吾郎の妹ポジになった転生者 作:とくめいです
注意。
残酷な行為をほのめかす場面があります。
追記
誤字報告、ありがとうございました。あれじゃ意味分からないですよねw
「あの……雨宮先生」
「何でしょう?」
斉藤社長が話しかけてきた。おそらくハルナの事だろう。珍しく泣いたらしいが、彼らの事もあるので看護師の瀬能に任せてきたけど。ちなみにここは診察室ではなく相談室。今回はアイを交えずに保護者として話すことがあるからだ。
しかし、あのハルナがあんなに泣くのを見るのは俺は初めてだ。爺さんの所に来た時もちっとも泣いてなかったらしいので、おそらく観測史上初ではあるまいか。……まさか彼らがイジメて泣かせたわけもあるまいとは思っている。
発言を待つと彼はばそぼそと話し始めた。
「あの子に言われましたよ。子どもを産むのはそんなに悪いことかって。幸せになるのはいけないのかって……」
主語がないけどアイの事で間違いない。困ったことになったとボヤいていたら、そんなふうに言われたらしい。子供にそんなこと言われて気落ちしてるんだから、人間的に悪いわけじゃないと思う。不用意だな、とは思ったけど。
にしても……感情表現の薄い子だから少し心配だったんだけど、内に秘めるタイプだったんだな。少し安心した。
ともかく、フォローをしないと。アイとハルナと両方を。俺は手を組んで前のめりな姿勢を取る。
「お二人は彼女が出産するべきでない、とお考えですか?」
そう問い掛ける。
社長は黙り込んでしまったが、夫人の方が答えてきた。
「だって……彼女はまだ未成年だし。仕事だってあるんですよ。それに事務所だってあるのに……」
社長の方は感情の上では納得していると見える。ただ、夫人の方はそうでは無さそうだ。おおよそ、女性の方が損得勘定が得意だ。理性で説き伏せるのは難しいだろう。
「奥さん、つかぬことをお聞きしますがお子さまは?」
「いませんよ。それがなにか?」
「ああ。それではご存知ないかも知れませんね」
「は?」
眼鏡のブリッジを指で上げる。インテリのよくやる動作だが、これも演出だ。
「中絶がどのように行われるのか、知らないのでしょう?」
ならば、教えて差し上げよう。
一般の人には分からない、真実の姿を。
「……とまあ、こんな感じで行います。中期の中絶ですと……」
「いや、もういいですっ!」
「こ、こ怖ええっ! 聞きたくなかったっ!」
詳らかに説明したら、ふたりとも顔を青くしてしまった。夫人などはちょっと涙目だ。
わざと大げさに言ってはみたけど、本当に心が痛む行為である。出来れば彼女にはそんな思いはさせたくない。
「それに、もう中絶は出来ません」
「え?」
「それはどういう……」
昭和23年法律にされ、変遷を歴た母体保護法。これにより妊娠22週未満(21週と6日)まで、母体保護法指定医による中絶手術が認められている。
これ以降意図的に胎児を取り除こうとすると堕胎罪となる。当然、俺が実行すれば業務上堕胎罪を問われる事になるのだ。
あれからすで二週間が経っている。つまり、既に中絶を認められる期間を過ぎているのだ。
「無論、緊急処置で胎児を取り出す事もあります。それでも胎児の生存を意識した方法を取る必要があります。胎児は母体から出された瞬間に一つの個体として扱われますので」
彼女のケースでは双子だけどね。
「そうだったのか……」
「もう、手遅れなのね」
正直、彼女はこの事を知ったうえでこの段階まで隠していたような気がする。そう考えるとなかなかに思慮深い。少なくとも社長夫妻は調べようとすらしてなかったのだから。
「ですので、これからはご配慮を願います。妊婦本人を不安にさせる言動や行動はなるべくお控え下さい」
沈痛な面持ちの二人に、なるべくトゲの立たないように柔らかく伝える。患者だけでなく、家族に対してもフォローは欠かせない。子供は家族で養うもの。周囲の理解が不可欠だ。
「落ち着いたらアイさんの部屋にいきましょう。その様子を見せるのは、あまり良くありませんからね」
「は、はあ……」
仕事だけに生きていると、こうしたことに理解が及ばないケースは多々ある。出来る限りの好環境を作り出すのも、ある意味医師としての責務だ。
とはいえ、この人達はまだ良い方だ。信じ難い主張をする患者や家族もいたりする。そういう人たちに説明するのは、かなりの忍耐を必要としてしまう。
医は仁術。本当にそんなモノかと、懐疑的になったりもした。それでも俺が続けているのはハルナがいるからだ。
守るべき存在が出来たひとは強い。
願わくば、彼らもアイもそうであって欲しい。神にでも祈りたい気分である。
