吾郎の妹ポジになった転生者   作:とくめいです

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前回の続き。長すぎたので雑なカットしました。


09

「わたしね、愛ってなんなのか。わからなくてさ」

 

 呟くように言ったアイの言葉。思わず黙ってしまった。

 

 台所からはリズミカルな包丁の音。あとは柱時計のかちこちと時を刻む音しかない。

 

「ハルちゃんは愛されてるんだって事は分かるんだ」

 

 遠い目をするアイ。その先は思い出を覗いているのだろうか。

 

「お母さんにね、そういうの感じたこと無かったし。いつもぶたれたし、ご飯だってカップラーメンとかばっかり」

「……」

 

 虐待。ネグレクト。彼女の母は、母親の資格は無かったらしい。

 

「施設に入った時は、ちょっと安心しちゃった。もうぶたれなくて済むって。でも」

 

 自嘲的に語るその言葉は、たぶん裏返しなのだろう。

 

 

「迎えに来ないのが確定したら、もうそんなの信じられなくて」

 

 子供とは生きがいにもなれば、足枷にもなる。咎められずに放り出せるなら、そうする人間もいるだろう。

 しかし、捨てられた側からすればそれはただの裏切りだ。そう感じるのも無理はない。

 

「そんなやさぐれた時期に社長にスカウトされて。私、笑っちゃったんだ」

 

 こちらを見つめるアイ。その瞳は少しだけ昏く輝いている。

 

「愛を知らない私が、愛の歌を歌うって。意味分からないよね」

 

 その言葉が胸に響いた。

 欺瞞と言うべきか。でも、生い立ちを聞いてしまった後では欺かれたとは思えない。宜なるかなと感じてしまう。

 

「でも、社長言ったんだ。『嘘でもいい』って。いつか本当になるかもしれないしって」

 

 それがアイドルになったきっかけ。彼女はお茶を飲んで喉を湿らせ、一息ついた後に言葉を続ける。

 

「だけどね。歌を歌っても、それは分かんなかった。そりゃあ楽しいし、達成感とかもあったし。けど、根っこの方は満たされなかった」

 

 ファンに愛される。

 

 その実感は湧かなかったらしい。それでもファンに手を振り笑顔を振りまく。

 

 それは確かに嘘であるが、ファンを慮る優しい嘘だ。それが愛かといえば、確かに愛なのかもしれない。しかし彼女はそれで納得はしてなかった。

 

「演技の勉強しても結局分からなかった。愛を知るにはどうするか。考え抜いた末に一番ありきたりな方法しかないと思った。家族を持つこと。そうすれば分かるかもしれないから」

 

 愛を知るために子供を産む。普通はそうはならないと思う。異性を愛するという行動の方が優先されて、結果子供を成すというのが本来の道筋だ。

 

「相手は聞いちゃダメか?」

 

 そう言うと、アイは少し笑う。

 

「いいよ、先生だし。でも社長には言っちゃダメ。めーわくになるから」

 

 劇団で出逢った俳優の卵。確かに大手じゃないとはいえ社長という立場なら、何らかの影響を及ぼせるだろう。相手の事務所と折衝して示談にするとか、廃業させるとか。スキャンダルに対して対策を取るのは容易に考えられる。

 

「わりとシンパシー感じたんだけど、彼を愛せたのかっていうとそれは無かった。嘘つき同士じゃどだい無理な話だったのかもしれない」

 

 そいつも似たような境遇の人間だったのだろう。そして同じように嘘を身にまとい、己を守っていた。

 

「……気の合う仲の男女がうまくいくケースも無いわけじゃない」

「そうかも。でも、私たちはだめだった。お互い、無い物ねだりばっかりで……子供だったんだ」

 

 まあ子供だもんね、と笑うアイ。

 

「そんなわけで。うまくいってるケースを見かけちゃったからリサーチしようと思ってね♪」

「……目的はそれか」

 

 外出届けまで出してウチに来た。内密な話しでもあるけど、俺とハルナとの関係性を観察しようということだったのか。やっぱりこの子、意外と食えない。

 

「……実際。ハルちゃんとは何にもないんでしょ?」

「保護者ですから」

 

 何度も言うけど、俺はロリコンじゃない。

 

「じゃあなんで、一緒に暮らしてるの?」

「そりゃ、保護者ですから」

 

 祖父母の籍に入ってて、そこに厄介になってたわけだから。祖父母が亡くなれば継がなきゃならんだろ。

 

「私みたいにすればよかったんじゃないの?」

 

 ほんの僅かな自嘲が入った言葉。

 それは、俺が最も嫌う選択だった。

 

「それだけはない」

「……」

 

 アイが言葉をつまらせる。

 

「俺は捨てるなんてしない」

 

 奴とは違うから。そうはなりたくなかったのだから。

 

「あれが他に望む所があるなら喜んで送り出すよ。でも、俺から出ていけなんて絶対に言わない」

 

 

 そこへ障子を開けてハルナがやって来た。

 

「出来ましたよ。そちらにお持ちしますか?」

 

 場の空気を察したか、遠慮がちにそう聞いてくる。

 

「ああ、手伝おう」

「わたしも」

「お客さんは座ってて」

 

 手伝おうとするアイを制して、台所に向かう。ハルナが小声で聞いてきた。

 

「なんか白熱した討論だったようで」

 

 除け者にされたのが面白くなかったのか。少し突慳貪(つっけんどん)な言い方に笑みがこぼれる。

 

「アイについて語ってたんだよ」

 

 すると。

 

「本人とアイドル談義とか……」

 

 ん?

