カタリロンパ   作:カタリベガタリ

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「素晴らしい、大正解! 今回、茨木大璃愛さんを殺したクロは――綿貫草太君でした!」

 

 けたたましく鳴るファンファーレがようやく鳴り止んだころ。モノヴォルはぱちぱちと拍手をして宣言する。巨大モニターには、犯人が綿貫であるという表示がでかでかとされていた。

 

「ホントに、綿貫が……?」

「茨木さん、を……!」

「なんでだ……」

 

 困惑を見せる生徒たちの中、ひとり責めるように、双子の片割れが口を開いた。

 

「なんで……なんでだ? 綿貫、なんでこんな……」

 

 アントルメンティエの菊音は、きっと家事代行の綿貫を睨み付ける。全員の注目を集めた彼は、しかし泣きそうな震え声で首を振るしかなかった。

 

「なんでも、なにも……ねぇよ。佐渡ぐんの言っだ通りだ……。茨木さんに呼ばれで、そんで、ギリで襲われで……。こ、殺ずづもりなんでながった……! ホンドだよ……! だけんど、でも……」

 

 それから、彼は言葉を区切って。……しばらく開いた間の果てに。

 

「ごめん……」

 

 たぬきは、謝罪の言葉を一言置いて。申し訳なさそうに俯く。

 それだけだった。

 それ以上の弁明も、言い訳も。彼は何一つしようとしない。否、きっと言いたいことはたくさんあるのだ。彼の事情も、言い訳も、弁明も。たくさんたくさん、あるに決まっていた。

 けれど……。

 彼は、自分を見つめる生徒たちの眼差しを受けて、口を噤むしかなかった。

 有子は震えていた。すべてがとてつもなく恐ろしく思えたのだ。先程までの天才たちの議論も、この状況も、狐紳士の存在も、綿貫の犯行も、すべて。すべてが、有子にとって何より信じ難い、()()()だった。

 言葉を探す一同。何か、綿貫に言いたいことが……言わなければいけないことがある。けれども、有子も他の生徒も。適切な台詞は、何一つ浮かばない。

 ……そんな中。

 

「綿貫さん」

「あぁ……。猫塚ぐん……。ごめん……なぁ……。罪、擦り付けるようなごど…………」

 

 ぽつり、と。執事の猫塚が顔を上げて、声を漏らす。

 

「僕、まだちゃんこ鍋を教わっていません」

「……え……?」

 

 何の表情も読み取れない。そのままの顔だった。そこには怒りも悲しみも、恨みも憎しみも、何一つない。ただ、真っ直ぐ猫塚は綿貫を見つめていた。

 それは――()()()()()()()()()、まだ、望んでいるようで。

 

「ロールキャベツも、ミネストローネも、角煮だってまだです」

「…………ごめん、なぁ……」

「コロッケだって、……」

「ごめん…………」

「……………………」

「猫ちゃん……」

 

 そうしてまた、猫塚は口を閉じた。いつものにこにこ微笑んでいる彼とも、先程まで怒鳴り散らしていた彼とも違う。心がすっぽり抜け落ちてしまったような彼の姿は、有子が初めて目にする執事の姿だった。心配するように加連が声を掛けたが、それだけで……。

 有子たちを、また沈黙が襲った。

 しかし、再び訪れたそれはすぐに破られることになった。 

 

「ねえねえ、ターリアちゃんの動機って、結局何だったのかな?」

 

 その声に、有子は思わずぎょっとする。()()()()()、のんびりした声――他の誰でもない、白うさぎだ。その余りに空気の読めない一言に、数人の生徒が顔をしかめていくのが分かった。

 

「……動機? 茨木のなんか、ンなもんカンケーねーだろ。殺したのは綿貫なんだからよ」

「たぬきくんは巻き込まれただけだよ。たぬきくんにはターリアちゃんを殺そうという気持ちは、はじめは無かったんだもの。だって全ての発端は、ターリアちゃんがたぬきくんを殺そうとしていた事だって、みんなでお話しただろう?」

