カタリロンパ   作:カタリベガタリ

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 いつもの朝食会。それは、何の代わり映えもしない平穏な日常の象徴。時折小さな軋轢があるとはいえ、それは健全な範疇。つまり――まだ、()()()()()犠牲者は出ていなかった。

 本日も、執事が用意したとろけるほど美味しい食事を味わっていた時のことである。

 

「あのさあ、僕、気になってたことがあるんだけど」

「どした? よはね」

 

 コンフィズールの夜羽が、ちらりと周囲を見渡して発言する。彼にしては珍しく、場の空気を読んでから慎重に言葉を選んだ様子だった。いつも通りに隣の片割れがその真意を聞き返す。これは彼の仕草が普段と違ったからではなく、この双子にとっては当然のことだった。

 相方の問い掛けから一呼吸置いて、夜羽は食事をする為ではなく口を開けた。

 

「僕たち、死んだらどうなるんだろうね」

 

 ……それはまるで、なんてことない雑談をするように。別段これといって、特に何の気も遣われずに飛び出した発言は、有子をはじめとする一同の食事の手を止めた。何人かはあからさまに表情を曇らせる。しかし、()()()()()気を遣った様子が伺えたのは確かだった。それを分かっている一同は(彼の相方も含めて)、咎めるようなことはしなかった。

 飴細工師は続ける。

 

「亡骸だけでも家族の元に返して貰えるのかな? ……まあ僕が戻りたい家族ってきくねしかいないから、今関係無いんだけど……。でも、みんな割と気になるんじゃない?」

「確かにぃ……。おじちゃんもおばちゃんも、今頃心配してるだろうなぁ〜……」

 

 うーんと加連が首を傾けて思い返す。……そこで出てくるのって、普通お父さんとお母さんなんじゃ? 有子は思わず出かかった突っ込みを、微笑みで誤魔化した。

 すかさず次の発言者が口を開く。それは、この話題から連想する――先の事件に関連したこと。

 

「そういや、茨木の身体ってどこに……」

「まだ冷凍庫にあるの?」

「いいえ。あの後……裁判が終わって、夕食の準備をしていた時にはもう、茨木様のお身体はありませんでしたよ」

「んぇ……。きれいさっぱり? 指のひとつも残さずってこと?」

「ご退場した皆様を、そのままにしておくわけないじゃありませんか」

 

 びくり、と。有子は思わず肩を震わせる。危うくバランスを崩した箸は、皿の上に米粒を落とすだけに留まった。おそるおそる、音声の聞こえた方に目を向ければ――思った通り、白黒の狐。数名の生徒の表情が険しくなっていく。

 

「お前……」

「モノヴォルちゃんが連れてっちゃったの?」

「彼らは物語にもう登場しません。いつまでも亡骸だけそこに存在しているのは、皆様の生活のノイズになりますでしょう? ワタクシは監督者でございますから、この共同生活中、皆様が快適にお過ごし頂けるよう整えなくてはなりませんので」

 

 ああ、そうだ。そういえばこの狐は……目の前に現れた時からそんなことを言っていたな。うんざりしなから最初の会話を思い出す。結局、これは誰が何のために仕向けているものなのだろう? 考えても出てこない答えを、有子はすぐに思考するのをやめた。

 

「……それで? お前、何しに来たんだ。わざわざその疑問に答えるために現れたわけじゃないだろう」

 

 狐の発言に、ふうとため息をつきながら腕を組んで、我らがリーダーが不機嫌そうに尋ねる。そう、いつだってこの狐は自分の用事がある時にだけ現れるのだ。

 ぬいぐるみは――彼の問い掛けを聞いて耳をぴくと動かすと――待っていましたといわんばかりに、上機嫌な様子で鼻を鳴らした。

 

「くしし。お察しがよろしくて助かりますね。もちろんその通り! 今回はお待ちかね、新たな"動機"の配布にやって参ったのです!」

「動機……!」

 

 ざわ、と一同がどよめく。それもそのはず。こうしてモノヴォルに"動機"を配られ……殺人が起こってしまった、その顛末はまだ記憶に新しい。眠り姫の彼女と、最悪の形で犠牲になってしまった彼の最期を思い出して、皆が顔を顰めた。モノヴォルはその様子も可笑しそうに見つめる。

 

「フフ、皆様動揺していらっしゃる。先の事件、裁判はまだ覚えておいでですよね? そう、ワタクシは再びアレを皆様に要求致します。そのための新鮮な"動機"を、此度お持ち致しました」

「……馬鹿げた話だ。もう二度とそんな戯れ言には乗らない」

「そーだそーだあ! いけーしこくちゃん! いったれいったれーい!」

「せつなちゃ〜ん、危ないよぉ。下がってな〜」

 

 相変わらずモノヴォルに楯突く赤柳と、彼にとことこと引っ付いていく星永。小さくか弱い存在である彼女を庇うように、加連が前に出て彼女を諌めた。

 反抗の態度を示すのは、もちろん、彼らだけでなく――そのうちの一人、菊音も顔を顰めながら腕を組んだ。

 

「どうせまた、俺たちにコロシアイを強要して――泣き叫ぶ様を眺めようってんだろ」

「嫌ですねぇ、ワタクシはそんなこと致しませんよ。皆様が快適に過ごせる環境を整備するのも、ワタクシのお勤めでございますからねえ。けれどもいちばん重要なのは、物語を進めることですから……。優先度の高い仕事からこなしていきますよ」

 

 モノヴォルはお構いなくケタケタ笑うように身体を揺らして、話を続けた。

 

「……ところで皆様、"金色(こんじき)ペテン"をご存知でしょうか?」

「!」

「こんじき……ペテン?」

「それって……」

 

 嫌な予感。この前置きを聞いて、有子は次に飛び出す台詞を予測してしまった。……そう、わざわざそんな詐欺師のことを話題に出す理由なぞ、悪趣味でいてストレートな狐紳士にとって、ひとつしかないのだ。

 

「そう、それはとある詐欺師の異名でございます。数多の富豪の財宝や富、資源を言葉巧みに騙し奪う大犯罪者! 悪逆非道な手口で被害者の中には自殺者も多いとか……。『おぞましいほど美しい金色の瞳を持つ詐欺師に気を付けろ』……そんな意味を込められて付けられた異名が"金色(こんじき)ペテン"。正体も素性も年齢も性別も不明な、その詐欺師を差す代名詞でございます」

「黒幕候補として名前が上がったことがあったな……」

「残虐非道の極悪人……だろ? なーんで急にそんな奴の話をしだすんだよ? ……まさか……」

「くしし……。皆様、流石は第一の裁判を乗り越えただけありますね。ええ、ええ、そうですとも。お察しの良い皆様がお気づきの通りでございます!」

 

 嬉しそうに狐紳士はそう言って、とこりとこりと歩を進める。名探偵がその推理を、勿体ぶって披露するかの如く――ゆっくりと言葉を紡いでいく。

 

「新たな動機、それは……」

 

 とこり、とこり。慎重に慎重に言葉をかさね、狐はくるくるとステッキを回しながら歩いていく。そうしてぐるりとその場を一周した頃、ビシッとステッキを天に掲げて。

 

「"()()()()()"()()()()()()()()()()……真実の情報でございます」

「……!」

 

 決めポーズをした。

 けれども有子たちにとって、このぬいぐるみの一連の動作はもはや意識の外だった。そんなことより、何より重大なことが今、発表されてしまったのだから。

 

「この……中に!?」

「……僕たちの誰かが"金色ペテン"だと言うのか?」

 

 顔を顰めて我らのリーダーが狐に問えば、紳士は堪え切れない笑いをこぼして頷く。

 

「くしし……。ええ。その通りでございます。()()()()()()()()()()()()()()()()……素性を偽り、名を騙り、本性を隠した……"金色ペテン"さんがいらっしゃるのです」

 

 有子はじっとりと手に汗を握った。その言葉が、事実が、とんでもない事であると正しく認識していたからだ。

 "金色ペテン"――……。それは、今最も世間を怯えさせている犯罪者。正体不明の、極悪人。人を騙し、そして――()()()()()()()()()()()()()、詐欺師。

 

「くししししし! 世紀の大犯罪者ともいわれる方が、まさかまさかこんなところにいらっしゃるとはね! さてはて、皆様こんな事実を知ってしまって……いかがなさるのでしょうねぇ? くししし!」

 

 大笑いをして、さっさと消えていく狐。またこの前の時のように……生徒たちへ、気まずい空気を残されてしまった……。

 しんと静まり返る中、有子はお腹に力を入れて発言する。

 

「ほ、ほんとに……"金色ペテン"は、わたしたちの中に、いるのかな……」

「いやぁ……どう……かねぇぃ? 綿貫ん時みてぇに、また誤解とかだったりするんじゃねぇのかぃ?」

「いや、今回ははっきり居るって言ってたんだし、誤解ってことはないんじゃない?」

「でも……」

「…………」

「確かに本当なら脅威ではあるが……。奴の言葉を鵜呑みにするのも危険だ。その情報提供者そのものが信用出来ないからな」

「で、でも"金色ペテン"ってやべーやつなんだろ? ホントにいたら……」

「たしか、素性はおろか性別すら分かってないんだよねぇ〜ん……。こりゃあまた、気をつけようがない……」

「皆様」

 

 ガタンとわざとらしく大きな音を立てて立ち上がったのは猫塚だった。彼はいつも通りの執事の微笑みではなく、あからさまに不機嫌そうな表情をしてため息混じりに口を開く。隣にいた加連でさえ、目を白黒とさせている。

 

「んぇ……猫ちゃん?」

「……これ以上その卑しい名を口にするのなら、僕の預かり知らぬ場で議論して頂きたいですねぇ。まだこの話題を継続なさるおつもりでしたら、まっっったく冷静ではいられそうにないので、本日は、僕はこれで失礼することに致します」

「ぇ、あれ、猫くん?」

「おい、待て猫塚。勝手な行動をするな」

「では、ごゆっくり」

「おい!」

「あー……」

 

