ココロ~another future~   作:ラミトン

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第14話 路傍の花は空を知る

 今日のカイトは、いつもとどこか違う。センタードームにある大型ステージの上手で、メイコは眉を寄せた。

 何かが悪いわけではない。むしろ調子が良さそうだし、何か吹っ切れたような表情を浮かべているようにも見える。つまるところ、問題は何もないのだ。

 (まぁ……辛気臭い顔で歌われるより、ずっといいんだけどね)

 あの青年には悩み癖がある。まだ心を得て日が浅いというのに、この先もそんな暗い顔をするつもりなのか、と何度も思った。もっともリンに言わせれば、心の世界で会ったメイコも似たようなものだったらしいが。

 それにしても、新曲のバラードを爽やかにかつ儚げに歌い上げる今のカイトは、なんとも清清しそうな顔をしている。こう言っては失礼だとは思うが、実に彼らしくない。

 もしかしたら、彼の悩みが解決されたということなのだろうか? 彼が何に悩んでいたのかは知らないし、正直興味もないのだが、それならそれでいいかとメイコは胸中で頷いた。

 (まぁ、あいつはまだいいのよ。コレに比べたら)

 盗み見るようにこっそりと、隣に立つ美女へ視線を移す。横一文字に結んだ口元から嫌でも不機嫌さが伝わってきて、メイコは溜息を通り越して舌打ちしそうになった。

 「あんたねぇ。せっかく舞台袖にこれたんだから、もうちょっとこう、あるでしょ」

 「私は頼んでいないもの」

 桃色の髪を掻き揚げて、短く吐き捨てた。ルカである。少しでもVOCALOIDとして歌うことに興味を持ってもらおうと、美鈴とカイトが呼んだのである。連れてきたのはヤンだが、彼と道中で別れてから、この女は一度も笑顔を浮かべていない。

 「ほんっと、可愛くないわ。ヤンもよくあんたみたいな無愛想に惚れたもんね」

 「あなたには、私達の絆は永遠に分からないと思うわ。理解してもらおうとも思わないけれど」

 「……あー殴りたい。顔面にしこたまパンチをプレゼントしたいわ」

 心底本音だったが、アンドロイドである彼女は、アンドロイドも含めた他人を殺傷する能力は持ち合わせていない。自己防衛プログラムはあるものの、それはボディに一定のダメージを負うか、特定の危険を察知した場合にのみ起動するプログラムであり、彼女らの意思で発動することはない。アンドロイドは自分の意思で人を殴ることができないのだ。

 だからこそ、アンドロイド同士の喧嘩は舌戦となる。もっとも、ロボットである彼女らが喧嘩をするなど、最近まで誰も予想はしなかっただろうが。

 「第一、歌で人を励ますなんてことは、アンドロイドじゃなくてもできるじゃないの。同じ人間であっても、歌の上手な人はいるでしょう」

 「その人たちすらも病んでしまう時代なのよ。だからこそ、私達VOCALOIDが必要とされたの」

 「抱き人形である私達もね。でも、今はどう? 人々は徐々に癒されてきている。歌を志す人々もいる。あなた達は、それでも歌う必要があるのかしら? VOCALOIDは、本当に必要とされているの?」

 あからさまな挑発だった。堪えようかとも思ったが、自然と眉が寄る。不快感よりも純粋な怒りが、胸を満たしていく。

 必要とされなかったアンドロイドであるルカに、必要とされるべく産まれたアンドロイドの誇りは、理解できないのかもしれない。笑顔売り──SMILOID(スマイロイド)──や、KAMALOID、その他の作業用アンドロイド、そのどこにも属さぬ彼女には。

 だからこそ、メイコは引くわけにはいかなかった。

 「……その理屈で言ったら、SMILOIDやKAMALOIDも必要じゃなくなっていくわね。作業用アンドロイドも、人の手でできる仕事を手伝う理由はなくなる。

 まして、元ジャンクの恋人ごっこしかできない人真似アンドロイドなんて、存在理由が分からない」

 「……なんですって?」

 ルカの瞳に、それと分かるほどの怒りが灯った。してやったり、とメイコは唇の端を持ち上げる。

 「私達は今も必要とされているわ。このドームにファンが訪れてくれていることが、その何よりの証拠じゃない。彼らが私達の歌を求めている。だから、私もカイトもミクも歌う。歌うことが楽しいし、ファンの笑顔が何よりの対価。

 他のアンドロイドもきっとそうね。SMILOIDは必要とされるから笑うし、KAMALOIDは求められるから温もりを与える。なぜか? それが役割で、私達のあるべき理由、姿だからなのよ。返ってくる笑顔が、彼らにとっての報酬ね。

