主人公に乗り越えさせる壁を用意するの難しい。
半分少女と手紙
半分少女のヒーローアカデミア
妙な手紙が届いた。
それはとある休日の昼下がり、1年A組の学生寮のこと。
「皆さま、郵便が届きましたわ!」
両手いっぱいに荷物を抱えて共有スペースを歩くのは八百万さん。
全寮制が敷かれてからというもの、学生個人の郵便物は雄英に届くようになった。昨今の経緯もあって、一度危険物等ではないか検めてられてから届け先に振り分けられるようになってる。だから今回みたいに郵便が来る時はまとめてどっさり来るのだ。
「こちらは上鳴さんですわね。」
「げ、かーちゃんからかよ。」
「芦戸さんにも来てますわ。」
「お!やっと来た!今月号のファッション誌〜〜!」
八百万さんが1人1人を周り、荷物を手渡していく。人によって、手紙だったり本だったり、はたまた最新のゲームソフトだったりする。なんかいかがわしい雑誌を受け取っていた人がいたが、誰かは言うまでもない。
郵便が来た人は、その場で開封するか部屋に戻るかで思い思いに散っていく。私は特に荷物が届く予定もなかったので、その光景をぼんやりと眺めていた。忙しない雄英生活、しかもインターン組は公欠した授業を補習で埋めなきゃいけない。休日くらいは気を抜いていたい。
と、思ってたんだけど。
「最後は加山さんですわね。どうぞ。」
「え、私に?」
「えぇ、きちんと「加山水穂様へ」と宛名がありますし。お心当たりがありませんか?」
「ない、かなぁ。私に手紙寄越す人なんていないしね。でも来てるんなら受け取る。ありがとね、八百万さん。」
「いえいえ、このくらい何ともありませんわ。」
八百万さんから差し出された封筒を釈然としないながらも受け取る。正直、ちょっと不気味だな。
受け取ったあと、人に見せられない内容の可能性も考えて、私は部屋に戻ることにした。そうでないにしたって、自分宛の手紙をみんなの前で読むのは恥ずかしい。
デスクの前に腰掛け、何となく居住まいを正す。そして差出人を確認し驚愕した。
「サー…ナイトアイ!?」
手紙を持つ手が震える。サー・ナイトアイは私の元インターン先だ。実務にしたら数日の関係だったが、凄くお世話になったと覚えてる。そんな人から直接手紙が来るっていうのは少し怖いが、それ以上の理由が別にある。
先日あった死穢八斎會の強制捜査、その渦中でサーは殉職しているからだ。
私はサーの死に目にも立ち会ったので、彼が亡くなっていることに間違いはない。なのにこの状況、お化けか?と背筋が寒くなる。ネタにならない本物は大の苦手なんだよ。
しかし故人から手紙が届く、みたいな怪談的なことがあるはずないと、慌てて封筒を詳しく見る。そして
「なんだ、あの日の前かぁ……」
どっと体から力が抜ける。なんてことはなかった。強制捜査をした日より前に出されてただけだった。死穢八斎會でゴタゴタすることを見越して、それが落ち着いた頃に届くよう配達日を指定してあったんだと思う。
無駄にドキドキしてかいてしまった手汗を拭いつつ、気を取り直して封筒の封を切る。中身は普通の便箋が数枚。
「ふんふん、加山水穂くんへと。」
サーらしい、実に整った真面目さの溢れる字体で内容は綴られていた。
『今回は私、サー・ナイトアイが個人的に君へ思うところがあったので、筆を取らせてもらう。先に断っておくが、これから述べる内容は私の予知によって見たものではない。つまり君に不都合な未来を見たから送った訳ではないということだ。雄英から共有された君のプロフィールと私が受けた印象から独自に考察したものになる。またこの考察は私が君に下す評価へ何ら影響はない。
外れるとは考えていないが、万が一見当違いな内容であった場合、これは無視してくれて構わない。』
なんとまぁ堅苦しい言い回しだ。手紙だからというのもあるだろうけど、それにしたってカチコチしてる。なんかサーと直接話してるみたい。
でも私に思うところ?君のユーモアは詰まらないとつらつら書いてあったら泣く自信があるけど……
『では、本題に入る。我々ヒーローの多くが仕事としているのは、ヴィラン退治だ。強盗、恐喝、殺人……八斎會の例であれば非合法品の売買も含まれる。一般市民の生活を脅かす犯罪行為、それを事前もしくは即時に解決することが責務、これは君も承知の上だろう。して、ヒーローたちがヴィランに立ち向かう動機は何か?