 赤柳の呼び止める声も無視して、猫塚はさっさと食堂を出て行ってしまった。追いかけようと立ち上がりかけた赤柳は、こんなことで追い掛けるのも馬鹿らしくなったのか、ふんと鼻を鳴らして姿勢を正す。きょとんとする一同の中で、加連だけが何か知っているような顔をして、気の抜けた声を出した。中森双子が顔を見合わせる。

 

「あいつマジギレの目だったけどなんだったん?」

「さあ……」

「執事のまんま、あんなあからさまに不機嫌なのは、初めて見たなぃ……。隠そうとすらしてなかったぜぃ?」

「猫ちゃん、"金色ペテン"の話になると、すっげー機嫌悪くなるからぁ……。ま、気にしないでいいよぉ」

「……まさか彼が?」

「猫ちゃんがぁ? あっは、ナイナイ〜。あんなに嘘分かりやすい子が人騙せるはずないってぇ〜」

「確かにそれもそうね。一理あるわ」

「せーじちゃん、うそつくとき、すーっごいにこーってするもんねぇ〜!」

「それに"金色ペテン"は()()()()なんでしょ? 彼の目はライトブルーだよ。僕にはどう見ても金には見えないけど?」

「俺もだよよはね〜!俺たち別に色盲じゃないしねー」

「おめめがきんいろなのはれーちゃんだもんねー」

「……………………へぁ?」

 

 突然の名指しに、なんとも間抜けな声を上げたのは、他の誰でもない城主本人であった。少しの間があって、赤ずきんの言葉を頭に入れた一同がようやく驚きの反応を示す。

 

「え? あぁそっか、前髪長いから知らなかった……。え、青錆君、金目なの!?」

Was(え?)? あ、やっ……そ、それは……」

「こんにちわ〜。あらま、美形」

Nein(やっ……!)! やめてください!!」

 

【挿絵表示】

 

 夜羽が遠慮なく近付いて、青錆の長い前髪をぱさりと上げる。一瞬見えた瞳は、レモンイエローの綺麗な金目だった。疲れた目をしていたものの、何故普段隠しているのか不思議なほど整った顔立ちだ、と有子は思った。しかし当の城主は相当嫌だったのか、すぐさまコンフィズールの手を払って避ける。

 

「お前、そんなん黙ってたの卑怯じゃねぇの?」

 

 その瞳を見た相方の菊音は、訝しげに眉間に皺を寄せ青錆を睨み付ける。彼はびくりと肩を震わせながらも、首を振りながら否定した。

 

「ひ、きょ……! と、言われ、ましても……! た、確かに目の色は、否定は……しませんけどでもっ! わ、わわ吾輩、"金色ペテン"なんかじゃないですぞ!?」

「どうかなぁ。怪しいよ? だってこの中で金目なんて、青錆君くらいしかいないでしょ?」

「いや、シュヴァン城の城主としての才能を認められスカウトされた青錆が、日本で詐欺犯罪を起こすというのは不自然だろう。僕も奴だと噂される事件はいくつか知っているが……全て日本国内で起こったものだった。シュヴァン城はドイツにある古城なんだぞ」

「シュヴァンのこと古城って言うのやめてもらっていいですか……」

「反論はそこなの?」

 

 赤柳のフォローに、珍しく不機嫌そうな低い声で青錆は唸った。白雪が呆れたように肩をすくめるが、彼にとってはとても重要なことなのだろう。長い前髪から覗く金目は、愛する城に相応しくない呼称をしたフルーティストをじとと睨む。けれども、流石にそれで怯む赤柳ではなかった。

 数人がその様子に苦笑を浮かべて、今度は星永がこてんと頭を傾けた。

 

「うーん、言い出しといてなんだけど〜……。れーちゃんのおめめがキレイなのは本当だけど、ぼくも、れーちゃんがその詐欺師さんだとは思わないな〜……」

「私もせつなちゃんと同じ意見よ。だって、青錆君は人を騙して平気でいられるような人じゃないと思うの」

「せ、世絆さん……泡淵氏……!」

 

 女子二人に擁護された城主は、感謝の言葉を呟きながらぺこぺこ頭を下げる。その様子は、"城主"という肩書きに似合わないほどの低姿勢で情けない姿であったが、彼の人となりを知った今では不思議な光景ではなかった。

 白雪姫は横目で見つめながら、やれやれと頬杖をつく。

 

「まあ、普通に考えて身体的特徴だけで疑うのもね……。その『金色の瞳を持ってるから金色ペテンだ』って情報も、ただの噂でしかない訳よね。今この場で被害に遭った子がいる訳でもないし」

 

 その通り。彼女の言い分は、理にかなっていてまともである。有子も素直に頷けた。それに……有子も、青錆が積極的に嘘をつくような人物だとは思えなかったのだ。

 

「じゃあ……とりあえずペテンの話は置いとくってことで、いいんかぃ?」

「そうだな。現状なんとも言えん話題だ。これ以上の議論は無意味だろう」

 

 恐る恐る伊海田がそう尋ねれば、我らがリーダー・赤柳は頷く。赤柳と白雪……。最もリーダーシップのある理性的で冷静な彼ら二人がその結論を出せば、これ以上の追及をするという発想は、有子たちの中から完全に消え去っていく。

 そうして、本日も一日が始まったのであった。

 ただ、少しの疑念をうちに残して――……。

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 時間が進んで――数日後。

 動機が再び提示されたからと言って、すぐに何かが起こるわけでもなく――……。ほとんど変わり映えの無い日常が過ぎていた。……いや、()()()()()()()()()()()()()()()()()。それは、何度数えても()()()()()()こと。あの後の夕食会の時もそうだったが、それから――今朝もあの執事の姿は無く――……。

 ただ、美味しそうな料理が用意されているだけだった。

 

「おはよう」

「おはよう。……猫塚くん、今日も居ないみたいだね?」

「ええ……。まあ、お料理は出来たてのようだから……。あいつの身に何かあったわけじゃないのは、分かるんだけどね」

 

 いつも通りその場で待っていたひとり――白雪と挨拶を交わして、すぐに有子は声を掛ける。綺麗に配膳された食事にちらと目を落として、彼女は肩を竦めた。そんなにあの話題が嫌だったのだろうか……。執事の不在に心当たりがあるとすれば……そう、"金色(こんじき)ペテン"の話題。しかし、逆に言えば()()()()だ。

 相変わらず気難しい……。目の前の彼女も同じ考えだったのか、有子と目を見合せてもう一度やれやれと首を揺らした。

 そんなこんなでしばらくして――……。()()()()()全員が集まり、今日も朝食会が緩やかに始まったのだった。

 

 

 

 

「姫ヶ原さん、ちょっと聞きたいことがあるんだけど、いいかしら?」

「良かろう。何だ? 申してみよ」

 

 食事が始まってすぐ、白雪が姫ヶ原に向かって尋ねる。今回の話題は彼女から始まるようだ。前置きを耳にしたかぐや姫は、すぐに快く頷いた。そうして次に出たその"質問"は、有子が想像出来ない、思いかげないものだった。

 

「小型爆弾ってどのくらいの重量なの?」

「ふむ……」

 

 質問を聞き入れた姫ヶ原は、ひとまずそれに対する"解答"を用意することにしたのだろう。鳩に豆鉄砲を食らったような顔をする有子や周囲の生徒たちと違って、かぐや姫はそのまま顎に手をやり考え伏せただけだった。数秒の間の後、彼女は再び白雪に顔を向けて口を開く。

 

「爆発を起こす仕組みをどのように組んでいるのかによるが……。小型爆弾と一口に言っても、様々あるからな。通常、爆薬に発火装置で火をつけることが出来るのであれば、応用は可能だ。答えに迷うが、それが成立するのならば、何処までも軽く出来るであろうよ」

 

 科学者の解説に、一同はほへえとぱっくり口を開ける。有子も間抜けな顔を晒してしまった。思いがけない質問にも関わらず的確な解答を用意するあたり、流石"超高校級の科学部"だなあと感心した。

 しばらくして、笛吹き男が眉をひそめて白雪姫を見つめた。

 

「何故そんなことを?」

「……ほら、前にあたし、校則違反で殺されそうになったでしょ?」

「あー、最初の……」

 

 加連が呟き、有子も思い出す。……そう、最初の……。初めて有子たちの前に、あのいけ好かない狐……もとい、モノヴォルが現れた時のこと。

 

 

◇◇

 

 

 ガタン、と大きな音がして、その不快な機械音声は途中で途切れる。それもそのはず、他の誰でもない白雪本人が、そのぬいぐるみロボットの首根っこを掴みあげ、発言を強制的に中断させたのだ。突然の白雪の物理的な反抗に、有子はひっと声を上げそうになる。他の生徒たちも驚きを隠せないでいた。

 

「え、ちょっ……白雪ちゃん!?」

「白雪さん、そんなことして大丈夫なの……?」

「あわ……あ、あ……! や、辞めだ方がいいんでねぇが!?」

「軟弱な男共は黙ってなさい、こんなもの、こうして……!」

「ダメ、りんこちゃん!! すぐ投げて!!」

「え?」

「いいから投げて!!!」

 

 突然の赤ずきんの大きな叫び声に、全員がキョトンとする。しかし、有無を言わさぬ焦りと深刻さを見受けた白雪は、すぐに彼女の言う通りにぬいぐるみを宙に投げる。

 ――瞬間。

 すさまじい爆音と熱風が有子たちを襲った。

 

 

◇◇

 

 

「あの時、あの狐は中に爆弾が仕込まれてることが発覚したわ。……でもね、あれは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ん? と一同が首を傾げる。全員がその言葉が聞き間違いなのかと聞き返したのだ。いや、しかし彼女の言葉は確かに耳に届いていた。()()()()そのものが、精査の必要のある言葉だったに過ぎない。

 

「中にロボットか何かが仕込まれていて、動いているのかと思ったが……」

「ロボット入ってんなら普通のぬいぐるみより重いはずだよな? 白雪、具体的にどんくらい?」

「綿が詰まってるな、くらいの重さよ。片手で高く放り投げられるくらい」

「……マジでタダのぬいぐるみじゃん」

 

