カタリロンパ   作:カタリベガタリ

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※この物語はフィクションです。




序章「希望の園のアリス」
序章


 

 

あるところに、いたってふつうのへいぼんなしょうじょがおりました。

 

しょうじょはどこにでもいるような、でもけしてどこにもいない、ゆいいつむにのそんざいでした。

 

へいぼんなしょうじょは、へいぼんであるがゆえに、とくべつだったのです。

 

でもしょうじょは、そのとくべつなことにきがついていませんでした。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

序章

「希望の園のアリス」

 

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◇◇◇

 

 

 

 希望ヶ峰学園という私立高校がある。

 

 その学校は、各分野において超一流の高校生を入学させ、その才能を磨かせるという、一風変わった学校だ。「希望ヶ峰学園を卒業すれば将来を約束されたも同然」と言われるまでに、世の中で認められた教育機関。全国の高校生の憧れの的である。

 全寮制のこの学校は、休日でもその才能を伸ばすために、のびのびと学び舎で生活している生徒が多いらしい。グラウンドがあるであろう方向からは、運動系の超一流の天才たちが、練習に励む音が聞こえた。

 その高い柵の傍。敷地の外にいる少女。

 彼女の名前は国中(くになか)有子(ゆうこ)。この花ある希望ヶ峰学園の生徒でなければ、その家族でもない。ここにいるのが場違いなごくごく平凡な少女である。

 

「ショウくん、どうしてるかなあ……」

 

 有子ははあとため息をついて、高い高い柵を見上げる。彼女は彼女の幼馴染のことを考えていた。超がつくほどのマイペース、自分のことなど何も出来ない、夢見がちでぽやぽやとした危なっかしい幼馴染。ものごころついたときからずっと傍にいたその心配な幼馴染は、あろうことかこの希望ヶ峰学園にスカウトされ、彼女の元を離れていってしまったのだ。

 断っておくと、有子はその話を聞いた時、驚きはしたものの、それ以上の感情は持ち合わせなかった。彼女は幼馴染のスカウトについて、「まあ、当然だな」という感想しか持ちえなかったのだ。一方の幼馴染は有子にべったりであり、彼女と離れるなど微塵も想像していなかったのか、いざ別れの時がやってくると、彼女の17年という人生の中でほとんど稀に見る程の大泣きをして、駄々を捏ねた。あの時はなだめるのが大変だった、なにせいつもぽややんとしているあの幼馴染が、あんなにいやだいやだと泣くのは実に久々だったのだ。

 そういうわけで、有子は離れ離れになってしまった幼馴染のことが心配で仕方がなかったのである。

 学園の警備は厳重で、許可証が無ければ外部の人間は立ち入ることが出来ない。幼馴染という繋がりはあれど、家族ではない有子は、こうして柵の向こう側から思いを馳せることしか出来ないのだ。また下着をどこかへ無くしてしまっていないか、ご飯はきちんと食べているのだろうか、きちんと朝起きられているか、授業中に立ち上がってどこかへ行ったり、突然脈絡も無く不思議な話をはじめたりしていないか、ふらふらと知らない人に着いて行っていないか……心配事は山のよう。なにせ、こんなに長い間会えない時間があるのは、二人にとって、まるきり初めての事だった。

 

「またお手紙を書こう……」

 

 毎日のように400字詰めの原稿用紙に、物語を書いて送ってくる幼馴染には、手紙というものがどんなものかがまだ分かっていないらしい。こちらの心配など気にもとめていないようだ。しかし、とりあえずは元気そうなので、有子は安心しているといったところだ。望む返事は当分期待出来そうにないが、やりとりをすることそれ自体に意味がある。次はどんな便箋にしようかな、などと考えてくるりと踵を返し帰路に着く……のが昨日までのルーティン。

 しかし今日という日は違った。

 ちゃりん、と鳴る金属音。聞き覚えのあるものだった。それは、あの子のアクセサリー。顔を上げても、高い柵と街路樹が邪魔をして、空と太陽と学園の校舎の一角しか目には入らない。しかし有子が視線を落とせば、いつも通りのはずのその柵に、いつも通りではない隙間があるではないか。

 さすがに体躯の大きな男子が通れるものではなさそうだが、有子には十分な隙間であった。

 

「……すこし、様子を見るだけなら」

 

 きっと、神様も先生も、許してくれるよね。

 有子は天と学園の慈悲深さを信じて、花ある学園に忍び込むことを決意した。ほんの少しだけ見るだけだ。ちょっとだけ顔を見れたら、すぐに引き返そう。べつに話が出来なくてもいい。元気そうな姿を一目だけ見られればそれでいい。わたしはあの子が泣いていないか心配なだけだから。

 するりと通り抜けた向こう側は、別世界の空気の味だった。天才たちの学び舎。自分とは縁遠い異世界の空間。好奇心旺盛な有子は、すこしだけわくわくした。ここが彼のいる世界なのだ、と。

 先程まで抱いていた不安と恐れは吹き飛び、有子は未知の世界への期待と冒険心で胸がいっぱいになっていた。

 ……だからこそ気付かなかったのだ。()()()()の違和感に。

 ぐにゃりと歪む視界。有子は目を必死に凝らす。けれども光の屈折がおかしくなって、鏡の迷宮のように空間が分からなくなっていく。頭が混乱して、ぐちゃぐちゃになって、ぐわんと歪んで……意識は闇へ引きずり込まれる。

 

「な、なに……!?」

 

 ようやく気付いた頃にはもう遅い。前後不覚、身体は全く言うことを聞かなかった。思わず元来た道を振り返る。有子がくぐり抜けた隙間。その向こう。()()()()()()()()()()()()()()()元の世界……。

 なに? どうなってるの? ここは、一体ここは何処……?

 不愉快な感覚に頭をくらくらさせて、いつしか有子は、気を失ってしまった……。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

「――はっ!」

 

 がばりと身を起こす。身体に痛みはない。キョロキョロと周囲を見回すと、学校の教室のような空間の床で寝転がっていたことが分かった。クッションのようなものは周りにない。冷たくて硬い床だ。それなのに痛みがないことに不信感を抱く。上を見上げる。直前の記憶では、自分は意識を混濁させて昏倒したはずだ。それなのに、周囲は有子が最後に見た景色では無かった。視界の先には、反転した世界は無く。ぴっちりと隙間なく詰められたタイルの天井があるだけだ。

 よいせと立ち上がって、有子はスカートをはたく。長い間気を失っていたのだろう、プリーツスカートはすこしシワがよってしまった。足元を見れば、自分が今まで履いていた、少しくたびれた見慣れたローファー。くるりくるりとそのまま動いてみる。身体に異常はなさそうだ。頭もしっかりしている。さっきのは夢だったのだろうか? 暗い教室の中を改めて見回してみる。机や椅子、黒板……学校のよくある道具が揃っている。しかし有子は初めて見る風景だった。自分の通っていた小学校も中学校も高校も、こんな景色ではなかったな。どうやらここはどこか違う学校のようだ。

 そのまま教室の中を見てみる。荷物や備品はほとんどない。これくらいあれば教室に見えるだろう、という意図で作られたかのような空間で、実際に学び舎として使用されているとは考えにくかった。チョークも黒板消しもある。けれどもそれらはどう見ても新品同然だったのだ。

 とりあえず帰らないと。

 ガラガラと音を立てて教室の扉を開く。長く薄暗い廊下が続いていた。暗い学校というのは、なんとも雰囲気のある肝試しスポットだな、と有子は思った。あたりはしんとしていて、この辺りに人はいなさそうだ。そもそも今は何時何分で、自分はどれくらいの間気を失っていたのだろう? ジャケットのポケットをまさぐって、スマートフォンを取り出したはずだった。しかし有子の目に映ったのは、慣れ親しんだ自分のスマートフォンではなく、見慣れない電子機器であった。

 

「……なにこれ」

 

 バサバサと制服をまさぐる。胸ポケット、内ポケット、スカート……ない。どこにも無い。所持品の一切合切がない。さあっと血の気が引いていく。盗まれた? 価値のあるものなんてないのに、お財布だって2000円くらいしか入ってない、でもお気に入りのキャラクターのレアカードは入れていた! ぐずっておねだりしてやっと手に入れたやつだったのに!

 

「ありす〜〜〜!!!」

「うっっっひゃ!?」

 

 どんっと衝撃で有子はバランスを崩し、危うく倒れそうになる。しかしそうはならずに、ぶつかってきたなにかが有子の身体をひしと抱き締めた。ちゃりんちゃりんと金属音がして、動転していた有子は正気に戻る。本当はもっとはやく気づけたはずだったが、レアカードの消失がショックすぎて頭に入ってこなかった。その金属音と足音、そして懐かしい声。その全ては、とっくのとうに耳に入っていたのに。

 

「ありすだ! ほんものだあ〜! ありす、ありすだ〜! うわ〜! ひさしぶり!」

「ちょ、ちょ、ちょっと、ショウくん!」

 

 そう、ぐりぐりと頭を寄せ付けてくるこの白いうさぎのような少年。彼こそが有子の心配事の種で、こんな目に遭うはめになった原因で、目的の幼馴染。全身で嬉しいを表現しきると、彼はにっこにっこと眩い笑みを浮かべて、顔だけ距離を置いて有子を見つめた。

 

「どぉしてありすはここにいるんだい!?」

「どうしてって、言われても……わたしも分かんなくて。ここ、どこ? ショウくんがいるってことは、ここが希望ヶ峰……」

「そうともありす! ここは希望ヶ峰学園! ぼくがいま暮らしている場所なのさ! うん、やっぱりありすだ、ぼくのありすだ! うわぁ、あえるだなんてうれしいなぁ!」

「むぐ……」

 

 そういうと彼は有子の身体にひしとしがみついて、離れていたぶんの時間を取り戻すように、ぐりぐりと頬擦りをする。こうなったら彼は気が済むまで離してくれない。そのことを十二分に承知している有子は、されるがまま、無言で彼を受け入れていた。

 

佐渡(さど)、いつまでそうしているつもりだ。そもそもその女は誰だ」

「彼女はありすだとも!」

「は?」

「へ……」

 

 聞き慣れない声がして、有子は驚いて目を開く。視線の先には見知らぬ男子高校生が立っていた。

 すらっとしたスタイルに、真っ白で汚れひとつない制服が眩しい。きりりと鋭い瞳にシワを寄せた眉は、近寄り難い印象だった。かなりの美形、といえるだろう。この白うさぎのような幼馴染もだいぶ整った顔立ちをしているが、有子はそれよりも美人だと思って、唾を飲み込んだ。

 彼はやれやれとため息をついて肩を落とした。

 

「佐渡の様子から見るに同学年だろう。どこのクラスだ」

「え、いや、その……」

「ありすはぼくたちとは違う学校の子だよ!」

「何?」

 

 有子が言うより先に、彼はいつもと変わらない調子でにこやかに告げる。もう一人の怖そうな男子生徒は、ますます顔を顰めて有子を睨んだ。ひっと小さく悲鳴を上げて、有子は逃げ出したくなったが、白うさぎに捕まった彼女はそこから一歩も動けなかった。

