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半分少女のヒーローアカデミア
サー・ナイトアイにインターンを何とか採用して貰えた次の日、私と緑谷くんは再び事務所へと訪れていた。今日から早速、インターン生としてのヒーロー活動が始まるのだ。本格的な活動は当然ながら初めて、現場に出られるという緊張と期待が半々と言ったところ。
私たち以外のA組も全員とはいかなかったが、何人かインターン先を手に入れている人達がいた。切島くんは天喰さんから、お茶子さんと梅雨ちゃんは波動さんから紹介されてインターンを行えるらしい。常闇くんなんかは、ビルボードチャート3位のホークスから直々に勧誘を受けてて凄い。
みんな頑張ってるだろうなと考えつつ、サー・ナイトアイの前にミリオさんたちと共に集合した。
「本日はパトロール兼監視。私とバブルガール、ミリオと緑谷、加山の二手に分かれて行う。」
「監視……」
「ナイトアイ事務所は今極秘の調査中なんだよ。」
「調査ですか。」
「死穢八斎會、小さな指定敵団体だ。ここの若頭、いわゆるナンバー2である治崎という男が妙な動きを見せ始めた。ペストマスクがトレードマークだ。」
示された資料には治崎の写真が添付されている。サー・ナイトアイの言う通り、ペストマスクが特徴的でかなり不気味だ。それ以外は小綺麗な男という感じがする。
「でも指定敵団体って警察の監視下にあるから大人しいイメージですけど。」
「過去に大解体されてるからね。でもこの治崎ってやつは、そんな連中をどういう訳か集め始めてる。最近、あの敵連合とも接触を図ったわ。顛末は不明だけど。」
「敵連合!?」
「……死柄木弔。」
「ただ、奴が何か悪事を企んでいるという証拠は掴めない。そのために八斎會は黒に近いグレー、ヴィラン扱いができない。我がナイトアイ事務所が狙うのは奴らの尻尾、くれぐれも向こうに気取られないように。」
『イエッサー!!!』
さぁ、張り切っていこー!
※ ※ ※
ミリオさんに連れられ街へと繰り出す。やはりヒーローという人気職、雄英体育祭の影響もあって、街ゆく人々には声をかけられることも多い。緑谷くんの派手な活躍、私も恐れながら準優勝をいただいたので、顔を知ってる人がたくさんいるのだ。
「き、緊張する。」
「分かる……」
「君たちパトロールくらい職場体験でやってるよね?もしかして敵連合の襲撃がトラウマ?」
「いえ、諸事情で基本活動が未経験なもので……」
「私もエンデヴァーにくっ付いてただけで、あの時は着いていくので精一杯でしたから。」
「そうか、でも職場体験ならしょうがないね。けど大丈夫、今回ホシを監視するのはサーたちで、俺たちはパトロール。色々教えるよ、着いておいでよー!」
げ、元気だなぁ。ミリオさんは1年はサーの下でインターンしてるらしいし、現場経験は十分にあるか。経験者と未経験者の差を痛感する。心の持ちようが全然違うな。
「そういやさ。俺たちヒーロー名教えあってなかったよね。」
「あっ、確かに……デクです!」
「デク?木偶?いいの?」
「いいんです!」
「加山さん、大丈夫なのこの名前?」
「私も最初は面食らったんですけど、本人が気に入ってるので……あ、あと私はアモルファスです。」
「なるほど……うん、2人ともいい名前だね!」
緑谷くんのヒーロー名に若干引っかかったミリオさんだが、受け入れてくれた。初めて聞くと、デクって名前は普通に悪口だし微妙な反応になってしまいますよね。ヒーロー名を決めた時も教室がザワついたなぁと思い出す。たった数ヶ月前のことだけど、もう何年も前のことのように感じる。
「俺のヒーロー名はルミリオン!全てとまではいかないが100万、オールではなくミリオンを救う人間になれるようにルミリオンと命名した。コスチュームをまとって街に出れば、俺たちはヒーローだ。油断はするなよ?2人とも。」
「はい!ルミリオン!」
「頑張ります!」
100万を救うルミリオン、自分の手の届く範囲を絶対に救けるって覚悟の詰まった素敵なヒーロー名だ。
お互いのヒーロー名も教えあったところで、パトロールへと戻る。街を見回ろうと歩き出したとき、路地から急に女の子が飛び出してきた。あまりに急で、その子も前が見えてなかったのか、緑谷くんにぶつかってよろけてしまう。
「きゃあ!」
「おっと。」
「あぁ!ごめんね、ぶつかっちゃって。怪我はない?」
危うく転けてしまうところだったが、ギリギリ抱き留められた。ずいぶんと体が軽い、手足も包帯まみれ。それに……震えてる?
