僕らの提督活動は『部活未満』 作:黄緑提督
「しかしねぇ朝垣君、海に行くとか自殺願望でもあったのかね」
「別に行きたくて行った訳じゃありません、ちょっと遠出はしましたが山の方に行って帰るつもりだったんです」
國月豪、と名乗った先輩の問い掛けに、憮然として朝垣マツリは答えた。
「それが何をどう間違って浜辺に出ることになったやら、僕が一番知りたいですよ」
「朝垣君、君が自殺志願者でないならば……おそらく君は方向音痴だろうね」
「自殺願望があるなどと言われるよりは幾分かましですね」
「とにかくだね、朝垣君」
「はい」
といいながら、朝垣は畳の上に転がっていた羊羮を手に取った。
「待ち給え、それは私の羊羮だ」
「畳に転がっているこの羊羮が悪いんです」
「返しなさい」
「冷蔵庫にでも入れれば良かったんです、これは先輩の自業自得です」
この男、いささか傍若無人なところがあるらしい。
「それで、……まぁ羊羮は諦めるとして、いや君、これは只の羊羮じゃないぞ、間宮の羊羮だ、そこのところをしっかり理解してありがたくいただくように――それはそうと、君ね、どうしてここに連れてこられたのかは理解しているのかね」
「間宮の羊羮をくれるから来てやったまでです」
「そんな話は一度としてしていないはずだが」
「じゃあ僕の手の中にあるこの羊羮は何なんですか」
「それは君が勝手に取ったものだよ朝垣君」
「そうなると僕には心当たりがありません」
といって朝垣は近くを飛んでいた妖精さんに目配せをした。
「妖精さんも僕がここに来る理由は羊羮以外にはないはずだと言っています」
妖精さんたちは(妖精さんはしばしば増えるのだ)これ以上ない懸命さをもって首を左右に振った。
「まず君、浜辺で何を見たかね」
「破れかけの競泳水着を着た外国人の美女ぐらいしか見ていませんね、さもなくば自分のことを鮭……ではないな、サーモン?と自称する奇妙な美女か、あれは人魚かセイレーンの類いなんですかね?」
「私にも分からん」
といって國月は冷蔵庫からもなかアイスを取り出すと、うまそうに頬張った。
「なんだ先輩の分の甘味は別にあるんじゃないですか」
「君が私から間宮の羊羮を強奪したから仕方なく伊良湖のアイスを食べることにしたまでだ」
「人聞きの悪い……妖精さんもそう思うだろ?」
妖精さんはまたしても首を横に振った。
「そこは縦に振ろうよ……先輩もそう思いますよね?」
「無茶苦茶を言う奴だ、とはいえそれが君が我ら提督活動同好会に入会せねばならない理由でもあり、君がここに連れてこられた理由でもある」
「同好会に強制入会とかこの時代にあり得ますか、僕はこの高校生活を帰宅部の活動に捧げると決めていたのに」
「要は家で惰眠を貪りたいだけだろう」
「世間がやれ深海棲艦だの制海権の奪還だの人類の危機だのと騒がしい昨今、なんの心配もなく惰眠を貪ることがいかに尊いことかを先輩は理解しておられないようで、残念です」
「残念なのは君の頭ではないかな」
「僕なんぞはまだましな方です、少なくとも僕は人間としての自覚がありますからね」
それにしてもサーモンと自称する件の美女は何者だったのであろうか?
朝垣は若干の疑問を抱きつつも、見知らぬ先輩からせしめた羊羮をちびちびと齧るのであった。
「その羊羮を返せとは言わないから、今度代わりに何かしらの甘味を寄越しなさい」
「まあ僕にだって良識はありますからね、今度何か持っていきます」
「それはそうと君、まさかこのまま帰るつもりではあるまいね」
「当然でしょう、僕は提督活動同好会とやらに入会はしましたが、とはいえ同好会の活動に参加するとは一言も言っていないわけで」
「なんと言うことだ」
「幽霊部員も立派な部員、ワタシダケユウレイってやつです」
「まさか他作品ネタありのタグがこのように回収されるとは不憫でならない、もう少し他にやりようがあったろうに」
「何をわからないことを」
とここで朝垣、ふとあることに気付いた。
「ところで先程『我ら』と言っていましたが、先輩以外にも会員がいるのですか」
「いると言っていいのか悪いのか」
「歯切れが悪いですね」
「一応あと四人いることはいるのだが、全員卒業生なので籍としては私一人だけなのだ」
「卒業したくせにまだ居座るとは許せん奴め、仕事帰りに羊羮をタダでせしめようという魂胆だな」
「鏡という大変便利なものがあるから、今度使ってみなさい」
「ご親切にどうもありがとうございます」
「とはいえ私は提督活動同好会に無理矢理入らされたわけだが、ご覧の通り提督活動などやる気もない」
「そのくせ僕にはやらせようというんですね、酷い人だ」
「羊羮代だ」
「いくらなんでも高過ぎやしませんか」
「ここて提督としての実績を積めばゆくゆくは海軍に入り正真正銘の提督として安定した収入と美男美女との出会いがあるわけだ、深海棲艦のせいで社会が不安定な今、手に職をつけ将来のキャリアプランにもプラスになるわけだからね、やらないという選択肢はないだろう」
「じゃあまず先輩がやってくださいよ」
「船頭多くして船山へ登るとも言う、既に優秀な四人の提督が我らが鎮守府を回しているわけだから、私などがしゃしゃり出ては却って良くない」
口だけはよく回るなァ、などと思いつつ、冷蔵庫から伊良湖のアイスを取り出しちびちびとかじる朝垣であった。
「よく図々しいと言われないかい君」