カタリロンパ   作:カタリベガタリ

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今章は、ショッキングな表現を多分に含みます。
苦手な方はご注意ください。




5

 

 

◇学級裁判 開廷◇

 

 

「では、まずは再びルールのご確認を。学級裁判の結果は、皆様の投票によって決まります。正しいクロを指摘できれば、クロだけがお仕置き。もしも間違った人物をクロとした場合は、クロ以外の全員がお仕置きされ、皆様を欺いたクロだけが卒業となります。では……二人も残虐に殺害したクロは誰なのか!? 学級裁判を開廷致します!」

 

 毎度お馴染みとなったモノヴォルの開廷宣言が終わり、早速話し合いを始めようとしたところで……。

 

「……はじめる前に、ひとつ聞きたいことがあるんだが」

「うん? どうしたんだよぃ、そんな改まって……」

 

 口火を切ったのはフルーティスト。不思議そうに伊海田が首を傾げれば、リーダーは視線をずらして彼ではなく……違う人物を見つめた。章平たちは思わずその視線を追う。

 

「……いひ、いひひひ…………。大丈夫ですよ、大丈夫……。もうすぐ見られますからね……。うふふ、ふふ、ふふふふ……」

「あいつは……いつからあんな感じなんだ……?」

「あー……」

 

 ぶつぶつと独り言を呟きながら、時折不気味な笑い声を漏らす不審人物。赤柳は怪訝そうな顔をして城主の様子を窺う。章平たちはすっかり慣れ始めてしまったのだが……。確かに、眠りに落ちる前までは正気だった彼が、起きて見ればこのような状態であるのなら、驚くのも無理はない。

 

「モノヴォルは先程、"術後譫妄"と言っていたが……話を聞くに、その前から様子が変わっていたんだろう?」

「事件が起こる割と前から、あんな感じだったよなぃ?」

「起こる前から?」

「とうとう完全におかしくなったのね……」

「こ、今回はすごくひどい殺され方だったし……。無理もないんじゃないかな……。彼自身も襲われたみたいだから、……ね? かわいそうだよ……」

「…………」

 

 哀れな城主を見守りながら、有子がやさしく進言する。彼女の言うことはもっともだ。捜査中の話によれば、彼も危うく三人目の被害者になる寸前だったのだ。

 

「ね、もういい? 議論を始めるわよ」

「ああ、すまない。時間を取らせた」

 

 男子のことにさして興味がない白雪が急かして、ようやく議論開始の流れになった。章平も改めて背筋を伸ばす。そして、命を懸けた話し合いがまたも始まった。

 

 

◇議論開始◇

 

 

「はじめは……そうね、あたしたち寝てしまっていたから……ほとんど何も把握出来ていないのよね。何があったのか……いちから順を追って説明してくれる?」

 

 口火を切ったのはリーダーの片方。今回、ことのあらましから事件発生まで、ほとんどの時間を眠って過ごしていた白雪と赤柳には、一番初めから説明してやらねば公平ではないだろう。自分たちも改めて振り返るという意味でも……話すことは無駄ではない。笛吹き男に目配せをして、早速解説を始めることにした。

 

「それなら、ふたりが呪いで寝ちゃった後から、振り返ってみようか?」

「ふたりが眠りに落ちてしまったあと、すぐに保健室に運んで……せつなちゃんにお世話を任せたんだったよね」

「そう。それで、今回の動機として、ふたりの呪いを解く方法を提示されたんだよね。誰か殺せば教えてあげるって」

「でも……二回もあんなことがあって、んなの、もうゴメンだよなって話して……。そっから、青錆を筆頭に他の方法を探すことにしたんだよぃ」

「青錆が?」

「ていうか、あいつの話したいことって結局なんだったの?」

 

 名前に上がった人物を方を見れば、相変わらずふわふわと頭を揺らしている。今までも時折上の空になっていることはあったものの、多くの時間は正気を保ちつつ議論に食らいついていた。今はその様子も無い……。

 横目で会話不能な彼を捉えつつ、白雪が思い出したように振り返る。けれど、それは……結局章平たちも、彼の口から聞けず終いのことだった。

 

「それは……」

「実は、まだ話してもらえてないんだよね。双子ちゃんもそれでイラついちゃってたし、青錆ちゃんはどうしても言えなさそうだったし、方法は見つからないしで……雰囲気最悪。どうしよってなってー、それで、リフレッシュのために一回ね、お菓子パーティーやったんだよね」

「俺とよはねのお手製プチフールパーティーだったんだ」

「パーティーの様子は?」

「別にふつう。でもいよいよ青錆ちゃんの具合が良くなさそうで、ちょっと心配だったね」

「れーちゃん、ムキになってそうなかんじだったんだよねー。それでー、いったん、れーちゃんがこもっちゃってー」

「具合が悪いのに、せつなちゃんもなかなか部屋に入れてもらえなかったんだよね」

「そう、それから二日くらいかな? 久々に出てきてくれたなーと思ったら、あんなだったんだよね」

 

 振り返れば実に色々なことがあった。そうそう、お菓子パーティーはとても楽しかった。いつぞやのお茶会を思い出すような、賑やかで楽しい時間を過ごして……。想いに耽りそうになったところで、はっと正気を取り戻す。いけない、今は議論に集中しなければ。

 話題は「城主がいつからああなのか」という問題に切り替わっていた。そうだ、このところ姿を見せず心配していたと思っていたら――急に、本当に急に現れて、その時には既にこうだったのだ。

 

「おい、青錆。熱があるのか?」

「あー、ひろい。ひろいなぁ……。空気が吸いやすいですよね……。個室って狭くて……」

「大丈夫なのか?」

「ええ、やっぱり雪化粧って良いですよね。白がシュヴァンに似合っていて……」

「ねえこれ、会話成立してなくない?」

 

 赤柳が本人に話しかける。エレベーターに乗る前と同じく、正しい返答は返ってこない……。

 

「やっぱり熱あるんじゃねえの?」

「あるっぽいねー。ヴォルちゃんが言うには、ひとまずはだいじょぶっぽいけど……」

 

 これが終わったらちゃんと診てあげなきゃ、と赤ずきんは唸った。

 

 

 

 

「ちょっと横道逸れちゃったね」

「とにかく、続きだ。次は事件当日の話を聞きたい」

 

 本題が少し散歩に出てしまっていたが、気を付ける生徒たちのお陰で軌道修正される。事のあらましの続きを、加連が率先して説明した。

 

「うーんとね。ひとまず、あんまり変わらない時間を過ごしたかな。それで、いつも通り夜時間になって……」

「よはねが中々帰って来なくて、捜しに行ったんだ。同じ感じで、加連も火燈を捜しに出てたみたい」

「そう。最近ね、割と火燈ちゃんといることが多くってぇ。それで、寝る前にちょぴっとまた話そっかな〜と思って部屋を訪ねたんだけど、いないっぽくてね〜。割とすぐ菊音ちゃんと会って、しばらく二人で捜してたんだよ」

 

 そうだ。二人の供述は間違っていない。被害者たちを捜索していた二人と会って、章平もその捜索隊に加わることになったのだ。

 捜査時間ではかなり憤りを見せた靴職人だったが……今の感じは、いつも通りの彼に見える。しばらく一人になったことで、頭が冷えたのだろう。けれど……。章平は、なんだか彼が、()()()いつもの調子を取り繕っているように見えた……。

 大人しく話を聞いていた赤柳が、ふむと質問をする。

 

「その間、お前たちはずっと一緒だったか?」

「やんわり手分けしてたから、ずっと一緒ではなかったけど……あちこち捜してるときに何度か会ってるから、一応アリバイってことにはなるんじゃない?」

「それを抜いたって、お前らにゃ動機なんてねぇよなぃ……」

 

 伊海田がぽりぽりと頭を掻く。今回の被害者はそれぞれ、菊音の家族である夜羽と、加連とは猫塚繋がりで絆を深め合った火燈である。他の生徒たちのそれより、仲はずっと深い。漁師の言う通り、彼らの動機となるものはまるで思い至らない。

 

「とりあえず先に続き話すね。その後、例のアナウンスが聞こえて、事件に巻き込まれたのかもってバタバタ捜し回ってたら、二階で泡淵ちゃんと佐渡ちゃんに会って、手伝って貰ってたんだよね」

「佐渡君とは、図書室で過ごしていたんです。そこに慌てた様子の二人が入って来て、協力することになりました」

「そう。それで二階にはいないみたいだから、三階を捜しに階段を上がったら、美術室の方から悲鳴が聞こえて……そこに航太郎が倒れてたんだ。……で、その奥に……」

「死体があった、というわけか……」

 

 あらましを全て聞いた二人は、顎に手をやり考え込んでしまう。しばらくして、白雪姫が顔を上げた。

 

「加連たちがバタバタしてた頃、世絆ちゃんと国中さんは何処にいたの?」

「ぼくはお部屋にいたよぉ。おくすりの整理をしてー、まとめたりしてー」

「わたしも、お風呂上がってから個室に居たんだ。そんな騒ぎがあったなんて、全然気付かなかったよ……」

「個室は防音仕様だからな。外で騒ぎがあっても気付けなかったのは仕方ないだろう。……それで? 死体発見アナウンスを聞いて合流したのか?」

「モノヴォルのアナウンスがあって、びっくりしていたら……いきなり、チャイムが鳴って……ドアを開けたら、血塗れのレイくんが立ってて。それで、死体発見アナウンスが鳴って、レイくんをモノヴォルに預けて、せつなちゃんと一緒に現場に向かったよ」

