カタリロンパ   作:カタリベガタリ

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第一章「眠れる森の化け狗」
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 だってしかたなかったんだ。

 だってころされるかもしれなかった。

 しにたくなかった。だからていこうした。

 それだけなんだ。

 それだけなのに。

 

 ぼくはなんにも、わるくない。

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

第1章

「眠れる森の化け狗」

 

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◇◇◇

 

 

 

 

「そろそろり……。皆様、お取り込み中のところ、失礼致します……」

「うわ、お前! 帰ったんじゃなかったのかよ?」

 

 体育館の舞台袖。緞帳の陰からこっそりと顔を覗かせたのは、先程颯爽と去って行ったはずの狐紳士――モノヴォルだった。パティシエ双子の仕上げの方、アントルメンティエの菊音が声を上げれば、彼はバツが悪そうにぽてぽてと姿を現した。

 

「だって……ワタクシだって……。かっこよくそのまま去ろうと思ったのですよ……? けれども、はてと思い直してみたのです。ルール説明に不備があったのでは? と。このままではいけませんから、再びお邪魔させていただいた次第でございます」

「不備とはなんだ」

 

 もじもじとそう告白するモノヴォルは、先程胸を張って紳士であると自称した姿とは想像もつかないほど間抜けに写った。やれやれとため息をつくフルーティストの赤柳だったが、情報は多いに越したことはないと判断したのか、哀れな狐に説明を促す。それを肯定の意と受け取ったぬいぐるみはそれまでと一転、急に元気になって、初めて現れた時と同じようにぴしりと蝶ネクタイを整えてから、おほんと咳払いをした。

 

「ご一緒に基本事項や校則を確認しようかと。それでは早速いきましょう。皆様に既にお配りしているカード型の電子機器がございましたね?」

「んぇ、なんかあったっけ?」

「ポケットに入っていた物でしょう」

「これかぃ?」

 

 漁師の伊海田がすぐにポケットから取り出したのは、スマートフォンに似た……しかし、全く異なる見慣れない電子機器であった。有子ははっとして自身のポケットに触れる。伊海田が取り出したもの。それと瓜二つの電子機器を、有子はつい先程目にしていた。それは、何を隠そう――今、この触れた固い物体、まさにそれだ。各々の反応を見ていた狐紳士は、満足気に頷く。

 

「はい。そちらは"電子生徒手帳"。皆様の学園生活をサポートするハイテク機器でございますよ。本希望ヶ峰学園の校舎マップ、皆様の簡易プロフィール、そしてこの学園生活でのルール……"校則"を確認することが出来ます。……それでは皆様、一度マップを開いて、寄宿舎のご自身の個室を確認してください」

 

 各々がそれぞれのポケットから同じように電子生徒手帳を取り出す。なるほど、有子の所持品の代わりにポケットに入っていた謎の機械は、やはりこの電子生徒手帳だったらしい。学園の生徒じゃないわたしにも、どうして用意されてるんだろう? 不思議に思いつつもスイッチを入れれば、「国中有子」の文字が表示される。それは、紛れもなくこの機械が有子のものであると証明していた。

 有子はそのまま電子生徒手帳の起動を見守って、早速自称理事長の言う通りに"マップ"と記されたアイコンをタップして開いてみる。現在位置の体育館に画面が合わせられたのを確認してから、スライドして寄宿舎を探す。寄宿舎には様々な設備……。食堂、厨房、ランドリー、温浴設備など、生活に関連する施設があった。それらに比べ比較的小さな、ずらりと並んだ部屋の数々。それらこそが、各生徒の個室であった。

 

「皆様それぞれの個室が、最新技術を搭載した防音室となっております。お隣のお部屋のイビキが煩い! 深夜にダンスしているお隣がいる! 外の謎の物音が気になって眠れない! なぁんてお悩みとは、金輪際無縁! 誰にも邪魔されない快適空間を保証しましょう。ナイショのお話もし放題ですよ。……ああ、そんな完璧防音空間ですから、当然チャイムが設置してあるのですがね」

「無期限の学園生活の中……この部屋で休息をとるということね。もちろん、鍵なんかはあるのよね?」

「はい、個室の鍵は最新技術を取り入れておりますので、オートロック式でございます。皆様にお配りしたそちらの電子生徒手帳が、それぞれの個室の鍵としての機能も兼ね備えておりますので、紛失には十分ご注意下さいね」

「ひぇー……。便利な世の中……」

「カードキーなんだ、ふーん」

「喫煙所はどちらでしょう?」

「あるわけないでしょうッ!?!? 皆様おいくつですか!!?? 高校生ですよね!?」

 

 当然のように問題発言、もとい問題質問を投げ掛けた執事の猫塚を叱るように、モノヴォルは思わず声を張り上げる。流石にそれは紳士らしくない振る舞いだと思ったのか、すぐさまごほんごほんと咳払いをしてお茶を濁した。

 

「えぇ、猫塚君たばこ吸うの? いーけないんだあ〜」

「まさかまさか、品行方正で優等生なこの僕が吸うわけないでしょう? 言い出しにくい方のために尋ねただけですよ」

「……な、なんか調子良いごど言っでっげど、いだどじだら校則以前に、法律違反だがんね?」

 

 当然の突っ込み。家事代行の綿貫があわあわと周りを見る。もちろん、喫煙者は有子を含め、生徒の中には居ないようだった。逸れた話を戻すため、モノヴォルは再びわざとらしく咳払いをする。

 

「おほんおほん。それでは、お次に校則を確認していきましょう。こちらに記載されている校則は、皆様方がこの共同生活を送る上での絶対的なルールです。校則違反者は先程のように罰を受けて頂きますので、しっかりご確認下さいね」

 

 狐紳士の言葉に従って、全員が電子生徒手帳の校則の欄を確認した。簡素な文章が並んでいる。これが自称理事長の言う校則なのだろうか、しかし、とても"校則"とは言えないような、いくつか不思議な文章が混ざっていた……。

 

 

 

 

生徒達はこの学園内だけで共同生活を行いましょう。共同生活の期限はありません。

 

夜10時から朝7時までを"夜時間"とします。夜時間は立ち入り禁止区域があるので注意しましょう。

 

就寝は寄宿舎エリアに設けられた個室でのみ可能です。他の部屋での故意の就寝は居眠りとみなし罰します。

 

希望ヶ峰学園について調べるのは自由です。特に行動に制限は課せられません。

 

理事長であるモノヴォルへの暴力を固く禁じます。

 

"悪役"を排除した時点で、残った生徒達は"卒業"とし、共同生活は終了します。

 

仲間の誰かを殺したクロは"卒業"となりますが、自分がクロだと他の生徒に知られてはいけません。

 

なお、校則は順次増えていく場合があります。

 

 

 

 

「いろいろと訊ねたいことはあるが……。"悪役"を排除、というのはなんだ?」

 

 丁度有子が校則を全て確認し終えたタイミングで、同じく確認を終えたフルーティストの赤柳が、眉間にますます皺を寄せて、電子生徒手帳の画面から目を逸らさずに質問を投げかけた。モノヴォルは、ああと思い出したように頷いて、それに答える。

 

「そちらは努力目標でございますね。皆様には本日より、永遠に共同生活を実施して頂くわけでありますが……。もし、皆様が皆様の中に潜んでいる"悪役(ヴィラン)"を見つけ出し、そして排除して頂ければ。ワタクシ、このコロシアイ……もとい共同生活を、直ちに修了して構わないと考えております」

「なら、誰かを殺さなくても……その"悪役(ヴィラン)"、というのを追い出せば、全員ここから出られるということなのね?」

「ええ、そういうことになりますね。……()()()()()()()、のお話でございますが」

 

 モデルの白雪の確認の言葉に、狐はギロリと左目を赤く不吉に輝かせて意味深な言葉を吐いた。その様が本当に不気味で、有子の背中につうと嫌な汗が伝う。しかし、そうは感じなかった他の生徒の声がまた、次々とそこかしこで挙がっていく。

 

