本誌の僕のヒーローアカデミアも残すところあと1話、終わってしまうのとてもとても名残惜しいですが、ずっと楽しませてくれたことに感謝しつつ、最終回を心待ちにしたいです。
半分少女と林間合宿1
半分少女のヒーローアカデミア
雄英高校夏休み本番、私たちヒーロー科1年A組は学校の正面ロータリーに集合していた。それもそのはず、今日から待ちに待った林間合宿である。
「雄英は一学期を修了し、今は夏休み期間に入っている。しかしヒーローを目指す諸君らに安息の日が訪れることは無い。Plus ultra を目指して林間合宿は頑張ってもらう。」
『はい!』
くぅぅぅ!気合い入るなぁ。合宿で具体的に何するかは、現地に着いてのお楽しみらしいけど、内容はともあれ自分が急成長できる機会には違いない。これをものにしてもっと強くなる!
「頑張るぞー!」
「テンション高ぇな。」
「あ、轟くん……見られてたか、恥ずかしい。」
「そんなに楽しみか?林間合宿。」
「そりゃそうでしょ。普段はヒーロー基礎学と自主練でしか訓練出来ないし、こういう訓練に特化した時間は大切だからね。轟くんは楽しみじゃないの?」
「俺も楽しみって言ったらそうだが、アイツらを見てるとな。」
「あー。」
轟くんが視線を送った先を見る。そこではもう林間合宿に浮かれに浮かれた上鳴くん、三奈さん、あとお茶子さんが「合宿!合宿!」と謎の踊りをしてる。自分以上に興奮してる人を見ると逆に冷静になってしまうアレだ。私も見てスンとなった。
「でもやっぱり特訓だけじゃなくて、クラスのみんなとお泊まりってのも楽しみではあるよ。あまり学校行事に縁のない人生なもので。」
「前にも同じようなこと言ってたな。俺も似たような感じだ、小中は友達なんていなかったからな。」
「けど今は私という友達がいる!お互い良かったねー。」
「あぁ、加山は一番の友達だ。」
「ぐふっ……よくもまぁ恥ずかしげもなく。」
ちょっとくらい照れたりするだろうかと、軽くジャブを放ってみたら凄まじいカウンターが返ってきた。これが無意識だから恐ろしい。自分がめちゃくちゃイケメンなことに自覚ないのかな?ないんだろうなぁ。
私が自爆して小さくなってたとき、聞き覚えのある声が割り込んできた。
「あれあれあれあれー?A組補習いるの??つまり期末で赤点だったやつがいるってことでしょ?ええ!?おかしくない?A組はB組よりずっと優秀なはずなのに?あれれれれれr……」
「ごめんなー」
いつも通りの物間がいつも通り煽ってきたけど、これまたいつも通り物間係の拳藤さんに絞められ回収されて行った。
B組がA組より下だなんて誰も思ってないのに……いや爆豪あたりはモブって思ってそうだな。物間、難儀なやつだ。
おっとそろそろ乗車の時間か。あまりゆっくりしてると飯田くんの小言が出ちゃうからさっさと乗ろ。
「A組女子だけじゃなくB組女子まで!よりどりみどりだぜ。」
峰田くん、そういうのは仮に思っても心にしまっておくものだと思うよ。
「峰田、お前そろそろダメだぞ。」
「そんなだからモテないんだよ。」
「うるせぇよ!気にしてんだから言うなよ!!!」
「同級生女子全員の峰田くんの評価が下がったところで、行こっか切島くん。」
「おう!遅れたら相澤先生怖ぇからな。」
「……」
あー、楽しみだなー林間合宿!
