今章は、ショッキングな表現を多分に含みます。
苦手な方はご注意ください。
「………………へ?」
「なんで……こんな……」
「ひ、火燈? 夜羽……!?」
また、事件が起こってしまった――……。章平の額から、つうとひとすじ雫がこぼれ落ちる。目の前のそれが、明らかに異様な光景であることはすぐに分かった。茨木の時とも、猫塚の時とも。まるで違う……それはまさに、
「きゃあっ!」
「……こんなこと……」
ばたばたと慌しい足音が響いたかと思えば、一緒でなかったメンバーが遅れてやってきたようだ。全員同じように絶句し、他の生徒と似たような反応を示して立ちすくむ。
しばらくしてこつこつと音が鳴り、狐紳士がいつの間にか立っていた。
「皆様全員揃いましたね!」
「……全員? 赤柳と白雪はともかく……。青錆もいねぇだろぃ? ……ま、まさか……!」
「重傷者は治療中です! かなり酷い状態ですが……んまあ、ワタクシが自ずから手当てしていますからね。ひとまずの命の保証はしますとも。ですが、えー……。そうですね、裁判は彼の治療が済み次第始めようかな、といった具合です。皆様、今回はのんびり捜査していて大丈夫ですよ!」
――重傷者、という単語に章平はぴんと来なかった。それは他の生徒たちも同じようで……。この主催者の手が必要なほどの怪我、そしてそれは事件に関係あるのか、否か。これまで被害者になった二人に対しては特に治療など行っていなかったはず。今まさに命を散らしてしまった目の前の二人もそのまま。……それはそうだ、"コロシアイ"だ。この主催者は殺人事件が起こることを推奨している。――それなのに、
頭の中でぐるぐると考える章平の代わりに、他の生徒たちが同じ疑問を口にした。
「ちょ、ちょっと待て。怪我? 青錆が?」
「わざわざモノヴォルが治療してるってどういうこと?」
「星永さんのご依頼です。何か問題でも? それともご自分達で彼の手術をされますか?」
「え!? ……しゅ、手術って……」
「みんな! とりあえず、れーちゃんのことは後で!」
混乱する一同を、その一声で黙らせたのは星永だった。彼女はぴょんと皆の視界に入る場所に躍り出て、注目を集める。
「とにかく、今はやるべきことをやらなきゃいけない。れーちゃんのことは、ヴォルちゃんがああ言ってるんだし……。大丈夫だから気にしないでいいよ。今やるべきこと、みんな分かってるでしょ?」
赤ずきんがそう言えば、生徒たちはお互いの顔を見合わせて――困惑した表情を見せながらも――こくりと頷いた。
「……くしし。それでは重要な最初のデータをお渡ししましょうね。毎度お馴染み"モノヴォルファイル"! これがなくちゃあ始まりませんものねえ。ではでは皆様、頑張ってくださいね。忙しいので、ワタクシはこれにて一旦失礼……」
「呪いは?」
不機嫌を隠そうともしない、怒りを孕んだ声色で。加連はキツくそう吐き捨てた。モノヴォルファイルを受け取って、早速と中身を拝見しようとした生徒を傍らに、じっと、彼はぬいぐるみを睨み付ける。それは――それが質問だったのだと理解するのに時間を要するほど、強く冷たい物言いだった。けれども、その言葉に微塵も怯まないぬいぐるみは、ことりと首を傾げてすっとぼけた。
「はて? なんのお話でしょうか?」
「"眠り姫の呪い"だよ。コロシアイが起きれば解く方法を教えるって言ってたでしょ? はやくして」
「そういえば、そんな動機でしたねぇ、今回は……」
今ようやく気がついたと言わんばかりの態度で、ああと思い出したかのように呟く。狐はそのままよいせと姿勢を変えて、章平たちに向き合った。
「それではお教えして差し上げましょう! 眠り姫の呪いの解呪法それは……
――は?
「おやおや、聞こえませんでしたか? もう一度言いますのでしっかり聞き取ってくださいね。呪いを解く唯一の方法、それはずばり、"
「あ、愛のキスぅ〜〜〜!!?」
一瞬の静寂の後、絶叫。考えたことは皆同じだったようだ。章平も驚愕が隠せずに、あんぐり口を開けていただろう。物語のお決まり。王子様のキス。魔法の契約。よく知られた解呪方法……。けれど、それは"物語"の中でしか実在しない。なんてったって、呪いも魔法も。この世界に実在しない――……。
「くしし。ではでは皆様。ワタクシ誰かさんのせいで、ほんとうにとてもとても忙しいので、今度こそこれにて失礼致しますね。それでは、裁判で。ごきげんよーう!」
わざとらしく多忙アピールをして、狐紳士はすぴょんと消えていく。
……方法を教えてもらったのはいいとして。この後どうするかが実に問題だった。
「……なあ、ちょっと話し合ってから……」
「…………信じられないんだけど」
ぼそりと低い声でそう言ったのは、加連だった。隠す素振りもない、激しい憤りを孕んだ声色だった。酷く冷めた目で、苛立ちをあらわにした表情で。遺体をじっと見つめ、ふいと顔を背けたかと思えば――……。
「あ、ちょっ……! かれっ……!」
さっさと一人、部屋を出て行く。
伸ばしかけた手を戻して、複雑そうな表情をしてから伊海田は顔を上げた。
「……とりあえず……。また、オレここに残るよぃ。調べられそうなとこは調べるけど、後のことは、頼むわなぃ」
「…………」
"後のこと"とは、……それこそまさに、さまざまな事柄を示していた。浮かない顔をしていた生徒たちも、少ししてその言葉に頷いてからそれぞれやるべき事をすべく散って行った。
◇捜査開始◇
さて。やること、気になることはたくさんあるけれども……。いま章平が出来ることは、"調査"――このひとつに限る。青錆のことも、加連のことも、今どうすることも出来そうにないし分からない。ようやく分かった解呪法も、章平にはなんのことやらお手上げだった。だけども……何もせずにいるよりは、自分なりに出来ることに注力すべきだ。きっと、笛吹き男に聞けばそんな答えが返って来るだろうと考えて、ようしと章平は気合いを入れる。
早速まずは、モノヴォルファイルに目を通すことにした。
【モノヴォルファイル3】
――被害者は"超高校級の奇術師"火燈杏菜と、"超高校級のコンフィズール"中森夜羽。
