認されました。通報を受けた警察は現場で犯人と思しき青年を確保した模様ですが、詳しい情報はまだ入っていません」
♪〜
「ハルさんは本日最終日を迎えるライブ・ツアーB小町in東京ドームにゲスト出演も予定されていました。突然の訃報に会場からは悲嘆の声が上がりました」
♪〜
「所属事務所、苺プロはライブ・ツアー最終日公演を取り止めずに続行しました。一部からは批判の声も上がりましたが、いかが思いますか?」
♪〜
「ハルさんは被害者ですが興行に直接関わっていたわけではありません。B小町のファンにとっては楽しみにしていたライブ・ツアー最終日ですから、営業的にも正しいとは思いますが……ハルさんは事務所社長の義理とはいえ娘という扱いなのでして。家族の訃報が届いた日にアイドル公演などしている場合かとの批判にも一理あるという意見も……」
♪〜
「
「私は見に行きましたが、ここ一番の弾け方でしたね。去年、メンバーの不祥事が報道されてからは特に音沙汰無かったところにこの騒動ですから」
「✕✕さん、そこを責めるのは筋が違いませんか? 悲しいのを押しての公演だったわけで、アイさん自身の人間性を否定するのは間違ってません?」
「いや、ぼかぁ一般論的なことを言ってるだけだし。それより犯人は捕まってんのでしょ? 聴取はどうなってんの?」
「犯行に及んだのはまだ未成年ということくらいしか、まだ分かっていませんが。どうもそちらの方も怪我をしたそうで警察病院に搬送されたとの話ですね」
「未成年の犯行とか怖いっすわ。アイツら、宇宙人みたいやもんねぇ。だもん、アイドル刺して何がしたかったのか、さっぱり分からんですわ」
「ハルはデビューしてからテレビ界隈の仕事はあまりありませんからね。ネットでの活動が主でしたし、一昨年は受験ということもあり活動自粛。ようやく復帰して先輩のB小町のライブ・ツアーへの応援などでリハビリをしていたわけですから」
「お宅、詳しいっすなぁ」
「そういうあなたはコメンテーターのくせに何にも知らないんですね」
「アイドルなんぞに
「こんのバカやろぉっ!」
「ちょ、こ、困りますよっ カメラ止めてっ」
ガシャンッ
リモコンがモニターにぶつかり音を鳴らすのをやめた……テレビに罪はない、筈なのだがどうにも苛立って仕方がなかった。鳴りやまないインターホンや携帯のベルのせいもあったかもしれない。
B小町のみんなや社員達への説明すら、まだ出来てなかった。それどころではなかった。
「ハルナ……」
ソファーに蹲るように嘆くミヤコの声。
ハルナの殺害現場を発見したのは彼女だった。
ぼんやりと眺める視線の先には、ハルナの祖母のものだという晴れ着。
殺されるほんのちょっと前まで二人で着物に風を通すために作業をしていたらしい。
発見がもう少し早かったら助けられたかもと自責の念にかられるミヤコだったが、医師の話によると病院に着いた時には彼女は既に亡くなっていたそうだ。
おそらく刺されてすぐに搬送されても間に合わなかったという話だった。
だからと言って、
救われることは、ない。
悔恨の念に駆られるのを、止められる筈もない。
──『行ってらっしゃい、社長』
今朝方、家を出るときの彼女の挨拶が想い起こされる。
最初に家に来た時はぎこちなかったそれは、もうすっかり板についていて。おう、と返事をすれば飾らない笑顔を見せて鞄を手渡してくれた。
朝早くライブ・ツアー最終日のために現場入りしなくてはならない俺のために、きちんとご飯を用意してくれたハルナ。
アイのところに泊まり込んでいたのにわざわざ戻ってきて用意をしてくれた。
そうして振り返ると、家の至る所にハルナの痕跡がある事に気が付いた。
台所の道具、テーブルクロスの刺繍、パッチワークのクッション……どれもハルナが手ずから選んだり、縫ったり作ったりしていた品々。
