半分少女のヒーローアカデミア
死柄木弔が去った後、お茶子さんが通報してくれて、ヒーローと警察が駆けつけた。緑谷くんと私は、死柄木弔に直接接触したため警察署内でヤツの人相や話した内容を聞かれた。でもそれはほとんど緑谷くんが答えた。私はずっと黙っているだけの置物だった。彼の口からオール・フォー・ワンの名が出たのは、それほどの衝撃があった。
でもその衝撃だけじゃない、緑谷くんがオール・フォー・ワンを知っていたこと、ヤツの個性を奪い、与える力、緑谷くんとオールマイトの秘密、個性の継承の可能性。いくつものことが頭を巡り、そして隣にいる彼に打ち明けていいものか迷っていた。
「ありがとう緑谷くん、聞きたいことは以上だ。加山くんも長く引き止めて悪かったね。」
「いえ、私は……」
「いやしかしずいぶんと久しぶりだ。大きくなったね。」
「私、ですか?」
「そうさ。昔、病院で会っただろう?」
「あ、あぁ!」
思い出した。私の見元調査をしてくれてた刑事さんだ。最後に会ったのは何年前だったかな。通りで見覚えのある人だと思った。
「加山さんと塚内さんって知り合いだったんですか?」
「まぁ、色々とね。」
「色々……」
「じゃあこちらからの用件も終わったことだし、帰ろうか。加山くんにはイレイザーヘッド、相澤くんが来ている。」
「わかりました。」
「オールマイトも来ているから緑谷くんは話していくといい。」
「え?オールマイトが!?」
塚内さんに促され、私たちは取り調べ室を出る。廊下には相澤さんが待ってくれていた。緑谷くんは軽く挨拶して去っていく、多分外でオールマイトが待っているんだろう。
「水穂、災難だったな。だがよく頑張った、偉いぞ。」
「うん、ありがとう相澤さん。」
くしゃくしゃと頭を撫でられる。やっぱり相澤さんの手は暖かい。長年の戦闘で傷跡とタコのできた硬い手だけど、私が一番安心できる手だ。
先生のときはとても厳しいし怖いけど、こういう時の相澤さんはとても優しい。心の底から甘えていいんだと思えて、体の内で強ばっていたところが弛緩していく。
でも強く残ったこの凝りは中々取れない。やはり聞かなければならないんだ。
「相澤さん、今日のことでオールマイトに聞かなきゃいけないことがある。」
「そうか、ならさっさと行ってこい。」
「ダメ、相澤さんにも聞いて欲しい。」
「……わかった。」
何か重要なことがあると察してくれたようで、そのまま相澤さんと一緒に外に出る。敷地内の少し奥まったところにオールマイトたちは居た。正確にはオールマイトっぽい人だろうか。
「やぁ相澤くん、もう帰ったんじゃなかったのかって、加山少女!?いや!この姿は!ええっと……」
「オールマイト!早くマッスルフォームに!!!」
「結構です、オールマイト。そのままで。」
「オールマイト、加山があなたに聞きたいことがあるそうです。」
「ううむ、わかった。加山少女、このことはくれぐれも内密にね。……で、聞きたいというのは何のことだい?」
やっぱり目の前に金髪のやせ細った人はオールマイトだったらしい。見るからに大変な秘密を見てしまったが、今は置いておこう。早く私の知りたいことを問わなければ。
「……オールマイト、オール・フォー・ワンって何ですか?」
「な!?」
「なんでこの名前を緑谷くんが知っているんですか?」
一言紡ぐ度に何かがせり上がってくる。腹の底からどろりとしたものが、のたうち回って這い上がってくる。なんだろうこの気持ちは、どうしようこの気分は。
「なんで……なんで!!!私を!こんな体にした悪魔のような男が出てくるですか!?あなたと緑谷くんにどういう関係があるんですか!……答えてください!オールマイト!!!」
頭を掻きむしる。相澤さんに感じた安心感はどこへやらだ。これを聞く前までは努めて平穏であろうと思ったのに、全く感情が制御出来ない。あの男への怒りと恐怖が渦巻いて、おかしくなってしまいそうだ。溢れて止まらない感情をそのままに暴れだしたいくらいに。
「なんでなんですかって聞いてるんです……答えてよ!!!」
「落ち着け、水穂。ったく、そういう辛いことはちゃんと相談しろって言ってるだろうが。」
「……あ、あぁ、すみません。」
「大丈夫、相澤くんの言う通り落ち着くんだ。」