「……佐渡」

「その理由って、なんだろう? うーん、そこまではやっぱり、ターリアちゃんしか分からないのかな……。たぬきくんに心当たりはあるかい?」

「…………」

「たぬきくん、教えておくれよ。ぼくとっても気になって気になって……」

「佐渡、やめろ」

 

 静かに目を伏せていたフルーティストの赤柳が、語気を強めてうさぎに制止の声を上げる。言う通りにぴたりと止まった章平は、ぱちぱちと瞬きを繰り返して彼の顔色をうかがった。

 

「……笛吹きくん……? どうしたの?」

「それ以上聞くな。それは、僕たちには関係無い。知るべきでないことだ」

「そう……なのかい……? でも、たぬきくん……」

「聞こえなかったのか? 僕はやめろと言ったんだ」

 

 それでも腑に落ちない白うさぎに、笛吹き男は更に強く制止した。余りにも強いその語調に、有子はびくりと肩を震わせた。これには流石の白うさぎも、彼に怒られてしまったのだと理解したのか、しゅんと眉を下げる。

 

「ご、ごめんよう、笛吹きくん……」

「知りたがっているのですから、教えて差し上げれば良いではありませんか?」

「……モノヴォル」

 

 その場で一匹。愉快そうな音声を出力したぬいぐるみの狐は、ギロリと赤柳に睨み付けられたというのに、相変わらずの飄々とした態度で続ける。

 

「そう怖いお顔をなさらないで下さい。ほら、皆様の今後の為にも……茨木さんが何をお考えになって行動を起こしたのか、知るべきではありませんか? 先程ああは仰いましたけども……赤柳君も、内心ではそう考えているはずです」

「黙れ、知ったような口を聞くな」

 

 ますます不機嫌に赤柳が睨んでも、モノヴォルの態度は変わらない。

 代わりに、うーんと唸ったのは双子のもう一人。

 

「……確かに、なんで綿貫君だったんだろうね。それこそ、ヤバそうな"秘密"を持ってたのは青錆君だって明確なのにさ」

「……………………」

 

 突然夜羽に名指しされた青錆は、蒼白になって俯く。……そう。初めて自身の抱える"秘密"が、他者にも知れたのだと判明した時……最も取り乱していたのは他でもない、この城主だ。疑心暗鬼の種を片割れが振りまこうとしているのを、すかさず菊音が顔をしかめて諌めた。

 

「よはね、やめろって」

「え? うーん……。まあいいや、そうだね。今は綿貫君の話だし」

「でも……なぁ? 綿貫は別に……なんてことねぇことだろぃ? 綿貫じゃなきゃいけなかった理由なんて、んなの、ある訳ねぇだろぃ……」

「………………」

 

 困ったような、悲しそうな、そんな表情をして伊海田が言う。綿貫本人をうかがうように傾げたその首は、しかしたぬきの目には入らず。彼は黙りを決め込んでいる。

 言うべきか、言わざるべきか。それをずっと、悩んでいるようだ。痺れを切らして、狐紳士が台上からやれやれと肩をすくめる。

 

「えー、では、綿貫君がお話したがらない様子ですので……。ワタクシが代わりにお教え致しましょう。()()()()()綿()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のです」

 

 モノヴォルの言葉。有子はそれをすっかり耳に入れても、だからなんだ? という感想しか持ち得なかった。それは他の生徒たちも同じようで……。それが章平の提示した疑問の回答になっているとは、到底思えなかった。

 

「……そりゃあ、そう……だろぃ。人を殺しゃぁ、ここから出られるって、そうお前が言ったんだぃ。それをする意味なんざそれしか無ぇ。でもよぃ、そりゃ綿貫である理由じゃあねえだろぃ……」

「いいえ。彼女にとっては、綿貫君でなければいけなかったのです。何故なら彼女に配布された"秘密"は、綿()()()()()()()()()のですから」

「は!? どういうこと!?」

「なんで、綿貫……!」

「…………」

 

 モノヴォルの台詞に、生徒たちは顔をしかめる。その意味は理解出来ても、その背景まで把握出来ない。詳しいことは、その"秘密"を知っている人物に尋ねるしか無かった。なぜなら……その事実より、()()()()の方が今は重要だったから。

