カタリロンパ   作:カタリベガタリ

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今章は、ショッキングな表現を多分に含みます。
苦手な方はご注意ください。




6

 

 

 鳴り響くファンファーレと紙吹雪、そして何より頭上のモニター画面。これらが信じがたい真実を変わらず提示していた。幾ら待っても、その画面の表示が変わることはない。理解困難な現実が、ただそこにあるだけだった。

 

「なんであんな殺し方をした?」

 

 ファンファーレが鳴りやんでも。一同は絶句して言葉を発することがなかった。そんな沈黙の中で、ひとり。煮え繰り返る怒りを押し殺したような声色を響かせたのは、章平が尊敬してやまない笛吹き男だった。彼は努めて平静を保ちながら――しかし今にも復讐に飛び出すのではないかという眼差しで――この場で唯一、にこやかに微笑む()()に問い掛けた。

 殺人鬼は、悩む素振りさえ見せずに即答した。

 

「好きだからです。おふたりとも、親切で、やさしくて、大好きだから……あ、おふたりだけじゃなくて、もちろん皆さんのこともすごく好きです。好き……大好き……大好き! 皆さん全員、愛しています! 同じように愛したいなって、もちろん今もそう思ってますよ。でも、ふたりまでしかダメだって、釘を刺されてしまったので……。ほんとうはね、ほんとうは……ひとりずつ、ていねいにていねいに、じっくりやりたかったのですけど……」

 

 うっとりと、恍惚とした表情で……。まるで、本当に愛の告白でもするかのように。けれども――この殺人鬼の()()()は、まるで常軌を逸していた。章平は一瞬、言葉の通りの意味しか理解出来なかったのだが、ゆっくり咀嚼して、ようやく……()()が彼にとって、猟奇的な行為に相当することに気が付いた。

 そう、白うさぎでさえ、この異常性は理解出来た。

 

「……あいつらの内臓はどうした」

「おいしかったです!」

 

 ぱあっと顔を明るくさせて、彼は朗らかにそう言ってのけた。生徒たちが表情を強張らせたのがわかった。章平も同じように筋肉を動かしたので、きっと彼らと同じ顔をしているだろうことは察せられた。周囲の様子が険しいことを察して、彼ははっとしたように口に手を当ててから、いつものように体を縮こませて俯く。

 

「……あ、ご、ごめんなさい、つまみ食いして……」

 

 それは理解するのに時間を要するほどの、見当違いな謝罪の言葉だった。目の前にいる()()が、今まで見てきた記憶の中の()と同一の存在であると……章平は思えなくなってきていた。

 彼は、すぐに話題を切り替える。しゃらと音を立ててピアスが揺れた。

 

「でも、僕、びっくりしちゃいました。父や母は、食べ慣れた林檎の味がしたんですけど、おふたりはお菓子の……そうそう、苺のレアチーズケーキ! あれの味がして……ピーチタルトと同じ味です! ほんとにレモンキャンディみたいに、すっごく甘くて、とってもおいしい……。やっぱり、やさしい人たちは中身もお菓子みたいなんですね! 」

「…………お前の動機は、食人だと?」

「あ……。ごめんなさい……。ち、違うんです……。甘そうで、おいしそうで、つい……。ほんとは、そんなつもり無くって……だから、えっと……そう、僕の目的……ですよね。ちょっと待って……」

 

 ようやく絞り出した赤柳の質問に、またはっとして縮こまってから。彼はゴソゴソと懐をまさぐって、目当てのものを手にする。モノヴォルファイル――事件概要が記載されたそれを起動して、それから――……。

 ()()()()()()()()()()()()()()()

 

()()()()()()()()()()?」

 

 そう言って殺人鬼は、優しい微笑みを有子に向ける。肝心の有子はぽかんとした表情で彼を見つめた。城主はふふと嬉しそうに、幸せそうに口に手を当てまた笑う。彼は注目を集めるように、画面をやさしくとんとんとまた叩いて。

 

「ねえ見て。有子さん」

 

 それはまるで、恋人にプレゼントを渡すような。

 

()()()()()()()()()?」

 

 甘い言葉を囁くような、柔らかく温かい声で。恍惚とした表情を浮かべ、彼は有子にそう語り掛けた。有子は何も言わない。ただただぽかんと犯人を見つめるだけだ。彼女は何も理解していない様子だった。それも無理はない。章平だって、理解出来なかった。何故彼がこんなことをしたのか、そんな台詞を吐くのか。……何も。

 そう、だって――……彼はいつも、"それ"を目の当たりにすれば、具合を悪くして、逃げるように――。

 

「え? な、なんで……? だって青錆、お前……血とか、そーゆーの、苦手なんじゃぃ……?」

()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ――そう、思っていたのは。どうやら()()()だったらしい。

 

「むしろ、ぜんぜんはんたい。大好きです! ああ食べたいなあ、舐めたいなあって……ずぅっと思ってて……。茨木氏も美味しそうでした! 猫塚氏も綺麗でした! ……でもほら、それって()()()()()()()()()()()()? だから、すっごく……我慢してたんです。……でも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!」

 

 嬉しそうに、幸せそうに。爽やかな笑顔のその口から飛び出す単語は、そんな表情で言わないものばかりだった。誰も、何も言わない。何も言えない。それもそうだ。混乱を解くために質問して、その返ってきた回答はまた、混乱を招くものなのだから。

 

「僕……()()()、こんなことだって出来るんです……」

 

 ふわふわと。夢うつつなまま、彼はゆらりと懐から手を出す。そこには……包丁。ずっと彼の部屋にあったままの凶器が、いままさに、そこに存在していた。生徒たちはどよめきと悲鳴をあげる。事件発覚前の放送を思い出したからだ。

 

◇◇

 

 ――繰り返します。一人のクロが殺せる人数は、二人までです。三人目を手に掛けた時点で、該当者はお仕置き致しますので……ちょっと! だからダメだって言ってるでしょうが! アナタ! アナタに言ってるんですよ!? 待ちなさい! 二人までだって! 皆殺し編なんて認めませんからね!? あっごほん、失礼。以上です。それでは皆さま、引き続き学園生活を……コラー!! だから待っブツッ

 

◇◇

 

 そう。モノヴォルが()()()()()()()()()()()殺人鬼。それが――"レナード・フォン・シュヴァネンブルグ"なのである。

 

 けれども彼は生徒たちの不安とは裏腹に、その狂気を自身に向けて。手首を切り裂く。白い包帯が巻かれたそこに、ぷつりと赤が弾け飛んだ。流れるそれを、恍惚として舐めとる。それは、章平たちの理解の範疇を軽く逸した……猟奇行動。