 

 有子の説明を聞いて、白雪は怪訝な顔をして見せる。

 

()()()()()()()()()()()……? さっき加連も言ってたけど……。死体発見アナウンスじゃなくて、別の何かがあったの?」

「うん」

 

 彼女はその件についてまだ知らないのだろう。章平は改めて確認するためにも、それが何だったのかを説明することにした。

 

「まるで、今まさに犯行を重ねようとしている犯人に向けた……制止のアナウンスだよね」

「うん。ルール追加のアナウンスだったね。"一人のクロが殺せるのは二人まで"って……。慌てて追加したような放送だったから、今回、ふたりを殺した犯人は同じ人物なんだと思う」

「同一犯か……。何のために二人も……」

 

 ……そう。殺人に及ぶ十全な"動機"が用意されていたとはいえ、ひとりでなく、もうひとりも手に掛ける必要はないはずだった。複数の犯人が同時にことに及んだことは、ルール追加アナウンスの件から見て、赤ずきんの言う通り考えにくい。

 わざわざふたりをも殺さなければならなかった理由……。犯行計画に支障が出た、……とかかな? 章平はそんなふうに、自分なりに少し考えてみたが……。まだ推測に足る情報は揃っていないように感じた。

 

 

 

 

 当時の状況を頭の中で各々が整理し、ある程度の情報共有が済んだ頃。最も気になる不審点を白雪が指摘する。

 

「……で、伊海田は美術室で何をやってたの? 遺体があったんでしょう、そこ」

「オレ……実はよぃ……。なんか、そこで寝ててぃ……」

「寝てた?」

 

 苦しい言い訳にしか聞こえない証言に、白雪は当然眉を顰める。けれども、伊海田には本当に身に覚えがないことのようで……。ただ、困惑したように同じ台詞を繰り返すだけだ。

 

「わ、わかんねぇんだよぃ……。青錆と、一緒にそこまで行ったのは覚えてて……でも、急にすげぇ眠気が……」

「伊海田、青錆と一緒に居たのか」

「ていうか、青錆は一体何処で襲われたの? 美術室で犯人に襲われたんだとしても、国中さんの個室に行くまでに誰も見なかったってことよね?」

「青錆ちゃんには会ってないと思うんだよねぇ」

「俺も。つーか青錆じゃなくても、人捜してたんだから、誰か見かけたら声掛けると思うぞ」

 

 白雪がまた情報を求めるように辺りを見回す。当の本人……には、まだまともな会話が出来そうにないのでスルーして。捜索隊のメンバーは、顔を見合わせる。もちろん、章平にも心当たりは無かった。

 赤柳が考え込むように腕を組んで、白雪が再び議論を展開させていく。今回の事件で幸いだったのは、リーダーシップのあるこの二人に、犯行が全くの不可能であると証明されていたことだ。当然それを承知している彼女は、率先して裁判の流れを作ってくれていた。

 

「ちょっとその辺り一旦、整理させて。伊海田は青錆と一緒に美術室に行ったのよね?」

「ああ、間違いねぇよぃ。夜10時に待ってますって、この書き置き……。青錆が誰かに呼び出されてたみたいで……。あいつほら、あんな感じだったし、怪我もしてたしよぃ……。心配で付き添ったんだ」

「その時は、美術室に不審な点は無かったの? 二人が待ってたとか……」

「いや、誰も居なかったと思う……。でも、うーん……自信、ねぇなぃ……。着いた途端に眠気がきて……」

 

 歯切れの悪い言葉尻に、一同も眉を八の字に下げる。

 

「……これどう思う?」

「ねー……そうだよねえ」

「な、何か変なことがあったかぃ?」

 

 困り果てた表情の菊音が生徒たちに顔を向けて、相槌を打つように加連が頭を揺らしてそれに返事をした。そのやり取りの意味をいまいち飲み込めていない伊海田本人は、慌てたようにキョロキョロと彼らの様子を見比べた。

 少しだけううんと悩んだ様子の白雪だったが、親切にもこの状況を解説してやることにした。

 

「大アリでしょ、なんで現場にいたはずのメンバーが殺されてたり大怪我負わされてたりするのに、あんた一人だけ無傷なわけ?」

「お、オレ疑ってんのかぃ!?」

「まあ状況的には怪しさしかないよねぇ……こたニキ……」

「それともじゃあ、誰かに襲われたって記憶あるの?」

「ねぇ……けどよぃ…………」

 

 菊音の質問に首を振って、疑いは晴れるどころか深まっていく一方であることを理解したのか、彼はそのまま口を噤んだ。

 やれやれと肩を落として、モデルの少女はついに件のもう一人に顔を向ける。

 

「青錆は? 覚えてることないの?」

「夏の日の思い出……? それは、あるあたたかな日差しの朝でした――……」

「うん、青錆ちゃん。語んなくていいよ、それは」

 

 質問を投げかけてみたはいいものの、それに対するまともな返答がかえってくることはなく。長くなりそうなのを、やんわりと加連が中断させた。白雪はやれやれと頭に手をやる。

 

「こいつ、なんでこんなんなっちゃったのよ……。まるで役に立たないじゃない! ……まあ? いつも裁判じゃあ、役に立ってなかったけど!?」

「し、白雪さん……。責めないであげて。だってレイくん……すごく酷い怪我で……。だから、犯人に襲われたショックが、まだ抜けないんだよきっと……」

 

 慌ててフォローするように有子が口を開く。ゆらゆらと頭を揺らして落ち着かない城主を心配そうに見つめて、必要ならいつでも手を差し伸べられるように、有子はいつもより席の端に寄っていた。

 

 

 

 

 

 

「……とにかく、状況は分かった。違う話題に変えよう」

「じゃあ、ひとまず、検死結果のごほーこくにしよっか!」

 

 ようやく名探偵が顔を上げて、検死担当が空気を変えるように明るい声を出した。よいせとファイルを開いて、検死結果の発表が始まる。

 

「とはいっても、モノヴォルファイルの記述が正しいってことしか分からなかったんだけどね。死因は複数カ所にわたる傷からの大量出血による、失血性ショック死。内臓の損傷が酷い」

「内臓の、損傷……って?」

 

 おそるおそる有子が尋ねる。星永はそのままなんてことないふうに言葉を続けた。

 

「外的要因で傷付いてるって感じかな。簡単に言えば掻き出されてたり引き摺り出されてたりとかだよ。引きちぎられてて一部行方不明だったり。弄ぶようにされてたって言っていいかな。もっと詳しく聞きたい?」

「いや、いい……」

 

 赤ずきんは平然と言ってのけるが、その言葉の意味を想像するだけで、章平も気分が少し下がってしまった。

 

「それで……まあ、一応言っておくと、よはねちゃんは女の子だったみたい」

「これに関してなんだけど、なんで黙ってたの? 別に性別は隠さなくても良いでしょう?」

 

 あらかじめひっそりと共有されていた情報なのか、その衝撃の事実は、さほど生徒たちの動揺を誘わなかった。白雪姫が怪訝そうに眉を動かして、()()()()()()()を見つめる。眼差しの先に立っていた彼女は、不機嫌そうに首を傾けた。

 

「……あのさ。それ、結構デリケートな問題だと思わないわけ?」

「どういうことだぃ?」

「夜羽ちゃんの性自認は、女の子じゃないってことなんじゃない?」

 

 伊海田が目を丸くすると、横から加連が口を挟む。

 

「俺もそーゆー話するの、なんとなく嫌だからさー。ちょっと気持ち分かるかも。別に困ったことは無かったんだし、今更良くなあい?」

「……とにかく、事件にそんなに関係ないでしょ? 先に犯人当てなきゃ」

「きくねちゃんのいう通りだよねー。今回は、重要な話じゃなさそうだし、一旦おいとこっか」

 

 不機嫌なアントルメンティエを宥めるように、落ち着いた様子で介護士が話題を変えようと提案した。確かに彼女たちの言う通りだと感じて、一同は別の話題を探すことになった。

 

 

 

 

 ひとまず星永の報告を隅まで聞いた後、再び加連が真剣な顔付きで生徒たちに目を向ける。

 

「今回の事件……。被害者の数と手口から見ると、異常者の仕業だとしか思えないよねー」

「動機は関係ないってこと?」

「そりゃ関係ないって言い切るのはあれだけど。でも、赤柳ちゃんと白雪ちゃんを起こすためだからって、二人も殺す必要なんてないし、ましてあんな風に陵辱しなくても良いはずだよ」

「そうだね……。しゅうやちゃんの言う通りかな。ただ殺すためだけに、あんなふうにする必要はないと思うんだ。あれじゃまるで、()()()()()()()()()()()に切り開いたとしか思えないよ」

 

 靴職人の主張は素直に納得出来るものだった。このコロシアイが始まったときから、殺害人数の指定は無かったし(今回上限規制は設けられたのだが)、その方法も猟奇的でないとならないというルールは存在しない。介護士も神妙な面立ちで頷く。