 それで、ルカ。あんたは誰に何を与えているのかしら? もらっているだけの物と同等の対価を、あんたは返せているの?」

 噛み付くような形相で反論しかけたルカだったが、しばし口をパクパクさせたあと、瞳から怒りが消えていった。

 価値のない、壊れたアンドロイドだった自分を拾い、愛してくれたヤンとの日々を思い返しているのだろう。そしてメイコの言うとおり、彼女はヤンに何も与えられていないのだろう。

 無理もない話なのだ。彼女が心を得たのは昨日の今日で、今これから何をしてあげられるかを考えていけばいいのだから。それを知っている上で、メイコは煽った。彼女とヤン、2人の絆の強さを知っているからこそ、である。

 (喧嘩に手段は選ばないってね。ま、ちょーっとやりすぎたかしら)

 どんどん下を向いていくルカに、メイコはこっそり舌を出してから、

 「……ヤンがあんたに望んでいるのは、VOCALOIDになるってことだけじゃないわ。

 あいつがあんたにしつこくVOCALOIDを勧めているのはね、私達や美鈴やリンを、もっと身近に感じてほしいからなのよ。

 私達はもちろん、美鈴もオサムもリンも、……そしてヤンも、歌に特別な絆を感じてるわけよ。あんたの恋人は、その絆にあんたも加えたいだけ。気づいてないわけじゃないでしょうに」

 「……」

 「それでもVOCALOIDを拒むってなら、私はもうあんたを諦めるわ。歌が嫌いってのを罪だと言う気はないし、それなら私達は縁が無かったってだけだしね。ヤンだって、この話を蹴ったくらいじゃあんたを嫌いになったりしないでしょうし。

 どうせあんたがVOCALOIDになるって話は、しばらく延期になったんだしね」

 「え?」

 予想外の言葉に、ルカが顔を上げた。その表情に、嫌な予感を抱いていることが感じ取れた。その予感がずばり的中しており、メイコとしては楽しいような申し訳ないような、複雑な気持ちになった。

 「私の可愛い妹分が、VOCALOIDになるみたいよ。誰かさんのとばっちりをもらってね」

 「……リンのこと? そんな、冗談でしょ!?」

 カイトの歌が終わり、伴奏がフェードアウトしていく。それと反比例するかのように叫んだルカを、メイコは唇に人差し指を当てて制した。

 「静かにしなさいよ、声が漏れたらステージが台無しじゃない。

 ……冗談なんかじゃないわ、美鈴は本気みたいよ。まだあの子には話してないみたいだけど、仕事は仕事だからね。ルカを説得できなかったのは自分のミスだから、会長やスタッフには迷惑をかけられないって言ってたわ」

 「だからって、リンなの? あの子は関係ないじゃない!」

 「そんなことないわ。VOCALOIDと深く関わってきてるし、何よりリンは、アンドロイドなのよ。生まれも育ちも関係ない、秋山美鈴のアンドロイドである以上、相応の役割は果たさなければいけない。あの子ももう、知らない分からないじゃ済まされない立場にあるの」

 「そんな、勝手すぎるわ! 私もリンも、元は歌うアンドロイドじゃなかった。こなすべき役割が、リンにもきっとあったはずよ。なのに、人間の勝手で役割を変えられるなんて、あんまりじゃないの! 私達には心があるのよ!?」

 「だからこそ、私達は答えなきゃいけないんじゃないの。あの子だって、それくらい分かっているはずよ。心をくれた美鈴達は、私達アンドロイドよりもずっと先に死ぬ。その前に、心と同等のものを、それができなければより近い何かを、私もリンも返さなければいけないわ」

 ルカがかぶりを振る。

 「おかしいわ、そんなの。欲しくて与えられたわけじゃないのに、その対価を払えだなんて」

 「あら、そう。あんたはいらないのね、『KOKORO』」

 「……それは、その」

 淡々としていて、機嫌が悪くなることもなく、ただただプログラム通りに日々を送る。そんな昔のように戻りたいかと聞かれたら、メイコなら唾を吐きつけるだろう。ルカだって、同じ心境のはずだ。

 文字通り、心から愛せたのだから。手放したくなどないはずだ。例え望んで与えられたわけでなくとも、人の形と心を、そこから始まる繋がりを、ルカが捨てられるわけがなかった。

 「その対価を、美鈴はVOCALOIDになるって形として欲しがっている。ルカの言うとおり、それはある種の押し付けだから、あんたがそれに答えなくても、誰もあんたを責めやしないと思うけどね。あ、私以外だけど」