 

「……はむ、ちゅ……。……んん、はぁっ……。やっぱり、僕も甘い……。なんでだろ? 皆さんと一緒に居たからかな? 環境で味って変わるのかも? でも全部ずっと、僕の好きな味しかしない……。苺のレアチーズケーキだ。とってもふしぎ……」

 

 にこにこと、微笑みを絶やさない。はじまりからずっと上機嫌な彼は、今までにないほど笑顔を浮かべている。まるで痛みなどそこに無いかのように、大きく裂いたその左腕からぽたぽたと赤が滴り落ちた。血溜まりが少しずつ、少しずつ広がっていく。じわじわと床が、赤に――染まっていく。

 それを見て章平たちが絶句する中……。ひとり、壇上でやれやれと呆れた声を漏らすのは、監督者の狐。

 

「あーあー……。やっぱり汚しましたね。どうするんです? いやですよ、ワタクシ。ここのお掃除までやってらんないですからね」

「別に良いじゃありませんか? だってもう、今後使うことなんてないでしょう?」

「……使うことないって、どういう意味……」

「そのままの意味ですよ」

 

 やれやれと肩をすくめる狐にも幸せそうな表情をして見せるレナード。その言葉の意味が不明瞭で、思わず菊音が怪訝な顔をした。優しい微笑みをそのままに、彼はすぐさま生徒たちに顔を向ける。

 

「親切などなたかが、ずっと黙っていてくださったみたいなんですけどね。ふふ、ふふ……っ。でももう、そんな隠し事は要りませんよね。だって、皆さん、()()()()()()()()()()()()()? 大好きな皆さんには、僕の"秘密"、知っていて欲しいです!」

 

 くすくすと笑いながら、まるで、愛の告白でもするかのように。甘い夢に、幸せな未来にとろけるような表情で……彼は、うっとりと言葉を紡いだ。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ()()()()()、彼の様子とあまりにも乖離していた。

 

「肉を裂く時の音と感触が好きです。生きている内臓の動きを観察するのが好きです。それがどんどん弱くなっていくのを眺めながら、数を数えるのが好きです。傷口から溢れる体液の香りが好きです。その温度も、粘度も、感触も、味も、色味も、ぜんぶ……! 全部残らず、口に入れたい、飲み干したい、味わいたい……! そのくらい、大好きです……! 大切な皆さんの、大好きな皆さんの、生命を司る血液の……そんな中身を一身に! 浴びたいんです!!」

 

 章平は自然と眉間に力が入るのが分かった。他の皆も同じだろう。何故なら、彼の告白はあまりにも異常で、猟奇的で、冒涜的だった。彼が好きだと言ったその内容の全てが、人間社会では到底許されざる禁忌であるということは、章平も当然のように認知していた。

 

「あんた本当に……そんなことで、女の子二人も殺して……!」

「"()()()()()"? ……ああ。そっか、……ふふ」

「何よ……」

「いえ、別に? どうせもう皆さんには、関係のないことですから」

 

 またくすくすと愉快そうに笑い出した犯人に、白雪は顔を顰めた。その言葉の意味を理解出来なかったからだ。

 けれども、彼は平然と。先程から同じことを言っていた。それは、まるで――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()物言いだ。

 

「どういうこと?」

「どういうって……。だから、さっき言ったでしょう? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。皆さん生きて外に出られるんですよ! これまでの"悪役(ヴィラン)"の条件にも全て当て嵌りますから。おめでとうございます。これで皆さん、晴れて自由の身ですよ」

「は…………?」

 

 突然の告白に、章平はもちろん、その場の誰も着いて行けていなかった。"悪役(ヴィラン)"――そう、コロシアイ終了の、ふたつのうちひとつの条件。"それ"を排除すれば、直ちにコロシアイは終わる。だが……その、"悪役(ヴィラン)"、というのは。

 生徒たちが声を出せないでいるのも構わず、彼は嬉しそうにまた、言葉を紡いだ。

 

()()()。僕は()()()()()()()()()()()()。それも、()()()()()()()()()()2()0()()()()。それから明確に()()()()()()()()()()()()。今までの全ての条件に綺麗に当て嵌ります。なんで今まで黙っていたのかなんて、聞かないでくださいね? 僕は生に執着なんてありませんから、さっさと、……そう、何度も何度も終わらせようとしました。けれど、それを全て止めたのは、止めてくださっていたのは、他でもない皆さんですから。やさしいやさしい皆さんですから。どうか、そこまで怒らないでくださいね。……やさしくて善良な皆さんが、僕のこの秘密を知ってしまったらきっと、きっと……。もう、今までのようにはいられないんだって、またあの耐え難い孤独にぶち込まれるんだって、そう思ったら、言えなかったんです……。ひとりぼっちの時は全然、なんにも気にならなかったのに。温もりを知ってしまったら、もう戻れないんですよ。分かりますか? きっと猫塚氏も同じ気持ちだったんですよ、僕には分かります。だから……だから、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、僕、とっても嬉しかったんです!」

 

 まるできらきらと、まばゆい光に包まれているように。顔の横で両手をきゅっと握って、上機嫌にまた彼は微笑みを浮かべた。生徒たちをひとりひとり見回して……けれど彼のその瞳は、一切、誰も。その場にいる誰一人として、写し込んでいないように思えた。

 信じられない事実を振り切るように、否定するように、ゆっくりと漁師は首を振って、静かに彼へ手を伸ばした。

 

「あお、さび……」

「伊海田氏。僕に、いっとうやさしくしてくださって、ほんとうにありがとうございます。大好きです。あなたのことを、いの一番に愛したかったな……。あのね、僕ね、本当の本当に……この数週間、人生で一番幸せでした。僕なんかのことを本気で案じてくださるお友達が、こんなにいて……。今までで一番、なんでも出来て、誰も……。誰も、僕を縛らない。なんて……なんて自由でのびのび出来る時間だったんでしょう! なんで今まで気付かなかったんでしょう! ここでなら、僕……何でも出来るのに……。何も我慢することなんて無かったのに、気付くのが遅かったんです……。ふふ、ははっ……あはは! ねえ、ねえ、ねえ。素敵でしょう? 綺麗でしょう? 可愛いでしょう? 愛おしいでしょう? 良く見て、ねえ。もっと良く見てくださいよ! ――ねえ? ()()()()

 