「でもよぉ。誰かを殺すってのより、そっちのがよっぽど現実的な条件だろぃ?」

「そうだね。ここは殺せとは言われてないから……」

「排除、というのは……具体的にどうすれば良いんだ?」

「排除は排除です。方法は問いません。手っ取り早いのは……やはり殺す……という事でしょうが。くししし……。ええ、ええ。そちらに関しては……ご自由に解釈して頂いて結構ですよ」

「えらい含みを持たせる言い方するじゃねーか……」

 

 有子たちの動揺をくつくつと笑う様は、悪趣味なデスゲームの主催者そのものだった。

 "悪役(ヴィラン)"って何? 誰のことなの? その人さえ、いなくなってしまえば……わたしたちは助かるの……? 有子の頭はそれでいっぱい。自分と白うさぎを守らなければ。ただそれだけを考えて……やはり、手はまだ震えていた。そんな有子のことなぞお構い無しに、適応力の高い天才たちは次々と狐紳士に疑問を投げかけていく。

 

「僕たちの中の誰かが"悪役(ヴィラン)"なの?」

「はい。皆様の中に潜んでいらっしゃいます」

「どういう人のことなのかしら? それが分からないと探しようがないわね」

「情報は小出しに。皆様、まずは校則を理解して頂きませんと。お話はそれからですよ。それに、そちらの条件は……そう簡単に満たせるとは考えておりませんので。あくまで努力目標、とさせて頂きます」

 

 有子たちにとって、最も現実的で平和的な解決方法についての質問は、主催者により却下されてしまう。――努力目標。モノヴォルは、この……"悪役(ヴィラン)"を捜している……? だからって何のために、わたしたちに殺し合いをしろだなんて言うんだろう……。そんな疑問を口に出す勇気は足りず、有子は心の中で不満を呟くに留まった。

 他の生徒たちも不満気な表情をしている。考えていることは、大方有子と似たようなことだろう。そんな一同の様子を見てか、狐紳士はぽんと手を叩いて一度説明に区切りを付けた。

 

「……さて、皆様。ここまでで何かご質問等はございますか?」

 

 突然の質疑応答タイム。当然聞きたいことは山ほどあった。しかし、何から聞き出せば良いのやら。有子はううんと唸った。何故なら、思い切って問い掛けたところで、先程のように質問を有耶無耶にされる可能性が出来てしまったのだ。

 そんな中で、聡明な生徒たちは何を聞くべきなのか悩んでいるようで……。それもそのはず、貴重な時間だ。首謀者から直接、情報を引き出すことの出来るチャンスなのだから。全員が何から聞こうかと頭を悩ませたために、体育館は一気に静まり返った。そんな静寂の中、はいと一番に挙手をしたのは、またも執事の猫塚だった。

 

「はい、何でしょう猫塚君」

「電子生徒手帳の鍵について確認なのですが……。自身の手帳で開く鍵は、自身の個室のみ、ということでよろしいのでしょうか」

「はい。先程ご説明させて頂きました通りでございます。電子生徒手帳は起動時に持ち主の本名が表示されますが、その手帳で開く個室の鍵は、その際表示されたお名前の方の個室のみでございます」

「なるほど。第三者のものを拾ったとして、起動すれば持ち主が分かるのか」

「はい。しかし紛失にはくれぐれもご注意くださいね。何せ特注品、替えのきかない貴重品でございますから」

「やっべ、そう言われたら余計失くしそう……」

「失くさないようにしろって言われてんのよ」

 

 学園からの支給品……。もはや貴重品であるそれを、有子は改めて見下ろす。ブルーを基調とした、シンプルでスタイリッシュなデザインだ。希望ヶ峰学園のCMや、在学生たちのニュース映像などで、ほんの少しだけ目にしたことのある不思議なカード形の端末。それがこの、今まさに目の前にあるそれだということに気付くのに、それほど時間は掛からなかった。()()()()()()()()()()()。――本来なら有子が手にするはずのない――()()は、間違いなく実態を持って、有子の手の中に存在していた。なんで……ほんとうになんで、わたしのものがあるんだろう。有子はなんだか急に怖くなって、何度も持ち主の名前を確認した。けれどもそこには相変わらず、間違いなく。「国中有子」の四文字が表示されるだけだった……。

 

「紛失してしまうと大変ですよ。くしし……。何せ個人情報……皆様の"秘密"も、こちらに記載されているのですから」

「……"()()"?」

 

 繰り出されたのは、不可解な単語。目敏い生徒が、何気無く投げた金貨を拾うように……。首謀者の口から出た単語を復唱すれば、狐紳士は満足気に頷く。

 

「ええ、はい。そういうわけで、皆様に今一度ご確認頂きたいものは、"秘密"の欄。そちらを開いて頂くと、現在"持ち主の方ご本人の秘密"を閲覧することが出来ます」

「……は、え……? 何だって?」

「……あんた、それって……」

 

 わたしたちの、"秘密"――!

 知られてはならないような情報の心当たりは有子にはなかったが、他の生徒がそうするように、有子もおそるおそる項目をタップして内容を確認した。

 

『秘密のこと・国中有子』

『5歳の頃、佐渡と離れるのが嫌で泣き喚いたことがある』

 

「…………」

 

 なんてことない情報に、有子はほっと胸を撫で下ろす。しかしそれは、()()()()()()()()。こんなことを誰がどうやって調べたのか? 5歳のこと。有子がまだ幼い頃。章平だってまだ5歳の頃。そんな昔のことまで……自分自身の情報を、把握されている。その事実に、有子は背筋がゾッとした。一体、このぬいぐるみは……モノヴォルの正体は何なのか。

 それは、如何に順応性が高い天才たちであろうと同じようで……。表情は各々程度の差はあれど、揃って青い顔をしていたのは確かだった。

 

「な……っ! な、な、なぁんで!? なぁあぁんでこんなの知ってるんですかぁあ!!? 俺ッ! 誰にも言ったことないのにッ!!!」

「……加連様は、そんなに凄い秘密をお持ちなんですか?」

「ィ゛ヤ゛ーーーーーッッ!!! ヤダッ! ダメッ! ダメ!! 見ないでヤダ恥ずかしい……ひぃん…………」

 

 隣で突然声をあげる靴屋の加連に驚いた執事の猫塚が、それがどんなものなのかと怪訝な顔をして覗き込もうとすれば、靴職人は拒絶するように自身の電子生徒手帳を隠す。あまりのオーバーリアクションに、執事はなんとも言えない表情をして見せた。……猫塚の秘密は大したことがないのだろうか? 有子もそれ自体は大したことが無かったが、()()()()()()を考えれば、加連と似たような心持ちだった。周りの生徒も、彼らと同じく……真っ青になった者、隣の人物を気にかける者、有子のように他の生徒の様子をうかがう者……様々だった。

 

「きくね、大丈夫?」

「………………うん。気に、すんな……」

「うん、分かった」

「泡淵さん、顔色が良くないわ……」

「ううん、平気よ……。心配しないで」

「……あたしはさっき既に、握られてたことを知ったけど……。まさか、全員がそうなの?」

「そう……みたいだね……」

「何故……っ、何故、こんなっ、ことを……! 貴方はご存知なんですか……!?」

 

 悲鳴を絞り出すように、動揺を隠せない様子で城主の青錆が顔を上げる。焦りと緊張、そして恐怖。有子も同じ気持ちだった。モノヴォルは、再びギロリと赤い左眼を怪しく輝かせる。表情の変化のないぬいぐるみの顔は、しかし、とても愉しそうに笑っているようだった。

 

「くしししし。簡単なことです。ワタクシは皆様全員のことを、よぉくよぉく存じておりますからね!」

「それって一体、どういう……」

 

 ひとりひとりに顔を合わせるように、自称理事長は段の上から生徒たちを見下ろす。もちろん、有子ともしっかり目が合った。真っ直ぐに見つめられる。それは、相手が取るに足らない小さな小さなぬいぐるみでしかないというのに、有子の呼吸を止めるに足る、十分なオーラを纏っていた。息を呑む。不気味な、この学園にそぐわない、場違いなもの。正体の分からない何者かが、その向こうにいる。そして、その人物は――わたしたちを、よく、知っている。