死体発見現場は美術室。
死因は複数カ所にわたる傷からの大量出血による失血性ショック死。内臓の損傷が著しい。
やはり、ほとんど何も分からないに等しい情報だ……。章平はそっとファイルをしまって、早速現場を見回す。辺り一面が血塗れだ。猫塚の時のように、不審な血痕をも覆い隠すように……床一面が紅に染まっている……。そこにあるのは、初めて来た時からある椅子や画材道具、それから二人の被害者の亡骸だけ……。手掛かりになりそうなものは落ちていないようだ。
……でも、これだけ床が血塗れなら……犯人の靴も血で汚れてしまっているんじゃないかな? 廊下には足跡らしき血痕はないようだ。きょろきょろと現場を見回して、遺体を調査する介護士の隣に立つ大男と目が合う。
「太郎くん。あらためて、発見時の状況を聞かせておくれよ。太郎くんは、ずっとここに居たのかい?」
「お、おう……。と言っても、オレ……お前らが来るまで、寝てたっつーか……意識が無かったっつーか……。目が覚めたら、既にこんな有様だったんだよぃ……」
そう。事件の発覚――。章平たちは協力して、姿の見えない火燈と夜羽を捜索していたのだが……その際、美術室で眠りこけているこの漁師を見つけ、部屋の惨状に気付いたのだった。一時は彼が今回の被害者なのかと思ったが……彼は無傷で寝転んでいただけだったのだ。
「太郎くんは、ここでおやすみしていたのかい? あれ? でも、個室でしかおやすみをしちゃいけないんじゃなかったかな?」
「ああ、校則なぃ……。個室以外で意図的に寝るのはアウトなんだよなぁ。……確か、青錆と一緒にいたんだ。あいつが紅茶いれてくれてよぃ……。その後、ここに呼び出されたらしくて……階段登るの手伝ったんだよぃ」
「事件の直前、青くんと太郎くんは一緒だったのかい? その時はまだ、ふたりは殺されてなかったのかな」
「だと思うぜぃ。美術室に着いて……なんか急にすげえ眠気があって……気ぃついたら、もう……」
うむむ。美術室に着いた途端、急に眠くなること? そんなことって、あるのかな? 章平はなんだか言いようのない違和感を覚えて、後で誰かに聞いてみようと思った。笛吹き男が起きてくれれば、それが異様なことなのか普通なことなのか、すぐ判別が付くだろうが……。
「そういえば、昨夜……変なアナウンスがあったよね」
「アナウンス?」
遺体を見ながら、それとなく赤ずきんが会話を始める。何のことなのかさっぱり見当がつかないという様子の漁師を見上げて、ああそうかと章平は説明してやることにした。
「太郎くんは、眠ってしまっていた時だったから、聞いていないのかもね。急に、ルールが追加されて……。あれ、もしかして、事件に関係ある……?」
「そうだね。内容的には、既に二人殺されていたか、二人目が殺される寸前で、犯人が三人目も計画していたことをようやく気付いた……みたいな感じだった。これって、今回二人を殺した犯人が同一だっていう証拠にならないかな?」
「……そっか。別人だったら、あの時急に、わざわざそんなルールを追加しなくていいんだものね……」
うーんと章平は唸る。赤ずきんの説明はとても分かりやすかった。突然のルール追加は今に始まった事ではない。けれども――あの時、モノヴォルはとても切羽詰まっている様子だった。自分の思い描いたシナリオから逸れないよう、慌ててルールを追加したような物言いだったのだ。そこからあの時の状況を推理すれば……今まさに、彼女の言った通りの結論を導くことが出来る。犯人を絞る時に、覚えておくべきポイントだよね……。章平はこのことをしっかり記憶しておくことにした。
◇
さて次は、現場をもっとよく調べてみよう。章平は遺体のそばを練り歩いて、不審点が無いかを探る……。
床は一面の赤で、大変な量の血液で汚れていた。これが二人の身体から流れ出たものであるということは、火を見るより明らかである。美術室にはイーゼルや彫刻、椅子……。様々な道具が置かれていたが、以前と比べ……やはり何度見返したところで、これといって不審な点は無いように思える。
「……ん?」
それは、夜羽の遺体のそば。床と血以外の色が見えて、章平は屈み込む。小さいゴミのようなそれをじぃっと見つめると、布のような質感であることが分かる。章平は顔を上げて、近くの大男に話しかけた。
「ねえ、太郎くん。これはなんだと思う?」
「何? ゴミかぃ? ……んー……なんだろ……なぃ……? 何かの切れ端? 布っぽいなぃ……」
「黒い布かあ……。マッチちゃんも、ヘンゼルくんも……こんなような黒い布のものは、持っていなかったよね?」
「そだなぃ……。火燈はピンクとか……夜羽は緑とか青の服だし……。黒っつぅと、いつも持ってるモンじゃねぇだろなぃ」
「ふーむ……」
よく分からないけど、重要な手掛かりになりそうだよね……。章平は現場を汚さないように気を付けて、その布の切れ端を摘み上げてポケットに入れる。後で違う人にまた見てもらえれば、何かが分かるかもしれない。
◇
「しょーへーちゃん」
「んむ」
章平が現場を検証していると、カーディガンの裾を引っ張られる。振り返れば、思ったとおり赤ずきんだ。
「なんだい? ずきんちゃん」
「ひとまず、時間だけ言っておこうかなって」
彼女の用といえば、遺体の検分についてである。今回は二人分あるから、時間が掛かるだろうとは思っていたが……こんな早くに、もう死亡時刻を計算し終えたようだ。
「二人が殺されたのは、たぶんざっくり、夜の11時ってとこかな。見れば分かると思うけど、酷い状態。内臓まで、ぐっちゃぐちゃだよ……」
章平は遺体に屈み込んで彼女の言葉を聞きながら見つめる。その有り様にまた眉を顰めてしまって、ぎゅっと強く目を瞑る。どうしてこんな風にされてしまったのか……。それは、これから解き明かさねばならない。
……ん、待てよ? 11時? 章平ははてと首を傾げる。今回の第一発見者のうちのひとりである章平は、発見当時のことをよく知っている。確かみんなで美術室に入る前に、悲鳴が聞こえたはず……その時間は……もっと遅くなかっただろうか?
