カタリロンパ   作:カタリベガタリ

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◇学級裁判 開廷◇

 

 

「では、まずはルールのご確認を。学級裁判の結果は、皆様の投票によって決まります。正しいクロを指摘できれば、クロだけがお仕置き。もしも間違った人物をクロとした場合は、クロ以外の全員がお仕置きされ、皆様を欺いたクロだけが卒業となります……。よろしいですね? 簡潔に言えば、事件の真相を紐解き、正しい犯人を指摘すれば良い、ということでございます。それでは、早速学級裁判を始めますよ」

「議論の前に聞いておきたいことがある」

 

 そうして議論が始まる前、誰より先に不機嫌そうに口を開いたのは、笛吹き男である。腕を組んだ彼は、一点をじっと見つめたまま眉をひそめた。

 

「あれは……どういう意味だ?」

 

 ()()……彼の視線の先。そこには、この裁判場唯一の空席……否、()()()()()()()()()()()()。粘度の高い塗料で落書きしたように、その写真には大きくバツ印がついている。それは唯一の空席であるあそこが、本来茨木が立つ予定だった彼女の席だと示すものなのだと、章平は勝手に飲み込んでいたのだが……どうやら赤柳はそうでないらしい。台上のモノヴォルはまた、くししと笑った。

 

「死んでしまったからといって、仲間外れにしてしまうのは可哀想ではありませんか? ワタクシの粋な計らいとして、賞賛していただいて結構ですよ!」

「やっぱお前、ちょくちょく猫塚とキャラ被ってね?」

「は? あんなヘンテコぬいぐるみと一緒にしないでください」

「……何やら聞き捨てならない発言が聞こえましたが、まあ、良いでしょう。ワタクシ、ジェントゥメェンですので。そのくらいで怒ったりしません。……さて、前置きはこのくらいにして。早速議論を始めてください!」

 

 こほんこほんと咳払いをして、自称理事長のぬいぐるみは無理やり空気を変えた。そうして改めて、高らかに裁判の開催を宣言する。

 章平は、意識をぬいぐるみから生きている各々の生徒たちへ向けた。……茨木の死の真相を突き止めること。この場で最も重要なやるべきことは、明白だった。

 

 

 

◇議論開始◇

 

 

 

「えーと……。まず、何から話し合えばいいのかなあ……?」

「ひとまず、分かっていることから整理していきましょう。そうして浮かんできた小さな疑問点を、皆で話し合うのはどうかしら」

「にぇへ。泡淵ちゃん、せんせーみたぁい」

「あんた真面目にやりなさいよ? とりあえず、泡淵さんの方法で行きましょう。……じゃあ、そうね、まず……モノヴォルファイルの内容を確認しましょうか」

 

 困惑する一同の中、人類学者の泡淵が提案をする。モデルの白雪の一声で、各々が自身のファイルを開いて、内容を再度確認する。

 

「うーんと、茨木ちゃんは厨房の冷凍庫にいて……バラバラでえ……」

「朝ごはんのスープに混ざっていたんだったよね!」

 

 笛吹き男のアドバイス通りに、章平も早速と発言していく。的外れでも、見当違いでも。とりあえず全て声に出そうと心掛けた。きっとその間違いの全てを、笛吹き男は軌道修正してくれる。章平はそう思うと、何も気にせず思ったことをすんなり口に出せた。

 

「……いつ……ころされちゃったんだろうね、たりあちゃん……」

「……そういえば、死因は書いてあるのに死亡時刻がどのくらい、ってぇのは記載がねぇんだなぃ……? こーゆーのって、やっぱ時間とか大事だと思うけどよぃ……」

「……わざとか?」

()()()情報の提示をしているまでですよ」

「なるほど。()()()()()()ということか」

 

 すかさず赤柳が高台を睨み上げれば、くししとモノヴォルは笑う。

 

「くしし。当然です。皆様先程手分けして捜査をされておりましたが……。クロの方はどなたとも。基本的に協力など出来ないでしょう。そのくらいは、……ねえ? 少し知識があるだけの方では、特定出来ないようになっておりましたから。その意図も汲んで差し上げませんとね。くしし」

 

 そうして再び狐紳士は話し合いへ誘導する。モノヴォルの言葉を聞いてはっとしたアントルメンティエの菊音は、すぐに科学部の姫ヶ原の顔を見つめた。

 

「そっか、知識のある……! 姫ヶ原は何か分かんねーのかよ!? こーゆーの得意なんだろ!?」

「長けている、と申告した覚えは無いが?」

 

 話を振られたかぐや姫は、しかし心底面倒くさそうな、白けた表情をしてことりと首を傾げる。

 

「いいからぃ! 分かったこと言やぁいんだってぃ! 調べてたろぃ、せつなちゃんも一緒によぃ……」

「うにゅ……。結論から言うと、モノヴォルファイルに書いてあること以上は、わかんなかったよぅ……」

 

 しびれを切らした漁師の伊海田が催促すれば、介護士の星永が姫ヶ原の代わりに、とても言いづらそうに発言した。それを聞いた靴職人の加連は、わざとらしく復唱する。

 

「んぇ? 分かんないってどゆこと?」

「茨木様の死亡時刻が、微塵も見当がつかない……ということですか?」

「微塵も、というのはちと言い過ぎやもしれぬな。少なくとも三日前は生きていただろうよ」

「ま、そりゃそうなんだけど〜……。そういえば茨木ちゃんて、最近全く見かけなかったよねん……。特にみんな、気にしてなかったしぃ……」

「なんでもっと気にしなかったんだろうね! こんな状況だって言うのにさ!」

 

 あっけらかんとしてコンフィズールの夜羽が言う。何人かの責任感の強い生徒は、その言葉でしゅんとした顔になってしまった。しかしすぐに、その自責の念は無用なものだと赤柳が切り返した。

 

「それには相応の理由があるな」

「え? なに?」

「…………」

 

 聞き返されても、我関せず。笛吹き男は黙ってしまう。これは……ええと、知っていることを言った方がいい……よね? 章平は彼の代わりに、分かった事実を提供することにした。

 

「ええと、皆が気にしなかった理由っていうのはー……"ターリアちゃんの病気"が関係しているよね!」

「……ショウくん、それって……」

「うん」

 

 有子がぴくりと反応して、章平の言葉を促す。改めて彼女に説明するように……事実を知らない皆にも伝わるように、章平は続けた。

 

「ターリアちゃんは、眠り姫病……っていう持病があって、それを笛吹きくんたちは知っていたんだったよね!」

「ああ。三日ほど姿が見えずとも気にするな、と本人から言われてしまえば……詮索するのも野暮だろう」

 

 ようやく笛吹き男が口を開けば、そうね、と事実を知る白雪が頷く。

 

「病気のことを聞いていたのはあたしもよ」

「僕もです。茨木様のお世話をさせて頂くことになった際に、お聞きしました」

「お、おいらも……ご飯の用意のこどで……」

「ぼくも聞いたよ。眠り姫病……クライン・レビン症候群。反復性過眠症。睡眠障害のひとつだよ。お昼も夜も構わず、ずーっと寝ちゃう時期と、そうでもない時期を繰り返す病気。……そのせいで、あんまりぼくたち、たりあちゃんのこと気にかけてあげられなかったんだよね……」

 

 既にその事実を知る生徒が次々と発言して、最後に星永が病の詳細を補足説明して締め括る。

 その"理由"に他の生徒たちも納得した様子だったが……。未だに目を細める夜羽は、まだ不服なようだ。

 

「人のこと言えないけど、割とみんな非情だよね。普通一日でも姿が見えなかったらさ? やっぱり心配で見に行くもんじゃない?」

「おい、よはね……。……でも、俺もその意見には同感だ。そいやあ、茨木って誰にも合鍵預けてねぇのか?」

「いいや。数人には預けていたようだ」

「その数人って、誰?」

「……佐渡。報告しろ」

 

 発言者はまたも口を閉じて。今度は名指しで章平に振る。あれっと思った章平だったが、議論を進めることが大事だよなと受け入れ、そのまま言われた通りに知っていることを口にする。

 

「はいはい! ターリアちゃんの合鍵を持っていたのはね、ずきんちゃんと、白雪ちゃん、それから猫くんだよ!」

 

 章平が証言者を指名すれば、三人はこくりと頷いて同意する。

 

「ぼくはー、何かあったら頼りたいって、渡してもらったよ。ぼくのもその時にねー、いっしょにあげたんだ!」

「あたしは、自分のは渡さなかったけど……どうしても、何かあった時のために、預かっていて欲しいと頼まれたわ」

「僕はお世話に必要でしたので、お預かり致しました」

 

 眠り姫から合鍵を受け取った事実とその理由を、三人がそれぞれ説明する。彼らの理由に不審な点は無い。そういうためにこの"合鍵システム"は提案されたのだ。

 けれども、夜羽はまだこの話題に食い下がる。

 

「他にはいないの? モノヴォル、合鍵には管理システムもあるんだよね? それくらいは教えてくれるでしょ?」

「ええ、そうですね。このくらいは。茨木さんの個室の合鍵を所持していらっしゃるのは、星永さん、白雪さん、猫塚君の三名だけです。間違いありませんよ」

 

 モノヴォルの発言で、茨木の個室の"合鍵"の所持者が確定した。

 つまり、星永世絆、白雪梨子、猫塚誠司の三名の生徒だけは、被害者である茨木本人の意思に関係無く、自由に彼女の個室に出入りすることが出来た、ということである。

 

 

 

 

「……そいやぁよぃ、姿が見えなくなった三日前、白雪は様子を見てくるとか言っていなかったかぃ? そん時は問題なかったんかぃ?」

 

 事実確認が終わったところで、漁師の伊海田は派生した疑問をモデルの白雪に投げ掛けた。そう、当然の疑問だ。()()()()()()()()()()()()――……。それを知るための手掛かりのひとつになる。

 白雪は快く返答する。

 

「ええ、問題無かったわ。普通に眠っているようだったし……。あたしが最後に彼女を見たのはその日。三日前の朝ね」

「じゃあ茨木ちゃんが殺されちゃったのは、その後ってことかな」

 

 靴職人の加連の言葉に、コンフィズールの夜羽はまたも首を振った。

 

「分かんないよ? だってその場に居たのは白雪さんだけでしょ? それ以降に茨木さんを見た人はいるの? 嘘をついているのかも。どっちにせよ、容疑者ってその合鍵を持っていた3人なんじゃないのかな?」

「否定はしないな」

「当たり前の流れよね」

 

 彼の意見に、笛吹き男も白雪姫もこくりと頷く。

 

