半分少女のヒーローアカデミア
「……よし、全員分書いたな。」
渡された用紙を数え、合っているか確認する。クラスメイトに相談もなく勝手やらかしたことへの謝罪文だが、たった1、2時間で書き上げてきた。あまりに反省文を書かせすぎて、加山の筆は恐ろしく速くなっている。
添削は……まぁ、勘弁しといてやろう。元々、俺がちゃんと言い含めていればコイツもこんなことしなかったはずだ。こっちが動けない分、それを埋めようとして逸った、というところか。
「どうした?もう行っていいぞ。」
「いやぁ…その……」
珍しいこともある。いつもなら反省文を渡したら、解放されたと言わんばかりの速さで戻っていくんだが。
「気まずいか…?」
「そんな感じです。」
見ると、確かに気まずいと顔に書いてありそうなくらい、しゅんとしている。
思い返してみれば、加山が個人レベルならともかく、多対一で他人と意見が対立したのはこれが初めてのはずだ。それも自分に非があって怒られている形で。
そういうときの距離感や空気感は、幼い頃からの失敗で身につけていくもの。しかし、加山は集団生活の経験に乏しい。中学校でも、爆豪と緑谷とは関係があったらしいが、それ以外の話は聞いたことがない。
こうなってしまったのは、ひとえに……
──俺が上手く人間関係の作り方を教えられなかったからか。
30にもなって学生時代を少し後悔した。
それなら加山は、今日まで円滑に友人関係を築けていたことを褒められるべきだろう。A組が基本的に人格面で優れているというのもあるが。
「加山、お前がやったことは正解じゃなかった。」
「はい……」
「だが間違いでもなかった。友達を想って取った行動は絶対間違いじゃないぞ。さっきも言ったが、心配をかけすぎただけだ」
コイツは、脇目も振らずに渦中へ飛び込んでいく度胸がある。その上に、自分も含めた全員が無事であることまで考えて動くから始末が悪い。引き際、限界の見極めが上手いのだ。瀬呂が言っていたことは的を射ている。
なのに、周りがする心配を頭の隅に追いやってるので、終わったあとにウジウジする。頭が良いのか悪いのか、長年見てきた俺にもわからん。
だから、こういう時は単純に背中を押してやるのが効く。
「もう一度言う、お前のしたことは間違ってない。緑谷を安心して雄英に居させてやるのは、俺たち大人がやらなきゃいけなかった。大人が不甲斐ないせいで、その尻拭いをさせた。」
だが、今の緑谷に響くのは大人の言葉じゃない。それが情けなく思う。
「信用は結果で取り戻せ。家出坊主を連れ戻してきてくれ。」
「信用を、結果で……」
「そうだ。緑谷の居場所がわかるお前が要だ。」
加山の顔に覇気が戻ってくる。
俯いていた顔がようやくこちらを見た。
「やっと顔が上がったか。……行けるな?」
「うん。段々、緑谷くんに腹が立ってきたし。」
「それは……」
ブーメランだろ、とは言わないでおく。
※ ※ ※
瓦礫の山と化した市街、雨が降りしきる中をA組の面々が駆ける。
「加山くん!緑谷くんの位置は!」
「動いてないよ!近づけてる!でも正確にはわかんないからね!」
「わかっているとも!先行した爆豪くんが見つけてくれるといいが……」
あれはどちらかと言うと置いてかれた感じだよ、飯田くん。
張り切ってるからね、爆豪は。大体の位置教えたら真っ先に飛んで行った。付近にはヴィランの目撃情報もあるし、邪魔される前に事を終えるか、先に片付けるかしたい、ってところだと思う。
「ん…?」
……この先は開けたところになってる。感覚が正しければ、そこに緑谷くんが居そうってなってるんだけど。こんな何も無いところで棒立ちなんかする?