ううむと思考を巡らせ始めたところへ、赤ずきんがまた声を出した。
「しょうへいちゃんは、その時間何してたの?」
「うん? ぼくは、みんなと一緒だったよ。靴屋くんと、グレーテルちゃんと、人魚ちゃん。4人でふたりを捜していたんだ。ずきんちゃんは? ありすと一緒だったのかい?」
「うん、ぼくは個室にいたんだけど、あのアナウンスで部屋を出て……そしたら、血塗れのれーちゃんと、ゆうこちゃんに会ったんだ」
どうやら星永と有子は、それぞれ自分たちの個室で過ごしていたようだ。先ほどの伊海田は、青錆と共に美術室へ行ってから眠ってしまい……。これは別でまとめておいた方がいいだろう。章平はポケットから、うさぎのペンを出して手の甲にメモする。覚えていられないわけではないが、一旦整理しておいた方がきっと、後で探偵に共有する際に伝えやすいだろう。
「可哀想だよなぃ、こんなんされちって……」
泣きそうな表情で、伊海田が血塗れのふたりに屈み込んだ。確かに酷い有様である。ただ殺すだけならば、こんなに無惨に体を開いたりしなくて良いだろうに……。
「検死が終わったら、布でもかけてあげようね」
「そだなぃ……。あったけぇ毛布とか、かけてやりてぇな……」
それは毛布が汚れてしまって、勿体無いのでは? との疑問が一瞬だけ頭を駆け巡った。けれど章平はそんな正論より、確かに漁師の言う通りだと思った。以前まではそんな風に思わなかったのに、何故だか今は、とても心がもやもやして落ち着かないのだ。
◇
「ずきんちゃん」
「ほよ?」
章平はそういえばと思って、赤ずきんに話しかける。彼女は手を止めて章平の顔を見上げた。
「関係ないかもしれないけど……。ずきんちゃん、きみは動機が提示されて、笛吹きくんと白雪ちゃんをお着替えしていた時に……何か、見つけていたよね?」
「…………」
「あの時、きみが一体何に引っ掛かったのか、聞いてもいいかい?」
「……ん。……うん、でもねぇ、あのねぇ……」
「何かがあったんだよね?」
「…………」
「ずきんちゃん」
問い詰めるようにじりじりと歩み寄れば、観念したように眉を下げて、星永は潤んだ瞳を閉じた。
「しゅじゅつの、あと……」
「手術?」
「しこくちゃん、むねにきず……しゅじゅつしたあとがあったから、……びっくりしちゃって」
「それは……そうだね。びっくりする……。ぼくも、いまそれを聞いて……びっくり、したよ……」
思いがけない言葉を耳にして、章平も目を丸くした。……手術の跡。それは、身体を開いた傷痕……ということだ。はっきりと"手術の痕"だと、彼女が口にするのなら――それは、怪我を縫ったような痕跡ではないということだ。手術、手術……。章平の頭はすっかりそれでいっぱいになってしまった。事故に遭ったのだろうか? それとも病気? だとしたら今は大丈夫なのか? 赤ずきんが驚いたということは、自分だけじゃなく彼女も知らなかったことのはずだ。どうして何も、言ってくれなかったのだろう――……。
◇
とぼとぼと、次の場所へ向かうため現場を後にする。そうだ倉庫も調べておいて、他の皆にも話を聞かないといけない。頼れる名探偵が、いつ起きられるのかまだ分からないから……。頭を無理やり切り替えて、捜査に戻ろうとする。けれども――ぐるぐる、ぐるぐる。章平はもはや、捜査どころではなくなってしまった。いつもそう、目の前のことに夢中になりすぎて、そのことで頭がいっぱいになってしまうのだ。ほどほどに物事と距離を取ることが苦手で、一度気になってしまうとずっと心に引っ掛かってしまう。こうなっては自分でも止められないのだ。いま、もっとも大事なことは事件を解き明かすこと。彼のことは、事件を解決して、また平穏が戻ってから聞けば良い。そんなことは分かっている。ちゃんとそれを分かっているのに――。
どうしよう。ぼくは、どうしたらいい? 章平はすっかり困ってしまって、廊下をうろうろするばかりだ。はやく他の場所も調べないといけないのに、今章平に出来るのは、床の模様を目で追って、その途切れ目が見えたら来た道を引き返してまた模様を目で追うことだけ――……。
「佐渡、ここにいたか」
しばらく耳にしなかった声を聞いて、章平はすぐさま振り返る。何を隠そう、白うさぎが最も心待ちにしていた声。尊敬する名探偵の……まさにそれだった。
「笛吹きくん!」
顔を向ければ、期待通り。そこに立っていたのは真っ白な制服に身を包んだ笛吹き男だった。たったかと駆け寄ってから、はてと立ち止まる。彼はそこに自分の足で立っていた。けれども……。先程聞いたばかりの赤ずきんの言葉が、脳裏に蘇る。
「あれ、笛吹きくん、もう……大丈夫なのかい? 身体の調子は……」
「信じられんほど喉が乾燥していたことと、あり得ないほど空腹だったことを除けば問題無い。補給も今、済ませてきたしな。それより事件が起こったんだろう、捜査するぞ」
いつものように。くるりと踵を返して、笛吹き男は早速と移動する。章平は慌ててその背を追いかけた。スタスタと速い歩みに合わせて早足になる。そんなに動いて大丈夫なのかい? 章平は引き止めようと声を上げた。
「ねぇっ、でも、笛吹きくん……」
「大体の経緯はモノヴォルから聞いた。本当に悪趣味なことをする……。もちろん、僕がまだそれほどの長期間眠りに落ちていたことは信じ難いが……。口腔内と胃の違和感が現実であることを示しているし、今考えても仕方ないことだろう」
「そうじゃなくって……」
ようやく立ち止まっても、彼と話は噛み合わない。それはそうだ。だって彼の秘密をひとつ、章平が知ってしまったことを、彼はまだ知らないのだ。だから前回と同じように。彼は行くぞ、と一言だけ章平に残してさっさと行ってしまう。白うさぎは、慌ててその背を追いかけるしかなかった。
◇
足速に歩きながら、名探偵は章平に話しかける。
「改めて尋ねるが佐渡、お前はやるべきことをしていたんだよな?」
「うん。事件の手がかりを調べること……だよね。まだ、ほんのちょっぴりだけれど……。これまで、笛吹きくんがやっていたように、ぼくなりにやってみたよ」
「ならよし。移動ついでにすまないが、お前の得た情報を共有してくれないか?」
「もちろんだよ! ええと、まずは……」
章平は素直に、彼に求められた情報をあらかたまとめて共有した。兎にも角にも、犯人を突き止めるということが最優先事項であることは章平も分かっていた。なのでひとまずは端的に。事件発覚から、これまで調査したことを、簡単に判明した事実だけ述べる。もちろん手の甲のメモも使って、アリバイもきっちりまとめておいた。歩きながらフルーティストは、「分かったありがとう」とだけ一言添えて……。目の前の扉を開く。そこは、……倉庫。