 そこで、くるりと。突然向きを変えたかと思うと、彼は有子を真っ直ぐ捉えてファイルを手に持つ。遺体の写真が、そこにあった。自分が言う通りよおくよおく見えるようにご丁寧にまた拡大操作して、改めてずずいと近付ける。無論、体液と臓物が溢れる死体写真である。年頃の女子に、クラスメイトに、――まして、大切な友人に。嬉々として見せるものでは決してない。彼の行動全てがおかしなことであることを、章平ですら分かっていた。

 

「黙れ青錆」

「……何故ですか? もしかして、引かれてます? なんでですか?」

「見て分からない? 彼女も誰も。きみの罪を喜んではいないよ」

「青錆ちゃんさあ。いくらなんでも、国中ちゃんはそれ、受け取らないんじゃないかなぁ」

「どうしてですか? だってこんなに綺麗で、愛らしいのに……」

「うん……本気で分からないなら教えてあげるね。それ、許されない行為なんだよ。嫌悪される行為なんだよ」

 

 赤柳の大層怒りを込めた冷静な制止の声に続き、星永や加連も、その嫌悪を隠さずに間違いを指摘した。けれど――彼は、その嗜める言葉に、不服そうに首を揺らした。

 

Na und?(だから何?) 僕に倫理を語らないでくださいよ、無駄なので……。もう……! 貴殿らには聞いていません……。聞いていませんとも。これは僕が特別に、あなたのために用意したものですよ、ね、有子さん。よく見て……ほら、この赤色を、滴る朱を、濡れた紅を……」

「黙れと言っているだろう青錆」

「……赤柳氏まで、何故意地悪をするんです? 邪魔をしないでください」

「……青くん」

 

 見つめ合う二人の間に、章平は腕を伸ばして遮る。有子もレナードも、視線を章平に移した。

 

「ぼくのありすを、いじめないでおくれよ」

「ショウくん……」

「…………」

 

 静かに後ろで有子が呟く。そうだ、こんなのは間違っている。おかしい。章平は、幼馴染を守らねばならなかった。彼女が目の前の殺人鬼と、まるで同類であるかのような物言いをするのを……「それは違う」と、否定して責めなければならなかった。何故なら、この幼馴染がやさしく善良であることを、他でもない、章平が一番よく知っているのだ。だから、こうして遮って前へ出て――……。

 

「"()()()()()()"?」

 

 レナードは章平の言葉を復唱する。その声は先程まで有子に語り掛けていた声色とは全く別のもので、言い様のない淀んだ感情が混ざっていた。

 章平には分からなかったが、その場にいた赤柳たちにはその感情が何なのか分かった。分かってしまった。

 レナードはハッと鼻を鳴らして首を揺らす。揺れた髪の隙間から、ピアスがしゃらりと小さな音を立てて振れた。

 

「貴殿は有子さんの何なのです?」

「なに、って……?」

「佐渡氏は有子さんの幼馴染であり友人ですよね。そう、友人だ。友人に過ぎない。そうですよね? 貴方がたは幼少期から一緒に時を過ごしていただけの腐れ縁に過ぎませんよね? "ぼくのありす"? はっ、笑わせないでください佐渡氏。有子さんは貴殿の所有物ではないでしょう」

「青くん……」

 

 それは、"怒り"だ。湧き出る憤怒だ。けれど、章平には……彼がどうしてそんなに怒るのかわからなかった。

 

「貴殿に何の権限があって口を出すんです? 貴殿は何故我が物顔のその言葉で、有子さんを縛り付けるのです? 貴殿がそこまで彼女に執着するのなら、貴殿らは友人以上の何かなのですか? 違うでしょう。佐渡氏は有子さんの優しさにあぐらをかいていただけ。それが当然の関係だと思っている。しかしね佐渡氏、それは違いますよ。貴殿らの関係は歪です。何を思い何をしようが個人の自由。そうでしょう? だというのに、それを縛り付けるだなんて、それはもはや、友人とすら呼べるものでは……」

「レイくん」

「何ですか有子さん。感想をくださいますか? 聞かせてください。あなたの心を僕に語ってください。あなたの話を紡いでください。僕の……」

「やめて」

「…………」

「ショウくんをいじめないで」

 

 肩に手を置かれ、後ろを見やる。幼馴染の、きりりとした表情がそこにあった。きゅっと握る手は微かに震えていて、ああ、彼女もまた、守るために勇気を出したのだと思って、章平は同じことに嬉しさを感じた。

 

「……あなた、がたは……」

 

 彼は目を開いてそう呟くと、ゆっくり息を吐くように肩を下ろしていく。それは……。

 

「……ああ、……はは…………。そう。……怒っても、くれないんですね…………」

 

 まるで、大切な人に裏切られたかのような反応だった。

 

 

 

 

 

 

「……なんかよく分からないけど。国中さんがこんなこと望んでたわけないでしょ。あんた……あんた、ホント、最低。自分の欲を人の責任にするなんて有り得ないわ」

「ほんとうにね。自分のやったことを分かってるのかな? なんのためにみんながこんなに言葉を交わしてきたのか、本当に分かってるのかな」

「分かってないだろ。あいつもう頭おかしくなってんだよ」

 

 きっと眉を吊り上げて、白雪姫は激しく非難の声を浴びせる。他の生徒たちもそれに同調して、そうだそうだと厳しい言葉を突きつけて行く。

 殺人鬼は俯いたまま、黙り込んでいた。

 

「なあ、なあ……! オレ……オレはまだ、信じられねぇんだよぃ……。なんで……なんでこんなことしたぃ? なんでこんなことするんだよぃ……。青錆、なあ? 青錆、お前、これ……。こんなのよぃ。自分で、おかしいと思わねぇのかぃ?」

 

 戸惑いを隠せない顔で、今にも泣き出しそうな震える声を漁師が上げた。章平が今まで見た中で、一番情けない彼の姿だったかもしれない。

 そんな声を聞いても、殺人鬼は俯いて喋らない。

 

「あなたは……優しくて、穏やかで、みんなのために一生懸命になれる、そんな……そんな素敵なひとです。そう、ですよね? 私たちずっと、そんなあなたを信じていたのよ。何かすれ違いがあるのなら、もう少し話しましょう?」

「おねえちゃん、そんな……」

「私、まだわからないことがあるんです。みんなもそうでしょう? それを全部聞いてからでも、……やってしまったことは、取り戻せないけれど。でも、まだ、遅くないと思うの……」

 

 それでも殺人鬼は俯いて喋らない。

 

「今更そんな必要ないだろ。こいつがやったことは明確になった。今打ち明けたクソ食らえな理由のどこに、弁明の余地があるんだよ?」

「そりゃ……! だって、絶対……! 絶対、こんなんおかしいだろぃ!? お前らだって分かってるだろ! こんなの何かの間違いじゃなきゃ……じゃなきゃ、絶対っ、おかしいんだよぃ!!」

