「おい……」
ファンファーレが鳴り止み、紙吹雪が収まった頃……。不機嫌そうにアントルメンティエの菊音が唸った。
「テメェ……。質問に答えろ。なんでだ? なんでこんなことした?」
それは、完全な敵意。明確な対立。責めるようにわざと厳しい口調で言い放った言葉も、しかし殺人犯には効かないようで。
「殺人動機なぞ、この遊戯が開始された時既に提示されていたろ。其れ以外に何があると言うのだ?」
「始まった時、って……」
「"外に出たい"……って、そういうこと?」
最初の"動機"――。それは、「殺人を犯した生徒だけが、外に出ることが出来る」こと。一番最初にモノヴォルが、無期限の学園生活を言い渡した際に、明かした条件。だけども……生徒たちは、とっくにその動機とは折り合いをつけていたはずだった。この場所から出ることと、殺人を犯すという罪の重さ。それは、到底釣り合うとは思えない……。
「人を殺してまで、外に出たいなんて馬鹿げてる……! 馬鹿げてるのよ、姫ヶ原さん! 分かるでしょ!? その手を汚してしまったら、もう元には戻れないの!」
真っ先に声を荒げたのは、そう、白雪姫である。彼女は最も強く殺し合いに反抗の意志を見せたひとりだった。「誇れる自分でいなければ、外に出たって意味が無い」――……。いつだったか、彼女はそう主張して殺人を否定したのだ。きっと今でもその考えを持っていて、その上でこの場の全員が同じ思想だと疑わなかった彼女は、今まさに暴かれた
白雪の言葉を聞いても、後悔の表情をおくびにも出さずに……姫ヶ原は実に平坦として頷いた。
「承知の上だ。必要な犠牲なのであれば、それを避けては大義は為し得ぬ。退屈が紛らわされたというのは事実であるが……"我が研究"のために、これ以上かような場に監禁される謂れは無い」
「研究? 姫ヶ原さんがやっていた研究って、確か……」
「不死の妙薬の完成だ」
科学者の言葉に、飴細工師が首を傾げる。かぐや姫はすぐに自身の研究について答えた。淡々と事実だけを陳列せるようなその回答に絶句したのは、有子だけではない……。少しの間が空いて、懸命に絞り出すように、人一倍ストイックなモデルが声を出した。
「そんな、もののために……? そんなもののために、人ひとり殺して良いって、そう言ってるの……?」
「何故嗤う? 人類の夢、桃源の果てだ。あれが完成して救える生命は、それこそこれから生まれいづる者も含め、無限である」
「だっ……だからってよぃ! そんなもん、今すぐじゃなくたって……! お前の代わりに誰かが意志を継いで、いつか叶えられるものだろぃ! お前、それで死んじまったらよぉ、それこそ意味なんて無ぇだろがぃ!」
「
「…………は?」
「なんでもない。こちらの話だ、気にするでない。……其れより、他にも我に申しておきたい事があるようだが……。我も生きている間でしか、解答を用意することは出来ぬよ。さ、今のうちに申すが良い」
「……なんでスイだったの」
質問を促す彼女の言葉に真っ先に口を開いたのは、鋭い目付きの加連だ。彼がこんなにも怒りを露わにしているところを見るのは、ほんとうに有子にとって、はじめてのことだった。いつも穏やかに微笑んで、調子良く会話を楽しんでいる――それが、有子の知るこの妖精の姿だった。
彼はそのまま、追及するように繰り返す。
「答えてよ」
「……そうだな。対象に選ぶという点では、理由なぞ何でも良かったのだが……。ひとつあるとすれば、それだ」
かぐや姫は平然としたまま口を開く。口元を隠していた扇子をぱしりと閉じて、指し示すように持ち上げた。その先にあるのは、
「奴こそが"
「……以上? 姐さん……ほんとに言いたいことは、それだけなのかぃ?」
「今正にそう申したが?」
「それ……だけ? たったそれだけ……?」
あまりにも簡素な理由を聞いて、漁師は目をまん丸に開いた。それは嫌悪でも敵意でもない……ただただ、驚愕。受け入れ難い事実を目の当たりにした、普通の人間の反応。信じられない、と言った表情で他の生徒も愕然とする。
「俺ぇ……君のこと、許せないと思う」
その中で――ぽつり、と言葉を溢したのはやはり彼で。
「だからさぁ……ね、姫姉さん」
それは先ほどまでとは打って変わって、
「スイを殺したこと。……
全くの無。表情のない瞳。いつも通り半開きの優しそうなたれ目は、いつも通りとは言い難い、酷く冷たい眼差しで、姫ヶ原を見つめていた。
◇
「おい……」
静まり返った裁判場に、再び音をもたらしたのは漁師の彼だった。
「おい、おい……! なんか……もう、解決したってムードだけどよぃ……! オレぁ……オレぁまだ納得してねぇぞ!? なあ、ウソだろ、ウソだろ姐さん……! なんでっ……! あいつを、なんで殺しなんか!」