いつぞやの時のように、壁に掛かっているバインダーを手に取り、倉庫の備品チェックをはじめていく。彼が呪いに掛かっている間は、誰かが倉庫管理をしていたというわけでもなかったので、有力な手掛かりが得られるかどうかは不明だったが――けれども、だからといって確認しない訳にはいかない。時間が惜しいので、章平も以前のことを思い出しながら手伝った。今回も、いかにも凶器となりそうな道具には触れられていなかったが……。
「銅線やネジ……ドライバー……無くなっているものはこのくらいか」
そう、備品チェックによって判明したのは、いくつかの道具が持ち出されているらしいこと……。彼が口に出したラインナップから考えると、おそらく……。
「……誰かが機械いじりでもしたのかな?」
「いじるような機械は検討もつかんが……。個室に精密機器を置いている可能性はあるからな。何とも言えんが……ひとまずこれは覚えておこう」
「うん! 分かったよ」
何にせよ、何かの手掛かりであることは間違いない。前回の事件も、一見関係の無さそうなプロジェクターが鍵となったのだ。そのこともあって、章平は赤柳に言われた通り、よく覚えておくことにした。
◇
「赤柳くん! よかった、起きたんだね……」
「国中か」
「ありす!」
次の場所へ向かうべく廊下を早歩きしていると、有子が一人でうろうろしているところに出くわした。章平はぱっと顔を明るくさせて、けれども抱きつきたい気持ちを、ぎゅっと我慢して足を踏み留めた。一歩引いていれば、笛吹き男は申し訳無さそうに彼女にぺこりと頭を下げる。
「すまない、お前にも迷惑をかけた」
「ううん、迷惑だなんて。それに、赤柳くんが謝ることなんてないよ。悪いのは、ぜんぶモノヴォルなんだしね。…………それで…………あの、……いや……。…………なんでもない……」
「なんだ? 言いたいことがあるなら、遠慮なく言ってくれ」
口籠る姿を問い詰めるように、ずずいと踏み込んできた赤柳に、有子は右へ左へと視線を泳がせ、とうとう観念したように絞り出した。
「その……。赤柳君。誰に……キス、してもらったのかな……」
「…………? 何の話だ? 魚のことなら伊海田の方が詳しいだろう。……本当に何の話なんだ?」
「え? あ、いやっ! な、なんでもないよ……!?」
真意がまるでわからないと言わんばかりに眉をひそませて、赤柳は首を傾げる。有子は慌ててぶんぶんと勢いよく手を振って発言を取り消した。不服そうな表情の笛吹き男は、しかし事件に関係の無い話なのは分かったようで、すぐに態度を改めた。
「すまないが今は、情報が欲しい。国中は事件当時、佐渡と一緒ではなかったんだったな。何処にいたんだ?」
「ええと……。昨夜は、わたしは自室にいたよ。あの変なアナウンスが鳴ってから……しばらくして、今度はチャイムが鳴ったから出てみたら、……血塗れの、レイくん……が……」
「ありす、大丈夫かい?」
がくがくと震え出す有子の様子に、章平は思わず肩を支えた。章平が触れれば落ち着いたのか、震えは少しは治ったが……。それでも、蒼白な顔をしているのには変わりなかった。
有子の説明を聞いて、赤柳が怪訝な顔をする。
「血塗れ……。……そういえば、モノヴォルが
「うん、そうだよ……! ひどい怪我で……血が、止まらなくって……! そ、それで、部屋から出て来たせつなちゃんが、モノヴォルを呼んでくれて……。レイくん……大丈夫かな……」
すっかり狼狽えてしまっている有子を見つめて、章平は助けを求めるように赤柳を見上げた。彼はまかせろと言わんばかりに黙って頷いてから、そっと有子の肩に手を触れた。
「大丈夫だよ、国中。モノヴォルがファイルにまとめていない以上、まだあいつには救かる見込みがあるということだ。その点に関しては、信じても良いと考えている。前々から思っていたが……あいつは何故か、ルールには厳格な節があるからな」
「紳士だからかな?」
モノヴォルのこれまでの行動を察するに、確かにルールにはとてもうるさかった。だからこそ、校則違反を犯さないように生徒たちは気をつけていたのだったが……。章平が思い当たる言葉を口にすると、二人ともなんとも言えない表情を見せる。紳士だからと口癖のように言うものの、あの狐の振る舞いは横暴だと章平も思った。
ふと、有子が思い出したように顔を上げる。
「そういえば、ショウくん。どうしてみんなは美術室にいたの? 夜時間だったのに……」
「確かにそうだな。佐渡、改めて事件当時のお前の行動も教えてくれないか」
「うん、もちろんさ! ええとねえ……」
そうか、いつもは皆、お部屋にいる時間だものね……。章平はそう思い、素直に当時の状況を一緒に振り返ってみることにした。
事件当時。いつものように寝るために有子と別れた章平は、自室で読書の続きをしようと本棚を漁った。しかし、どれもこれもその時の気分で読む本ではなく……。そこで章平は、寝る前の本を求めて図書室に向かったのだ。そこには同じく本を探しにきた泡淵がいて、二人で今夜の友に悩みながら軽く会話をした。じっくり背表紙を眺めて吟味していれば、そこへ加連と菊音が揃って現れたのだ。どうやら二人はお互いに、火燈と夜羽のことを捜していたらしく、図書室の章平たちにも行方を尋ねてきた。もちろん章平は二人の動向を知らない。二度も事件が起こってしまい、流石に思うところがあった章平は本選びを中断して、二人の捜索に加わることにしたのだった。そして三階の調査をすることになり、悲鳴が聞こえたので揃って声の方へ向かった。美術室の扉を開けるとそこには――眠る伊海田と、血塗れの教室、奥に二人の遺体があったのだ――……。
「っていう感じだったかな。ふたりを捜している間も、ぼくはずっと人魚ちゃんの車椅子を押していたから、ずっとそばにいたよ。ぼくは、人魚ちゃんのありばい? を、証明出来るんじゃないかな」
「そうだな。佐渡と泡淵は、互いにアリバイの証人と言えるだろう」
「加連くんたちと合流した後は、加連くんたちとはずっと一緒だったのかな?」
「靴屋くんとグレーテルちゃんとは、ずっとではなかったけど……捜している間も、何度もすれ違ったりお話したりしていたよ。三階に行くときにまたみんな一緒になったんだ。靴屋くんが手伝ってくれて、人魚ちゃんも簡単に階段を上がれたよ」
「そっか、みんなで昇降機を使ったんだね」
上手く説明出来ただろうか? 二人の顔を見ても、不審げな表情をしているわけではなさそうだ。
「悲鳴を聞いたと言ったが、それは何時頃だったか分かるか?」
「たぶん、夜の12時前だったと思うんだ。階段を上がって、廊下を進んでた途中だったよ。でも、……ずきんちゃんの出した死亡推定時刻と違うから、間違ってるかも」