 綿貫は一度ぎゅっと目を瞑って、それからそっと開いて、観念したように肩を落とす。

 

「茨木さんの気持ちは……正直、よお分がんだ……。だっで……おいらを殺しぢまえば……。みんなみんな、ごっがら出られんだがら……」

「何……言ってるの? 綿貫君……」

 

 困惑して泡淵が尋ねる。皆、彼の言いたいことを推し量れずにいた。綿貫は、またも俯いて……しかしすぐに顔を上げて、ポケットから自身の電子生徒手帳を取り出し、起動する。

 そうして彼は、自身の"秘密"を知らしめた。

 

 

『秘密のこと・綿貫草太』

『事故で人を死なせたことがある』

 

 

「……おいらの、お掃除……。……それが、原因で……フローリングで滑って……頭を打っで……それで……。………………」

 

 有子がその文字を頭に入れ終わるのと同時に、綿貫が補足説明をして口を噤む。生徒たちは例に漏れず、目を開いた。

 

「それで……その人が、亡くなった?」

「そんなの……。そんなの、綿貫は悪くねぇだろぃ!!」

 

 白雪の確認の言葉にこくりと綿貫が頷けば、伊海田が思わず叫んだ。赤柳も顔を顰めて腕を組み、段上の狐をまた睨み上げた。

 

「なんの過失も無いじゃないか。罪に問われることじゃない……。綿貫は、正しく仕事をしただけ。依頼を全うしただけ。その後のことまでお前は、それが殺人だと主張するのか?」

「かたちがどうあれ、人様を死なせてしまったことは事実です。たとえ法で裁かれずとも、原因は綿貫君にあります。『人を殺したことがある』ことに相違無いでしょう?」

「クソッタレが……!」

「じゃあ、"悪役(ヴィラン)"は綿貫だったってこと……!? それなら……」

「ああ、いけない。そうですね。そこもご説明致しませんと」

 

 生徒たちのやり取りを静観していたモノヴォルは、ぽふと思い出したように手を鳴らして立ち上がる。そうして一同の注目を集めたぬいぐるみは、にやりと左眼を妖しく輝かせた。

 

「結論から言うと、()()()()()。綿貫君は"悪役(ヴィラン)"ではありません。ちなみに"悪役(ヴィラン)"について、新たな情報を提示致しますと……。『事故ではなく、殺意を持って人を殺した』のです。……ふたつめの条件に、綿貫君は当てはまりませんでしょう?」

「え……」

「は……」

 

 生徒たちは、再び言葉を失う。絶望的な事実の提示。今この瞬間で、最も聞きたくなかったことを耳に入れた有子たちは、目を見開いて、それからすぐに顔を歪ませた。

 

「ちょ……ちょっと待てよぃ。"悪役(ヴィラン)"って、本人は知ってるんじゃねぇのかよぃ!?」

「あら? お伝えしておりませんでしたか? "悪役(ヴィラン)"本人は、ご自身が"悪役(ヴィラン)"であることをご存知ありません」

「どういう……ことだ、それは。"悪役(ヴィラン)"はお前の仲間ではないのか?」

()()()()()。もし本当にワタクシの仲間だとしたら……わざわざ共犯者の存在を仄めかしたり、まして"排除しろ"だなんて言いません。……そんなことも説明しなければ分からなかったんですか? ……とにかく! "悪役(ヴィラン)"は"悪役(ヴィラン)"であることをご存知ありません。ワタクシの仲間でもありません。そして、綿貫君は"悪役(ヴィラン)"ではありませんでした!」

 

 くししと狐はまた笑う。耳を疑う事実に、有子は目眩がしてよろけてしまう。()()()()()()()()()――……。それは、()()()()()1()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 大変な事実に打ちひしがれる有子。しかし、他の生徒たちはそれとは全く別の理由で、動揺を隠せずにいた。

 