 

「何故外部の人間がここにいるんだ」

「さあ? まるで不思議の国に迷い込んだ女の子のようだねぇ。はっ! ありすってばほんとにアリスだったのかい!?」

「え、えぇと、あの、わたしは……」

 

 白うさぎが言った通り、やはりここは希望ヶ峰学園の敷地内のようだ。何がどうあって教室まで入り込んでしまったのかは分からないが……。それでもこの状況で、はい忍び込みましたと言えるような度胸を、有子は持ち合わせていなかった。

 しどろもどろする有子にしびれを切らしたのか、はたまた上機嫌な白うさぎに呆れたのか、怖そうな男子生徒はまたため息をついた。

 

「お前、この辺りで人は見かけたか?」

「はい? い、いいえ……。ショウくんとあなたが、はじめてです……」

「そうか。……おい佐渡、戻るぞ。そいつは捕まえたままにしておけよ」

「もちろん! はなさないようありす〜♪ もう二度とはなさなぁい〜♪」

「ひ、ひぇ……」

 

 男子生徒はくるりと踵を返して、来た道を戻っていく。有子は白うさぎに捕まえられたまま、その後をゆっくり追った。少し怖かったが、隣にいるのはずっと会いたかった幼馴染。一人でいる時より安心出来て、なんだかとても嬉しく思った。

 

 

 

 

 幼馴染に引っ付かれながら、気難しそうな男子生徒の後を着いていく。ここまで歩いてきた中だけでも、校内はしんと静まり返り、照明は暗く、有子たち3人以外の人の気配は微塵も感じられなかった。

 長い廊下の奥、何やら他の教室より大きな扉の前まで来たところで、くるりと先頭の男子生徒が振り返る。

 

「さて、指示を守っているのなら、全員ここにいるはずだが」

「みんなえらい子たちだから、きっと揃っているよ!」

「え、あの……。他にも人がいるの?」

 

 有子の質問に、隣のうさぎはにこりと微笑んで頷いた。

 

「そうとも、ありす。どうやらここには、希望ヶ峰学園の、ぼくのクラスのみんながいるようなんだ」

「きぼうがみねの、ショウくんの、クラス……」

「他に人が居ないか、出口は何処か、手分けして校内を探索していたんだ。少なくとも教師か生徒、そのどちらかはいるだろうと踏んでな。……そのどちらでもないとは思わなかったがな」

「な、なんか、ごめんなさい……」

 

 聞けばどうやら彼らも有子と同じように、気が付けばこの校内に倒れていたらしい。ここが彼らの学び舎、希望ヶ峰学園……ではあるはずだが、どうやらこの場所は彼らも立ち入りを許可されていない「旧校舎」であるらしい。経緯も分からなければ、状況も分からない。ひとまず、他に誰か人が居ないか……頼れる大人が居ないか、旧校舎の構造はどうなっているのかを確認するため、一旦別れ、時間になったらこの大きな扉の部屋……体育館に集まる事にしていたそうだ。

 何はともあれ、彼らにとっての収穫は有子という人間そのものだった。約束の時間であることもあって、真っ白の制服の男子生徒は、クラスメイトに合流するため、目の前の大きな重い扉を開け放った。有子も、その扉の向こうに目を向ける。

 ――そこには全員で13の学生がいた。

 

 

 

 

「おかえり! しこくちゃん!」

「きっちり時間守れって言っといたくせにやっぱお前が一番遅いじゃねぇか!」

「まあまあ、きくね。怒った君も可愛いけれど、一旦落ち着こうじゃないか」

「キッチリカッチリ時間通りだねぇ、赤柳(あかやなぎ)ちゃん。1秒のズレもないよぉ」

「全員揃っているな?」

「ええ。揃っているわ。あんたのマイペースな連れがいればの話だけれどね」

「誰のことだろう? ぼくならここにいるのさ!」

「おう! 佐渡もおかえりなぁぃ!」

「ちゃんといたの」

「赤柳ぐんが一緒なんだから、心配は無用だっだっでごどだなぁ」

「……ところで、赤柳様。そちらの女性はどちら様でしょう?」

 

 13人の生徒が、皆それぞれ思い思いの反応を示す。どこからかの質問の声に、怖そうな男子生徒は、ああと返事をする。

 

「学園の生徒ではない。部外者だ……が、佐渡の知り合いだそうだから、警戒しなくていいだろう」

「ぼくのありすだよ!」

「は、はじめまして……」

 

 恐る恐る有子が声を掛ける。この白い服の男子生徒は、彼らの中でよほど信頼されているリーダーのような存在なのだろう。彼の説明で、ほとんどの生徒が「あら、そうなの」というような、納得した反応を示して、それ以降興味を失ったようにそれぞれ会話を始めた。

 

「おい……。それより状況整理をさせろ。何故誰も探索結果を報告しない?」

 

 ざわざわと思いのままに雑談を始める生徒たちに、気難しそうな男子生徒は、ずかずかと彼らの輪の中に入っていき、不機嫌そうに情報を聞き出していった。

 ふたりその場に取り残された有子と白うさぎは、お互い顔を見合わせる。そしてうさぎは、にへらとあの頃の、有子が良く知っている笑顔を浮かべた。

 改めて紹介すると、この、有子の幼馴染であり本人は何も悪くない元凶・原因、白うさぎ。彼の名前は佐渡(さど)章平(しょうへい)。"超高校級のストーリーテラー"としてスカウトされた、いわゆる物語の「語り部」だ。

 

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 幼い頃からおとぎ話や昔ばなし、童話、物語といったものが大好きで、求められればすぐさまその場で暗唱出来るほど。その語りは、有子が才能と言われて納得するほどに巧妙で、聞き手をその物語世界に引きずり込んでしまう。よく発表会があるのさ! と彼の口から聞いていたイベントは、物語の朗読会イベントのメインとして構えられたものだったということを有子が知ったのは、彼がこの希望ヶ峰にスカウトされた後のことだった。

 章平はぴょこんとうさぎのようにうれしそうに跳ねると、再び有子にしがみつく。このうさぎ、こう見えて案外人見知りをするのだ。旧知の仲である有子が現れて、とても安心しているのだろう。

 

「ありすがいっしょの学校にいる〜!」

「うん、うれしいね」

「うれしいよ〜!」

「うん、うん」

 

 肩にすがり付いてくる頭をふわふわと撫でる。癖っ毛は空気を含んでとても柔らかい。懐かしい感触だった。いつもこうやって撫でていたっけ。そしてこのうさぎは、それをあんまりにも嬉しそうに受け入れるから、つい、有子は甘やかしてしまうのだ。

 そうして実に久々の、暖かくやわらかな時を過ごしていれば、あっと白うさぎは思い出したように声を上げた。

 

「そうだ、ありす。ぼくのクラスメイト……お友達を紹介するよ! ありすも知らない人ばかりで困るだろう?」

「ショウくんのお友達なんだ。うん、ありがとう。お願いするよ」

 

 有子の返事を聞くと、章平はぱあっと顔を明るくさせて、もちろん、任せたまえ! と胸を張る。うさぎが動く度、ちゃりんとあの心地よい金属音が耳をくすぐる。さあさ行こうと手を引かれ、有子は楽しかったあの頃を思い出していた。

 

 

 

 

「まずはさっきも少しお話した、笛吹きくんを紹介するのさ!」

「……何だ佐渡、何の用だ」

「あ、えっと……。改めて、はじめまして。わたし、国中有子っていいます。あの、ショウくんが、あなたたちのことを紹介してくれるって……」

 

 まずやってきたのは、先程章平とともに行動していた真っ白の制服の彼のもとだった。どうやら情報共有はある程度済んだようで、ひとり輪の中から外れ、何やら考え事に耽っている最中だったようだ。

 きっと鋭い瞳は相変わらずで、有子は何もしていないにもかかわらず、なんだか責められているような心地になり、縮こまってしまう。

 しかし、章平はマイペースに有子の背中を彼に近付けた。

 

「……そうか。国中だな。僕は赤柳(あかやなぎ)紫黒(しこく)。"超高校級のフルーティスト"として学園にスカウトされた」

 

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「フルーティスト?」

「笛吹きくんは、とってもすごい演奏家なのさ!」

「……佐渡。何度も言うが僕はフルーティスト。笛は笛でもフルートの奏者だ。僕の音色をそこらの笛吹きと混同させるな」

「笛吹きくんは笛吹きくんでしょう?」

「お前に言っても仕方がないな」

 

 赤柳はそうため息をついて、肩を竦めた。

 "超高校級のフルーティスト"、赤柳(あかやなぎ)紫黒(しこく)。彼は主にソロプレイヤーとして活動しているフルート奏者であり、幼い頃から数々のコンクールで最優秀賞を総嘗めしていった天才演奏家である。その音色は、人はもちろんのこと、小鳥や猫、鼠、植物……どんな生き物も魅了するとまで言われている。彼の演奏のCDを使った音楽療法の実験記録まで存在するほど、著名な演奏家だ。ただし出演料はもちろん、そのCDも、とても気軽に手が出せないほどの高値で取引されることでも知られている。そのため、有子はなんとなく名前こそ聞き覚えがあるものの、実際に彼の演奏を堪能したことは皆無であった。

 

「フルート……って、あの、銀色の、横笛のことだよね。優しい音が出る……」

「……まあ、そうだな。銀が一般的だ。お前のイメージしたものは恐らくフルートだろう。その楽器に関して言えば、僕の演奏は誰よりも優れている」

「とってもきれいな音なんだってえ! でもね、笛吹きくんはぼくたちに聴かせてくれないんだよう」

「だから、僕の音色が聞きたければ、それに見合うだけの対価を寄越せと言っているだろう。僕の音は価値が高いんだ」

「だから靴屋くんにけちんぼって言われるんだよう」

 

 章平は、有子の腕にしがみつきながら、赤柳に向かってぷくうと頬を膨らませた。慣れたやり取りなのか、赤柳は怒るまでもなく、はあと呆れたように肩をすくめる。

 

「ケチで結構。あいつが僕に一級品の靴を仕立てると言うのなら考えなくもないが、それにしたってあいつに言われる筋合いは無いな」

「靴屋くんはこだわり屋さんなんだよう」

「……そっか、希望ヶ峰学園の生徒ってことは……みんな、各分野において超一流、なんだよね……」

 

 それは自分の才能に価値があると主張するのも頷ける。なぜならそれは、正真正銘、本当のことなのだから。有子はあらためて自分がいた平凡な世界とは違う世界に圧倒される。隣にいる幼馴染だって、その「天才」のひとりであるのだ。本来なら有子が隣に立つだなんて、おこがましいにもほどがある。

 有子がそうして少し俯けば、不機嫌そうな笛吹き男が呆れたようにため息をついた。

 