そんな感傷に浸っていたら、表で烏が鳴き始めていた。街に戻るバスの都合もある。そろそろ面会させておくべきかも。
「もう、宜しいでしょうか?」
「ええ、お願いします」
とはいえ、いたって順調な経過である。本人も普通に過ごしている。面会だけなら特に問題もない。
「あれ、先生。ハルちゃんは?」
「ちょっと他の用事で、今日は来ないかもしれない。後でメールでもしてあげてよ」
「はーい(^^)/」
病室に二人を残して退出する。
水入らずの会話、という訳では無いが内密の話もあるだろう。余人が聞いていい道理はない。
社長夫妻とアイ。ここだけ見ると、ちゃんとした家族に見えた。相互理解を深めてほしいと切に願う。寄り添うだけでも家族にはなれる。俺とハルナがいい例だ。
たとえアイドル活動をやめてでも構わない。子供たちがきちんと祝福されて生まれることの方が余程大事だと思う。ドルオタとしては失格かも、だけど。
「さりなちゃんには、怒られちゃうかな」
彼女が遺してくれたキーホルダーを見つめて、そう呟いた。
・・(。ŏ﹏ŏ)グスン・・
「ちょっとは落ち着いた?」
「はい……」
優しく問い掛ける瀬能看護師に俯きつつ答える。というか。
……恥ずかしさで悶絶しそうです。
病院に着くなり彼にしがみついて、みっともなくべそべそと泣いて。挙げ句にまだ勤務のある瀬能さんの時間を取らせて。穴があったら入りたいぃ……
事の経緯は何とか伝えられていた。言葉少なに語る私の背中をぽんぽんと叩いて宥めてくれた女史。足を向けては寝られない。
「ハルナちゃんはアイさんのこと、本当に好きなんだね」
「好き……とは違うと思いますが?」
わたしは……漠然と幸せになってほしいと思っていただけだ。自分と違って幸せな家庭を営んでほしいと、勝手な理想を押し付けていただけ。
たぶん、私はどこまでもエゴなのだろう。ひどく醜い自分が嫌になる。
そんなふうに私を見ないで。
好きとか憧れとか、そんなキレイなモノじゃないんだ。
本当は優しくもなんともない。
ただ、彼女の子供に自分を投影していただけ。
そして、そんな自分が非難されたような気がして、癇癪を起こしたのだ。つまるところ、これは……
「ぺい」
「っ?」
すぱん、と頭に軽い衝撃。
何が起きたか分からない私は、隣に座る女性を見た。その右手は空手チョップの形をしていて……もしかして。叩かれた?
「……良くない考え方は、やめたほうがいいよ」
にこりと笑う瀬能女史。普段はあまり笑わないのに。
「たぶん、深いトコまで干渉しちゃった事を悔いてるのかもしれないけど、それは自分の中から出てきた思いでもあるの」
そう呟く彼女の手が、わたしの髪をさらりと梳いた。
「感情を出すのは悪いことじゃないわ。むしろハルナちゃんは少し下手そうな感じだったし。私としては少し、安心したもの」
それは確かに自覚がある。
転生者としての目線のせいか、感情を抑えるのは至極当たり前になっていたのだ。
「面白ければ笑うし、腹が立てば怒るのが人間なの。そういうのは、もっと年を取ってから覚えても遅くはないわ」
「……そうなんでしょうか」
「それに感情的に振る舞えるのは子供の特権。むしろ今でしか出来ないのよ?」
……それも真理ではあるか。
いい大人の癇癪と子供のそれとは受け止め方が違うだろう。
「それに、ね。感情って出さないとどんどん希薄になるのよ」
そういう瀬能女史の顔はいつもどうりの澄まし顔だった。
「だから、吾郎先生にちゃんと甘えなさい。怒ったり悲しんだりしてぶつけてあげなさい」
まるで、自分のようにはなるなと。訴えられているような。
「さ、先生来たよ。ほら」
彼と二、三話すと彼女は去っていった。手を振ったときだけ、また笑顔が見えた。
「ありがとうございました」
お礼を言っても振り返らずに手で返事をする。何となく、カッコいいなと感じた。
「さ、帰るぞ」
「はい、先生」
頭に乗せられた手は大きく。
やはりこれが一番安心するのだと、再確認するのだった。
雨宮吾郎
子供の養育環境にはかなり物申したい候。産科医としての立場と人間らしい感性とのアンビバレンツに悩む事もある。ドルオタやってるのって、ひょっとして逃避行動なのかな? と純粋なさりなちゃんに心の中で謝ってる。
雨宮ハルナ
子供らしい行動を恥ずかしがるのは、大人の感性だから。でも、引きずられるぅ。小難しい事考えてるのが病院内では認知されてる模様。
瀬能
看護師。女性。お団子頭のあの人であるとかないとかは伏せます。何だか色々あった人生が垣間見える。けど本人は語るつもりはない(笑)