「はい。」
相澤さんの言葉と同時にフッと力が抜ける感覚があった。抹消を使ってくれたんだろう。気づけば、体温はかなり上がっていて、服もじっとり濡れている。個性が不安定になってた証拠だ。
冷静にならないと……ゆっくりと深呼吸する。肺いっぱいに吸い込んで、それを全部吐き出す。それを数回繰り返せば気分はずいぶんと良くなった。
「すみません、取り乱しました。もう大丈夫です。」
「そうか。では一度中に戻ろう。とてもじゃないが外でできる話じゃないんだ。塚内くん、どこか一室借りれないだろうか。」
「それなら彼らの調書を取るのに使ってた部屋が空いてる。だがオールマイト、構わないんだな?」
「あぁ、彼女とて無関係じゃない。」
「わかった。人払いはしておくよ。」
「塚内くん、ありがとう。」
オールマイトは私のみっともない様子を見ても嫌な顔1つせず、話す姿勢を見せてくれた。逆戻りになってしまうが、オールマイトたちと一緒に署内へ入る。
※ ※ ※
「では、単刀直入に言おう。オール・フォー・ワンとは私の、いや私たちの宿敵であり、敵連合の真の親玉というべき存在だ。そして私がかつて倒したはずだった男だ。」
「な!それは……」
「……」
そこからオールマイトが語ったのは、彼の輝かしい功績に隠された決して表舞台には出てこない歴史だった。
超常黎明期、個性を奪い、そして与えられる個性を持った男がいた。その名をオール・フォー・ワン、個性を意のままに操る彼は混乱渦巻く中で、瞬く間に裏社会を掌握。そこから今に至るまで暗躍の限りを尽くしてきた。彼が指先1つ動かせば、多くの悪事が成され、それ以上に多くの犠牲者が出た。
けれどそれを良しとしない人たちがいた。現代ヒーローの原型とも言うべき人たちの中に、オール・フォー・ワンへ立ち向かった人たちがいたのだ。圧倒的力を持つオール・フォー・ワンに彼らは何度も敗北を喫するが、諦めず戦い続けた。そしてその中で培われていった力があった。
「それがワン・フォー・オールさ。そして私はこの力を持ってヤツを打倒した。けれど私も無傷とはいかなくてね。今の姿は、その後遺症なんだ。」
「ワン・フォー・オール……でもオールマイトが倒したなら、何故あの男がまだ……」
「私も最初は疑ったよ。オール・フォー・ワンには致命傷を与えたんだ、生きているはずがないと。しかし動かぬ証拠があった。USJの脳無だよ、アレを作り出せるのはヤツしかいない。」
「で、そのこっそり生き延びてたオール・フォー・ワンとかいう男は、今は敵連合を隠れ蓑に、死柄木弔を使って何かしようとしている。」
「その通りだ、相澤くん。」
カチリカチリとピースがはまっていく。オール・フォー・ワンの正体、オールマイトの秘密、敵連合……私の中にあった疑問が次々に氷塊していった。
「ワン・フォー・オールについてももう少し話そう。この力は聖火の如く引き継がれてきた。代を経るごとに高まっていく力だ。だが私は既にこの体だ、もう長くは戦えない。日常的に活動出来る時間も短くなっている。そのために後継者を選ぶことにした。」
「……それが緑谷くんなんですね。」
「加山さん、気づいてたの!?」
「何となくね。緑谷くんに突如発現したオールマイトそっくりな個性、個性を与える個性の存在、人から受け取った個性は楽に制御できないこと。これらを考えた時、緑谷くんの個性はオールマイトから貰ったものなんじゃと思ってました。」
「ずばり正解だよ。緑谷少年、彼こそがワン・フォー・オールの次代継承者なんだ。」
あぁ、これで全部の疑問が解けた。緑谷くんの個性もオールマイトたちの秘密も。ワン・フォー・オールはオール・フォー・ワンを倒すべく生まれた個性、まだオール・フォー・ワンが生きているというなら、継承者である緑谷くんはいつかヤツと対峙する運命にあるというわけだ。
「全部、疑問は解けました。こんなに大事な秘密を話してくれてありがとうございます。」
「いいんだ、言っただろう君も無関係じゃないと。ただ他言無用でね。」
「あの、オールマイト。さっきも言ってましたけど加山さんが無関係じゃないってどういうことですか。」
「緑谷少年、それは……」
やっぱりそうなるか。オールマイトと緑谷くんには絶対に明かせないはずだった秘密を教えてもらった。ほとんど私のわがままを聞いてもらったようなものだ。