 あ、気が付かなかった。

 アイドルの『アイ』を語っていたと思ったのか。

 

「お前、時々鈍いよな」

「は? ケンカなら買うぞ」

 

 腿裏を蹴られた。けっこう痛い。

 でも、嫌ではなかった。

 

 

 

 並べられたラーメンはインスタントとは思えない程に豪勢だ。肉野菜炒めが乗ってるせいか。

 

 わお、と喜ぶアイの姿。その姿も最初の印象から比べると違って見える。

 

『嘘でもいい』という社長の言葉は、今の彼女を形造る根本にあるような気がする。

 

 

 

 ちなみに。

 ハルナの作ったラーメンは普通に美味かった。店を出せるとかそういうのではなく、家庭的な味という意味だ。これにはアイも満足したらしく、毎日食べたいとこぼしていた。

 

 インスタントラーメンを毎日は止めないと(使命感)

 

 その後は三人でトランプしたりして和やかに過ごした。

 

 

 

 

 

 

 

「なんというか……ハルちゃんて女の子だよね?」

 

 病院への帰り道。

 アイがそう語りかけてきた。

 

 あんな男の子がいたら性癖が破壊されそうで怖い。俺はノーマルだから(震え)

 

「話してると年上の人と話してるみたいで」

「……あの子が再従姉妹だって話はしたよね」

 

 先ほどアイの身の上話を聞いた手前、こちらもカードを切る。ハルナの身に起こった出来事。

 

「あの子の両親は事故で亡くなった。車での事故で、奇跡的に助かったんだ」

 

 アイの瞳が少し昏くなった。

 

「向こうの親戚筋の殆どは東京に行っちまってて、うちの爺さんが引き取るしか無かった。もっとも、爺さんはひとが良くてな。俺みたいな奴も引き取るくらいだ。可愛い女の子なら断るはずもなかった」

 

「え……」

 

 彼女に愛を問われて、答えられなかった理由。

 

 それは俺も親に育てられなかったから。愛などというものはやはり知らないから。

 

「母親は出産の時に死んで、父親には捨てられた。俺が殺したようなもんだからな。それも仕方ない」

 

 なるべく穏やかに話すようにした。でないと、その時の怒りや虚しさを思い出すから。

 

「話を戻すよ。そんなわけでハルナは来た時からあんな感じだった。あれが処世術として身に付けたものか、生来のものかは俺にも分からない。でも」

 

 心に何らかの傷痕はある。

 

 それを取り除いてやれるのなら、どんなにいいことか。だけど、自分にはその資格はない。

 

「……わたし、自分てけっこう不幸だな、とは思ってたんだけど」

 

 アイがぽつりと呟く。

 

「先生もハルちゃんも、おんなじだったんだね」

 

 同病相憐れむ。そんなつもりはないのだけど、似たような境遇の人間は世の中に溢れている。そこは問題にしてはならない。

 

「ハルナのことを愛しているかって聞いたけど、俺もそうだとは断言出来ない。でも、愛そうとは思ってるよ」

 

 それは勿論、家族としてだ。きちんと大人になるまで育てて、嫁に送り出して。そして俺はようやく愛を信じられる。そんな気がする。

 

「なるほど。それが先生の愛なんだね」

「君の思ってるものとは違うかもしれない。そもそも愛のカタチなんて人それぞれ。永遠に探し続けるものなのかもしれない」

 

 少しロマンチストな口調になり、アイが手を叩く。

 

「おお〜。先生、演技派だね」

「よせやい。ドコかの使い回しだよ」

「でも、分かる」

 

 アイが自分のお腹を触りながら続ける。

 

「私にはわたしの愛がある。それってすごく分かるよ」

 

 嘘は愛だと、彼女は言った。

 なら、それも愛のカタチだ。

 

 これだけの数のいる人たちのなかのたった一人の、一つの愛。

 それは他の人たちの愛と何ら見劣りもしないモノの筈だ。

 

「君は胸を張って子供を産んで育てて欲しい。それは確かに君の愛の証明となるはずだ」

 

 当然、苦労はするだろうけど。このバイタリティー溢れるアイドル様ならやってくれる。ドルオタの俺の目は節穴じゃないんだ。

 

 すると。

 

 彼女はこちらを見てにやりと笑った。

 

「でもさ。もしわたしの愛を共感してくれる人が居たらさ。それってすごくスゴい事だと思わない?」

「まあ、そうだな。運命の出逢いとかなんてレベルじゃないか?」

「だよねー♪」

 

 ……何だか、機嫌が良くなったみたいだ。少しでもストレス解消になれば良かったよ。

 

 

 

「それじゃせんせ。また明日♪」

「おう、ちゃんと休めよ」

 

 病室へ送り返して、俺も帰ろうとしたところで。看護師たちが何人か固まって話していた。

 

「お見舞いだと思うんだけど、どこの科にも来てなかったの」

「あんた仕事中に何してんの?」

「見れば絶対気になるって。こんな田舎にあんな美少年とかいるわけないもの」

「ま、確かに美形だったけど」

「でしょお〜」

 

 姦しいことで。

 まあ、ここは田舎だから娯楽も少ないし、盛り上がる話も多くはない。

 

 色々と考えることが多かったせいで、この事を俺は気にも留めなかった。




星野アイ

社長に続き内心を吐露した相手は産科医。彼女が求めたものが何なのか、かなり分かり易くなった。好きなトランプはポーカー。

雨宮吾郎

ハルナの存在がけっこう大きいと自覚してきた。あと、割とマゾ気質。もも蹴られて嫌ではないとか無いよね? 好きなトランプは神経衰弱。

雨宮ハルナ

吾郎相手に他人行儀なところが少しずつ抜けてきた。なお、本当に他人にはまだ継続中。好きなトランプはスピード。
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