 ()()()()()()()――それは、何らかの原因で、犯人は大量の血液が必要になったと考えて良いのだろうか? それとも、本当にそんなもの関係無く、異常者の仕業なのか――……。

 

「……ふふっ……。それで…………こんなに……ふ、……血まみれに、…………うふふ…………なったんですね…………」

「……なんで急にそこに反応するのよ?」

「んあぁ、グロい話題出しちまったから……。青錆、お前大丈夫かぃ?」

「……はぁ…………。……ふはっ……くふ……ふふ……うふふふふ……」

「完全におかしくなってる。もう無視しましょ」

 

 ぶつぶつとうわ言のように呟く城主に、白雪姫はやれやれとため息をつく。まだ目が覚めない様子の彼はひとまず放っておいて……重要なのは議論の続きだ。

 笛吹き男がくるりと赤ずきんを見つめる。

 

「……死亡推定時刻は分かるか? 世絆」

「難しいね……。こうされちゃうと、単に出血量から推測しにくいかな……。少なくとも、悲鳴が聞こえたって言うなら、しゅうやちゃんたちが悲鳴を聞いた時までは生きてたと思うんだけどねー……」

「そんな……。じゃあ、もしかしてもっと早く駆け付けられたら、間に合ったかもってこと……?」

「いや、違うよ。そうじゃなくて……」

「悲鳴を聞いたのは何時頃だった?」

 

 章平の証言を敢えて伏せて、他の生徒たちに思い起こさせる。事実を確認するためだろう。章平は仲間の言葉を大人しく待った。彼らは互いに顔を見合わせつつも、すぐに具体的な数字を口にする。

 

「夜中の12時くらいだったか?」

「うん……。泡淵ちゃんどう? 時計見たっけ?」

「はい、合っています。日付が変わる直前、大体12時前かと」

「12時……?」

 

 捜索隊メンバーのやり取りを見るに、やはり章平の記憶は正しかったようだ。しかしその時間を聞いて、介護士がぴくりと反応する。不服げな表情で、その続きの言葉は予想出来た。

 

「いや、……12時……ってことはないと思うんだよね」

「どういうことだ?」

「確かに死亡推定時刻の計算は難しいけど……でも、かぐらちゃんに教わった計算式で考えると、あの状態じゃあ、どう見積もっても11時には絶命してると思うんだよ」

「……どういうこと?」

 

 彼女の解説を聞いても、その真相はよく見えてこない。けれど、星永は既にそれらしき答えを見ている様子だった。菊音が突っ込むように聞くと、素直にそれに答えてくれる。

 

「あの出血量は……たぶん……。犯人が死亡時刻を誤認させるために作り出したんじゃないのかな? 短時間であんなに血痕が広がるわけないし、かといってあんな風にぐちゃぐちゃな有様なら……何時間も前だったとも、言い難いもの」

 

 ……なるほど。一理ある結論である。そうする理由の中でも最もらしいものを導き出して、介護士はまた続けた。

 

「悲鳴が聞こえるって、その場でまさに襲われてる状況だからだよね? 駆け付けるまでどのくらいかかったの?」

「3秒も掛かってないと思う。一本道だったし。でも、そこに居たのは寝てる伊海田だけだったんだ」

「だったら考えられることは二つ」

 

 彼らから当時の状況を聞いた星永は、右手をブイの字につくって掲げ、探偵のように淡々と語る。

 

「犯人が死亡推定時刻を誤認させるための細工をしたか、あるいはこたろが犯人であるか」

「オレは犯人じゃねえよぃ! ふたりを……あ、あんな……! あんなふうにする、理由なんてっ……!」

「だろうね、だから……。ふたりが殺されたのはもう少し前の出来事だ」

「つまり……犯人は、死亡時刻を誤認させてメリットがある人物、ということになるのか?」

「でも、発見時は四人が一緒だったんでしょ? それじゃあ、ほとんど誤差みたいなものなんじゃない?」

「確かに……。じゃあ、何の意味があるんだろう」

 

 うーんと再び一同が揃って考え込んでしまう。お互いに顔を見つめ合っても、すぐに答えに辿り着ける人物はいないようだ。

 

 

 

 

「……他の問題についても考えてみよう」

 

 リーダーの声掛けで、すぐに生徒たちは頭を切り替える。別の問題……。疑問点はまだ幾つかある。どれから言い出すか迷っていると、やはり率先して発言するのは()()()()()の相方だ。

 

「そもそも、なんで被害者二人は一緒に姿をくらませていたのかっていうのも疑問よね」

「確かに。夜羽くんと火燈さんだよね? 仲が良かったイメージも無いけど……」

「でもごく最近は、二人でいることが多いみたいだったよ?」

「仲良くないのにどうして?」

「それはたぶん……。何か、計画を立てていたんじゃないかな」

 

 それぞれの相方の証言と最近の出来事を振り返ってみると、答えはシンプルだ。色々な事象が重なり合って、生徒たちは団結しようとしては離れを繰り返していた。力を合わせることが最も重要で最も最善なことだと分かっていても、疑念が渦巻いていたのだ。それを取り除くには……ひとまず、気持ちから。心持ちから変えていかなければならないだろう。

 

「マッチちゃんの幻術は、見た人に幸せな夢を見せてくれるものだったよね。それを使って、みんなを元気付けるために……こっそりイベントを企画していたのかもしれないね」

「確かに、そんな素振りはあったな。イベント企画してるってよはねから聞いたんだ。その上、火燈と話してることが多くて……。詳細は聞いてないけど」

「そういえば、最近の夜羽くん……。かなり、みんなのことを気にしてる様子だったね。お菓子パーティーの時もそうだったし……」

「もしかして、菊音ちゃんと一緒に相談しなかったのは……火燈さんがマッチを使うから、言い出しにくかったのかもしれませんね」

「そっか、菊音ちゃんて、火が苦手なんだっけね」

 

 そういえば、火燈が一度その芸を見せようとしてくれたことがあった。けれど、それは菊音のトラウマに配慮して、すっかり中止になってしまったのだった。一度おじゃんになってしまったこともあって……控えめであれど芯の強いあの奇術師のことだ、話を持ち出されれば今度こそはと奮起しても不思議ではない。

 何より一緒に居た片割れに、蚊帳の外に置かれてしまった事実が不満なのか、アントルメンティエは不貞腐れたように顔を顰める。

 

「だとしても、俺に一言くらい……」

「まあまあ、サプライズにしたかったっていうのもあるだろうし……。ああそっか、もしかしてそれで、あんまり人が寄り付かない美術室で相談ごとだったのかな」

「確かに二階はプールや図書室があったけど……。三階の設備は、あまりよく利用するものじゃなかったものね」

 

 一同が被害者の行動について、ひとまずもっともらしい答えに辿り着けば、一旦議論がひと段落する。

 続いて話すべき事象は――やはり、犯人についてのこと。

 

「とりあえず、二人が美術室にいた理由ってのはなんとなく分かったけど……」

「何か犯人につながる手掛かりはあるかな?」

「凶器も現場には無かったよね。あったのは血痕くらい……」

 

 星永が問い掛ければ、生徒たちは事件現場の様子を思い返した。そう、真っ赤に染まった美術室のことだ。

 

「イーゼルとかデッサン用の彫刻とか、割とものはたくさんあったから、発見時に身を隠すくらいは出来たと思うけど……。その後どうやってそこから出たかってまでは分かんないね」

「あっあのね! ひとつ、何かわからないものがあったよ!」

 

 章平は慌てて思い出したものを発表する。現物は探偵が所持しているので、彼のほうを見つめた。彼は既に分かっているのか、すぐにそれを差し出して見せた。

 

「これだ。佐渡が現場で発見したものだ」

「…………何これ?」

「布切れ?」

「現場に残されていた唯一の手掛かりだが……。僕も、これが何なのか分からない」

「火燈さんも、夜羽も……そんなもの持っていたような記憶無いわよね。犯人のものかしら?」

「もしくは、トリックかなにかの仕掛けに使われたか……」

「ちょっとそれ見して?」

 

 怪訝な顔でしばらく見つめていた加連が、突然手を伸ばしてきた。赤柳は大人しく彼に証拠品を渡す。

 

「加連、何か分かるのか?」

「うん」

「だよなぃ……。こんだけじゃあ何も……って分かんのかぃ!?」

 

 まじまじと証拠品を見つめてすぐにこくりと頷く靴職人。あまりにも早いイエスの返答に驚いたのは、素っ頓狂な声を上げた漁師だけではない。

 

「やっぱり思った通りだ。この黒い布切れの正体は……小羊革(ラムスキン)だよ」

「らむすきん……?」

「あれ、どっかで聞いたことある単語……」

「あっ……! れ、()()()()()……()()……!」

「あ!」

「そういえば、そんな話してたっけね」

 

 あっと思わず声を上げた有子の言葉に、一同がはっとする。そう、いつだったか……。靴職人は似たような発言を既にしていたのだ。生徒たちの視線は一ヶ所に集まる。話を聞いているのかいないのか、ぼーっとしている城主の手元には、やはり変わらず黒い手袋がはめられていた。

 

「ごめんね、レイくん。ちょっと見せて……」

「有子さん……」

 

 優しく有子がその手を取ると、彼はふんわりと嬉しそうな声を出して調査を受け入れた。両手ともにある手袋を調べて……有子はありがとうと小さく言ってから、彼の手を離した。