「じゃ、じゃあ……。じゃあ、どっちにしろ綿貫は、茨木は……!」

「ええ、そうですね。()()()()です。綿貫君、残念でした。これでアナタが"悪役(ヴィラン)"でしたら、アナタに僅かでも死ぬ意味があったというのにね」

「…………」

 

 きつねの言葉を聞いた綿貫は、今までにないくらい蒼白になった。自称紳士は満足そうに、怪しげに笑う。

 

「それにしても、茨木さんは一体()()()()想定していたのでしょうねえ?」

「……どういう意味だ」

 

 聞きたくもないことを、少し間を開けてやはり、赤柳が尋ねた。意地悪な狐はくししと笑って、満足そうに言葉を続ける。

 

「彼女は占い師でした。通常の人よりもっと深く、もっとその先を見つめていたのです。そんな彼女が、自分が返り討ちに遭う未来について……果たして1ミリも予測出来なかったのでしょうかね? ……いやはや、しかし。占いなんてものは所詮、縋るためのものですからね。都合の良い言葉に安心するためのものでしかありません。リアリストには関係無い。てんで役に立たないまやかしです」

「…………」

「まあ、ともあれ。茨木さんは、綿貫君を()()()()()()()()()()()()()()()()()。いやあ、人って怖いですね! 人の命を奪うハードルがこんなに低くてよいのでしょうか?」

「そんなもの、お前が……!」

「お前のせいじゃねぇかぃッ!!」

 

 モノヴォルの挑発に、菊音がばっと顔を上げたかと思えば、伊海田が叫んで飛び出していた。ぎゅっと握り締めた拳が、ぬいぐるみ目掛けて飛んでいく。

 

「やめなよっ!」

 

 間一髪、ぬいぐるみの目の鼻の先で伊海田の手は静止した。加連が彼の肩を掴んで、表情を歪ませる。

 

「ダメだよ……! そんなことしても、何にもならない。何にもならないんだよ。命を粗末にしないで……」

「クソ……ッ!」

 

 加連の言葉で、有子も校則を思い出す。校則の5番目――『理事長であるモノヴォルへの暴力を固く禁じます。』――それを、いま伊海田は犯してしまいそうになったのだ。

 ルール違反者の末路は、最初に有子たち自身が目にしていた。あの爆発に巻き込まれたら、きっと無事では済まない。

 

「あわわわ。どきどき……! 殴られてしまうのかと思いました! 命拾いしましたねぇ、伊海田君? ……というわけで。学級裁判の結果、皆様は見事クロを突き止めましたので……これより、今回のクロである、綿貫草太君の"お仕置き"を行います!」

「は……おい、ちょっと待て……」

「お、"お仕置き"って……しょ、処刑!?」

 

 嬉々とした狐の宣言を聞いた生徒たちは、ぎょっとして目を見開く。

 

「処刑なんて、そんなのおかしいだろ! 綿貫は正当防衛だ!」

「そうよ!! それに、茨木さんだって……! アンタが! アンタのせいでこんなことになってるのよ!!」

「ワタクシははじめに言いましたよね? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と。このお仕置きの執行も、例に漏れずルールのうちのひとつなのです。絶対に行われるべき制裁です。……でないと、面白くないでしょう? さあ、あとはこれだけですし、さっさとお仕置きをはじめてしまいましょう!」

 

 困惑する一同に構わず、モノヴォルは手を振りあげ、自身の目の前に赤いスイッチボタンを出現させる。()()()()なそれは、奴が機械を操作するためのスイッチだ。仰々しい動きで、紳士は身体をめいっぱい大きく見せて立ち上がる。劇の始まりのような口上だった。

 

「それでは。レディース、エーン、ジェントゥメェン! 今宵お送り致しますは、憐れな道化の()()()芝居! 死にたくなくて人を殺した、()()()()()()()()()()()()()! どーーーうぞぉーーー!」

「おい! 待てと言っているだろう!」

 

 赤柳の制止の声も虚しく、ばしんと勢いよくモノヴォルはスイッチを叩く。

 

『ワタヌキくんが クロにきまりました。』

『おしおきをかいしします。』

 