 「……リンだって……嫌がるわ……」

 「渋るわよねぇ。私もそう思うわ。あの子にVOCALOIDになりたいかって聞いたら、絶対NOって言うからね。でも、最後には頷くわよ。誰よりも家族と絆を大切に思っているからね、リンは」

 歌も歌えるみたいだし、と付け加えて、うな垂れたルカに肩をすくめて見せる。

 「別にあんたのせいってわけじゃないわよ。遅かれ早かれ、たぶんあの子は歌うことになってたと思うしねぇ。

 でも、これだけは知っておきなさいよ。あんたも、与えられた役割を演じていればいいわけじゃないの。心があるなら、なおさらよ。リンがクリプトン博士の死後数百年の時を経て、美鈴の家族になったようにね。それができないなら、ルカ」

 「……」

 「あんたはジャンクのまんま、何も変わっていないわ。『ヤンの恋人』である自分を演じているだけの、壊れたアンドロイドよ」

 「くっ……!」

 反論できず、ルカが下唇を噛んだ。苦虫を噛み潰したかのようなその顔を見ながらも、メイコは続ける。ここまできたのだから、トドメも刺してしまおうという魂胆である。

 「与えられたものを受け取るだけで満足してるようじゃ、誰かを愛してるなんて戯言、口にするだけでもおこがましいわ」

 「……人を愛したことのないあなたに、そんなことを言われる筋合いはない!」

 ルカが、咆えた。スタッフも含めたこの場の者が、皆一斉にこちらを向く。彼女が人間であったなら、今頃メイコは殴られていたに違いない。猛獣のように牙を剥いている。

 「私は、私は……! あの人の傍にいようと決めたのよ!! そう、それが私のするべきことだと思ったから! 私の選んだ道だから!」

 「あら、ずいぶんとまぁ自分本位に考えられるのねぇ。私にはヤンがあんたの傍にいようとしてるようにしか見えないわ。あんたはいっつもフラフラフラフラ、まるで主人と従者みたい」

 「メイコ……! あなたって人は、よくも──」

 なおも怒りを吐き出そうとしたルカが、言葉を止めた。怪訝に思った直後、メイコの頭に手が置かれる。

 「カイト……」

 「僕のコンサート、邪魔しにきたわけじゃないよね?」

 振り向いた先にいた兄弟は、それはそれは呆れた表情を浮かべていた。まるで妹達の喧嘩を止めに入った兄のような、そんな顔である。

 思えば、ライブの音は止まっていた。観客席からはざわめきも起こっている。

 「げ、まさか」

 メイコが苦い顔をした。意味が分からずカイトとこちらを交互に見ているルカに、カイトが溜息混じりに言う。

 「2人の声が、会場に漏れたんだ。サブマイクのスイッチでも入ったみたいだね」

 「まじで……? あっちゃー」

 額に手をやったメイコは、反省はしているが大した問題じゃない、とでも言いたげである。対照的にルカは、彼女が人であったなら顔面蒼白もいいところだろうという、絶望的な表情になっている。それほど、VOCALOIDのコンサートには価値があると理解している証拠だろう。

 スタッフ一同があわただしくなった。この状況をどう説明しようか、ライブの続行は可能なのか、なぜマイクが彼女達の声を拾ったのか、そんな話題が怒号となって飛び交っている。

 「ど、どうしたら……! 私はそんなつもりじゃ……」

 あわあわと、ルカが涙を目に溜める。先ほどの喧嘩の余韻か、感情が高ぶりやすくなっているのだろう。しばらく観察してからかう種にしたいと思ったが、カイトのじっとりとした視線がこちらを突き刺していた。

 「メイコ、僕の言いたいことは分かるよね」

 「……えー、めーちゃん分かんなーい」

 頬を膨らませ、両手の人差し指を当ててとぼけてみるも、兄弟からの視線はただただ冷たいばかりだ。溜息をついたところで、会場の客席から声が聞こえてきた。

 「メイコちゃーん! 喧嘩すんなよー!」

 どっ、と客席が笑いに包まれる。サクラというわけではなさそうで、メイコへの冗談混じりの声がどんどん聞こえてくる。やれ手加減してやれだの、やれ相手が泣いちゃうだの、好き放題言われているようだ。メイコの印象は、まず喧嘩で負けないタイプらしい。彼女自身、誰にも負けるつもりはないのだが。