それらが、まるで悲しい光を放つようだった。とても目など開けてはいられなかった。
雨宮医師を失くした時に、彼女はこんな苦しみを味わっていたのだろう。
故人の息吹が感じられるものから距離を取りたいという気持ちが痛いほど分かった。
だが。
あのまま田舎で暮らしていれば、あの子は死なずに済んだのではないかと思わずにはいられない。
あの時は妙案だと思っていた。
器量はいいし、頭もいい。
家事の能力などミヤコを軽く上回るほどだ。
アイの子育てにも力になってくれると思ったし、本人も乗り気だった。
それが……まさかこんな結末を手繰り寄せる悪手だとは思わなかった。
俯いたミヤコを抱き寄せると、力なく腕を回してきた。寒いのか微かに震えていた。
俺は、暖めるように抱きしめる。この家にあったはずの、もう一つの温もりを……逃さないように。
暗い部屋の中で、窓に映るうっすらと降る雪を見る。午後からの雨は急速な気温の低下によってみぞれに変わって、それは細かい雪へと変わっていた。
窓際にいた俺にアイが声をかけてきた。
「……寒くないの? アクア」
「平気……とは言えないけど」
部屋の暖房は普通に入っているから、これは精神的な寒さだ。一度は失ったものを、再度失うという、愚か者への裁きなのかもしれない。
アイが近寄ってきて抱こうとするけど、俺はそれを拒否した。アイは少し悲しそうな顔をして、隣へと座るだけにした。
「ルビーは、もう寝た?」
「泣き疲れちゃったみたい。ハルちゃんとは仲良しだったもんね」
アイの発した言葉が気にかかる。
ハルちゃん……ハルナ。
「アイはさ。なんでハルナのこと、『ハルちゃん』って、呼んでたの?」
人が亡くなったとき、大抵の人たちは故人の話をするもので。俺のこの発言もそうしたものの一つだと思っていた。
「……えっとね」
アイは窓の外を見て話し始めた。
「私がハルちゃんと最初に会った時って、病院の屋上だったんだ」
それは懐かしい記憶。
黄昏れてた俺を迎えに来たハルナと、アイがバッティングしたとき。
「小さくて可愛い子でね。センセの影に隠れてて」
隠してたんだよ。無駄だったけど。
「ひと目見た瞬間に、出てきたんだ。『あ、ハルちゃんだ』って」
……え、?
「まだ名前も聞いてないのに、『この子はハルちゃん』って分かったの。不思議だよね」
「そ、そうなんだ」
アイは不思議なことをたまに言うけど、ハルナという名前を聞く前からそう分かるというのは、あり得ない話だ。
だって、その呼び名はさりなちゃんのものだったのだから。
……まさか。
そういうこと、だったのか?
「そ、そこの病院の先生って。海外に行っちゃったって、話だよね」
動揺した俺は、そう聞いてしまった。アイは少し悩んだあとに、正直に打ち明けてくれた。
「実はその先生は、もう亡くなっててね。ハルちゃんを連れてきてって社長に泣きついて頼んだの」
「そ、そうなんだ。ルビーには、聞かせないほうが、いいかもね」
思いついた仮説が正しいなら、ルビーの中身は『さりなちゃん』だ。アイが妊娠している最中にさりなちゃんの魂は既にアイの中にあって、その記憶を共有していたのではないか。だから、初対面でもすぐに仲良くなったのかもしれない。
「いまさら分かっても、意味が無い、か」
「?」
ルビーがさりなちゃんだとして、何だというのか。ハルナが……亡くなってしまったことは、変わらないのだ。しかも、その死に目に俺は付き添えなかった。保護者失格だ。
「ハルちゃんなら、平気だよ?」
俺を元気付けるために、アイがそんなことを呟いた。
「ハルちゃんは、生まれ変われるよ」
確信に満ちた言葉。俺はアイの横顔を見た。涙に濡れたその瞳に星の輝きはない。でも、上気した頬は赤く染まり、口角は黄金率を誇る角度を決めて、言葉を続ける。
「また逢おうね、ハルちゃん」
その言葉は
──新たな神託となった。