 

 やはり殺人鬼は俯いて喋らない。

 

「青錆ちゃんはさ、自分のためにどれだけ皆が心を砕いてくれたのか、それをちゃんと理解してるの? その結果がこれなの? ねえ、なんとか言ったらどうなんだよ」

 

 殺人鬼は俯いて喋らない。

 

「……青錆。お前本当に、自分のしたことを分かって……」

 

 殺人鬼は俯いて――……。

 

Scheiße!(くそったれが!!) Nun reißt mir die Geduld!!!( もう限界なんだよッ!!!! ) だっておかしいじゃないですかッ!!!!」

 

 ――鼓膜を劈く怒声を上げた。

 それは、彼の口から始めて聞いた大きさの音だった。だから、生徒たちはしばらく瞬きをして……それが本当に彼の口から飛び出た声だったのだと理解するのに、時間が掛かってしまった。

 

「だから言ったのに! だから言ったのに!! だから言ったのにッ!!!」

「青錆、お前……そんな声量出せたんだな……?」

「俺もびっくりした……」

 

 目をまんまるにして、驚きの感情以外薄れてしまった章平たちに、ようやく彼は顔を上げた。勢い良く動いた髪は、一瞬といえど彼の表情を露わにさせた。それは、それは――。

 ()()()()()()

 

「僕だけが悪役になるんですか!? 僕だけが本当に人殺しだったなんてなんでそんな事言えるんです!? 頭の弱い貴殿らはもうお忘れでしょうけれど? 綿貫氏だって鷺沼氏だって姫ヶ原氏だって、みんな人を殺したではありませんか!! なんで僕だけが責められるんです!? なんでいつも僕だけが責められるんですか!!!」

「……お、落ち着けよぃ、青錆……。お前、お前そんなふうに……」

 

 困惑しながらも、宥めるように声を上げた伊海田の言葉さえすぐに怒声で掻き消える。

 

「いっつもいつもいつもいつも僕ばっかり責められて、先代の罪まで背負わされて!! こんな醜悪な欲望に耐えて、必死に罪を重ねないように飲み込んでいたのに! どうにかしたくて頑張ったのに! どうにもならなくて、生まれてきたことすら呪ったのに! それなのに、なのにあんな簡単に人を殺すだなんて、許せない……! 許せない!! 許せないんですよ!!! もう……もう!! 僕だけ我慢するの割に合わなくないですか!!? だってもうこんなに人が死んでたら今更ひとりやふたり、同じことじゃないですか!!! なんで僕だけ必死に耐えてなきゃいけないんですか!?!!? 僕が一番やりたいことなのに!!! 僕が一番欲してることなのに!!! なんで!!! なんで僕ばっかり!!!」

「うるさい! 勝手なこと言わないで! 人殺したらみんな同罪よ! 綿貫も、猫塚も、姫ヶ原さんもみんなみんな! 全員悪い! でも楽しんでそれをやったあんたはもっと悪い! それだけの話でしょうが!」

Das musst du gerade sagen!( よくもそんなことが言えるな!? ) 楽しんじゃいけないなんておかしいですよ! だってやってることはまるきり同じなのに、どうして心持ちが違うだけで、罪の重さが変わるんですか!? どうせこの先短いのに、どうせ明日にでもすぐ死ぬのに! なんで……っ! なんで僕がこんなに苦しまなきゃいけないんですかッッッ!!!!!」

「…………ねぇ、もう喋んないでよ……」

 

 章平はすぐにでも耳を塞いでしまいたくなっていた。まともに受け止めたら耐えられないくらい、その怒りは激しすぎて……。けれど、絶対に、それを全てシャットアウトするべきではない。彼の言っていることではなく、彼の怒りそのものは、なんとなく……理解出来ることのように感じられた。

 

「僕だってはじめから、勿論分かってましたよ。最速の答えを、最善の答えを。それを、……それを、それすら……! それすら誰も赦してくれなかったのに……! それなのに、それなのにあなた方が僕を非難する権利あるんですか!? ねえ!! だって僕は、僕は最初からその道が良いって、その選択が解決策だって!! そう思って、そう選ぼうとしてたのに! 化け物のこと人間だと思い込んで! 勝手に同じ倫理で測らないでくださいよ!! こっちは自覚があるんだから、何度も何度も何度も何度も!! ほっといてって!! 関わるなって!! 僕は言ったじゃないですかッ!!!」

 

 怒鳴り散らして、当たり散らして、喉が裂けてしまうのではないかと思うほどに叫んで、自分の席を、叩いて、蹴って……。そんな彼の、その姿は――まさに"悪役(ヴィラン)"だった。

 

「ねえ」

 

 不意に響いた酷く落ち着いた声に、章平はハッとして顔を上げる。何の表情も浮かべていない加連だった。彼はそのまま暗い瞳で殺人鬼を見据えて、再び静かに口を開いた。

 

「喋んなって言ったの」

「知ってます。聞こえてますよ。……ですけど、僕のことを黙らせる権利、あなたにありますか? だって僕もう死ぬんです。だったら最期くらい、不平不満を心ゆくまで言わせてくださいよ。あなたたちはそれすら許してくれないんですか? こんな短い時間、これからも生きていられるあなたたちにとって、なんてことない一瞬ではありませんか。その一瞬を譲る価値すら、僕には無いって、そういうことなんですか?」

 

 酷く呆れたように静止を命じても、暴走した殺人鬼は止まらない。早口で捲し立て、情動のままに。言葉を凶器に仕立て上げて、彼は章平たちを糾弾した。

 けれども笛吹き男は凛として、裏切り者にも真っ直ぐに目を向けて立っていた。

 

「お前は最期に自分の欲望を満たしたんだろう。だったら僕たちに、僕たちの貴重な時間をお前に譲る必要は無い」

「…………Erzähl mir doch nichts( ふっざけんなよ…… ). よりによって、あなたが。あなたがそう、言いますか」

 

 赤柳がそう言うと、彼はより一層憎悪の表情を見せて、けれど一転、背筋がぞわりとするくらいに、静かな声で呟いた。章平がぱちと瞬きをすると、彼はまた先程までと同じように声を荒げて捲し立て始める。

 