 

「どうだったぃ?」

「うん……。傷ひとつ無いよ……。やっぱり、そもそもレイくんは被害者のうちのひとりだったし……。犯人なわけないよ」

 

 促すような伊海田の声掛けに、有子は神妙な面持ちでゆっくり頷く。現場に残されていた切れ端から推測するに……その"証拠品"に傷一つないというのはありえない。つまり、少なくともその正体は、今青錆が嵌めている手袋ではないということ……。

 

「……どうかな」

「どうかなって、どういうことだよぃ? 青錆のじゃねぇなら、青錆は犯人じゃねえに決まってんだろぃ!」

 

 静かに顔を傾けるアントルメンティエに漁師は声を大きくして反論した。双子の生き残りは、しかし小馬鹿にしたように小さく息をついただけで議論を続けようとしない。

 やれやれと肩をすくめて、仕方なくフルーティストが解説をはじめた。

 

「僕たちの私物は、何故かそれぞれの個室に用意されていた。もちろん、普段使っている全てではないが……()()()()()()は、その例外ではない。僕の部屋にはネクタイもベルトも何本か同じものが揃っていたが……。青錆、お前の手袋もそれひとつじゃなかったろう?」

「……てぶくろ……。……てぶくろ。……そう、うん……。だいじな、お守り……。黒い色なら……すぐ分かるから……安心なんです……。ふふふ……」

「……え? おい……み、認めちまったぞぃ?」

 

 こくりと頷いて呟く彼に、意表を突かれたように伊海田はまばたきを繰り返した。加連は今の証言を取り入れ、改めて自身の論を補強する。

 

「青錆ちゃんの部屋に同じ手袋がいくつもあるってことは、そのうちのひとつが事件当時着用されていたもので……。傷のある手袋が見つかれば、揺るぎない証拠になるよね」

 

 そう言って彼はじっと台の上を見上げる。静かに聞いていた狐は、それが自分へ向けての発言だったことを時間差で理解して、ばっと顔を上げた。

 

「ええ? 今からですか? ダメですよ、調査時間は終了したんですから。なんのために時間を制限していると思っているんです?」

「でも、だって重要な証拠でしょ。姫姉さんの時は許可したくせに」

「あれはご本人が負けを認めたので提出したまでですよ」

「今のだって、青錆ちゃんは自室にいくつも手袋があることを認めたでしょ? だったら他に疑わしいのは……」

 

 

 

 

 

 

「あんた、それ以上はやめておきなさいよ」

「……何? 白雪ちゃん」

 

 靴職人の主張を静止したのは、他でもない白雪姫だった。不服そうに顔を顰める神父をよそに、彼女は肩を落として言い聞かせるように口を開く。

 

「あたし目線、それ以上やるならあんたの疑いがより一層濃くなるから、やめろって言ってんの」

「……どういうこと?」

「あの布が小羊革(ラムスキン)だって断定出来るのは、今あたしたちの中で()()()()()()()()()()

 

 ぴしと言い放ったその指摘は……確かに、言葉の通りだった。数人がお互いを見合って、微かに首を振る。その目利きが自分には出来ないことを主張していた。

 

「あの布切れが本当に小羊革(ラムスキン)であるのなら、そんな高級品を普段から身に付けてるのは……確かに、あたしたちの中じゃ青錆しかいないわ。……だけど、その鑑定を、加連以外で出来る? あたしは分からないわ。もちろん、手袋そのものを見比べたら流石に違いはわかるでしょうけど……」

「あんな布切れひとかけらじゃ……。確かに、プロの目でも道具も無しに、判別出来ないよね」

「そう、だけどあんたは言い切った。それは本当にそうだと言えるほどの目利きがあんたに出来るってことなのかもしれないけど……。今この場じゃ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「…………」

 

 納得していないのが丸わかりのしかめ面で、しかし靴職人は黙ってその言葉を聞いていた。彼女の主張はまるきり出鱈目を言っているわけではなく、確かに筋が通るものだったからだ。

 

「……でも、他にあんな黒い布を持っている人っているのかな?」

「姐さんの着物は黒だったけどぃ……。事件にゃ絶対関係ねぇし……。……あ、あれ? そいやオレのグローブ黒いわ!!」

「こたろ…………」

「そ、そんな目でオレを見ないでくれよぃ! 今気づいたんだからよぃ!」

「……でも、伊海田くんが犯人だとは思えないよ……」

「……加連、あんた黙ってないで何か言ったらどう?」

「え……」

 

 章平は、白雪姫が何を言わんとしているのか分からなかった。それは他の生徒たちも同様のようで……首を傾げたり、眉を顰めたり。反応はさまざまだった。彼女はじっと一人だけを見つめて、目を更に細めた。

 

「あんたも持ってるでしょ。黒手袋」

「………………」

 

 指摘された靴職人は、無言で目を逸らす。その反応が彼女の言葉に肯定を示していた。白雪はやれやれと息をついた後、本人の代わりに説明を始めた。

 

「手が汚れないように、職人作業をするときにはめていたみたいだわ。作業道具を押収する時にも見たし、学園で、実際何度か着用していたところを見ているわ」

「じゃあ……」

「あんたが犯人だとは断定しないけど。でも、疑わしい証拠を隠して青錆を追及するのはフェアじゃないわよね? あんた目線、他に疑いようのない事実だったとしても……それを判別するすべを、あたしたちは持っていないのよ。分かる? あたしの言いたいこと」

「…………うん。分かった……。みんなにとっては、これが決定打にはならないんよね」

「そういうこと。分かってくれたのならいいわ」

 

 まだいまいち納得し切れていないような反応をしながら、けれども加連は素直に頷いた。

 人類学者が少し考え込んでから、新たに浮かんだ疑問点を提示する。

 

「でも、加連君が犯人でないのなら……。やはり、その証拠は加連君の主張通りである、ということにならないかしら?」

「いや、そうだとしてもだ。青錆は普段からその手袋を着用しているし……。部屋にいくつもあるのなら、それが御守りであっても、そのうちひとつを貸し出したとして困らないだろう」

「……つまり?」

「犯人が青錆に直接交渉して入手した可能性も、否定出来ない。……現に奴は今、あんな状態だからな」

 

 見れば、何を思ったのか……城主が手袋を外して有子に差し出している。青くんが手袋を外したところ、初めて見た気がする……! 高級品を差し出された有子は、ぱちぱちと瞬きを繰り返すばかりだ。

 

「あ……。ご、ごめんね、レイくん。もうそれは、大丈夫だよ? お守りなんだったもんね、着けてていいよ」

「うん。でも、もう必要なかったです!」

「えぇ……? レイくん……」

「欲しいのなら、有子さんにあげます。全部あげます。なんでも、僕の持っているもの、全部あなたにあげますからね」

「れ、レイくん……。ほんとうに、どうしちゃったの……?」

 

 有子はすっかり狼狽えた様子で、差し出された手袋をどうすればいいのか戸惑っている。対する青錆は実に満足そうに微笑みを浮かべて上機嫌に揺れるのだった。

 

 

 

 

 

 

 一通り。話し合うべきことは話し合い――……。けれども、一同は困ったように首を傾げていた。

 

「うー……ん。なんか、今回は全然事件のことが見えてこないんだけど……」

「あとは何か……話すべきところは無かったかな?」

「死亡時刻も、手掛かりの話もしたし……」

 

 伊海田が指折り数えて話していない話題を探しているところへ、いつものように名探偵が割って入ってきた。

 

「良い加減、そろそろはっきりさせておきたいことなら、ひとつだけある」

「それって何? さっさとその話しようよ」

「今その話をするのは困難だと思うが……」

「もったいぶってないで言ってみてよ」

 

 生徒たちがはやくと急かすも、赤柳は微妙な表情をして腕を組み……やがて、観念したようにため息と共にその話題を提示した。

 

「事件当時の青錆の行動だ」

「あー……」

 

 一同は諦めたように一人を見つめる。話題の中心は……相変わらず意識が何処にあるのか分からない、城主その人だ。

 

「でも……確かに青錆ちゃんって、あの時何してたのかわかんないよね? あの怪我も、いつ、何処でやられたのかも分かんなくない? それらしき証拠も、あったら誰か気付いてると思うし……」

「……そう。美術室から国中の個室までの道のりで、血痕のようなものは見つからなかった。犯人が美術室にいて、ふたりを襲っている最中に鉢合わせてしまったと考えるなら、青錆はそこで襲われて逃げた……ということになる」

 

 赤柳の言葉に、章平たちは頷く。確かにまとめればそういうことになるはずだ。

 

「しかし、佐渡たちは道中誰も青錆に会わなかった。そうだよな? ……なあ、青錆。お前は一体いつ、どこで襲われたんだ?」

 

 ひとつの疑念点。辻褄が合わない事情は、おかしいということになる。彼が襲われた場所や時間によっては……かなり犯人の条件が絞られるのだ。この手掛かりは特別重要な問題だった。

 けれど、ぼんやりとした城主は、幾分回復した様子であるものの……まだ、辛うじて話が出来る程度のようで――……。

 