「確かに12時となるとおかしいな。後で確認しておくか」
赤ずきんの検死報告を思い返して、探偵に意見を仰ぐ。もう一度彼女に詳しく聞く必要がありそうだ……。
◇
顔色の優れない有子を一旦、個室まで送り届けることにした。少し休んでおいた方がいいと、赤柳が提案したのだ。確かに、これまでにないくらい、有子の顔色は悪く見えた。被害者のひとりである青錆と、最近はとても仲良くしているようだったから、きっと思うところがあるのだろう。いまでこそ赤柳がこうして隣に立っているが、章平も、つい昨日まではなんだか憂鬱な気分が晴れなかった。もちろん、笛吹き男が起きてくれたので、少しは落ち着いたのだが……死者が出て負傷者が出たこの状況は、明るい気分になどなれない。
彼女を部屋に送り届けてから、またスタスタと歩を進めていく。すると、白雪の部屋の前に、加連が腕を組んで立っているのを見つけた。その様子は……今まで以上に、酷く憤っているように見えた。
「靴屋くん、大丈夫かい?」
「……大丈夫じゃないよ。意味分かんないんだけど」
語りかけた章平をぎろりと睨み付け、加連は先程モノヴォルにした時と同じく低く唸る。流石の章平でも、彼が激しく憤っていることは察せられた。しかし、こんなに怒っている彼を見るのも初めてだったので、章平は何故こんなに彼が心を乱しているのかまるで理解が出来なかった。何故なら、猫塚の事件の時も、彼がここまで感情を露出させていた記憶が無かったからだ。今回犠牲になったのは、彼の幼馴染でも、親友でも、弟分でもないのだ……。
普段とまるで違う様子の彼への返答に迷っていれば、やはり助け舟を出したのは笛吹き男だった。
「すまない、加連。この事件を紐解くために力を貸してくれないか」
「……俺の知ってることなんてなんも無いよ」
「お前の怒りは最もだ。しかし誓って僕たちは無実だ。信じて欲しい……」
「何に誓うの? 神様?」
「お前がそれで信じられるのなら、神に誓うよ」
「いいよ、別に。神様なんていないから」
無表情でそう冷たく言えば、加連はおもむろに首のロザリオを外して、ぽいと放り投げる。あ、と思って章平はロザリオを追い掛けた。カシャンと音を立てて側に落ちたそれを、すぐに掴み上げる。幸いにもキズはついていない。曇りなき輝きは健在で、章平の顔を映し、照明を反射して光っていた。
思わずそちらに気を取られた赤柳も、信じ難いものを見る目で再び加連に顔を向ける。
「おい……! お前たちの大事なものだろ、そんな風に扱うな!」
「もーいらない」
逃げるようにそう言って、靴職人は顔を逸らす。章平が持っていくと、フルーティストはロザリオに傷ができていないか見て、それが変わらず照明を反射していることを確認した。
「靴屋くん……。どう、しちゃったんだい……?」
明らかに様子のおかしい加連に、章平はまたおそるおそる顔を向ける。本当に章平にとって、訳が分からない事態だった。確かに……前回の事件は、彼にとって家族ともいうべき存在を突然奪われて……。怒るのも真っ当な反応だったかもしれない。しかし今回犠牲になったのは、最も近しい関係性で例えても……「出会ったばかりの友人」でしかないのだ。彼がここまで――前回以上に。心を乱す理由が、章平には皆目見当がつかなかった。
こちらを無視する彼に、赤柳は無理やり手を伸ばし、その手にロザリオを握らせた。
「いいから持っておけ。お前にとって絶対に必要なものだ」
「いらないって言ってんじゃん」
「加連……!」
「もう見たくもないって言ってんの」
鬱陶しそうに赤柳の手を払いのけて、また彼はそっぽを向いてしまった。言い聞かせるように笛吹き男が呼べば、苛立ちを隠す気のない声で、はっきりと拒絶の意思を口にする。今の彼には何を言っても、堂々巡りのようだった。
どうするのかと、ひやひやしながら章平は二人を交互に見比べる。赤柳はぎゅっと十字架を握りしめて、それに視線を落とす。しばらくして、観念するように彼は口を開いた。
「……分かった。ひとまずこれは、僕が預かっておく。……お前、シャワーでも浴びてこい。少し頭を冷やした方がいい」
「…………」
「シャワーを浴びて、それから一息ついて。それで裁判に挑もう。捜査は僕たちがやる。いいな」
「……そうする……」
靴職人はそうして、逃げるようにその場を後にした。彼の背中を見送って、章平は赤柳に向き直る。
「笛吹きくん……。靴屋くんは……」
「少しそっとしておこう。僕たちのやることは変わらない、行くぞ」
「でも……、だって、ピノキオくんはもう死んじゃってて、あの時だってあんなには怒ってなかったのに、どうして……」
「……僕も正確には理解しきれていないと思うが……大切な人を失ったばかりで、それでも僕たちを信じようとしてくれたあいつのことを、今、僕たちの誰かが裏切ったんだ。その失望は、計り知れない」
「……そっ……か。そう、だよね……」
章平が想像するのを拒絶したその先の絶望に、今、彼は相対しているのだ。理解し切れないのも無理はない。だって、それを理解しようと足を踏み入れただけで……章平は、自分が壊れてしまうような気がしたのだ。
◇
「あら」
「白雪」
移動しようと振り向いたところで、後ろからがちゃりと扉の開く音。もう一度返り見れば、そこには眠っていたもう一人……白雪が立っていた。
「白雪ちゃんも、起きれたんだね!」
「ええ。随分と、迷惑かけちゃったみたいね。ごめんなさい」
「ううん、またお話出来てうれしいよ!」
章平が喜びを全力で表して握手を求めると、彼女は優しくその手を取ってくれた。いつもならなあなあとかわされてしまうこの行為を受け入れてくれたのは、彼女にも思うところがあったからだろう。
「そうか、着替えで自室に帰っていたのか。捜査の方はどうだ? よければ、概要を手短に……」
「大丈夫、ざっくり加連から聞いたから。個室に寄ったのは、着替えもあるけど……ちょっと確認してたのよ」
「確認?」
自身と同じく何も知らないであろう白雪のことを、赤柳が気にかけて提案をしかけたところで、意外な名前が挙がった。そうか、そのまま一緒にここまで来ていたんだな……。前回の事件を終えてから、白雪は加連のことを気に掛けている様子だったが、加連の方もまた、白雪のことを気に掛けていたようだ。
探偵のオウム返しに、彼女はすぐにこくりと頷く。
「ええ。加連の仕事道具をね、あたしの個室で預かっていたのよ。ほら、あいつ……姫ヶ原さんを刺そうとしたじゃない? それで、凶器に成り得るものだと思ったから……あたしの監視下でなら使っていいってルールを、個人間で設けていたの」