「何をしょげている? ここは意図的に才能のある人間を集めている研究機関なんだ、当然だろう」

「う、うん。それは、そうなんだけど。あらためて、わたしはなんの才能もない、一般人なんだって思って……。圧倒されちゃって」

「ありすは、ぼくの一番さ! 才能なんてなくたって、ぼくはありすが大大大好き! それだけじゃあ、だめなのかい?」

「ううん。だめじゃないよ。ショウくん、わたしも大好きだよ」

「えっへへ〜」

「……僕は一体何を見せられているんだ?」

 

 ふわふわと当然のように白い髪を撫でていると、赤柳にキッと睨まれ、鬱陶しいと追い払われてしまった。

 ……確かに、目の前にこんなゼロ距離の男女がいたら鬱陶しくも思うよな、と有子は思ったが、隣の白うさぎはそんなことはお構い無しで、相変わらず有子にべったりなのだった。

 

 

 

 

 

 

「続いては〜……。そうだなぁ〜。あ、白雪ちゃん!」

「あら、佐渡は今日も元気ね。いえ、いつもより、かしら? ガールフレンドに会えてよかったわね」

 

 章平が声を掛けたのは、すらっとしたスタイルに、ふんわりとした黒髪のボブカット、すっとした鼻筋、長いまつ毛、柔らかな唇……指の先までしなやかで見とれるほど美しい少女だった。有子は彼女に見覚えがあり、あっと声を出す。

 

「白雪って……白雪(しらゆき)梨子(りんこ)さん!?」

 

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「あら、知っていてくれたのね。嬉しいわ」

「あ、ありす、知っていたんだね! あれ? 顔見知り……なのかい?」

「ち、ちがうよ! こんなすごい人と知り合いなわけないでしょ?」

 

 白雪(しらゆき)梨子(りんこ)、"超高校級のモデル"。

 「その美貌は、世界中を探しても右に出るものは居ない」と言われるほどに、美しい完璧な容姿を持つトップモデルで、様々な企業から商品のイメージキャラクターとして引っ張りだこの、今世界で最も有名な芸能人である。もちろん有子も彼女のことは知っている。一時期、お気に入りのドラマの番組途中で流れるコマーシャル全てに、彼女が出演していたこともあった。日常生活でも、外を歩けば彼女の顔がプリントされた看板は最低でも一枚は見かけることだろう。

 とんでもない有名人が突如目の前に現れ、有子はわたわたと手を動かす。彼女は有子にとって特別好きな芸能人だというわけではなかったが、それでも画面越しによく見知った顔が現実に存在することを知らしめられては、一般人である有子は慌てざるを得なかった。章平は有子の様子を不思議そうに見つめるだけだ。

 

「ふふ、かわいい反応ね。落ち着いて」

「で、でも芸能人に会えるなんて思わなくって……」

「白雪ちゃんはとても有名な人なんだね!」

「知らないのはショウくんくらいだよっ! ……あ、彼、ホントに世間に疎くて……」

「いいのよ。知らない人もいるわ。当然のことよ。でも……ふふっ。本当に久々にそんな反応されたわ。驚かしてごめんなさいね」

 

 白雪はふふと可笑しそうに笑う。その仕草もとても上品で、この光景だけで映像作品としてひとつ出来上がるだろうなと思ってしまうくらいの、見惚れる笑い方だった。

 微笑みを崩さずに、白雪は再び有子に向き直る。真っ直ぐ見つめられると、意識していなくても胸がどきりと高鳴ってしまう。

 

「失礼だけどごめんなさい、ありすちゃん。あなたのお名前を教えてくれるかしら?」

「あ! ご、ごめんなさい! えっと、私は国中有子っていいます。こ、これから、よろしく……!」

「国中さん。覚えたわ。ええ、こちらこそよろしくね。佐渡のガールフレンドさん」

「へ!? ち、ちがうよ! ショウくんとは幼馴染で……!」

 

 ぶんぶんと手を振って否定すれば、白雪はまた可笑しそうに笑う。案外お茶目な人なんだな、と思って、有子は隣のうさぎを見つめた。うさぎは有子と目が合うと嬉しそうに笑う。……そう、ショウくんとは……友達なんだもんね……。

 

 

 

 

 

 

「おぅ、佐渡!」

「太郎くん!」

 

 後ろから声を掛けられ、振り返ればそこには一際大きな体躯の男子生徒がいた。サングラスの乗ったキャップに、指空きグローブ、動きやすそうな服装にダウンジャケットを着用している。なんともスポーティな印象を受ける男子だな、と有子は思った。

 

「今彼女に紹介して回ってんだろぃ?」

「あ、ぇ……! か、彼女じゃっ……! お、幼馴染、です!」

 

 ニカッと微笑みを向けられて投げかけられた言葉に有子は驚いてぶんぶんと否定する。顔が熱い、なんてことだ。

 有子がそうして戸惑うさまに、運動少年はあれちがったかと言いながら、再び明るく微笑んだ。

 

「とりあえず、はじめましてだなぁぃ! オレ、伊海田(いかいだ)航太郎(こうたろう)ってんだぃ。漁師やってんだぃ。よろしくなぁぃ!」

 

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「あ、い、伊海田くんだね。よろしく。わたしは国中有子っていいます」

「国中だなぃ! 佐渡の幼馴染、覚えたぜぃ」

 

 伊海田(いかいだ)航太郎(こうたろう)、"超高校級の漁師"。

 親が漁師であったことから、その手伝いをするうちに、自然とその技術を習得したと言われる若い漁師だ。マグロの一本釣り等にも挑戦したことがあり、その時にはシーズン最大の大物を一人で釣り上げたと、海の男の間では既に伝説を作っている。技術だけでなく漁や海についての知識もしっかり持っており、件のマグロ釣りの一件でインタビューを受けた時にも、しっかりとした受け答えをしていた、あの明るい少年だと有子も思い至った。

 

「うん、わたしも……漁師の伊海田くん、知ってる。凄いよね、あんなにおっきなマグロ……」

「ありす、太郎くんも知ってるのかい? 太郎くんがこーんなおっきなお魚と写ってる写真、見せてもらったことがあるよ!」

「マグロ……あぁ、あん時にゃ大変だったなぃ……。魚によっちゃぁやっぱ勝手が違ぇからなぃ、しょーがねーけど……。あ、国中! オレ別にマグロ漁師なわけじゃねーからなぃ!? あれはたまたまだぜぃ!」

「あ、そうなんだ……。なんかそっちばっかり記憶に残ってて……」

 

 希望ヶ峰学園の話題は、主にその年度の新入生を予想したり情報を交換する、インターネット掲示板の「希望ヶ峰学園新入生スレッド」からいくつか仕入れていたが、伊海田の情報はもっぱら件のマグロの話題のみであったな、と有子は思い出す。

 伊海田はぽりぽりと頭を掻きながら、あーと不満げな声を漏らした。

 

「そーなんだよなぃ。なんか、オレって他にぱっとするモンがねーっていうかぃ……」

「十分すごいと思うよ……! わ、わたしなんかはまるで何にもない凡人なわけだし……」

「お? んぁ、そっか国中……。んぁ〜すまん! そう言うつもりじゃあなかったんだぃ。気にしねぇでくれなぃ!」

「ううん。分かってるから大丈夫だよ……。だってみんな、すごい人達ばっかりここにいるんだもんね……」

「うん! みんなみーんなすごいのさ!」

 

 ぱんと両手を顔の前で合わせて謝罪する漁師に、有子は笑って首を振る。ここは希望ヶ峰学園。才能のある人間を意図的に招集している特別な学校。つい先程もフルーティストの赤柳に言われたばかりだったが、それでも、有子はどうしたってその輪の中に入れなかったのだと考えて、少しだけ落ち込んだ。

 いっぽう、隣の呑気な幼馴染は相変わらずにこにことして、有子の気持ちなどてんで気にしていない様子であった。

 

 

 

 

「人魚ちゃん!」

「にんぎょ?」

「佐渡くん。こんにちは」

 

 白うさぎの言葉に、ああいつもの不思議なあだ名か、と思い至って、有子はまた彼のクラスメイトに向き直る。月の光を集めたような淡い髪、深い海のような落ち着いた色の瞳。青基調のセーラー服と、貝殻を模した綺麗なガラスの髪飾りをしている、目の前の車椅子に乗った美少女は、なるほど人魚を連想させる風貌だった。

 美少女はうさぎの声掛けに大きな車椅子を回転させて有子たちと顔を合わせた。視線は少し下になるが、立ち上がると有子くらいの身長はあるだろう。不思議な合成音声の音を響かせて、彼女は微笑む。

 

「ごめんなさい。いろいろ驚かせてしまったようね」

「え、う、ううん! 確かにちょっとだけびっくりしたけど……うん、それだけだよ」

「ありがとう。気を遣わせてごめんなさいね。……泡淵(あわぶち)聖來(せいら)です。よろしくね」

 

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「よろしく。国中有子です」

「ありす、人魚ちゃんはねぇ、人類学者さんなんだよ!」

「人類学者……」

 

 それよりも先にもっと気になることがあったが、白うさぎの紹介に、ひとまず有子は頷いた。

 "超高校級の人類学者"、泡淵(あわぶち)聖來(せいら)……。

 彼女は、「人間はなぜ自分を殺すのか」という人間の希死念慮、自傷行為に関する論文を発表し、学会で注目を浴びた少女である。文化人類学の観点から、変わったアプローチでの研究が学者たちの関心を集め、一躍著名な研究者へと名を馳せた人物だ。

 有子は学問に疎い方なので彼女の功績を実感することは出来なかったが、例の「新入生スレッド」でも時おり名前が上がっていた人物なのだということは分かった。スレッドで名前が上がる、というのがどれほど凄いことなのかは割愛するが、見ず知らずの人間が彼女を天才だと持て囃していたのだ、とだけ言っておこう。

 彼女の才能について、一通り分かった有子は改めて一番気になることを訊ねた。

 

「えっと、泡淵さん。その、声って……」

「ふふ。私、声が出なくて……。みんなとの会話や発表……声が必要な時に、代わりに使わせてもらっているの。文章のやりとりよりスムーズなのよ」

「そうなんだ。えっと……ごめんね」

「いいのよ。驚いたでしょう?」

 

 泡淵の音声は、車椅子に内蔵された機械で発信しているらしい。機械音だが不愉快な感じはなかった。人類学者だから……人間が不快にならない音声を作れた……ということなのだろうか? 有子はピンときていなかったが、しかしなるほど、希望ヶ峰学園に招待されるような天才ならばそういう事が出来てもおかしくないなと納得した。

 

 

 

 

「あ、佐渡君。その子が例の彼女さん?」

「お前みてぇなぽやぽやした奴にも彼女が居るなんてなぁ!」

「やあ! ヘンゼルくんにグレーテルちゃん!」

 

 有子たちの傍に寄ってきて、2人でくるくると祝福する小鳥のように息ピッタリに回って茶化す、見るからに双子のそっくりな男子と女子の二人組。眩い宝石を散りばめたような金色の髪に、二人とも春の澄み切った空色のインナーカラーを入れていた。特徴的な前髪の癖毛もお揃いで、違うのはショートヘアとツインテールという髪型くらいだった。