 モノヴォルが次の生徒に顔を向けたところで、有子はやっと呼吸を再開することが出来た。

 

「さてさて! 皆様が現状を把握出来たようですので、説明はこのくらいで十分でしょうかね。ではでは皆様、今度こそ、ワタクシはこれで……」

 

 生徒たちの怯える様を満足気に見下ろして、機嫌良く狐は言う。そうして仕事は片付いたと言わんばかりに、せせこらと撤退の準備――単に退場するための移動に過ぎないが――に取り掛かるぬいぐるみに、あっと引き止める声がひとつ。

 

「モノヴォルさん。電子生徒手帳の鍵の件で、最後にひとつ質問があるのですが、よろしいですか?」

「はい? なんでしょうか、猫塚君。……アナタ、先程から質問が多いですねえ……。いえ、悪いことではございませんが。どうぞ?」

 

 さっそく自身の電子生徒手帳を、いろいろと操作し始める生徒がちらほらと現れた傍ら。そっと手を挙げて発言をしたのは、相変わらずぴっしりと背筋を伸ばし、姿勢良く態度良く説明を聞いていた執事の猫塚だった。彼の発言に、モノヴォルは耳をぴくりとさせて傾ける。

 ……そして、彼の次の言葉は、有子たちを大層驚かせることになった。

 

「"合鍵"のシステムを導入して頂くことは可能ですか?」

「あ……」

「え、猫塚?」

 

 意外な提案に、まだ電子生徒手帳をいじっていた、パティシエの中森双子も顔を上げた。それもそうだ。この状況下で、"合鍵"などという発想が出てくることは誰も想定していなかったのだ。信じられる他者はおらず、自分の身を守るための空間は、唯一自身だけが鍵を保有する個室のみ。しかし合鍵とは、その個室の特権を手放すものである。これには流石の狐でさえも想定外であったらしく、ぴこんと耳を動かし、心做しか表情を曇らせて、ほんの少し口ごもらせた。

 

「えー……、ひとまず質問にお答え致しますと、合鍵のシステムを導入することは可能です。……が、猫塚君。理由をお伺いしてもよろしいですか? ワタクシも監督者の立場でございますから、正当な理由なしにおいそれと許可を出す訳にはいきませんので……」

「ええもちろん。皆様ご存知の通り、僕は執事でございますから……この共同生活の間、皆様の身の回りのお世話をさせて頂きたいと考えております。……が、お部屋の清掃・整頓、不要物の処理、シーツ交換、洗濯……全てを皆様おひとり、もしくはご本人様立ち会いの元で行うことは……僕は構わないのですが、些か効率が悪いなと」

 

 流石は執事。超高校級である彼らは、やはりその才能に多少なりとも誇りを持っているようで……。こんな状況でも他人の世話を焼こうと言ってのける猫塚に、有子は素直に関心すると同時に、ある種の不気味さを感じた。なんでこの人はこんなに、平然としていられるんだろう? 有子はただでさえ自分のことでいっぱいいっぱいだというのに、隣の幼馴染のことも含めると、もはやそれ以外を気にする余裕など全く残っていなかった。

 ……しかし、猫塚の言う通り。してくれる、というのなら、してもらう方が良いだろう。家事の手伝いは多少やっているものの、完全に一人暮らしのようなこの生活。有子はいきなり一人でこなすのは無謀に思えた。

 

「た、確かに自分事だけど、ちゃんと自分でやり切れないかも……」

「タリアは執事さんにお任せしたいの。立ち会いも嫌なの。寝ていたいの」

「茨木ちゃん、そういうの苦手そうだもんねぇ……。俺ちゃんも自分の作業したい時あるし、何よりめんどくさいしぃ……周りのことは猫ちゃんに頼みたいかな〜」

 

 夢占い師の茨木は、相変わらず眠たそうにあくびをして目を擦った。夢うつつながらも、意外とこれまでの話を聞いていたようだ。靴屋の加連も同意を示して、隣の執事を見やる。二人の返答を聞いて、猫塚は満足そうに微笑んでいた。

 しかし、当然優秀な生徒たち。この流れを良しとしない者もやはりいるようで……その代表である、怪訝な顔をしたモデルの白雪が横槍を入れる。

 

「でも、猫塚に合鍵を渡すってことは、自分以外の第三者が自由に個室に出入り出来るようになるってことよ? そんなことのためにわざわざ安置を捨てる事を望むの?」

「タリアを殺すのは執事さんじゃないの」

「お得意の占い? ……まあ、茨木さんがそう言うならいいんじゃない? こればっかりは自己責任でしょ」

「いやぁ、確かにそうだろうけどよぉぃ……」

 

 茨木はきっぱりと首を横に振る。パティシエ双子のコンフィズールの方、夜羽は呆れたように首を傾げた。漁師の伊海田もやれやれと頭を抱える。

 自己責任。それはそうだ。けれども――その"可能性"さえ、皆無であるほうが絶対に良いのだ。

 やはり"合鍵"の実現は、この状況では非現実的だと判断を下す流れに変わろうとしたところで、提唱者はしかし、譲る気は無いらしく口を開く。

 

「もちろん、僕に皆様を害する気は毛頭ございませんよ。そもそも『合鍵』ですから、僕に鍵を預けて頂けるのであれば、のお話でございますし……」

 

 両手をひらひらと見せて、猫塚は無害を皆にアピールする。表情も初めて会った時よりずっと柔和で、愛想の良い微笑みを浮かべていた。そんな様子だから、かえって有子は不審に思わざるを得なかった。どうして彼は、そこまでしてそのシステムが欲しいんだろう?

 けれどもそんな有子の問いをどこかへ投げやるように、介護士の星永は、はいはいと元気良く挙手をした。

 

「ぼくも、さみしいとき、せーらおねぇちゃんのお部屋いきたぁい!」

「まあ……。いつでもいいわよ、せつなちゃん」

「要は両者の同意の元で、合鍵を渡すことが出来るようになるってことだよね? 別に、全員に合鍵を渡せって言ってるんじゃないんだし、僕は別にいいと思うよ」

「俺もよはねと同じ意見。あっても無くても、別に同じだろ。使いたい奴がいるなら使えばいいじゃん。ただでさえこんな窮屈な状況になっちまったんだからよ。そんくらいの自由、目ぇ瞑ってもいーだろ」

 

 なるほど、パティシエ双子の意見は筋が通る。執事が申し出ているのは、そういうシステムの導入それだけであり、それを活用するかどうかの自由は、各々の判断に委ねられている。

 ならば、と有子は隣の幼馴染を見上げた。相変わらず何も話が分かっていないのか、うさぎは頭の上にクエスチョンマークを浮かべながらきょとんと有子を見つめ返し、そして嬉しそうに微笑んだ。……ショウくんのことが心配だし……。一緒に居られる時間が多くなるってことは、良い事だよね……。有子もそう思って、合鍵システムに賛成する。この自分のことが何一つ満足に出来ない幼馴染のうさぎは、四六時中自分が一緒にいる方が良いに決まっているのだ。

 

「賛成意見がここまであるのであれば、システムとして導入することは構わない。……しかし、モノヴォル。それを導入する上で、僕からも欲求があるのだが」

「はい、赤柳君。なんでしょうか?」

「各電子生徒手帳で所持している合鍵を確認出来る管理システムと、もしその合鍵を捨てることが可能なのであれば、合鍵の取得記録をデータとしてしっかり残すこと。以上が同時に実装出来るのであれば、僕からは反対はしない」

「なるほどね……」

 

 合鍵を見たり、記録を見ること……。それが何を意味しているのか有子にはあまりよく分からなかったが、このしっかり者の赤柳が言うのであれば必要なことなのだろう。怪訝な顔をしていた白雪も、赤柳の条件に首を縦に振った。

 モノヴォルは口元に手をやると、一瞬の間考え、ふむと頷く。

 