※ ※ ※
「り、りだからーリャマ!」
「ま、か。マラカス。」
「スピネル!」
「スピネル?なにそれ。」
「宝石の一種ですわ。ルビーによく似ていますの。」
「へー、やっぱり八百万って物知りだね。」
「それほどでもありませんわ!」
バス移動の最中、ただ座ってても暇なので私たちは尻取りで遊んでいた。特に八百万さんと轟くんが強くて、全然長考しない。青山くんは誰も知らないような単語を出してくる。それを私か耳郎さんが質問して、八百万さんがサッと答えてくれるという流れをずっと続けてる。八百万さんは自分の知識を活かせるのが嬉しいみたいで、プリプリが止まらない。
ちなみに私は通路の補助席に座っている。みんなが2人がけの席へ思い思いに
座っていったら私だけ溢れてしまったのだ。最後尾の5人がけが残ってたけど、無理言ってここに座らせてもらった。
だってみんな仲良く話してる中、ひとりぼっちで座ってるなんて寂しいし……
とにかく無理にでも補助席を使ったかいあって非常に楽しく過ごせた。1時間の移動なんてあっという間で、いい加減尻取りの語彙も尽きてきた頃、バスがなんの変哲もないところで止まる。
「くあ〜休憩か〜。」
「おしっこおしっこ……」
「つか、ここパーキングじゃなくね?」
「B組もいないし。」
相澤先生に降りるように指示され、クラス全員が外に出る。休憩かと思ったが、ここには山々を一望する絶景以外何も無い、そもそも移動行程に休憩時間はなかったはず。
「何の目的もなくては意味が薄いからな……」
「トイレは……?」
相澤先生が意味深に呟く。峰田くんの方は相当限界らしい。元々休憩時間書いてなかったんだから、飲み物は調整しとかないと。
「よう、イレイザー!」
「ご無沙汰してます!」
バスが止まる前からこの空き地?にあった車から人が出てくる。相澤先生の反応を見るに雄英関係者っぽいけど。
「煌めく眼にロックオン!」
「キュートにキャットにスティンガー!」
「「ワイルド・ワイルド・プッシーキャッツ!」」
キラキラフリフリのアイドル衣装みたいなコスチュームに身を包んだ女性ヒーローが2人現れた。名乗りもポーズもバッチリ決まってるんだけど、何故だろうそこはかとなく漂う謎のキツさは。
あと2人の後ろにいる男の子も謎だ。どちらかのお子さんとかかな。
「今回、お世話になるプロヒーロー、プッシーキャッツの皆さんだ。」
「連盟事務所を構える4名1チームのヒーロー集団!山岳救助などを得意とするベテランチームだよ!」
この方達のことはテレビで見たような気がするだけで、詳しく存じ上げなかったんだけどそこは安心、歩くヒーロー辞典の緑谷くんはズバーっと解説してくれる。
「キャリアは今年で12年にもな、うぎゃあ!」
「心は18!!!」
理由は分からないけど相当年齢を気にしてるみたい、金髪の方が緑谷くんにアイアンクローを食らわせてる。アレ痛いんだよね、私のイタズラがすぎた時に相澤さんがするお仕置の定番だったからよく知ってる。
「心は?」
「……18!」
「そこまでにしといてください。お前ら挨拶しろ。」
『よろしくお願いします!』
「はい、よろしく。ここら辺は私らの所有地なんだけどね。あんたらの宿泊施設はあの山の麓ね。」
そう言って茶髪の方がずっっっと遠く、多分望遠鏡とか覗かないと見えないほど遠いところを指して言う。
そっかそっか、今日から私たちはそこに泊まるのか。……え?
スーッと背筋が寒くなる感覚がする。こんな何も無いところでバスを止めた理由、やたらと遠い宿泊施設、そして今ここでそれを説明したこと。
いくつかのピースを繋ぎ合わせて確信する。また嵌められた、と。
他の人も気づき始めたようでザワザワしだす。
「これってもしかして……」
「いやいやまさか。」
「ははは……バス戻ろっか、な?」
「そうだな!そうすっか!」
「うん!」
「……今は午前9時30分。早ければ、12時前後ってところかしら。」
人の良さそうな方に見えたけど、今はそれはもう悪そうに笑ってる。悪い!悪すぎるぞ!