「だったら、アリバイ確認とかしてみるー?」

「いつのアリバイを確認するのよ。茨木さんがいつ殺されたのかは、まだ分からないままなのよ?」

 

 加連の意見に、白雪がつっこむ。そう、未だに茨木が殺害されたのはいつなのか、分かっていないのだ。ここ三日の出来事だと限定したとして、殺害が可能なタイミングはいくらでもあるだろう。

 加連があからさまに面倒臭そうに頭を搔く。

 

「んぇ〜……。じゃあ、そっから絞れないか……。てゆーかさあ、そもそもなんで死亡推定時刻が分かんないの? 姫姉さん。刑事ドラマとかだと、しごこーちょくがーとかなんとか……。パパっと逆算出来るんじゃないの?」

「不可能だ」

「バッサリだねぇ〜」

 

 科学部の姫ヶ原は、悪びれることも無くきっぱりと言い放つ。加連はやれやれと肩を竦めた。かぐや姫は、流れるような仕草で懐から扇子を取り出してぱさりと片手で開くと、そのまま口元を覆う。

 

「答えをほいと提示してやりたいのは山々だが、式が成立せぬのでは解を導くことは出来ぬよ。我はもちろん天才だが、問が正しくなくば正答を用意することは無理だ。御前の言う演劇では、それ相応の設備と知識を有した人間が行うという体で、答えが判明しているだろう」

「でもお前、あの姫ヶ原だろ?」

「……何を勘違いしているのか知らぬが、我は鑑識官などでは無い。逆算の方程式は凡その推測であり、道具が限られたこの場では検査項目は著しく減り、その精度も環境により左右される。此度なぞは殺害時点での状況が不明であったからな、そもそも遺体は冷凍庫から発見されたのだぞ?」

「あ〜……凍ってたから無理ってことねぇ……」

 

 回りくどい姫ヶ原の台詞を、大人しく聞いていた加連が簡潔にまとめる。それならばしょうがないと頷く生徒の中で、首を傾げた漁師の伊海田が発言する。

 

「でもよお、茨木の全部が冷凍庫にあったかぃ? バラバラだったから、いくつか足りない部位があったはずだけどよぃ……」

「朝食のスープに混入していた分は、冷凍保存されてはいなかったな」

 

 そう、スープへの混入。章平たちが、彼女の死を知ることになったきっかけ。足りないパーツはやはり、スープに入っていたものなのだろうと章平は確信した。他の生徒もそのようだ。

 

「食材として火を入れてしまったものもあり……冷凍してしまったものもあり……。これでは流石の姫ヶ原様でも、計算は不可能ですね」

 

 執事はやれやれと困ったような顔をして自嘲の笑みを浮かべる。

 うーん……。章平は考え込む。どうして犯人は、ターリアちゃんをぼくたちに食べさせてしまおうと考えたのかな? それとも……それは、犯人の想定外のこと?

 

 

 

 

 

 

「それにしても遺体損壊が激しいな。随分と手の込んだことをやりおる」

 

 科学部の姫ヶ原は口元を扇子で隠したまま、悪趣味なものを見る目でモノヴォルファイルに改めて目を通す。そこには、いくつかの茨木の遺体の写真も載っていた。

 

「バラバラにしたのって、やっぱり食事に混入させて証拠隠滅をしたかったのかな?」

「致命傷は腹部にあった傷だな。あれだけで十二分に失血性ショックに及んだはずだ。つまり、犯人は占い師を殺害したのち、遺体を小分けにしていったということだな」

Schreck(そんな……).わ、わ、わざわざ、遺体を、は、刃物で、切って、いったと、いう、こと、ですか……?」

 

 姫ヶ原の解説に、それまで大人しく議論を傾聴していた城主の青錆が、素っ頓狂な声を上げて震え上がる。まるで動揺を隠しきれていない彼に、コンフィズールの夜羽が首を傾げる。

 

「ねえ、青錆君大丈夫? 物凄く顔色悪いけど」

「……そ、……想像、して、しまっ……て……」

「お前ダメなタイプか。あんま考えないようにした方がいいぞ?」

「天井のシミ数えてれば?」

「……て、天井……シミ……あ、あります? あれ……」

 

 双子のアドバイス通り、素直に実行しようと天を見上げた青錆は、困惑の声を上げた。その様子を見つめながら、姫ヶ原は薄ら笑いを浮かべたかと思えば、静かにぽつぽつと呟いていく。

 

「頸動脈、腋窩動脈、上腕動脈、腸骨動脈、前脛骨動脈……」

「……姫ヶ原さんは何を数えてるの……?」

「占い師の切断された血管だ」

「……あ、ぁあ〜! ぁああぁあーーッ!! Helft mir(たすけて、), ich kann es (もうだめ、)nicht, ich kann (無理)nicht. Ich will sterben(しにたい)…………」

「バグっちゃった……」

「それ何語?」

「青錆君のこと、虐めないであげて……」

 

 絶叫を上げる青錆が膝から崩れて脱力するところを、満足そうに姫ヶ原が微笑んで見つめた。可哀想なものを見つめる眼差しで加連が哀れな城主を見下ろして、人類学者の泡淵は困ったようにタイピングをするのであった。

 

 

 

 

 

 

「うーん……。凶器って見つかってないんだよね? それこそ人の身体をあんな風に切断できる道具って、何処にあったんだろう?」

 

 話を戻して。

 案外真面目に議論に参加しているコンフィズールの夜羽は、項垂れる城主の青錆そっちのけで首を傾げる。執事の猫塚はぱたぱたと彼を助け起こしに行った。その様子に目をやりながら、赤柳も議論から話題は逸らさない。

 

「解体作業を何処で行ったのか、という点も疑問だな」

「ターリアちゃんを死に至らしめた凶器は……直径5mmの細長いキリのようなもの……だったよね」

「ふむ、凶器はキリのようなもの……。とすると、厨房の包丁が、一本持ち出されていたようなのですが……こちらは事件に関係ないということでしょうか?」

 

 知っている事実を章平が口にすれば、今度はゆっくりと戻ってきた猫塚が発言する。意識はしっかり議論に向いていたようだ。彼の発言に、すかさず夜羽が眉をぴくりと動かした。

 

「包丁が無いって、どういうこと? それこそ、猫塚君か綿貫君は分からないの?」

「うーん、昨日のお昼まではあっだど思うんだげんど……」

「僕が紛失に気付いたのは、昨夜の夕食前ですね。皆様のお食事を用意する際に気が付きました」

「ならその前ってことか……」

「誰が持っていったんだろうね?」

「はいはーい!」

 

 これも、章平が調査で知ったことだ。ちらりと赤柳の顔を見ても、彼は別段章平を止めるようなことはしない。同じ事実を知っている笛吹き男が黙っているのなら、これは発言すべきだ。

 章平はぼーっとしている"その人"を見つめて、議題を提示する。

 

「包丁を持って行っちゃったのは、青くんなんじゃないかな?」

「…………Wie bit(なんて?)te?」

 

 名無しされた彼は、一瞬それを聞き流して。それからようやく脳が言葉を処理し終えたのか、間があってから驚いたように聞き返した。

 

「な……。さ、佐渡氏、な、何故……吾輩だと思われるんです……?」

「最近厨房に出入りすることが多かったって、ありすが言っていたよ」

 

 章平が証言者の名前を出せば、幼馴染はうんと頷く。

 

「うん……。青錆くん、最近よくそこに居たよね。この前なんか、ずっと突っ立ってて……。どうして包丁なんか眺めてたんだろうって思って……」

「そ、れは…………」

「他に厨房に用事のある人は、猫くんか、たぬきくんくらいだよね。二人が違うのなら、次に疑うのは青くんということになると思うんだ」

「………………」

 

 調理担当の綿貫と猫塚が、じっと青錆を見つめる。彼は俯いて黙りこくってしまった。

 本当に身に覚えのない疑いを掛けられているのであれば、すぐに否定するだろう。そう、彼は()()()()()()()。ならばそれは、城主がそれに関して、多少なりとも何かしら身に覚えがあるということである。

 アントルメンティエの菊音は、沈黙に眉をしかめて不機嫌に発言を促す。

 

「おい青錆〜何とか言えよ〜」

「……ゴメンナサイ…………」

「この謝罪は認めたということかな?」

 

 観念したように。縮こまって城主が言えば、双子の片割れは満足そうに笑みを作る。

 青錆は言いにくそうに、申し訳なさそうに……小さな声をますます小さくさせて、祈るように懺悔した。

 

Stimmt(そうです……). 少しだけ……。す、少しだけ、拝借……しました……。はい、そうです……。吾輩です…………」

「自白したなぁぃ」

「もっと早く仰って頂ければ良いものを……」

「んぇー、でもこの状況で言い出せないっしょ。しゃーないんじゃな〜い〜?」

 

 ようやく白状した城主に、猫塚はやれやれと肩をすくめる。靴職人の加連は、呑気に伸びをしてみせた。モデルの白雪が終わりかけた話を戻す。

 

「……で、包丁を持ち出したのは青錆ってことで確定ね? それ、今何処にあるの?」

「……ァ、へ、部屋……に、あります……。自室……に……」

「なんで部屋に持ってったぃ? お前、まさかそれで茨木を……」

「Unmögli(んなわけ!)ch! ちが、違う! 違いますっ! わ、わ、吾輩、そんなつもりなんて、な、無くって……!」

 

 漁師の伊海田が怖い顔をすれば、青錆はまた絶叫に近い声を上げて首を振る。恐ろしいことを指摘された事実に、臆病な城主はまた縮こまって震えてしまう。

 伊海田は震える彼をかわいそうに思って追求を辞めたが、対して容赦の無い夜羽は、追い詰めるように身を乗り出した。

 

「じゃあなんで包丁なんて持ち出したの? 明らかに凶器になるものだよね。茨木さんの事件に関係無いとしても、それでどうして部屋に包丁を持ち込むの? 未遂に終わっただけで……青錆君さあ、もしかして、誰かのことを殺そうとしてたんじゃないのかな?」

「ちがっ……そ、それは……その……あの……だ、……だって……」

「おい、夜羽……」

「なんで止めるの? だってそういうことだよね。茨木さんの事件が無事に解決したとしても、ここを明確にしないと皆もやもやしちゃうんじゃない? ねえ、青錆君は一体その包丁で何をしようとしていたのか、教えてくれないかな?」

「え、えっと……その……それ、は……その…………」

「言えないならそれで決まりだよね。青錆君は殺人者のひとりで、実行に移っていないだけの危険分子、排除対象で、僕たちの敵だよ」

「そこまでにしろ」

 