 章平はそんな二人のからかいも見事にスルーして、マイペースににこりと微笑み返す。どうやら次は彼らの紹介が始まるようだ。

 

「ありす、二人は双子のヘンゼルくんとグレーテルちゃんだよ! お菓子をつくるのが得意なんだって!」

中森(なかもり)夜羽(よはね)です。飴細工が得意です!」

 

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中森(なかもり)菊音(きくね)だ。飴細工は得意じゃねーな」

 

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「お菓子……。えっと、もしかして、"スイートリート"の……?」

 

 "超高校級のコンフィズール"、中森(なかもり)夜羽(よはね)と、"超高校級のアントルメンティエ"、中森(なかもり)菊音(きくね)

 二人は、SNSで毎日拡散されている超有名洋菓子店「SweeTreat」の、若くしてシェフパティシエを務めている今話題の双子パティシエだ。SweeTreatは、"超高校級のパティシエ"がオープンさせた日本で有数の本格的な洋菓子専門店で、開店当初から行列の出来る人気店であったが、いつだったか、この双子が「公開デコレーション」をする動画がSNSでバズり、人気に拍車を掛け、今では洋菓子店のトップに君臨するといわれている。「公開デコレーション」とは、派手で大きなウェディングケーキやお金持ちから依頼の特大クリスマスケーキ、スペシャルバースデーケーキなどの巨大なケーキを、双子パティシエが踊るように、まるでダンスショーのように仕上げていくという、SweeTreatでしか見られない特別パフォーマンスのイベントのことであった。

 有子は、お菓子というキーワードを聞いて思いついた単語を口に出す。もちろん、有子もそのバズった公開デコレーションの動画を見たことがあった。真っ白なクリームだけのシンプルなケーキを、双子がくるくると楽しげにダンスを踊りながら見事に豪華でオシャレでカワイイウェディングケーキに仕上げてしまう動画だった。

 有子の声を聞くと、目の前の可愛らしい双子は顔を見合せ、にんまりと表情を変えてこちらを見る。その様子も鏡写しのように息ピッタリだった。

 

「なんだぁ、お前! 俺たちのこと知ってんだな!」

「嬉しいな。そう、僕たちがSweeTreatのシェフパティシエ、中森きょうだいだよ! 僕がよはねで」

「俺がきくね」

「二人合わせてサイキョーカワイイ中森ツインズだよー!」

 

 くるくる回って踊るようにステップを踏み、まるで二人のデュエットダンスを見ているような仕草に、有子は一瞬見とれてしまった。目の前のそれがまさしく見る人の目を奪う、公開デコレーションのショーのようであった。ショートヘアの夜羽の方が決め台詞で締めくくり、ぴたりと二人は動きを止める。……が、次の瞬間、パフォーマンスは終わったのか、二人はすくと立ち上がって向かい合った。ツインテールの菊音の方が、なにやら文句ありげに眉を顰める。

 

「おい、カワイイは余計だろ」

「きくねはもちろん可愛いけど僕も当然可愛くないかなあ?」

「まあ……よはねは可愛い顔してるけどな」

「じゃあ二人合わせてサイキョーカワイイで良くない?」

「カッコイイにしろよ」

「サイキョーカワカッコイイ!」

「いいじゃん。次からそれな」

「やたー!」

 

 双子らしいやりとりをして、無邪気にきゃっきゃとじゃれ合う様は、本当に二人が普段から仲睦まじいことを証明するのに十分だった。あの素晴らしいパフォーマンスは、二人の信頼関係によるものなんだなと有子は納得した。

 

「じゃ、自己紹介も出来たし、そろそろ僕らはお暇しようか」

「カップルの邪魔するなんて野暮だもんなー!」

「かっ……!?」

「それじゃ、ごゆっくり〜」

「ごゆっくり〜」

「か、か、カップルじゃないよー!?!?」

「かっぷる?あっぷる?りんごのことかい?」

 

 キャハハと無邪気に笑いながら走り去っていく双子を、有子は顔を真っ赤にしながら見送った。隣のうさぎは首を傾げるばかりだったのが幸いだっただろうか……。

 

 

 

 

「たぬきくんこんにちは!」

「佐渡ぐん、ごんにぢは〜」

 

 次にやってきたのは、先程挨拶した漁師の伊海田とは正反対の、一際小柄な少年の元だった。ふくよかな体型で小柄なので、なんとも可愛らしい印象を有子は覚えた。柔和な表情と赤みがかった頬もそれを助長しているように思える。訛りが強めの言葉を使う様子からは、都会出身ではなさそうだ。大きめのエプロンの紐は、まるでしっぽのようにゆらゆらと揺れている。

 

「はじめまして、国中有子です」

「あぁ、はじめましでだなぁ〜。おいら、綿貫(わだぬぎ)草太(ぞうだ)っていうんだ〜」

 

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「ありす、たぬきくんはね、家事代行さんなんだよー!」

 

 "超高校級の家事代行"、綿貫(わたぬき)草太(そうた)

 家主の希望通りに全ての「家事」を忠実にこなす、凄腕のハウスキーパー。「新入生スレッド」の情報によれば、はじめは清掃業を行っていたらしいが、今ではすっかり家事全般のスペシャリストとしてひっぱりだこのようだ。清掃業から有名になっていったのは当然とも言うように、特別掃除のスキルに関しては「仕上がりが段違い」「まるで新居に甦ったようだ」とかなり高い評価を得ていて、有子もそこまで完璧に掃除が出来るというのは、素直に尊敬できると思っていた。

 

「家事代行って、すごいね。綿貫くん。掃除が有名だって話は聞いたことあるけど、お料理も出来るんだって?」

「うん。まあ、プロ並みの料理は、流石にレズドランとか、小洒落たモンには叶わねぇげんど……。ぞれなりには美味いモン作れるど思うよお!」

 

 えへんと胸を張ってそう述べる様も、なんだかアニメに出てくる可愛らしいキャラクターのようで、有子は思わず微笑んだ。

 

「たぬきくん、最近は猫くんの先生もしてるんだもんね!」

「まあね! 猫塚(ねごづが)ぐんは、頑張り屋ざんだがら、教えがいがあるんだよなぁ〜」

「へぇ、人に教えることも出来るんだ。すごいなあ。今度わたしも、お掃除のコツとか、教えてもらいたいな」

「いいども! いいよねぇ、お掃除。綺麗になんの、ずっぎりずるよぉ〜」

 

 話題の生徒の名前は有子には分からなかったものの、最近、といえば学園に入ってからの出来事なのだろう。同じ「超高校級の生徒」に指導するレベルの技術なのだという事実は、有子を驚かせたが……彼の評判を知っていたので同時に納得もした。

 初対面の人間のお願いにも、えっへんとまた胸を張る綿貫を見て、有子はまたくすりと笑うのだった。

 

 

 

 

「青くん!」

「ヒィッ」

 

 次にやってきたのは、なんだか暗い雰囲気の男子生徒の元だった。彼は章平に声を掛けられると、ビクッと肩を震わせて後ずさる。少し丸まった背中、羽織ったロングコートをぎゅっと掴む様は、彼がとても臆病な性格なのだろうと推測させるに十分な根拠だった。澄んだアッシュグレーに、ホワイトメッシュを入れた珍しい色の髪はとても長く、彼の目は完全に覆われていて、表情を読むのは難しい。肌は青白く、腕は細く、不健康そうで、あまり外に出るような人物では無いのだろう。

 章平は相変わらずにっこにっこと笑みを浮かべて、彼のノーサインも無視してずかずかとパーソナルエリアに入り込んでゆく。

 

「こんなすみっこで何をしているんだい青くん!」

「……貴殿に話し掛けられないようにしていたんですよ……」

「へ? 何か言ったかい? 聞こえなかった! すまない、もう一度頼むよ!」

「……ナンデモナイデス……。……Ich weiss es ni(どうしよう……)cht. 会話デッキ何も用意してない……」

「んん? あはは〜! 青くんは声が小さいなあ! それじゃあ、劇場じゃあ喋れないよ!」

「……いや吾輩なんかは劇場には呼ばれませんので……ご心配なく…………」

 

 上機嫌で寄っていく章平と、なにやらボソボソと小さく呟きながら、白うさぎから離れようと躍起になっている彼を見て、有子はなんだか可哀想に思えてきた。

 

「ショウくん、いいかな」

「あ! そうだねありす! ありすに紹介しなくちゃあいけない!」

 

 有子が声を掛けると、ぱっと顔を明るくさせて、章平は有子に振り返り駆け寄る。またぴっとりとくっつかれ、有子はなんだか恥ずかしいなと思った。

 章平に解放された彼は、ほっと息をついて、べったりとくっつく有子たちを見つめる。そして納得したように肩を竦めた。

 

「……ぁあ、貴殿が佐渡氏の恋人さんでしたか……」

「えっ、こ、恋人じゃないよ。ショウくんは幼馴染で……」

「? ありすはありすだよ、ぼくのありすさ!」

 

 本日数回目の訂正。こんなに見目麗しい、かつ才能を持つ男子と恋仲だなんて、恐れ多い。まして、この白うさぎには、こう見えて過激なファンが各地に多数存在するのだ。有子と章平がそんな関係だったら、今ここに有子は存在しないだろう。確かに有子にとって、章平は放っておけない幼馴染で、大切な親友である。だがそれ以外の感情を抱いたことは無いのだ。最も、一番の理由は、章平がそのような浮いた話に特別疎かったからだが……。

 有子と章平の否定の言葉に、はぁと曖昧な返事をすると、そこまで興味が無いのか、彼はそれ以上何も言わなかった。そして章平は思い出したように有子に向き直る。

 

「ありす、彼は青くん。城主さんなのさ!」

「城主?」

「……青錆(あおさび)(れい)といいます。……大袈裟な肩書きですよ……。……自分はただの、お城の管理人です……」

 

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 青錆(あおさび)(れい)、"超高校級の城主"。

 ドイツにある観光名所、"シュヴァン城"の管理人を務める少年だ。彼は自嘲気味に言うが、シュヴァン城をこよなく愛し、その管理責任者に任命されていることを誇りにしている。シュヴァン城は、歴史的価値はもちろんのこと、美術的価値も世界に認められている遺産のひとつであるから、そんな素晴らしいものの管理を任されることはとても名誉なことなのである。

 有子は、近所のマンションの管理人を思い出した。そこに住まう住人たちのトラブルを次々と解決に導き、破損箇所の補修や整備などが迅速で、かつ的確な素晴らしい管理人である。マンションと城とでは大分規模が異なるが、彼を思い起こした有子は、素直に青錆に感心した。自分とほぼ同年代であるのに、しっかりした子なんだなあ、偉いなあと思った。

 

「わたしは国中有子といいます。よろしくね、青錆くん」

「Was(は?)? ……ぇ、失礼、てっきりアリスというお名前なのかと思っていました……」

「ありすはありすだよ!」

「あ、はは……。うん、ショウくんが勝手にそう呼んでるだけ……。よく言われるよ。まあ、わたしの字、アリスと読めなくもないからねえ。面白がってずっとそのままなんだ」

「……はぁ……。……佐渡氏は昔から人のことを、ご自分の好きなようにお呼びなさるんですなぁ……」

 