──爆炎が昇る。
『見つけたぞ。』
インカム越しに爆豪が呟いた。
広場へ全員で急行し、緑谷くんがヴィランと戦闘中であったことを知る。巻き込まれていた市民を逃がし、伸されたヴィランは簀巻き(氷漬け)にされた。ヒーローとして動くなら、どんな時でもヒーロー活動優先。
「ダツゴク確保!やりましたね、バクゴーさん!」
「大・爆・殺・神・ダイナマイトじゃ!」
「し、失礼しましたわ!」
「……ダッサ。」
「しばくぞクソメッシュ!」
爆殺王、爆殺卿から何も成長していない。小2かと思った。
……それはそれとして、本題の緑谷くんだ。
別れたときより更にボロボロになってる。泥と血が混ざって真っ黒。とても戦える状態じゃない。今すぐ手当てをして、風呂にぶち込み、ベッドに押し込まないといけない。
「みんな、なんで……」
「──心配だからだよ。」
お茶子さんが言う。
ここまで屹然とした物言いの彼女は初めて見た。
「僕は大丈夫だよ。……だから、心配しないで、離れて。」
対して、緑谷くんは頑なな返事。それを爆豪の拍手が遮る。
「そいつは良かった!さすがワン・フォー・オール継承者様だぜ。──んで、テメェは今笑えてんのかよ?」
「………笑う、ために。安心してもらうために、行かなきゃ……だから…どいてよ、みんな!」
「どかせてみろよ!オールマイト気取りがァ!!!」
ワン・フォー・オールの輝きが彼を包む。向こうは戦闘の構え、対話で止める余地なし。
残る手段は……
「緑谷くん、君が変わらないのは知ってる。……やるぞ諸君!」
実力行使ッ!
「加山から聞いたぜ?四、六代目も解放したってよ。すっかり画風が変わっちまったな!クソナードッ!」
「……ありがとう、来てくれて。──6th!!」
初手煙幕、事前の作戦通りの動き!
並の相手なら視界塞いだら、簡単にワン・フォー・オールで千切れると思ってるね!ダメダメ、そっちの個性を目の前で実戦使用してもらった私がいるんだよ?
A組に喋ってないわけないじゃん!
「煙幕…!」
「さっき聞いた六代目の……」
「テメェら!絶対逃がすなよ!!特に加山ァ!感知し損なったら泣かす!」
「わかってるわ!」
言われんでも、個性そっちのけで感知に全神経注いでるっての!
視界が煙幕に包まれる。濃密な紫煙は周りを確認することすら阻む。誰も緑谷くんの動きを見ることは叶わない。
……私を除いて。
「加山ァ!デクの位置ッ!!」
「無茶言うな!……上!」
「……チッ、逃げかよ!──爆風地雷!!!」
爆破が地を舐め、煙幕はかき消された。上空には感知通り、浮遊によって逃げを計る緑谷くんの姿がある。
「話もしねぇでトンズラこいてんじゃねぇよ。なんでもかんでもやりゃ、できるようになると周りがモブに見えちまうなァ!?」
爆豪の怒鳴り声が響く。
──作戦、開始!
事前に決めた動きをA組が始める。最先鋒は口田くんだ。
現状、ワン・フォー・オールを使いこなしつつある彼は、A組で一、二を争うパワーとスピードを備えてる。一度に全員がアタックしたら、包囲を抜けられる可能性が高い。故に作戦は少数に分かれて波状に仕掛ける。
一人一人が彼を説得する。みんな、言いたいことが山ほどあるから。
私は感知担当だから最後の最後まで待機、なんだけど……
なん、だけどッ!
「バカ頭痛い!」
「あぁ?具合悪ぃなら先に言えや!」
「いや元気はいっぱい。」
「なら黙ってデク追ってろ!」
「へい。」
緑谷くんを探し始めてから出てた違和感が、実体となって現れてるな。
リアルタイムで彼の位置を伝えつつ、体調不良的なこれの原因を考える。正直、考えるのも億劫なくらい頭がガンガンしてるけど。
この気配感知(仮)は個性じゃない。個性由来ではあるが、ワン・フォー・オールとオール・フォー・ワンの特殊さから来るバグだ。感応し合う個性が存在してるための副産物だ。そこに私が挟まってるせいで変な挙動になってる。
多分、死柄木も緑谷くんも、このくらいの距離ならお互いがなんか近くにいる、ってのがわかるんだと思う。でも、それはここまで詳細に把握できない。できるなら、オール・フォー・ワンはラグドールの「サーチ」を奪わなかったはず。
私は、できないことを無理やり通してるから頭痛が起きた。
ただでさえオール・フォー・ワンの残り物で、この感応現象に割り込みしてる。そんな状態で位置情報まで掴むために感知に入り込んでるんだから、そりゃ負荷もデカくなるわけだ。
しかもここまで感知に深く入って1つ嫌な想像をしてしまった。
──私の中から第3のオール・フォー・ワン爆誕!とかなんないよね?