「……いつ……。いつかな……。わかんないな……。うん……。わかんないです……」

「そ、そう……だよなぃ……。お前、ずっとそんなんだったもん……。そりゃ、わかんねぇよなぃ……」

「そうだよ。犯人が逃げてる途中でレイくんを襲ったのかも。だったら、ショウくんたちが見つけられない場所で起こった出来事なんだよ」

「じゃあ、あの悲鳴ってなんだったのかな?」

「聞き間違え……なわけないわよね。四人ともが耳にしている悲鳴なんて……」

「でも、レイちゃんの怪我は本物だよ。こたろと同じように眠らされて、別の場所に運ばれていたのかもしれないし……」

 

 あれやこれやと、生徒たちが議論を交わしていく。どれもそうだと決定付けられる根拠は揃っていないように感じた。

 星永が意見を言ったところで、名探偵が割って入る。

 

「そもそも、ひとりだけ明確なアリバイが存在しない。行動がハッキリしない。これはおかしなことじゃないのか? 被害者たちも二人でいて、他の奴らだって犯行が可能な時間帯には、大方アリバイも、目撃証言もある。伊海田だって、薬物で眠らされていた可能性が高い。第三者によって眠らされていたと考えるのなら、答えは明白だ」

 

 厳しい口調でそう言い終えると、彼はゆっくりと目を閉じて息を吐く。それから真っ直ぐに()()()を見つめた――……。

 

【挿絵表示】

 

「……犯人はお前だろう、青錆怜。いや……()()()()と、呼ぶべきだったか?」

 

 

 

 

 

 

 ぽかんと。指を差された張本人は、間抜けな顔で赤柳を見つめるだけ。動揺の声を漏らしたのは、名指しされた本人ではなく周囲の生徒たちだった。

 

「え……そ、そんな……」

「いや、そんなはずねーだろぃ……。だって……だってこいつ、こういうのダメじゃねえかよぃ……」

「……確かに、アリバイや事件当時のことを考えるとおかしな点はいくつかあるけれど……。だからって、赤柳。いくらなんでも、それが決め手になるとは思えないわ。だってあたしたち、見て来たでしょ?」

 

 彼にこんな惨状を創り出すことは不可能である。確信を持った瞳で彼を見つめる赤柳だけが、その考えを持っていなかった。章平は首を傾げる。今までの彼の様子を見るに、こんなに凄惨な現場を作り出すことは難しいのではないだろうか? だって、いつも死体を見ては気分を悪くして、様子がおかしくなっていて――……。

 

「何を見てきたと言うんだ」

「だから、あいつの今までのことをよ。事件が起こる度にあんなになって……。本当にダメなんでしょう、ああいうの」

「ダメとはどういう意味なんだ」

「だから……! なあ、赤柳、お前だってちゃんと知ってるだろぃ……。なんでそうすっとぼけるんだよぃ! それに今回、あいつ自身だって危うく死ぬところだったんだぜぃ!?」

「そ、そうだよ! 本当に、すごく、血がいっぱい出て……」

「ならば他にこの証拠を残し得る人物がいるか? 黒手袋を常に着用していても不審に思われないのは、青錆だけだ」

「だからって、絶対出来ねぇだろぃ、青錆だぜぃ!? こんな、二人もぐっちゃぐちゃにして……」

「そう。現場の状況から見ても、犯人は相当な返り血を浴びたはずだが……それを拭う時間がある人物はいないんだ。そこの、血塗れだったというレナードを除いて……」

「あっははははははははは!!」

 

 全員がぎょっとして振り返る。章平でさえ目を疑う光景だった。先程まで赤柳の指摘の意味を理解出来ないのか、ぽかんと口を開けているだけで、ただ呆然と立っていただけの城主が……突然、()()()()()()()()()()()()。――様子がおかしい。いや、彼の様子が変だったのは今に始まったことではなかった。けれども――……。()()は、章平でなくとも分かる異様な光景だった。その場にいた本人以外の全員が、理解に及ばず顔を顰めて――ただ、狂い笑う彼の姿を見つめていた。

 そうして満足するまで心のままに声を上げた彼は、しかし口元は妖しい微笑みのままに、息をついて赤柳を見つめた。

 

「……貴殿は、吾輩がやったと、言うんですね」

「…………」

「続けてください。聞きましょう、貴殿の推理」

「あ、お……さび……?」

 

 戸惑う生徒たちを他所に、本人は姿勢を正して真っ直ぐ立つ。その正面には赤柳が相対していた。彼はようやくこの時が来たかと言わんばかりに、一呼吸置いてから()()()に身体を向けた。

 

「……お前は伊海田と共に美術室に行く前、奴に紅茶を振る舞ったそうだな? その時使用したと思われるカップに、粉末が残っていた。あれは睡眠薬か何かなんじゃないのか?」

「どうでしょう。確かに、そう考えると辻褄が合いますね」

「一緒に行動していた伊海田が眠ってしまえば、お前だけはその場で自由に行動出来る。その状況を意図的に作り出せば、犯行は十分に可能だろう」

 

 微笑みを崩さずになるほどと彼の髪が揺れる。しかし、本人が反論する前に、伊海田が間に割って入った。

 

「で、でも……やっぱり、お前が犯人だとは、考えられねぇよぃ……。だって……そもそも青錆が呼び出されたのだって、手紙が……」

「だったら、それも捏造だったんじゃないかってことでしょう」

「だって、そんな……! そんなことする必要あるか!? そんなの無くたって、手伝ってくれって言われりゃぁ、オレは……! もちろん、なんも聞かずに手伝ってるぜぃ!?」

 

 白雪の推理に、またも狼狽えながら反論する伊海田。彼はどうしてもその主張が許せないようだったが……。青錆が静かに制止するように手を上げたのを見て、その言葉の続きを押し留めた。

 城主は味方の反論を中断させると、ふわりと柔らかく微笑んで、しかし真っ直ぐ探偵を見据えながら口を開く。

 

「ですが……赤柳氏は吾輩を疑っておられますよね? ならば疑念はひとつやふたつではないはずです。それなら全ての疑念をひとつひとつ、検証していきませんか? 一度、吾輩を犯人だと仮定して」

「……そんなことする必要があるの?」

 

 菊音の不服そうな声にそちらを向いて、彼はやはり、優しく微笑む。

 

「容疑者Xのままでは不便ですし、想像出来ないでしょう。全員ひとりひとりを同じように検証していくのは、時間がかかってなりませんが……。赤柳氏が疑っているのは、吾輩ひとりなのでしょう? これをするメリットもありますよ。全ての疑念点を拭えることが出来れば、それは吾輩が犯人ではないという証明になりますから」

「お前は、全てを理論的に跳ね除けられるというのか?」

「ええ。犯人でないなら不可能であるという論は、特に破綻していないでしょう?」

 

 不気味にも見える微笑みをそのまま、彼は当然だと言わんばかりの平静とした態度でそう頷いた。

 ……かくして、容疑者を青錆であると仮定した話し合いが始まったのだった。

 

 

 

 

 

 

「吾輩が犯人であると仮定すれば、まずはじめに浮かぶのは犯行時刻の謎です。先程、貴殿らは仰いましたよね? 悲鳴が聞こえてすぐに現場に駆け付けた、けれどもそこには犯人の姿はなかった。……同じ頃に吾輩は有子さんに助けを求めていました。彼女の個室の前で彼女と会っています。犯人イコール吾輩なのであれば、この移動はどのようにしたのでしょう?」

「確かに、さっきの疑問点がまだ解決出来ないよなぃ……」

 

 早速青錆犯人説には矛盾が生じてしまう。状況的には一番怪しいということはそうだけれど、本当に彼に犯行は可能なのだろうか……? 章平は何とも言えない気持ちを抱えつつ、議論の様子を見守る。

 容疑者本人が提示した問題には、白雪姫が不機嫌そうに腕を組んで反論した。

 

「でもそれは、先にあんたがいつどこで襲われたかって情報を開示してからでしょ。そうじゃないとあれこれ考えたところで無駄だわ」

「それは先程申し上げた通りです。分かりません。残念ながら。覚えてないので。……それに、吾輩が犯人であるのなら、その謎だって簡単に解けてしまうんでしょう?」

 

 彼の主張は変わらない。言いながら、レナードはまた探偵の方を見据えて微笑む。赤柳はまっすぐに彼を見つめながら、狼狽えもせずに話を始めた。

 

「悲鳴が録音だった可能性は十分にある」

「録音?」

「ああそっか、姫姉さんがやったのとおんなじような仕掛けってこと?」

「そうだ。視聴覚室にはビデオカメラも、レコーダーも置いてあった。あれらを使用すれば問題ないだろう」

 

 閃いたように靴職人が述べれば、笛吹き男はこくりと頷く。そして城主も、素直にその意見を受け入れた。

 

「なるほど、確かに。しかし、機能的には問題無いとしても、それらはその場に居ないと使用出来ませんよね。遠隔で操作できるコントローラーがあるんですか? 十二分に距離を稼いだ時点で再生する、というのは理屈が通りますが……それだけの距離で操作可能なリモコンがこの場に、そう都合良く用意されてるとは思えません」

「確かに、物理的におかしいかもね。2階層ぶんの縦距離だけじゃなく、校舎と寄宿舎で横にも離れてるわけだし」

 