「奴が"
伊海田が訴えるように問い掛けても、姫ヶ原は表情ひとつ変えずに彼を見つめた。善良な漁師は彼女の"答え"を耳にしたところで納得せず、ますます眉間に皺を寄せて首を振る。
「だと、しても……! だとしてもだよぃ! 殺しなんか……殺さなくたって良いんだって、そーゆー話だったろうがよぃ! あいつは……確かに、ちょっと……気難しい奴だったけどよぃ! オレらのために働いてくれてたのは事実だろぃ!? オレらのことを害そうとしてたのかぃ!? そうじゃねえだろ!? そうじゃねぇのに、まだ……まだなんも! なんもオレら、話し合ってねぇじゃねぇかよぃ!!」
伊海田が顔を歪めて叫ぶ。彼の言うことは最もだった。確かに、有子たちはモノヴォルから脱出条件を二つ提示されていた。その内の一つが、「"
けれども、その必死の訴えに微塵もたじろぐことなく、かぐや姫は肩を落として静かに彼を見つめる。
「合理的判断よ。その方が確実である。損得勘定で殺害を実行する利益の方が上回った。ただそれだけのことだろう。多の利益のため少数を切り捨てる判断をする人間である……我がそういった価値観の女であったというだけの話だよ」
「でも――あなたの中で、"金色ペテン"と"
凛とした反論。誰もが黙って殺人者となった彼女の供述を聞く中、泡淵はぐっと拳に力を入れてから――そして再び、キーボードを叩いた。その表情は、彼女が今まで見せたどんな時の顔よりずっと、険しいものだった。
「"金色ペテン"の正体が鷺沼君だということが明確だとしても、"金色ペテン"が"
「……なるほどな? 御前の疑問も一理ある。しかしその疑問に最も明確に回答するなら、
「は……」
理解、不能。
有子には、目の前の天才の言っていることが……文字通り何一つ、分からなかった。凡人と天才という明確な頭脳の出来の差はあれど、しかし相手も人間である。一般的な常識、思考回路、感情、行動……全てとはいかないまでも有子でさえ、その理由の中にひとつ、分かるものが必ずあるはずだった。出来が違うだけで、DNAの限りなく同じ生物であれば、"習性"は同じであるはずなのだ。
……でも。
有子には一から十までの全てに、全く共感が出来なかった。凡人たちを置いてけぼりにして、天才科学者はひとり、続ける。
「結果を導き出したいのであれば、実行せねばなるまい。机上の空論は所詮机上の空論でしかないのだ。試して見ないと分からぬことは、試さねばならないんだよ」
泡淵は口を噤む――もとい、文字を出力するのを辞めた。今更何を主張しようが、全て手遅れで、無意味で、空虚でしかない事を悟ったからだ。
かぐや姫は相も変わらず、淡々と続ける。
「検証結果はこれだ。殺し合いが終了しない。つまり、
勝ち誇ったように、科学者はそう言って微笑んだ。有子を含め、生徒たちの動揺は顔を見ずとも分かった。彼女がそう言った意味も、目を細めて笑う理由も、その全てを――有子たちには見つけられなかった。
「検証、結果って……」
「試してみないと分からないから、試したって……それが間違いなら、だって……お前、これから死ぬんだぞ!?」
「総て承知の上の検証だ。結果、
「……お前、本当に……。本当に、何も無いのか? それだけなのか? それだけの理由で、手を汚したのか?」
「まるで他に理由が無くば困る、と言いたげだな。無い……と、申したが。――ああ、そうだ。申しておきたいことがひとつ、そういえばあったな」
言葉の途中で、なんてことない……そんな記憶を思い出したように、姫ヶ原はそうそうと頷く。そうして
「
それはまるで――ひどく軽蔑するような目で。
「貴様は知らぬだろうが――猫は酷く苦しんでいるようだったぞ」
「は……」
名指しされた靴職人が、不機嫌に眉をひそめて息を漏らす。何を言っているのか。彼女が何を伝えようとしているのか。それは、有子にも推察することが出来ず……。しかし、彼女は一方的に言い聞かせるように、有子たちにも構わず続ける。
「明るい世界など知らなければ、苦しみに苛まれることは無かったろうな。可哀想に。実に哀れで愛おしい子供だ」
彼女は眉を下げて視線を変える。その先には――何者も立っていない、遺影がそこにあるだけの席。