ああなるほど、だからあの靴職人は、時折白雪姫の個室の前でうろうろとしていたのか。手持ち無沙汰のあの妖精も、この付近で見かけることは多かった。先程加連がこの場で待機していた理由にも合点がいって、章平はひとりでははあと思った。
そうしてるうち、リーダー二人の情報交換が進んでいく。
「あたしの合鍵は誰にも渡してないけど、寝てる間にあたしの電子生徒手帳をこっそりくすねちゃえば、誰でも持ち出すことは可能でしょ? だから、部屋が荒れてないか、加連の道具は使われてないかってのを確認していたの」
なるほど、彼女の疑念はもっともである。そして、そんなことをした人物はいないと信じるために、彼女はこうして捜査に向かったのだろう。
「結果はどうだった?」
「加連の道具は凶器じゃないと言って良さそうだわ。念の為ちょっとした仕掛けを施していたんだけど、不審点はなかった」
すかさず結果を尋ねた赤柳にこくりと頷いて、杞憂だったことを共有してくれた。
「……まあ、その仕掛けも、見破られてたら意味は無いんだけどね……。でも、まあ……ほぼ無いと言っていいでしょう」
「そうだな。わざわざリスクを追ってそうする理由も無さそうだ」
いったんこの説は無いと見て良さそうかな? 章平は頭の片隅に置いておくことにした。それにしても、凶器……。現場にはそれらしきものはなかった。つまり、犯人によって持ち去られたか、あるいは隠されたものであるということ。
「厨房の包丁も見てみるかい?」
「あそこの包丁なら、一本は変わらず青錆の部屋に置いてあったそうよ。眠る前の話だけど……そう世絆ちゃんに聞いたわ。猫塚が許可を出してから、それっきりなんでしょうね」
章平が念のため聞いてみると、白雪が一本の行方を教えてくれる。最初の事件が終わってすぐに許可された包丁の常設許諾は、未だ有効らしい。……といっても、第二の事件の時も、あの城主がそれを本来の用途以外で使用したことはなかった。このことも、とりあえず今は重要ではないかな……。
白雪との共有はこのあたりで済ませ、章平は再び歩を進める赤柳の後を追った。
◇
「ん」
「あ、グレーテルちゃん!」
次の場所へと移動する最中、双子の片割れに出会う。以前は相方と二人で行動していたのだが……彼女もまた、一人で捜査をしているようだ。
「よお、佐渡。赤柳も起きたんだな」
「菊音? お前……大丈夫か?」
「大丈夫じゃなくても、捜査はしないとでしょ」
「そう、なんだが……」
赤柳は何か言いたげにまた彼女の顔を見つめる。けれど、それ以上は言うだけ無意味な事だと思ったのか、いや、とすぐに首を振る。
「あまり無理はするなよ」
「まあ。それより情報交換しよう」
菊音の提案を、ふたりは受け入れることにした。もちろん裁判で詳しく情報を出し合うことにはなるが……事前に共有出来るのなら済ませておいた方がスムーズに議論が進む。章平は持っている情報を大まかに説明した。当然、その中には彼女が既に知っている調査情報も含まれており、それに関しては彼女が「それは大丈夫」と省略を促したので、そこまで長い時間は掛からなかった。
「……なるほどな。じゃあ次に、俺が知ってることを話すと……加連は犯人じゃないよ。佐渡と会う前からふたりで探し回ってたけど、何度もすれ違ったり見かけたりしたから。犯行に及ぶ時間は無かったと思う」
「事件前から、被害者二人は行方が分からなくなっていたんだったな」
「そう。俺ら、11時くらいから動いてたから、そこから犯行はキビしいんじゃないかな。俺のアリバイも加連が同じように証明してくれると思う」
「だろうな。…………」
章平が合流する前の話。初出の情報なので、しっかり記憶しておくことにする。被害者の片割れと友人には、なるほど犯行は不可能そうだ。
「火燈と夜羽が何をしていたのか、お前は何も聞いていないのか?」
「何もって言うほど全くではないかな……。ちらっと、火燈となんかイベント企画しててー……って話は聞いた」
「イベント?」
「さあ? 詳しくは分かんねーけど。でも、交流会みたいなものなんじゃない? ……今となっては、無意味だと思うけどな」
イベント……。あの、プールやお茶会や、お菓子パーティーといった催しのことだろうか。またあの交流会が開催されるのであれば、ぜひ参加したいと思うくらいには、章平はあれらの会を気に入っていた。
「……お前。本当に大丈夫か?」
「事件に私情は挟まねーよ。なるべくはね」
もう一度眉を顰めて赤柳が菊音を見つめる。良い加減うんざりし始めてさえいる様子で、彼女はふるふると手を振った。何がそんなに心配なのか分からないほど、章平も彼にしては珍しくしつこい質問だなあと思った。けれど、その意図も意味もあるはずだった。ただ、彼にしか分からないだけだ。
当のアントルメンティエは、さっさと捜査の続きに行ってしまう。フルーティストはまだ不審げな表情をして彼女の背中を見送っていた。
◇
「赤柳!」
「しこくちゃん!」
先に美術室まで帰って来ると、見張り役のふたりがフルーティストを歓迎した。わっと駆け寄って、嬉しそうに微笑んでいる。
「良かった、何ともねぇかぃ?」
「問題無い。迷惑かけたな、すまなかった。……世絆も、ありがとう。世話してくれていたんだろう?」
「うんっ……うん!」
ぎゅっとしがみついてきた少女の頭に、やさしくぽんと手を乗せて、笛吹き男は目を細めた。彼の朗らかな表情を、章平はこのとき初めて見たので……そんな場合ではないのだけれど、なんだかとても、嬉しくなってしまった。
「すまない、世絆。とりあえず、検死結果を聞かせてくれないか? 佐渡には大方聞いたんだが、念のためにな」
「もちろんだよ」
そして、星永は最初に章平に言った通りの内容を、改めて赤柳へ話した。それを聞き終えると、名探偵は真っ直ぐ彼女を見つめ、よく確認する。
「……間違いはないか?」
「うん、かぐらちゃんから教わった、計算式だから……たぶん、正確だよー」
「なるほど。…………」
「ああ、あと、これはあ……うーん。ちょっと、あんまりかんけーない、かもなんだけどぉ……」
謎を解くために考え込もうとした探偵をよそに、介護士はもにょもにょと口ごもる。さっきは検分が十分ではなかったから、調べた上での新情報だろうか? 章平が彼女の言葉を心待ちにしていると、ううんと唸ってから、赤ずきんはひっそりと声の大きさを抑えて言った。
「よはねちゃんって、女の子だったみたい……」
「は」
「えっ!?」
その言葉に、二人して目を見開いて驚いてしまった。意外な事実、いや意外でもないのか。確かに"彼"は、自身を男子であると主張したことはなかったように思うし……もちろん同性同士なら、個室で寝泊まりしたとして、あの狐紳士にとやかく言われることはない。