 もはやお決まりの勘違いといったところだろうか。青錆は興味無さげにふぅんと息をつく。感情の起伏はあまり大きくないようだ。有子はあははと苦笑して、擦り寄ってくる幼馴染を撫でてやった。

 

 

 

 

「マッチちゃんだ!」

「あ……」

 

 次に顔を合わせたのは、三つ編みをした可愛らしい小柄な少女だった。頭には白い頭巾を被っており、淡いピンク色のマフラーで口元は見えない。もこもことした厚手のポンチョも相まって女の子らしい印象を抱いたが、同時にスカートやエプロンにはアップリケや継ぎ足しのあとがあり、有子はこの少女はあまり裕福ではなさそうだと感じた。

 白うさぎに挨拶をされれば、あわあわと戸惑いつつもにこりと微笑みを返してくれる。

 

「ありす、この子はマッチちゃんだよ!」

「はじめまして。国中有子っていいます。よろしくね」

「あ、ぅ、……ぁひ…………」

「……?」

 

 あわあわとした少女はマフラーをぐっと両手で持ち上げて顔を隠してしまう。どうしたのだろうと有子は首を傾げた。

 

「どうしたの?」

「あ、あぅ、あぅ、あ…………」

「マッチちゃん? 怖くないよ! ぼくのありすだよ!」

「う、うぅ、う……ご、ごめ、ぁ、ごめ、さい……!」

「え! えっと……! だ、大丈夫!?」

 

 ごめんなさいと捻り出したか細い言葉を最後に、内気な少女は泣き出してしまった。有子は何事かとぎょっとして少女を落ち着けるべく、手を差し出す。行き場のない手は恐る恐る少女の肩に触れて、そうしてゆっくりと撫であげた。隣のうさぎはあっけらかんとして有子を見つめる。

 

「マッチちゃんはね、お喋りが苦手なんだって!」

「苦手ってレベルじゃなさそうなんだけど……」

「ぐすっ……ぐすっ……ぅあ、っ……ひく……。……め、さ……ご、っ……」

「あ、ううん。ごめんね。わたしは大丈夫だけど……。お名前、教えて貰えるかな?」

「……っわ、…………っ、…………ぅ…………」

「う、うーん…………」

 

 努めて優しく語りかけた有子だったが、少女は口をぱくぱくと動かしただけで、その音は有子の耳に入ることはなかった。有子は困惑して隣のうさぎを見つめる。流石のこのお花畑な思考回路の白うさぎも、少女の涙は異常事態であると考えたらしい。珍しく眉を八の字に曲げていた。

 

「う〜んとねぇ。はじめましての人は特に苦手なんだって言ってたよ! ありすは確かに、はじめましての人だから……困ったなあ。う〜ん、えっと、じゃあぼくが紹介する! マッチちゃんはね、超高校級の、奇術師さんなんだよ! 名前は、えっと、ええと〜……マッチちゃん……じゃあ、なくってぇ〜………………」

「……奇術師、なら……火燈(ひともし)さん、かな?」

「えっと、たぶんそうだよ! マッチちゃんなのさ!」

 

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 相変わらずこのうさぎは人の名前を覚えるのがすこぶる苦手らしい。有子は変わってないなあと思いながら、学園で最初の自己紹介のときはどうしていたんだろうといささか不安に思った。

 "超高校級の奇術師"、火燈(ひともし)杏菜(あんな)

 有子はさほど詳しくは無いが、奇術師の少女、といって心当たりのある名前は、その一つしかなかった。

 彼女は、一昔前に話題になった演芸劇団に所属していた、「その人が一番見たい夢を魅せる」催眠術を得意芸とする奇術師。「カゲロウの奇術師」との異名もあったほど人気のパフォーマーだったはずだな、と有子は思い至った。うさぎのあだ名のとおり、マッチの火を見せることで、催眠術をかけることが出来るのだという。一時期テレビ等にも大体的に取り上げられていたため、有子は直ぐに彼女の功績に辿り着くことが出来たのだった。

 現在は所属していた一座は解散しており、その後の活動はめっきり途絶えていたと思っていたが……。こうして超高校級の生徒として希望ヶ峰学園に招待されているということは、彼女の奇術は未だ健在なのであろう。

 彼女のことが分かった有子は、確認のため少女に向き合う。マッチ売りの少女は相変わらず言葉を紡げずにいたが、懸命にこくこくと頷いてくれたので、有子も彼女の意思が推察できた。

 これ以上困らせる訳にはいかないと、幼馴染に目配せをして、もう一度少女に挨拶をして、有子たちは移動することにした。

 

 

 

 

「あ! ずきんちゃん!」

「ほよ?」

 

 章平が呼び止めて振り返ったのは、一際小柄な少女だった。赤いフードポンチョを被っており、その姿はまさにそう、「赤ずきんちゃん」そのものであった。赤ずきんは不思議そうな顔をして、章平と有子を見つめる。

 

「おねぇさんだあれ?」

「あ、ごめんね。はじめまして。国中有子です。ショウくんのお友達なんだ」

「しょーへーちゃんの、おともだち?」

「そうとも! ずきんちゃん。ありすは、ぼくの一番大切なお友達なのさ!」

「えへぇ、そうなんだあ! はじめましてぇ、ぼく、ほしなが、せつなっていーます! よろしくねぇ」

 

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 そう言うと、赤ずきんはにぱと笑う。あどけない、小さな子。その笑顔は見る側の頬も緩ませ、有子はなんだか彼女の頭を撫でてやりたい気持ちになった。

 

「希望ヶ峰には、こんな小さい子も通えるんだね。びっくりしちゃったよ」

「うゅ、ちっちゃくないもぉん〜!」

「あはは! そうだねずきんちゃん。ずきんちゃんはもう大人だもの。……ありす、ずきんちゃんはこう見えても、ぼくたちとおんなじ、高校生なのさ」

「えっ」

「むぅ。ぼく、もう、じゅうろくさいなんだよぉ! おとなだもん!」

「あ、あ、ご、ごめんねせつなちゃん!」

 

 赤ずきんはむうと頬を膨らませて、いちごのように赤らめて見せた。有子は勘違いで怒らせてしまったことに対して正直に謝る。さほど怒ってはいなかったようで、そうすれば小さな赤ずきんはまたもやにぱと笑って「いーよぉ」と甘ったるい声を出した。その様子に安堵するも、やはり有子にはこの赤ずきんが16歳の少女だとは到底思えなかった。

 

「せつなちゃんは、どんな才能を持っているの?」

「むふふ。ありす、聞いたらきみはきっととても驚くよ!」

「え?」

「えっとねぇ。ぼくはぁ、ちょーこーこーきゅーの、かいごしさんだよぉ!」

「介護士?」

 

 星永(ほしなが)世絆(せつな)。"超高校級の介護士"。

 彼女は、小さいながらにとても力持ちで、知識も豊富な頼れる介護士である。高齢者はもちろん、障害者、子供たち……介助を必要とする人々に寄り添い、心を通わせ、暖かい会話をすることで有名だ。度々ニュースなどで彼女の仕事ぶりを讃える情報を、そういえば有子も何度か目にしたことがあった。彼女ののほほんとしていて、柔らかな、人懐っこく、子供っぽい仕草が「可愛らしい」「癒される」と評判で、まさに介護士という仕事は、彼女にとって「天職」とも呼ぶべきものなのだろう。

 くりくりの綺麗なうるんだ大きな瞳に、あどけない可愛らしい顔立ち、星屑をまいたようなきらきらとした金色の髪、そして何より、赤い色のフードクロークが特徴的な姿だ。高齢者から見れば、その姿は絵本から飛び出してきた「赤ずきんちゃん」そのもので、可愛らしい孫のような存在なのだろう。有子も彼女の小さな体とふにゃりと笑った顔を、とてつもなく愛おしく感じた。

 

「す、すごいね、せつなちゃん……。介護士って、大変なお仕事でしょう」

「うん。たいへんなことも、いっぱい! でも、みーんな、ぼくに、ありがとおって、にこにこえがおしてくれるの、うれしいの! だから、たいへんだけど、ぼく、かいごしさんのおしごと、だーいすき!」

「う……うん……。えらいねえ、せつなちゃん……。いいこだねえ……」

「えへへぇ〜」

 

 体全体で大好きを表現するその仕草が、あまりにも可愛らしくて、有子は込み上げる感情をぐっと抑え、ひたすら星永を頭を優しく撫でてやった。頬を赤らめて喜ぶ姿は、やはり16歳の少女には見えないなと改めて思った。

 

 

 

 

「こんにちは、姫さま!」

「……騒がしいのが来たな」

 

 次に訪れたのは、豪勢な着物に身を包んだ、長身の女性のもとであった。煌びやかな着物は、光輝く刺繍と豪勢な装飾が施されているものの、落ち着きのある、上品で大人っぽい雰囲気のもので、堂々としている彼女にとてもよく似合っていた。彼女はふいと白うさぎから目を離し、有子と目が合う。赤い瞳に目張りが映える、鋭い目。正面から見られるとくらくらしてしまいそうなほどの美貌に当てられそうになり、有子は足に力を入れた。白雪さんと肩を並べる美しさだ、と有子は思った。有子はモデルの白雪の大ファンというわけではないが、彼女と比べられる絶世の美女はそうはいないだろうと常々思うくらいには、白雪梨子というモデルの美貌について、ひとりの女として憧れを抱いていた。そんな有子が白雪と肩を並べる……と感じたということは、つまり、そういうことである。

 隣のうさぎは、興味無さげな彼女のことも、よろめく有子のことも気にとめず、相変わらずのんびりと口を開く。

 

「ありす。この人は、姫さまだよ。彼女は、"超高校級の科学部"なんだ!」

「つまらん者らが勝手につけた肩書きだ。そんなものは覚えなくて良いぞ。それより姫ヶ原(ひめがはら)の名前だけしっかり記憶しておけよ。我が名を語るのは今が最初で最後だ」

 

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「は、はい……!」

 

 "超高校級の科学部"、姫ヶ原(ひめがはら)かぐら。

 少し検索すれば多大な数の論文サイトのページがヒットする、理系分野では名の知れた人物だ。

 幼い頃から数々の研究発表で、大人の、まして専門の学者たちから高い評価を得てきた、いわゆる天才理系少女。彼女が今まで発表した「自由研究」は、地学、生物学、天文学、化学、物理学など多岐に渡り、それぞれが専門的に高い評価をされているらしい。昔こそ「自由研究」という子供に親しみのある研究テーマで発表をしていたようだが、そのクオリティは年々増し、今では学生の身分でありながら、日本を代表する科学者のひとりとして数えられている。度々開かれる研究発表会での学者たちとのやりとりから、独特な雰囲気を持つ変人として知られ、ネット上では「ガハラ」と呼ばれ面白がられているとか、いないとか。有子が最後に見た情報では、近年薬学の研究に打ち込んでいるようだった。