「元々知る由もなかったはずなのだ。両親が捕まった、と言ったな? あれの父母はおそらく裏社会でも害悪と名の知れた詐話師だぞ。鷺沼とは我も聞き覚えのある名だからな。であれば、だ。あれが生まれて身を置いた世界は裏社会であり、こちらとは相反し決して交わることの無い闇の世だと断定できる。となれば、だからこそあのような類稀なる才で名を馳せつつも、その正体は闇の中でひっそりと身を潜めていたことにも頷けるな。……猫は光の世界と隔絶された闇の中で育った……。ならば知り得るはずも無い事実を、猫は如何様にして知覚したのかという問いが生まれる。彼奴が永遠に裏社会の隅で存在する運命の元に生まれたにも関わらず、何故猫はこちら側の世を知り、そして恋焦がれたのだろうか?」
彼女はそこで一旦言葉を区切る。そうしてさらにひと呼吸おいて続けた。
「その答えは実に単純だ」
そうして勿体ぶるような動作で――再び彼女は右手を上げる。手に持つ扇子の先で指し示したのは……彼女の真向かいの席。
「あの猫に光を見せたのは貴様であろう? ――加連修也」
姫ヶ原は目を細め、加連に顔を向ける。加連はゆっくりと垂れた瞳を険しく吊り上げる。彼の表情の変化にもまるで気を遣わずに、彼女は右手の扇子を閉じて真っ直ぐ彼を指し示した。
「貴様が目映い光を魅せ、猫はその輝きに目を眩ませたのだ。だからこそ猫は愚かにも、自身にもその世界で歩む資格があるのだと錯覚し、心を焦がし、身の丈に合わぬ衣に袖を通した。それがどんなに無意味なことなのだと理解していても、蛇に唆されたアダムとイヴのように、甘い幻惑からはそう簡単に逃れられぬ。まして貴様という存在がすぐ手の届く場所に常に有ったのだから当然だな」
「…………」
「そう、猫が苦しんだのは、その果てに自滅したのは。他の誰でもない……。貴様のせいだぞ、加連修也」
「……っそんなことない!!」
声を張って割り込み、彼女の説に異を唱えたのは――他でもない、火燈だった。奇術師の少女はぎゅっと拳を握りしめて、感情を露わにしながらぶんぶんと首を振った。
「そんなことない! 加連くんが、猫塚くんを苦しめていただなんて、そんなこと……! そんなこと、絶対に無いよ!」
「あんなちゃん……」
「姫ヶ原さんが言うような、惨めな夢でも、届かないまぼろしでも、意味の無い希望でもない……! それは、それは……猫塚くんにとって! かけがえのない幸せだったんだ!」
「……幸福だと?」
かぐや姫がぴくりと眉を動かして、険しい顔をする。じろりと睨みつけられても、少女は平然と頷いた。
「そうよ。加連くんが猫塚くんに見せたものは、すぐに消えてしまう、ちっぽけなマッチのともしびなんかじゃない。両手いっぱいに抱えた、大切な時間なのよ!」
反論を続ける彼女の姿は――有子がいつも目にしていた、あの気弱でおどおどしていた奇術師ではなかった。そうか、彼女は――強いんだ。か弱く小さな体躯の中にあるその
科学者は肩を竦めて奇術師に相対する。彼女たちの意見は、決定的に食い違っていた。
「理解出来ぬな。奇術師、御前はあの日猫と話していただろう。ならあれの話をどうとってそう解釈したのだ?」
「そのまま受け取ったんだよ。わたしは、まっすぐの、彼のきもちを受け止めたかった。だから、彼が秘密を打ち明けた意味を考えたんだよ。それは、……彼が、求めた
「とんだお人好しもいたものだな。彼奴の性質を正しく理解しているのなら、そんな戯言を吐くことなど出来ないはずだ。我にとっては既にどうでも良いことではあるが、一般大衆という俗世間の庶民たちは、集団での秩序維持のために規則や規律を厳しく取り締まる。そんな世間の中からあれを快く迎えてやろうなどとほざく阿呆はそう居ないだろうよ。あれがどんなに異質な物なのかは既知の事実であろう。現に我らの中でも、意見が割れた」
「でも、でも……!」
「はっきりと事実を述べてやらぬと解らぬようだから、我が提示してやろう。あれが人間として生きて行くことは到底不可能だ。世論があれを許さぬ。常識があれを赦さぬ。倫理があれを拒む」
「でもわたしは、猫塚くんを信じてる! 彼がわたしにくれた救いは、わたしにとって絶対だから……! やり方が間違っていても、その心まで間違っていたなんて……! わたしはぜったい絶対、思わないわ!!」
「ひともし、ちゃん……」
「……そうか。御前も愚者だな。……実に救いようの無い馬鹿だ。御前たちにあれの苦痛なぞ、知る由も無かったというわけだ」
両者譲らない白熱した答弁。黙って見ている生徒たち。どちらの主張もその通りだと頷けて、どちらの意見もそれは違うと否定する余地はあった。けれどもそこへ割って入る者は誰もなく……まさに、それは永遠に続くかと思われたのだが。
「そこまでにしろ」
見かねたリーダーが冷静に制止をかけると、それまでと一点、両者はぴたりと言葉を紡ぐのをやめた。これ以上議論しても相手が折れることはなく、その主張は無意味であるということを、この場の全員が理解していたからだ。