「そっかぁ……。そうだったんだねぇ……」
ぜんぜん気が付かなかったなあと思い、章平は頭をぽりぽりと掻く。先に彼女からその事実を聞いていたのであろう伊海田は、この場で驚きこそしなかったものの、章平と似たようなものだったようで、何処か気まずそうに視線を逸らしていた。けれど、赤柳はというと……何処か不服な様子で、顎に手を当てて考え込んでいるようだった。
◇
「……伊海田、お前にも尋ねたいことがある」
「うぇ? お、オレ? でも……オレ、マジで知ってることなんもねぇし……」
赤柳が伊海田に向き直ると、彼は戸惑いつつ首を傾ける。事件が起こっていた間、夢の中にいたと主張するのだから当然と言えば当然なのだが……。
「青錆は誰に呼び出されたんだ?」
「わかんねぇけどぃ、手紙で……。あっ! そう、これ、これだよぃ!」
伊海田はあっと声を出しながら、今思い出したかのように、ジャケットのポケットから折り畳んだ紙を取り出す。少ししわが寄ってしまったそれを丁寧に押し広げて、章平たちに見せてくれた。
――話したいことがあります。今夜10時ごろ、美術室で待っています。
「かわいい字だね!」
「誰のだ?」
「わかんねぇ……けどぃ、これがな、個室のドアに挟まってたんだと」
「それで、れーちゃん、美術室に行ったんだね。こたろと一緒に……」
「見せてもらって、そのままポケットに突っ込んじまった」と言いながら、申し訳なさそうに大男は頭を掻く。誰の字なのかは識別出来ないが、これは立派な証拠ではある。実際、彼は美術室に行って、大怪我を負わされてしまったようだし……。後は、詳しい話を本人に聞いておきたい。同じことを思った様子で、隣の笛吹き男も難しい顔をしていた。モノヴォルは今回の捜査時間を、"彼の治療が終わるまで"と言っていたが――果たして、どのくらい掛かるのか? 本当に彼は無事なのだろうか……。
今悩んでも仕方ないことが頭を駆け巡り、いけないと首を振る。とにかく、やるべきことは明確である。そのまま一旦二人とまた別れ、次の場所へ向かった。
◇
はるばる移動して、今度は厨房へやって来た。倉庫を見に来た時に一緒に確認すれば良かったのだが……。どうやら、赤柳はわざと長距離を往復しているようだったので、章平は口を出さず、彼の後ろに着いて行くことに専念することにしたのだった。
ともあれ、その思惑は近いうちに明らかになるだろう。まずは捜査だ。早速章平はキッチンをあれこれと見てみる。
「包丁はやっぱり、一本だけ無いみたいだね」
他の道具は無くなっていない……。きょろきょろと見回しても、棚を覗いて確認しても、第一の事件があった時に見た通りのままで……凶器は厨房設備のものではなさそうだ。
くるりと振り向けば、フルーティストのほうはシンクの前に突っ立っていた。
「どうしたんだい?」
「何か残っている……」
そう言って笛吹き男が手に取ったカップを、章平もまじまじと見つめる。何の変哲もないティーカップ。その底に、僅かに付着している粉のようなものを見つけた。
「なんだろう? ……そういえば、太郎くんが青くんと一緒にお紅茶を飲んだって言っていたね。そのカップかな?」
「薬か? 確か、青錆は睡眠薬を服用していたよな。砕いて混ぜれば粉末として溶け残りがあるよな」
「確かに。そうかも? お片付けし忘れちゃったんだね」
「…………」
何か考え込むように笛吹き男が黙り込んだのを、章平が不思議に思ってじっと見つめる。けれど、彼は特に何も言うことはなく――……。
――キーンコーンカーンコーン。
――皆様、お時間になりました。只今より、学級裁判を行いますので、学校エリア1階にある、赤い扉にお入りください。
そのまま、捜査時間の終了を告げるアナウンスが流れた。
「……時間みたい。行こうか、笛吹きくん」
「ああ……」
そして章平と赤柳は、いつものように赤い扉の前へ向かった。よし早速と章平が扉に手を掛けて、ふと、嫌に静かな笛吹き男が気になって振り返る。
見れば、彼が自分の胸に手を当てているのに気が付いた。章平の視線がそこに向いたことに気がつくと、彼はすぐに手を離して、なんてことないような態度を取った。
「どうした、佐渡。早く行こう」
「……笛吹きくん、その、傷は……」
「…………。……別に、隠すものでもないな。なんてことはない。幼い頃に手術をした痕だ」
「……痛むのかい?」
章平が意を決して訊ねると、平然としたいつもの表情で赤柳は答えた。存外素直に打ち明けてくれたことを意外に思いながら、しかし、彼が眠っている間に知られているのだろうと予想出来たのか、と思い当たる。
「何処か悪いのかという意図の質問であるなら、杞憂だと返そう。完治している。定期検査も昔ほど頻繁ではないし、毎回異常は見つかっていない。問題は無いだろう」
「…………」
「……はぁ。……心臓にな、穴が空いていたから塞いだ。それだけだよ。そこまで珍しい先天性疾患でも無い」
「しんぞう……」
黙ってじっと見つめていれば、やれやれとため息をついて、赤柳は仕方なく詳細を教えてくれた。……心臓。穴。塞いだ……。手術の、跡……。章平は頭の中でその言葉を反復させる。
呆然として動かない章平を見つめて、再び肩を竦めると、笛吹き男は言い聞かせるように章平に向き直った。
「もういいか、佐渡。僕は体調に問題は無いと言ったんだ。僕のことより今は思考を優先させるべきものがあるだろう」
「…………」
「佐渡」
まっすぐ目を見て、赤柳は章平に向き合う。いつもそうだ。いつも、彼は真正面から章平のことを見つめてくる。上からでも下からでもなく、対等に。目が、合うのだ。
「僕は生きてる。お前たちが生かしてくれた。だから僕はやるべき事をする。お前はそれに協力してくれるか?」
「……うん……」
「ありがとう。それなら力を貸してくれ。僕たちはまた、事件の真相を突き止めなければならない。分かるな?」
「うん、分かるよ。……分かる。うん、笛吹きくん。がんばろうね」
言いたいことを飲み込んで。章平はとにかく、目の前のことをまずしっかりこなそうと、ぐっと腕に力を入れた。
◇
赤い扉を開くのは、これで三度目だ。章平たちの入場で、開かれたエレベーターフロアには、生き残った生徒全員が揃った。そう、
「青錆」
あっと声を上げて、赤柳はぱたと件の人物に駆け寄った。
「大怪我だったと聞いたが……もう大丈夫なのか?」
「フレキシブル基盤」
「は?」
捜査時間、ずっと姿が見えなかった城主。ことのあらましを聞いていた笛吹き男が話しかけると、謎の単語が返事の代わりに飛んで来る。これには赤柳も、章平ももちろん面食らってしまった。
