半分少女のヒーローアカデミア
厚い雲に覆われた夜。ダツゴクを、死柄木弔に繋がる手がかりを求めてビルからビルへと駆ける。体にあたる氷雨は冷たい。動き続けていないと悴んでしまいそうだ。
「ねー、一旦雨宿りしない?緑谷くん、風邪引いちゃうよ。」
「…今日はもう少し続けたいんだ。」
「そうは言うけどさ〜」
隣を見れば、加山さんはフラフラ飛んでいて落ち着きがない。回転してみたり、降下と上昇を繰り返してみたりと忙しなく動く。僕と違って彼女は自由に飛ぶことが出来るから、これはあえてなんだと思う。
きっと余裕のある、気を抜いた様子を見せることで場を和まそうとしてる。僕が強い緊張状態にあると見抜いてるんだ。
ふざけたがりなところがあるけれど、人の機微を感じ取るのが上手い。ふと気づいたら傍に居てくれる。そういうところに助けられてきた。
「………」
思えば、彼女との付き合いも長い。中学校の入学式で見かけたときは、知らない顔で印象に残った。どこか浮世離れした周りに馴染まない雰囲気はミステリアスで、高嶺の花ってこんな感じだろうかとも思った。
まぁそれは初めての学校生活でガチガチになってただけだって後にわかったし、ミステリアスさもかっちゃんと絡み出したらあっという間に吹き飛んで行ったんだけど……
──どうした九代目、考え事か?
頭の中に五代目の声が響く。
『少し、昔を思い出してました。加山さんとは中学からの付き合いでして。』
『あぁ隣の嬢ちゃんだろ、オール・フォー・ワンの元から生き延びたっていう。そいつがどうしたのさ。』
『大切な友達なんです。なのに、こんな危ない作戦に巻き込んでしまった。』
『そりゃ、難しい話だな。』
『はい…』
ワン・フォー・オールの辿ってきたオール・フォー・ワンとの因縁。先代たちの多くは単独か、少数で戦ってきた。多くの人間関係を断ち、協力者も必要最低限にして、周りに奴の手が及ばないように。
それを知っていながら、僕は加山さんの同行を拒めなかった。今のところ、着実にダツゴクを捕まえられているが、死柄木たちの手先となっている者に遭遇したらもう分からない。彼女の持つ力が有効だったとしても、この判断が正しかったのか断言できずにいる。
『私は彼女の協力は、あって損はないと思う。四ノ森さんの危機感知も万能じゃない、別の索敵手段があるのは大きい。』
『それは分かってるんですが、でも……』
『あの子はオール・フォー・ワン相手に折れなかった。』
『………』
『その上、この作戦に意地でも着いてくる頑固さ、ここだけなら俊典にも引けを取らない。無理だよ、諦めさせるのは。』
七代目の言うことは正しい。
こうと決めたら止まらない人だって、雄英で過ごす中、良く分からされた。自分も抱えてるものがあるのにお節介を焼くし、挫折しても立ち上がれる。目の前の人が困っていると思ったらじっとしていられない。
何より、ヒーローになれると言ってくれたオールマイトと同じように、僕にその資格があると言い切ってくれた。何気ない一言だったんだろうけど、その姿は目に焼き付いてる。
だから、自分を認めてくれた友達が、せめて安全でいて欲しいって思ってしまう。
「加山さん、やっぱり──」
「……来た。」
※ ※ ※
背骨を撫でられるようなゾクリとした感覚。でも感じられるものは強くない。つまり死柄木でもオール・フォー・ワンでもない。
個性を与えられた奴らの刺客だ。気配は後方、距離は不明だけどじっとしてる。
遠距離持ちだとしても、この距離だ、直ぐには仕掛けられない。まずは詳細な位置を……
「やばっ!?」
一瞬、何か鈍く光るものを認識して、反射的に生み出した巨大な水球は即座に弾ける。大質量の水塊をぶち抜けるだけの運動エネルギーを持ったそれは──奇妙な2色をしたライフル弾。
「……ぁっ、づうぅぅ〜〜!」
血と肉が舞い、落ちたそれは水溜まりを赤黒く染める。
右肩を抜かれた。しかも、そこから弾丸は緑谷くんの手にしていた端末を正確に捉えている。私の個性、私たちの行動パターンを知り尽くした上での、神業と言える狙撃だ。
タルタロスから逃亡したダツゴクで、こんな芸当ができるのはただ一人。ホークスからも教えられていた要注意人物。
──元公安直属ヒーロー、レディ・ナガン!