 いっそ強引に近い理論で城主を敵認定する夜羽に、待ったを掛ける声。凛としたその声は、静かな音量だったにも関わらず全員の耳に届いた。

 ヒートアップしていたコンフィズールは、突然ブレーキを掛けた発言者へ冷ややかに顔を向ける。

 

「何? 赤柳君。どうしたの? 僕は今後のためにも、とりあえずこの件を先に片付けておくべきだと思うんだけど、赤柳君は違うの?」

「違わないな。反論があるので制止したまでだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。ただそれだけの話だ」

「え……」

 

 すっかり縮こまっていた城主は、彼のその言葉に顔を上げた。章平も同じく目を丸くして笛吹き男を見つめる。

 

「……本人固まってるみたいだけど。そうなの? 青錆」

「…………え、あ……」

「そうだよな。青錆」

「…………。…………あ…………あ、ああ…………。……そ、そう、です……」

 

 有無を言わさない堂々としたその言葉に、青錆はゆっくりと首を縦に振る。

 

「そうです……。あの、食べられる時に、少しでも、その、栄養補給を、したくて……」

「れーちゃん、少食だもんね〜」

「確がに、"秘密"の事があっでがら、一層食細ぐなっで……。心配じでだんだよ〜……?」

 

 申し訳なさそうに城主がそう言えば、介護士の星永と家事代行の綿貫が、心配そうに眉を下げた。

 執事の猫塚は、静かに目を細めて口を開く。

 

「……間食をされていたのならば何よりです。理由は理解しましたが……。何故それを、赤柳様はご存知なのですか?」

「廊下でたまたますれ違った際に聞いただけだ。滅多に見ない顔だったからな。……包丁を持ち出すよう指示したのも僕だ。口にしたいが包丁の扱いに自信が無いと聞いてな、僕がやろうと提案した」

「…………。そうでしたか、失礼致しました。青錆様、お申し出頂ければ、僕がご用意したのですが?」

 

 にこやかに執事がそう申し出れば、城主はまた挙動不審ながらも言い訳を答える。

 

「え…………やっ、……えっと。……そ、そのために、わざわざ呼び付けるのも、その、た、躊躇われて……。す、すみません……。疑われるようなことを……」

「んまぁ、赤柳ちゃんが言ってるなら、もうこれは解決っしょ〜」

「そうね。赤柳が使ったと言うのなら、それで終わりの話でしょ。元々事件には関係無さそうだし」

「言えてる。疑って悪かったな、青錆。よはねも謝れよ」

「僕は可能性を指摘しただけだよ? 逆に早めに分かってよかったじゃない」

「お前さあ〜…………」

「い、いえ……。紛らわしいことをしたのは、事実なので……。あの……お、お気になさらないでください…………」

 

 そういう訳で、包丁の紛失騒動は幕を閉じた。

 

 

 

 

「じゃあ包丁も関係無かったとして……。他はどうかな? 凶器に心当たりある?」

「キリのような物といえば、倉庫の工具くらいかしら?」

「肉を纏わせなければ、骨の切断は手動鋸でも可能であろうな」

「……あ、あ、……あう、あ……あぁ…………」

「……青錆くん、耳塞いでた方がいいんじゃない……?」

 

 議論が進む中、再び情けない声を上げる城主の青錆を、有子は心配そうに見つめる。漁師の伊海田も困ったような顔をして彼女に同意した。

 

「青錆は一旦容疑者じゃなくなったからなぃ、そうしてても良いんじゃねぇかぃ?」

「い、いえ……その……あの……。す、すみません……。度々、中断してしまって……ほっといて続けてください……」

 

 心底申し訳なさそうに青錆が縮こまって、赤柳が逸れた話題を修正する。

 

「話を戻そう。倉庫の工具であれば、誰にでも持ち出すことは可能だった。所在管理を誰かがしていた訳でもないからな」

「じゃあ、凶器と解体道具は、倉庫の工具か……。全部キレイだったみたいだけど、そりゃちゃんと血とかは落としておくよねー……」

 

 靴職人の加連が思い出すように首を捻れば、アントルメンティエの菊音が次の議題を提案した。

 

「んじゃあとりあえず、次はー……やっぱ、それをどこでやったかってことを考えてみっか?」

「それこそ、茨木さんの個室って考えるのが自然じゃない?」

「でも、茨木さんの部屋はすごく綺麗だったわ。これって変じゃない?」

「……キレイだったなら、そこで解体作業をやったっつーのは考えにくいんじゃないかぃ?」

「逆だ」

 

 モデルの白雪の言葉が不可解で、伊海田が困惑する。その言葉をきっぱり切り捨てたのは、やはり赤柳だった。すかさずコンフィズールの夜羽が突っ込みを入れる。

 

「逆ってどういうこと?」

()()()()()()()()んだ。茨木の生前、奴の個室に入室したことのある奴はいるか?」

「……あ、そういうことかあー!」

「……あ、わたしも……分かったかも……」

「どういうことだい? ありす?」

 

 笛吹き男の言わんとすることを察した介護士の星永と有子は、深く頷く。それを同じようには飲み込めなかった章平は、幼馴染に説明を求めた。彼女は快く章平の疑問に答える。

 

「うん。えっと……。結論から言うと、茨木さんって、物凄くお片付けが苦手みたいで……その、……散らかって、いて……」

「占いの道具やらガラクタやらゴミやら……とっちらかって足の踏み場も無い状態だった。ベッドなんぞは酷い有様でな。マットレスは床に投げ出されていたんだ」

「茨木さんはその上ですやすや寝ていたわね……」

「そう! ぼくもね、びっくりしちゃったよぉ〜」

「……僕も少しずつお掃除のお手伝いをさせて頂いておりましたが、……なんと言いますか……。ご本人に習慣が無いのでは、無意味極まりないと感じましたね……」

 

 彼女の個室の惨状に心当たりのある面々は、苦い顔をして見せた。彼らの様子を見つめて、夜羽は怪訝な顔をする。

 

「要するに、茨木さんの個室って、想像を絶する汚部屋だったってこと?」

「ショウくんのお部屋が……物凄く綺麗だなって思うくらいには……」

「わあ!」

「佐渡よりひでぇのかぃ、そりゃやべぇなぃ」

 

 章平は思わず声を上げてしまった。自慢ではないが、章平自身の部屋も、定期的に有子や赤柳が片付けに来てくれなければ、とんでもないことになってしまうのだ。……お片付けって、むつかしいよね! 今は亡き茨木にとても親近感を覚えた章平なのだった。

 静かに議論を聞いていた人類学者の泡淵は、かたかたとタイピングをする。

 

「そんな酷い有様のお部屋が、あんなにさっぱり整理整頓されていたというのは……確かに、赤柳君たちの言う通り、変ね」

「第三者がわざわざ清掃したとしか考えられないな。殺害現場を片付けるのに、必要以上に片付けてしまったんだろう」

 

 結論。ひとまず現在の推理では……殺害現場は茨木の個室であり、犯人はその証拠を跡形もなく消し去ったのであろう、ということでまとまる。

 しかし、やはり現実的ではない考えだと思ったのか、夜羽はまたも首を傾げる。

 

「片すといっても、本当に殺人現場の証拠は何処にもなかったの?」

「それこそ、血のついた何かくらい残っていても……。いや、片付きすぎってのは分かるけど」

 

 うーんと腕を組み。他の生徒たちも改めて考える。たしかに想像を絶する汚部屋が、綺麗さっぱり片付いていたというのは明らかに不審な点ではあるのだが……。それが犯人の証拠隠滅の結果である、と断言するまでの材料は足りない。

 赤柳は再び章平に顔を向ける。こくりと頷いて、今度は彼の次の主張を予測することが出来た。

 

「焼却炉には大量の灰が残っていた。定期的に猫塚が僕たちそれぞれの出す不要物をその日ごとに処分していた……ということを考えると、この事実はおかしい」

「この大量の灰は、元はターリアちゃんのお部屋から出た、殺人の証拠になるものだったんじゃないかな? ほら、この燃え残りは布みたいだ。ターリアちゃんの血で汚れてしまったシーツや替えのお洋服を、まとめて燃やして処分したんじゃないのかな?」

「茨木の部屋が綺麗に片付いていたのも、これらの大量の物をまとめて焼却炉で処分したからだ、と考えれば辻褄は合う」

 

 赤柳が考えを述べ、章平が証拠の写真――いつの間にかモノヴォルファイルに、今まで調べていた証拠の写真が閉じられていた――を見せながら補足すれば、その結論にも皆が納得したように頷く。

 そうしてこれまでのことをまとめ、最終的な結論を加連が口にする。

 

「……じゃあー……やっぱり、殺害現場は茨木ちゃんの個室でー……。合鍵持ってる人が怪しいってことになるのかな?」

「そうね、現場がそこならそうなるでしょう」

「白雪ちゃんも容疑者なのに、すんごい落ち着いてない?」

「だってあたしじゃないもの。あたしだって証拠が出てくるわけないでしょ」

「めっちゃ堂々としていらっしゃるぅ……」

 

 白雪の出で立ちはため息が出るほど凛として美しく、彼女が犯罪行為に手を染めているとは、到底考えられない態度だった。そんな完璧な白雪姫に、加連はほああと感嘆の声を上げた。

 

 

 

 

 

 

「すげー回り道してるけどさあ。結局ここまでやってきて、犯人の目星って一人しかいなくねーか?」

「おっ! きくね、さすが! よっ名探偵!」

 

 中々出ない結論に痺れを切らすように、頭を搔いてパティシエ双子のアントルメンティエのほう、菊音が顔を顰めた。片割れはひゅうひゅうと彼女を持て囃す。モデルの白雪が微笑ましくその様を見つめる。

 

「じゃあ、名探偵さんの推理を聞かせてもらおうかしら」

「やめろよ、名探偵じゃねえから……」

 

 菊音はなんとも言えない表情をして見せた後、これまでの議論をまとめつつ、自論を共有した。

 

「ここまでで分かったのは、茨木の睡眠障害を知ってて、茨木の個室の合鍵を持ってて自由に出入り出来て、そんで厨房の冷凍庫に茨木を仕舞えて、スープに茨木入れられちまう奴だろ? じゃあ猫塚しかいねーじゃねーか!」

「おやおやおや……」

 

 当然の流れ。初めから分かり切っていたという様子の執事は、しかしさほど驚く様子もなく、「やはりそうか」という困った顔をしながらため息を着くように首を振った。

 