 

「え、ええと、国中有子といいます。姫ヶ原さん、よろしく……」

「覚えていられたら覚えておこう。……まあ、特にこれといって色の無いつまらぬ者であれば、我が記憶領域をわざわざ割いておくまでもないのだがな」

「ひ、ひぇ……。すみません……」

 

 圧倒的な強者のオーラを纏う姫ヶ原に、有子は早くも苦手意識を持ち始めた。それもそのはず、彼女にとって有子のような凡人は、興味の対象になることは決してないのだ……。

 

 

 

 

「やあやあ、靴屋くんに猫くんじゃあないか!」

「やほ〜、佐渡ちゃん、今日も元気だぁねぇ〜」

「おやおや佐渡様。こんにちは。あなたからお声を掛けてくださるなんて光栄です」

「二人ともこんにちは! 今はありすにみんなの事を紹介して回っているんだよ。ありす、こっちが靴屋くん。"超高校級の靴職人"さんさ。そしてこっちが猫くん。"超高校級のひつじ"さんさ!」

 

 次に章平が声を掛けたのは、長い赤毛を束ねた、十字架を首から下げている聖職者風の男子生徒と、黒の短髪で執事のような格好の男子生徒の二人組だった。

 章平は手を差し伸ばして一人一人紹介する。どうやら長い赤毛の少年が靴職人、そして短髪の少年がひつじ(?)のようだ。有子は自分も名乗りを上げた。

 

「ええと、国中有子です。宜しくお願いします」

「国中ちゃん、どーもぉ。加連(かれん)修也(しゅうや)っていいまぁす〜」

 

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「国中様。どうぞ宜しくお願い致します。猫塚(ねこづか)誠司(せいじ)と申します。それと、僕は"ひつじ"ではなく"執事"でございますので、お間違えなきよう」

 

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 "超高校級の靴職人"、加連(かれん)修也(しゅうや)。そして、"超高校級の執事"、猫塚(ねこづか)誠司(せいじ)

 加連は、とても優秀な靴職人であり、その人のための、その人に一番合う、世界にたったひとつの靴を仕立て上げるオーダーメイドを得意とする職人である。彼にかかればファッションはもちろん、歩行の補助、健康志向、どんな目的の靴も、その人自身の足にピッタリと合う靴を作るなど造作もないことで知られる。靴職人としては、世界で最も名を馳せている人物であるといえるだろう。

 有子も彼の名を耳にしたことはあった。時折バラエティなどで有名人が、彼に靴を仕立ててもらったと自慢げに語るのを見ていたからだ。こだわりを持つ職人であるという先入観があったため、どんな堅物な人物なのであろうと思っていたが、加連自身は有子の想像の百倍は柔和な少年であった。にこにこと穏やかな表情を浮かべ、有子を見つめている。

 一方の猫塚は、主人からのどんな無理難題もこなしてしまうと噂されるほどの優秀な執事であり、その有能さから、彼のことを欲しがる資産家が後を絶たず、特定の主に長く仕えることはほとんどないという。

 キリッとした鋭い瞳に、きっちりと着こなされた執事服。黒縁の眼鏡をカチャリと挙げる仕草。有子には猫塚がとても知的な人物に見えたが、脳天から下がっている癖毛が、彼の全体的な堅い印象を和らげているな、とも感じ取れた。長い前髪で片目が隠れており、鋭いその瞳が見えるのが一つだけであったことも大きいだろう。彼もまた加連と同じく微笑みを浮かべてはいたが、その一つの瞳はじっくりと獲物を見極める肉食動物のような、ギラギラとした目であった。

 怖気付く有子に、章平は相変わらずのんびりとした口調で語りかける。

 

「靴屋くんは、とてもすごい靴を作る人なのさ」

「っても、俺ちゃんは〜脚を美しく魅せるために、その手段として靴作ってるだけだからぁ〜。俺ちゃんの目的はぁ〜靴じゃなくて脚なんだよねぇ〜」

「ふふ、加連様は他者の脚部が大好きなんですよ。それも病的なほどに」

「んぇ、猫ちゃんひどぉい〜。まあそこまでじゃあないけどぉ、事実っちゃぁ事実だし、否定は出来ないかなあ〜……。ああ、白雪ちゃんの脚見た後なら、3日は困らないかな〜」

「? 何に困らないの?」

「おやおや加連様。お言葉を濁されましたねぇ? 国中様も困惑しておられますよ。一体なんのことを仰っているんですか?」

「猫ちゃん、俺の事陥れようとすんのやめてぇ」

「いえ、そんなことはありませんとも。僕はあなたと永遠に友人としてお付き合いしていきたいと考えていますから、ええ、陥れようとだなんてまさかまさかそんな」

「俺ぇ、猫ちゃんのその言葉微塵も信用出来なぁい〜」

「おや、それは悲しいです。しくしく」

「わぁ、茶番〜」

 

 猫塚は両手で顔を覆ってめそめそと泣くふりをする。加連はにこやかに笑っている。先程の慣れた風のやり取りから、有子は何だかんだで仲が良い二人なのだなと思った。

 章平はにこにこと笑みを浮かべながら続ける。

 

「そして、猫くんはとてもすごいひつじさんなのさ。どんなお願いごとも解決してしまうんだよ!」

「ええ、もちろん。なにせ僕は何を隠そう、かの猫塚という名家で訓練された執事ですからねぇ。依頼されたことは全て完璧にこなしてみせますよ。もちろん失敗したことはありませんとも」

「とか調子良いこと言ってるけどぉ、猫ちゃんめちゃめちゃ虚言癖あるから〜。国中ちゃん、気を付けた方がいいよぉ〜」

「虚言癖……?」

 

 加連から虚言癖、という言葉が飛び出すと、猫塚の表情がより一層笑顔になる。口角は先程より上がり、目はぐっと細まった。

 

「うふふふ。加連様はご冗談を仰って周囲の方々を混乱させてしまうのがとてもお好きなのですよ。それこそ、三度の飯より、ねぇ?」

「うーわ、さっそく嘘つくじゃぁん〜」

「二人は知り合いなの?」

「分からないけど、ぼくは二人がお話しているのをよく見るよ! きっととても仲良しなんだと思うよ!」

 

 二人ともお互いのことを知り尽くしているような口ぶりだったので、有子は隣のうさぎに尋ねてみる。うさぎは相も変わらずにこにこと嬉しそうに有子の問いに答えたが、当の本人たちはふるふると手を振る。

 

「あはぁ〜。仲良しだってぇ。うれし〜! まぁ猫ちゃんにとっては腐れ縁なだけみたいだけどねぇ?」

「おや……。腐れ縁も何も、そもそも僕は加連様とこの学園に入学してからお知り合いとなりましたので、僕にはよく分かりませんねぇ」

「更に嘘を重ねていくじゃ〜ん。俺ぇ、猫ちゃんのせいで人間不信になりそう〜」

「僕は加連様がそうなってしまったとしてもお傍にいますよ。もちろんずっとね」

「んぇ〜ん、猫ちゃんがいじめるぅ〜」

 

 なんだかんだで本人たちはとても楽しそうで、息のあったやり取りをしている。章平の言う通り、二人はとても仲が良いのだなと思って、有子はにっこりとした。

 

 

 

 

「ええと最後は〜いたいた、ターリアちゃん!」

「……くぅ……」

 

 14人目、章平の最後のクラスメイトは、体育館の隅っこで一人居眠りをしている少女であった。陽の光を反射させた浜辺の砂色の美しい長い髪は、見事にぐちゃぐちゃと地面についてしまっている。額のアクセサリーとチョーカー、袖のない上着……不思議な出で立ちの少女だ、と有子は思った。

 全く起きる気配のない少女に、白うさぎはあれ〜と声を上げて、ゆさゆさと肩を揺する。

 

「ターリアちゃん、起きておくれよターリアちゃん! ありすに紹介するんだよう〜」

「……んぅ……ねむいの…………」

 

 ゆっさゆっさと白うさぎに揺すられ、ようやく少女は口を開いた。眠気をまだ纏っている彼女は、むにゃむにゃと目を擦って不機嫌そうに顔を上げる。

 

「なんなの……?」

「あ、えっと、ごめんね。わたし、国中有子っていいます。お名前、教えて貰えないかな」

「タリア……」

「タリアちゃん?」

「タリアは……タリアなの……。占い師の……タリア…………」

 

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「ターリアちゃんは、夢占いが得意なんだよー!」

 

 "超高校級の夢占い師"、茨木(いばらき)大璃愛(たりあ)

 「夢に関する悩み事は彼女に相談しろ」という言葉がネット上に決まり文句として存在するほどの有名な占い師だ。とりわけ彼女は夢占いに特化していて、見た夢を彼女に話せば知りたいことが全て知れる……などという眉唾ものの噂もあるほどだ。

 有子はそういえば、と彼女の風貌を見て思い当たる。かなり昔……それこそ、有子が小学校に通っていた時期に、よくテレビで彼女に似た少女を見たことがあった。朝のニュース番組のエンディング。今日の占い。そこで今日の運勢を占ってくれていたのは、小学生の有子とさほど変わりない歳の少女で……今まさに目の前で眠りこけている、茨木大璃愛その人であったのだ。

 

「そっか、"夢占いのタリアちゃん"なんだ」

「ん……。そうなの」

「わあ、なんだか懐かしいな……。わたし毎日占い見てたんだよ」

「そうなの……?」

「ありすは物知りだねえ! ぼくは占い? って、いまいちよく分からないんだけど、みんなターリアちゃんはすごい占い師なんだって言ってたよ!」

「すごいよ、だってあの占い、全部当たってて……」

「…………くぅ」

「あ、あれ? 茨木さん……?」

「ターリアちゃんはいつも眠っているんだよ! まるで茨のお姫様みたいだよねえ!」

 

 珍しく幼馴染が他人の名前を覚えていると思ったら……やはり、物語の登場人物と重ね合わせて同一視していたらしい。くうすか眠っていても美少女だと思える容姿は、なるほど、眠れる森の美女というわけなのだなと有子は思った。

 また起こしてしまうのも悪いと思い、有子は彼女をそっとしておくことにした。

 

 

 

 

「ぼくのクラスメイトはこれで全員だよ、ありす! どうだったかな?」

「うん、ありがとうショウくん。みんな親切で良かった。杞憂だったみたいだね」

 

 先程出会った少年少女たちの顔を一人ひとり思い浮かべて、有子はうんと頷いた。十人十色、多種多様、それぞれ何処と無く癖のある……個性的な生徒ばかりではあったが、問題のありそうな人物はいなかった。有子はそれを確認出来ただけで、大きな収穫があったなと深く安堵した。

 そんな有子の、満足気なその表情から飛び出た不穏な言葉に引っ掛かりを覚えたのか、白うさぎはことりと首を傾げる。

 