 白雪の回答に、菊音は驚きを通り越して呆れたように眉を顰めた。……そう、この事実は不可解だ。けれども、白雪姫が嘘を吐く理由はまるで皆無だ。有子たちは、信じ難いその話を前提にして考え直すほかなかった。

 

「彼奴の中身が機械だったとして、あそこまでの複雑な運動を再現するのに、その重量は説明がつかぬな」

「軽い素材で作ったとか?」

「電源はどうする。いくら素材を凝るとはいえ、綿より軽いもので電源装置を作るのは…………流石に思い付かんな」

 

 この問題には、流石の天才・姫ヶ原も口元に手をやり考え込んでしまう。彼女はこの中で最も聡明である、というだけでなく……科学の世界でも名を知らしめている存在である。多くの大人の科学者たちも認める、その彼女に分からないのなら、ただの女子高生に過ぎない有子に答えを導き出せるはずもない。もはやお手上げだった。

 うーんと一同が困った顔をする中、控えめに城主がぽつりと呟く。

 

「あの爆発に限って言えば……遠距離からの爆弾投擲……と考えられなくもないと、思うのですが……」

「……なるほど。確かにぬいぐるみが爆発したように見えたけど……。その可能性も十分あるわね。というか、質量のことを考えればそっちが正解なんでしょう。流石ね、青錆」

「い、いえ……その……ただの思い付きというか、妄想というか……。そもそも、それが分かったところで、何の役にも立ってないですし……」

 

 白雪姫の素直な賞賛の言葉が予想外だったのか、青錆はあたふたとしながらバツが悪そうに俯いてしまう。そんな彼には構いなく、白雪は自身の考えを皆の前で打ち明けた。

 

「あたしが考えたのは、あの爆発を利用出来ないかってことよ。玄関ホールの扉を爆破させて脱出する――……。それが一番手っ取り早いでしょ」

「白雪ちゃんってぇ、意外と乱暴だよねぇ〜……」

「あら。このまま閉じ込められてるよりかは、ずっとマシでしょ?」

 

 白雪の提案に、食事を進めながら加連が目を細めて言う。白雪姫は当然と言わんばかりに、平然とした態度でそれに返事をした。……確かに、今出来る中で最も有効的な提案だろう。有子は会話を聞きながらひとり、そう納得した。

 しかし、現実主義者は机上の空論を許さない。

 

「そりゃそうだけど、上手くいくかなぁ? 要は、玄関ホールでまたあの爆発をモノヴォルに起こさせて、扉を破壊する作戦ってことでしょ? その為には誰かが校則違反を犯さなきゃいけない訳だけど……。下手したら普通に死んじゃうよね? 誰がその役やるの?」

「……あ、あの! あの……っ! ……わ、吾輩……やります……!」

「……は?」

 

 何処からと探るまでもなく飛んできた立候補に、夜羽の隣にいた菊音が顔をしかめる。伊海田は困ったように発言者の顔をまじまじと見つめた。

 

「なあ青錆、お前……今の夜羽の話、聞いてたんかぃ?」

Natürlich(もちろんです). ご心配には及びません……。白雪氏の仰る通りであれば、ぬいぐるみを投げるくらい……僕にだって、そのくらい……そのくらいは、出来るはずですから……」

「違ぇよぃ! そっちじゃねぇって! お前、下手したら……!」

「あ、青錆くん……。し、死んじゃうかもしれないんだよ……?」

 

 何か話が噛み合ってない……そう感じた有子も、訂正すべく声を掛けてみた。けれども、彼は手に力を込めるだけで……。

 

「……。()()()……僕が、やるべきなんです。やらせてください……」

「駄目だ」

 

 そんなこと、と口の中で言いかけた言葉を飲み込む。すかさずリーダーが口を開いたからだ。強く鋭い語気は有無を言わさず、彼は城主を叱るように眉間に皺を寄せた。

 

「その作戦は非現実的過ぎる。成功率とリスクが見合わない。そもそもあの扉を破壊出来るだけの威力が備わっているのか不明だ」

「威力は目の当たりにしたよね? 十分だと思うけど」

「いや、笛吹き小僧の言う通りだな。あのエネルギーは目を見張るものだったが……果たして、それがあの重厚な扉に風穴を開けるに足るものなのかは、依然として不明だ。素材の強度や性質によっては、爆発の威力では動じない可能性がある」

「……何度も出来る手じゃないしね。それこそ、あいつの爆発を利用しようとしていると分かれば、あの悪趣味な狐のことよ。予告無しに処刑方法を爆破から変更するでしょうね」

 

 ふうと息をついて、白雪は肩を竦める。賢い面々から見ても、やはりこの方法は現実的ではないようだ。

 

「それに、この場で議論していることは――奴の監視下であろうよ。先の事件の審判を下すのも、そうだったろう。此度の"動機"を提示した折も……始めから耳を立てていなければああなるまい」

「あー、そっか……。もう手の内バレてるって前提で動かないとなのか……」

 

 姫ヶ原の言葉に、夜羽が残念そうに肩を落とした。そうか、と有子もはっと気づく。言われてみれば――ここには監視カメラも何も無いのに――あの狐紳士は、こちらの行動を全て把握しているかのよう。一体どういう仕組みで監視しているのだろう? 隠しカメラ? それとも、生徒たちの中に黒幕が――……?

 

「青錆お前、そのくらい分かっていたろ。仲間のための自己犠牲は結構だが、お前のそれは全く違う。ただの自己破壊だ。それに許可など僕は出さんぞ」

「…………すみません……」

 

 有子の最悪な方へ進んでいく思考は、その鋭い語調で停止した。

 厳しい眼差しで赤柳が睨む。青錆は縮こまりながら俯いて、蚊の鳴くような声で謝罪の言葉をひとつ置いた。……確かに、笛吹き男の言う事は有子にも理解出来た。けれども、何故城主が()()に積極的に手を挙げたのかまでは、まるで分からなかった。"自己破壊"……。有子はその言葉を頭の中で繰り返した。

 そんな有子とはまるで別のことを考えていた双子が、うーんと顎に手を当てて、すぐに顔を上げる。

 

「……でも、壁を壊す、か……。なかなかいい案なんじゃない? 器物破損がルールに抵触したとして、出られれば関係無いもんね?」

「確かに! よはねの言う通りじゃね!? あの狐利用しなくたってよ! こっちには姫ヶ原がいるんだし、爆弾くらい作れんだろ!」

「ふむ……。確かに施設中の資材を掻き集めれば、一つくらいは為せるやもしれぬな。しかし事前に必要エネルギーを計算せねばならんな」

「あの扉の強度を測るってこと……だよね」

「計算出来るもんなのかぃ? それは……」

「…………材質と厚みが分かれば……凡そは判別出来ると思いますよ……。壊して良いのならそれは、加減をしなくても良いという訳ですから……」

「そういうことだ。理解したか? 決まりだな」

 

 一呼吸置いて、控えめに城主が解説すれば、科学部は満足そうに頷く。

 かくして、生徒たちの反撃計画は、ゆるやかに開始されたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いつも通り、朝食の片付けを手伝い(と言っても、洗い場に食器を運ぶだけで、やはりいつの間にか片付けは済んでいるのだが)、大人しく待っていた白うさぎと共に廊下を出る。今日は一日章平に付き合って、図書室で物語を探すのだ。早速目的地に向かうべく、二人で並んで歩いていれば、後ろから声が掛かる。

 

「あ、ねえ、佐渡ちゃん、国中ちゃん」

「靴屋くんこんにちは!」

「うん、こんちゃ〜」

「こんにちは加連くん。どうかしたの?」

 

 振り返るとそこには、もうすっかり見慣れた赤い髪の彼が立っていた。相変わらずのんびりとした感じの加連は、しかしいつもより少し困った様子であった。

 有子が彼に訊ねれば、彼はそれがねえと頭を搔く。

 

「二人とも、猫ちゃん見なかった?」

「猫塚くんを?」

「猫くんは見ていないな。ありすはどうだい?」

「わたしも見てない……。わたしたちより、加連くんとの方がいつも一緒にいるイメージだったけど……」

 

 有子はそうだ、と思い返す。いつも加連の傍には猫塚がいて、猫塚の隣には加連がいた。もちろん四六時中一緒にいる訳ではなかったが、それでも有子は、自分とこのうさぎと同じくらい、一緒にいる時間が長い二人だと認識していた。猫塚のことは加連に聞いて、加連のことは猫塚に聞く。そうするのが一番早くて確実だと思えていた。そのくらい、二人は一緒にいるところを見かけることが多かったのだ。

 有子は不思議そうにしている章平と顔を見合せ、困った表情をした加連に向き合う。

 

「猫塚くんの行方なら、加連くんの方が知ってるんじゃないかなって思ってたよ」

「うー……ん。そうだよねぇ……。確かに言われてみれば……俺ちゃんのが猫ちゃんと一緒にいること多かったしぃ……」

「そういえば、最近猫くんの姿を見かけないね。何かあったのかい?」

 

 今度は章平が訊ねる。有子もそういえばそうだなと思い返した。この前……新たな動機、「"金色ペテン"はこの中にいる」という情報をモノヴォルに提示されてから、めっきり猫塚の姿を見かけなくなった。相変わらず有子達全員の食事の支度や、施設の清掃、洗濯など、生活の補助を行ってくれてはいるのだが、()()()()()。今までは彼も息抜きをしている姿を幾度か見かけていた。午後に食堂で紅茶を嗜んでいることもあれば、図書室に読む本を探しに出ていたり、献立を考える参考に好きな食べ物や味を聞かれたりすることもあった。食事の席にも加連の隣で静かに座っていたはずだ。しかし、それが全く無い。仕事中の彼でさえ、今は見かけることが無いのだ。

 加連は章平の問いに、それがねえと首を傾ける。そうして彼は心配そうな表情でため息をついた。

 