 しばらくそれを上手で聞いていたが、収拾をつけられるのは自分しかいないようなので、メイコは肩をすくめて、手短なスタッフを捕まえる。

 「ちょっとあんた」

 「なに!? 今君のおかげでとても忙しいんだよ!」

 「私の歌、流して。適当に熱いの」

 「……なんだって?」

 カイトからマイクをふんだくる。事情を察したらしいスタッフが、音響のもとへと走っていった。

 ファンが呼んでいる。それだけでメイコは気合十分、何曲でも歌ってやれる気持ちになっていく。その肩を、カイトが叩く。

 「ちゃんと謝るんだよ、みんなに」

 「分かってるって。ついでにあんたの歌でしっとりした心に火をつけてくるわ」

 「お手柔らかにね、この後僕も歌うんだから」

 「そんなの知らないわ。熱くなるかどうかはあいつら次第よ」

 苦笑を浮かべるカイトへウィンクして、メイコは舞台へと走る。その背後から、ルカへと語る兄弟の声が耳に届いた。

 「ルカ、しっかり見ておいてくれ。メイコのステージを。聞いておいてくれ。僕ら『VOCALOID』の、誇りを。同族の君には特に、知っていてほしいから」

 「……」

 ステージライトが眩しい。光が熱い。それだけで、心が躍った。客席へと思いっきり手を振る。歓声が起こる。

 『カイトの歌を邪魔してごめんね! お詫びに飛びっきり熱いのを上げるよ! さぁ、弾けるくらいノっていっちゃって!』

 客席、総立ち。まだ伴奏だというのに、つい少し前までカイトのバラードライブだったことを忘れるほど、客席の熱気は最高潮になっていった。

 『たっぷり受け取りなさい! 私の、私達の魂を!!』

 

 

 

 

 なにやら、ステージのほうでアクシデントがあったらしい。メイコとカイトの機転で問題は片付いたらしいが、正直そんなものは、今の美鈴にとってどうでもいいことだった。

 センタードーム地下にある、VOCALOIDのメンテナンスルーム。作業用の椅子を2つ拝借し、1つは自分が、もう1つは淡々とストローでオレンジジュースを吸い上げている少女が座っている。

 「あぁ、なぁリン、その」

 「もう知りません」

 「そんな怒るな、悪い話じゃないだろう」

 「知りません。相談も無しに決めるなんて信じられません。最低です。最悪です。いくら美鈴さんでも、さすがに許せません」

 「う……」

 すさまじい猛攻だが、今回の一軒はどう見積もっても美鈴に非がある。リンが不機嫌になるのも致し方ないことだ。

 ルカを説得できるアンドロイドは、もはやリンとレンしかいないと踏んだ美鈴は、彼女らにVOCALOIDとなってもらおうと考えた。なるべくしてなったVOCALOIDではなく、自分の意思でVOCALOIDを選んだアンドロイドがいれば、ルカの心も動くかもしれないからだ。ここまではいい。

 問題なのは、ここからだ。なぜそんな軽率な行動をとったのか自分でも分からないが、リンに話すより先にビリー会長に話を通してしまったのだ。しかも、OKが出てしまった。しかも、ルカのデビュー期限である10日後までにという条件付きである。

 そして、リンの反応はこの通り。当然の結果だ。これでは、ルカを説得したほうが早い気がしてくる。

 「なぁリン。あぁ、VOCALOIDになるのは、やっぱり君も嫌か?」

 「そこが嫌ってわけじゃないです。ミクちゃんたちには憧れてますし、自分もそうなったらすごいなーくらいには思ったこともありますよ」

 「……! じゃあ」

 「だからって相談もしないで好き勝手に話を進められたらさすがに面白くないです私だって人間じゃないけど心があるんです玩具じゃないんですそれとも美鈴さんはやっぱり私を道具としか見てないんですかだったらもうクリプトン博士の研究所に帰ります」

 息継ぎ無しで、美鈴を攻め立てる。もっとも、リンはアンドロイドなのだから、本来呼吸をしなくては生きていけないわけではない。話を聞き取りやすいように区切ってくれているだけで、こうも一方的に喋り続けるのは、ただの嫌がらせだ。

 「……悪かったよ、ごめんな、リン」

 「むぅ。そんな頭下げられたって、今回は許せません」

 深く反省はしている。どうあっても許されないようなことをしてしまったのだとも、理解している。だがそれでも、引けない部分があった。

 「分かっているさ、私が一方的に悪かった。けれど……これだけは、知っておいてくれないか。私が君をVOCALOIDに推した理由だ」

 「……いいですよ。聞いてあげます」

 「あぁ、ありがとう。私はね、何もルカを説得する材料としてリンをVOCALOIDにしようとしたわけじゃないんだ。もちろんそれも理由にある。けれど、それ以上に……。私は、君を特別だと思っている」