「きゆう? 何か心配事があったのかい、ありす?」

「うん……。だって、スレでは犯罪者が混じってる、だなんて言われてて……ショウくんと同じクラスにいたらどうしようって思ってたんだ。でも、そんな人は居なかったもんね。みんなちゃんとした肩書きを貰ってる、"超高校級の生徒"で……………………」

 

 ――そのときだった。

 思いがけない、知りもしない、第三者の乱入に気が付いたのは。

 

 

 

 

「皆様、静粛に!!」

 

 

 

 

 唐突に、突然に。怒ったような、そんな大きな声が全員の会話を遮って響き渡った。耳障りで不快な音声だった。その場の誰もが顔をしかめて、何事かと周囲を見回す。有子も同じく他の生徒たちと同じ事をすれば、全員が同じ場所を注視した。

 それは、体育館の真正面、ど真ん中。一段上がった……舞台の上。そこには、荘厳なこの場所……希望ヶ峰学園に不釣り合いな、ファンシーで幼稚な姿をした白黒の狐のぬいぐるみが鎮座していた。

 声も出ない。現れたのか、元から居たのか。しかし、どちらにせよ、全員がそれを認識したのはたった今この瞬間であったようだ。あまりに突拍子もなく、不可解な出来事に、全員が何の行動もできないでいた。しんと静寂が訪れた刹那、再びぬいぐるみは声を上げる。

 

「え〜〜〜〜……。皆様が静かになるまでに、1時間45分かかりました……。おっっっっっそい! 遅すぎます!! どんなに荒れてる高等学校でもこんなに待ちませんよ!! アナタ方本当に問題児ばかりですね!?」

「そ…………そんな事言われても……。君、いつからそこに居たの……?」

 

 困惑を見せながらも得体の知れないそれに、最初に話し掛けたのは飴細工職人、コンフィズールの中森夜羽だった。有子たちと挨拶を交わした時と変わらずに彼の隣にいた片割れの菊音は、夜羽の狂行に驚きを隠せず、発言した彼の腕を引っ張って、目で「よせ」と訴えた。しかし、時既に遅し。ぬいぐるみの耳がぴこぴこと動き、夜羽の発言をそこに入れたようだった。ぬいぐるみは、それからすくっと立ち上がって、再び声を上げる。

 

「いつから! いつからと言いましたか!? ワタクシの話を聞いていなかったということですか!? 1時間! 45分!! 1時間45分もこうして待っていたんですよ!!」

「んぇ……勝手に現れて静かになるのを待たれてもねぇ……。俺ちゃんたち、気づかなかったワケだし……。そもそもここに集まったのだって、赤柳ちゃんの指示だし……」

「ところで、マイクの電源が入っていないようですが」

「な、なんですって!?」

 

 靴職人の加連の反論に、もっともだと有子は納得した。他の生徒もそうだったようで、自分もと口を開いたが、すぐに執事の猫塚が追撃するような指摘をしたので、初めてマイクの電源に触れたぬいぐるみは、はっとして直ちにそのスイッチを入れた。間髪入れずきいんとハウリングの嫌な音が耳をつんざいたかと思えば、次に鼓膜を震わせたのはマイクを通して大ボリュームになった、先程の不協和音で構成された合成音声だった。

 

「ナイスアシストですよ猫塚君!!」

「それは良かった、光栄です」

「全然全く思ってなさそうな真顔でビックリ〜」

「いま脊髄で会話してるので……」

「脳ミソ通してないってことぉ?」

「こんな訳の分からないぬいぐるみと喋ってる現実が、そうカンタンに受け入れられてたまるかよ……」

「……それでもそういう対応が出来るのは、流石猫塚氏と言いますか、なんと言いますか……」

「それで? お前、僕たちを静かにさせて、何を言うつもりなんだ?」

 

 ごにょごにょと城主の青錆が口をもごもごさせると、目の前の教壇に立つぬいぐるみをずっと睨んでいたフルーティストの赤柳が声を上げる。初めて会った時から、彼がこのクラスのリーダー的存在なのだろうな、と有子は思っていたが、なるほど、そう感じさせる雰囲気は彼のこういった行動から来るのだろうなと納得した。

 赤柳の言葉を受けたぬいぐるみは――やはりぬいぐるみなので表情こそ大きく変わらないが――にんまりと歪な笑みを浮かべたかのように見え、そうして両手を掲げ、待ってましたと言わんばかりのボリュームで、皆が待ち望んだ発表をするかのように誇らしげに口を開く。

 

「皆様にはこれから、この学園内で共同生活を送って頂きます。栄えあるわが学園の、未来を担う才能溢れる皆様を教育するための、新規プロジェクトでございます。ここに居られます29期生の皆様が、記念すべきその最初の生徒ですよ」

「………………………………は?」

 

 ぽかん、と。

 間抜けなその響きが似合うように、開いた口が塞がらないのは有子だけではなかった。その場にいる生徒の全員。先程有子とはじめましてを交わした全員が、このぬいぐるみの言うことが理解出来ずに沈黙した。

 その静寂を破ったのも、やはり彼で。

 

「……お前は一体何者だ。何の権限があってその発表を僕たちにする?」

「おやおや。そういえば、自己紹介がまだでしたね。こほん。……ワタクシの名はモノヴォル。この栄えあるわが学園……()()()()()()()()()()()()()()()。この学園でいちばんえらーい、先生の中の先生ですよ」

 

【挿絵表示】

 

「はぁあ!? お前みてぇなぬいぐるみが!?」

「ぼくのしってるりじちょーせんせは、ぬいぐるみじゃなかったよぉ……?」

 

 パティシエ双子の片割れ、アントルメンティエの菊音が素っ頓狂な驚きの声を上げる横で、介護士の星永はこてんと首を傾げて、変だなあと困ったような顔をした。それもそのはず、部外者である有子ですら、希望ヶ峰学園の理事長はぬいぐるみである、だなんて情報は聞いたことがなかった。いや、あったとしてそれは、希望ヶ峰学園というブランドを著しく損なうものであるうえ……世間が黙っていないだろう。それこそ、そんなふざけた実態であったとすれば、有子はもっと強く、幼馴染のうさぎの入学に反対したはずだ。しかし、そいつ――モノヴォルと名乗ったぬいぐるみは――まるで現実を叩きつけるかのように、ふっとそれまでとは打って変わって低い声を出す。

 

「いいえ。ワタクシが今この場で皆様の目の前に立っている。それこそが、揺るがぬ証拠でございますよ」

「……ふむ。確かに。……こんな出鱈目な寸劇が始まったというのに、止める輩が一人も飛び出して来ぬな」

 

 それまで無言でモノヴォルと声を上げる生徒たちのやり取りを静観していた科学部の姫ヶ原は、そこでやっと言葉を口にした。彼女は焦るまでもなく、取り乱すまでもなく……面白みの無い茶番劇を見つめるかのように、興味無さげにため息をつく。彼女にとってこの事態は、まるで脅威でもないらしかった。

 

「姫ヶ原さん、本当にコイツが理事長だって言うの?」

「いや? 情報不足だ、断定はせぬよ。しかし、この学び舎がなんらかの非常事態に陥っている……というのは、紛れもない真実であろうな?」

 

 今度はモデルの白雪が発言者の彼女に問いかければ、相変わらずつまらなそうな顔をして姫ヶ原は答えを返す。期待していた返事とは違うが、回答を得られた白雪はため息をついて頭に手を添えた。それもそのはず、こんな馬鹿げた状況には、有子も頭痛さえしてくる……。隣の白うさぎは相変わらず首を傾げるばかりで、彼らのやり取りの意味など微塵も理解していないのだろう。

 これ以上、このぬいぐるみについて何か質問をするのは不毛であると判断した、コンフィズールの夜羽は、隣の相棒を気にかけながら別の質問を狐に投げかけた。

 

「共同生活を送るって、いつまで? 3年間も身内じゃない人達と四六時中一緒にいるの、なんか疲れるし嫌だなぁ」

「期限でございますか。もちろん無期限でございますよ」

 

 訊ねられた狐紳士は、あっさりと、さっぱりと。耳を疑う言葉を吐く。有子は思わず眉をひそめた。なんと言った、このぬいぐるみは? そんな生徒たちの様子を気にしてかしないでか、狐はさらに言葉を続ける。

 

「皆様には文字通り、()()()()()()、閉じられた世界の中で過ごして頂くこととなります」

「は……」

 

 ――絶句。

 一瞬だったか、数分だったか。特別長くもなく、しかし短いようでもない沈黙が襲う。声が喉につかえて出てこない。頭は先の文字を構築するのに忙しかった。文字通り、()()()()()()。その言葉を噛み砕いて処理するのに、かなり時間がかかった。無論、混乱していたのだ。そうして意味が理解出来た生徒からぱちぱちと瞬きをして時間を取り戻した。中でも、誰より先に冷静になったフルーティストの赤柳は、先程と同じように先陣を切って不気味なぬいぐるみを睨み付ける。

 

「おい……ふざけているのか……」

「死ぬまでってことかぃ!? おい、勘弁してくれよぃ!」

「そんな……。わ、吾輩の……シュヴァンは……一体……どうなってしまうんです…………?」

「一生城主がここに居るなら、朽ちるか国が所有することになるんじゃないの?」

「Verdammt(くそったれ!)!」

「御前、ごくまれに面白いよな」

 

 漁師の伊海田が声を上げて、城主の青錆が縋るように呟く。モデルの白雪が考えうる当然の予想を口にすれば、余程受け入れ難い結果なのか、突然青錆は膝を着いて、文字通りその場で崩れ落ちた。一歩後ろでその様を見ていた科学部の姫ヶ原は、その様子に思わず笑みを零した。近くにいた執事の猫塚も、一瞬ふっと笑ったのを有子は見逃さなかった。「城主」という肩書きを受け取ってこの場にいる青錆にとって、城が己の手を離れるなどという異常事態は、全くもって笑い事では無いのだろうということは想像に固くない。あの二人は割と意地悪なんだろうな、と有子は思った。

 そのやり取りを見ているのかいないのか、今度は靴職人の加連が少しだけ眉を八の字に曲げてため息をつく。

 

「一生ってのは、ちょっと困るぅ……。俺ちゃんやりかけの依頼あるんだよねぇ……」

「ちょっとどころじゃねえだろ!! 一生ここでなんだぞ!? んなのちょっと困るどころじゃねぇよ、ふざけんな!!」

 

 今度はパティシエ双子のデコレーションの方、菊音が堪らず怒声を上げる。片割れはまあまあとなんとか彼女の怒りをなだめるようにくしゃりと笑うが、彼女だけでなく、そこかしこで不平不満の呟き、怒りの声がする。有子は隣の幼馴染の手をぎゅっと握り締めた。紳士の狐はふうむと少し唸って、ピンと立っていた大きな耳をぺしょりと倒した。

 

「無期限の学園生活……と申しましたが、今の皆様のように、ホームシックでえんえん泣かれては流石のジェントゥメェンであるワタクシでも、顔面を右ストレートでぶん殴ってしまう可能性が否定出来ませんので……」