「僕だって許してませんから。ねえ、だってまだ人殺しはいるんですよ? ねえ、何故ずっと口を閉ざしているんですか? 証拠が無いから? 確証が無いから? そうして野放しにされた殺人犯と僕の何が違うって言うんですか!? 黙ってないでそろそろ何か言ったらどうなんです!? ねえ!! ほら!! さあ!!! 赤柳氏!!! 『()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ()()()()を耳にした瞬間、笛吹き男は目を見開いて、殺人鬼を見つめた。その、色は――章平の、見たことのない。動揺の色を表していた。

 

「あはっ……! あはは!! あっはははは!! やっぱりそうだ! おかしいと思ってたんですよ!!! あなたの一挙一動は、罪悪感のある人のそれだ。罪の意識が無かったらね、そんな風に行動しないんですよ! 正しい人はいつもそうだったから! 僕を叱る人たちはそうだったから!! ()()はみんなそうだったから!!!」

 

 殺人鬼は捻り出したような笑い声を上げる。嘲るようなそれもすぐにまた憤怒の声色に戻っていく。

 二人だけにしか通じない話をしているようで、他の生徒たちは二人の顔を交互にきょろきょろと見比べるだけだ。もちろん章平も同じである。だが……()()()()()()()()()()()()()()は、何なのか容易く想像出来た。それは、……受け入れ難い"告発"だ。

 

「なんでしたっけ? 人殺しはみんな同罪ですっけ? あはは! じゃあなんで彼は許されているんです? 今も平然と()()()()で僕を糾弾するんです? そんな資格あなたにあるんですか? ねえ? というか、茨木氏だって心持ちは同じでしたよね? そもそも動機があるのは彼女の方だというお話をしたじゃないですか。だったら茨木氏だって綿貫氏だって、猫塚氏だって姫ヶ原氏だって! 赤柳氏だってさあ! みんなみんな同じじゃないですか! 同じ罪と言って良いはずですよね!?」

 

 捲し立てる彼の言葉に、誰も彼も口を挟まなかった。いや、挟めないのだ。いま何を言ったところで正答ではない。()()()()は、その通りだからだ。

 だから章平たちは、黙って怒鳴り声を聞き続けるしかなかった。

 

「ねえっ! ほら! 僕と同じ罪を犯した悍ましいひとが、こんなにいるんですよ!! だったらあなた方のやるべきことは、僕を、僕だけを責めることじゃないですよねえ!? 正しい人間のあなた方は、正しい理論で正しい粛清を、裁きを、穢れたやつらに下すべきなんですよねえ!? ほら! ねえ! はぁあ!? 黙ってないで、誰かなんとか言ったらどうなんですかっ!!?!?」

 

 

 

 

 

 

 実に久しぶりに訪れた静寂の中で、肩で息をする彼の呼吸の音だけが響いていた。問い掛けられたところで、それに応える声は無く。ただ沈黙が場を支配する。きっと息が整ったら、まだ溢れて底を尽きない彼の憤怒が章平たちの耳をつんざくことだろう。

 しかしその前に、おそるおそるぽそりと呟く声があった。

 

「れ、レイくん……」

「…………。なんですか、有子さん」

 

 顔色を伺うように努めて穏やかに発した声に、疲弊で息を整えながらも、先程までより随分と静かなトーンで彼は返事をした。彼女を見つめるその瞳は、明らかに不機嫌ではあったものの、章平たちを見る目よりは、だいぶ落ち着いたまなざしだった。

 有子は二、三度静かに息を整えて、勇気を振り絞るように彼に声を掛けた。

 

「ね、ねえ。レイくん……。怒らないで。だって、きみだってちゃんと分かってるはずだよ。きみは化け物なんかじゃないし、きみのこと愛してくれる人だってたくさん、たくさんいるでしょう? いままできみがその人たちから貰ってきた愛情は、あたたかくて、穏やかで、素敵なもののはずだよ。だから、お願い。その人たちのことを、思い出し――」

「……は?」

 

 レナードはその長い髪の隙間から、酷く冷たい、軽蔑の眼差しで有子を見つめた。それは、とてつもない怒り。憎悪と嫌悪と殺意……とても強い感情の瞳だった。しかしそれも一瞬のことで、有子がひるみを見せた次には、眉を下げ、とろんとした目で、彼は微笑んだ。

 

「……あぁ、はは。()()()……。貴殿は、本っ当に……恵まれた方なんですね」

 

 レナードはそれだけ言うと、口を噤んで俯いた。もうその目は隠れてしまって、彼が有子に、本当は何を言いたかったのか、分からなくなってしまった。

 

「……さぁ、もういいでしょう。……貴殿らを裏切った、悍ましい殺人鬼はもう、大人しく処刑されますとも……」

「青くん……」

「良かったですね、皆さん。もうここから出られますよ。良かったですね、祝福します。良かったですね、あなたたちは、いつだって自分の意思で、行きたいところに行けるんですもの。良かったですね、ほんとうに。明るい未来が待っててくれて。よかったですね、生まれた時から明日が見えていて」

 

 口にする言葉は、祝福。けれどもその口調は、まるで凄まじい呪詛のようで。

 誰も、何も。彼にこれ以上の言葉を、掛けられなかった。

 

「……あら? もうよろしいのですか? レナード君。あなたの憎悪ってそんなもんじゃなかったですよね? もうちょっとくらいは、言わしてあげてもいいかなと……ワタクシは思っていたのですけれど……?」

「…………」

「……ああ、はい。さて。ではもうよろしいようなので、ぼちぼちはじめましょうね。こほんこほん。……レディース、エーン、ジェントゥメェン!」

 

 ようやく狐が立ち上がって、いつものスイッチを目の前に出す。それから大袈裟に手を出したところで、もう、最後だと思った彼は……いつもの、くたびれた小さな声で囁き出した。

 

「あぁ……吾輩の愛しのシュヴァン……。心残りは、もはやあなただけです……。あなたと共に逝くことの出来ない吾輩を、どうか赦しておくれ……。シュヴァン……。Ich liebe dich für immer( あなただけを愛しています……  ).」

「今宵、お送りいたしますは、醜い怪物の物語。愛するために人を殺した、青髭の王さまです! どーーーうぞぉーーー!」

「……Du stehst an meiner Seite und hilfst mir immer wieder(  結局あなただけが僕の味方でした  )Mit deiner Hilfe überwinde ich jedes Hindernis(  あなたさえいれば良かったんですね  )Danke, ich liebe dich, Tina( 愛しています、ティナ……  ).」

 

 ぼそぼそと殺人鬼が呟く横で、監督者の狐がぱこんとスイッチを叩けば、画面がぱっと切り替わる。

 

『レナードクンが クロにきまりました。』

『おしおきをかいしします。』

 