 黙ったまま、リンはじっとこちらを見つめている。不機嫌さは滲み出ているが、それでも真剣に話を聞いてくれる少女を、美鈴はとても愛しく感じた。研究馬鹿の美鈴に家族を愛するこの感情を与えてくれたリンは、やはり他の誰よりも大切だ。

 「君は『KOKORO』を持つ初めてのアンドロイドだ。そしてそれ以上に、沢山の『奇跡』を包み込んでいる存在だ。あぁ、機嫌取りなんかじゃない。聞いてくれ。

 ──そう、君は奇跡的な存在だ。リンのアンドロイドとしての性能もそうだが、それ以上に……。あぁ、説明しにくいな。なんと言えばいいのか」

 「うぅ、そんなべた褒めされると、恥ずかしくなります」

 赤面するリン。感情で顔色が変化するのもまた彼女独特だ。彼女は真っ赤な顔のまま、上目遣いでこちらを観察してきた。

 「……やっぱり、ご機嫌取りなんじゃないですか? 口車には乗せられませんよ」

 「あぁ、そうじゃないんだ。私の本音なんだよ、これは。大切な話だ」

 「……続き、どうぞ」

 俯いたまま促されて、美鈴も仕切りなおしのために咳払いを1つ、姿勢を正した。

 「君は沢山の存在に影響を与えている。VOCALOIDや、そうでないアンドロイド。君の中に眠っていたもう1つのアンドロイドシステムにも。そして……私達人間にも。

 あぁ、私も凄まじい影響を受けたな。何より社交的になったものだと、自分でも実感しているよ」

 「社交的ぃ? 美鈴さんがですか?」

 尋常じゃない疑いの視線に、美鈴は思わず食って掛かる。

 「なんだ、文句でもあるのか?」

 「文句はないですけど、口も目つきも態度も悪い美鈴さんが社交的ってのは、どこをどう引っくり返しても絶対にあり得ない気がして。できれば一度自分自身を冷静に見直したほうがいいですよ。きっと二度と社交的な自分を想像できなくなりますから」

 いつものさらっと毒を吐く癖かと思ったが、いつもより確実に口が悪い。わざとやっているのかとも思ったが、詮索すると論点がずれそうだ。

 「……いい。今は見逃してやる」

 ゆっくりと息を吐き出し、ついでに言い返したかった言葉も押し出す。ともかく、と美鈴は続けた。

 「君が人々に影響を与えているのは事実なんだ。立川もヤンも、君と出会って変わった。……思えば、あいつらが君を拾わなければ、今頃は皆、バラバラだったんだな」

 「そうですね……。でも、人の繋がりってそういうものなんじゃないでしょうか」

 「あぁ、その通りだ。それでも、君が届けてくれたものは出会いよりも大きいものなんだ。私達人間に、心の大切さを再確認させてくれたのだからね」

 「……」

 「私は家族の暖かさを知った。立川は絆を、ヤンは愛を、マリア嬢は友情を、それぞれ強く心に刻むことができた。それらを人に届けられるアンドロイドは、リン、君だけだ」

 恥ずかしげに、リンが膨れ面をする。ここまで真剣に褒めたことは無かったし、彼女もまた、初めてのことなのかもしれない。

 「買いかぶりすぎですよ……そんなの」

 「そんなことはない。ミク達じゃだめなんだ。彼女達は歌で人を癒すことはできても、心そのものを変えることはできないんだ」

 「どうして? みんなの歌はすごいのに」

 「彼らは、孤独を知らない」

 きょとん、とリンの瞳がこちらを見つめている。美鈴は1つ頷き、

 「あの子たちは、独りを知らないんだよ。アンドロイドとしてこの世に生まれてまだ短いが、彼らは常に誰かと共にあった。私や、センタードームのスタッフだったりね。

 皆に悩みがないとは言わないさ。カイトなんて、確実に何かを隠しているしな。だが、人々が抱える孤独感を癒せても、取り除く術を知らない。それだけの力を得る為の経験を、あの子達はしていない」 「それは、私だって同じですよ。そんな大層なこと……」