「よろしいでしょう。赤柳君の条件を付随して、合鍵システムを導入するということで……皆様、よろしいでしょうか?」

「それならあたしも反対しないわ。使うかどうかは個人の自由でしょうし」

「……嫌なら、渡さなければ良いだけの話ですしね……」

「まあ、お前らが良いって言うんなら良いけどよぉぃ……」

「それでは、合鍵システムを導入することと致します。この後、電子生徒手帳のアップデートを行いますから、その後合鍵システムが利用可能となります。希望者の方々はぜひご活用下さいね」

「ありがとうございます、皆様。仕事の効率が上がりました」

 

 合鍵システムの実装が確定すると、猫塚は大層満足気に笑みを浮かべて、ぺこりとお辞儀をした。出逢い頭から目付きが鋭く分からなかったが、この表情のときの彼はずいぶんと幼く見えた。そんなに嬉しいものなのだろうか? いや、他に何か目的があったに違いない。仕事の効率……ただそれだけの理由で、同じ高校生である彼が喜ぶとは、有子には思えなかった。しかし、その目的にもさっぱり見当は付かない。

 気にするだけ無駄かな、と有子がふっと息をつけば、思い出したように狐がぽんと手を叩いた。

 

「……ああ、そうそう。合鍵によって皆様、各々の個室への出入りがかなり自由になりましたが……。ここは学校でございますからね? くれぐれも。くれぐれもっ! 不純異性交友はしないようにっ! いいですね? 発見次第、直ちにお仕置きですからねっ!」

 

 "不純異性交友"? 有子は頭の中で復唱した。

 この場にいる中で、最も浮ついているのは間違いなくこの狐紳士だろう。だって、わたしたちは今まさに、"殺し合い"を言い付けられて……自分たちの身の安全のことで、頭がいっぱいのはずだ。そんなことを考える余裕は、全く無い。

 

「誰に言ってんのさ?」

 

 有子の考えを補強するかのように、呆れたような顔をして、コンフィズールの夜羽が言う。

 モノヴォルはぐわっと両手を上げて口を開いた。

 

「皆様に! ですよ! ……そりゃあお年頃でございますから? 思春期真っ只中でございますから? 多少の()()()()()()には目を瞑りますけれども……。ああ、ではこうしましょうか。夜時間の、異性の生徒の個室への出入りは禁止とします!」

「なんが、否応無ぐ勝手にルール追加ざれだんだげんど?」

「……別に問題無いっちゃ無いだろ」

 

 家事代行の綿貫が不服そうに顔を顰めたが、ため息をつくアントルメンティエの菊音の言う通り。禁止されたとして、別になんの問題も無かった。もちろん、有子が世話を焼こうと考えている幼馴染は()()だが……。「夜時間」は、寝るだけだ。それ以外に彼と過ごす時間はたっぷりある。

 やれやれ、と生徒たちの緊張が大分解れたところで、自称理事長は今度こそ、ホームルームを終了して退散する。しばらくの沈黙の後も、ぬいぐるみが再び現れることはなく、生徒たちは顔を見合わせた。

 

「……立ち話もなんだ。食堂に移動するぞ」

「はーい」

 

 やはりフルーティストの赤柳の一言で、全員が次の行動に移る。皆、彼の意見に従うのが一番良いと考えていた。出会ったばかりの有子でさえ、その流れに違和感を微塵も覚えずに、そうすることが当然であるとさえ思った。

 

 

 

 

「笛吹きくんっ! 笛吹きくんはどおしてあんなこと言ったんだい?」

 

 次々に生徒たちは廊下へ出て、食堂へ向かう。当然有子もそれに続こうとしたのだが、白うさぎの「ありす、ちょっと待って!」という台詞に引き止められ、何人かの生徒をそのまま見送った。やっと章平が声を上げたと思えば、話し掛けた相手はフルーティストの赤柳だった。

 彼は全員が体育館から出たことを確認して、一番最後に扉から出て来た。扉を閉めながら、うさぎの質問に反応する。

 

「あんなこと、とは何だ」

「合鍵ルールの追加だとも。誰が誰の鍵を持っているのか分かることが、何か意味があるのかい?」

「あ……。それ、わたしも気になったんだ。赤柳くんは、どうして条件を追加したの?」

 

 章平が待ちぼうけをしてまで彼に尋ねたかった問いは、有子も気になるものであった。同じ質問を重ねれば、扉を締め切った赤柳は、面倒臭そうに有子たちを見つめた。それでもその問いを無視することは無く、ため息をつきながらも赤柳は真摯に答える。

 

「……僕が気になった点は、この校則の記載だ」

 

 自身の制服のポケットからわざわざ電子生徒手帳を取り出したかと思えば、そのまま操作をして表示した画面を有子たちに見せながら言う。

 それは、校則のページ。その七番目を彼は指し示した。

 

「『仲間の誰かを殺したクロは"卒業"となりますが、自分がクロだと他の生徒に知られてはいけません』……。知られてはいけない、とわざわざ明記しているのが引っかかる。知られていた、知られていなかったというのはどのようにして判断を下すのか不明なんだ」

「確かに……」

「おそらく、殺人が実際に起こった場合、モノヴォルは僕たち自身に犯人当てをさせようとしているのではないだろうか。確証はないが……似たような事件が過去に起こったらしいからな。奴がその模倣犯である可能性は高い」

「なんだっけ……。歴史の授業で聞いた気がするけど……」

 

 正直、あまり覚えていない。それは、かつて起こったとされる、世界的にも大変だったらしい大事件……"人類史上最大最悪の絶望的事件"。その中で行われたという"コロシアイ"……。

 有子はこの希望ヶ峰学園にスカウトされてここにいるどの生徒とも異なり、特別な才能は何も持っていない。それどころか、学力も、運動能力も、何もかも。持つ能力の全てがド平均値の超凡人。授業で少しだけ触れたような、特定の出来事まで詳細に覚えているわけではなかった。

 移動しながら、会話を続ける。体育館へ向かうために通った廊下を、今度は逆の方向へ進む。相変わらず仄暗い不気味な景色だ。

 

「……今は置いておこう。重要なのはそこではないからな」

「えーと、ぼくたちが犯人当てをさせられるかもしれないってことの方が、大事ってことかい?」

 

 白うさぎがこてんと首を傾げれば、笛吹き男はこくりと頷いた。

 

「ああ、そこでこれだ。合鍵というのは、渡す側には無論、第三者に部屋の侵入を許すリスクがあるが……。もし仮に個室で殺人が起こったとして、容疑者の第一候補はもちろん合鍵を渡された側の人間になるだろう。それは犯人探しを行う際に有力な手がかりになる。だから、誰が誰の個室の鍵を所持しているのか確認出来ることを条件に追加した。つまりこれで、合鍵を預かることにも相応のリスクを付与されたというわけだ。この状況下では、合鍵を持っていることで殺人行為に有益になる事はまず無いと言える。……まあ、猫塚はそんなことも承知で提案したのだろうが、このシステムはあまり活用されないだろうな」

 

 ようやく有子は合点がいく。なるほど、この冷静なリーダーは、今後のことを見据え……自分たちに不利な状況を防ぐ対応をしたのだ。実際、有子はそこまで頭が回らなかった。数人の生徒は早々に気付いたものだろうが……。それでもこの赤柳の功績を、有子は純粋に褒め称えたくなった。……彼が嫌な顔をするのは想像に固くなかったので、もちろん実行には及ばなかったのだが。

 回答を終えた赤柳はもうとっくに会話を終えた様子だったが、有子の困った幼馴染は全くそうではなかったらしい。そのままこてんと首を傾げて、構わず質問を投げかける。

 

「笛吹きくんは誰かと交換しないのかい?」

「……それはこの僕に対しての質問なのか? 馬鹿を言うな、折角の防音室だぞ。音を撮られる可能性があることを僕がすると思うのか?」

 

 このフルーティスト、かなり生真面目らしい。律儀にストーリーテラーの質問に返答をして、まだ会話を続けていた。……珍しい。有子は思った。白うさぎが他者に興味を持つなんてことは、今までほとんど無かった事だった。