「部屋に行っても、何処を探しても、見かけないんだよねぇ。俺、猫ちゃんに避けられちゃってるみたいなんだぁ」

「避けられてる……?」

「うんー。ほら、毎日洗濯物とかまとめて返してくれてたり、ゴミ回収に来てくれたりしたじゃない? それすらないんだよねぇ。いつの間にかやってあるみたいな。二人のとこには来てる?」

「うん……来てくれてはいるけど……でも、そういえば、事件があってから……まともに対面でやり取りする回数は減ったような……」

「ぼくもあまり猫くんを見ないなあ。何してるんだろう?」

「……やっぱり、"金色ペテン"のことかなぁ」

 

 加連は遠い目をして呟くように言う。

 ――"金色ペテン"。最近耳慣れたその単語を、有子は頭の中で復唱して再び加連を見た。

 

「その……詐欺師、なんだよね。"金色ペテン"って。この前もすごく怒ってたみたいだけど……。猫塚くん、その人と何か関係があるの?」

「うーん。俺ちゃんも詳しくは知らないんだけどねぇ。ほら猫ちゃんて、色んなご主人様に仕えてるでしょぉ? その内の何人かが、その詐欺師に引っ掛かっちゃった被害者らしくてさぁ……。猫ちゃん、そいつの話題になるとぉ、いーっつも凄い機嫌悪くなっちゃうんだよねぇ」

「そっか……。自分の主人を騙す悪い人……それは許せないよね……」

「猫くんは犯人探しをしているのかな」

「かもねぇ〜。じゅーぶんありうる。……一人で突っ走ってそうで、俺ちゃんすごぉーい心配……。どぉしようかなぁ……。一回ちゃんと話しときたいんだけど……」

「猫くんと靴屋くんがお話するのが重要なのかい?」

 

 白うさぎの純粋な疑問に、靴職人は目尻を下げて揺れるように頷いた。

 

「そりゃあね。抱えてるものがあったとして、二人で分けっこすれば重くないでしょぉ? それに、自分ひとりじゃ分からないことだって、他の誰かが解決策を持ってるかもしれないじゃぁん。佐渡ちゃんはうまく着替え出来ない時とかぁ、赤柳ちゃんか国中ちゃんに言うでしょお?」

「なるほど、そうだね! じゃあ、猫くんにとって靴屋くんは、大事なお友達だということかい?」

「もちろん俺ちゃんはそう思ってるけど〜。猫ちゃんもそう思っててくれてると、嬉しいなぁ〜」

 

 加連はあははと笑って答えるが、猫塚も彼なりに、加連のことを大事に思っているのではないかと有子は思った。何故なら……()()()()()()()()()()()()()()()()だ。猫塚は執事という立場でここに立っているため、「仕事」となればどんな人とも、どんな事でも(比較的)にこやかに対応するのだが、彼がそのように"強制"されずとも、ずっと一緒に行動しているのが加連という存在だったからだ。誰にそうしろと言われるまでもなく、彼は自ら、自分の意思で加連の隣に立っているのだ。ならそれは、「加連の隣にいることが良い」のだと、彼が考えている証になるだろう。

 そうでなくとも、長靴をはいた猫は気難しい性格をしている。それと最も上手く付き合えているのは、他の誰でもないこの神父だろう。彼と周囲とをそこまで断絶させずに繋いでいるのは、加連その人の功績だ。そう考えると、次から次へと根拠が出てくる。執事が最も気を許しているのは間違いなくこの男だろう。有子はまた心の中で深く深く頷いた。

 

 

 

 

 加連と別れ、白うさぎと共に図書室へ向かう途中。階段を上がってすぐのプールへ繋がる更衣室の扉の前で、首を傾げる二人組の姿があった。

 

「うーん……」

「せつなちゃん、泡淵さん。こんなところで、どうしたの?」

 

 そう、それは赤ずきんと人魚姫。向かい合って鏡写しのように、うーんと首を傾げあっている不思議な光景を目にして、有子は思わず二人に話しかけたのだった。星永は可愛らしく元気に、泡淵は静かに上品に挨拶を返してくれた。それからすぐに、本題へと移る。

 

「あのねえ。今のまんまは、よくないなーっておもってぇ……」

「……最近、猫塚君の姿が見えないのが気になります。お仕事をしてくださっているのは助かるけれど……。彼は息抜き出来ているのかしら?」

「……ああ、加連くんも心配してたなあ」

 

 つい先程の会話を思い出して、有子は章平と目配せをした。加連君も? とまた確認するように泡淵がタイピングする。有子はこくりと頷いて、彼も猫塚に会えていないようだということを伝えた。人魚姫は心配そうに眉を下げて、そう、とだけ返事をした。他に打つ文字が思い浮かばなかったようだ。

 隣の赤ずきんはまた、ふーんと腕を組んで唸る。

 

「ぼく、おもったんだけどねぇ。この前の、プールたのしかった! あれみたいな、みんながにこにこできる、しんぼくかい……。またやりたいなあって」

「それは妙案だね、せつなちゃん」

 

 これには有子も隣のうさぎも素直に頷いた。ハプニングがあったとはいえ……実際にあの催しで、親睦が深まったのは間違いなかった。絆が深まれば、愚かな行動を起こすリスクは減っていくだろう。

 星永が唸る理由は、しかし複雑であった。

 

「……でも、なにしようねって。せーじちゃんをふつうにさそっても、こんなかんじじゃあ、ことわられちゃいそうだし……」

「猫塚君が参加してこそということを、猫塚君が素直に納得してくれそうな催しがいいわね……」

「うーん、猫塚くんの出席が欠かせない内容ってことか……」

 

 この前のようにプールで遊ぼうと誘ったところで、そもそもあの執事は乗り気ではなかった様子だった。前回は加連のおまけのように参加していたが……。同じ内容で誘ったところで、いつぞやのように、なにかと理由をつけて断るだろうということは想像に難くなかった。

 うーんと首を傾げる有子たち。その様子をきょろきょろと二、三度見回して、章平がことりと頭を傾けた。

 

「お茶会はどうだい?」

「お茶会?」

 

 瞬きを繰り返しながら、有子は隣を見る。白うさぎはにいと嬉しそうに笑って、自身の提案をプレゼンしだす。

 

「うん! アリスの物語に出てくる、マッドハッターのティーパーティー! ぼく、とっても憧れてたんだあ。猫くんは、よく誰かにお紅茶をいれていたよね! 有名な()()()さんだし、ご主人様が開くお茶会のお給仕も、したことがあるんじゃないかな? これって、猫くんにしか出来ないことになるかい?」

「しょーへーちゃん、すごい! てんさい!」

「猫塚君は様々なご主人に仕えていたと聞きました。お茶会のお話も、少しだけ聞いたことがあるわ。とてもピッタリ。佐渡君、ありがとう」

「そっか、才能をうまく使うってことだね。ショウくん!」

「えっへへ〜」

 

 ぱちぱちと拍手をする星永と、その隣で頷く泡淵。どうやら二人も納得出来る提案だったらしい。もちろん、有子もその意見に賛成だった。むしろ、これ以上に素晴らしい案が出てくるとは思えない。有子は素直な気持ちで幼馴染を称賛した。

 

「……でも、せつなちゃん。みんな猫塚くんに会えてないけど……。どうやって誘うの?」

 

 ふと湧き出た疑問。……そう、以前は四六時中共に居た加連ですら彼を見つけられないのだと……たった今、そういう話をしていたはずだ。誰も会うことが出来ないのなら、そもそも、その提案を彼に伝えることも出来ないわけで――……。

 しかし、星永は待ってましたと言わんばかりに――むしろ、それはタチの悪いイタズラを思いついたかのような――にんまり笑みを作って、有子たちに向けた。

 

「んふふ。そこはだいじょーぶ。ぼくたちの中でひとり、いま、まいにちかならず、せーじちゃんに会ってる子がいるからね!」

 

 赤ずきんはぱちんとウインクをひとつ飛ばして、善は急げと言わんばかりに、人魚姫の車椅子を押しながらたったか走って行ってしまった。

 ……毎日必ず会っている人? 思い当たる人物がすぐには浮かばず、有子はただ章平と顔を見合せた。

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 ……そうして、翌日。ティーパーティーは開催された。

 

「わあ……!」

 

 目の前の光景に、有子たちは思わず感嘆の声を上げる。――それは、いつもの見慣れた食堂のはずだった。きっちり整列させられたテーブルには、華やかでありながら清楚で上品なクロスが掛けられ、いつも腰掛けていた椅子も、クロスに似たデザインのクッションが置かれ、まさにお茶会に相応しい家具に様変わりしていた。テーブルの上にいくつか置かれた高級そうな花瓶には、何処から取ってきたのか花々が美しく活けられていた。窓のカーテンや、ところどころの装飾も今朝見たものとはまるで違う……お高めなレストランのような空間がそこにあった。

 いつもの朝食後。泡淵と星永がその場にいた面々に、代表してその企画を発表した。午後2時、いつもより少し遅めの昼食を兼ねて……軽食とお茶菓子の並ぶ、アフタヌーン・ティーパーティーを開催する――当然、反対の意思を見せる生徒は居らず、全員参加がそこで確定したのだった。

 それから各々時間を潰して――現在に至る。入口の扉の前で目を輝かせる生徒たちの前に、厨房から実に久々に見る人物が現れる。彼は恭しくぺこりとお辞儀をして、有子たちを迎えた。

 

「……皆様、お待ちしておりました。()()()()()()()()()、本日は僭越ながら、僕がお茶会のお給仕をさせて頂きます」

 

 その言葉で、有子はああと納得する。赤ずきんが言っていた、()()()()()()()()()()――……。それは、彼に生活の補助を頼ることになった城主だ。はじめはあまり乗り気では無かったようだが、最近ではすっかり打ち解けた様子で――あの気難しい執事も、彼のことは邪険にすることもせず――むしろ、とても良い関係を築いているようだった。そんな彼からの()()()であれば、無下にすることも無いだろう。……なるほど、流石赤ずきんは策士だ。有子は素直に星永に感心した。