 じゃらりと飛んで来た鎖が、また。殺人鬼の首を捕まえる。しかし彼は諦めるでも、泣き喚くふうでもなく。……ただただ、不思議そうに。

 静かにことりと、首を傾げた。

 

「…………Wer ist "Tina"?( "ティナ"って、誰? )

 

 ……ひょっとして、彼はその瞬間。正気を取り戻したのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ぱつんとついた明かりがレナードを照らす。広い広いダンスホールのような……否、劇場の舞台の上。彼はぽつんと一人座っていた。

 

 

【恋するファントムの過ち】

――超高校級の城主 レナードMフォンシュヴァネンブルグ 処刑執行

 

 

 レナードがふらふらと立ち上がる。また具合が悪いようだ。けれども彼の身体などお構い無しに、舞台は続く。ばつんと眩い強い照明が降り注いだかと思えば、右に左に、大勢の人形がわらわらと集まってくる。人形は老若男女、黒髪金髪、白い肌黒い肌黄色い肌……各々がそれぞれ異なる装いと特徴を持つ、武器を持った人間たちだ。

 明らかに害意のある人形の群れにレナードが狼狽えていれば、天井からすとんと落ちてきた刃が床に突き刺さる。彼のすぐ側に刺さったそれは、すらりとした刀身の剣。引き寄せられるように彼がそれを手にすれば、青髭男爵の登場である。

 剣を振る。人形が壊れる。人形からは赤い液体が吹き出した。

 剣を振る。人形が壊れる。レナードは微笑みを零した。

 剣を振る。人形が壊れる。劇場がみるみる赤く染まっていく。

 剣を振る。人形が壊れる。剣を振る。人形が壊れる。剣を振る。人形が壊れる。剣を振る。人形が壊れる。剣を振る。人形が壊れる。剣を振る。人形が壊れる。剣を振る。人形が壊れる。剣を振る。人形が壊れる。剣を振る。人形が壊れる。剣を振る。人形が壊れる。剣を振る。人形が壊れる。剣を振る。人形が壊れる……。

 まるでそれは、ダンスを踊っているような。恍惚とした表情の青髭男爵は、くるくる、くるくる。剣を振って、回して、また回って剣をかえして。心から愉しそうな彼も相まって、優雅なその舞いはもはや芸術の如く、見惚れてしまうものだった。

 彼の舞は止まらない。人形のことなど気にも止めない。彼の足元でぱきりと破片が砕けようと、彼は剣を振るのを止めない。どんな人形も構わず壊す。回って、壊して、回って、壊して……。

 そうしてまた、人形を壊した。それは、雑多な兵士の中ひとり、武器を持たない可憐な少女。ふわりと彼女の髪が舞う。きれいな金色の長い髪……。その色を認識すると、()()()は、目を見開いた。

 ――そう、その時、彼は彼女が誰なのかを理解した。

 

 そうして青髭男爵の舞が止まる。からん、と剣が床に転がった。赤に染まった彼は膝を着いて、金髪の人形を抱える。彼女の顔を確認するように、震える手で頬を撫でた。

 

 「――――」

 

 彼が口を動かしたところで、カメラが引いていく。

 群がる人形の大群で、ふたりの姿は埋もれてしまった…………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇

 

 

 

 

 

 

 

「なーーーーーっはっはっはっは! エクスタシーーーーー!!!!!!! なんて哀れで愚かで滑稽なんでしょうか!! この人、ほんっと頭のネジ飛び過ぎですって!! 情緒がおかしくなった人間って、やっぱり見ていて愉快なんですよねぇえー!!」

 

 処刑が終われば、また自称紳士は酷く下品な笑い声をこだまさせてのたうち暴れる。けれど、それを気にする生徒はもはやこの場にはいない……。章平は視界の端で何人かの生徒ががっくりと膝をついたのを見た。章平も身体から力が抜け切ってしまって、立っているのがやっとだった。自分がどういう感情でいるのか、全く分からなかった。けれども、きっと。これは……絶望だ。

 

「……おい、モノヴォル」

「あっはは……。はあい、何でしょう? 赤柳君」

 

 ばたばたと暴れながら思い切り大笑いを続けていたモノヴォルは、冷静な声に反応して戻ってくる。章平が顔を上げれば、大層不機嫌そうなフルーティストが狐を睨みつけていた。

 

「あの人形はなんだ?」

「はて。あの人形……と申しますと? 様々ございましたからねえ、どれのことを指しているのか分かりませんよ」

「すっとぼけるな」

 

 "あの人形"……と、いうと。ひょっとして、彼が最後の瞬間、抱きとめていた少女の人形のことだろうか。確かに、何故かあの子だけとても良く出来たものだった気がする。まるで、モデルがいるかのような――……。

 

「そう怖いお顔をなさらないでくださいな。どうにも忘れていらっしゃったようなので、思い出させて差し上げた迄ですよ? 最後の最期に最愛の人に巡り合わせて差し上げる……。ワタクシ、慈悲深いジェントゥメェンでございますから、皆様に非難され絶望の中で裁かれるクロの方々には、こうした計らいをして差し上げているだけです」

「姫ヶ原の時もだ。お前は何故、あいつらの大切な人間のことまで知っている?」

「何故ってもちろん、決まっているでしょう? ()()()()()()()()()()()()()。彼、彼女のお口から、直接伺ったお話を記憶していたというだけですよ」

「お前は今、()()()()()()()()()()()()()と言ったばかりだぞ」

「おっとっと……」

 

 赤柳の切り返しに、慌てた様子で監督者は口を押さえた。笛吹き男はまたきっと睨みつける。

 

「本人も覚えていなかった人間のことを、本人の口から聞き出せるはずがないだろう。"秘密"のことだってそうだ。お前、僕たちのことを何処まで調べているんだ」

 

 そうだ、あの少女の人形も、姫ヶ原のときの男性の人形も。きっと彼らのいっとう大切な人がモデルだったのだ。頭では人形だと理解していても……死の間際、ふたりはその大切な存在に手を伸ばさずにいられなかったのだ。けれど――。

 ……そう、それを()()()()()()()()()()()()()()()。"秘密"の件もそうだが、この監督者は徹底的に生徒たちの情報を調べ尽くしている。それは何故か、どのように調査したのか。良い加減、この謎を解明しなければならない。

 

「……おや、おや、おや。赤柳君、珍しく焦っておられますね? ご自身の"秘密"を暴露されてしまいましたもの。それはそれは気が気でありませんよねえ?」

 