 章平はお構いなしにそれがいつもの、当然のことのように赤柳と話す。彼の返答に、ぽんと手を叩いて納得の表情をした。

 

「あ! そっかあ! 笛吹きくんのお部屋の鍵があれば、笛吹きくんの演奏が聴き放題なんだ! すごいね!」

「だから、そんなことをさせるものかと言っている。ワンフレーズだけでいくら請求するのか知りたいのか?」

「ひょえー! いくらするの? ぼくのおこづかいで足りるかな!?」

「お前、ちゃんと帳簿は付けているんだろうな?」

「ちょーぼ?」

「……付け方は今度教えてやる」

「わあい! たのしみだなあ!」

「……」

 

 きゃっきゃとご機嫌なはしゃぎ声が耳を通り抜ける。随分仲が良いんだなと、有子は思った。この場所では、自分はやはり異物でしかないのだとさえ感じて、プリーツスカートの裾をきゅっと握り締めた。

 ――早く終わればいいのに。

 有子は誰に助けを求めるでもなく、ただ黙って歩いた。

 

 

 

 

 当然の如く食堂に着いたのは、最後尾を歩いていた有子たち三人が一番遅かった。早く着いた生徒は各々好きな場所で好きな相手と会話を弾ませている。

 旧校舎とはいえ、希望ヶ峰学園の食堂を任されているだけのことはある、広い空間がそこにあった。白を基調としたテーブルや椅子は、今までの薄暗い廊下とは異なり、ほっとするような明るい空間だった。大きな窓ガラスから見える中庭の風景も、屋内に飾られた観葉植物の彩りも、ここがなんてことない、実在する世界なのだと有子に知らしめる、どこかで見たような雰囲気の風景を強調していた。奥には厨房に繋がる出入口があり、その壁の上部には時計が掛けられていた。時刻は午後17時頃を示している。もうそんな時間が経っていたのかと、有子は驚いた。

 赤柳はぼうっと突っ立っていた有子たちからさっと離れると、一人でスタスタと先を行ってしまった。そのまま笛吹き男が黙って席に着くと、全員の注目が彼に集まる。有子は慌てて白うさぎを連れて、近くの席に座った。

 雰囲気が議論に切り替わったところで、しかし、一番に発言したのは目を集めるリーダーではなかった。

 

「そういえば猫ちゃん、合鍵は置いとくにしても……なんで喫煙所の場所なんて質問したの? ああは言ってたけど、わざわざあの場で確認することじゃあないよね?」

 

 靴屋の加連はそう言って、隣に座る執事の猫塚の顔を窺う。なんてことない疑問ならば、それこそ今の時間にとっくに済ませていたことだった。ならば、彼のこの話題には何か特別な意味があるに違いない。有子は黙ることにした。

 ……そんなことも考えていなかったのか、漁師の伊海田は素っ頓狂な声を上げる。

 

「まさか実は不良なのか、お前ぃ!?」

「そんなわけないでしょう、他人の煙ほど不快なものは無いですよ。確認したいことがあっただけです」

 

 やれやれと呆れたように猫塚がため息をつけば、伊海田はそりゃそうだよなとバツの悪そうな顔をした。猫塚の"確認"という単語に、すかさず注釈を入れたのは彼本人ではなく、科学部の姫ヶ原だった。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、ということか」

「ええ。その通りです」

 

 扇子で口元を隠して目を細めるのは、彼女の癖なのかもしれない。そう言って執事を見つめた彼女の言葉に、猫塚はこくりと頷いた。

 

「法律上、屋上や通常出入りできない校舎裏などに例外として、教育機関でも喫煙所の設置は認められています。希望ヶ峰学園は私立高校ですし、教師陣の100%が非喫煙者であることは考えにくいですから。旧校舎であれば尚更、そのような設備はあって当然でしょう?」

「……と、いうことは?」

「このことから推測出来るのは、『この場に教師がいることを()()()()()()()こと』と、『僕たちは敷地内どころか建物の中に閉じ込められているということ』ですね」

「……つまり、どういう事だってんだよぃ?」

 

 やはり伊海田は話についていけていないらしい。しかし、こればかりは有子も呆れることは出来なかった。自分も頭の回っていないうちの一人であることが確かだったからだ。むしろ、彼の質問で解説を促されることは、有子にとって有意義なものだった。

 伊海田の質問には、意見を出した猫塚ではなく、それまで黙って議論を聞いていたリーダー、赤柳が口を開いた。

 

「……ここが()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、と言いたいのか?」

「ええ、まあ……。モノヴォルさんにお答えいただけない以上は、憶測でしかないのですけど……。僕たちの中で、自力でここまで移動されて来た方は?」

 

 言いつつ、手本としてひらひらと片手を挙げて見せた猫塚は、当然自身はその条件を満たしていないのか、すぐに下げた。一旦のウェイトタイム。おずおずとも手を挙げる素振りは誰もなく、疑問の目で全員が互いを見回す様で答えに満足したのか、彼はふうとため息をついて視線を下げた。

 

「いらっしゃらないのであればそういうことです。僕たちは単に、学園の敷地内にある旧校舎に閉じ込められてしまった、という訳ではなく……何処か別の場所へ、誘拐されてきたのでしょうね」

「誘拐……」

「オレみてぇなのもかぃ?」

「組織的犯行であれば、可能でしょうね。……現に単独犯とは思えない危険物を目の当たりにしたとこだし……」

 

 モデルの白雪がそう言って肩をすくめる。彼女が言っているのは、危うく彼女の命が奪われることになっていた……あの、爆弾のことだろう。

 確かに、と有子は思った。旧校舎とはいえ、希望ヶ峰学園を丸ごと再現・或いは占拠してしまっている事実。15人という小人数ではあるが……一クラスぶんの生徒たちを監禁している事実。本来在学生でないはずの有子の分の電子生徒手帳の存在。敵が如何に巨大であるかを証明する根拠は、これでもかと浮かんでくる……。有子は再び気が遠くなるような感じがして、目を瞑る。これから一体、どうしよう……。そう思ったのは他の生徒たちも同じなようで……拭えぬ不安と焦りの空気が、一般人を押しつぶそうとしていた。

 ――そんな時。

 

 ……ぐう。

 

 

 

 

 

 

「……おなかすいたの……」

 

【挿絵表示】

 

 空気を一瞬で破壊するような、妙に場違いでコミカルな効果音が響いたかと思えば。ただ一人、起きているのか眠っているのか、微動だにしなかった夢占い師の茨木が、不満そうに眉をひそめて自身の腹部をさすった。その仕草だけで、先程の間抜けな音が彼女の空腹を主張するものだったのだと理解する。

 

「たしかに! みんな、おなかすいたよねぇ!?」

 

 茨木に気を使ってか、靴屋の加連は大袈裟に言う。

 

「もういい時間だしね。目が覚めてから何も食べてないから……」

「腹が減っちゃあなんとやら……。一旦休憩にしようぜー? 気付いちまったら、俺も、もーう限界……」

 

 パティシエ双子の菊音はそう言って机に突っ伏す。他の生徒たちもなんだか疲れたような表情をして、首を動かしたり、肩を揉んだり……思い思いに身体を解し始めた。真面目な議論は終わりを告げたようだ。

 そんな感じで、空気が緩んだのを見計らって。ここだとばかりに席を離れ、厨房へと潜って行った家事代行の綿貫は、満面の笑みで戻ってくる。

 その手にあるトレーには……!