個性として成り立ってないとはいえ、それに働きかけてるわけだし。気配感知使うの良くない気がしてきた。
「マジ嫌すぎる……」
オエーってなるわ。鳥肌立つね。
あのツルッパゲのニヤケ面男と同居とか地獄だもん。一緒に居たくない男ランキング(私的)で殿堂入りしてる。
それでもやらなきゃいけないからやるけど。緑谷くんを雄英に帰すためだ。
「……む。」
……おっと、鼻血が。
※ ※ ※
「このぉ、頑固者め……」
みんなが行う足止めに緑谷くんは止まりはする。でもどれもが尽く抜けられて行った。
食いしばりすぎた奥歯が痛む。
私は人生で一番に腹が立っていた。
──自分に嘘つくなよ、バカ。
遠くからでも見えてるんだ、みんなの声を聞く度に歪んでいく君の顔が。戻りたいと思ってる癖に、その気持ちに蓋をして突き進んでいく君が許せない。
"みんなは着いて来れない"、言ってくれるよ全くさ。
ワン・フォー・オールの使命は分かる。後継者の君はそれを成し遂げなくちゃいけない。オール・フォー・ワンを倒すために何人もの人が命を賭してきた力なんだから。オールマイトから受け継いだんだから。
周りを危険に晒したくないのだって分かる。私たちだけじゃない、雄英には多数の避難民がいる。そこを襲われれば、雄英も周辺地域も無事じゃすまない。
けど、そこは君が帰る場所じゃん。君を待ってくれてる人がいる所だ。居場所を捨てるなんて悲しいことしないでよ。
自分が居てもいいって思える場所を失う痛みを私は知ってるんだ!
「……抜けられたッ!」
穿天氷壁が砕かれる。
本気で振り切るつもりだ。
「委員長!加山!準備しろ!!」
「了解した!」
「O…K……ッ!」
また垂れてきた鼻血を乱雑に拭う。土壇場だ、感知もいらない。
この状況は想定済み。次に彼はワン・フォー・オール+発勁の擬似100%を使ってくる。峰田くんが止めてくれてる僅かな時間がチャンス!
八百万さん製トロッコに飯田くんを押し込み、爆豪、轟くんと陣を組む。氷壁を土台にした即席の人力ジェットコースター、ゴールは空中!!
『みんなッッ!!!』
合図ッ!お茶子さんの声!
「0.1%!保護皮膜用アシッドマン!!」
三奈さんによって、私たちは弱酸性の粘液に覆われる。これからミサイルもびっくりなスピードでぶっ飛ぶんだ、先頭の飯田くんを空気抵抗からギリギリまで守らなきゃいけない。
「行けぇ!火炎コンビ!!」
「押し出せ!黒影ッ!」
障子くんと常闇くんが初速をくれる。
「コントロールはお前頼りだ……合わせろよ!」
「任せなさい!」
水炎転身─並列展開!!
今日まで貯めたストック、全部ぶっ飛ばすよ!
「膨冷熱波ッッ!」「白煙、轟響!!!」
変化させた両手を合わせ、水蒸気爆発を起こす。膨れ上がった空気と混ざっていくのを全力で支配下に置いた。少しでも力を逃がさないよう、少しでも加速できるよう。
……てか、Gえっぐい!後ろに3人居てくれなかったら遥か彼方に吹き飛んでる自信ある。ストックもズルズル持ってかれるし!
「……ッ!」
お茶子さんのタッチ来た!重力から解放されたなら、2段階目だ!
あぁ、もう!コツコツ貯めたストック、底が見えてきてる!でもここを耐えれば、あとは託すのみ!
正念場だぞ、加山水穂!!
「ここ…までッ!!!」
個性解除!残るは爆豪と飯田くん!
