吾郎の妹ポジになった転生者 作:とくめいです
「わたしね、愛ってなんなのか。わからなくてさ」
呟くように言ったアイの言葉。思わず黙ってしまった。
台所からはリズミカルな包丁の音。あとは柱時計のかちこちと時を刻む音しかない。
「ハルちゃんは愛されてるんだって事は分かるんだ」
遠い目をするアイ。その先は思い出を覗いているのだろうか。
「お母さんにね、そういうの感じたこと無かったし。いつもぶたれたし、ご飯だってカップラーメンとかばっかり」
「……」
虐待。ネグレクト。彼女の母は、母親の資格は無かったらしい。
「施設に入った時は、ちょっと安心しちゃった。もうぶたれなくて済むって。でも」
自嘲的に語るその言葉は、たぶん裏返しなのだろう。
「迎えに来ないのが確定したら、もうそんなの信じられなくて」
子供とは生きがいにもなれば、足枷にもなる。咎められずに放り出せるなら、そうする人間もいるだろう。
しかし、捨てられた側からすればそれはただの裏切りだ。そう感じるのも無理はない。
「そんなやさぐれた時期に社長にスカウトされて。私、笑っちゃったんだ」
こちらを見つめるアイ。その瞳は少しだけ昏く輝いている。
「愛を知らない私が、愛の歌を歌うって。意味分からないよね」
その言葉が胸に響いた。
欺瞞と言うべきか。でも、生い立ちを聞いてしまった後では欺かれたとは思えない。宜なるかなと感じてしまう。
「でも、社長言ったんだ。『嘘でもいい』って。いつか本当になるかもしれないしって」
それがアイドルになったきっかけ。彼女はお茶を飲んで喉を湿らせ、一息ついた後に言葉を続ける。
「だけどね。歌を歌っても、それは分かんなかった。そりゃあ楽しいし、達成感とかもあったし。けど、根っこの方は満たされなかった」
ファンに愛される。
その実感は湧かなかったらしい。それでもファンに手を振り笑顔を振りまく。
それは確かに嘘であるが、ファンを慮る優しい嘘だ。それが愛かといえば、確かに愛なのかもしれない。しかし彼女はそれで納得はしてなかった。
「演技の勉強しても結局分からなかった。愛を知るにはどうするか。考え抜いた末に一番ありきたりな方法しかないと思った。家族を持つこと。そうすれば分かるかもしれないから」
愛を知るために子供を産む。普通はそうはならないと思う。異性を愛するという行動の方が優先されて、結果子供を成すというのが本来の道筋だ。
「相手は聞いちゃダメか?」
そう言うと、アイは少し笑う。
「いいよ、先生だし。でも社長には言っちゃダメ。めーわくになるから」
劇団で出逢った俳優の卵。確かに大手じゃないとはいえ社長という立場なら、何らかの影響を及ぼせるだろう。相手の事務所と折衝して示談にするとか、廃業させるとか。スキャンダルに対して対策を取るのは容易に考えられる。
「わりとシンパシー感じたんだけど、彼を愛せたのかっていうとそれは無かった。嘘つき同士じゃどだい無理な話だったのかもしれない」
そいつも似たような境遇の人間だったのだろう。そして同じように嘘を身にまとい、己を守っていた。
「……気の合う仲の男女がうまくいくケースも無いわけじゃない」
「そうかも。でも、私たちはだめだった。お互い、無い物ねだりばっかりで……子供だったんだ」
まあ子供だもんね、と笑うアイ。
「そんなわけで。うまくいってるケースを見かけちゃったからリサーチしようと思ってね♪」
「……目的はそれか」
外出届けまで出してウチに来た。内密な話しでもあるけど、俺とハルナとの関係性を観察しようということだったのか。やっぱりこの子、意外と食えない。
「……実際。ハルちゃんとは何にもないんでしょ?」
「保護者ですから」
何度も言うけど、俺はロリコンじゃない。
「じゃあなんで、一緒に暮らしてるの?」
「そりゃ、保護者ですから」
祖父母の籍に入ってて、そこに厄介になってたわけだから。祖父母が亡くなれば継がなきゃならんだろ。
「私みたいにすればよかったんじゃないの?」
ほんの僅かな自嘲が入った言葉。
それは、俺が最も嫌う選択だった。
「それだけはない」
「……」
アイが言葉をつまらせる。
「俺は捨てるなんてしない」
奴とは違うから。そうはなりたくなかったのだから。
「あれが他に望む所があるなら喜んで送り出すよ。でも、俺から出ていけなんて絶対に言わない」
そこへ障子を開けてハルナがやって来た。
「出来ましたよ。そちらにお持ちしますか?」
場の空気を察したか、遠慮がちにそう聞いてくる。
「ああ、手伝おう」
「わたしも」
「お客さんは座ってて」
手伝おうとするアイを制して、台所に向かう。ハルナが小声で聞いてきた。
「なんか白熱した討論だったようで」
除け者にされたのが面白くなかったのか。少し
「アイについて語ってたんだよ」
すると。
「本人とアイドル談義とか……」
ん?