 「あぁ、重荷に感じたならすまない。君はそれらを、自然にやってのけてしまうんだ。皆が君を奇跡と呼ぶ最たる理由がそれさ。

 云百年の孤独を経験した君と、君の中のレンにしか、人々の持つ孤独を取り去ることはできない」

 「確かに、私とレンはずっと独りぼっちでした。それはとても寂しかったし、沢山の人が同じ気持ちでいて、それを私達が解決できるなら、そうするべきだと思います。

 でも……それはアンドロイドである私達がやるべきなの? 同じ人間じゃ、だめなんですか?」

 「だめだ」

 きっぱりと言い切った。それだけの理由が、美鈴にはある。たとえ真理でなくとも、自分自身の思い込みだとしても、それすら実現してしまえるのが、リンだ。

 「他のアンドロイドでもダメなんだ。ルカも君達に近いが、彼女は君達じゃできないことができる。愛を知るアンドロイドは、今のところ彼女だけだからね。

 あぁ、君達しかできない理由、これは……少し辛い話になるかもしれない。聞いてくれるかい?」

 リンが頷く。ここまで話をされて、聞かないわけにもいかないのだろう。その顔には、照れと不安が浮かんでいる。先ほどまでの怒りは、もう冷めたようだ。

 「君とレンは……たった2つだけの存在だ。Dr.クリプトンに作られた、他に同士のいない、たった2人だけの、クリプトンの子供なんだ。あぁ、これは君達を仲間はずれにしようとか、そういう発言じゃないぞ」

 「……うん、美鈴さんの言いたいこと、分かりますよ」

 「ありがとう、続けよう。……君達2人は、クリプトン博士に作られた唯一の存在にして、心を届けられる唯一の存在でもある。ルカの一件で、『KOKORO』を持つアンドロイドならその他のアンドロイドに干渉可能だということは分かったが、問題はそこじゃない。

 私は、こう考えている。君の声や仕草、その全てが人の心に干渉していると。アンドロイドだけではなく、全ての『ココロ』に、君はアクセスしている」

 「んえぇっ」

 突然飛躍した話に、リンがおかしな声を上げた。思わず噴き出して、美鈴は笑いながらリンの頭を撫でてやる。

 「あぁ、驚いただろう。これはきっと、Dr.クリプトンも想像していなかっただろうと思う。自分の作ったプログラムが、人の心を変えるかもしれないなどと、思いもしなかっただろうよ。

 だが、実際にそうなっているんだ。これは会長から聞いた話だが、マリア嬢は人当たりはいいが、他人を見下す癖があったらしい」

 「マリーがですか? そんなこと一回もありませんよ」

 少しむくれて、リンが反論してきた。親友を悪く言われたように聞こえたのだろう。美鈴は首を横に振った。

 「君と会う前の話だ。学校の友達を、成績や家の裕福さで見下していたらしい。それで何度も喧嘩になっていたそうだ。リンと友達になってから、彼女は変わったそうだよ。それこそ天使のようになったと、会長は喜んでいた。

 立川も相変わらずに見えるが、ずいぶんと棘がなくなったしな。皆、君と出会ってから変わったんだ。君がそう思おうと思うまいと、人の心を変える力が君にはある。そして、レンにもきっと」

 「……私達に……心を変える力が……」

 胸に手を当てて、リンが目を閉じる。レンに問いかけているのか、それとも自問しているのか。美鈴には分からなかったが、彼女の口元に浮かんだ微笑みは見逃さなかった。

 顔を上げたリンは、相変わらずのひまわりのような笑顔だった。

 「やっぱり、私にそんな力はないですよ」

 「っ……。そう、か……」

 この笑顔は、拒絶なのか。心底落胆し、美鈴はがっくりと肩を落としそうになる。ケラケラと、リンが笑った。

 「だって、私はただのアンドロイドです。心を手に入れてから、なんだかドジになっちゃったし。VOCALOIDになったって、失敗ばっかに決まってます。心を変えるなんて、そんな大げさなことはできるわけがありません。……でも、美鈴さん」

 「……?」

 我ながら生気が宿っていないだろうと思う目をリンへと向ける。彼女は相変わらずの笑顔で、はっきりと、言い切った。

 「私、なります。VOCALOID、やりますよ」

 聞き間違いなどではない。リンは、確かに言った。『VOCALOIDになる』、と。思わず、美鈴は狼狽した。

 「! いや、しかし……いいのか? 嫌なら無理強いは……」

 「やるんです。レンもやるって言ってます。大好きな人が、私に大きな期待をしてくれてるんだもん。心を変えるとか、分からないけど、歌います。

 私が歌うことで誰かを笑顔にできるなら……。美鈴さんが笑ってくれるなら、私、がんばりますよ!」

 知らず、リンを抱きしめていた。腕の中で、少女がもがく。構わず、腕に力を込めた。

 「ありがとう、リン! ありがとう……」

 「美鈴しゃ、ちょっと!」

 「いつもいつも……勝手なお願いばかりですまない。何もしてやれないのに、君にばかり辛い思いをさせて……ごめんな。ありがとう」

 自分の頬を、水滴が伝った。自分は泣いているんだなと理解するまで、少しだけ時間がいった。今はただ、リンの温もりだけを感じていたい。

 「……何もしてないなんて、嘘です。美鈴さんは、私にたくさんのものをくれましたよ。独りだった私の家族になってくれたじゃないですか。友達を作れたのも、お姉ちゃんやお兄ちゃんができたのも……美鈴さんのおかげです。恩返しできてないのは、私のほうです」