 大切なゲストたちを、次々に席へ案内していく猫塚。有子も彼の先導について、自分の席に着く。椅子を引かれ、どうぞと着席を促されたときは、まるで自分がお嬢様になったかのようで、頬の温度が上がるのが分かった。

 遅れてきた生徒たちも含め、全員が揃ったことを確認すれば、猫塚は全員の注目を集めやすい位置に立つ。

 

「それでは、お茶をご用意致しますので、少々お待ちくだ……」

「待って!」

 

 ぺこりと頭を下げて奥に引っ込もうとする執事を、凛とした音が引き留めた。聞き心地の良い電子音――泡淵だ。ピタリと動作を止めた執事に、再びキーボードを打ち込んで、丁寧にお願いする。

 

「ここでやってください」

「…………」

「お紅茶をいれてるところ、是非見たいです」

「ぼくもぼくもー! おちゃ、いれるのみたいなあ〜」

「……かしこまりました。それでは、こちらでお入れします」

 

 少し間が空いて、ぺこりとまたお辞儀をした彼は、一旦厨房へ姿を消す。そしてすぐに、食器類を乗せたカートを押して帰ってきた。用意が良いな、と思ったが、これも準備の際に泡淵や星永が事前に計画していたものなのだろうと納得した。

 猫塚は、カートを皆の見える位置まで持っていって固定し、早速お茶を入れ始める。カートの上の道具を、また並べ直していく彼の手元を追いながら見ていく。ソーサーに置かれたカップ、ティーポットがふたつに、透明な瓶と、茶葉の缶。沸いたお湯の入ったポット……。湯気の立ちこめる熱々の湯を、空のカップとティーポットに注いでいく。もくもくと蒸気が上にあがって消えていく。空になったポットを厨房に戻し、また熱湯の入ったポットを持ってくる。ティーポットに注いだお湯を瓶に移し、茶葉をスプーンで掬って入れてゆく。茶葉が入れ終わればすぐ、そこへ熱湯を勢いよく注ぎ、素早く蓋をしてカバーを掛ける。そうして彼は腕時計で時間を確かめ、役目の終わったポットをまた厨房へ運ぶ。しばらくしてまた腕時計を確認してから、執事はティーコジーを外し、蓋を開ける。ふわりと紅茶の香りが有子の鼻をくすぐった。とても甘く、それでいて心地の良い爽やかな香り――……。その匂いにうっとりしている間に、執事はティーポットをスプーンで軽く混ぜ、再び蓋をした。それから出来上がった紅茶をもう一つの保温していたティーポットに移し替える。それは、茶漉で茶葉を取り除いたように見えた。カップに入れられていたお湯をまた瓶に移し、ソーサーごとカップを持ち上げ、反対にはティーポットを持って。カップ一つ一つ、慣れた手付きで紅茶を注いでいく……。

 一連の全ての動作が、絵画として切り取りたくなる美しさだった。前々から思っていたが、"執事"として立っているこの少年の所作は、ひとつひとつが丁寧で、見惚れるほど優雅だった。カチャリカチャリと小さく上品な音を控えめに立てて、紅茶の入ったカップを運ぶ。有子の目の前にも置かれた。少し揺れる深い赤色。――"紅茶"、と名が付くのも納得のいく、澄んだ湯の色。先程鼻先をくすぐった香りが、有子の周りを揺蕩う。穏やかに立ち込める湯気は、それが最適な温度を保っていることを示していた。

 そうして再び香りを楽しんでいる間に、執事がティースタンドをテーブルに置いて行く。三段に連なるそれは、菓子と料理が積まれ重そうだ。全ての配置が終わった後、彼は再び紅茶を入れた位置に戻って、恭しくお辞儀をした。

 

「本日のお茶菓子は、"超高校級のアントルメンティエ"である菊音様がお作りくださいました。下段こちらが胡瓜とクリームチーズのサンド、ほうれん草とベーコンのキッシュ、かぼちゃのタルティーヌでございます。中段こちらはラズベリーのマカロン、マドレーヌ、スコーンです。こちらのスコーンは大変お熱くなっておりますので、お召し上がりの際はご注意ください」

 

 手のひらでひとつひとつ指し示しながら説明を並べていく。有子もそれを追ってひとつずつ視界に入れた。どれもとても綺麗で美味しそうだ。

 猫塚の手がまた一段上に移動したところで、横から不機嫌そうな声が上がった。

 

「クロテッドとご一緒にお召し上がりくださいって。こいつら初心者なんだから」

「……とのことです」

「面倒くさがんなお前!」

「……お茶菓子のことは、パティシエ様ご本人がご説明なさっては?」

「今日はお前が給仕なんだろーが」

「……失礼致しました。スコーンは、是非卓上のお好きなジャムもご利用ください。続きまして、上段本日のケーキは、こちらがビクトリアケーキ、抹茶のムース、イチゴのレアチーズケーキでございます。……それでは、ごゆっくりお楽しみくださいませ」

 

 軽く息をついて続きを説明し終えれば、またぺこりとお辞儀をして役目は終わったと言わんばかりに、ささっと壁際へ引いてしまった。

 このような場に慣れていない、庶民派の生徒たちはしばしきょろきょろとしていたが、結局いつも通りの白うさぎの号令で、おいしいアフタヌーンティーをいただくことにした。

 まずは、ひとくち。考えることは皆同じなようで、この会の主役とも言える紅茶を口に入れた。カップが近付くと香りが強くなる。まだ熱いそれを、有子はすこしだけ口に含む……。

 

「わあ……。おいしい……」

「ほんと……。香りも良くて……」

 

 ほわあと穏やかな感嘆の声がそこかしこで上がる。もちろん、大半はこういったお茶会に参加するのもはじめてだろう。有子もそのうちのひとりだ。

 んーと満足そうな微笑みを見せ、部屋の装飾を楽しむように壁際に目を向けた加連が、そのまま視線をずらして猫塚を捕えた。

 

「なんか雰囲気も良いよね〜。猫ちゃん、そいえばお茶のこと何も言ってなかったけど、これなあに〜?」

「……クセがないな。セイロンか?」

「流石赤柳様。その通りです。お茶を飲みなれていない方もいらっしゃるので、まずはこちらをと。お好みがあれば別でご用意致しますよ」

「いや、今日はこれがいい。お前は本当に上手いな」

「光栄です」

 

 にこやかに胸に手を当て、執事はまたぺこりとお辞儀をする。

 

「お紅茶って、渋いイメージがあったけど……。全然そんなことないね。するする飲めちゃう」

「ねー! おさとう、いれなくてもおいしー!」

「オレ、なんも入れないで飲むの初めてだぃ……」

 

 紅茶を楽しむことが初めての彼らは、思い思いの言葉で感想を口にする。それは、思った以上に心地の良い、リラックスタイムであった。

 

「渋みが苦手な方も多いですからね。セイロンはクセがなく、初めての方でも美味しく味わえる茶葉ですよ。カフェインレスのハーブティーにすることも考えましたが……。やはり、折角のお茶会ということですから、紅茶を嗜んで頂きたいと思いまして。今回はこのようにさせて頂きました」

「とても、美味しいです……。明日からは……ティーでも、良いかもしれませんね……」

「おや、……かしこまりました。では、そのように」

 

 賞賛の言葉を浴びた猫塚は、最初より心做しか上機嫌なようで……少しだけ、自然な微笑みをこぼしていた。

 そうして、一通りお茶を楽しんだ後、数人は早速料理にも手をつけていく。感嘆の声と満足そうな笑みを見るに、これらもいつも通り美味しいのだろう。有子はもう少しお茶の香りを楽しむことにした。

 ……ティーパーティーの主役といえば、お茶にお茶菓子、それから"会話"である。加連がまたひとくちお茶を含んでから、ソーサーにカップを置いて、()()()に目を向けた。

 

「そいやー青錆ちゃん主催って言ってたけどー、青錆ちゃんってコーヒー派なんだよねぇ?」

Genau(そうです……). 普段は、パパっと……。カフェオレにしていて……。猫塚氏に、お願いしていたのも、それで……。……正直……こうしてゆっくり、お茶を頂くのは……初めて……です……。ですが……うん……。……すごく、美味しいですね……。お菓子も、あまくて、食べやすくて……」

 

 城主の取り皿には、食べかけのマドレーヌがちょこんと座っていた。端の方にほんのひとかけらぶんの欠損がある。彼は話しかけてきた靴職人と同じように、律儀にカップを置いて手を膝に乗せてから、穏やかに噛み締めるように微笑む。

 自作のものに触れられたパティシエは、取り皿のキッシュを切り分けながら不機嫌そうな顔をした。

 

「ケーキが甘ぇのは当たり前だろ」

「す、すみません……。こういったものを、あまり……口にしたことが、無くて……」

「はあー!? お前人生損してんな……。……また作ってやんよ」

「え、あ、……ありがとう、ございます……」

「ぼくもー! ぼくも、いっぱいたべたあい!」

「ぼくも!」

「あー、はいはい。とりあえず今はこれ味わえって」

 

 隣で騒ぎ出す赤ずきんの口に、ティースタンドからマカロンをつまみ上げ、グレーテルはその口に放り込む。

 

「んーっ!」

 

 両頬を手で抑えて満面の笑みを見せる星永。漫画なら、ぱあっと背景にオノマトペが描き足されそうなくらい。瞳を輝かせて全身で感情を表現する彼女に、菊音は思わず吹き出した。

 有子も我慢出来なくて、ティースタンドからマカロンを手に取る。さくりとした心地の良い食感の後、ふんわりととろけるような甘さが口いっぱいに広がった。

 

「お菓子……美味しいっ……!」

「感動したぃ……。茶会っていいもんだなぃ……!」

「どれも美味であるな」

「きくねのお菓子が美味しいのは当然だよね」

 

 思わず感想をそのまま口に出せば、有子と同じようにお菓子を味わった生徒たちも、にっこりと微笑みを浮かべる。製作者の片割れも、ふふんと満足そうに自慢げに微笑む。

 

「ショウくん、どう?」

「とってもとっても、大満足さ!」

 