あ、気が付かなかった。
アイドルの『アイ』を語っていたと思ったのか。
「お前、時々鈍いよな」
「は? ケンカなら買うぞ」
腿裏を蹴られた。けっこう痛い。
でも、嫌ではなかった。
並べられたラーメンはインスタントとは思えない程に豪勢だ。肉野菜炒めが乗ってるせいか。
わお、と喜ぶアイの姿。その姿も最初の印象から比べると違って見える。
『嘘でもいい』という社長の言葉は、今の彼女を形造る根本にあるような気がする。
ちなみに。
ハルナの作ったラーメンは普通に美味かった。店を出せるとかそういうのではなく、家庭的な味という意味だ。これにはアイも満足したらしく、毎日食べたいとこぼしていた。
インスタントラーメンを毎日は止めないと(使命感)
その後は三人でトランプしたりして和やかに過ごした。
「なんというか……ハルちゃんて女の子だよね?」
病院への帰り道。
アイがそう語りかけてきた。
あんな男の子がいたら性癖が破壊されそうで怖い。俺はノーマルだから(震え)
「話してると年上の人と話してるみたいで」
「……あの子が再従姉妹だって話はしたよね」
先ほどアイの身の上話を聞いた手前、こちらもカードを切る。ハルナの身に起こった出来事。
「あの子の両親は事故で亡くなった。車での事故で、奇跡的に助かったんだ」
アイの瞳が少し昏くなった。
「向こうの親戚筋の殆どは東京に行っちまってて、うちの爺さんが引き取るしか無かった。もっとも、爺さんはひとが良くてな。俺みたいな奴も引き取るくらいだ。可愛い女の子なら断るはずもなかった」
「え……」
彼女に愛を問われて、答えられなかった理由。
それは俺も親に育てられなかったから。愛などというものはやはり知らないから。
「母親は出産の時に死んで、父親には捨てられた。俺が殺したようなもんだからな。それも仕方ない」
なるべく穏やかに話すようにした。でないと、その時の怒りや虚しさを思い出すから。
「話を戻すよ。そんなわけでハルナは来た時からあんな感じだった。あれが処世術として身に付けたものか、生来のものかは俺にも分からない。でも」
心に何らかの傷痕はある。
それを取り除いてやれるのなら、どんなにいいことか。だけど、自分にはその資格はない。
「……わたし、自分てけっこう不幸だな、とは思ってたんだけど」
アイがぽつりと呟く。
「先生もハルちゃんも、おんなじだったんだね」
同病相憐れむ。そんなつもりはないのだけど、似たような境遇の人間は世の中に溢れている。そこは問題にしてはならない。
「ハルナのことを愛しているかって聞いたけど、俺もそうだとは断言出来ない。でも、愛そうとは思ってるよ」
それは勿論、家族としてだ。きちんと大人になるまで育てて、嫁に送り出して。そして俺はようやく愛を信じられる。そんな気がする。
「なるほど。それが先生の愛なんだね」
「君の思ってるものとは違うかもしれない。そもそも愛のカタチなんて人それぞれ。永遠に探し続けるものなのかもしれない」
少しロマンチストな口調になり、アイが手を叩く。
「おお〜。先生、演技派だね」
「よせやい。ドコかの使い回しだよ」
「でも、分かる」
アイが自分のお腹を触りながら続ける。
「私にはわたしの愛がある。それってすごく分かるよ」
嘘は愛だと、彼女は言った。
なら、それも愛のカタチだ。
これだけの数のいる人たちのなかのたった一人の、一つの愛。
それは他の人たちの愛と何ら見劣りもしないモノの筈だ。
「君は胸を張って子供を産んで育てて欲しい。それは確かに君の愛の証明となるはずだ」
当然、苦労はするだろうけど。このバイタリティー溢れるアイドル様ならやってくれる。ドルオタの俺の目は節穴じゃないんだ。
すると。
彼女はこちらを見てにやりと笑った。
「でもさ。もしわたしの愛を共感してくれる人が居たらさ。それってすごくスゴい事だと思わない?」
「まあ、そうだな。運命の出逢いとかなんてレベルじゃないか?」
「だよねー♪」
……何だか、機嫌が良くなったみたいだ。少しでもストレス解消になれば良かったよ。
「それじゃせんせ。また明日♪」
「おう、ちゃんと休めよ」
病室へ送り返して、俺も帰ろうとしたところで。看護師たちが何人か固まって話していた。
「お見舞いだと思うんだけど、どこの科にも来てなかったの」
「あんた仕事中に何してんの?」
「見れば絶対気になるって。こんな田舎にあんな美少年とかいるわけないもの」
「ま、確かに美形だったけど」
「でしょお〜」
姦しいことで。
まあ、ここは田舎だから娯楽も少ないし、盛り上がる話も多くはない。
色々と考えることが多かったせいで、この事を俺は気にも留めなかった。
星野アイ
社長に続き内心を吐露した相手は産科医。彼女が求めたものが何なのか、かなり分かり易くなった。好きなトランプはポーカー。
雨宮吾郎
ハルナの存在がけっこう大きいと自覚してきた。あと、割とマゾ気質。もも蹴られて嫌ではないとか無いよね? 好きなトランプは神経衰弱。
雨宮ハルナ
吾郎相手に他人行儀なところが少しずつ抜けてきた。なお、本当に他人にはまだ継続中。好きなトランプはスピード。