……なら私の秘密も教えないとフェアじゃない。
「オールマイト、大丈夫です。」
「大丈夫って、いいのかい?これは話すには辛いことだ。」
「加山なら問題ないですよ。あなたから大事なものを受け取った、それならこちらも返さないと誠実じゃないってことです。」
「……わかった。緑谷少年、心して聞くんだ。」
「は、はい!」
緊張する。今から話すことは、轟くんにさえ話していない重大な部分だ。全てを話すのは本当の本当に人生で初めて。
慎重に、一呼吸置いて、口を開く。
「緑谷くん、私の両親がいないっていうのは前に話したよね。」
「うん、今は相澤先生と暮らしてるって聞いたよ。」
「合ってる。……私がこうなった発端はね。小さきとき、ヴィランに誘拐されたのが始まりなんだ。」
「誘、拐……?」
握りこんだ手が汗ばむ、心臓が早鐘のように打っている。でも大丈夫、私なら話しきれる。
緑谷くんも体が固まっているのが見て取れる。でもその目は真剣そのものだ。
「誘拐されて、売り飛ばされた先があの男の、オール・フォー・ワンの研究所だった。」
「オール・フォー・ワンって!?じゃあ君に関係があるっていうのは……」
「私はね、オール・フォー・ワンの実験体だったんだ。」
「……ッ!?」
彼の顔が辛そうに歪んでいる。私が受けた仕打ちを想像してしまったんだ。緑谷くんは優しい、誰かの痛みに寄り添おうとしてくれる。そんな君だからこそ、私は誠実でありたいんだ。
「USJに現れた脳無、複数の個性を持ってたよね?私はその実験に使われた。お父さんの水の個性に合わせて、お母さんの炎の個性を僅かに受け継いでいたのに目をつけられた。」
「2つの個性……」
「そう。若干ながらも炎の個性に適正のあった私は、火炎系であれば上書きするようにもう1つの個性を受け入れる余地があるってヤツは考えたんだ。」
「そんな、無茶苦茶な。」
「緑谷くんの言う通り、無茶な実験だった。オール・フォー・ワンは既に生身では個性の複数所持に耐えられないことを知っていた。なのに、試してなかったからと面白半分で、私にこの力を植え付けたんだよ。」
言葉が途切れる。息が苦しい、横で聞いてるオールマイトも苦虫を噛み潰したような顔をしてる。相澤さんも無表情を貫いてるけど、手に力が入ってるのがわかる。
頑張れ私、もう少しで終わるんだ。
「当然上手くいかなかった。意識は混濁して、個性は体に合ってない。そして私はゴミのように打ち捨てられた。そこを救けてくれたのが相澤さん。そこから闘病生活とか色々あって今の私がある。」
「……それで、全部?」
「全部だよ。聞いてくれてありがとう、緑谷くん。」
数秒の沈黙が流れる。誰も何も言わない、緑谷くんが何か言おうと黙っているのが分かっているからだ。だから私も彼の言葉をジッと待つ。
そして、
「加山さん、まずは君のこと話してくれてありがとう。色々考えたけど僕が加山さんに言えることはこれしか思いつかなかった。
……加山さんは凄いよ。」
「……私が凄い?」
「そう、凄いんだよ。同情したとかじゃないんだ、より尊敬の念が深まったって言うか。加山さんはずっと、今だって怖くて苦しいんだと思う。でも君は諦めなかったし折れなかった。雄英に入ってヒーローになろうと全力で努力してる。中学のときから、かっちゃんと並んで憧れだった君の芯がどこから来るのか知れた。だから凄いって思うんだ。」
「緑谷くん……」
頬を温かいものが伝う。拭ってみれば、それは涙だった。なんで涙なんてって思ったけど、それは後から後から流れてきて、ついには止まらなくなった。
「加山さんが泣いてる!?ど、どうしよう!ごめん、何か嫌だったかな!」
「違う、違うから……」
「違う?なにが?」
「緑谷少年、こんな時はこうするのさ。」
「水穂……お前は存外泣き虫だよな。」
オールマイトが懐から取り出したハンカチでそっと涙を拭いてくれる。相澤さんが背中をさすってくれる。緑谷くんはテンパってワタワタしてる。
そこで私は思い至る。こんなにもどうしようもなくて、普通じゃない私。本当の私をさらけ出したらみんな逃げていってしまうんじゃないかと思っていた。
私はただ嬉しかったんだ。
友達に受け入れて貰えたことが。