 モノヴォルはしかし、大層愉快そうに。笛吹き男の表情をよおく確認するように屈んで覗き込む。章平はその行動の意味も分からなかった。ぬいぐるみの言葉とは違って、赤柳はいつも通り――いや、明らかに不機嫌ではあったのだが――冷静に見えた。彼は面白がる狐から視線を逸らさずに、淡々と返事を促す。

 

「質問に答えろ」

「"ハーメルンの悪夢"……。皆様、ご存知ですか? 笛吹き男の物語を!」

「黙れ、質問にだけ応えろ」

 

 けれども狐は無視して全く別の話を始める。"ハーメルンの笛吹き男"。それは――章平も、章平でなくとも、この場の皆が知っている童話のことだ。

 

「そう、ハーメルンで起きた集団失踪事件。15世紀の大事件、それは御伽噺? いえいえ、実話です。そしてこのお話には続きが出来ました。もう7年ほど前になりますでしょうか? 音楽や話題のニュースなどに精通しておられなければご存知無いでしょうが……。()()()()()()()()()()()()()()()()()

「黙れと言っている」

「そしてそれは、御伽噺に綴られる子供だけじゃあ飽き足らず。大人も子供もざっと数えて130の十倍。彼らはある日突然失踪しました。まだ半数ほどが見つかっておりません……。見つかった半数の遺体の検分によれば、川に身を投げ命を落としたそうですよ。何故そんなことが起こったのか? ここまで聞けば言われずとも分かるはずです! この失踪した1300人の唯一の共通点、それは……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!!」

 

 高らかにそう言い捨てて、沈黙がまたこの場を支配した。それは、驚愕。動揺、疑念、不審……。そんなような感情を、生徒たちは目に宿していた。

 

「あっははは! さぁてさぁて、とんでもないことが発覚してしまいましたねぇ、皆さん? これから一体どうなるのでしょう? どうするのでしょう? ……と、まあここまで散々煽り立てて来たのですけど、ワタクシそろそろ眠気が限界です……。ほんとうに皆さん、こんな時間に事を起こすのがお好きで……ああさておき、学級裁判が深夜まで続いたのは初めてですし、皆さんもお疲れでしょう? 今回は居残り議論なぞせずに、一刻も早くお身体を休ませることをオススメしますよ。ではでは、一足お先に。ぐっない〜」

 

 早口に言いたいことを言い捨てて出て行こうとする監督者に、生徒たちは戸惑いを見せる。

 

「お、おい、なんでだ? コロシアイは終わるんじゃねえのかよぃ?」

 

 だってそうだ。さっきそうなったはずだ。"()"は、自分のことを"悪役(ヴィラン)"だと言っていて、そしていま処刑された――……。それならば、条件を達成したはずなのである。この後は、生き残ったみんなで辛い思い出を分かち合いながらも、自分の未来のために歩き出して行くだけ……。

 だと、思いたかったのに。

 

「え? 何言ってるんです? 終わりませんよ。だって皆様、条件を満たしていないじゃありませんか」

 

 心底意外そうなトーンで、主催者はそう言い捨てた。

 そんなはずはないと、生徒たちは次々に声を上げる。

 

「そんなのルールと違うじゃん。もうこれ以上続けられないよ」

「違うとはどの辺りがでしょう? ワタクシこの瞬間まで、自分が提示したルールを違反した覚えはありませんよ」

「なんで? だっていま……」

「青錆が"悪役(ヴィラン)"だったんでしょ? あいつは死んだ。あんたの手で排除された。だったらもう終わりでしょう」

「……ああ、そうでしたね。そういうことですか」

 

 ははあと納得した様子で、ぬいぐるみは大きな頭を左右に揺らす。それからこつんと、杖を両手で持って床を叩いた。

 

「結論から申し上げますと、()()"()()"()()()()()()()。確かに、レナード君はワタクシの提示した定義に全て当て嵌まりますが……。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。……あの人っていつもそうなんですよね。そういうのだけは早合点しがちで。いやはや、頭が良いのか悪いのか、分かんないですよねぇ」

「なん……だって?」

「青くんは……勝手にそう、思い込んでいたってこと?」

「そういうことになりますねぇ」

「そんな……」

 

 モノヴォルの言葉に、生徒たちは言葉を無くした。彼は、レナードは……自らを"悪役(ヴィラン)"だと主張し、その身の処刑をもってこのコロシアイが終わるのだと……そう、確信しているようだった。城主がいつから自身がそうだと考えていたのかは不明だが、しかし思い返せば"()()()()()()()()"……それが、まさにこのことだったのだということは想像に難くなかった。だからこそ、彼の所業と性質を打ち明けられて納得し、彼を気兼ねなく切り捨てる事を選んだのに――それが、()()

 それが真実であるのなら、確かにこの狐はルールに違反していない。何もおかしいことはない。条件は、まだ達成されていないのだ。そう、つまり……。

 

「じゃあ、あたしたち……まだこんなことを続けなくちゃならないっていうの!?」

「一生ここにいるか……誰かを殺すか……」

「そんなのどっちもやだよう……」

 

 このコロシアイは、まだ、終わらない。そのことを理解して、生徒たちは遂に限界を迎えた。膝から落ちた生徒は増えて、立っている子どもたちも、それが精一杯だった。また二人も仲間を失って、その仇を取って解放されると希望を見せられた後の、失望。それは尋常ではないほどに大きく……ぷっつりと糸が切れたように。子どもたちの精神は――いや、もうとっくの昔に――擦り減りきってしまっていたのだ。

 口々に泣きごとを言い出せば、連なるように止まらなくなってしまう。啜り泣く声すら聞こえてきた。けれど、台の上の狐は意外そうに首を傾ける。

 

「皆様何を仰います? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 主催者による回答に、もはや不安が隠しきれない生徒たちの反応を見て、にいと狐紳士は口角を上げたように見えた。それから息を吐く間もなく、台詞を続け――……。

 

「本人が一番分かっていらっしゃると思いますよ。ねえ? ()()()?」

 

 狐は、かつてないほど狂気を孕んだ声色で、そう言い放ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 モノヴォルが去った後、再び静寂が生徒たちを襲った。動揺を隠せない素直な生徒たちは、おろおろと困惑した表情を見せている。

 すぐに顔を上げた()()()()は、ひどく平静を保ったまま生徒たちを見渡して言った。

 

「先に帰る」

 

 それだけ言って、笛吹き男はひとり。すたすたと歩を進める。エレベーターの入り口の前まで来たところで、白雪姫が思わず叫んだ。

 

「待ちなさいよ! あんた、他になんか言うことあんでしょ!?」

「……無いよ」

 