「残念ですが菊音様、僕は犯人ではありませんよ」

「じゃあその証拠出せよ。お前じゃなかったらスープに茨木入れられるの綿貫だけなんだぞ?」

「でしたら、綿貫様がそうなのでは?」

「え゛っ!?」

「ンなわけねーだろ、綿貫は合鍵持ってねーんだぞ」

「ですが、僕が犯人ではないというのは事実です」

 

 急に名指しされた家事代行の綿貫は、ぷるぷると震えながら驚愕の声を上げる。菊音が肩を竦めて改めて事実を述べれば、猫塚はふいと拗ねるように視線を逸らした。

 菊音は猫塚犯人説を譲るつもりはなく……。彼女はまたその説を強固にすべく理論を述べる。

 

「犯人が猫塚なら、厨房に茨木を連れてくるのだって何時でも出来るし、なんならスープに入れるのだって容易だろ! 冷凍庫を見る奴なんて猫塚か綿貫くらいしかいねぇんだから、うってつけの隠し場所じゃねえのか!?」

「……でも、その冷凍庫を開けて中を確認したのは猫ちゃんだったんだよ?」

 

 靴職人の加連が、今朝の事実を困ったように補足する。確かに、そこに最大の証拠が眠っているにも関わらず、わざわざ皆の目前でそれを暴く行為は、犯人にとって自殺行為とも言える酔狂だ。章平は実際に目にしたことではなかったが、猫塚犯人説を意気揚々と提唱している菊音が言葉に詰まるあたり、周知の事実であることは間違いなかった。章平は首を傾げる。眠り姫殺害を隠匿するために、彼女の亡骸を冷凍庫に押し込めた人物が……それを自ら公開するというのは、どう考えても矛盾している。

 菓子職人は苦い顔をしつつも、しかし自論を曲げる気はないらしく、引き下がらない。

 

「そりゃ知らねえけど、犯人じゃなかったとしても、じゃあ何であそこで冷凍庫開けるんだよ?」

「僕は冷凍庫なんて開けていませんよ」

「適当な嘘つくんじゃないわよ。ここにいる8割の人間があんたが冷凍庫開けるの見てたんだから……」

 

 猫塚は相変わらずすました顔で言ってのけるが、モデルの白雪がすぐに突っ込みを入れた。加連がまた、慌てたように声を上げる。

 

「まーまーまー! 一旦やめよ! ちょっと違う切り口から話さない?」

「では異なる側面での議題を提示しよう。食堂に最も遅くまで残り、最も早く入った輩が怪しいと、我は思うたが。どうだ?」

 

 加連の提案に、それまでの議論を静観していた科学部の姫ヶ原が乗る。それは確かに、最も単純で正当な主張だ。

 今度は双子の片割れが首を傾げる。

 

「それこそ、どっちも猫塚君じゃないの?」

「食堂に一番乗りだったのは僕ではありませんよ。犯人にはなり得ないのでは?」

「それも嘘でしょ。今朝も綿貫と二人で朝食の用意をしていたんでしょう?」

「お、おいらが行った時もう猫塚ぐんいだよぉ……」

「ほれみろぃ。てかオレが来た時にゃ猫塚、お前しか居なかったろぃ? 正直に話せよぃ」

「それとも小僧の前に先客がくつろいでおったのか? 漁師が気付かぬ場で?」

「綿貫様がいらっしゃったのではないですか?」

「いやいやいや! おいらより先に猫塚ぐんいだでしょ! なんでそんなすっとぼけんのけ!?」

「猫ちゃ〜ん……。今日何時に起きた〜?」

「5時半ですが? 何か関係ありますか?」

「いつもと同じ時間だねぇ、猫ちゃん……」

「いつも同じ生活サイクルをその日に限って崩すのは、よっぽどのことが無い限り不自然だろう。それともお前はそのルーティンを崩す程の何をしていたんだ?」

「ですから、ルーティンを崩したのは綿貫様の方でしょう?」

「ねえ、これどっちが嘘ついてんの?」

「んなの猫塚に決まってんだろ」

 

 執事はつんとして、心做し不機嫌そうに一同からの質問を突っぱねる。保身に走るあからさまな嘘ばかり並べ立てる彼に、赤柳も苛立ちを隠せずに顔をしかめた。しかし彼はすぐさま考え込むように目を伏せる。

 もう飽きたと言わんばかりに夜羽が肩を竦めて、相方の菊音は断固として譲らない。章平はどうしたものかときょろきょろ皆の顔をうかがった。有子も困惑の表情を浮かべている。……そこへ、静かに議論を展開する一声。

 考えをまとめた様子の赤柳だ。

 

「……猫塚が犯人だとは考えにくいんじゃないか?」

「なんで? どういうこと?」

「昨日の夕飯時まで、冷凍庫に茨木が詰められていなかったのであれば、茨木をそこへ移動させたのはその後から今朝にかけてのことであるはずだ」

「……つまり……どういうことだってんだよぃ?」

 

 素朴な疑問を述べる夜羽に、今まとめた自論を赤柳は噛み砕いて説明する。それもいまいち飲み込めずにいた漁師の伊海田は、頭にクエスチョンマークを浮かべて腕を組んだ。

 笛吹き男はさらに補足で言葉を加える。

 

「猫塚に昨夜のアリバイがあるのであれば、犯人とは考えにくいということになる。猫塚、昨夜は一人でいたのか?」

 

 それは、猫塚への助け舟。ひとまずこの堂々巡りに終止符を打つためのものだったが……。

 

「ええ、残念ながら。昨夜は一人で自室に居ましたよ」

 

 執事は、笛吹き男の考えとは正反対の返答をした。

 

「……あ、猫ちゃ」

「……そうか。それは変だな」

「変、とは? すみません、赤柳様。ご自身の中で思考を完結するのはやめていただけますか? 僕、何のことだかさっぱり分からないのです」

 

 持つ情報と矛盾する返答に、章平も困惑してしまった。

 加連が指摘する前に、赤柳はため息をついて目を伏せた。面倒なことになるな、といった顔だった。執事は口元だけ笑顔の形を作って、面白くなさそうに笛吹き男を見つめる。それに答える気にもならないのか、彼は章平の口を代わりに使うことにした。

 

「…………。……佐渡」

「うん……。あのね、猫くん。君は昨夜靴屋くんと一緒に居たんだって靴屋くんが言ってたんだよ。自室にいたって、それは何時から何時の間のお話をしているんだい?」

「……何時頃か? さあ? 生憎そこまで事細かに記憶してませんよ。逆にお尋ねしますけど、そう仰る佐渡様は、当然昨夜何時頃に国中様とお別れしたのかお答え出来ますよね?」

 

 わずかな苛立ちをも含んだ声色で、猫塚は微笑み(に見えるよう作った表情)を浮かべたまま、章平を見つめた。仮面のように無機質なそれを大層居心地悪く思いながら、章平は首を捻る。

 

「んん〜……。ぼく、時計の読み方分からないよ……」

「ほらご覧なさい」

「いや、佐渡はまだしも、お前は時計くらい読めるだろうが」

「あ、えっと、一応……。ショウくんとは、22時頃に別れたよ……」

「チッ……。あなたには聞いてないんですよ……」

「聞こえてるよ〜、猫塚君」

「なんのお話ですか?」

「お前ほんとゴミだな」

 

 有子がすかさず注釈すれば、猫塚は不機嫌そうに舌を打つ。夜羽に指摘されてすぐさまにこやかな笑みを作る執事を、菊音はじとと睨み付けた。

 赤柳は肩をすくめて、虚言癖でない方の証言者に向き直った。

 

「……加連、改めて聞くが。本当に昨夜は猫塚と一緒に居たのか?」

「…………いた、よぉ〜……。だからぁ、猫ちゃんはなんにも出来るはずないよぉ。俺が見てたんだからねー」

「なぁ猫塚! いい加減嘘抜きで話そうやぃ! 埒があかねーんだよぃ!」

 

 それを聞けば、伊海田は苛立ちを隠せずに声を張る。けれども猫塚は、つんとした態度のまま彼に向き直った。

 

「僕がいつ嘘を吐いたと仰るんですか? 誓って真実をお話していますよ」

「嘘ついてないって本気で言ってんなら、お前の脳みそバグってるからちゃんとしたとこで診てもらえ?」

「失礼ですねぇ、僕は正常ですよ。本日のお仕事もきちんと行っていましたよね?」

「ねぇ、呆れ通り超えて心配になってきたんだけど。こいつどうすりゃいいの?」

「お客様の中にお医者様はいらっしゃいませんか〜?」

「……何? 退屈で聴き逃したが、猫が靴屋の小僧と添い寝したと? その話は興味があるな」

「んンにゃ?!?!!?」

「は? 何言ってんですか?」

「な、ななななに言ってんですかぁ!!!!!」

「加連は何にそんなに動揺してんのよ」

「まさかお前ら本当に……?」

「ですから、違います。そんなわけないでしょう。世絆さんじゃあるまいし、いい歳した男二人が」

「……ぼく、いまでぃすられた〜?」

「そんなことないわ。気の所為よ。せつなちゃんはいい子だものね」

 

 全く思いがけない被弾を受けた星永は、不機嫌そうに首を傾げる。思わず泡淵がなだめるように微笑みを浮かべた。

 議論は混沌を極め、赤柳は頭を抱えた。

 

 

 

 

 

 

「……なあ、猫塚。お前昨日の夜、部屋に入ってから外には出てないんだよなぃ?」

「出ていませんよ」

「……だったら嘘ついてんのはよぃ……。加連の方だと思うんだけどよぃ…………」

「…………え、な、なんでぇ……?」

 

 やいのやいのと議論ではない声がそこかしこで上がる中、漁師の伊海田の一言で、議論は混沌から脱却する。靴職人の加連は、困惑を浮かべておずおずと彼に聞き返した。

 伊海田は続ける。

 

「オレぁ昨日の夜、大浴場で一風呂あびててよぃ……。その帰り、猫塚が部屋に入るとこを見たんだぜぃ。そっから猫塚が外に出てねぇなら……」

「何……?」

「は? おい、加連。どうなんだよ」

「んぇ〜〜〜〜……ぃい…………」

 

 注目を集める靴職人は、ぎゅっと目を瞑った。それは、とても罪悪感に苛まれるような様子で……。

 

「………………ごめんなしゃぁい……」

 

 彼は懺悔した。

 

「……は? おい……。てことはお前、嘘ついてたのか?」

「はい……」

「おいおいおい……加連……そりゃぁ、そりゃないぜぃ……」

「ふっっっざけんなよお前加連!!!」

「んぇん……。お、怒んないでよぅ……。ごめんってばぁ〜……」

「怒るに決まってんでしょ。なんでこの場で平気で嘘つくのよ、あんた。一回やったらね、これから先あんたの信用は無くなるのよ?」

「ごめん、ごめんってぇ……。ちゃんとホントのこと言うからさぁ……」

 