 加連の言葉に、生徒たちが腕を組んで考える。章平もその意見には賛成だった。リモートコントローラーの仕組みは、章平にはてんでわからないものだが……それらをどのように扱えば望む効果が得られるのかくらいは理解していた。距離が離れすぎている時には、いくら()()()()()()といえど、正常に動作しないのだ。

 しかし、名探偵は間髪入れずに発言をする。

 

「……コントローラーを自作すれば可能なはずだ」

「自作?」

「市販のリモコンでは、そもそも電波の送受信距離が法律で定められているから、一定の距離まででのやりとりしか出来ない……が、理論上はやろうと思えば距離を伸ばすことは可能だろう。事実、倉庫のドライバーや銅線などの道具が許可無く持ち出されていた」

 

 笛吹き男がそれを指摘すれば、はっと城主が口に手を当てる。そしてすぐにしゅんとした顔をして……。

 

「吾輩、許可が必要だったことを今知りました。すみません……。以前、すこし……ゲームを漁ったことがあります……。ほんとうに、ごめんなさい……」

「あー……あの話した時、お前そういや居なかったからなぃ……」

「でも、リモコンを自作って? 本当に出来るの?」

「俺作ったことあるけど、けっこ〜ややこしいよ〜?」

「……え。加連、作ったことあるんだ……。俺そっちのがびっくりなんだが……」

 

 目を丸くする菊音をよそに、当の加連はなんてことないような表情をする。確かに……笛吹き男の言う通り、知識と素材があれば、人の手で作り出すことは可能だろう。城主はこくりと頷いて、再び口を開く。

 

「では、吾輩が自作したとして。そのリモコンは今どちらにあるのでしょう? もちろん吾輩、持っていませんよ。本当に犯人だとして、そんなおざなりなことはしません。なんなら今、懐を調べて頂いても構いませんよ? そこまで推理なさっているのですから、当然お分かりですよね」

 

 問いかけられた言葉には、もちろんすぐに返さなくてはならない。けれど……赤柳は口を噤んで、顎に手をやる。そんな彼の様子に一同は愕然としてしまう。

 

「……赤柳?」

「え、もしかして、分かってないの……?」

「状況証拠だけだ……。確かに、リモコンそのものを発見したわけではないし、録音機器を発見出来たわけでもないんだ。現段階では、あくまで()()()()()()という推理でしかない」

「物がないのにそんな主張してたの!? てっきり再生機くらいは見つけてたんだと……」

「ハッタリってやつでしょ」

「……なるほど。では一度この件は保留として……次のお話をしましょうか」

 

 対する青錆は冷静に頷いて、すぐに話題を切り替える。彼が裁判中にここまで発言をすることがなかったので、不思議な心地がしたが……。なるほど、頭の良い人はこういった議論を交わすのだなあと章平は感心した。

 ぽかんと見ているうちに、またすぐに話題が提示される。

 

「当時吾輩は大怪我をしていたようですが、犯人が吾輩自身であるということは、その怪我も自ら創ったものだということでしょうかね?」

「現場の状況から、犯人は相当な返り血を被ったはずだ。事件前後の整理をしても、青錆以外に該当しない。つまり……わざと、カモフラージュのためそうしたということになる」

「そ、そんっ……! そんなはずないよ! だって、レイくん……! 本当に危ない状態だったんだよ! そうだよね、せつなちゃん」

 

 赤柳の推理を聞いて、有子が素っ頓狂な声を上げる。そして同意を求めたのは、同じく介抱したという星永だ。

 

「うん……。そう。ぼくも応急手当くらいは出来るけど、でもそれじゃあてんで意味が無いと判断したんだ。だからモノヴォルちゃんにお任せしたの。故意に傷を創ったとして……自分の身体を、あんな大量出血にする必要はないはずだし、痛みでろくに動けないはずだよ」

 

 彼女は確かに医者ではないが、医療従事者であることに変わりはない。その彼女がそう言うのであれば、それは確かな事実なのだろう。首を振る赤ずきんを見て、笛吹き男はまた顎に手をやる。城主は彼女の発言を踏まえて、探偵が提示した推理をまとめた。

 

「可能性の話をするのであれば……吾輩は致命傷になり得るギリギリのダメージを計算し、流血を調節し、かつ痛覚を極力少なく傷を創ることが出来る……というお話になりますね」

「いや、そんな芸当……無理だろぃ。人体の隅々まで把握してる医者だってよぃ、ミスすることもあんだろぃ?」

 

 伊海田の意見は真っ当だった。章平もあまり詳しくはないが……それこそ、超高校級の医者でもない()()に、そんな芸当が出来るとは思えなかった。現実を見て生きる彼らがあり得ないと言うのであれば、この感覚は正しいのだろう……。

 

「現実的な推理ではないよね」

「じゃあ……この話も、一旦保留……ということになりますか? 赤柳君……」

「……そうだな。一度別の話をしよう」

 

 あれやこれやと生徒たちが考え込んでいる様子を見ながら、城主はまた笑う。

 

「はは……あははっ……ふふっ……。……Wie lustig(たのしい……). Was für ein Spaß(たのしいなあ……). ……それで? つぎは?」

 

 くすくす笑いながら、彼は上機嫌に、穏やかに。名探偵の次の論を促す。彼の言葉の意味は理解出来なかったが、彼がすこぶる楽しそうだということは分かった。ずっと夢うつつで、幸せな幻覚でも見ているかのよう……。

 

「……何が可笑しい?」

「僕……誰かと()()の、初めてなんです……。こんなに、こんなにたのしいんですね……! 7番目の天国に来たみたい…………」

 

 うっとりとそう言う彼は恍惚とした表情で、感嘆のため息を吐いた。生徒たちはそんな彼の様子が癪に触ったようで、相対して面白くない顔をする。白雪はわざとらしく肩をすくめて、腕を組んだ。

 

「訳分からないことを口走らないでくれる? 議論に集中してよ」

「すみません……はい、では次は……。凶器のお話にしましょうか。吾輩が犯人なのだとすれば、やはり凶器は包丁である、ということになりますか?」

 

 容疑者が新たな話題を提示すれば、探偵はすぐに考えていた論を並べてみせる。

 

「倉庫で今回の凶器になり得るものは持ち出されていない。加連の道具も白雪の個室に保管されていたうえ、使用痕跡もない。残る可能性は厨房の包丁だが、ひとつはお前がずっと部屋に置いていただろう」

「そうですね、事実です。猫塚氏に正式に許可を頂いてから、吾輩の部屋にはずっと包丁が一本、常備されておりました。ですが……なんでしたっけ? 遺体は損傷が激しくて、致命傷の判別もままならない状態だったようですが……。何か、凶器が包丁しか考えられないという痕跡は見つかったのでしょうか?」

 

 レナードはついついとモノヴォルファイルを操作し、内容を確認しながら発言する。赤柳は眉を顰めて彼の様子を窺った。

 

「他に可能性のある道具は、施設内にないはずだが?」

「どうでしょう? では、他の皆さんの個室は? もちろん全て調査済みなんですよね」

「そこまでは調べ切れてないと思うわよ。だって前回も前々回も、誰もそこまで踏み込んでいないでしょう」

「でも、青錆ちゃんのとこにあるやつが、一番持ち出しやすい刃物だよね。だったらそれを疑うのが当然なんじゃないの?」

「他にも可能性はありますよね。倉庫の道具も、赤柳氏が管理して下さっていたそうですが……。そもそも事件当時、貴殿は昏睡状態だったはずです。事件前後の物品の違和感について、正確に判別出来たとは思えません。それに、深夜に持ち出し、夜明け前に綺麗に洗って元に戻すというのは、特に不可能ではないのでは?」

「いや、事件発覚のタイミングを考えると、それは無いと言える。倉庫は寄宿舎。人通りが多い廊下に面している……。誰の目にも留まらずに凶器を持ち出し、戻すのは無理だ」

 

 赤柳の反論に、章平も頷く。短い捜査ではあったが、調べた限りの証拠と状況を考えても、倉庫にあった道具でことを為すのは限りなく難しいだろう。

 レナードはまたふむ、と頷いた。

 

「……なるほど。確かに位置的な問題で、現実的ではありませんね。ですが……ああいうふうに肉を切ったり裂いたりする道具は、別に刃物でなくても可能ですよ。凶器が刃物であると名言されてない以上、その判断も出来ない傷口だったのでしょう? 録音で事件が発覚したのであれば、それこそ発見のタイミングは犯人自身が調整出来たはず。つまり、犯行に使う時間は一晩中かけられたはずですからね」

 

 章平ですら、城主の主張は理に適っていると感じた。凶器の特定が出来ていないのは本当のことだし、モノヴォルファイルでも断言されていない。生徒たちも、どちらの意見を切り捨てるか迷っているようだった。靴職人が思わず名探偵を見つめる。

 

「うーん……。確かにそうかも……。どうお? 赤柳ちゃん」

「…………その、通りだ」

「あれ」

「またダメだったかー……」

「……反論が出来ないのであれば、この説も確定ではないということですね。次の問題を考えてみましょう」

 

 それ以上言い返せないのであれば、これも決定打になることはなかった。章平の頭に、いつでも引き出せるよう並べられた捜査で得た証拠たちの中に、やはり突きつけられるようなものは見当たらない。

 そうしてまた、容疑者が新たな議題を提示するのを一同は待った。

 