 ジャララと音を立て、天井から首輪の着いた鎖が綿貫目掛けて飛んでいく。

 

「綿貫さ……っ!」

 

 執事の伸ばした手は無意味に空を切って。彼の師匠を首輪が捕まえた。

 

「やだ……」

 

 ぽそりと、彼の呟きが聞こえた。

 

「やだよぉ……」

 

 じゃらじゃらと凄まじい轟音の中で、けれども何故か、彼の縋るような泣き声は、しっかりと有子の耳に届く。

 

「死にだぐなぃいぃぃ……!!!」

 

 絶叫を置いて。あれよという間に綿貫は鎖で連れて行かれてしまった……。

 

 

 

 

 

 

 

◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ぱっと照明が切り替わる。目を覚ました綿貫がいたのは、なんてことないのどかな風景。田舎の山道、そのものだった。

 

 

 

【かちかち山のたぬきさん】

――超高校級の家事代行 綿貫草太 処刑執行

 

 

 

 しばらく進めば道の端に、ぴいぴい泣きわめく白いうさぎ。どうやら足を怪我してしまったようで、親切な綿貫は戸惑いつつも白いうさぎを背負ってやった。

 ――しかし。背負われたうさぎはにししと笑って、化けの皮を剥がした。……モノヴォルだ。そうとは気づかず、綿貫は進む。モノヴォルは懐を漁って、ひとつの石を取り出し、かちりかちりと音を立てて石を打ち始めた。――火打石だ!

 かちかち、かちかち。

 見事火が着けば、ビックリ仰天。ようやく綿貫はモノヴォルに気が付いて暴れ、どうにかぬいぐるみを引き剥がそうと躍起になる。耐火性のぬいぐるみは、ぼうぼう燃え盛ってもなかなか離れない。やっとのことで振りほどいた時にはもう遅く、たぬきの衣服に火が移って燃え盛る。余りの痛みに堪らず彼は走り出した。

 走って、転んで、悶え打って、泣き叫んで。

 ようやく鎮火した頃には、綿貫は全身ひどい火傷を負ってしまっていた。――そこへ。またもニタニタ笑いの白黒のキツネ。手には怪しげな軟膏が握られていた。……かちかち山という童話を知っていれば、その正体は分かるだろう。綿貫は痛む体に鞭打って、また走り出した。

 逃げるたぬき、追いかけるきつね。

 そうして走って行った先は、川。飲み込まれれば無事では済まないような激流の、なんとも大きな川である。綿貫は間一髪、勢いを直前で殺し落ちないように踏み止まった。

 ……が。

 追いかけて来たモノヴォルが小舟に乗って、逃げ場の無い彼に突っ込んでいく。凄まじい速さで飛んできた小舟は、勢いのまま綿貫と正面衝突。ドボンと彼は川に投げ出されてしまった。

 

 

 のどかな川にモノヴォルは釣り糸を垂らす。早速の手応えあり。引き上げたそれは黒焦げ水浸しの、綿貫のエプロンだった――……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

「い、いやぁああぁッ!!」

 

 悲鳴、絶叫。

 有子は口を押さえて、しかしそこから漏れ出る音を止めることは叶わなかった。膝はがくがくと震え、立っているのもやっとだった。

 ――死んだ、殺された。

 ついさっきまで息をして、有子たちと同じようにそこに立って、話して、動いていた彼は……今、有子たちの目の前で、無惨に処刑されたのだ。なんで? どうして? わたしたちがこんな目に遭わなくちゃいけないの! 様々な感情がごちゃ混ぜになって、目からはとめどなく雫がこぼれ落ちて行く。

 他の生徒たちも……絶句する者、呆然とする者、震える者、涙を流す者、厳しい顔をする者……。各々の反応を示していた。無論、平常心でいる者はひとりもなく。あの白うさぎでさえ、動揺を見せていた。

 