赤柳は静かに息を吐いて、真っ直ぐに犯人を見つめた。
「お前が何を知ってそこまで憤っているのか、僕には分からん。猫塚の苦しみも理解出来ん。……それでも。それでも、あいつをその手で殺したのは、姫ヶ原。お前だろう」
「…………」
「鷺沼瑞がどんな人物だったのか……。それは、学級裁判というこの場では全く関係の無い話題だ。今導き出された真実は、鷺沼瑞は被害者で、被疑者は姫ヶ原かぐら……それだけだ。それこそが今、僕達にとってもっとも真に意味のある事実だ」
「それもそうさな」
そうして彼女は目を伏せて言う。
「以上だ。今後も励め」
ただそれだけの言葉を置いて、彼女は生徒たちとの縁に区切りを付けた。
◇
長い沈黙。小さく悪態をつく者、啜り泣きを堪える者、愕然とする者……。生徒たちは各々、言葉を失っていた。その様子をきょろきょろと見回して……自体の全てが終息したのだと判断した審判――モノヴォルは、ついに静寂を打ち破った。
「……おや、おや。これ以上はほんとうに何も無さそうですね。ではでは、最後のお楽しみにうつりましょうかね!」
「…………」
「ああん! 全員無視! まあ良いです、これを何より楽しみにしているのはワタクシですからね! さあそれでは、気を取り直して参りましょう……。レディース、エーン、ジェントゥメェン! 今宵、お送りいたしますは、横暴な悲恋の物語。自分のために人を殺した、月からやってきたかぐや姫です! どーーーうぞぉーーー!」
現れたスイッチを、前回の時同様大きく振りかぶってぽこんと叩く。頭上のモニターに処刑開始のムービーが再生されれば、何処からともなく飛んできた鎖が、今回の犯人を捕まえた。
瞳を閉じた姫ヶ原は、ぼそりと呟く。それは独り言だが……誰かに対する懺悔のようでもあった。
「…………まさか御前より先に逝くことになるとは思わなんだ。…………まあ、赦せ」
それが誰に対する言葉なのか、有子たちには知る由もなかった――……。
◇◇
◇
ばつんと照明が点いて、煌びやかな着物に包まれた姫ヶ原が現れる。風情のある和室の一角に、彼女は静かに座していた……。
【かのうるわしきかぐや姫、婚約者を募る】
――超高校級の科学部 姫ヶ原かぐら 処刑執行
目をゆっくりと開ける姫ヶ原。最初に彼女の目に映ったのは、彼女にひれ伏す男たちの人形。彼らより一段高い、見るからに高級な布や装飾があてがわれた座に、姫ヶ原は腰を落としていた。
表情を変えず、彼女は人形たちを観察する。美醜貧富、様々な男たち。その誰にも姫ヶ原は興味を注がれなかった。ひれ伏す男たちは、端から1人ずつ、姫に献上品を差し出す。どの宝もキラキラと眩い輝きを放ち、それぞれが素晴らしいものなのだと主張していく。姫ヶ原は表情を変えずに人形を見下す。とんでもない価値の至高品。その何にも姫ヶ原は興味を注がれなかった。そう。もはや人ですらないものたちには、難題を提示する気力さえ湧かないのだ。
彼女が興味なさげに視線を逸らせば、人形たちはドシンドシンと地響きを鳴らす巨大な何かに潰され、破壊されていく。巨大な何か――鉄球を吊るすクレーン車である。もちろん、その操縦席に座っているのはニタニタ笑いの狐、モノヴォル。
人形の男たちが全て壊されて仕舞えば、補充するようにまた新たな人形たちが配備される。そして1人ずつ、同じように素晴らしい宝を献上していく。それでも姫ヶ原の心は動かない。狐は人形を潰していく。その繰り返し……。
目の前で人の形をした何かが壊されようと、かぐや姫の心は動かない。つまらなそうにその光景を見つめていた彼女は――目の前の出来事に気を取られていた。その瞬間まで、気付かなかったのだ。背後の簾から侵入してきた者たちに。気付いた時には遅く、輝く満月を背景に現れたのは美女たちの人形。そう、天女である。彼女たちは姫ヶ原の身体に掴み掛かり……彼女が羽織っていた白く一際煌びやかな衣を――
ぱちり、と。かぐや姫が瞬きをする。天女たちはそれだけ終えると、すぐさま月に帰ってしまった。起きたことが理解出来ない彼女は、また瞬きをして、再び男の人形たちに向き直る。そこでは変わらず、彼女にとってはがらくた同然の宝を差し出す人形たちが、次々に鉄球に潰されていく。そう、それは、今までと変わらない光景だった。先程まで彼女がつまらなそうに眺めていた光景だった。
――けれどもかぐや姫は、目を見開いて。
今まさに潰される番となった金髪の人形へ、一目散に駆けていく。
断っておくが――何度も繰り返すように、
彼女はその
次の瞬間、カメラは血に塗れ、何も見えなくなった。
◇
◇◇