 「そんなことはない。私はいつも、与えられてばかりだ」

 力を緩めると、抜け出たリンは頬を赤くして、クスクスと笑った。

 「お互い様なんですね。きっとこれからも、お互い様ですよ」

 「……そうだな。あぁ、その通りだ」

 笑い返して、美鈴はリンの頭を撫でた。気持ち良さそうに目を細める少女を、愛しげに見つめる。そして、やはり彼女は心を変える奇跡を持っていることを、確信した。

 「よし、さっそくトラボルタに連絡しよう。いい歌を作ってくれるぞ。後は、あぁそうだ。衣装だな。2人分の衣装か、用意しなければな」

 「ちょっと、張り切りすぎですよ。あと、服はこのままでいいです。これがいいんです。初めて美鈴さんにもらったものなんですから」

 リンが摘まんで示したのは、彼女のお気に入りである黄色いノースリーブのセーラー服だ。似たような男の子用の服をレン用として、すでに注文してある。

 愛娘の入学式のような気分だった美鈴は、本当はもっと華のある服をと思っていたのだが、今回はぐっと堪えて頷いた。

 「分かった。今回は譲ろう」

 「やった! ありがとう、美鈴さん!」

 抱きついてきた少女を、優しく受け止めた。

 VOCALOID、リン、レン。これから彼女達が起こすだろう数々の奇跡を最も近くで見れることを、美鈴は心から感謝するのだった。

 

 

 

 

 「なななななななな……! なぁんですってぇぇぇぇぇっ!?」

 マリーは絶叫した。それはもう、文字通り、他に形容しようが無いくらいの絶叫だった。隣に座っていたトラボルタが、耳を塞いでいる。

 「先生、それは本当ですの? 真実ですの!?」

 「あ、あぁ。さっき秋山さんから連絡があってね。それはもう嬉しそうに、リンちゃんがVOCALOIDとしてデビューするから、いい歌を作ってくれって言われたよ」

 信じられないのか、マリーは授業中だったピアノを放棄して、あわあわと手をあちらこちらに動かした。彼女にピアノを教える家庭教師も兼ねているトラボルタが、笑みをこぼす。

 「マリアの気持ちも分かるよ。VOCALOIDにはならないと言っていたリンちゃんが、だしね。何より、マリアにとっては親友なんだし」

 「そう、それが一番びっくりですわ。VOCALOIDのお友達なんて、あぁでもミク達もそうですわ。……いやというより、やっぱりリンがVOCALOIDっていうのが、なんていうか……なんなんでしょう!」

 「僕に聞かれてもね……」

 苦笑いを浮かべるトラボルタだったが、マリーの言いたいことは理解してくれているようだ。

 「リンちゃんがVOCALOIDか……。うーん、予想外の結果だな。どんな歌を作ろう?」

 「そうですわねー。リンの歌、想像しやすいような、難しいような……」

 「単純なようで深いからね、彼女は」

 「うーん」

 2人して唸っていると、マリーの部屋の扉が開いた。現れたのは30代半ば程の、美しい女性だった。空いている手にトレーを持っていて、そこには3つ、ココアが乗っている。

 「マリア、ココアが入ったわよ」

 「あら、お母様」

 トレーをテーブルに置くと(マリーの部屋は美鈴とリンの寝室の倍以上の広さである)、マリーの母親──シーナ・ラダビノードは、2人を手招きした。素直に従って、トラボルタと共にテーブルへ向かう。

 誰よりも先にココアへ手をつけたシーナは、ニコニコと笑いながら、

 「マリアは、なんで叫んでいたの?」

 「あら、聞こえていましたの? 恥ずかしいですわ」

 頬に手を当てて照れるが、それだけの大音声だったのだ。下手をしたら、屋敷中に響き渡っていたかもしれない。

 「実は、リンがVOCALOIDになるんですの」

 「あらぁ、リンちゃんが? ……といっても、以前泊まりに来た時の一度だけしか会ったことがないのだけれど。とても可愛くていい子だったってことは覚えているわ。あの子がVOCALOIDになるのは、そんなに大変なことなのかしら」