女の子を見た瞬間、カチリと思考のスイッチが入る。
明らかに様子がおかしい。今日は週末だ、小学一年生かどうかという年齢の子が何も持たずに路地から出てくるなんて不自然じゃないか?この怪我、この怯えよう、とてもただの迷子には思えない。
怪物の腹の中にいる、そんな嫌な感覚。大きな事件に足を踏み入れて、もう致命的に関わってしまったという予感。じわりと冷や汗をかき、思わず女の子に触れる手へ力が入った。
この子をどうしようかと思案する。そんな考えを巡らせる中で女の子に続いて、路地裏から現れた人物に戦慄した。
「ダメじゃないか、ヒーローに迷惑かけちゃあ。」
思わず顔に出そうになった感情を取り繕って、努めて平静を装う。絶対に悟られるな。私のミスでサーの計画を不意にする訳にはいかない。……でも想定外の事態だ。こんな、こんなところで
──治崎廻と遭遇するなんて!
「うちの娘がすみませんね、ヒーロー。遊び盛りで怪我が多いんですよ、困ったものです。」
私が異変に勘づいたことに気づかれた様子はなし、外行きの人の良さそうな笑顔だ。貼り付けたような薄っぺらい笑顔がマスク越しでも分かって不快だけど。
ミリオさんと緑谷くんも少し固まってる。治崎廻への探りはサーの仕事、私たちがすべきなのは、ここを穏便に済ませること。しかしどうやって自然に切り抜けるか。
「またフードとマスク外れちゃってるぜ。サイズ調整ミスってんじゃないのか?」
「あ……」
「君も表情強ばってるよ。緊張するかもだけど、ヒーローってのは笑顔が大切だぞ。」
「すみません。やっぱり初仕事は緊張しちゃいますね。……笑顔笑顔っと。」
ミリオさんの言葉に焦りを解かれる。2人揃って顔に出てたらしい。やっぱり隠しきれてなかったか。彼に言われた通りに笑顔を作るため顔をほぐす振りをする。間抜けな感じだが、いかにも新人で何も分かりませんって雰囲気は出るだろう。
「申し訳ないです。こっちこそぶつかってしまって。その素敵なマスクは八斎會の方ですね?ここらじゃ有名ですよね。」
「ええ、マスクは気になさらず。汚れに敏感でして。」
ちょっとした世間話という感じの何気ない会話が始まる。この状況で悟られずに終わらせるには、ミリオさんを頼った方がいい。場数も踏んでるし、複雑な事態を丸く収めるのも慣れてるはず。ただ治崎の目線は厳しい。極道という決して綺麗な手をしているとは言えないところの人間だ、ヒーローとも相容れないだろうが……
「3人とも初めて見るヒーローだ。」
「そうなんです。まだ新人なんで緊張しちゃって。さっ、そろそろ行こうか。まだ見ぬ未来へ向かおうぜ!」
「どこの事務所の所属なんです?」
「学生ですよ!所属だなんて烏滸がましいくらいのヒヨっ子でして。職場体験で色々回らせてもらってるんです。では我々、昼までにこの区画を回らないといけないので!ほら、行くよ!」
上手い……こちらを警戒してる治崎のそれを躱しつつ、入れてきた探りも呑気な新人という風を装ってサーの存在を誤魔化した。今の私たちじゃ絶対に出来ない。感情を隠しきれないし、違和感なく嘘を並べ立てることも無理だ。
後ろ髪を引かれる思いだが、証拠のない治崎をヴィランとして捕らえられない。怯えた女の子、明らかに真っ黒としか考えられない。でもヒーローをやっていくなら飲み込まなければいけない事情も、ある。
抱いていた手を離し、ミリオさんの方へ向かおうとする。大丈夫、サーが必ず尻尾を掴む。確かな証拠を持って、この子を……
「い、行かないで……」
固まった。
消え入りそうなか細い声、震える手で私にしがみついている事実に動けない。
目に涙を溜め、この子は今必死に勇気を振り絞っているのだと分かる。やはり治崎廻は黒だ。どうすれば、こんなに幼い子がこれほどにまで怯えるのか。
そして怒りが湧いた。治崎にじゃない、私自身へだ。
私は何をしようとした?