 罪が判明して袋叩きに遭う加連は、自身を庇うように頭を押さえて謝罪の言葉を重ねに重ねる。嘘の証言! それが暴かれると、こんなにも皆は激高するのだなあと驚いて、章平は嘘だけはつかないようにしようと思った。どうしても必要な嘘があっても、それは笛吹き男に任せるのが良いだろう。

 一同の怒りが静まったころ、様子を伺いながら改めて加連が証言を始めた。

 

「んと……。昨夜は確かに、猫ちゃんと一緒じゃあなかったよ。その前の日までは猫ちゃんと夜中までだべって過ごしてたんだけどさ……、昨日は猫ちゃんの時計の調整もあって、ずっとそっちに集中してて……。普通にそのまま寝落ちした……。だから、他の日はともかく、昨日の猫ちゃんのアリバイだけは、俺ちゃん、どーしても証明してあげらんないのよね……。てことです、嘘ついてごめんなさあい……」

 

 証言が終われば、しわくちゃになった某電気ネズミのモンスターのように、加連はしょもしょもと縮こまった。居心地の悪そうなその様子から、彼の反省は見て取れた。

 菊音はだんと証言台を叩いて、執事を睨み付ける。

 

「じゃあやっぱり、猫塚に犯行が可能だったのは間違いないんだな!」

「僕は嘘もついていませんし、茨木様の殺害もしていません」

「昨日の夜ひとりだったってことだけは、嘘はついてなかったけどさあ……」

「てかよぃ、加連はなんで嘘吐いたんだよぃ〜……」

「いや、いやだって猫ちゃんが殺人なんかするわけないし……!」

「するわけないからって嘘の証言するんじゃないわよ。していないのならしていない証拠もきちんとあるはずでしょ? あんたたちが場を掻き乱してるのよ、分かってんの?」

「……ごめんなさぁい」

 

 苛立ちを隠す気のない白雪がまた怖い顔をすれば、しわしわの加連はより一層しわくちゃになってしまった。その様子を見ていた菊音は靴職人のことをすっかり許して、いっそ可哀想に思ったのか困ったように頭を揺らす。

 

「……もー分かったことだし、ちゃんと謝ったんなら加連は良いよ。問題はお前なんだよ猫塚」

「何か?」

「何かじゃねーんだよ問題しかねーんだよ!」

「どうどうきくね、落ち着いて」

「猫塚が何を知っていて何を知らないのかきちんと把握したいのに、どの言葉も信用出来なくて整理がつかないのよね。全く……面倒くさい奴」

 

 加連は許され、話題は再び猫塚の糾弾へ。

 白雪がやれやれと頭を抱える横で、介護士の星永はことりと首を傾げる。

 

「あらためて聞くけど……せーじちゃんはそこに遺体があるのを知ってたんだよね? だからまっすぐに冷凍庫を開けたんだものね?」

「……猫ちゃん、冷凍庫に遺体があるって知ってたのぉ……?」

「まさか、初めて知りましたよ。犯人じゃあるまいし、そんなこと僕が知り得るわけないでしょう?」

「じゃあなんで冷凍庫なんて開けたのぉ……?」

「さぁ、どうしてでしょうね」

「はぐらかさないでよ。飲み物を取りに冷蔵庫を開ける……ならまだしも、あの状況で冷凍庫を開ける意味って何かある?」

「冷蔵庫と間違えました」

「えぇ……」

「く、くるしい……! くるしいぞ猫塚ぃ……!」

「あれだけキッチンに入り浸っていたお前が冷蔵庫と冷凍庫を間違うのか?」

「お前、毎日あそこで何してたんだよ。料理の仕込みじゃねーのか?」

「皆様、何故そう僕のことばかり疑うのです? もっと他に議論すべきことはあるでしょうに」

「お前がコロッコロ、コロッコロ手のひら返しをして辞めないからだ馬鹿野郎がぁぃ!」

 

 全員から非難の声と詰問を浴びても、猫塚の態度はつんとして変わらない。追い詰められた犯人の反応は、存外こんなものなのだろうか?

 

「誓って僕は犯人ではありませんよ」

「微塵も信用出来ない」

「だから犯人じゃないって言うなら、その根拠を出せよ! 加連に頼らずに自分のアリバイも証明出来ねーのかお前は!」

「加連様は勝手に嘘を吐いたんでしょう? 僕は彼に縋った覚えはありませんよ」

「お前……わざわざ嘘までついて庇ってくれた加連によぃ……。そりゃねぇんじゃねえのかぃ……?」

「だって僕、そんなこと頼んでいません」

「あーあーあー! いいのっ! こたろニキ! 俺はいいの! 俺が勝手にやったことなんだよっ!」

 

 伊海田が信じられないといった眼差しで猫塚を見る。加連は慌ててぶんぶんと両手を振って割り込んだ。けれども、すっかり容疑が晴れた彼の加勢は、かえって執事の印象を悪くするだけだ。

 

「加連、こいつのこと庇う必要ねぇじゃん! 絶対こいつ犯人なんだって!」

「だからぁ、俺はいいの! いいんだって、そんなふうに言わないでよ……!」

「あんたがそんなに必死になることないでしょ。本当のことならちゃんと事実が明らかになるわ」

「でも猫ちゃんはそんなことしないってぇ!」

「加連君は猫塚君の何を知ってるの? いくら仲が良くたって結局は他人なんだし、それこそ加連君にもそんな態度じゃん。保身のために誰かを蹴落とすなんてなんでもないんじゃないの」

「ちょ、ちょっと待ってって……! それって言い過ぎじゃない? そんな……」

「せーじちゃんがちゃんとお話してくれないのも、良くないと思うんだよねぇ……」

「せつなちゃん……。でも、そうね。きちんとそのお話をもう一度してもらう必要があるわ」

「んな事しなくたって、こいつ以外に犯人なんかいねーだろ! 猫塚誠司が犯人で決まりだ!」

「おい……。決め付けるんじゃない、まだ議論の余地は……」

「きくねの言う通りだよ。議論の余地も何も、なんでもないのにこんなに疑わしくて、こんなに嘘ついてるなんておかしいもん。猫塚君が犯人で……」

 

 

 

【挿絵表示】

 

「俺じゃねーっつってんだろうがよ!!!!」

 

 

 

 見かねた赤柳が話題を変えようとしたところで、一発。凄まじい怒声が裁判場に投下された。

 そのあまりに勢いのある絶叫に、全員が驚きすぎて目を丸くして、しんと押し黙ることしか出来なかった。もちろん章平も同じ。何故なら、今まで――希望ヶ峰学園に入学してから、このメンバーで生活を初めてから――そんな怒声を浴びたことがなかったのだ。

 しばらく間があって、ようやく我に返った加連が、ぱちぱちと瞬きをして、先程怒鳴り声を上げた()に向き直る。

 

「……え、え……? び、びっくりした…………。ね、猫ちゃん……?」

「グチグチグチグチ……うるせぇんだよ……。寄って集って誹謗中傷? 攻撃? ああはいはい! そーですね俺が悪いんですよ! そうですね!! 疑われるようなことしてる俺が悪かったよ!! じゃー俺が犯人ってことで良いんで、全員死ね!! はいサヨナラ!! これで満足ですか!!? 無理心中お疲れ様!!!」

「ね……ねこちゃ? 猫ちゃん、今執事さんだよ〜……?」

「うるせぇ!!! お前黙ってろ!!!」

「執事さんどこいっちゃったのぉ……」

 

 文字通り、人が変わったように。

 品行方正、礼儀正しく、にこやかで丁寧な話し方をする()()()()()()()は、どうやら……何処かへ出張してしまったようだった。そうして彼に残ったのは――生徒から覚えの無い罪を着せられ非難され、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「ごちゃごちゃごちゃごちゃ……さっきからずーーーーーっっっと、俺のことばっかり責め立てやがってお前らはどうなんだよ! 胸に手ぇ当ててみろや! やましいことなんもねぇのかよ! おい! あぁ!? クソッタレぶち殺すぞこの(CERO規定に抵触の恐れがあるため、削除)!!!!!」

 

 ヒートアップした彼の怒声が、後半、突如規制音に被ってかき消されてしまった。

 またも驚く一同の中、今まで静観していたモノヴォルが顔を上げる。

 

「大変失礼致しました。不適切な発言があったため該当の台詞を規制させて頂きました」

「なんだいまの、モノヴォルかよ……」

「突然規制音出たからビックリした……」

 

 原因が分かったところで、胸を撫で下ろす一同。しかし原因の一端を担う猫塚は、まだ興奮冷めやらぬ様子で規制音を撒き散らしている。

 

「(CERO規定に抵触の恐れがあるため、削除)!!!!!」

「猫塚お前、1回落ち着けよ。ずっと発言規制されっぞ」

「(CERO規定に抵触の恐れが以下略)!!!!!」

「ダメみたいですな……」

 

 一周まわって冷静になった菊音がうんざりしたように言っても、彼の怒りは収まりそうにない。哀れなものを見る目で青錆がぽそりと一言呟いた。

 

「失礼致しました。不適切な発言があったため以下略」

「省略するな」

「面倒なので今後は表示文言も○にさせて頂きます」

「何言ってんだ? このキツネ」

「○○○○○○○○○○!!!!」

「こういう事でございます」

「ピーピーうっせぇな猫塚」

 

 不思議な発言をする狐を他所に、ピー音モンスターに成り果ててしまった猫塚は、地団駄を踏み証言台を叩き、暴言が止まりそうにない。これではろくな反論も彼には難しいだろう。

 猫塚の怒りが収まるまで待つことにしたのか、赤柳は話題を改めた。

 

「伊海田。改めて聞きたいことがあるが……お前が部屋に入る猫塚を見たのは、大体でいい。何時頃の話だ?」

「ええっと……。結構遅い時間だったなぃ……。それこそ、午後11時手前……? いや、もっと早いか。10時半……すぎ……くらいか?」

「夜時間に何やってたんだよ、猫塚は……」

 

 伊海田は口元に指を置いて、懸命に思い出す。大体の時間が分かればそれで良い。

 伊海田が提示した夜時間ギリギリの時刻に菊音が眉をひそめたが、それには幾らか落ち着きを取り戻した猫塚が――けれども執事の仮面は依然として脱ぎ捨てたままで――答えた。

 