「あ、ああ……!」

「なんなんだよ……! なんなんだよこれ!!」

「そ、そんな……」

「アーーーーッハッハッハッハ!!! 爽快!! 快感!! エクスタシーーーーーッ!!! やはりこれです、こうでないとね!!! この時のためにワタクシ存在してるんですよ!!! アハハ! ハハハハ!! ヒャーーハハハハ!!!」

 

 ゲラゲラと、ケタケタと。腹を抱えてのたうち回り、最高潮の上機嫌のモノヴォルは、その口から不愉快で耳障りすぎる機械音声の笑いを吐き散らす。

 

「モノヴォルちゃんは、なんでこんなことするの?」

 

 星永が静かに問う。いつもにこにこと柔和な笑みを浮かべる、人懐こい赤ずきんは――しかし、普段の姿からそうとは思えないほど、全く感情の見えない無表情であった。それは、純粋な子どもの疑問を装った……怒りを孕んだ非難だ。

 

「なんでぼくたちを閉じ込めるの? ぼくたちを傷つけるの? 殺し合わせるの?」

「くしし……。それを知って何になります? ワタクシは単なる舞台装置。物語を廻す、ただそれだけの存在です。ワタクシの動機なぞ、知ったところで皆様は――文字通り、()()()()()()()()よ」

 

 紳士の狐は飄々と。赤ずきんの意図を無視して躱していく。またなんの情報も得ることは叶わず、けれどもそれ以上の追及が無意味であることを悟った彼女は、はっと小さく息をついて不機嫌そうに視線を落とした。聡明な幾人かの生徒たちも、彼女がそう選んだようにぬいぐるみへ質問を重ねることはしなかった。

 有子の目からぼろぼろと涙が伝う。泣いている場合じゃないことくらい、自分でもよく分かっていた。けれども、だけども。こころがぐちゃぐちゃで、頭がぐちゃぐちゃで、この場の全てに身体が拒絶反応を起こして……。次から次へと、溢れるものが止まらない。

 

「いや……なんで……。わたしたち、これからもこんなことを続けなきゃいけないの? 嫌だよ、嫌だよ……やだよぅ……!」

「あ、ありす……!」

 

 泣いている有子に、章平がたったかと寄り添う。彼の手の温もりを感じて初めて、有子はやっと少しだけ落ち着きを取り戻した。それでも身体の震えは収まらず、涙も止まらない。

 モノヴォルはにやりと静かに言う。

 

「簡単なことです。これが嫌なら、ここでの生活を受け入れること。外の世界の因縁を全て断ち切って、みんなで、ずっと、ここで。永遠に幸せになりましょう? ……それが出来ないのなら、またこうなるだけです。だからさあ、はやく諦めましょう? 受け入れましょう? 謳歌しましょう? 外の世界に未練なんか無いんだって!」

 

 ばっと両手を広げるモノヴォル。しかし、当然の如く狐に同意する者はひとりも現れず。生徒たちは先程の惨劇を拭うように首を振る。

 

「出来るわけない……出来るわけないでしょう、そんなの。あたしたちみんな……帰るべき場所があるのよ……!」

「こんな場所に、突然閉じ込められて……。帰れないなんて……!」

「なんで……俺たちがこんな目に遭わせられなきゃいけねぇんだよ……! なんで俺たちなんだ、なんで……!」

「ダメなんです、他の人じゃ。他の人じゃ意味なんかないんです」

 

 ぞわり、と。

 そのあまりに落ち着き払った声に、有子は息を飲んだ。あまりに不気味で、あまりに冷たかった。それは有子の知る、デタラメにふざけた黒幕の狐紳士ではなかった。

 他の生徒たちも、その異様過ぎる雰囲気に圧倒される。沈黙の中、ぬいぐるみは再び()()()()調()()()きゃっきゃと笑う。

 

「くしし! さあさ、これにて学級裁判は終了です。皆様、明日からもより良い学園生活をお過ごしくださいね。日常へのお帰りはあちらから。エレベーターでどうぞ」 

 