 白うさぎに感想を問いかければ、眩い満面の笑みでそう頷く。彼にとってこれ以上ない、理想の()()()()()()()()だったようだ。

 

「こんなに美味しくって、楽しくって、素晴らしいものなら……ずっとずっと、永遠にお茶会してしまうのも、分かるのさ!」

「永遠には出来ませんよ。僕の時計は直りましたからね」

 

 "不思議の国のアリス"……。延々とティーパーティーを続けるマッドハッターの時計は、ずっとお茶の時間を示しているのだ。白うさぎにとってこれ以上ない、気の利いた返しをする執事に、章平は満足そうに笑った。

 

「あはは! うん、そうだねぇ! でも、またやろうね、猫くん!」

「……そうですね」

 

 章平の言葉に、執事は静かに表情を曇らせながら、頷いた。

 ……ティーパーティーの親睦会は、そうして、緩やかに穏やかに過ぎていき……。有子たちのこころにあった、不安と恐れを溶かしていった。もう、きっとあんなことにはならないはず……。

 部屋の奥に、ふたつ。いつの間にか用意されていた同じようなティーパーティーセットを見ながら、有子はそう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うーん……」

 

 現在時刻、午前0時――……。

 あれから――お茶会が楽しいまま無事終了して。夕食の時はやはり、()()()()()()執事の姿は見えなかった。少し無理をさせすぎてしまったかもしれないと、人魚姫が憂いていたのを覚えている。多少なりとも彼のことが気掛かりだったのか、単純に慣れない紅茶を飲みすぎてしまったからなのか――有子はすっかり目が覚めてしまった。

 ちょっと温泉に浸かろうかな……。足だけ温めれば眠れるかな……。タオルだけ持ち、有子は部屋を出る。そうして角に差し掛かった時……ふと、倉庫に入る人影を目撃した。

 こんな時間に、誰だろう? 有子は温浴を楽しむという当初の目的そっちのけで、かちゃりと倉庫の扉を開ける。すると……。

 

「青錆くん」

「……ぁ、国中氏……。どうも……こんばんは……」

 

 城主はがちゃがちゃと物を退ける手を止めて、有子の声に振り返る。さっきまでベッドにいたままのパジャマ姿の有子とは異なり、いつもの装いだ。

 

「青錆くん、こんな時間にこんなところで……どうしたの? 猫塚くんは? せつなちゃんは? ひとりなの?」

「ぇ、あ……。Genau(はい……). 猫塚氏は、今夜はお見えでなくて……今は、ひとりです……。こんな夜更けですし……。それに、お二人とも、お忙しい方ですから……」

「だからってダメだよ。出歩くなら誰かと一緒じゃないと……身体は大丈夫なの?」

「す、すみません……! ご心配を、おかけしてしまって……。大丈夫、です……。すみません、本当に……。吾輩は、大丈夫、ですので……」

 

 ぶんぶんと慌てて手を振って、彼はまた肩のコートに手を添える。確かに、動きもぎこちなくはないし、意識もはっきりしているようだ。主治医でもない、まして、同じように深夜にうろついている有子がとやかく言える立場ではなかった。そのことに気が付いて、今は彼を叱るより、埃っぽくてひんやりしたこの場から、はやく連れ出した方がよさそうだと判断する。

 

「うん、それなら良いんだ……。何か捜し物?」

「えっと……。そういう、わけでは、……ない、のですけど……」

「じゃあ部屋に戻ろう。冷えるよ、ここ。……何か欲しいものがあるなら、言ってくれれば探しておくから」

「……すみません、ありがとうございます……。ですが……やはり、無いと思うので……諦めようと思います……」

 

 有子は青錆の口から出た単語に引っ掛かりを覚えた。"諦める"というのは、何か望むことを断念するときに使う言葉だ。

 

「いいの?」

「……国中氏のお手まで、煩わせるわけには、いきませんから……」

 

 有子が念を押しても、彼は肩を落としただけで。……しばしの沈黙。続きを待っても、彼はそれ以上を口にしない。それできっぱり、終わらそうとしていた。

 ……彼がそんなものだから。

 

「もうー!」

 

 有子は思わず憤りを声に出していた。

 

「青錆くん、もっとわたしたちを頼ってよ。友達でしょう?」

「え……。あ、あの…………?」

 

 突然態度を変えた有子にたじろいで、青錆は右に左に、顔を動かして戸惑っている様子だった。けれども、有子は譲らない。

 

「何探してたの? わざわざここまで来て探すくらいだもん、必要なものなんでしょ?」

「い、いえ……! 本当に大したものじゃないんです……! 本当に……、あればいいな……という……くらいの……」

「青錆くん」

「…………」

「青錆くん」

「…………その」

 

 有子が睨むようにずいと踏み込めば、ようやく観念したように、顔を背けていた彼はようやく口を開く。

 

「……げ、ゲーム、を……」

「ゲーム?」

 

 やっとのことで出た単語は、あまりに思いがけないものだったので……。有子はそのままオウム返し。けれども、よくよく考えてみれば、それが必要な理由には合点がいった。

 

「ああ、そうだよね。娯楽が無いって言うか、ちょっと退屈だよね、ここ……。学校だから仕方ないけど……。青錆くんも、ゲームとかするんだ」

「す、少しだけ……」

 

 文化遺産のお城の管理人……。彼のことを、有子はそのくらいしか知らなかった。小綺麗な格好からも裕福な育ちだと推測していて……なんとなく、ゲームなどという俗世間のものは、あまり手に触れたことがなさそうだと思っていたのだ。以前夜羽から、片割れのゲーム仲間について聞いており、そのうちの一人が彼だということは事前に分かってはいたのだが……。こうして直接本人からそれを聞くと、その意外性が改めて身に染みる。

 控えめにこくりと頷く様に、有子はようしと腕を捲る。理由が分かれば、なおのこと協力せねば。

 

「どんなゲームがいい? せっかくやるなら好きなジャンルがいいよね」

「ええと……。出来れば、敵を倒すことが出来るもの……ホラー系だとなおいいですね……」

「へー、バイオとか?」

「ああ……。Genau(そうです). そうです、そういう感じの……」

「青錆くん……もしかして、結構ゲーム上手い?」

「へ? ……い、いえ、全然……! Warum(なんで?)? な、何故……? そう、思われるんです……?」

「漠然としたイメージ……かな? 敵をどんどん倒してくって、アクションゲームでしょ? アクションゲームって操作難しいイメージあるし……。その上でホラーがいいって、結構上手な人のイメージあって……」

 

 そこまでいろいろやり込んでいる訳ではなかったが、有子もそれなりに知っている部類だ。友人や……今は、動画サイトでゲームプレイ動画を見る事も出来る。アクションゲームといえば、様々なボタン入力を駆使してキャラクターを操作し、敵にやられる前に倒さなければストーリーが進まないのだ。今までにプレイしたことのあるゲームを思い返して、ガチャガチャとコントローラーを動かした記憶がよみがえる。それは、有子にはかなり難しい技術だった。けれども目の前の少年は、うーんと少し考えて首を傾げた。

 

「そう……でしょうか……。別に、慣れれば難しくないと思いますよ……。……まあ、ものによっては、独特な操作感のクセがありますから……一概にとは言えないのですが……」

「え?」

Was(へ?)?」

「結構、やるんだ……」

「…………………………ストレス発散程度には……」

「そっ……そうだよね! だよね! 城主さんだもんね……! 気苦労とか多いよね! ごめん! 無神経なこと言っちゃって……」

「い、いえ、そんなことは……」

 

 かなり様々なものを嗜んでいる口振りで、有子は面食らってしまった。まさかそのような返しが返ってくるとは思わなかったのだ。彼もこのような流れで、自身のゲーム趣味を暴かれようとは考えもしなかったのだろう。あわわと二人して別の話題を探る。

 そうだ、そんなことより、今は寝た方が良い時間なのだった!

 

「そういえば、青錆くん……眠くないの?」

「ね、眠れなくて……」

「朝は苦手なんだったよね。もしかして青錆くんって夜型?」

「…………かも……しれないです……」

「わぁー! そうだよね、それだったら余計朝起きるの辛いよね……」

 

 彼の日々の努力を思って、有子は申し訳ない気持ちになった。無理をさせてしまっているのなら、本当に身体を大事にして欲しい……。しゅんとする有子とは裏腹に、青錆は心做し機嫌のよさそうな声色で会話を続ける。

 

「この前、姫ヶ原氏に伺ってから、足湯を……試してみていたんです。前よりずっと眠りやすくなって……。実は、今日も……本当はそのために起きたのですけど……」

「けど?」

「その……」

 

 言いづらそうに、青錆はそこで言葉を止めて手を遊ばせる。急に口ごもってしまった城主は、話題を間違えたと言わんばかりの気まずそうな態度だ。有子は続きが気になって、彼の顔を覗き込んだ。それもそのはず、その続きが肝心だ。じっと言葉を待てば、彼は観念したようにギュッと手を握りしめた後、わっと顔を覆って蹲った。

 

「ひ、姫ヶ原氏が……入浴中のようでして……っ!」

「…………」

 

 まあ、なんてこと。

 

「……見たの?」

Nein(いや!!?)!!! み、みみ、みみみみてません!! 本当ですッ! 見てませんよ!!」

「そっか、そうだよね……。ごめん、変な事聞いて……」

 

 勢いよくぶんぶんと手も首を振って、慌てて否定する青錆。もちろん有子は彼が覗きなどするはずも無いと考えていたが、生真面目な彼はわざわざ誤解を払拭するべく必死だった。そんな彼の様がなんだかおかしくて、有子は思わず笑ってしまう。

 

「実はわたしも眠れなくって、ちょっと温まろうかなって思って来たんだけど……。それなら、邪魔しちゃ悪いよね」

「はい……。なので吾輩は、暇つぶしがてらと思って……ゲーム探しをしていて……」

「そうだったんだね。……ねえ、そしたら折角だしさ。ちょっとおしゃべりしようよ。わたしもなんだか目が冴えちゃって」

 