「じぇんとぅーめん……」

「どう見ても紳士どころかキツネなんだよなぃ……」

「紳士は顔面を右ストレートでぶん殴ったりしないと思うよぉ〜?」

「ワタクシ、この学園から出ることの出来るルールを設けさせて頂きました」

「おい、こっちの突っ込みガン無視するじゃん、コイツ」

「きつねくん、日本語分かるかな〜?」

「ちょっと。無駄に煽るのやめてよ」

 

 生徒たちが各々好き勝手にお喋りをしている間も、流石に紳士を名乗ることだけはあるのか、それとももうそんな彼らには慣れてしまったのか、キツネのぬいぐるみは全ての言葉をスルーして伝えるべきことだけを口にした。

 

「そのルールは簡単です。条件を満たし"卒業"すること。卒業とは学園での教育課程を修了して学び舎を巣立つ事でございますから、学園の教育プロジェクトとして、なんの不思議もないルールでございましょう? 皆様は卒業目指して頑張ってくださいね」

「"卒業"すれば……ここから出られる……。確かに、それなら普通の学校と同じだ」

「いや、無期限に学校に閉じ込められてるって前提が普通じゃねぇだろ」

「それはそう」

 

 パティシエ双子の片割れ、菊音の言う通り。"卒業"というそのひと単語だけを耳にすると、やはり学校なのだなと納得してしまいそうになるが、最初にぬいぐるみ紳士が言ってのけた"無期限の共同生活"は、およそ学校機関で実施されるものではない。

 混乱する生徒たちの中で、新しい切り口から情報を引き出そうと口を開いたのは、フルーティストの赤柳だった。

 

「……卒業には条件があると言ったな。その条件とは何だ。お前は僕たちに何を望む?」

「はい。早速のご質問、当然の疑問ですよね。知りたいですよね。卒業、したいですよね! ならばお答え致しましょう! 卒業の条件、それは……"人を殺すこと"」

「は……」

「人を……殺す……!?」

 

 またも、驚愕。有子はもはや気が遠くなるような感覚がして、しかしそれでもぐっと足に力を込めて踏みとどまった。今までひそひそとではあるが、自由にお喋りしていた声も、ぴたりと止む。それもそのはず。本日幾度目。耳を疑う言葉が再びぬいぐるみの口から飛び出たのだ。人を殺す。殺人。犯罪。物騒な単語が有子の目の前をぐるぐる回って躍る。目が回り始めた有子を現実に引き戻したのは、モデルの白雪の、怒声にも近い抗議の発言だった。

 

「あんた、殺人を犯せっていうの!? あたしたちに……!」

「そ、そげなごど、おいらたち……出来ねーよ……!」

「殴殺刺殺撲殺斬殺焼殺圧殺絞殺惨殺呪殺……。殺し方は特に問いません。()()()()()()()()()()()()()()()()。それが"卒業"の条件です」

 

 有子が思わず後ずされば、呑気にゆらゆら揺れていた白うさぎとぶつかる。章平はなんでもないような顔をして、きょとんと有子の顔を見つめた。目が合ったことに喜びを感じたのか、章平はにっこりと屈託のない笑みを見せたため、ひとまず有子は落ち着きを取り戻した。そうだ、まるで何も状況を把握出来ていないこの子を、わたしが守らなくちゃいけないんだ。この異常事態の()()()を、何一つ理解出来ない幼馴染の手をぎゅっと握りしめ、有子はそう強く決心した。

 きっと気味の悪いぬいぐるみを見上げれば、有子と同じように、理事長を名乗る不届き者を睨みつける生徒たちが、次々と声を上げる。

 

「進んで犯罪に手を染めようとする奴はいないだろう。人を殺してここから出たとして、その汚れた身で脱出後の人生を歩もうとは思わん」

「あたしも同意見。誇れる自分のままじゃなきゃ、脱出が叶ったとしても無意味よ。あたしたちは殺人なんかしないわ」

 

 それは、有子の予想通り。フルーティストの赤柳と、モデルの白雪。こんなものに屈しないという、強い意志を特に持っている二人だった。その言葉を聞いた紳士の狐は、しかし狼狽えることも無く。逆にふっと鼻で笑うように白雪に顔を向けた。

 

「くしし……。そこまで仰るのでしたら、白雪様が必死で世間に露呈しないよう秘匿している"()()"を、今ここで公表してしまいましょうか?」

「冗談言わないで。あんたみたいなオモチャが、あたしたちの秘密なんてものを把握出来てるわけないでしょ?」

「そう思われているのでしたら、問題ありませんね。『()()()()()()――』」

 

 ガタン、と大きな音がして、その不快な機械音声は途中で途切れる。それもそのはず、他の誰でもない白雪本人が、そのぬいぐるみロボットの首根っこを掴みあげ、発言を強制的に中断させたのだ。突然の白雪の物理的な反抗に、有子はひっと声を上げそうになる。他の生徒たちも驚きを隠せないでいた。

 

「え、ちょっ……白雪ちゃん!?」

「白雪さん、そんなことして大丈夫なの……?」

「あわ……あ、あ……! や、辞めだ方がいいんでねぇが!?」

「軟弱な男共は黙ってなさい、こんなもの、こうして……!」

「ダメ、りんこちゃん!! すぐ投げて!!」

「え?」

「いいから投げて!!!」

 

 突然の赤ずきんの大きな叫び声に、全員がキョトンとする。しかし、有無を言わさぬ焦りと深刻さを見受けた白雪は、すぐに彼女の言う通りにぬいぐるみを宙に投げる。

 ――瞬間。

 すさまじい爆音と熱風が有子たちを襲った。

 

「うわっ……! げほっごほっ!」

「げほっ、げほっ……! な、なんだってんだぃ!?」

「うぇ! ごほ、けむいけむい!!」

「嘘でしょ、あいつ爆発すんの……!? ねぇ、猫ちゃん怪我してない!?」

「……え、えぇ……。僕は、大丈夫……です、けど……」

 

 火薬の匂いと大量の煙。有害物質を肺に取り込みそうになった有子たちは咳き込んだ。靴職人の加連が慌てて隣を振り返り、執事の猫塚の安否を確認する。突然の事故に目を丸くしていた彼も、その問い掛けによって時間を取り戻した。

 

「りんこちゃん! だいじょぶ?」

「ええ……。ありがとう、世絆ちゃん。あなたが声を掛けてくれなきゃ、あたし、死んでたわ……」

「ううん。なんか、あのぬいぐるみから、急にヘンな音、したから……。ばーん! ってなるとは、おもわなかったけど……」

「白雪ちゃんも怪我ない!?」

「ええ、うん……。あたしは平気。ありがとう」

 

 咄嗟に声を上げた介護士の星永が白雪に駆け寄り、すぐに加連も傍に寄った。白雪の無事を確認して、有子もほっと胸を撫で下ろす。すると、きぃんとまたあの嫌なハウリングがして、先程まで散々耳にした不愉快な合成音声が再び有子たちの耳に届く。まさかと思い顔を上げた、その視線の先。そこには先程爆発したぬいぐるみと、まるで同じものが何事も無かったかのように鎮座していた。

 

「大変失礼致しました、皆様。"校則違反"を検知しましたので、"然るべき対応"をさせて頂きました」

「お前……。警告も無しに……白雪を殺すつもりだったのか?」

「くしし。ええ、はい。そうですね。ワタクシの提示しましたこの"学園でのルール"。それに従えないのであれば、こういった措置を実行するのもやむを得ない、と考えております。……まあ、今回は初回ですので……。改めて罰を執行するつもりはありません。今回の件を警告とさせて頂きましょうかね」

「冗談キツイぜぃ……。お前のルール破ったら殺されんのかぃ……」

「はい。ただ今そう申し上げました。……ですので皆様、どうかよおくよおく、考えてくださいな。()()()()()()()()()()()()()()……ね?」

 

 白黒の狐はそう不穏に笑うと、「それでは、初回のホームルームは以上です」と、学校の先生よろしく、ぺこりと丁寧にお辞儀をして、何処へ行くのかあっという間にすっと消えてしまった。

 呆然とする、少年少女を残して……。

 

 

 

 

 

 

 しんと再び訪れた静寂を破ったのは、有子はもちろん、白うさぎでも、笛吹き男でも、白雪姫でもなかった。

 

「ねえ、みんな。今のはなんだと思う?」

 

 そうやって平然と、当然生じた疑問を何気なく口にするかのように……いばら姫、もとい、夢占い師の茨木は、のんびりとした調子で問い掛けた。

 

「何、もなにも……。全然、意味、分かんねぇだろうがよ……」

「こ、殺すって……。一生ここで暮らすって……」

「い、意味分かんねぇ、意味分かんねぇよぃ……!」

「騒ぐでない。ひとまず、先の話の内容をまとめるぞ。かの自称紳士曰く、我々には選択肢が()()()、与えられたこととなる」

 

 次々と泣き言を吐き出す少年少女たちを一喝するようにその流れを止めたのは、科学部の姫ヶ原だった。彼女は口元を隠していた扇子を仰いでぱしと閉じると、わざとゆっくり、大袈裟な動きで皆の注目を集め、そして有子たちの中心に移動する。彼女の台詞に答えるように、続きを口にしたのは介護士の星永だった。

 

「ひとつは……みんなでこのまま、いっしょう学園生活をおくるってこと……。もう、ひとつは……」

「ああ、各々の戻るべき場に戻る為……()()()()()()()()()()()()()……ということだ」

「こっ……殺す…………なんて、そんな……!」

 

 ふたつめの選択肢を彼女が口にすれば、一同は再び動揺した。これが夢やゲームの話などという、架空の物語のものではなく、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、と……!

 抗えない現状に、悲鳴にも近い声を上げた奇術師の火燈を皮切りに、生徒たちはそれぞれの混乱の様子を見せた。

 

「これは……本当に、とんでもない事に、巻き込まれてしまいました……」

「うう……。やだなぁ、帰りたいよぅ……」

「どうしろってんだよ、クソが……!」

「う、嘘だよね? ごんなの、嘘っばちだよね!?」

「……う、嘘に……決まってますよ……! 殺人を、推奨する、だなんて……! そ……、そんなの、そんなの…………!」

「嘘か本当かは、対して重大では無い。何よりも重要な問題……それは、この中に()()()()()()()()()()()()()()()()()、だ」

 

 その言葉に、少年少女はそろって押し黙る。……口を噤んで……そうして、全員がお互いを見回った。有子もその一人だった。

 先の紳士風の狐が提示したルールは、恐ろしいものだった。それは、有子の心の底に、言いようのない澱みを生み出す……。じろじろりと有子を、隣の章平を、他の生徒を見定めるような鋭い視線。その中の大半は、明確な敵意を感じるような、黒く渦巻く感情を孕んでいた。

 ――誰かが裏切るのでは?

 疑心暗鬼。その誰もがよく知っている四字熟語こそが、今の有子たちの状況を言い当てるに相応しい言葉だった。

 

 これは、今日、これからはじまる。

 絶望の物語――……。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

カタリロンパ

 

序章

「希望の園のアリス」

 

 

 

 

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