 彼は呼び止める白雪の声に一瞬だけ静止したが、迷わぬ一歩をそのまま踏み出して行ってしまった。

 誰も……何も、言わなかった。生徒たちは、ただただ、突きつけられた事実にどうすればいいのか分からなくて、戸惑うばかりだった。皆の顔を一目だけ見て、しかし章平は引っ張られるように一歩、足を踏み出す。

 

「……っ、ショウくん!」

 

 幼馴染の、まるで引き留めるような強い響きの声掛けを背に、章平はすぐさま彼を追いかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 エレベーターを降りて、扉を開ける。直線の廊下では先に行った人物も容易に見つけることが出来た。

 

「ま、待って! ふえ――」

 

 いつものように呼び掛けて、そこで言葉を止める。言ってはいけないと、そう思った。けれども彼は、追いかけてきた章平が誰を呼び止めようとしたのかを分かっているようだった。そのままゆっくりと足を止めて、わずかに章平を振り返る。

 

「少なくとも、青錆に何か吹き込んだ人間がこの中に居ると思っている。()()()()()()?」

「え……」

「青錆だけじゃない。茨木も、姫ヶ原も。誰かが僕たちに殺し合いをさせようと唆している」

 

 全く予想だにしない質問に対して言葉を失う章平に、今度は背中越しではなく顔を向けて。赤柳はしっかりと章平の目を見つめた。……いや、彼の中では突然の疑問では無いのだ。ずっと、そう、()()()()()()()()()()()()()――ずっと、考えていたことのようだった。

 

「少なくとも青錆の口振りからするに、あいつが抑え込んでいた澱みに肯定の意を示した人物がいるのは確かだ」

「ぼくが……そうしたって、あんなことを、青くんにさせたって、そう言うの……?」

 

 それはあまりに恐ろしいことで、章平は声が震えていたかもしれない。そんな大変なことを――いわば、この事態の()()を――彼は、自分だと疑いを向けているのか?

 しかし、恐る恐る尋ねたその問いに、彼はすぐに首を振った。

 

「いや。全員にこうして訊ねてみようと思っている。お前にも、他の皆にも、もちろん国中にも。青錆を唆したのはお前かと問い掛けるさ」

「なんでだい? なんでそんなこと……」

「……正直に言えば、僕たちの中にそんな人間がいると疑いたくはない。だが、その事実にはいくつかの根拠がある。よって疑わざるを得ないんだ」

 

 彼は静かにそう言うと、人差し指を差し出す。

 

「ひとつ、確実に言えることは、僕たちの敵はモノヴォルであるということ。奴がコロシアイの主催者であることは明白な事実だ」

 

 次は中指を伸ばして。

 

「ふたつ、モノヴォルはコロシアイの進行を気にかけていること。奴は殺人事件が起こることを望んでいて、僕たちに行動を起こさせようと躍起になっている」

 

 それから薬指も加えて。

 

「みっつ、モノヴォルを操っている人間が確かに存在すること。奴自身はやはりただの機械人形でしかない存在だ。奴を通じて僕たちにアクションを起こしているものが確実に人間だということは、考えずとも明らかだ」

 

 そして最後に、小指も。

 

「よっつ、モノヴォルを操っている人間……黒幕は、僕たちの中の誰かだということ。……今回の件、モノヴォルではない何者かの言葉によって、青錆は行動を起こしたのだということは分かった。しかし、接触した時点で奴が不審に思うことがなかったのであれば、それはこの状況で自然にあいつと会話することが可能な人間、つまり、()()()()()()()()()

 

 言い終えると、名探偵はその手を下ろして肩をすくめる。その表情は――何処か、諦めているような顔にも見えた。

 

「その見極めが僕に出来るかは分からない。おそらく困難だろう。それでも僕は、一人一人に真偽を確かめたいんだ。僕はお前たちを信じていたい。その感情はおかしなことではないはずだ」

 

 それは、切なる願望だった。冷静沈着で、いつでも俯瞰して事件を紐解いてゆく彼のことを、章平は尊敬していた。余計な情に惑わされることなんて、彼は絶対に無いのだろうと――()()()()()()、思っていたのだ。けれど蓋を開けてみればどうだろう? いや、もっと前から気付けるはずだった。彼は冷静を装って、そして犠牲が出たことを悔やんでいた。そうだ、思い返せばちゃんと、彼が心を揺さぶられている時の表情を章平は目撃している。

 

「そんな質問をして……っき、みは、もし、本当に黒幕を見つけて……それで、口封じに殺されちゃったら……。そんなこと、考えないのかい?」

「構わない」

 

 思わず口をついて出た恐ろしい発想も、彼は平然と跳ね除けた。

 

「僕の命ひとつでこの状況が打破出来るのであれば構わない。そうでなくとも、僕の行動によって生じた結果は全て僕に責任がある。僕が僕自身の行動の結果、志半ばで絶命したとして、それは僕の責任だ。納得の上の行動だ」

 

 真っ直ぐと、章平の瞳を正面から見つめる。思えばいつだって、彼は向き合っていた。それは章平に対してだけではない。この場にいる誰とだって、彼は必ず相手の目を射止めるかのように真っ直ぐ。正面から向き合って見つめてくるのだ。その態度が、姿勢が、"僕とお前は対等だ"と言う彼からのメッセージなのだ。

 

「……ぼくじゃ、ないよ……」

「…………」

 

 だから、章平自身も。その真摯な姿勢に向き合わなくてはならないと思った。そのスタンスが、とても立派だと、尊敬出来ることだと感じていて、自身もそうありたいと思ったのだ。誰かにおんぶに抱っこではなく、誰かに頼るだけではなく、誰かと助け合える人間になりたい。

 

【挿絵表示】

 

「ぼくじゃない……。ぼくじゃないよ。ぼくは、皆にこんな酷いことをさせようだなんて、思ったこともない……! ぼくじゃない……! 信じてほしい……!」

 

 真っ直ぐに、章平は彼の瞳を見つめて言った。本当のことだった。自分がコロシアイを促して皆を苦しめようとしているだなんて、本当に身に覚えのないことだし、そうする理由も思い浮かばなかった。澄んだ森の中の湖のような色に、章平が映る。

 

「…………分かった」

 

 その色が瞼に閉じられ、彼は静かに頷いた。

 

「お前が違うと言うのなら、僕はそれを信じる」

 

 その言葉だけを残して。赤柳紫黒は、再び章平に背を向け歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

カタリロンパ

 

第三章

「ヘンゼルとシュヴァルべ」

 

 

 

 

 

 

 

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