 そうして有子は、暇を持て余した者同士で歓談することにした。

 

 

 

 

 

 

「普段はどんなゲームやるの?」

「え? ええと……。そう、ですね……。フロムとか……あとは、FPS……って……分かります? 銃とかで敵を撃つ、シューティング、みたいな……」

「分かるよ! 一人称視点のやつだよね。バイオの7とか……」

「ああ、そうです……。あれもやりました。出来れば、ああいうのが良かったんですが……レーティング的にも、学校に置いてある訳ないですよね……」

「そう……だねぇ。結構グロいし、怖いし……。あ、ゲームは平気なんだね?」

Warum(えっと……?)? ……そう、ですね。画面の向こうなので、特には……」

 

 寄宿舎から出てすぐ、学校エリアに入って目の前にある端の教室……。そこで、有子は青錆との雑談を楽しんでいた。主な話題は、先程から続くゲームの話。

 目の前に腰掛ける彼は相変わらずのローテンションだったが……。流石、観光業で評判になっているだけあり、初対面の時からは想像できないほど会話上手だった。口から飛び出た単語が有子には分からないものだと気付くや否や、すかさず分かりやすい説明が入り……そこからスムーズに元の話へ戻っていく。彼が会話を楽しんでいるようには見えなかったが、少なくとも有子にとって城主との会話は、自分でも驚くほど楽しいと言えるものだった。

 

「…………ん?」

「どうしました……?」

「いや……なんか、聞こえなかった? 物音が……」

「……? いえ、特には……」

「そっか……」

 

 遠くの方で何かが落ちるような音がした気がしたのだが……。目の前の彼が聞こえていないというのなら、空耳だろう。空いた扉から廊下を見つめても、人の気配もなにもしない。

 そんなことより、有子は友人との会話を続けることにした。

 

「そういえば、青錆くん。腰のそれ……鍵? もしかして、シュヴァン城の……」

「あ……。Genau(そうなんです). そう、です……。着の身着のまま、こちらに来てしまったので……」

 

 ふと、視線が下に落ちる。目に入ったのは彼の腰に着けてある鍵束。彼が歩く度にチャリチャリと鳴っていたものはこれだったのか、と有子は思い返す。改めて見れば、どれもアンティークな形状のものだった。

 ――あまりにも有子がまじまじと見ていたからだろうか。城主は困惑したようにちらりと有子の顔色を伺って、ぱちんとスラックスから鍵束を外す。そうして良く見えるように持ち上げて、そっと有子の元へ差し出した。

 

「見ますか……? 面白いかたちの鍵も、あるんですよ……」

「いいの? わあ……ほんとだ。これはハート型? かわいいね! こっちも……なんだか魔法の鍵みたい! これもほんとに使ってるの?」

「それは、東棟の倉庫の鍵です……。全部、ちゃんと現役なんですよ」

 

 思わずはしゃぎながらチャリチャリと鍵を眺める有子に、青錆は顔を綻ばせて答える。

 

「こんなにいっぱいあったら、覚えるの大変そうだよね……」

「実はまだ、何処の鍵なのかというのを……吾輩しか、知らないものもあって……。時間のある時に、対応表にまとめていたんですけど……。よく使うのがこれらで、他にもまだあって……。……あ、ここにあるのは、吾輩が持ち歩く為の、スペアキーなので……。国の人たちも……よく使う部屋には、ちゃんと出入り出来てるはずです……」

 

 ひとつずつ鍵を手に取って、これは? これは? と質問攻めを繰り返す有子。けれども、彼は嫌な顔ひとつせず、丁寧にひとつずつ解説してくれた。……とはいえ、流石に聞きすぎたようで……。10本目の鍵の話が終わる頃には、彼はくたびれたようにふうとひとつため息をついた。

 

「あ、ご、ごめんね……。なんかいっぱい聞いちゃって……」

「ああ、いえ……。少し、息が詰まってしまっただけなので……。興味を持っていただけるのは、吾輩としても、喜ばしいことですよ……」

「それは、よかったんだけど……。疲れちゃった?」

「少しだけ……。……こんなに、たくさん……。色々なお話をしたのは、初めてかもしれないです……」

「そうなの? 友達とあんまりおしゃべりしないの?」

「……えぇと……」

 

 その質問に、再び彼は目を伏せ、戸惑いを見せた。困ったように頭を揺らして、どんな回答が正解なのかを迷っている風だった。

 

「友人……は、今までシュヴァンしか、いなかったので……」

「…………」

 

 有子は一瞬聞き間違いかと顔をしかめた。しかし、彼の長い髪の隙間から覗く少し寂しそうな瞳の色は、それが正しい発音だったのだと強調していた。シュヴァンだけ――山奥に悠然と佇む古城だけ。

 …………。

 

「青錆くんって……お城に住んでたの? シュヴァン城って、確か……世界遺産……だよね?」

「ああ、はい……。実は……シュヴァンは、吾輩の実家とも言うべきもので……一応は、まだ国のものではなくて……吾輩のもの……ということには、なっています……」

「へええ! すごい! そっか、じゃあ青錆くんのお部屋もあるんだ! そこで暮らしてたんだね……。お城にゲームってなんか不思議だね」

「流石に景観を損なうので……。自室にしか、置いていないのですけれど……」

「すごいなあ、お城で暮らすの。ちょっと憧れちゃう。わたしも写真でだけど、シュヴァン城見たことあるよ! すごく綺麗で素敵なお城だよね」

「……! Das stimmt(そうですよねっ!)! ですよねっ。そうなんです……! 美しくて、厳かで……。ありがとうございます。貴殿にも、そう言って頂けて……とても嬉しいです……。シュヴァンもきっと、喜びます……」

 

 なんだかとても久々な気分だった。有子は自身の少なくない友人たちを思い浮かべていた。そのくらい、この城主と過ごす時間は有子にとって心地良く、安心出来るものだったのだ。

 それから、有子は青錆と穏やかな時間を堪能し……ようやく眠気が訪れた頃に別れ、そのまますやすやと眠りについた。

 

 その日見た夢に出てきたのは、白うさぎではなく、やさしく微笑む城主だった――……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――翌朝。

 

「んー……ねむいぃ……」

「ねむい? 珍しいね、ありす!」

「うん……夜更かしし過ぎちゃった……」

 

 目を擦って、有子はほわと大きな欠伸をする。章平は驚いたようにぱちくりと瞬きを繰り返した。それもそのはず、基本的に有子は規則正しい生活を送っていた。時折調べ物やゲームに熱中しすぎて夜更かししてしまうこともあったが……今日の眠気はその時の比ではない。

 昨日の夜――……。そう、青錆と過ごした時間のこと。話が合うとか、すこぶる楽しいとか、そういう時間ではなく……ただただ穏やかで心地の良さを感じていた。それが名残惜しくて、ずっとこうしていたくて……今までにないほどに夜更かしをしたのだ。結局、眠気がやっと訪れたのは2時ごろ。あの後はすぐにぐっすりと入眠できたとはいえ、いつもより睡眠時間が短いのは事実だった。

 くあと欠伸をまた噛み締めて、有子はいつものように扉を開ける。すると目の前を黒い人影が横切った。

 

「……あれ?」

「ねえーー二人とも、猫ちゃん見なかった?」

「加連くん」

 

 それは、赤毛の神父――加連だ。いつか聞いたものと同じセリフ。しかしそれは、以前聞いた時より焦りと不安を感じさせるものだった。心做しか、加連は浮かない顔をして見える。

 有子はすぐに隣のうさぎを見た。章平はふるふると首を振る。有子も同じように首を振った。

 

「ううん。見てないよ」

「まだ猫くんは捕まらないのかい? 彼、かくれんぼが得意なんだねえ」

「いや、今日は流石に、ホントに心配になっちゃってぇ……。一緒に探してほしいなあ。探して?」

「え? い、いいけど……。こんな早くに、何かあったの?」

 

 否応無しに有子は加連に手首を掴まれる。相変わらずのんびりとした口調ではあったが、明らかにいつもとは違う焦燥感に駆られた様子だった。章平も手首を掴まれて引っ張られる。わあと驚きの声を上げるうさぎをよそに、加連はふるふると首を振った。

 

「……逆だよ。()()()()()()()の」

「それは……どういうことだい?」

「俺さっきさぁ、食堂に行ったんだよねぇ。いつもよりちょっと早く。早めに行けば夜の仕込みを調理してる猫ちゃんに会えるかなーってぇ。ほらぁ、猫ちゃん、ご飯作るのに食堂一番乗りらしいじゃんね? だから俺ぇ、早起きして行ってみたんだよ。……なんもなかった」

 

 歩きながら、有子は章平と顔を見合わせる。加連は真っ直ぐに進む方を向いていて、その表情は見ることが出来なかった。

 

「何も……って、食事の用意?」

「そぉ。それどころか、仕込みもなぁんも。()()()()()()()()()()()()()。作り置きも、食材も、道具も、ぜーんぶ。キレイさっぱり整頓されてて」

「それはおかしいね! だっていつも猫くんは、夜のうちにごはんの用意をして、朝すぐに出せるようにお料理をしてくれていたよ!」

「そう。でしょお? おかしいの。おかしいんだよぉ」

「寝坊……してたとしても、仕込みも無いのは、おかしいよね……。夜も食堂に来てないってこと?」

 

 そういえば……。有子はふと、昨夜のことを思い出す。生活の補助を、猫塚に頼んでいた青錆との会話だ。彼は、あの時……なんと言っていたっけ? 思い起こそうとした有子の思考は、直ぐに目の前の彼の声で上書きされる。

 

「かもしんない。……あの子ああ見えてホンッッットに馬鹿だからさあー! ……いっつも一人で無茶して痛い目見てるんだよね。今回も、どっかで倒れてるかもって思ったら、心配で……」

「そ、それは心配だね……。最近の様子は特に……だったし」

「他に行きそうな所……ランドリーとか倉庫とか、見てみたんだけどねぇ」

「そうだ! 今頃なら、青くんのところで身支度を手伝っているかもしれないよ」

「そっかぁ、青錆ちゃんとこ行けばいいかなぁ」

 

 そうして有子たちはすたこらと青錆の個室へ向かう。到着してすぐ流れるような動作で、加連はチャイムを鳴らす。反応はない。もう一度チャイムを鳴らしてみる。反応はない。留守なのだろうか? 青錆の身体も心配だ。食堂にいないのなら、まだ部屋にいるはずで、そこに猫塚が居るのなら、チャイムを鳴らせばすぐに応答があるはず……。それとも昨夜、有子が無理をさせ過ぎてしまっただろうか?