『緑色の少年、君を連れていく。』
簡易的な止血を施しながら、銃弾に埋め込まれたスピーカーから響く声に耳を傾ける。
連れていくって発言からして、ナガンがどこに属しているかは確定的……問題は会敵したことをエンデヴァーたちに伝えられないことだ。機密性を高めるため、彼らとの秘匿回線を繋ぐ端末は緑谷くんのもののみ。GPS信号をロストしたのはわかってるだろうけど、距離を離していたのもあって到着には今しばらくかかるはず。
『……隣の少女、君は目標に入っていない。両者共、大人しくするなら四肢は残してやる。』
それを「はいそうですか」と聞けるほど柔い覚悟はしてないよ。
スナイパー相手にエンデヴァーらが合流するまで耐えるのは下策。二人でナガンを倒す他ない!
「行こう!」
「位置は任せて!」
『動いたな。』
私を先頭に行動を開始する。
端末は……やっぱりダメか。銃弾が突き刺さっててとても使い物にならない。
感知が働いた位置と射撃された方向からある程度の居場所は予測できる。ここは幸いにもビル街、狙撃ポイントは多いが死角も多い。ビルの間に入ってしまえば接近は望める。
接近したあと、至近まで行くのはどうするか考えないと……
「…ッ上昇!!」
「うわっ……曲射!?」
合図で反射的に避けた真下に雨粒を払う弾道が見える。縦列で動いてた上、私に警告を出したせいで緑谷くんはそれをもろに受けた。直前で掴んだみたいだから撃たれてはないけど、エネルギーを殺しきれずにふっとんでいく。
射線は切ったはずなのに真正面から飛んできた。私たちの進路を読んだとんでもない曲芸射撃……これがホークスの言っていたレディ・ナガンの実力!
しかも、まだ見られているとしたら二射目が……
「来るよねッ!」
見えてはいない。それでも、違和感を感じた瞬間に水流を前方へ放つ。当たったときの手応えが無くなるまで放出し続け、何とか一発凌げた。
「ごめん!飛ばされた!」
「大丈夫!こっちこそ教えてくれてサンキュー」
復帰してきた緑谷くんと合流する。追撃は今は来てない。
早く先を取らなきゃ、このままだとジワジワ削られる。
「ナガンはどう来るかな。」
「スナイパーだからね、そう簡単に移動しないと思うけど……」
……あれ?
待って、さっき感知したところと位置が……変わってる?
しかも近い!!
これはやばい。とにかく位置をずらせ!!!
「加山さん、何を──」
緑谷くんとの間で水蒸気を炸裂させ、無作為にお互いを飛ばす。
残った水蒸気がライフル弾の軌跡を見せる。弾が飛んできたのは、私たちの真後ろからだった。
くっそ……ちょっと考えたらわかったことなのに!感知に引っかかるにはオール・フォー・ワンから個性を受け取ってる必要がある。そんなことはわかってたのに、どんな個性かまで考えが足りてなかった!
地面に降り立ち、得た情報を渡す。
「ナガンが移動してる!多分、移動系の個性、スナイパー相手の考え方は当てにならない!」
「わかった!君は怪我してるから、ここは僕に任せて!!」
彼が力んだ瞬間、全身から大量の煙が噴出して視界がそれ一色に染まる。六代目の個性だ。同時に始めたスクワットに若干思考が止まるが、三代目の個性を使うのだと気づいた。
三代目が持っていた個性は「発勁」、一定の動きを繰り返すことで運動エネルギーを蓄積、放出できる。これを使えば身体強度を超えた力を安全に引き出せる。ナガンが見た以上の速度で動くことで隙を突くつもりだろう。
仕留め損ねたとしても、必ず向こうは次のアクションを見せる。緑谷くんが想定外の動きを見せればそれで頭いっぱいのはずだ。隙をカバーしようとして生まれる焦りを私が更に突く。
……下手なスピードは格好の的になる。なら彼女の目を掻い潜ろう。
水蒸気を全身に纏い、地面と近い色になるよう屈折率を操作……!