隣で心配そうに彼の肩に手を乗せる伊海田が、ふるふると首を横に振る。
「さっきからずっとこんなんでよぃ……」
「ふふふ……。今に見てください、ユースティティアの裁きが下ります」
「ゆーす……何?」
「……全然大丈夫じゃなさそうなんだけど、これ、いいの?」
「麻酔がまだ残っているだけですよ」
生徒たちがレナードの様子に困惑しているところへ、ぱつんと天井から吊るしてあるモニターの電源が入る。そこに映るのは、お馴染み、コロシアイの主催者――モノヴォルである。
「なかなかの大手術でしたからねえ、何せ被害者のお二人と同じで数ヶ所に深い刺傷があって……。後一歩遅ければ三人目の犠牲者になるところでしたよ。いやあ、流石ワタクシ! ここまで元気にして差し上げたのを、むしろ感謝して欲しいくらいです!」
「これのどこが元気だって?」
「もの凄いうわごと言ってるけど」
嬉々として賞賛の言葉を求める狐に、生徒たちは眉を顰めてため息を吐く。確かに……大怪我を負ったらしい青錆が、すぐに一人で立って歩けるほどの処置をやってのけたのは素晴らしいことだが……。当の城主の様子が、まるきり変貌してしまっている。
「術後譫妄って聞いたことありません? それですよ、それ。しばらくしたら抜けて会話も出来るようになりますから」
「ほんとにそれ? 間違ったことで適当言うのやめたほうがいいよ」
「おねつあるみたいだよ? ねー、ヴォルちゃん、ほんとにれーちゃんだいじょぶ?」
モノヴォルの説明の後、生徒たちは口々に疑いを向ける。それはそうだ、自分たちの大事な仲間が襲われ、危機に陥っている。"大丈夫だ"と主張しているのは、そもそも信用出来ない敵であり、主催者の言葉であるのだ。
「んもう! しつこいですねっ! 大丈夫って言ったら大丈夫なんですっ! ほらさっさとエレベーター乗りなさいよ! もうド深夜なんですよ!? 裁判始めますったら!」
狐紳士はうんざりしたように大袈裟に手を振りかぶって、すぐにぷつりとモニターの電源を切る。すると、すぐにまるで生徒たちを誘うようにエレベーターの扉が開く。
……どちらにせよ、行くしかないのだ。
生徒たちはまたお互いを見合って、自らを奮い立たせる。
そして、章平たちは大人しくエレベーターへ乗り込み……全員が乗ったところで、扉は閉じた。
◇
三度目の裁判場。相変わらず悪趣味な装飾なのは変わっていなかった。さらに三つ遺影が増えていても、もはや誰も、何も言わない。急かされるまでもなく、慣れたようにひとりひとりがすぐさま自分の席に立つ。
いつも一歩引いたところで、生徒たちを見守っていたマッチ売りの少女。それから……いつも余計なひとことで諍いを産みつつも、なんだかんだで相方と共に団結を促していたヘンゼル。二人を殺した犯人は、目の前の顔ぶれの中に潜んでいる。その裏切り者を暴くための、"学級裁判"。
命懸けの議論が、またはじまる。
◇◇◇
◇オマケ!
コトダマ一覧
【モノヴォルファイル3】
被害者は"超高校級の奇術師"火燈杏菜と、"超高校級のコンフィズール"中森夜羽。
死体発見現場は美術室。
死因は複数カ所にわたる傷からの大量出血による失血性ショック死。内臓の損傷が著しい。
【伊海田の証言】
昨夜、足の怪我で一人での移動が難しい青錆を美術室に送り届けたが、その際眠気が襲ってきたらしい。
佐渡たちが駆け付け、ようやく目が覚めた。
【校則追加アナウンス】
事件発覚の直前、校則追加の校内アナウンスが流された。
放送内容は以下の通り。
「皆さま、楽しい学園生活中失礼致します。校則追加のご連絡です。一人のクロが殺せる人数は、最大二人までとさせて頂きます。繰り返します。一人のクロが殺せる人数は、二人までです。三人目を手に掛けた時点で、該当者はお仕置き致しますので……ちょっと! だからダメだって言ってるでしょうが! アナタ! アナタに言ってるんですよ!? 待ちなさい! 二人までだって! 皆殺し編なんて認めませんからね!? あっごほん、失礼。以上です。それでは皆さま、引き続き学園生活を……コラー!! だから待っ」
【黒い布切れ】
黒色の布切れ。
何かの一部のようだが……?
【星永の検死結果】
死亡推定時刻は夜11時頃。
内臓の損傷が著しいほか、一部行方不明である。
【倉庫の備品】
倉庫の備品では、ケーブルやドライバーといった物品が持ち出されているようだ。
また、凶器になりそうな道具には、使用痕跡が見つからない。
【国中の証言】
事件当時、国中は自分の個室で校則追加アナウンスを聞いた後、満身創痍の青錆が部屋を訪ねてきたため介抱したという。
同じく個室にいた星永の判断で、治療はモノヴォルに任せることにした。
【直前の悲鳴】
午前0時頃の死体発見直前、悲鳴が上がった。
星永の出した死亡推定時刻から考えると、被害者のものではないはずだが……。
【加連の仕事道具】
加連はキリなどの凶器になりうる道具を所持していたが、それらは全て白雪の個室で保管していた。白雪の個室の合鍵を持っている人物はいない。
白雪によれば、道具の保管方法は最後に見た状況と同じらしい。
【厨房の包丁】
厨房の包丁は、一本持ち出されたままである。
星永によれば、猫塚が許可を出してからずっと、青錆の個室に置いてあるらしい。
【事件当時のアリバイ】
夜11時頃から、加連と菊音は共に被害者を捜索していた。何度かすれ違っているためアリバイといえる。
同じ頃、佐渡と泡淵は図書室で本を漁っていた。
星永、国中はそれぞれ自身の個室にいた。青錆の介抱をした時間的に他の場所へ行っていたとは考え難い。
伊海田と青錆は夜時間後共に美術室へ向かったが、到着するなり伊海田は眠気に襲われ、目が覚めたのは事件が発覚してからだった。
また、赤柳と白雪は、"眠り姫の呪い"により5日前から行動不能だった。
【火燈と夜羽の行方】
事件当時、夜時間前からふたりとも行方が分からなくなっていた。帰りが遅いので心配になった加連と菊音が捜索を開始したのは夜11時頃。
【夜羽の計画】
菊音の話によれば、最近の夜羽は火燈と結託して、イベントの計画を練っていたらしい。
【謎の手紙】
青錆の個室のドアに挟まっていたという謎の手紙。
「話したいことがあります。今夜10時ごろ、美術室で待っています。」と記載されている。
【粉末の残ったカップ】
キッチンにあったふたつのカップのうちひとつには、粉末のようなものが残っていた。
青錆が錠剤を砕いて服用した後のようだが……。
【モノヴォルの証言】
青錆の怪我は、被害者たちと同じく複数カ所にわたる刺傷であり、処置が遅ければ三人目の被害者になっていたほど重傷であった。