「お前らの飯の仕込みだよ、聞くなよ分かってんだろ」

「急にめちゃくちゃタメ口きいてくるじゃん……」

「……でもおかしいよね? その時間って、もう夜時間でしょう? なら、食堂はとっくに閉鎖されてるはずだよね」

「夜時間は午後11時からに変更になっていた。変更を申し出たのは猫塚だそうだ」

「ええ!?」

 

 ……そう。章平と共に確認した校則の変更点。驚愕の声を上げる一同を見るに、やはり関係者以外にその事実を知っていた生徒はいないらしい。菊音はすぐさま高台のぬいぐるみを見上げた。

 

「モノヴォル! お前! なんでお前、時間変わったのに平気でアナウンスの時間そのまま流してんだよ!」

「再設定が面倒くさいのですよ。それに皆様、今更お気付きということは、別段お困りでも無かったのでしょう? なら良いじゃありませんか。皆様には関係の無かったことなのです」

 

 やれやれと面倒臭そうにため息をついて、狐紳士は首を振る。ぬいぐるみの主張はまるきりの図星だったため、グレーテルも他の生徒たちも、狐へのそれ以上の追求はしなかった。

 

「猫塚君はなんで変更を申し出たのさ?」

「ていうか、そもそもそれ、変更出来たの!? モノヴォルと交渉したってことでしょ……? あんた、結構大胆なのね……」

「だって、考えてもみてください。夜時間は午前7時迄です。朝食を16人分も用意するのは、夜のうちに仕込みをしないと時間がかかってなりません。皆様、起床してからお腹がぺこぺこの状態で、数時間待ちぼうけ出来ますか?」

「急に執事に戻るな……」

「う、うーん……。でも、そう言われるとなんも言えねぇぃ……」

「カンタンなもんでパパッと済ませりゃ良いんじゃないの? それこそ朝食なんだしさー」

「う、うーん……。全員健康優良児だったら、それでもいいど思うんだげんど……」

「……ご、…………ごめんなさい……。栄養状態が……すごく悪くて……ごめんなさい…………」

 

 全員の栄養を管理していたうちのもう一人……綿貫が、ちらりと青錆を見やる。自分でも思い当たる節のある城主は、びくりと体を震わせてから、申し訳なさそうに縮こまってしまった。

 

「食べれねーもんはしょーがねーだろ。てことでまあ、ここで猫塚責めんのは違ぇわな」

「良かった! 僕の無罪、分かって頂けましたか?」

「うるせえ、まだまっくろくろすけだよ」

「チッ……クソがよ……」

 

 にこりと再び執事が顔を出したかと思えば、すぐに不良に戻ってしまった。

 綿貫が目を白黒させて彼を見つめる。

 

「猫塚ぐんって……そっぢが素なんね……」

「何なの? 元ヤン? 元ヤンだったの?」

「僕は最初から品行方正、成績優秀、真面目で勤勉な優等生ですよ!」

「……もうその仮面、剥げてますから……。繕わなくていいですぞ……」

 

 

 

 

「……ところで話を戻すが。猫塚は何時に食堂を退室したんだ」

 

 兎にも角にも。議論を進めていかねば、真相に辿り着くことは出来ない。赤柳は猫塚が冷静を取り戻したことを確認して、改めて彼を見つめた。執事はしかし――不良が顔を出すとまでいかないものの――またつんとして答える。

 

「午後11時です。ギリギリの時間まで仕込みをしていました」

「おかしいな。それならば伊海田の証言とも食い違う」

「てゆかそこで茨木を冷凍庫に詰めてたんだろ」

「詰めてねぇよ。違ぇつってんだろぶっ殺すぞ」

「はい殺すって言った! 言っちゃったね猫塚君!」

「うっせぇ黙れや。血反吐ぶちまけて死にやがれゴミカス腐れサイコパティシエ」

「なに? 喧嘩売ってんの?」

「あーもー煩い煩い、どっちも黙って!」

 

 再び中身のない口論が始まり掛けたので、白雪が一喝した。大層疲れたような顔をしてからすぐに議論モードに切り替えて、また赤柳が口を開く。

 

「改めて猫塚に問おう。何をしていたのかはさておき、お前の主張は伊海田の証言とも食い違うが、午後11時に食堂を出たのか?」

「ですから、そうですと申していますでしょう」

「ほんっとのほんっっっとに11時に食堂を出たんだなぃ?」

「本当の本当ですよ。僕は嘘を吐きません」

「もう信用出来ないのよ、あんた……」

「愉快愉快、堂々巡りだ。ウロボロスでも果てがあるのにな」

 

 再三の確認。猫塚は態度を変えず、断固として譲らない。白雪はやれやれと頭を抱え、姫ヶ原はくつくつと楽しそうに扇子で口元を覆いながら笑った。

 また一同が騒ぎ出す前に、赤柳は続ける。

 

「猫塚の主張には矛盾がある」

「そりゃそうよね、猫塚が嘘ばっかりついてるから……」

「このままじゃ永遠に終わらないよな……」

「この堂々巡りに終止符を打つため、発想を変える。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、この問題は解決する」

「あ?」

「え、なにぃ……? どゆこと?」

 

 赤柳の言葉に、ほとんど全員が頭にクエスチョンマークを浮かべる。加連が反射的に解説を求めた。しかし、赤柳はやはり、自身で説明する気がないようで……ふうとため息をつきながら腕を組む。そして、章平に振った。

 

「佐渡、説明しろ」

「はぁーい! あのねえ、猫くんは午後11時に食堂を出たと思っているけれどね。実は30分早く食堂を出ていたんだよ! 昨日の夜、猫くんが10時半頃に食堂を出ていくところを見た人がいるんだ!」

 

 章平が素直にそう述べれば、けれども助言者はきょろきょろとして、すぐに名乗り出ず。代わりに猫塚が、呆れたように首を揺らした。

 

「……はぁ。では、その目撃者というのはどちら様のことでしょうか? 何故ずっと黙っておいでなのです?」

「……っあ、あ、あの! あの……」

「どーしたのあんなちゃん!」

「あ、あの、わ、わた、わたしっ……! ご、ごめっ……。わたし、だよっ……! よ、よる、猫塚くん、を、みた、の……。10時、半、頃に、食堂を、出て、おへやに、戻って……行くの……」

「は?」

「火燈だったかぃ……」

「猫ちゃん、顔、顔! そんな睨まないであげてよぅ!」

 

 遅れて名乗りを上げた火燈に、大層苛立ちを覚えた顔をして猫塚は鋭い眼光を向けた。ひっと小さく悲鳴を上げ、少女は瞳を潤ませ縮こまってしまった。加連が慌てて声を上げれば、猫塚はむにと自身の頬を触って無理に整える。

 

「……失礼致しました。不愉快が表情に出てしまい……。……というか、それこそ彼女の見間違いでしょう。僕は確かに11時に食堂を出ましたよ」

 

 ぴくりと眉を動かして、猫塚が再びあからさまに不機嫌になる。この態度からやはり、彼の供述が嘘では無いことが判明するが、火燈の証言とも噛み合わない。伊海田が怪訝そうに眉をひそめる。

 

「……猫塚はなんで助け舟を突き返すんだよぃ?」

「僕は嘘など申し上げていないからです」

「既に嘘まみれなんだよなぃ……」

「こいつマジで自分の間違い認めねぇタイプじゃん」

 

 結論はまだ出ず。早く決着をつけたい赤柳は、またひとつため息をこぼした。

 

「はあ……。佐渡。猫塚の主張と火燈の証言、どちらも事実だと考えられる根拠を提示してやれ」

「うん。食堂の時計が進められていたんじゃないかな? 食堂に掛けてある大きな時計は、30分早く時間がズレていたんだよ。猫くんは、あの時計を見て11時を確認して、部屋を出たんだと思うよ!」

 

 章平の言葉を聞いて、生徒たちは目を開く。猫塚もその一人だった。

 彼は意外な事実に数回瞬きを繰り返して、ようやく素直な表情になった。

 

「ええ……。仰る通りです。僕は厨房の作業中は、あの時計を見て行動していました……。時計自体が間違っていた、ということですか……」

「猫塚くんは時計持ってないんだよね。壊れちゃったから……」

「俺ちゃんが直してる途中だったから、今も持ってないはずだよぉ」

「そうでなくても、腕時計などは流石にどなたも調理中外しますよね?」

「その発言だけだと全く信じられないんだよな」

 

 ある日の朝食後の出来事を思い返しながら有子が発言すれば、補足するように加連が頷く。

 そう、数日前の出来事……。あの時、火燈がバランスを崩し、猫塚の腕時計と綿貫のエプロンを汚してしまったのだった。火燈がまた瞳を潤ませて、申し訳なさそうに俯いた。

 

「……時計がズレてたのは分かったけど、なんでズレてたんだろうね? それは犯人がやったことかな」

「食堂の時計がズレることで影響を受けるのは、そこで過ごす事が多く、その上自前の時計が使い物にならない状態だった猫塚だけだ。つまり、猫塚には時計の時間をいじる理由が無い」

「じゃあやっぱり、時計の時間を変えたのは犯人なんだね!」

「そうなれば話は容易い事だろう。これで分かることは二つ。犯人は猫塚の行動を間接的に変更させる必要があったこと。そして、猫塚誠司は犯人ではないということだ」

 

 おお、と感嘆の声が上がる。笛吹き男のお陰で、堂々巡りにようやく決着がついた。

 火燈はぱっと顔を上げて、安堵した顔を見せる。

 

「よ、よかった……! 猫塚くん、は、は犯人じゃ、ないって証明、できた……よね?」

「うん! 火燈ちゃんのお陰だよぉ〜。ありがとね〜」

「……全くいいご身分ですね。状況が状況なだけにとやかく言うつもりはありませんが、ストーカー紛いの悪質な行為と同義だというのに、まるで被害者が加害者に感謝することを強いているようではありませんか?」

「あっ、あ……! ご、ごごごめんなさい、ごめ、ごめん、ね……。か、かか感謝、なんてそんな、き、きき強要、するつもり、なくて、その、あの……ご、ごめ、ごめんなさい……っうぇ、ごめ、なさっ……! ぐすっ……」

 

 にこやかに加連と見つめ合うも一転、当の猫塚が不貞腐れた顔をして嫌味を言ったので、火燈は泣き出してしまった。

 執事はますます面白くない顔をして腕を組む。

 