「では次は――……そうですね、伊海田氏は眠っておられたそうですが……。その原因も、吾輩のせいということになりますか? であれば、どのような方法で吾輩は彼を眠らせたのでしょう?」

「それはさっき指摘してたことじゃない? ティーカップに残っていた粉末……。これ、眠っちゃうおくすりなんじゃないかな?」

「そうだ、お茶に混ぜた睡眠薬を、伊海田は知らずに飲んでしまったんだ」

 

 この議題は、揺るぎない証拠がそこにあった。調べたのだから間違いはない。不審な粉末の成分こそ確認することは出来なかったものの……彼らの話では、紅茶を注いだだけのはずである。底に残るような粉は存在しないはずなのだ。星永が確認するように言うのを、赤柳がしっかりと頷く。

 ……けれども、容疑者はまるで狼狽える様子も無く、ことりと首を傾けるだけだ。

 

「それでしたら、その睡眠薬はどこで手に入れたものでしょう? 保健室のものは手がつけられていませんよね」

「れーちゃんは他にも持っていたでしょう? いつも飲んでたやつだよ」

「あれは世絆さんが使用を禁止してから口にしていません。吾輩がこっそり服用していないか、あれだけ連日確認していらしたのですから、貴殿が一番ご存知でしょう? 吾輩が昨夜服用したものは、貴殿が処方してくださったものですよ」

「なら、それを青くんは自分で飲むふりをして、漁師くんに飲ませたってことなのかな?」

「いいえ。吾輩があの時睡眠薬を摂取したのは、他でもない伊海田氏が証言なさってくださいますよね?」

「あ、ああ……。二人で紅茶飲んで……。あの時確かに、青錆は薬飲んでたぜぃ。間違いねぇよぃ……!」

 

 間近で確認した彼が言うのであれば、まず間違いはないだろう。このコロシアイのルール上、彼に城主の罪を庇うメリットは皆無だ。そうでなくても、この漁師がすすんで嘘をつくことなどそうそう無い。

 

「……ならカップに残っていた粉末はなんだ」

「知りません。吾輩、いつも錠剤で飲んでいますもの。粉薬も持っていませんし、自分の薬を勝手に砕いて服用したりしませんよ。薬効が変化してしまうおそれがありますからね」

「なら、あの粉末は……」

「真犯人が、青錆ちゃんに疑惑を向けるために、細工したってこと?」

「おそらくは、そうでしょうね。吾輩の立場ではそうとしか考えられません」

 

 困惑したように頬に手を添えて、レナードはそう主張した。あれが、細工……。確かに、捜査時間中にカップに粉末をまぶすことは、あそこで二人が紅茶を楽しんでいた事実を知る人物なら問題なく出来ただろう。なら伊海田は何処で睡眠薬、あるいはそれに近しいものを摂取したのか? 疑わしいことは事実だが、やはり容疑者を追い詰めるまでの決定的な証拠には……成り得ないようだ。

 

 

 

 

「それでは、次のお話は……」

「……もういい」

 

 容疑者がまた話題を提示しようとしたところで、静かに止める声が響いた。驚いて章平は彼の方を見る。珍しく項垂れているような彼は、申し訳なさそうに肩を落として城主を見つめた。

 

「もういい……。お前に犯行が不可能だということは、十分よく分かった……。時間を取って悪かった。また、初めから考え直そう……」

「……あれ? もう終わり? 他にも追及できるものはあると思うのですが……。もしや、それらも思い付かないってことですか?」

「あいつ、自分で何言ってんの?」

 

 拍子抜けしたように首を傾げる青錆の言葉に、白雪がやれやれとため息を吐く。依然として様子がおかしい彼は、なんだかこの議論を楽しんでいるようにさえ見える。

 しかし、……探偵が降参した、ということは。これ以上議論の余地が無い、ということである。この城主の不審点は拭えずとも、彼が犯人であるという追及は、章平ですらこれ以上は不可能だろうと思えた。

 

「でも……赤柳ちゃん、もう青錆ちゃんの怪しいところは無いって、そういうことなんでしょ……? だって全部、証拠としては不十分だもんね」

「そういうことになる……。だから、すまない。また一から前提を考え直して――……」

「……うん、でももういいか。十分楽しかったので、そろそろ終わりにしましょう」

「え? 終わり……って?」

 

 困惑する生徒たちをよそに、彼はふうと肩を落として満足そうに口角を上げた。

 そして………………。

 

 

 

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

「ええ、はい。そうです。僕です。僕がやりました」

 

 

 

 

 

 

 実に、あっさりと。

 そう言ったのだった。

 

 

 

 

「……………………は?」

「いろいろこじつけて遊んでみましたけれど、赤柳氏の大体の推理は合っていますよ。貴殿の敗因は、決定打に欠けていて、こじつけられてしまう余地があったというだけです。でも、十分楽しかったので、もういいですよ。皆さんも、ありがとうございます。一緒に遊んでくれて」

 

 ぱちぱちと、瞬きをする音が聞こえてくる気がするほどに。生徒たちは忙しなく瞼を動かした。それしか行動が出来なかったのだと言ってもいい。そのくらい――突拍子もない、意味不明な告白だったのだ。

 

「おか……しいだろ。お前が全部、全部それはお前に出来ないって、そう、説明しててよぃ……!」

「あんたの主張は理に叶ってた。それが何? ()()()()ですって?」

「…………うん? あれ? なんで納得出来ないんですか? いま吾輩、きちんと自白したはずなんですけれど……」

 

 ようやく口が聞けるようになった数人が、タチの悪い冗談はよせと言わんばかりに声を荒げる。けれど……当の本人は、心底意外そうな間の抜けた顔をして、ぽかんと口を開けている。

 ……頭がおかしくなりそうだ。章平は今までの議論を振り返ろうとして、しかし同じように混乱する生徒たちの声で思考が止まる。

 

「で、きる……わけ、ねぇだろぃ!? お前……お前、そうだ、熱でおかしくなっちまってんだよぃ!」

「あんた自分でそれは無理だって、ちゃんと説明してたじゃない! それに赤柳も納得して……だから初めから考え直そうって、そう言った矢先に……何!? あんた本当……! ふざけてるのなら良い加減にしなさいよ!!」

 

 伊海田の主張も、白雪の怒りも理解出来た。裁判が始まってからずっと、今の今まで理解出来ないのは……城主の言動、ただそれだけだった。

 混乱する生徒たちをよそに、彼は変わらずマイペースに自分だけの世界で自分だけの理屈で脳を働かせている。

 

「うーん……。どうしようかな。僕としては、もっとやっていたいところなんですけど、議論相手である赤柳氏が降参して決着がついてしまったし……。答えがわかってしまっていては、遊びようがないでしょう? もう終わりのフェーズだと思うんですけど……。あ、そっか! 別に論理を重ねて納得させなくても、信じ込ませてしまえばいいですよね。それなら……じゃあ、佐渡氏」

 

 全くの不意打ち。突然名指しされた章平は、少しの間それが自分の名前だったのだと忘れてしまっていたのかもしれないほど、無反応だった。はっと気が付いて他の誰も"佐渡"ではないと確認した後、おそるおそる自らを指して尋ねる。

 

「……え? ぼ、ぼくかい?」

「はい。最後にいつものやつ、お願いしますね。貴殿が毎度やってた()()()ですよ。僕が犯人であるということを前提にして、これまでの赤柳氏の論理をまとめてください。僕の所業を教えてください。聞かせてください。……まだこの事実を信じられずにいるお馬鹿さんたちに……あなたの口で、()()()()()()()()()()()?」

「う……うん…………」

 

 そう言って。言われるままに、章平は……彼の主張通りに、これまでの議論をまとめはじめた――……。

 

 

 

◇事件概要◇

 

 

 

 今回の事件は、今までと違ってマッチちゃんとヘンゼルちゃんのふたりが殺害されてしまった。犯人の動機はまだよく分からないけれど、とにかくはじめから振り返ってみよう。

 おそらく、犯人の最初のターゲットになったのは漁師くんだったんだ。犯人は、第三者からの呼び出しの手紙を偽装して、漁師くんと二人きりになれるよう誘導した。この時、犯人はあらかじめ用意しておいた睡眠薬かなにかを、漁師くんに飲ませたんだ。この薬の出処は分かっていないけれど……。とにかく、犯人にはそれが用意出来たんだ。

 

 漁師くんを美術室に連れ出した犯人は、そこで睡魔に襲われ倒れた漁師くんをそのまま殺害することにしたんだ。凶器に選んだのはやっぱり、以前から犯人の部屋に保管されていた厨房の包丁だったんだと思う。そして、今まさに漁師くんに刃を突き立てようとしたところへ、運悪くマッチちゃんとヘンゼルちゃんが鉢合わせてしまったんだ。

 ふたりは、何かのイベント計画を立てていたみたいだけど……それはきっと、以前ずきんちゃんが提案した、マッチちゃんのまぼろしを見る会の計画だったんじゃないかな? 人気の無い場所で、こっそりふたりで打ち合わせをしようとしたところで、現場に居合わせてしまったのかもしれないね。

 