「戻ろう!」
「バスに戻れ!早く!」
「加山もボサっとしてんな!」
「12時半までかかったキティはお昼抜きね。」
事態を把握した人から我先にとバスに戻ろうとする。みんなこのままだととんでもない苦行をやらされると自覚したのだ。私はまぁ、動かない。私も合宿前からこんなことになると思ってなかったし、説明なしの苦行は御遠慮したい。けど、
……相澤先生がこうなることを想定してない訳が無いのだ。
「悪いね、諸君。合宿はもう……」
地面、山そのものが意思を持ったように動き出す。見るに年齢を気にされてる方の個性だ。A組の面々が次々それに飲み込まれていく、もちろん私も例外じゃない。
もう始まってしまったものはしょうがない、甘んじて受け入れよう。でも、でも、……ちょっとくらい説明あっても良かったんじゃないかなぁ。
「始まっている。」
「合理的虚偽いいいいい!」
「A組のみんなー!ここは私有地だから個性使用は自由だよ!今から3時間、自分の足で頑張っておいでー!この魔獣の森を抜けて!」
散々土まみれにされた私たちが落ちた先は「魔獣の森」、それはそれは恐ろしい猛獣でも彷徨いてるのかと思ったけど、出てきたのは土人形だった。たかが土人形かと思うけど、個性でもって操られるこれらは普通に手強い、魔獣の森の名に恥じぬモンスターが配置されていた。
プッシーキャッツからの課題は、立ち塞がるこの魔獣を倒しながら宿泊施設までやって来いということだ。一体一体は大したことないが、無限に現れるので突破するにはクラスの協力が不可欠。
「目標3時間!行くぞA組!」
『おおおお!』
1年A組の林間合宿が幕を開ける。
「まずは役割を分けますわ。」
司令塔の役についた八百万さんの元、A組の役割分担が決められる。
索敵に障子くんと耳郎さん
囮、足止めに口田くん、峰田くん、葉隠さん、瀬呂くん
補助にお茶子さんと梅雨ちゃん、三奈さん
攻撃に残りのメンツ
八百万さんは指示を出しつつ、攻撃と補助を兼任する。
それぞれの仕事が決まったところで、私は動き出した。
「前方から4匹!左右から2匹ずつ!」
「総数8!来るよ!!!」
索敵担当2人を合図にA組の連携攻撃が始まる。今まで協力して戦うというのは少人数ではあっても、クラス規模で行ったことはなかった。しかしその懸念を振り払うように、それぞれの個性を活かした連携が気持ちいいくらいに決まる。
「加山!そっちに3匹行った!」
「りょーかい!」
耳郎さんの報告通り、私の前に3匹の魔獣が現れる。みんなのを見てて、コイツらが見かけ以上に脆いことはわかった。なら水流だけで事足りそうだ。
両手を組み、力を集める。圧縮はいらない、ただ力いっぱい押し出す!
「やぁッ!」
間をおかない3連発、体の大半を抉り取られ魔獣たちが土くれに返っていくのが見える。周りもいい調子で魔獣を倒してる、私も負けてられない。
このままのペースなら3時間と言わなくても、もっと早くクリアできるかもしれない。
※ ※ ※
と、思っていた時が私にもありました。
施設が見える頃には私を含め、A組全員が個性を限界まで酷使、体力も気力も絞り尽くしたボロボロの状態だった。よくもまぁ誰もリタイアせず、ここまで歩いて来れたものである。水も食料なしに放り出されたので、水を出せる私が居なかったら普通に脱水症状で死んでるんじゃないかな?得意げな顔で待ってるマンダレイさんとピクシーボブさん(途中で緑谷くんに教えてもらった)が恨めしい。
誰ですか3時間とか余裕って言ったの、私か……
「どこが3時間なんですかァ!!!」
瀬呂くんの渾身の主張、これはA組の総意だ。3時間どころか既に日が暮れ始めてる。もっとペースが遅ければ、本当にサバイバルを検討していたところだ。
「それ私らならって意味、悪いね。」
「実力差自慢のためかよ……やらしいな。」
キュート路線な見た目の割にやってることえげつないです、ほんと。ていうかプロ集団のプッシーキャッツでも3時間かかる内容を私たちにやらせたの?今までやってきた訓練の中でも指折りでキツかった……
「でも正直、こんなに早く来れるとは思ってなかった。私の土魔獣が思ってたよりあっさり攻略されちゃった。いいよ君ら!特に……そこ5人!躊躇のなさは経験値によるものかしら?」
私たちに魔獣をけしかけてたピクシーボブさんが、緑谷くん、轟くん、飯田くん、爆豪、そして私をズビシと指差す。どういう仕組みかは分からないけど、戦いを見ていたピクシーボブさんに私たちは興味を持たれたらしい。