 すっと手を出してぬいぐるみが示した先は、エレベーターの扉。有子たちがこの裁判場に来るため使用したものだ。学級裁判が始まってから、その扉にはシャッターが降りており、文字通り逃げ場のない空間となっていたが……今は、あの議論ゲームが終了した状態である。いつの間にかシャッターは開放され、歓迎するように扉が開いた。もう用は無いと言わんばかりに、モノヴォルもさっさと退散する。そうして、この場に14人の少年少女たちだけが残された……。

 

 

 

 

 

 

 そうして体感、長い長い時間が経った今現在。14人の少年少女は、一人も欠けずそこにいた。生徒たちは動かない。動こうとしない。誰かのすすり泣く声が響くだけで、その場は実に静寂としたものだった。

 ようやくその沈黙を破ったのは、面倒くさそうなため息だった。

 

「……辛気臭いな」

 

 呆れたように姫ヶ原が呟く。

 

【挿絵表示】

 

「好い加減、泣くでない。あの二人を犠牲にして、自ら生き残ることを選んだのは、他でも無い。我ら自身だ。喪われた生命に正しく想いを馳せるのであれば、我らがやることは一つであろう。――責任を負って、生きることだ」

 

 有子はその言葉に、はっとして顔を上げる。かぐや姫は厳しく冷たい表情をしていた。それでも込み上げる涙が止まらないのを見れば、彼女は落胆したようにまた息を吐いて、踵を返す。

 

「先に戻っているぞ。かような場で故人を惜しむ気は毛頭無いのでな」

 

 かぐや姫は我先にとエレベーターへ乗り込んで、行ってしまった。

 彼女一人乗せた機械の駆動音を聞きながら、静かにしていた夜羽が顔をこちらに戻す。

 

「僕は彼女の言うことに全面的に同意なんだけど、きくねはどう思う?」

「……俺もだ」

「良かった! じゃあ行こっか」

 

 まだ暗い表情をする片割れに引っ付いて、夜羽は嬉しそうに微笑む。そうして、双子もエレベーターへ乗り込んで行ってしまった。

 

「……部屋に戻ろう。戻って、とにかく今は休むんだ。休息を取った後……手分けして、また脱出口を捜す。いいな」

「そうね……。明日のために、とにかく今は、休みましょう」

 

 彼らが戻るのを見送った後、赤柳と白雪がそう言えば、残った一同も頷く。それに反対する理由はどこにもない。彼らが促して、ひとり、またひとりと重い足取りでエレベーターへ向かった。

 有子たちも後に続くため、裁判場を振り返り一歩踏み出す。明日からは二人欠けただけの()()が再び顔を出す。……今日は疲れた……。はやく眠って忘れよう……。辛いことには蓋をしてしまわないと心がどうにかなってしまいそうだった。そんなことを考えて、章平の手の温もりを感じながらエレベーターに足をかけた時だった。

 

「――青錆様っ!」

 

 執事の珍しく余裕の無い、驚きと焦燥に駆られたような叫び声。有子は思わず振り返る。おろおろとする猫塚の腕には、力なく項垂れた城主の姿があった。

 すぐさまエレベーターの中から、ぴょこんと赤ずきんが飛び出し彼らに駆け寄っていく。

 

【挿絵表示】

 

「れいちゃん!」

「突然よろめかれたので、お支えしようと腕を伸ばしたのですが……」

「……まだ意識はあるね。れいちゃん、れいちゃんどうしたの? 聞こえる?」

「…………っは、……う……んぅ……」

「……世絆さん、移動しましょう。お身体を休ませられるところへ……」

「うん、それがいいね。だれでもい! こたろ! しゅーやちゃん! れいちゃんだっこしたげて!」

「ん、おけ」

「おう! 任されたぜぃ!」

「どこまで運ぶ?」

「ほけんしつ! そこどいてー!」

 

 脱力してほとんど意識の無い青錆を、猫塚と加連が抱き起こして、伊海田がそのままひょいと抱えた。そして星永を先頭に、一行はぱたぱたと駆け足で目的地へ急ぐ。

 

 一足先に地上へ向かった駆動音を聞きながら、有子は呆然とその光景を見つめることしか出来なかった……。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

カタリロンパ

 

第1章

「眠れる森の化け狗」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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