 犯人は眠っている漁師くんをひとまず放っておいて、犯行計画の邪魔になる目撃者のふたりを始末したんだ。そして……たぶん、ふたりを殺した後も、漁師くんを殺すことは諦めていなかったんだと思う。今まさに漁師くんをも手に掛けようとしたところで、モノヴォルから制止されてしまったんだ。そう、あのルール追加のアナウンスだよ。そこで犯人はやむを得ず計画を急遽変更することにしたんだよ。美術室に一緒に行ったことは漁師くんに証言されてしまう……。だから、犯人はあたかも自分も被害者の一人であるかのように偽装したんだ。そう……自分で自分の身体を、その手の包丁で刺して……。普通のひとだったら、死なない程度の重傷なんて調節出来ないかもしれないけど……とにかく、犯人には可能だったみたいだ。

 そうして犯人は現場から離れ、あたかも襲われ逃げてきた被害者を装ったんだ。

 

 現場から十分に離れたところで、犯人はヘンゼルちゃんたちを捜していたぼくたちに遺体を発見させるため、あらかじめ用意しておいた録音機とリモコンで、被害者ふたりを襲った時の音声を再生したんだ。そう、今まさに惨劇が起こったかのように見せかけてね。そうして犯行時刻も偽装した犯人は、そのまま被害者を装ってありすの部屋を訪ねたんだ。血塗れの犯人を見つけたありすとずきんちゃんは、まんまと犯人の策略に嵌ってしまって……犯人のことを全く疑えなくなってしまったんだ。

 

 

 この事件の犯人……。重傷を負いつつも生き延びて、アリバイもなく、一連の犯行が可能だった人物……。

 

【挿絵表示】

 

 それは……本当にきみなの? 青くん……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 全てのまとめが終わり、章平はほうと息をつく。名指しされた犯人は、微笑みながら控えめに拍手をするように、小さくぱたぱたと手を動かす。

 

「大まかには合っていますね。さすがです。ひとつ訂正するとすれば……吾輩を美術室に呼び出したのは、火燈氏ですよ」

「君の捏造なんかじゃなくて?」

「今、僕が嘘を吐く理由はないでしょう」

「だからって、なんでそんなことが分かるの……」

「筆跡です。手紙の字の癖を見れば、どの方が書いたものなのか判別出来ますよね。まあ……話を聞く前に事をすすめてしまったので、結局、彼女たちの目的がなんだったのかまでは、吾輩も分からないのですけど」

「じゃあ、青くんは……。全て分かっていて、最初から三人を殺すつもりだったってことかい?」

「ええ。そうです。直近の自分の体力的には、一日三人が限度かなと。まあそれも、止められてしまったのですけど……」

 

 犯行を暴かれたというのに、動揺も、悪びれもせず。むしろ誇らしげなすっきりとした表情で、彼は柔和な笑みを作ってみせた。……けれども、他の生徒たちの反応は、彼の様子とは真反対だ。語り手の章平を見つめる瞳を揺らして、動揺がまるで隠せていない。真相を暴かれた犯人以外の生徒たちは、誰もが冷静ではなかった。

 

「……嘘だよ。無理がありすぎるよ、この推理……」

「あたしも同感。今までのをまとめても、荒唐無稽な芸当としか思えない……」

「信じ、られねぇ……! こんなの、信じらんねぇよぃ……!」

 

 生徒たちは、目の前の殺人鬼をまだ自分たちの仲間だと信じている様子だった。……それも、無理はない。だって、章平だって分かっている。これまでの皆も……確かに罪を犯したとはいえ、それぞれがそれぞれの事情を抱えていたのだ。彼らの最期は、人間らしい感情で行動した結果の末路だった。けれど、目の前の彼はどうだろう? 彼の動機は、何一つ予想を立てられず判らず終いだった。この後、彼の話を聞けばそれも分かるのだろうか?

 章平がそうして彼の動機について考えていれば、わなわなと頭を抱える腕を震わせて、縋るように伊海田が叫んだ。

 

「なあ、冗談なんだろ? タチの悪い悪戯なんだろ? 笑えねえ、笑えねえよ! なんも面白くねぇからよぃ! 良い加減……ほんとのこと言ってくれ、青錆!」

「あれれ。佐渡氏の才能でもまだダメなんです? 意外だなあ……。僕ってそんなに人望あったんですねぇ。嬉しいです!」

 

 訴えかけるようにそう叫んだところで。殺人鬼にその心は届かなかった。

 ――もう、言葉も、通じない。

 今までの彼だったらきっと、自分のしでかしたことを悔いて、恥じて、呪ったはずだ。そう、けれどそれはただの憶測でしかなかった。この城主のことを、生徒たちは何一つ理解出来ていなかったのだ。

 

「あと、皆さん吾輩の反論の方が理に叶っていると仰っていますが、()()()()()()()()()()()。考えてみてください。赤柳氏の主張だって、どれもこれも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「……どういうこと?」

「君は、既製品を遠隔操作出来るリモコンを作れるって? そう言うの?」

「はい、出来ます。プログラムを書き換えて自分好みに組み換えれば容易い事ですよ。ネットワークは使えませんが、だって吾輩、部屋にコンピューターがあるんですもの。まあ、プログラムを使わなくても……バラした時に配列は確認出来るでしょう? そこから同じ周波数を計算して、別で作り直せばいいだけですから」

「致命傷ギリギリのダメージを計算して、出血量を調整して……痛覚を抑えながら大怪我を創れるの?」

「ええ、出来ます。医学書や解剖学の本も、たくさん読んできたので。それに、扱うのは僕自身の身体でしたから、どこまでがセーフでどこからがアウトなのかは、明確に分かりましたよ」

「睡眠薬なんて何処から調達したの? 君の部屋には抑制剤はあっても、昏睡状態に陥らせるほどのものは無かったよね。まさかそれらを配合して作れるって言うの?」

「もちろん出来ます。あれらの特性と成分を把握していれば、人体でどんな反応を起こすのか明確に分かりますよ。ほら、おくすりって飲み合わせ次第で毒にも変化するって、世絆氏はよくご存知でしょう?」

「移動の謎は? どうやって誰にも会わずにあんな長距離移動したの? それも血塗れで、血痕ひとつ残さずに!」

「簡単です。上から下に移動するだけなら、階段はショートカット出来ますし、だだっ広い空間なんてほとんどない屋内ですから、死角だってごろごろありますよ。流血だなんて、傷を創る位置や角度次第でいくらでもコントロール出来ますしね。……まあ、これに関しては、適当なところに証拠として、つけておいた方が良かったみたいですけどね」

 

 章平は思わず耳を疑った。つい先程、証拠不十分で、現実的には不可能だと言う論理で、彼は違うと考え直した全ての問いを、彼は「出来ます」の一言で済ませてしまった。

 

「あ……あり得ない……! あり得ないわ、そんなの……! どんなに頭が良くったって、そんなこと不可能だわ……! 人間の能力じゃない!」

 

 白雪が驚きのあまり、後退って声を張り上げる。章平は目を擦って、再びレナードを見つめた。けれども、変わらずそこにいる()は、姿かたちを変えたりしない。

 

「まあ、信じたくなくても、他の可能性について議論していないので……。皆さんが選ぶ答えはひとつだけですよ。ああ、安心してくださいね、それが正答なので。……だって、そうでないのなら……僕が自白する理由、無くないですか?」

「それが正しかったとして、本当のことだったとしても……! お前がこうして、自白する理由そのものが無えだろぃ! だって、だってお前、バレなきゃここから出れるんだろぃ!? オレたち置いて、さっさと、ひとりで逃げれたのに……」

「俺たちが正解したら、君、これから死ぬんだよ?」

「知ってますよ、そんなこと。改めて説明されなくても、ルール通りじゃないですか」

「だからっ……そこに理由が見出せなくて気持ち悪いのよ! 普通、綿貫みたいに……死にたくないって、そう言うのが普通でしょ!? あんたほんとに人間なの!?」

「だから、人間じゃなかったんですって。はじめから言っていましたでしょう? ()()()()()()()()()()()()()()()。これが全ての真実です」

 

 きっぱりと、はっきりと。彼はそう言い切った。章平は混乱する頭をどうにか整理して、答えを……導き出した通りの犯人が犯人であると納得するのに、精一杯だった。それ以外のことなど、ほとんど何も……考えることも出来ずに――。

 

「……えー、まあ、はい。議論の決着がついたようですから、投票に移りましょうかね」

 

 議論の流れを静観していたモノヴォルが、決着がついたと判断してすっくと立ち上がる。そして、すぐに手元のパネルが投票画面に切り替わった。

 章平は、促されるまま、素直に犯人のパネルを押すしかなかった。それ以外に導き出せた答えなど、存在しなかった。だから――章平だけでなく他の生徒たちも――不服なまま、納得が出来ないままに、()()()()を指名するしかなかった。

 投票が終わり、結果が掲示されても。章平はまだ、その真実を飲み込めずにいた。結果は、満場一致の「レナード」。そしてそれは正解であったようで、すぐにいつもの祝賀演出が開始された。犯行を暴かれた犯人は、にこやかに、満足そうに。まるで素晴らしい演劇を目にした後のような表情で、心の赴くままに拍手をしていた。

 何も理解出来なかった。何一つ分からなかった。ただただ、散らかり落ちる紙吹雪と流れるファンファーレが、この答えが真実であることを示していた……。

 

 三度目の学級裁判は、こうして幕を閉じた。

 

 

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