今日は雨で暗い、明かりもない、即席の迷彩服でも探そうとしなければ見つけるのは困難だ。
「ん…始まった。」
発勁の用意が出来た緑谷くんが近場のビルを上階目指してぶち抜いてる。煙幕から出る前に黒鞭で飛ばした物がどこから撃たれるのか見て、ナガンが上空にいると判断したんだろう。
付かず離れずの距離を定め、事の推移を見守る。もちろんいつでも動けるようにして。
「……ダメか。」
銃身を応用した格闘を食らって緑谷くんが引き剥がされるのが見える。
確かにビルを使った死角と発勁使用の超加速はナガンの不意をつけた。ただ恐らく肉薄したはいいけど、個性の並列使用がゴチャって動作が固まっちゃってる。
仕留めきれなかった、でもいい。ナガンの余裕が消えた。
2人の攻防の近くで気を伺う。攻防というには遠距離からの銃撃を緑谷くんが紙一重で避け続ける一方的なものだったが。だったが、その最中で彼はずっと問いかけるのを止めなかった。
元ヒーローなのに、オール・フォー・ワンに与する理由を。
返ってきたのはヒーロー社会を支えるため、公安がナガンに命じてきた暗部の数々。
例えば、ヒーローへのテロを計画していたグループを潰した。
例えば、ヴィランと癒着して私腹を肥やしていたヒーローを消した。
例えば、例えば、例えば……
公になればヒーローの信頼が失墜し、社会を揺るがしかねない者は、悉く法の裁きを受ける前にナガンに殺させて行った。
嘘に嘘を塗り重ねたハリボテが今のヒーロー社会であると、その内側から見続けたことで疲れ果てたナガンは公安委員長を射殺。それによってタルタロスに収監されることになったが、それさえもヒーローと言い争いになって殺害したという別の事件にすり替えられた。
つまり、現状の社会構造に失望しきったのがオール・フォー・ワンに協力する理由だと、彼女は言う。奴の方がまだマシな世界になるんじゃないかと。
前者の言い分は分かる。この短期間でヒーロー社会の歪さが生んだ問題の煮凝りを山ほど味わったところだ。あ、後者は無理、中指立ててやる。
こほん……
実際、こうして襲ってきてるから本音とは思う。思うけど、気持ちは決まってないなとナガンを見てて感じる。
──だって、殺意が鈍い。
水炎転身─限定並列展開
この射撃技術があって、なんで私たちはまだ生きてる?
『なら思考を増やしてやる!!!』
黒鞭に追い詰められ、ついに銃身が緑谷くんから逸れる。向けられた先にビルの屋上で何やら叫んでる治崎廻……治崎廻!?
はぁ!!??
なんでいるのとか言いたいけどあとあと!
ナガンの目的は見えた。やっと隙を晒したね!
転身でできる最大限で水蒸気を炸裂、緑谷くんの足元へ飛ぶ。燃費は悪いけど、ストックはたっぷりある、使い所だ。
「ジャンプ台のお届けです!」
「助かる!!」
「……ッな、お前いつの間に!」
サプライズ!
今までの戦いで彼がこっそりまた発勁を溜めているのはわかってる。それを使ってナガンに行かせる。ワン・フォー・オールの許容上限に発勁の蓄積が合わされば100%にも届き得る。
「行くよッ!」
「躊躇したらぶっ飛ばすから!」
──レディ・ナガンのライフルが硝煙を噴く。
ワン・フォー・オール+発勁の発動…衝撃、地面代わりになった私の足がぐちゃぐちゃに壊れる。だがモーマンタイ、転身状態ならほぼ物理無効、ストック使って治せる。
そして2つの力を推進力にして治崎の方へ!
首元の捕縛布を手繰る。多分、引っかかった衝撃ヤバいから歯ァ食いしばれよ治崎!
……銃弾を追い抜いた。
「お、前……!」
「おっと、苦しいよね。ごめんごめん。」
彼方へと消えた銃弾を見送り、治崎を屋上に降ろす。少しだけギラついた目をした気がするが、すぐに大人しくなった。
風に揺れるシャツの袖が痛々しい。死穢八斎會の強制捜査後、逮捕された治崎は護送車を敵連合に襲われ、その時に死柄木から両腕を壊されてる。しかも隠し持ってた消失弾も奪われて。
やった所業はきっちり償って欲しいが、どんな犯罪者でも無関係に命を奪われる理由はない。もしそうなりそうだったら私たちは助ける義務がある。今回助けたのはそういう理由だ。
倒すべき相手はいても、殺すべき相手はいない。
「ふぅ…お、緑谷くんの方も片付いたか。」
落ちるナガンを緑谷くんが空中で掴んでるのが見える。彼女の右腕は銃身を砕かれ、戦う術を失ってるみたいだ。
声は聞こえなくとも、彼がナガンに言葉をかけているのが遠目だって分かる。また他人の可能性を心底信じる、例のお人好しが出ているね。あのモードに入ると欲しい言葉を次々とくれるものだから、ころっとやられてしまうのです。ソースはA組。
「ヤバ、つい見入ってた。」
早いとこ向こうに行ってナガンから情報聞き出さないと。あの様子ならもう敵対して来ないだろうし。それに治崎もちゃんと警察に引き渡さないとだし。
そう思って、治崎を背負う。精神的に参ってるのか、耳元でブツブツ喋るのはやめて欲しい。
閃光──そして轟音
視界の端に捉えたそれは暗さも相まって、明るく周りを照らした。
私じゃない、緑谷くんでもない、エンデヴァーはまだ来ていない。
新手の刺客でも、ない。
発生源は─レディ・ナガン。彼女の体は黒く焼け、ひび割れていた。