「……あなた本当そういう所、治した方が良いんじゃないですか? まるで僕が悪いみたいじゃないですか」

「猫塚、お前…………。めっちゃくちゃ性格悪いなぃ……」

「火燈が発言しなかったらテメーが最有力候補だったんだぞ! ちょっとは感謝しろ嘘吐きクソッタレ似非執事野郎が!!」

「はあ? 寄って集って無実の人間を犯人だと決め付けてたのはテメーらだろうがクソ能無しバカパティシエが……」

「あ?」

「は?」

「猫ちゃん、猫ちゃん、今執事さんだよ〜……」

「おほん! 僕の証言を耳に入れようともして下さらなかったのに、そんなことを仰られても困りますね。それに僕、そんなこと頼んでいませんよ」

「お前マジでクソだな!!!!!!」

 

 飄々とそう言ってのける執事に、アントルメンティエは思わず叫んでしまう。片割れを宥めるべく、コンフィズールが表情を和らげた。

 

「まあまあ、きくね。とりあえず猫塚君は事件に関わってないことが分かったってことで、いいじゃない」

「良くねーだろ! こいつのせいでどんだけ時間無駄にしたと思ってんだ!」

「俺のせいじゃねえだろ責任転嫁すんなブス」

「あ!?」

「……今きくねのことブスって言ったの?」

「お前らマジでうるせえホント死ね」

「はあ?」

「ああ?」

「はぁーいはいはい! どうどう! 落ち着きましょー!」

「……ねえ、このやり取り何回やるの?」

 

 先程見た展開と同じやりとり。加連がわざとらしく声を上げて仲裁すれば、白雪が呆れた顔をするのだった。

 

 

 

 

 ともあれ、議論は進展を見せる。

 赤柳は再び口を開いた。

 

「先刻の話を思い返して欲しいのだが……。ほとんどの人間が夜時間の変更に気付いていなかった。さらに夜時間アナウンスは、変更後も変更前と同じ時間に、同じ内容を放送していた。そして、猫塚は午後10時半に食堂を出、自室へ戻った……。つまり、30分間、食堂に出入り出来る時間が犯人にはあったんだ。茨木の遺体を冷凍庫に押し込んだのは、その時間だろうな」

「犯人は当然、夜時間の変更を知っていたってことになるわよね?」

 

 丁寧に赤柳と白雪がまとめたところで、ゆらゆらとつまらなそうにしていた菊音がぽつりと零す。

 

「じゃあ綿貫なんじゃねーの?」

「え゛っ!!」

「結局戻ってきちまったじゃねえかぃ……」

 

 名指しされた綿貫はたまったものではないが、伊海田の言う通り。最も怪しい人物は容疑がほとんど晴れたのだ。ここまで話して、犯人像がまだ出てこない。飽きてきてしまったのか、数人の生徒たちは疲れたようにゆらゆらと体を揺らす。

 しかし、議論の余地はまだある。まだ話すべきことがある。赤柳は断固として首を振った。

 

「断定するのは早い。電子生徒手帳から校則を読み返せば、時間が変わっていることを誰でも知ることが出来た」

「そ、そうだよ……! そもそも、おいらがどうやっで……茨木さんを殺ずのざ? おいらは合鍵は預がっでないんよ?」

「……眠っている茨木さんを、部屋で殺害するというのは……綿貫には不可能ね」

「だったらやっぱり、合鍵持ってた奴らが怪しいだろ」

「ですが、僕の潔白は証明されましたよね?」

 

 綿貫の反論に、白雪は頷く。菊音がまた猫塚を睨みながら意見を出したが……その視線の先の彼は、ついさっき疑いが晴れたばかりだ。

 

「じゃあせつなちゃんか白雪さんってこと?」

「ぼくは、たりあちゃんをころしたりしないよぅ……」

「あたしだってそんなことしないわ。こんなくだらない事で手を汚すなんて、有り得ない」

「でも二人のうちのどちらかとしか考えられないよね……」

 

 残る容疑者はふたり。しかし、二人とも首を振った。それはそうだ、犯人ですと名乗り上げる愚か者ではないだろう。絞れたところで、判断材料が不足している……。うーんと夜羽が身体をひねれば、考え込んでいた赤柳が顔を上げた。

 

「いや……。他にも可能性があるかもしれん」

「どういうこと?」

 

 泡淵が首を傾げた。今考えられる可能性は、本当に他にあるのだろうか?

 しかし、笛吹き男はすぐに答えを述べた。

 

「……茨木が犯人を自ら部屋に招いたのではないか、ということだ」

 

 ぱちくり。まさかの主張に、泡淵は数度瞬きをして、眉をひそめた。そしてそのまま彼の言葉を噛み砕いて、念押しする。

 

「犯人を……茨城さん自身が許可して、部屋に入れたということ?」

「そうすれば、合鍵を持っていない人物でも個室に入室することは可能だ」

「いや、そりゃそうだけどよぃ……」

「いくらあのぽやっとしてる茨木でも、そんなことするかあ?」

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、そうしてターゲットを部屋に招き入れたとしても矛盾はない」

「……はい?」

 

 赤柳の言葉を聞いて、耳を疑った一同が首を傾げる。そうして彼の言葉を咀嚼して……理解しても、その言葉は受け止めきれず。

 加連はすっかり困惑して、赤柳にもう一度説明を求めた。

 

「……え、ちょっと待って? なん……て、言ったの? 赤柳ちゃん……」

「……佐渡、説明しろ」

「え? うん……。あのね、たぶん笛吹きくんは、これを見て推測しているのだと思うよ!」

 

 急に話を振られた章平だったが、もちろん、章平は笛吹き男の言わんとしていることを理解していた。先ほどやったように、モノヴォルファイルから見つけた証拠を呼び出して、全員に見えるように指し示す。

 それは、茨木の部屋で見つけた……何かの計画表だ。

 思わぬ証拠品に、生徒たちはまじまじとそれを見つめて言葉を失った。

 

「……え、何これ……」

「……確かに僕は時間で作業を区切って行っていましたが……。それにしても、これは……」

「こうして見ると、みんな行動パターンって分かりやすいんだねえ……」

「これ、一体何なの? 誰がまとめたものなの?」

「ターリアちゃんのお部屋から見つかったよ。他にも同じ字のノートがあったから、ターリアちゃんが書いたもので間違いないと思うんだ。……それでね、ターリアちゃんがこんなにみんなのことを調べていた理由って、なんだと思う? 何時に誰が何処に居るのかって、絶対に把握するべきことなのかな?」

「まるで何かの計画を練っていたようだ。この状況で考えうる計画とはひとつしか見つからない。()()()()だ」

「………………」

 

 絶句。

 数名がショックを受けたような顔をして、そのまま俯いてしまった。無理もない。ここに連れてこられてから、今まで何気なく過ごしていた間に……茨木は誰かを殺そうと、既に動いていたということなのだ。

 受け入れ難い事実に戸惑う一同の中、案外すんなり飲み込んだ様子の夜羽が、また議論を展開させる。

 

「でも……そしたら、折角絞った犯人像がまた広がっちゃったよ?」

「確実に言えることは、少なくとも猫塚は犯人じゃないってことだけかぃ……」

「猫塚が犯人では無いということが分かったところで、ひとつ新たな疑問が生じる」

 

 伊海田のつぶやきに重ねるように、赤柳はさらに意見を整理していく。

 ……もう、彼の中で犯人は確定したようだった。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()ということだ」

「それって……どういうこと?」

 

 先の話題。もう議論し終えたその話を蒸し返す笛吹き男に、説明を促すように赤ずきんが首を傾げる。

 

「考えてもみろ。シーツや物に付着した血液は、もちろん焼却炉で処分することは出来るが……。()()()()()()()()()を、どうやってあそこまで綺麗にする?」

「…………」

 

 数秒の、沈黙。

 全員が犯人の視点に立って、ただでさえ()()()だった殺害現場を、綺麗さっぱり清掃する方法を考え込んだ。

 

「……たしかに」

「……え、な、なんか急に怖くなってきちゃった……。本当に、茨木さんの部屋で殺人は起こったの……?」

「新居同然、ピカピカだったよね……?」

 

 そして、その方法がまるで思い付かない面々は、恐怖に怯えたり、ますます顔を顰めたり、唖然としたり。様々な反応を見せた。

 不可解な現象が起こっている。けれどもそれは、()()()()()()()()()()()

 

「刺殺による失血。それはそれは、おびただしい量の血液が部屋に撒き散らされたはずだな。……その痕跡が無いのであれば、確かに、考えられることはふたつだ。そもそも占い師の個室が殺害現場だという推理が誤りであったか、或いは……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()か」

「……そう。これで分かっただろう。犯人像ははっきりした」

 

 姫ヶ原の言葉に、赤柳は深く頷いて目を閉じる。そうして彼は淡々と……犯人像をまとめた。

 

「犯人は……厨房に出入りしていても違和感を持たれず、猫塚に気付かれずにスープへ茨木の一部を忍ばせることが出来、茨木の持病を把握していて、血塗れになったであろう現場を新居同然までに清掃し、整えることの出来る人物」

 

 笛吹き男は、そこで一旦、言葉を区切る。区切って……それから、静かに目を開けて。指揮を執るように右腕をそっと挙げて人差し指をつくり、()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

「……それはお前だろう、綿貫草太」

 

 

 

 

 

 

 

 

「……え」

 

 狸は、ぱちくりと瞬きをして。そうして、笛吹き男が自身を指したのだと理解すれば、みるみる顔色を変えていく。

 

「……いや、いや、だっで……。違う……。違うよ! おいらじゃない!」

「分かった。綿貫。反論を聞こう」

 

 焦ったように、怒ったように。ぶんぶんと首も手も勢いよく振った綿貫の否定を、赤柳は素直に首を振って受け入れた。

 

「お、おいらに犯行は不可能だよ……! だ、だっでおいら、茨木さんの合鍵持っでねぇし!」

「それは先程結論を出した。茨木が自ら部屋に招いたのならば、合鍵を所持していなくても犯人に成り得る」

「でもさあ! 茨木さんバラバラにずんのに、ノゴギリどが道具持っで来だわげでしょ!? その移動はどうずんのざ!?」

「そんなもの、茨木本人の電子生徒手帳を使えば良いだろう。茨木が殺された時点で中にいる人間が、合鍵を持っていない人間だとしても関係ない」

「さ……30分しかねぇのに、茨木さんを移動さぜるなんで出来ねぇよ……!」

「そのために茨木を解体したのだろう。一度に遺体を丸ごと持ち運べずとも、小分けにして往復すれば、仮に誰かに見つかったとして、そこまで不審に思われないだろう。茨木の申告で、少なくとも3日はその準備期間が存在した。部屋の清掃をする猶予も十二分にある。そもそも、奴がそんな申告をしたのも、奴自身の計画のうちだったのだろうな」

 