躊躇のなさというのは、私たちが特に魔獣をぶっ飛ばしまくってたからだろうか。水流しか使ってないので本気だったけど、全力ではなかった。それでもプロヒーローのお眼鏡にかなったなら悪い気はしない。
「3年後が楽しみ!今のうちに唾つけとこー!」
急に近づいてきたと思ったら唾をぷっぷとつけようとしてくる。プロになったら雇いたいってことなのかな?そうだとしても物理的にかけてくるのはやめて欲しい。
「マンダレイ、ピクシーボブあんな人でしたっけ?」
「彼女焦ってるの、適齢期的な意味で。」
あぁ……なるほど、理由は成人女性の切実な悩みだったと。切実すぎてちょっと悲しくなってきた。
「あ、適齢期と言えば……ふぐァ!」
「……と言えばって?」
「ずっと気になってたんですが!この子はどなたかのお子さんですか?」
年齢をとーっても気にしてるピクシーボブさんに緑谷くんがまた顔を掴まれてる。私も気になってたけど話題の振り方が悪いよ。
「この子は私のいとこの子供。洸汰、1週間一緒に過ごす人たちだから挨拶しな。」
「そうなんですか、僕は雄英ヒーロー科の緑谷、よろしくね。」
マンダレイの親戚らしい洸汰くんに緑谷くんが挨拶しに行く。子供にしてはずっと不機嫌そうな顔してるけど、人見知りだったりするのかな。
「……ふんっ!」
「〜〜〜〜〜〜っ!」
「緑谷くーーーん!おのれ従甥!なぜ緑谷くんのインノーを!」
洸汰くん渾身の右ストレートが緑谷くんの股間を射抜いた。身長差的にもクリーンヒットな位置だったみたいで、緑谷くんは真っ白になってうずくまってる。あれは凄く痛そうだ、私にはわかんないけど。
「ヒーローになりたいなんて頭のおかしい奴らとつるむ気はねぇよ!」
「つるむ!?いくつだ君は!」
彼は私たちというかヒーローそのものが相当嫌いらしい。このヒーロー社会、ヒーローが嫌いな人は少数派だが、やはり一定数いる。理由は様々だけど、ヒーローに関した強いトラウマを持っていることは多い。洸汰くんがヒーローを認めないわけもそこにありそうだ。
「……マセガキ。」
「アイツ、爆豪に似てねぇか?」
「あぁ?似てねぇよ!」
「いーや似てるね、性格がツンツンしてるとことか。」
「だよな。」
「どこに目ぇつけてんだよ!」
「茶番なら他所でやれ。バスから荷物降ろして部屋に運んだら食堂にて夕食。その後入浴して就寝だ。本格的なスタートは明日からになる。さぁ早くしろ。」
※ ※ ※
プッシーキャッツの用意した夕食はめちゃくちゃ美味しかった。疲労困憊で体が栄養を求めてるにしても、あれは本当に良かった。私も料理には自信のある方だったけど完敗である。多分、雄英のランチラッシュに匹敵する美味さだ。
米粒1つ残さず平らげて、みんなの腹もくちくなったところで、風呂である。泥まみれ、汗まみれで最悪なので、早く熱い湯船でさっぱりしよう。
「気持ちいい〜。」
「温泉まであるとか最高だわ。」
「みんな、おまたせー。」
「あら、水穂ちゃん髪上げてるのね。新鮮だわ。」
「ほんまや!かわいい!」
「そ、そう?」
普段そのままにしてる髪をただまとめただけなんだけど、率直に褒められるとむず痒くなる。既に湯船に浸かってる人達が凄く気分良さそうなので、私もさっさと体洗って入ってしまう。
「ふーー、ほんとだ気持ちいいね。」
「ご飯も美味しいし、温泉あるし、最高ーー!」
「葉隠さん、遊びに来たんじゃありませんのよ。明日から訓練も始まりますし、皆さん四肢をマッサージされた方がいいですわ。」
「確かに疲労を残さないようにしないとね。」
「その通りですわ。我が家なら専属のマッサージ師がいたのですが。」
「専属?マッサージ師?ブルジョワァ……」
「お茶子ちゃんが沈んでいくわ。」
そんなふうに温泉と会話を楽しんでいる時、仕切りを挟んだ男風呂が騒がしくなる。なんか前にもこんなパターンあったぞ。
「壁とは!超えるためにある!プルスウルトラァァァ!!!」
「やめたまえ!峰田くんんんん!」
やばい、峰田くんが全力で覗きに来ようとしてる!!!仕切りがしっかりしてるから油断してた。彼のもぎもぎなら、この程度の高さわけないぞ。
今から私の個性で煙幕でも張る?いや、もうそこまで来てるから間に合わないか。仮に張れても、アイツのことだから見えるまで粘り続けるだろうし。
A組から犯罪者が出るという最悪の事態を防ぐ手は……
───ってあの子は。
「ヒーロー以前に人として学び直せ。」
「クソガキイイイイイ!」
ギリギリのところで、先回りしていた洸汰くんが峰田くんをたたき落としてくれた。温泉に落ちる音がしたし、床に激突とかはしてないだろう。まぁ峰田くんにはそのまま二度と起き上がってきて欲しくないが。