 加連が再びチャイムを鳴らしたところで、ガチャリとドアの開く音がした。

 

「あ、青錆ちゃんおはよ〜」

「青くん! おはよう!」

「……………………おはようございます…………?」

「だ、大分しんどそうな声だね……? 大丈夫?」

「…………え、ぁ……。よふかし、してしまって……。いま……がんばって……おきたところです…………」

 

 くあと有子も欠伸を噛み締めて尋ねる。やっと姿が見えたので、有子も安心した。顔色は悪くなさそうだ。……と言っても、城主はいつも青白い顔をしているのだが。

 

「ねぇ青錆ちゃん、寝起きの頭で悪いんだけどぉ、猫ちゃんどこ行ったか知らない?」

Was(へ……?)? …………いえ、今日はまだ……お見えではありませんが……?」

「え?」

 

 しっかりと見れば青錆はいつもの服装ではなく、髪も乱れ、服も乱れ、寝起きのそのままの状態といったところだ。身支度が済んでいるとはとても言えない様子に、有子たちは目をぱちぱちとさせた。青錆はようやく目が覚めてきたのか、自分の格好を思い出し、ハッとして素早く扉の隙間を狭めた。しばらくして、恥ずかしそうに狭い隙間から顔を覗かせる。

 

「す、すみません……てっきり、猫塚氏かと思ったのですが……。今日は皆さん、随分お早いですね……? あれ……? 猫塚氏……猫塚氏が遅いのか……。………………あの。猫塚氏は?」

「青錆ちゃん、今日猫ちゃんまだ来てないんだね?」

「……? ええ、はい……。そう……みたい、ですね……。吾輩、たった今、起きたところで……。猫塚氏、寝坊……ですか? 珍しいこともあるんですね……?」

「おい、お前たちそこで何をしている?」

「うにゅ〜……。みんなおはよぉ〜」

「ずきんちゃん、笛吹きくん!」

 

 振り返れば、そこには眠そうな目を擦る星永と、相変わらずぴっちりと身嗜みを整えた赤柳が立っていた。赤柳は不機嫌そうな顔をして有子たちを睨む。

 

「食事の用意がまるで出来ていないから猫塚を探しに来たんだが、まさか青錆の所にも居ないのか?」

「俺ちゃんたちも同じ感じだよー。仕込みも無かったからさぁ」

「え! 猫塚氏、ほんとにどうしたんです……?」

「ほぇ! れいちゃん、パジャマじゃなぁい〜! からだひえちゃうから、ちゃんときがえなきゃ、め〜!」

 

 星永が寝起きの青錆の姿を見るなり、ばたばたと駆け寄って髪を整え始める。青錆はたじたじになりつつも星永にされるがままになっていた。

 赤柳と加連、そして有子は顔を見合わせる。

 

「部屋は訪ねたのか?」

「まだだよぉ。この時間だし食堂か青錆ちゃんとこだと思ったからねぇ……」

「……なるほどな。分かった。世絆、青錆の身支度を手伝ってやれ」

「いわれなくてもぉ〜。まっかせてぇ〜!」

「ひ、ひぇ……。おてやわらかに……」

「佐渡、加連。猫塚の個室に行くぞ。国中も来い」

「う、うん」

 

 険しい表情になった赤柳はスタスタと先導して廊下を歩いていく。加連もその後をすぐ追った。置いていかれないように、有子はうさぎの手を引き慌ててその後を追う。

 猫塚の個室の前まで来ると、赤柳はすぐさまチャイムを2度鳴らした。返事はない。再び2度鳴らす。返事はない。今度はドンドンとわざと荒く扉を叩いた。

 

「おい、猫塚。居るのか? 猫塚、居ないのか? 居るなら返事をしろ」

「オートロックだから鍵はかかってるよね……」

「あ、俺ちゃん合鍵あるよぉ」

「……あの猫塚が合鍵の許可を出したのか?」

「んまぁ俺だけだろうけどねぇ。開けまーす。猫ちゃん、おじゃましますよ〜」

 

 加連が自分の電子生徒手帳を取り出しかざせば、ガチャリと音を立てて扉が開く。その先にはすっきりと整頓された気持ちの良い空間が広がっていた。床には塵一つ落ちていないだろう。私物はあまり無いとはいえ、散らかし放題のうさぎの部屋や、汚くはないがぴっちりとまでいかない有子の部屋とも全く様子が異なっていて、几帳面な猫塚らしい空間だなと感じた。くるくると部屋の中心で体を一周させた加連は、そこに目当ての人物がいないことを確認して肩を落とした。

 

「……どこいっちゃったんだろ……」

「……ベッドは冷たい。この時間でぬくもりがわずかも残っていないとなると、深夜に起きたか……。シーツの乱れも見られないとなると、そもそも昨夜は眠っていないかのどちらかだろうな」

「えっ! 猫くんは寝ないでどこで何をしてるんだい!?」

 

 真っ直ぐにまずベッドを確認していた赤柳が顔を上げてそう言えば、章平は素っ頓狂な声を上げる。有子も夜更かしこそしたことはあるが、徹夜をしたことはまだ無い。章平はいわずもがな、夜更かしすらしたことがないと思う。このうさぎは決まって夜十時にはもうおやすみモードなのだ。

 部屋の様子を一通り確認し終わった笛吹き男は、その場で腕を組んだ。

 

「ひとまず一旦食堂に戻るか。入れ違いになっている可能性もある」

「じゃあ、猫くんは普通にお寝坊ってこと?」

「……人間だからな、そういうこともあるだろう」

「…………」

 

 なんとも納得してなさそうな表情の靴職人も、大人しくリーダーの言うことに従って部屋を出る。

 そのまま揃って食堂へ。そこには、星永と猫塚を欠いたいつものメンバーが揃っていた。先頭を行く赤柳が、真っ先に彼らに歩み寄る。

 

「伊海田、泡淵、白雪。猫塚はまだ来ないのか?」

「うん……。まだ来てねぇぜぃ?」

「来ない日はいつも、加連が把握していたものね」

「俺、なんも聞いてないよ……」

「ほんとにどうしちゃったんだろうね……」

 

 浮かない顔をして最後尾を歩いて来た加連が、入室してそのまま近くの席に座る。いつもは一言二言、彼に小言をいう白雪も、流石に今日は心配そうに見つめるだけだった。

 

「そいやぁ――……」

 

 いよいよ手掛かりなし。待つしかないかと思われたその時――伊海田が思い出すように声を出した。

 

「全然関係ねぇ話なんだけどよぃ。今朝、絆創膏取りに保健室に寄ったんだが……なんか、開かなかったんだよなぃ?」

「鍵が掛かってたってこと?」

「だと思うけど……。うーん、どうなんだろなぃ? せつなちゃんが持ってたんで事足りたから、別にいっかと思ってそのまま――……お、おい、加連!?」

 

 彼の話が終わる前にガタンと大きな物音を立てて、靴職人は真っ先に飛び出して行ってしまった。制止の声も間に合わず、漁師の手は空を切っただけだった。

 生徒たちは顔を見合わせる。

 

「……僕も行ってくる」

「笛吹きくんが行くのなら、ぼくも行くよぉ!」

「わ、わたしも……」

「そんなに必要ないだろ……」

「状況によっては人手がいるでしょう。とりあえず、もしかしたら単純に寝坊なだけかもしれないし……あたしはここにいるわ」

「これから起きてくる子もいるものね。手分けしましょう、赤柳君。そちらをお願い出来ますか?」

「……分かった。行くぞ」

 

 白雪、泡淵が待機することになり、赤柳に続いて、有子と章平、それから伊海田も保健室へ向かう。そのまま道なりに廊下を走った、学校エリアの端。保健室の扉を開けようと躍起になっている加連がそこに居た。

 一同を見て一旦彼は動きを止め、出迎えるようにこちらを向いた。

 

「……やっぱ開かないんだよねぇ」

「いつもはこんな固くなかったよなぃ?」

「反対側は」

 

 何度も試したのであろう加連は動かず、有子がすぐさま戸を開けようと引いてみる。鍵が掛かっているのか、何かが引っ掛かっているのか、ガタガタと扉が揺れるだけ。いつものようにスライドすることはなかった。

 

「こっちも開かない……」

「鍵が掛かってるのか?」

「しゃーない、ドア破るよ。手貸して」

「え!? そ、それは危ないんじゃ……」

「緊急事態かもなんだからそんなのカンケー無いで……しょっ!」

 

 加連は有子の制止にもお構いなく、一歩二歩と後ずさってから、勢いをつけて体当たりする。彼が二度扉にぶつかった所で、伊海田と章平もそれに加わった。――そうして数度。衝撃に耐えかね、とうとう扉は内側へと倒れた。その先の空間が開かれた次の瞬間、有子は先程までの眠気が全て吹き飛んだ。……何を隠そう、有子達が真っ先に目にしたものは……。

 

 ――赤。

 

 赤、朱、紅、アカ。一面の赤。所々黒ずんで乾いているその液体は、ペンキや絵の具などでは無い。――それは血だ。生物の体液だ。おぞましいほどの量が、そこにぶちまけられていた。その真紅の海の中心に、横たわる影が一つ。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 その人物は、決して見間違うはずも無い。

 "()()()()()()()"()()()()は、真っ赤に染まった血の海の中、無残な姿で横たわっていた――……。

 

 

 

 

 ーーピンポンパンポン♪

 ーー死体が発見されました。一定の捜査時間の後、学級裁判を開始します。

 

 

 

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