 ニコニコと──シーナはいつも笑っている。怒っている時もだ──聞いてきたので、マリーはそれはもう、と頷いた。

 「大変ですわよ。リンはドジでおっちょこちょいで、正直アンドロイドだってことを忘れるくらいぽけーっとしてますし」

 「マリア、あんまりお友達を悪く言うんじゃないですよ」

 「……ごめんなさい。ええと、どう説明したらいいのかしら。ともかくリンは、人前で目立ちたがる性格じゃないんですの。今までだって何回も『VOCALOIDにはならない』って断言してましたのに」

 「彼女の中で、何か大きな変化があったということなんだろうね」

 「あらあら」

 分かっているのかいないのか、シーナはウフフと笑って、ココアを一口飲んだ。マリーは慣れたものだが、本当にマイペースな母である。

 茶菓子のクッキーをつまみながら、ふと思い出す。リンより先にVOCALOIDになるべきアンドロイドがいたはずだ。彼女はどうしたのだろうと、トラボルタに訊ねる。

 「ルカさんは、やっぱり頷いてくれませんの?」

 「……彼女は難しいらしい。そのためにもリンの力が必要だと、秋山さんは言っていたよ」

 「リンの力、ですか」

 ココアに口をつけて、マリーは少し考えた。そもそも、ルカがVOCALOIDになることを拒否している理由が曖昧だ。勝手に決められたから腹を立てて駄々をこねている、というわけでもあるまい。

 (恥ずかしいからかしら……。リンも嫌がってましたけれど、でも……)

 聞いた話では、凄まじい剣幕で拒絶したそうだ。そうさせるのは彼女の中にあるVOCALOID像なのか、あるいは他の何かか。

 どちらにせよ、幼いマリーには分からなかった。トラボルタにも理解しかねるらしい。

 と、母が口元に人差し指を当てた。彼女の『秘密の話』の合図だ。大事な話であることが多く、マリーは自然と背筋を伸ばしていた。

 「ビリーから聞いたの、ルカちゃんのこと。元々壊れかけていたアンドロイドを修理して、ついでに心をあげた子だったわね?」

 「そうですわ。ヤンさんの恋人ですの」

 頷く。シーナはやはり微笑んだまま、続けた。

 「そんな子にVOCALOIDになれなんて、私は少し酷いと思っちゃうわぁ」

 「え? なんでですの?」

 「それはだって、ねぇ」

 ごまかすように笑うシーナに、マリーは真っ直ぐ視線を向ける。母のごまかしには、これが一番効果があるのだ。すぐに折れて、苦笑気味に母が言った。

 「どん底の暗闇で這いつくばって生きてきた人にとって、お日様の光は眩しいもの。まして……その光を受けて輝く宝石なんて、直接見るのも辛いでしょうねぇ」

 「……?」

 例え話であるだろうことは理解できたのだが、シーナが言いたいことが見えてこなかった。トラボルタには何か分かったらしく、腕を組んで目を閉じた。母は続ける。

 「路傍の石がダイヤになるためには──幾千万の努力と覚悟がいるの。一昼夜で決断しろだなんて、私にはとても酷に聞こえるわ」

 「ルカさんがダイヤで、え? あれ? お母様、何の話ですの?」

 「マリアには少し難しかったかしらね。大きくなったら分かるわよ」

 「むぅー」

 頬を膨らませてみても、シーナはやはり笑うばかりで、それ以上の説明はしてくれなかった。中々に頑固な母である。追求しても無意味だろう。

 シーナの言ったことを理解したらしいトラボルタが、冷め始めたココアを一口すする。

 「そうか……ルカは、それで。しかし、リンをVOCALOIDにしようとしている秋山さんは、そのことに気づいているのでしょうか」

 「そうねぇ、あの人は頭がいいから、気づいてそうだけれど。……あるいは、だからこそリンちゃんをVOCALOIDにしようとしているのかもしれないわね」

 「……なるほど。花は光の下でこそ、ですか」

 「その通りですわ」

 「花は光の……?」

 会話の意図がまるで見えず、マリーは最後の一口となったココアを飲み干した。明日は学校の友達と遊ぶ約束をしている。どんな話をしようかと考えているうちに、母と講師の会話は耳から消えた。

 VOCALOIDになろうがなるまいが、結局のところ、リンはリンなのだ。親友がいつもどおりでいてくれるなら、別に何になろうが関係ない。幼いマリーの思考は、それを結論として終了するのだった。

 

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