「エクスタシーーーーーーッッッ!!!! 最高! 快感! なんて素晴らしい瞬間なのでしょうか!!! この時ばかりはワタクシも、下品な笑い声を上げてしまうのを止められません! アーーーッハッハッハッハ!!!! フハ、フハハ! ヒャハハハハハ!!!!」
「そんな……」
「うっ……ううっ……!」
「なんで…………」
歓喜の雄叫びを遠慮なく上げたのは、他でも無い首謀者の狐である。椅子の上で仰け反り、バタバタと脚を激しく暴れさせて――まるで、お気に入りの玩具で遊ぶ子供のように――普段の態度とは掛け離れた歪な幼さを、紳士の風貌をしたぬいぐるみはまた、この瞬間に覗かせる。前回もそうだった。犯人をその手で(正確には、映像内に登場するモノヴォルの予備機が)殺める時に、彼は最も悦びを露わにする……。
処刑の映像を見せられた生徒たちは、大半が青ざめて、込み上げるものをせき止めるのに必死だった。有子もそのうちの一人だ。口を両手で塞いで嗚咽を耐えるも、目から溢れる水はとめどなく。震えも、全く止まらなかった。――また死んだ。殺された。一体何度繰り返せば良いのだろう? 「それは流れのようなもので、連鎖していく」……いつだったか、被害者になった彼が言ったことを思い返して、これはもう止められないのだと有子は悟った。
だから、有子は落ち着くまで、何の言動も出来なかった。
「そういえばさあ、スイのこともどっか連れてくの?」
顔色一つ変えずにそこに立っていた加連が、唐突に声を出す。生徒たちはまだ、ついたった今居なくなった彼女の死を受け止めるので精一杯だった。……にも関わらず、彼女が死ぬ前とてんで変わらぬ態度の神父である。有子は背筋が凍るような気がした。
それを質問だと受け取ったモノヴォルは、まだ興奮冷めやらぬ様子で……しかし、普段の紳士としての立ち振る舞いに戻って。発言者に向き直った。
「何故そんなことをお聞きになるんです? 当たり前でしょう、死んだ人間より皆様がこれから生活する場を整える方が大事ですからね!」
「死体くらい貰ってもいいじゃん」
「嫌ですよ、何に使うんですか? それはもうアナタの愛した人間ではないというのに……。あっ! 屍姦ですか!? ダメですよ、同性同士でもそんなことは認められませんからねっ!」
「ねえ黙ってくんない? ぶち殺すよ……」
きゃっきゃっと煽るように騒ぎ立てるぬいぐるみを、本当にそれこそ、今すぐにでも飛び掛かって壊してしまいそうな勢いで加連は低く唸った。しかし、威嚇された狐紳士は嬉しそうにぴょこぴょこと跳ねるだけである。
「おお、恐い恐い! けれども、ダメなものはダメですからね。彼らは
意味深な言葉をひとつ残して。モノヴォルは再びその場から消えてしまった。
……残されたのは、12人の少年少女たちだけである。
◇
「……加連お前、この期に及んでまだあいつが仲間だと思ってんのか?」
そうして再び啜り泣きだけが響きわたる、静寂の中に――ぽそりと、不機嫌を隠しきれない声色。パティシエ双子の菊音のほうだ。
対する加連は、質問の意図を汲みきれないのか、汲み取った上で聞き返したのか……ますます眉をひそませた。
「何が言いたいの?」
「"
ぴしゃりと、グレーテルは言ってのける。
裁判中に判明した、鷺沼と加連の関係性。幼馴染であり、兄弟であり、かけがえのない――"家族"である。加連にとって鷺沼は――文字通り、この場にいる誰よりも大切な存在であるということは、嫌でも理解できた。
……そう、
「前の……茨木と綿貫がいなくなった時、あいつ、言ってただろ。『責任を負って生きろ』って……。犯罪者なら殺していいからとか、"
「だったらなんなの? 結局はさ、自分のためにスイ一人犠牲にすることを選んだって、そういうことでしょ」
「違ぇだろ!!」
ダン! と勢いよく席を拳で叩いて、菊音は一喝した。彼女は正しく、科学者の発言を理解していたのだ。その言葉を、それに込められた感情を、想いを。正しく汲み取って咀嚼したのだ。
「
菊音の解説は実に親切で丁寧だった。その解釈こそが正解なのだと有子も思った。かぐや姫は最期まで食えない態度だったが、冷静に考えれば、この事件に関しては彼女らしくない言動がかなり多かった。他の生徒たちも同じことを考えていたようで、いつの間にか啜り泣きは止んでいた。
グレーテルの主張に、しかし妖精は相変わらず不機嫌そうに目を細めるだけで。
「スイが死んで当然だったって言いたいわけ?」
「言いたいことはそうじゃねえけど、それはそうだろ! "金色ペテン"なんて、俺でも知ってるクソ野郎だろ! あんなのがいなけりゃ姫ヶ原だって動いてない。まだ分かんねぇなら目ぇ覚ませ加連!