 

「じゃーん。簡単なもん作っどいだよ〜」

「ごはんだー!」

「うおーっ! やるじゃん、綿貫!」

「美味しそう〜!」

「もぉ俺ちゃんもお腹ペッコペコだよぉ……」

「こんなのいつ用意してたの?」

 

 "簡単なもの"と言う割には凝った出来の料理の数々に、有子も思わず腹を押さえる。よほど空腹だったのか、目を輝かせる生徒たちを横目にモデルの白雪ははてと首を傾げた。

 確かに、有子には彼らの今までの行動は分からないが、出会った時の章平や赤柳の様子から察するに……ここまでの品を用意する時間は無かったはずだが……? 当の綿貫は相変わらずの微笑みを浮かべて、てへへと頭をかいた。

 

「すぐには帰れねぇよなあ〜ど思っで、集まる前にちょっど仕込んどいだんだあ〜」

「……だからお前は厨房設備のことばかり……」

「背に腹はがえれんでしょー?」

「……まあ、今回ばかりはお前のその判断が正しかったと言えるな。ありがとう綿貫」

 

 呆れた顔をして頭を抱えた赤柳も、彼の手にある小鉢を見て頷く。彼の感謝の言葉を、食事の時間への移行の許諾だと取った生徒たちは、早速と言わんばかりに次々立ち上がる。

 

「そうね。ひとまず食事にしましょう。ありがとう、綿貫。配膳手伝うわ」

「ありがとなぁぃ!」

「ありがとう、綿貫君」

「皆様、僕もお手伝いしましたよ」

「あーはいはい、ありがとな猫塚」

「なんだか扱い雑じゃありませんか? もっと感謝してくださいよ」

「あんたのそういうところが、感謝したくなくなるのよ。治しなさい?」

「……………………」

「あ〜! あーあー、猫ちゃん! ありがとうね〜! 猫ちゃんは偉いね〜! いっぱいお手伝いしたんだもんね〜! すごいなぁ〜猫ちゃんは〜!」

「ふぅん……。まあ……それほどでもありますけどねえ? それほどでもありますけどねえ!」

「ホントこいつ、ムカつくな……」

 

 白雪に嫌な顔をされ、無表情で押し黙ってしまった執事の猫塚だったが、慌てて加連がフォローに入れば、満更でもないような顔をして仕事に取り掛かる。扱いが難しい執事だな……と有子は思った。

 

「どうした、青錆。いつまでも突っ立ってないで、席に着け」

 

 皆が意気揚々と食事の支度や、思い思いの席に着くなか……ひとり、呆然とその場から微動だにせずに、まるで観客のようにその光景を眺めているだけの城主に、フルーティストは声を掛けた。

 青錆は名指しされたことにびくりと体を震わせると、あちらへこちらへ、挙動不審にきょろきょろと見回し手を遊ばせた。それからきゅっと――何かに祈るように、何かを抑えるように――両手を握って、おずおずと生徒たちの顔色を伺った。

 

「え、あ、あの……。す、すみません。吾輩……ひとと食事するのは、初めて、で……。すみません……あの……。マナー違反、なのですが……。手袋は…………着けたままでも……よろしい、ですか……?」

 

 ――手袋? 不思議な申し出に有子は首を傾げる。見れば、ああ、そうだ。この城主は出会った時からずっと、黒いレザーグローブを手に嵌めていた。彼の言葉から察するに、これまでも、その手袋を外したことは無かったのだろう。

 有子と同じように、ほとんど全員が不思議そうに青錆を見つめる。少しの間の後、赤柳はそんな彼らの様子を振り返って、それから彼に頷いた。

 

「良いんじゃないか、別に。僕たちはただの級友だろう。かしこまった席でもないしな。誰か気にするか?」

「ちょっと気になるかなー。なんで外したくないの? 食べづらくない?」

「……御守り……の、ようなものです……。あの……不快であれば、吾輩……個室で戴きますので……」

 

 パティシエ双子の夜羽の質問に、申し訳なさそうに青錆は答えた。すぐにコートを掴んで動き出そうとする彼に、片割れの菊音が静止の声を上げた。

 

「おまもりなら良いだろ。そんな寂しいこと言うなって」

「じゃあ僕も良いよ!」

「なんなんだよお前はよ」

 

 驚くほど早い手のひら返し。あまりの変わり身の速さに、思わず菊音が突っ込む。夜羽はにこにこと笑みを浮かべていた。

 

「きくねが良いって言うなら良いよ! 青錆君が食べづらいのは、僕に関係無い事だし」

「お前さあ……」

 

 やれやれと呆れたため息をつく菊音だったが、双子はいつもこうしているのだろう。彼女はそれ以上何も告げることはなく、隣の片割れは嬉しそうに彼女に引っ付いた。

 一連の流れを見ていた靴屋の加連は、机に頬杖をついてのんびりと口を開く。

 

「俺ちゃんも気にしなぁい〜。てかさー、手袋くらい別にいいんじゃなあい? そんなの気にしてたらさぁ、俺ちゃんのほーがヤバいっしょ」

「あんた! 自覚あるなら直しなさいよ。せめて靴はフォーマルなものあんでしょうが!」

「え、やだぁ〜。これいっちゃんお気になんだもぉん〜」

「あんた、前の高校もそんな格好してたの? はぁ〜……ったく……!」

 

 白雪は怒りと呆れが混ざったため息をついて、頭に手をやった。当の加連は明後日の方を見て、ぴゅっぴゅと軽快な口笛を吹く。生真面目でしっかり者な白雪は、気まぐれで自由奔放な加連とは相性が悪いようだ。

 配膳をしながらにこやかに二人のやり取りを見ていた猫塚は、その小競り合いが終われば静かに青錆の方へ顔を向ける。

 

「青錆様、僕もブーツを着用していますよ。この程度は学園側から容認されていますし、構わないのでは?」

 

 承諾の声ばかりが生徒たちから上がることに、城主はほっと息をついてこくりと頷く。そして、皆との距離をゆっくりと縮めた。

 

「……ありがとうございます……。では、すみませんが、お言葉に甘えて……。…………あ。こ、コート……は、脱ぎます……!」

「脱がんでいい脱がんでいい」

「羽織ってろ! コートは! お前、コートは絶対羽織ってろ!」

「え、ええ……? なんで……?」

 

 早速と襟を掴んだ手は、制止の声で迷子になり。青錆は困惑の声を上げた。彼の疑問には一同もうぅんと答えづらそうに顔を背ける。困った顔をしながら、漁師の伊海田がぽそりと呟いた。

 

「脱がれると困るんだよなぃ……」

「目のやり場に困るのよね……」

「なんでですか……!? シャツ着てるのに……!? コートの下は別に裸じゃないんですぞ!? そんな、吾輩がっ……露出狂みたいな反応やめてくださいよ……!」

「薄着だと改めて思い知らされる不安になるレベルの細さ」

「青錆ぐん、ごはんいっばい食べでなぁ〜」

「…………いっぱい……食べます……っ!」

 

 綿貫の言葉に、くうっと悔しそうにして青錆は強く頷く。配膳が終わり全員が席に着けば、早速食事会が始まる雰囲気に切り替わる。

 ……切り替わったところで、猫塚がおもむろに手袋を外した。

 

「あ、もちろん僕は手袋を外しますよ。テーブルマナーなので」

「こいつ……」

「あっ! オレぁ、グローブ着けて食うぜぃ! 青錆、オソロだなぃ!」

「え? ……あ、ありがとうございます……?」

「よく分からない方向の親切止めなさいよ」

 

 にこやかに先程の言葉と矛盾する行動をわざわざして見せる猫塚に、菊音は白い目で返した。いっぽう伊海田は外し掛けたグローブをわざわざ元に戻して、嫌がらせをされたであろう青錆に顔を向ける。なんだか愉快なひとたちだなあと、有子は思った。

 では、と赤柳が咳払いをすると、今度は青錆があっと声を上げた。今まさに始まるところだったものを止めてしまったためか、全員の注意が彼に集まる。注目を集めることに慣れていない様子の彼は、先程申告した時のようにもぞもぞと、申し訳なさそうに俯いた。

 

「ぁあ〜…………。か、重ねてすみません……。吾輩、お箸……使えない、ので……フォークとか、ありましたら、そちらが良い……と、思うのですが……」

「ああ、すみません青錆様! そうですよね、シュヴァンの当主であるあなた様が日本料理を口にする機会なぞ滅多にありませんものね! 失礼しました、すぐお持ち致します」

「え、あっ、い、いえっ、あのっ、じ、自分で取りま……!」

「まさか! あなたにそのようなことをさせられませんよ。僕は執事でございますから、お構い無く」

 