自分が落ちていくのも忘れて叫ぶ。
「いっけぇぇぇ!!!!」
軌跡を見送る。最終加速の爆発、そこから飛び出した飯田くんの影。
その影は先を行く緑谷くんに迫る。詳細は分からない、ここからじゃ小さな点にしか見えなかった。
でも、
──インゲニウムが迷子の手を、しっかりと掴んだのは見えた。
「さっすが我らの委員長……あっぶな!?」
水流の噴射でクッションを作る。見蕩れてたら危うく地面のシミになるところだった。
シャレにならん。
「お二人とも!飯田さんたちの落ちた位置は見えましたか!」
「見えた見えた!」
「あっちだ!全員行くぞ!」
それはもうバッチリ見てました。墜落しかけるくらいには。
散っていたA組が集合し、2人の落下地点へ急ぐ。相当高いところから落ちたから上手く着地してくれてるといいんだけど……
「何してんの?爆豪。ほら、行くよ!」
「あぁ。」
全く、恥ずかしがり屋さんめ。
爆豪を連れ、現地に着く。そこには作戦に出たメンツだけじゃなく、ヴィランの拘束に残った切島くんたちもいた。彼が緑谷くんを抱えているのを見るに、2人をキャッチしてくれたみたい。
……当の緑谷くんは、これ以上暴れる気配はない。
「緑谷!もう、誰かがいなくなんの嫌だよ!一緒にいよ!またみんなで授業受けよう!」
私たちの中から最初に声をかけたのは三奈さんだった。
それに答えるように緑谷くんは立ち上がる。
「……そうしたいよ。でも、怖いんだ……雄英には沢山の人がいる。人に迷惑かけたくないんだ。もう…!今まで通りじゃいられないんだ!」
説得、難しいな。ここまでやってもまだこんなに頑なだとは。
どう声をかけたらいいか──
「──加山、あんがとな。」
耳打ちするような、小さな呟き。
爆豪が一歩前に出た。
一瞬分からなくて硬直した後、彼が何を言ってたのか理解する。
「いいんだよ。頑張って。」
「……おう。」
はぁ〜〜幼なじみって大変だね!
もうこうなったら私は腕組んで見守ることしかできない!
2人が向き合い、そして口を開く。
「死柄木にぶっ刺されたとき言ったこと、覚えってか?」
「……覚えてない。」
「"独りで勝とうとしてんじゃねぇ"だ。続きがあんだよ。」
消え入りそうな声が響く。そこにいつも勝気で荒々しい彼は居なかった。
「体が勝手に動いて、ぶっ刺されて、言わなきゃって思ったんだ。……テメェをずっと見下してた、無個性だったから。俺よりはるか先にいる気がして嫌だった。」
「見たくなかった。認めたくなかった!だから遠ざけたくて虐めてた。否定することで優位に立とうとしてたんだ。──俺はずっと負けてた。」
「雄英に入って、思い通りになることなんて一つもなかった。テメェの強さと自分の弱さを理解してく日々だった……」
「言ってどうにかなるもんじゃねぇけど。本音だ、出久。」
頑張れ、爆豪。
「──今までごめん。」
それは爆豪がずっと言えなかった一言。
緑谷くんに向ける、心からの反省で、後悔で──謝罪だった。
「ワン・フォー・オールを受け継いだお前の歩みは理想そのものだよ。けど、今のお前はフラフラだ。理想だけじゃ超えられねぇ壁がある。お前が拭えねぇもんは俺たちが拭う!……理想を超えるために。」
「お前も、雄英の避難民も、街の人も、みんな救けて勝つんだ…!」
そしてこれが言いたかった一言。
爆豪だけじゃない、A組が先生たちが言いたかった一言だ。
爆豪の言葉を聞いた緑谷くんから力が抜ける。そのまま崩れ落ちかけた緑谷くんを支えたのは、やはりさっきと同じく、幼なじみである彼だった。
「着いて来れない、なんて言って…ごめん。」
「わあってる。」
そのやり取りを最後に緑谷くんは気を失った。同時、A組に張り詰めていた緊張の糸……は切れない。
何せ、この後は雄英に避難してる人たちを説得しなくちゃいけない。ワン・フォー・オールが抱えてる因縁、だいぶ広まっちゃってるらしいので。人の口に戸は立てられないとは良く言ったもんですね。
ま、先の不安はその時に考えるとして。私はね、ようやく仲直り?できた2人を喜びたい。もう4年だよ?このぎこちない幼なじみを見ていたの。長すぎる……
「一歩前進だねぇ〜、かっちゃん?」
「まぁな。てか、テメェにかっちゃん言われたくねんだよ。」
「そんなこと言わない言わない。ほら、これで同中3人仲良し〜」
「うっぜぇ……」
肩組もうとしたら全力で拒否られた。