「わたしは……そう、思わないよ……」
「あ?」
おそるおそる……しかし、はっきりと。強い意志で反論を示したのは火燈だった。アントルメンティエにジロリと睨まれ、ひっと一瞬怯むも、彼女はぐっと拳に力を込めて口を開く。
「さっきも、言ったけど……! 鷺沼くんは、猫塚くんは……! ちゃんと、人間だよ。得体の知れない犯罪者なんかじゃないわ……! 自分のしたことを恐れて、悔やんで、償おうとしていた、ひとりの……ひとりの男の子なのよ……!」
「じゃあ火燈さんはさ、彼が今まで犯してきた罪の全てを知ってるの?」
「え……」
必死で弁護する火燈が、その一言で止まってしまう。……そう、彼女も理解しているのだ。
「僕もきくねの意見と同じだよ。そりゃ、僕だって鷺沼君が何してきたか全部は知らないけど……こんなに噂が広がって、皆知ってる"
有子も彼の意見に賛成だった。"金色ペテン"のことは、あまり詳しく知らない。新入生スレで触れた程度の知識だ。それでもその
「火燈さんは、彼のことを義賊だって言い切りたいんだろうけど。でも、法に触れてる以上は、それは犯罪でしかないわけだよね。彼のせいで悲しんだり絶望したりする人が現実に大勢存在していて、その罪の大きさは明らかだよ。……でも、彼が義賊であるという証拠って、何処にあるの? 人から騙し取ったお金をどう使っていたのかなんて、それこそ加連君すら知らなかったのに……君に分かるわけ、ないよね」
――完全、論破。
奇術師の少女は涙目で俯いたまま、それ以上何の言葉も発さなくなってしまった。当然、他の誰もそれに反論することなく……。夜羽が肩をすくめて口を閉じれば、再び裁判場を静寂が襲った。
◇
「……こんな話を聞いたことがある」
沈黙の中で唐突に……。そう、本当に唐突に。ぽつりと赤柳が呟いた。全員が彼に注目すると、彼はそのまま"話"を始めた。
「『謎の少年に施しを受けたと話すホームレス』の証言だ。その少年は突然現れ、自身の身の上話を尋ねてきた。ホームレスは詐欺に遭い財産を失い、職も家族も失ってしまったことを愚痴を零すように話したそうだ。それを聞いたその少年は、甲斐甲斐しくも何度かなけなしの食事を提供してくれたらしい。……それから数日後のある日、ホームレスのテントの前に、莫大な額の現金の入ったケースが置かれていた。警察に届けしばらくすると、正直に届け出たお礼にホームレスに譲渡するとの申し出があったと連絡があった……。それから少年とは会っていない、という話だ」
赤柳はそこまで語り終えると、ふうと一息付いて生徒たちの反応を伺う。もちろん、全員が笛吹き男に注視していた。
それから彼は、最後にこう締め括った。
「この話で最も重要なのは、その少年が、"背筋が凍るような金目"を持っていた、ということだ」
それは……。出かかった言葉を、有子はこくりと飲み込んで各々の表情を見つめた。もちろん、突然我らのリーダーがこんな話をしだした時点で、その終着点は薄々分かっていた。その意図を汲みきれずにいる人物はここには居なかった。しかし、彼は困惑の沈黙に丁寧に、丁寧に結論を付け加える。
「つまり、この話に登場した甲斐甲斐しい少年とは、"
「それで?」
そしてその結論に、責めるような口調で……双子の片割れが首を傾ける。
「赤柳君は、結局何が言いたいの?」
「別に何も。証拠のひとつだけで良いのなら、それは実在しているらしい、という話をしただけだ。……もう良いだろう。この話はこれで終わりだ。これ以上議論することに、何の意味もありはしない」
夜羽の言葉に平然と答えた彼は、しかしすぐに鬱陶しそうに、不機嫌そうに表情を歪める。この不毛な議論を続けること自体を、合理主義な彼がうんざりしているのかと、思いかけて……。有子はそうではないと、はっとした。
俯く赤柳の表情は、とても悔しそうに見えたから。
「……もう、猫塚も姫ヶ原も、鷺沼も。ここには居ないのだから」
……そうして、少しの沈黙の後……。誰かが合図をしたわけでもなく、生徒たちは揃ってエレベーターへ乗り込んだ。
事件は終わった。また二人欠けて、終わってしまった。