 光の速度で席を立った猫塚を止めようと立ち上がったものの、そのあまりの速さに追い付けず、青錆はそのまま大人しく座り込んだ。

 その様子を見ていた介護士の星永は、厨房に向かった執事に向けて声を掛ける。

 

「あー! せーじちゃーん! じゃあ、ぼくもフォークが、いーなぁ〜」

「猫ちゃーん! せつなちゃんもフォークがいいんだって〜!」

「かしこまりました。佐渡様はどうなさいます? お箸でよろしいですか?」

「ぼく、おはし使えるよ〜!」

「……ショウくん、フォークにしてもらおっか……」

「はぁ〜い」

 

 ぴょこりと律儀に顔を出す猫塚に、うさぎは元気よく答えた。……が、有子は彼の手元を見て首を振った。――有子は知っている。章平はまともに箸を使えた試しがないことを……。刺し箸などは、とんでもなく可愛い行為だったのだということを……。

 有子がやれやれと昔に思いを馳せていれば、執事が隣のうさぎにフォークとスプーンを運んで来た。

 

「どうぞ、皆様。僕としたことが、気が付かなくて申し訳ありません」

「今まで学食だったからねぇ〜? お箸使えるか使えないかまではわかんないって」

「……まあ……? そう、ですかね……? そうですよね。そうですよねえ! 僕の観察不足であるはずがありませんとも! 完璧で最高に優秀な執事であるこの! 僕が! 気が付かないなんてこと、ある訳ないですよねぇ!」

「まぁだなんが言っでんなぁ〜」

「いや、ですが……ありがとうございます……猫塚氏……。素直に助かります……」

 

 ほんの少しだけしょげた様子だった猫塚は、加連の言葉にふんすと鼻を鳴らす。綿貫は呆れたように言いつつも、可愛い弟子が胸を張る様子を微笑ましそうに見つめていた。

 青錆は大層申し訳なさそうにぺこぺこと頭を下げてお礼を言う。それを見て赤ずきんとうさぎも、にこやかに執事へお礼を告げたのだった。星永はフォークをぎゅっと握ってうんうんと頷く。

 

「おはしむつかしいよねぇ〜?」

「むつかしいねえ! ぼくも上手に出来ないよ!」

「お前は袖を……。いや、いい。これで全員食べられるな? 食事にしよう。佐渡、号令」

「はぁい! それではみんな〜。おいしいご飯に感謝してー……いただきまぁす!」

 

 ため息をついた赤柳が言葉を止め、章平に告げれば、うさぎはぱんと両手を合わせて食事の挨拶をした。それが当然のことのように、全員が続いていただきますと口にする。――いつもこうしていたのだろうか? 再び言いようのない感情を滲ませた有子も、料理を一口入れる。

 ……一切の誇張なしで。その瞬間、湧いた感情は吹き飛んで目を開く。

 

「おいしい!」

「うんまー!」

「綿貫ぃ、お前これ……冗談抜きでうまいぜぃ!」

「ほんと、美味しい……」

「でへ〜。猫塚ぐんと頑張った甲斐あっだなあ」

「ふふん、当然ですよ。何せ"超高校級の家事代行"である綿貫さんと、この僕が手掛けたのですからねえ!」

「……ちくしょう、腹立つけどマジで美味い…………」

「ふむ、期待以上だ。我も褒めてやろう。この味は満足だぞ。これからも励むと良い」

 

 有子も、他の生徒たちも、表情が一気に明るくなる。食事というものはやはり、未だ成長途中の子供たちにダイレクトに届くようだった。

 それぞれ思い思いの賞賛の言葉を述べ、ある程度満たされるまで食べ進めれば、頃合いを伺ってモデルの白雪が生徒たちを見回した。

 

「食べながらでいいから聞いてくれる? さっきの話の続きなんだけど……」

 

 

 

 

「んむ……。なんのおはなし?」

 

 相変わらず小動物のような仕草で口いっぱいに頬張りながら、目はきちんと白雪を見つめ、介護士の星永はことりと首を傾げた。

 

「この異常事態の黒幕についてよ」

「白雪さん、何か分かったの?」

 

 人類学者の泡淵が、はっとしたように白雪の顔を見てタイピングする。しかしその音声に白雪姫は首を振った。

 

「いいえ、全く分からないわ。だから聞きたかったのよ。誰か、心当たりある?」

 

 そう言って彼女は生徒たちを見回す。全員がお互いの顔を見合わせて眉をしかめた。それもそのはず。16人もの生徒を――しかも半数以上が、厳重な警備で護られた希望ヶ峰学園の在校生だというのに――誰にも証拠を掴ませずに誘拐を実行してのける、そんな有能で恐ろしい存在があるとは、今まで夢にも思わなかったのだ。

 有子も食事の手を止めて、視線を落とす。まだ完食していない料理が変わらずそこにあった。今この瞬間までそのことで頭がいっぱいで、心が満たされていたはずなのに……現実のことを改めて提示されてしまうと、不変であるはずの絶品グルメはなんだか色褪せて見えた。……こんなことで、喜んでいる場合じゃないんだ……。有子の気持ちは再び重く沈み込む。

 暗い気分へ降り注いだのは、やはり重みを持った疑心を孕む声だった。

 

「……ひょっとして犯人ってあの人なんじゃないの?」

「あんだ、心当だりあるの?」

「心当たりというか、知ってる中でこういうことしそうな異常者ってそいつしか知らないというか……」

 

 言い出して淀むパティシエ双子の夜羽は、不安そうな顔をしている家事代行の綿貫を見てから、視線をあげて全員を仰いだ。

 

「みんな……"金色(こんじき)ペテン"って知ってる?」

「……!」

「……最近ネットやニュースで騒がれている、詐欺師の?」

「"おぞましいほど美しい金色の瞳に気を付けろ"……だったか? 金持ちばっか狙ってる史上最悪の詐欺師だろ? 素性はおろか、歳も性別すらわかってねーって言う……」

「お金持ちもこの中にはいるだろうし、格好の獲物ってこと?」

「…………」

 

 人類学者の泡淵が不安げに眉を下げ、アントルメンティエの菊音が補足し、モデルの白雪が言い出しっぺに訊ね、執事の猫塚が表情を失くす。

 ――"金色(こんじき)ペテン"。

 

【挿絵表示】

 

 有子もその名前は知っていた。それは……有子が今いる生徒たちを知るために見ていた、「希望ヶ峰学園新入生スレッド」でも、度々話題になっていた名前だ。数多の富裕層から莫大な金を騙し取る、ある種の都市伝説のような詐欺師。その詐欺師について、分かっていることは一つだけ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()――……。それ以外は手口はおろか、年齢も、性別ですら、何一つ正体が判明していないという。被害に遭った富豪達が口を揃えて「()()()()()()()()」と言っている、大企業を潰して回っている、被害者には自殺者も多い、むしろ殺人者であると言える、いいや実は世直しをしているのだ、つまり"金色ペテン"は義賊なのでは……半信半疑の噂話が絶えない、今日本で最も謎に満ちた犯罪者の名前。

 有子が件の人物について知っていることを頭の中で整理していれば、他の生徒たちもそういえばと噂話を口にする。彼らも知っていることは有子と同じレベルで、新しい情報を掴むことは無かった……。

 

「でもそいつ、根本的には詐欺師なんでしょ? だったらあたしたちをこんな風に閉じ込めて殺し合いを唆すのはどういう了見なのかしら? そもそもそいつ、一人を指すの? 詐欺グループを指すの?」

「俺ちゃんはてっきり、一人の詐欺師のことだとおもってたけどぉ……」

「ぼくもー」

 

 白雪の言葉に、靴職人の加連が意見を述べ、介護士の星永がそれに同意する。……確かに、有子も"新入生スレ"の情報から、何故か自然と一人だと思い込んでいた。しかし……そう、詐欺師()()()()である可能性は大いにある。何せ、その正体は依然として闇に包まれたままなのだから。有子は白雪の発想力に感心した。

 