 章平をはじめ、他の生徒は二人の対話を見つめることしか出来なかった。綿貫が懸命に反論して、赤柳がその主張を切り捨てる。二人が言葉を使って戦っているようだと章平は思った。

 綿貫は、ぐぬぬと表情を歪ませて、さらに続ける。

 

「ていうがっ! 夜時間ギリギリに行動ずるなんで、危ねぇよ! だっで夜時間は異性の個室に出入りしちゃいげねぇんだがんね!」

「例え夜時間に切り替わった時に茨木の個室に居たとしても、()()()をしなければ問題は無い。それはそこの双子がよく知っている事だと思うが」

 

 突然話を振られて、双子は互いを見合わせる。そうしてすぐに、うんと頷いた。それは、彼の言った通りの事実でしかない。迷うまでもない真実だ。

 

「そうだね、僕たち普通に夜は一緒に寝てたよ」

「そもそも男女がどうこうだなんて、きょうだいなんだから関係無くねぇか?」

 

 双子はそう言って首を傾げた後、菊音の方は不安そうに表情を曇らせた。犯人だと疑われている綿貫の逃げ道を、自分が塞いでしまったからだ。

 伊海田は彼の援護をすべく他の反論を探しているようで、白雪や泡淵も同じように考え込んでいるようだった。青錆は胸元で両手を組んで震えていて、火燈は瞳に溢れんばかりの涙を浮かべて、姫ヶ原は扇子をしまって目を細める。加連は怒ったような、困ったような表情を浮かべていて、猫塚はそこに意識がないかのように呆然としていた。有子はどうしたらいいのか分からずおろおろとしていて、星永は無表情で容疑者と探偵の攻防をじっと見つめている。

 綿貫はしかし、譲らない。

 

「だどじでも! だどじでもだよ! それがおいらだって証拠にはなんねーでしょ!? お部屋が綺麗だっだがらっで、そんだけ……そんだけの理由で、おいら疑われなぐっちゃいげねぇなんで、おがじいよ!」

「綿貫さん……」

「証拠が無いじゃん! おいらだって、それがおいらなんだって決定的な証拠! そうだよ……! じゃなきゃ特定出来ないよ……! だって、おいらたち、犯人を間違えだら……全員、死ぬんだよ!?」

 

 その一言にはっとしたように、一同が顔を上げる。

 ……そう。この犯人探し。普通の探偵ごっこではない。もしその答えを間違えてしまえば、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……そ、そうじゃん……! 俺ら、命掛かってんだぜ!? やっべ……猫塚にしなくて良かった……」

「疑わしい人がいたとしても……確かに、最終的な判断は慎重にならざるを得ないわね」

「決定打が無かったら、そ、そんな……ぜんぜん、決められないよねえ……!?」

「そう……ね。間違いないという確信がない状況では、人は行動を移すことは困難だわ」

 

 恐ろしい事実を実感を持って認識した生徒たちは、怯えた表情をして見せた。そう、だからこそ……誰も。誰も、綿貫こそが真犯人であると、高らかに主張することは無かった。

 ……ただ、ひとりを除いて。

 

「……綿貫。ひとつだけ尋ねたいことがある」

「なん、それ……。それ聞いだら、おいらが犯人だっていう決定的な証拠になんの!?」

「それはお前の答え次第だ」

 

 凛として赤柳は立っている。迷いが一切無い眼差しで、彼は綿貫ただひとりをその瞳に映していた。

 それは、とどめの()()()がまだその手にあると、確信している目だった。

 

 

 

【挿絵表示】

 

「……()()()()()()()()()()()?」

 

 

 

 

 

 

「え? エプロン……?」

「いや、そんなの今着けてるし……」

 

 意外な問い掛けに、生徒たちは彼の真意を図り兼ねる。

 当然通じることは無いと承知だったのか、赤柳はすぐに頷いた。

 

「僕たちの制服は、何故だかそこの狐が全て、そっくりそのまま同じ新品未使用のものを、各個室に用意している。だから、替えのものには困らないだろうな」

 

 赤柳はそう言って、じろりと忌々しそうに高台にいるぬいぐるみを見上げる。そしてすぐに、()()()に向き直った。

 

「……だが、綿貫。……()()()()()()()()()()()()()()()は、あの一点のみだな。あれは今、何処にある?」

「…………」

 

 真っ直ぐに綿貫を見つめ、赤柳はもう一度問い掛ける。けれども、たぬきは俯いたまま、黙り込んでしまう。……そうして、数分。彼の言葉を待っていた笛吹き男は、もう十分に猶予を与えたと判断し……息を吐いて、目を伏せた。

 

「答えられないのであれば、そういうことだ」

「そういう、ことって……じゃあ……」

「……たぬきくんの、あのかわいいエプロンは……焼却炉の中で灰になっているんだって、そういうこと……だよね……」

 

 捜査時間の時、笛吹き男と共にトラッシュルームを調査した時のことを、章平は思い出した。煤だらけの唯一の燃え残り。厚手の布のようなもの。……あれこそが、「星永が落書きした一点物のエプロン」……まさにそれだったのだ。

 もう、何の反論もしてこない()()()。赤柳は静かに言葉を紡いだ。

 

「……恐らく犯人にとっても、今回の事件は想定外だった。茨木の殺人計画……。あれが完遂されていれば、この場にいたのは犯人ではなく、茨木大璃愛その人だったはずだからな」

 

 そして、彼は章平を見つめる。

 

「……佐渡。最後に事件の全容をまとめてくれ。お前がその口で、真相を明らかにするんだ」

「え? う、うん……。分かったよ」

 

 突然のことに、章平は驚いた。けれども笛吹き男がそう言うのであれば、そうすることが正しいのだ。絶対絶対、そうすべきなのだ。

 章平は改めて、これまでの議論と推理を頭の中でまとめ、そして口を開いた。

 

 

 

 

◇事件概要◇

 

 

 

 

 事件の発端は……ターリアちゃんの殺害計画。その動機まではよく分からないけれど……。ターリアちゃんは犯人を殺すために、皆の夜時間の行動、毎日のルーティン……入念な下調べをしていたんだ。ターリアちゃんには、持病……ほんとうの眠り姫みたいになってしまう、睡眠障害があった。その事を笛吹きくんたちに共有していて、三日くらいはターリアちゃんがひとりきりになる時間が確保されていた。それを利用して、彼女は自分の個室で全て片付ける計画を立てたんだ。

 

 ターリアちゃんは犯人を自室に呼び出して……、そこで犯人を襲った。けれども、病気を持ってるターリアちゃんと、健康な犯人では、そもそもターリアちゃんは不利だったんだ。証拠がないからここは想像で語るしかないけれど……でも、きっと犯人は、ここでターリアちゃんを返り討ちに……勢い余って殺害してしまったんだ。

 

 思いがけない殺人に、犯人は焦った。けれども、犯人もターリアちゃんの病気のことを知っていたから、このまま三日の間は誰も部屋を訪ねてこないことも知っていた。だから、犯人はその時間を使って、殺人の証拠を隠滅することにしたんだ。攻防で出来た争いのあとを、持ち前のお掃除の才能で徹底的に排除した。……それも不自然なくらい、新居同然にピカピカにしてね。処分品は皆にバレないように、まとめて焼却炉で灰にしたんだ。あんなに可愛いと言っていた、ずきんちゃんの絵がついたエプロンもそうだよ。きっと返り血でどうしようも無いくらいに汚れてしまって……処分するしか無かったんだね。

 

 その後、決定的な証拠であるターリアちゃん本人を、犯人はどう片付けるか迷った。そこで思い付いたのが、ぼくたちに証拠を消させる方法……。ターリアちゃんの遺体を全てぼくたちが食べてしまえば、ターリアちゃんの身体はどこにも居なくなる。……そうするために、犯人は僕たちのごはんにターリアちゃんを忍ばせることにしたんだ。夜時間の変更を猫くんから聞いていた犯人は、おそらくほとんどの皆が知らないであろうこの事実を利用して、ばらばらにしたターリアちゃんを厨房の冷凍庫に移動させたんだ。そうするために、夜時間ギリギリまで作業をしている猫くんを厨房から追い出すことが必要になって、食堂の時計の時間をズラしたんだ。猫くんは、自前の腕時計が壊れてしまっていて……食堂の時計を見て作業をしていたからね。

 

 そうしてターリアちゃんを少しだけスープに混ぜ込んだ犯人は、翌朝何食わぬ顔で猫くんに合流し、朝食の準備をしたんだ。ターリアちゃんのおにくが入った、特製スープをね……。

 

 

 ……そう、ターリアちゃんを殺した犯人……。それは、ターリアちゃんの病気を知っていて、食堂の出入りも不審に思われないひと……。

 

【挿絵表示】

 

 きみなんだよね。たぬきくん……。

 

 

 

 

 

 

 

 

「これが、事件の全容だよ」

 

 章平はほうと息を着く。やはり()からの反論は無かった。ただただ、息を殺すように。俯いて、沈黙を貫いて……それはまるで、罪を悔いているかのようだった。

 議論、終了。

 全ての疑問が解決され、事件の全貌が明らかになった。これまで静観していたモノヴォルは。静かに立ち上がる。

 

「……さて。議論の決着がついたようですね。それでは、これより投票タイムに移ります。皆様、お手元のパネルにて、犯人だと思う人物を指名してくださいね。……ああ、心配ないとは思いますが、誰にも入れない……というのはナシですよ? ……投票の結果、クロとなるのはどなたか? その答えは、正解なのか? 不正解なのか――?」

 

 狐が嬉しそうに、それでいて静かにそう宣言すると、章平の証言台にある小さなパネルが起動する。そこには、生徒たちの顔写真が一覧表示されていた。答えはもう、決まっている。章平は迷うことなく綿貫草太(真犯人)の顔をタップする。

 そうしてしばらく……そう、しばらくの間があった。犯人指名の制限時間が終了してやっと、システムの音声が沈黙を破る。

 天井から降りてきた大パネルに、投票結果が表示される。その結果は――()()()()()綿()()()()。間も無くぱんとクラッカーの派手な爆発音と、ファンファーレが鳴り響く。モノヴォルは満足そうに拍手をして見せた。

 

「大大大、大正解! 素晴らしい! 皆様は優秀な生徒でございますね! おめでとうございます! おめでとうございます! おめでとうございまぁぁぁす!!」

 

 嬉しそうな祝いの言葉。祝福を奏でる音楽、演出、紙吹雪。

 ――けれども。章平は首を傾げる。何故って目の前のそれが、とても奇妙な光景だったから。

 

 

 犯人はもちろん、尊敬する名探偵も。生徒たちは誰一人として、喜びの表情を浮かべていなかった。

 

 

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