この子を見捨てたのか。恐怖を捻じ曲げてでも手を伸ばしてくれた子を?
どう見ても虐待されて、いやそれ以上の仕打ちを受けている。誰も味方はいない、誰も救けてはくれない。そんな環境でやっと出会えたヒーローに死にものぐるいで救けを求めてくれたのに?
……ふざけるなよ、加山水穂
お前の夢はなんだ。お前の求めるものは、理想とする姿はなんだ。
絶望している人の手を
──掴むヒーローだろう。
この子はまだ希望を見てる。それを摘んでなるものか。
「娘だとおっしゃいましたね?……なんでこんなに怯えているんですか。」
ごめんなさい、サー・ナイトアイ。
私は一歩踏み込んだ。
「叱りつけたあとなので。」
治崎の表情が曇った。やはり娘だという女の子は奴にとって急所。
ミリオさんが「行こう」と会話を切ろうとするが、私は引き下がりたくない。
「包帯の量もおかしい。子供の遊び?まるで大怪我させられたあとみたいですね。」
「怪我をさせるなんてそんな。よく転ぶだけです。」
「よく転ぶ、上手く言いますね。……はっきり聞かせてください。あなたはこの子に何してるんですか?ただ叱られた子供のする反応じゃない。」
「………」
女の子を抱きしめ、治崎廻を睨みつける。奴は沈黙を保ったままだ。
もうこれからどう転ぶか分からない。サーが目をつけるまで周到に隠れ潜んできた男だ、やけを起こして暴れるとは思えないが。仮にそうなったとしても、この子だけは絶対にお前の元から引き剥がす。
「……全くヒーローは人の機微に敏感ですね。わかりました。」
「………」
「恥ずかしい話です。人目につくし、こちらに来てもらえますか?」
やはり冷静だ。先程までの苛立ちすらなりを潜めて、微塵も感情の揺らぎを感じ取れない。でも観念して自分の所業を白状する気になったようにも思えない。
……罠、だろうか。
女の子を抱き上げ、ミリオさんと緑谷くんを見る。一旦言う通りに着いていってみるということで行動は一致した。
「実は最近、壊理について悩んでいまして。何を言っても反抗ばかりで……」
路地を進む治崎の後ろを歩く。女の子の名は「壊理」というらしい。
「子育て、ですか。大変ですね。」
「ええ、難解ですよ子供は。
……自分が何者かになる、なれると本気で思っている。」
「……ッ!」
憎悪を浮かべる力強い目、初めて奴から殺気を感じた。
多感な、夢を見てこその子供、その在り方を真っ向から否定する口ぶり。それが親を自称する大人から出る言葉かよ。
やっぱり治崎にこの子は渡せな……
壊理ちゃんが私の腕をするりと抜けて、治崎の方へ走って行った。
「な、なんで──」
「壊理、ちゃん?」
緑谷くんと動揺の声をあげた。
分からない。なんでどうして……まだ彼女の体温が手に残っている。去る直前まで震えていた感触も。
ずっと彼女は怯えていた。奴のところへ戻ることなんてないはずなのに。
「なんだ、もうダダはいいのか?」
「……うん。」
あくまで親子を演じる治崎廻。私はそれを呆けるように見ることしかできない。
「いつもこうなんです。すみません、悩みまで聞いてもらって。ご迷惑おかけしました。では、お仕事頑張ってください。」
そう言って壊理ちゃんを連れて去ってしまう。諦められなくて、追いかけようとして、私はミリオさんに静止された。
「追っちゃダメだよ。」
「なんで、止めるんですか。」
思わずミリオさんへ非難がましい目を向けてしまう。この状況、どう考えても彼のやり方が正しくて、私の行いが短絡的だったのに。
……ダメだ、どうにも感情が昂ってしまう。
「君も気づかなかったわけじゃないだろう、治崎が見せた殺気に。あれは俺たちじゃない、壊理って子に向けたものだ。それであの子を釣り寄せた。今深追いすれば奴を捕えられる可能性を狭める。」
「でも!」
「落ち着け、ここはサーの指示を仰ごう。」