「その推理、割と普通に穴だらけじゃない?」

「それは、そういう異常者の心当たりがそれしかないなって話で……別に僕も"金色ペテン"が犯人だって断定してるわけじゃないよ」

 

 冷ややかな眼差しで白雪は夜羽を見る。けれども夜羽はさほど気にしていない様子で首を振った。彼は心当たりがあるかと問われ、その言葉に従ったまでだ。

 聞きながらもうひとくち、料理をフォークで口に運びゆっくりと噛んで飲み込んでから、星永はぽそりと呟く。

 

「ぼくは、かんけーないとおもうなぁ……」

「……で、ですが……関係無いと結論を出すには、些か早すぎませんか……? わ、吾輩、詳しくないんですが……その、……結構な事件を……起こしているらしいですし……」

 

 臆病な城主もおずおずと議論に参加する。青錆はきょろきょろと周囲の生徒の顔色を伺いつつ、自信が無いのか言い終わりの音量はとても小さかった。そういえば、と有子は思う。城主の青錆は()()()()()()()()()()()()の管理人である。ならば、彼が"金色ペテン"について、詳しくないのも腑に落ちた。

 

「俺はよはねの意見にさんせーでーす! こんな頭イカれたことすんの、頭イカれた奴しかいねーだろ!」

「ぁ、えと……、えと! そ! そう、かな……っ! か、彼が、罪もない、人を、貶めるとは、か、か限らない、と、ぉおおもうしっ……!」

 

 はいと元気よく挙手をして見せたのは、パティシエ双子の片割れだ。菊音は言い切ってふんと鼻を鳴らしてふんぞり返る。それに反論をして見せたのは、ずっと……有子と初めて会った時から何時でもずっと、言いたい事を飲み込んで沈黙を貫いていた、奇術師の火燈だった。

 意外すぎる人物の発言に、靴職人の加連は目をまんまるにして驚きの声を上げた。

 

「んぉ? 火燈ちゃんが意見言うの珍しいねぇ〜?」

「っあ、ご、ごごごめ! ごめ、ごめんなさいっ……! あ、ぅ、ぐすっ……! ふぇ……っう」

 

 ……言われた瞬間。火燈はいつもの通りに言いたい事を飲み干して、口をぱくぱくと懸命に動かすだけ動かしてぽろぽろと泣き出してしまった。

 

「あー……。加連様? 女性を泣かせるのは僕もどうかと思いますよ?」

「んぇ!? あいやっ……! ご、ごめん火燈ちゃ……!! いやっ……ぜ、全然そんな意味で言ったんじゃないんだよぉ!!?」

 

 わざと呆れたような態度で、執事の猫塚が隣を見る。加連は思わず立ち上がって、わたわたと彼女の涙を止めるべくあれやこれやと奮闘した。

 躍起になる加連を見ながら、再び自身の手元にある料理に視線を落として、猫塚は肩をすくめた。

 

「……あなたもこの程度でいちいち泣かないでくださいよ…………」

「今ボソッとクソ発言したの、聞いてっからな猫塚おめー」

「はて? 空耳では? 僕は何も言っていませんけれど?」

「あーはいはい、そうですねぇ〜」

 

 そのあまりにも思いやりの感じられない独り言に、有子が不快感を抱くより早く、アントルメンティエの菊音がいらついたように忠告した。けれども次の瞬間、言われた執事は何事も無かったかのように人懐こい笑みを浮かべ、にこやかに首を傾げる。都合の悪い事実は無かったことにする男なのだと、彼をそう判断した菊音はため息をついて会話を放棄した。

 

「……火燈さんには悪いけど、そいつが人を貶めているのは事実でしょう? 断定には程遠いけど、疑うに足る理由は十分だと思うけど」

「しかし、それも証拠が足りないだろう。憶測で敵の本性を見誤っては墓穴を掘るぞ。黒幕が誰なのか……それは、相手のことをもっと知ってから議論すべきだ」

「うむ、笛吹き小僧は賢明だな。我も想像でしかものを語らぬことほど愚かな行為はないと思うぞ。結論を出すには根拠が不足しすぎている」

 

 ようやく彼らのリーダーが口を開いたかと思えば、その台詞は一連の会話を終わらせるよう促すものだった。フルーティストの赤柳は、真っ直ぐに生徒たちを見つめている。彼の言葉は力を持っていた。科学部の姫ヶ原も彼の意見に賛成してしまえば、生徒たちがその話を続けることは不可能であった。

 

「……気がかりなことがある」

 

 会話を終わらせた自覚があるのか、今度は赤柳が自ら話題を提示した。

 

「今日が何月何日なのか、正確に把握している奴はいるか?」

「え?」

 

 まるきりバカバカしい、くだらない質問。有子は思わず声を上げてしまった。しかし、赤柳の表情は変わらない……またも真っ直ぐで真剣な瞳。彼が悪ふざけで発言しているようには到底思えなかった。

 

「昨日の今日だから11月2日だろ?」

「え? 昨日がハロウィンだよね?」

「あ?」

 

 パティシエ双子の意見が食い違う。隣同士の彼らはお互いを信じられない眼差しで見つめあった。他の生徒たちも、菊音と夜羽の二人の発言を耳にして、表情を変える。

 

「俺ちゃんも昨日ハロウィンだったな〜って思ってた〜」

「え?」

「え、なあに猫ちゃん、俺間違えてるぅ?」

「いえ……僕も今日は2日だと……。加連様、ハロウィンパーティーの余ったお菓子、一人でお持ち帰りされましたよね? 夜羽様お手製のステンドグラスクッキー……」

「……え?」

「は……?」

 

 加連と猫塚も、双子と同じような会話を繰り広げる。お互いの言葉を信じられない、といった表情で返す。

 どういうことだ? 有子は生徒たちの昨日までの生活こそ知らないが、全寮制の希望ヶ峰学園で、同じ教室で毎日共同生活をしていた彼らの日付感覚がズレているという事実が、全く異常な出来事であることだけは分かった。

 言葉を交わす本人たち以外の生徒も、みるみる顔をしかめていく。

 

「え、なに……こわ……。猫塚ぐん、いづの話じでる……?」

「ええ? ですから、ハロウィン翌日の話ですよ。つい昨日の朝です」

「え、え、俺知らない……」

「え〜? しゅーやちゃん、おすそわけくれたよねぇ?」

「えっと……ごめん、みんな。わたしも昨日がハロウィンだと思ってた……」

 

 未来の夢を見ている生徒がいるのか、丸一日の記憶が抜け落ちた生徒がいるのか……。自分たちの身に何が起こっているのかは、有子にはさっぱり分からなかった。

 けれども、全ての原因には直ぐに心当たりを見つける。――モノヴォル、あの狐のぬいぐるみ――()()こそが有子たちにとって最大の敵であり、この不可思議な現象の全ての原因と言って問題なかった。しかし……。有子はちらと隣の白うさぎを見つめる。彼は呑気に美味しいご飯をひとり、心ゆくまで堪能していた。今までの有子たちの議論を聞いていた様子も無く、ただただマイペースに目の前の食事に夢中だった。……ショウくんのことだけは、何としても守らないと。有子のやるべき事はまるきりはっきりしていた。……そう、今日会ったばかりの生徒たちより、何より。有子にとって重大なのは、章平のこと、ただそれだけ。他の生徒たちのことを信用するなぞは、とてもでは無いがこの状況では難しかった。何故なら、有子にとっては……章平以外の全員が容疑者でしかなかったのだから。

 

 ……結局、その後もその事実の結論は出ず……。生徒たちは、一体いつから自分たちがこのような状況に陥っているのかさえあやふやで、誰もが疲れ切ってしまっていた。立て続けに悪夢のような出来事が起こったのだから無理もない。有子もそのうちの一人だった。

 食事が済んでしまえば、そのまま解散の流れになり、有子は白うさぎと共に個室へ向かう。実に久々の再会であったため、章平の方はまだまだ有子と時間を共有していたい様子であったが、前述の状況から有子は「後でね」と断った。

 

 ……そして、有子はそのまま……初めての夜を、独りきりで過ごしたのだった。

 

 

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