だからもう、ここに用は無いのだ。
◇◇◇
学級裁判の、帰り道――……。今までの狂った議論ゲームは終わりを告げ。有子たちは身体を休めるべく、揃って廊下を歩いていた。けれども、誰も、何も。言葉を発することはなかった。
――とても、疲れた。つい、先程の生徒たちの議論を、有子はひとり心の中で思い返す。何が正しくて、何が間違いなのかを、有子は判断出来なかった。前の……茨木と綿貫の事件の時の方が、まだ理解出来ていたかもしれない。いや、そうでなくても――殺人事件がこんな短い期間に、しかも立て続けに起こるだなんて――有子の想像の範疇を、ゆうに越えていた。何もわからない。ただただ今は、はやく自室に帰って眠りたい――……。
わかりかけた生徒たちのことが、またわからなくなってしまった。それは全員同じなようで――ここまでの道中全員揃っていたにも関わらず、誰一人として口を開かなかった。つい先日、プールで遊んだり、お茶会で談笑したりしたことが嘘のように、築き上げたものにヒビが入っていく。
もう、こんな気まずい空気は嫌だった。一晩眠って頭が冷えれば、きっとみんなまた前のように会話出来るかもしれない……。そんな風に考えながら、ようやく寄宿舎へ足を踏み入れた時。
「
その、沈黙を破る控えめな一声に、全員が足を止めた。
「……本当の、本当に、申し訳ないな……と、ずっと、思っていて……今更……なんですけれども、吾輩の……その、懺悔……を、聞いてくれますか…………」
「ほよ?」
「ざんげぇ?」
突然の告白。皆きょとんとして首を傾げる。この陰気で臆病な城主はいつも隅の方で縮こまってはいるが、懺悔が必要なほどに他者に害を与えたことなどなかったからだ。
おずおずとしている青錆に、先頭を歩いていた赤柳が戻って来て手を伸ばす。
「お前に僕達に悔いるほどの罪過があるとは思えんが、お前がそうしたいと言うのなら聞こう。言ってみろ」
「は、はい……その、実は……あの……。その、っ……えぇと……! ……その…………」
誠実な赤柳が真っ直ぐに見つめる。その態度は歩み寄ろうとする温かなものだ、と有子は感じた。それでも言い難いことのようで、青錆はもじもじとしながら懐から取り出した電子生徒手帳を指でいじっている。しばらくまごまごとしていたが、他の全員がじっと待っていればようやく決心が着いたのか、一呼吸置いてついに、観念したように言葉を絞り出す。
「わ、吾輩…………"青錆怜"、というのは、……猫塚氏と同じで、いわゆる偽名……でして。その、本名は…………こ、ちら……に…………」
そう言って、電子生徒手帳を起動しこちらに差し出せば、有子たちにも写った文字列を確認することが出来た。その画面には、「Reynard Meister von Schwanenburg」と表示されていた――……。
「ほぇ……」
「れいなー…………なんて?」
「あんれま。バリバリに外人さんだったんだねぇ〜……」
見慣れない英字の文字列に、菊音がはてと怪訝な顔をし、加連は目を丸くしてその字を見つめた。有子もそれを見て、驚いた。アルファベットの羅列。それは、日本人の名前として用いられない文字。
「英語……じゃあ、ないよね。ええと……」
「母はドイツ人でしたが、父が日本人でしたので……」
「あー、ダブル」
「だぶる? ハーフってことだよね」
青錆の告白に納得したように加連が頷くと、今度は夜羽が首を傾げる。ダブル、という言い方は聞き馴染みが無いが、ハーフと言われれば有子もしっくりきた。ドイツと日本のハーフ。だから、青錆は今までドイツにあるシュヴァン城に身を置き、そこで城主としての才能を育てていたのだ。
「城のくだりから思ってたけどぃ、お前、やっぱ日本人じゃなかったんかぃ」
「父姓が青錆なのか?」
「あ……そう、です……。そっちのが、ここ日本ですし……馴染みやすいと思って……勝手に、そう、名乗ってただけでして…………。すみません……」
赤柳の質問に、彼は素直にこくりと頷く。お父さんが、日本人……そっか、じゃあまるきりの偽名ということでもないんだな……。有子は素直に受け入れることが出来た。詐欺師の前例があったからかもしれないが……彼本人が自ら打ち明けてくれたということが、印象的な面ではまるで違った。