「やっぱり峰田ちゃん最低ね。」
「ありがとう!洸汰くーん!」
「三奈さんそれは!」
「あっ……うわあああ!」
「……危ない!」
三奈さんがお礼を言ったのに、うっかり振り向いてしまった洸汰くんは、バランスを崩して仕切りから落ちてしまった。見えなかったけど、緑谷くんの声が聞こえたし床にぶつかる音もしなかったので、上手いことキャッチしてくれたっぽい。
「緑谷くん、洸汰くん大丈夫ー?」
「うん!気を失ってるけど、びっくりしちゃっただけだと思うから!一応マンダレイに見せてくる!」
「そっか!おねがーい!」
とりあえず洸汰くんに外傷がなくて良かった。体も温まったし、峰田くんが復活して蛮行に及ぶ前にみんなで上がってしまおう。
※ ※ ※
「あー!温泉気持ちよかったー。」
体の芯からホカホカで、湯上りの脱力感が心地いい。明日も朝早いので、みんなはもう床についてしまったが、私は寝る前に水が飲みたくて食堂に来ている。冷蔵庫に入っているミネラルウォーターは好きに持って行っていいと聞いてるので、それを2本頂戴する。
寝静まった施設の中は、都会から離れた山奥ということもあってとても静かだ。雄英に入ってから騒がしいことばかりなので、こんな落ち着いた空気は久しぶりかもしれない。
飲みたかった水も手に入れたし私と早く寝てしまおうと、施設の廊下を足早に歩いていると曲がり角から人が出てくるのが見えた。
「あれ、緑谷くんまだ寝てなかったんだ。」
「ちょっと寝る前に水が飲みたくて。」
「それだったらこれ、1本どうぞ。」
「ありがとう!でもいいの?」
「いいのいいの、食堂の冷蔵庫から貰ってきたやつだから。」
そう言ってホイっと投げ渡す。あ、今の青春っぽい、なんかのドラマかで見たことある。
「そういえば洸汰くん、なんともなかった?」
「え?あぁ、マンダレイにも見てもらったけど、やっぱり落下した時のショックで気絶してだけみたい。今はもう寝てるんじゃないかな。」
「なら良かった。」
「……うん。」
なんか歯切れが悪い。緑谷くんがどこかソワソワしてるからだろうか?何か言いたいけど言えないでいるみたいな。このままにしといたら寝付きも悪いし、キッパリ聞いてしまおう。
「緑谷くん、何か話したいことあるんじゃない?」
「べ、別に僕は何も……ごめん、本当はある。……洸汰くんのこと聞いたんだ、マンダレイたちから。」
「そうなんだ……」
聞いたのは、さっきのお風呂のときかな?やっぱり洸汰くんがヒーローを嫌うのは理由があったんだ。
「洸汰くんの両親はヒーローだったらしいんだ。でもヴィランとの戦闘で殉職してしまった。」
「…………」
緑谷くんの話した内容に胸の奥がチクリとする。私の父親もヴィランと戦って死んだからだ。ほとんど朧気になっているけれど、私が父の死に強く苦しまなかったのは、母がいたからだと思う。けど、苦しい時に頼るべき存在を2人同時に亡くした洸汰くんは、その感情を吐き出す先もなく天涯孤独になってしまった。
「マンダレイが言ってたよ。洸汰くんの両親の死を誰もがヒーローとして立派な最後だったと褒めたたえたって。だから洸汰くんは嫌いなんだ。死んでしまったことさえもヨシとしてしまえるヒーローが。」
「……そんな訳があったんだ。」
「うん。……ねぇ加山さん、どうしたらいいんだろうね。」
「どうしたら、か……」
その問いに私は答えに詰まる。緑谷くんは「どうしてあげたら」とは言わなかった。洸汰くんには、そんな上からの、外野からの励ましなんて苦痛でしかないと分かっているからだ。彼の両親が殉職したことを良いことだったと言った人たちと同じこと言っても、洸汰くんを余計に傷つけるだけ。
救けたい、と思う。これはヴィランから守ること、災害や事故から救うこととは全く違う、心を救けるということだ。
「難しいことだよ、緑谷くん。」
「分かってる。でもどうにかしたいって思うんだ。」
「私もそうだよ。救けたいけど、どうするべきか分からない。それに洸汰くんのことは全く分からないわけではないから。」
「……そうだった。加山さんは、」
「今は私のことは気にしないで。……色々考えることはあるけど、やっぱり洸汰くんと話をしたいと思うな。マンダレイから聞いただけで、あの子がどう思ってるか知らないし。」
「話、か。わかった、明日から少しでもいいから話してみるよ。」
「それがいいと思う。私もそうするから。」
私たちがしようとしてることは、とんだお節介だ。正解なんてない、失敗する可能性の方が高い。でも今日何度と見た洸汰くんの中に、誰にも頼れず泣いている彼がいるなら。
───見て見ぬふりはしたくない。