僕らの提督活動は『部活未満』 作:黄緑提督
「では改めまして。金羊高校、提督活動同好会鎮守府の施設案内ツアー、引率はこの私、大淀が担当いたします」
「パンフレットとかないんですか」
「朝垣君、仮にも鎮守府は深海棲艦殲滅の最前線、当然内部設備は機密なんだ」
「ちぇっ」
「なので当然地図もありません、頭と体で覚えてください」
「僕は心配になってきましたよ、第壱話の葛城一尉よろしく迷子になってしまうんじゃないかってね」
「葛城さんはそんな方向音痴ではありませんよ?」
「ああ、すまない。そっちの葛城ではないんだ。朝垣君、唐突にエヴァネタを入れちゃあ駄目じゃないか」
「駄目なんですか」
「大体エヴァの登場人物はそれこそ軍艦に由来をとっているわけだから、そりゃあ艦娘も混乱するだろうよ」
「なるほど、以後気を付けます」
「分かればよろしい」
「とはいえそこまで複雑な作りでもないですし、慣れれば大丈夫ですよ朝垣提督」
「いや心配だね、彼は山へ行こうとして海に出たらしいから」
大淀の歩みが止まる。
「そんなことあります?」
「あるんですね恐ろしいことに。おかげで自分をサーモンと名乗る謎の美女とエンカウントするわ、提督活動同好会に半ば強制的に入部させられるわ、廃校の危機から母校を救うべく全日本高校艦娘演習大会で優勝しないといけないわで大変なことになりまして」
「何なんですかその全日本高校艦娘演習大会って、そもそも金羊高校って廃校の危機でしたっけ」
「そんなのあるわけないでしょう、何言ってるんですか。ねえ妖精さん」
妖精さんたちは処置なしというかのように肩をすくめた。
「妖精さんたちが乗っかってくれない」
「君のノリに乗っかるような妖精さんがいたらえらいことだよ朝垣君、国防の危機だ」
「そこまで言います?」
「そもそも鎮守府のある高校なんて我らが金羊高校しかないよ、当然じゃないか」
「この学校だってそうなんだから、実はあちこちの高校が鎮守府を隠し持っていたとしてもおかしくはないでしょう」
「いや、金羊高校が鎮守府を持つに至ったのは……あれはどうしてだったかしらん」
「先輩もご存知ないんですか」
「鎮守府運営に興味がないからね」
「興味とか意欲とかもってほしいんですがね」
と大淀がぼやく。
「ただの高校生に何を言うんだい」
「仮にも深海棲艦殲滅の最前線に立っているという自覚をですね」
「どうしたね朝垣君、今朝まで幽霊部員がなんだと言っていたじゃないか」
「大淀先輩に会って僕は変わったんです、これがボーイミーツガールの威力です」
「どうしたらいいんでしょうね私は」
大淀は深いため息をついた。
「大淀先輩、ため息をついたら幸せが逃げますよ」
「誰のせいなんですかね」
「強いて言うなら時代が悪い」
そんなわけはない。
「とかなんとか話している間に着きましたよ、こちらが執務室です」
「僕は執務室なんてのは校長室ぐらい狭っ苦しいものだと思っていましたが、これなら住んでもよさそうですね」
「住むな住むな」
「ただ冷蔵庫がないのは辛いですね、甘いものが食べたいときにすぐ横にないのはしんどい」
「無茶苦茶言いますね」
「しかし窓からの眺めはいいですね、床もなかなかいい。強いて言うなら布団敷けませんかね?」
「まあよそだとそういう鎮守府もあるそうですけども」
「僕は寝そべりながら執務室で微睡んで時間を潰しつつ提督活動を行ったと強弁したいんです」
「ボーイミーツガールの威力が足りないんですかね?」
「大淀君、朝垣君のペースに呑まれちゃだめだよ。私は二日目にしてそれを早くも実感しつつある」
「しかし布団に寝そべっている間は窓からの眺めを堪能できない、これはこれで損失だ」
「本当に無茶苦茶言いますね」
「布団と言えば、艦娘たちはどこで寝ているんです?」
「朝垣君、時にわだつみ女学院という学校の名前を聞いたことはあるかね?」
「ないですね」
「ないのならしょうがない。まぁそういう女子高があることになっていてね」
「あることになっている、というのはつまり実際にはないってことですか」
「察しが良くて助かるよ。あれは実はハリボテでね、艦娘のための寮を作るためにありもしない女子高をでっち上げたらしい」
「よくまあそんな無茶が通りましたね」
「提督活動同好会そのものが無茶の塊だからねえ」
「いやはや、怖い怖い。怖いといえば大淀先輩」
「はい、どうかしましたか?」
「あぁ大淀君、駄目じゃないか、どうせろくでもないことしか言わんのだから」
「そろそろ饅頭とお茶が怖くなってきました」
「どうしたもんですかねこれ」
「おっ、大淀やないか、朝垣提督に國月提督もおるやないの、引率やったらうちがやったるで」
「ちょうど良かった、……と言いたいところですが、一度引き受けた仕事なので、大淀の方で最後までやります」
「せやったらうちにも手伝わせてぇな、朝垣のツッコミ大変やろ」
「まったくです」
「いやぁありがたい、ちょうど饅頭とお茶が欲しいところだったんです……この辺に茶屋なんてありませんかね、それかキャフェー」
「えらい気取った言い方しよんな、喫茶店は……ここやで」
「ハハハそんなわけはないでしょう、僕にだって執務室と喫茶店の区別くらいつきます」
「そんなことしなくていいんですよ龍驤、こんな調子では日が暮れてしまいます」
この後の展開を察した大淀が溜め息をつく一方、龍驤が何をしようとしているのか、とんと分からない高校生二人であった。