むしろ嬉しいくらいの有子とは裏腹に、青錆はやはりどこか苦しそうにまた謝罪の言葉を繰り返す。他の生徒たちは、どちらかといえば有子と似たような心持ちのようで……。俯いている彼の様子に困惑しているようだった。
「別に今更そう言われてもね。それ以外にやましいことは無いんでしょ? ならそこまであたしたちに詫びなくていいんじゃないの」
「…………。………………。すみません……」
「
「な、中森さんっ!」
はっと鼻を鳴らして悪態を吐く菊音を一喝したのは、驚くべきことに火燈だった。しかし彼女たちはそれだけで、それ以上の言葉を交わすことは無かった。答えが出ることのない言い合いは、もうこりごりなのだろう。
ふと、彼女の隣の片割れが思い出したように顔を上げて、城主に向き直る。
「あれ? でも確かクラス名簿の名前って、青錆だったよね。本名でスカウトされたわけじゃないってこと?」
「い、いえ……。それは、その、吾輩が……。美空羽先生に、そうして欲しいと……」
「ふーん? なんか訳アリ?」
「それ……は……えぇ、と……。気ま、ずくて……。ただの、我儘……と、いいますか……。なんと、言うか……」
「今まで通り青錆と呼んでも構わないか? もちろん、お前がその名でいることが苦痛なら正すが……」
もぞもぞと、またいつものように尻窄みに口籠らせる彼をうかがって、笛吹き男は眉を下げた。青錆はばっとすぐに顔を上げて首を振る。
「い、いえっ……! その……あ、青錆、で……お願い、します……。っただ、本当のことを、お話したかっただけ……なので……」
「話してくれてありがとう、青錆君。とってもうれしいわ」
「あ、泡淵氏……」
安心させるように、にこやかに微笑みながら泡淵がキーボードを叩く。彼女の言葉に、有子も素直に同意した。
城主は再び俯いて、ぐっと肩に力を入れた。それから、乞うような切実な表情で……長い前髪から覗く、淡い色の瞳を潤ませた。
「…………皆さんは……このまま、ばらばらになってはいけないと思うんです……! こんな状況だとしても、皆さん……目的は同じでしょう……? 力を合わせて、知恵を合わせて……そうすればきっと、活路は開けます。だから……お願いです……。皆さんは、皆さんは……未来を見ていて、くださいませんか……」
その目の色は、純真な。とても、とても――澄み切った色をしていて。
「青錆……」
「秘密をひとつ、打ち明けたのも……実は、そのためです……。本当は……もっとはやくに……。いえ、今からでも……皆さんにお話しなければならないことが、あるのですけれど……。……でも…………。…………すみません、どうしても……どうしても、まだ……僕に勇気が、無くて……。……もう少し……もう少しだけ、時間をください……。……
「……うん。分かったわ」
「うん」
「そうだな」
「よぉし。みんなで、だっしゅつ! がんばろー!」
「えいえいおー!」
彼が言い終わる頃には、もう彼の周りに皆が集まっていた。
青錆を中心にして、生徒たちの心がまた、ひとつに集まっていくような気がした。それは久しぶりの――とても待ち望んでいた、まさに、「希望」。有子たちは先程までとは打って変わって、明るい表情に満ち溢れていた。そうだ、こんなことでばらばらになるわけにはいかない。全員で団結すれば、絶対に何とかなるのだ。いや、してみせる! 久方振りに見る、活気溢れた天才たちを前に、有子は心の底から安心した。
だから有子は、彼が放った言葉の意味を正しく考えることができなかった。……そう、彼は。ひとり、その光景を眩しそうに、安心したように見つめる……城主は。
「皆さん
――まるでそこに、自分は含んでいないかのように。
◇◇◇
「おや、おやぁ……? あらあらまあ。どういう風の吹き回しでしょうか。
「……いやはや、だからと言って何も問題ありませんけれどね。ここからどうにか出来るだなんて、ちぃとも心配しておりませんとも」
「……だって、
◇◇◇
カタリロンパ
第2章
「オオカミ少年独白」
終