ミリオさんは、ルミリオンは冷静さを失わない。でもそれは彼が冷たいからじゃない。人を最も確実に救けられるように考えて行動しているからだ。彼はどこまでもヒーローだ。人を救うヒーローとしてどうあるべきか、常に自分を律している。
それに比べたら私はどうだ。壊理ちゃんのためと固めた決意は、掴もうと伸ばした手は治崎廻に簡単に振り払われた。私の力が足りないからだ、あの子を安心させてあげられなかったからだ。壊理ちゃんを縛る治崎の恐怖を破ってあげられなかったからだ。私の弱さのために、サー・ナイトアイの作戦にだって影響があるかもしれない。
──情けない。
「クソ……」
雨が降ってくる。
かつてのトラウマと共に頭痛を呼ぶそれは、より一層私を惨めにさせた。
※ ※ ※
ミリオさんがサー・ナイトアイに連絡し、合流する。緊急事態だ、報告はすぐに必要だろうと。
「すみません、事故りました。まさか転校生と四つ角でばったりみたいな展開になるとは。」
「いや、これは私の失態。事前にお前たちを見ていれば防げた。」
「とりあえず無事で良かったよ。下手に動いて怪しまれたら危なかったかも。」
「そんな恐ろしい感じには……」
「殺気だけは凄かったですね。」
治崎廻から受けた印象を思い出す。本心を隠すのが上手く、苛立っても外向きには平静を装える。殺気も刺すような鋭さがあった。確かに悪人の中でもそこらのチンピラとはわけが違う。でも対峙しただけで逃げ出したくなるような絶望感はなかった。
「先日、強盗団が人を巻き込むトラック事故を起こした。巻き込まれたのは治崎ら八斎會。だが死傷者はゼロだった。強盗団の連中は激痛を感じ、気を失ったが何故か傷一つなく、どころか持病のリウマチや虫歯など綺麗さっぱり治っていたそうだ。」
「治っていた?」
「治崎の個性だろう。しかし怪我人ゼロのヴィラン逮捕となったため、特に罪には問われなかった。」
「でも奪われたお金だけは綺麗に燃えてなくなっちゃったんだって。警察は事件性なしって結論を出したけど、どう考えても怪しいってことでナイトアイ事務所は本格マークを始めたの。何考えてるかわかんないけど、やるときゃやる奴ってこと。」
やる時はやる。つまり確実にバレない状況、もしくは自分の身が脅かされた時は殺人も辞さない人間ということ。本当にそのままの人物だったとしたら、殺人をも許容する未知の個性の持ち主相手に、無鉄砲に近寄ったのは危険もいいところだった。遅まきながらその事実に少し寒気を覚える。
「サー、怪我の功名というか、新しい情報を得ましたよね。治崎には娘がいます。」
「娘だと?」
「壊理ちゃんと呼ばれてました。手足に包帯を巻かれて、酷く怯えてて。」
「私たちに救けを求めてたんです。」
「あの時、保護してあげられてたら……」
苦い味が口いっぱいに広がる。私にもっと上手く立ち回れるくらい経験と強さがあったら、正式なプロヒーローだったらと意味の無い後悔が頭を埋め尽くす。
「傲慢な考えをするんじゃない。救けたいときに救けられるほど貴様は特別じゃない。」
「そんな……」
「お前も同じ考えをしているな?アモルファス。」
「……はい」
若輩者の考えはお見通しらしい。しかし忸怩たる思いは拭えない。
「現在こちらも他事務所とのチームアップを要請中だ。まず相手が何をしたいか予測し、分析を重ねた上で万全の準備を整えなければならない。志だけで救けられるほど世の中甘くはない。真に賢しいヴィランは闇に潜む、時間をかけねばならない時もあると心得ろ。」
「分かり、ました。」
サーの言葉は厳しい、でもぐちゃぐちゃした感情へ染み込むように入ってきた。この人の言う通りだ、力のない志は無力。悔しいが、それをぐっと飲み込む。
真に賢しいヴィランは闇に潜む、私が身を持って知ってることじゃないか。あの場で壊理ちゃんを救けられなかった無力感は消えない、申し訳なさも。だから決めた、私はサー・ナイトアイに徹底的に着いていく。
そして彼の下で必ず壊理ちゃんを救ける、絶対にだ。