これは多少の差異はあれ、総括すると「奴らの行為を許してはいけない」に尽きる。私もそう考えて行動している。ヴィラン犯罪は防がれなければならないと。』
「………」
まだ初めだけど、もうまた嫌な汗をかいている。思っていたより真面目な話そうだ。それも嫌な気分になるタイプの。
気は進まないけど……読まなきゃいけないか。
『そこで問おう。加山水穂、君はヴィランをどう考える?ヴィランに対してどのように感じる?君の視界に奴らはどう映っている。』
再開してすぐだったけど、そこまで読んで私は便箋を机に伏せた。
……ずいぶんと嫌なことを聞いてくる。
ここで問われてるのは当然一般論的なことではないと分かってる。道行く人に聞けば、「ヴィランは悪い人」「ヴィランは犯罪者だ」と往々にして似たようなことが返ってくるに違いない。そして私もそこには異論は無いし、そう思ってた。
でも改めて問われたらどうだろう。それだけでは説明ができない。今まで私の根底にありながら自覚のなかったもの。雄英に入り、直にヴィランと戦って言葉を交わして形になってきたもの。それは八斎會の事件でよりはっきりし始めていた。
人には言いたくない、とてもとても汚くて濁ってて黒く澱んだもの。そのことを指摘されてる。
それは
便箋を返す。
『君はヴィランが憎いはずだ。』
そこだけ強調するように空白を空けて書かれた言葉。
乾いた笑いが漏れる。サー・ナイトアイはお見通しだったらしい。
『インターン初日、私は君に黒いものを見た。片鱗とも言える小ささだったが、無視できないものを抱えている。あるいは自覚はなかったかもしれない、この手紙で初めて実感したか?』
「うへぇ……」
やめて欲しいなぁ。どこまで見抜いてるんだ。今、この手紙がサーに繋がってて、その考えがここに書かれていると言われても信じてしまう。
『ヴィランを憎む。その原因は君の過去にあるか、現在にあるか、両方か。私は両方だと考えている。過去は君にトラウマを刻むのに十分であり、現在はそれを増やし抉っていると。』
はぁ……でしょうとも。
でも、
当たり前じゃないか。
父はヴィランに殺された。ヴィランは私を攫ってあんな男に押し付けた。そのせいでこの体だ、母には二度と会えなくなった。大切な両親は今は冷たい墓石の下だ。
──許せるはずがない。
親代わりの相澤さんにはたくさん迷惑をかけた。目の前で無惨に傷つけられた。死んでしまうかもしれなかった。また独りになる、また奪われるところだった。
──許せるはずがない。
治崎がした壊理ちゃんへの仕打ちにかつての自分を見た、有り得た自分を見た。
──腸が煮えくり返るなんてものじゃなかった。
八斎會の戦いで、私はトガヒミコに一瞬でも強い害意を抱いた。死んでしまってもいいと思った。
──ヴィランだから。
玄野針に激昂しかけた。また相澤さんを傷つけられたから。
──ヴィランなんかに。
お世話になったサー・ナイトアイも殺されてしまった。見たい未来が、育てたい弟子がいた。覚悟の上とはいえ、彼にはやりたいことが山ほどあったはずだ。それが閉ざされた。
──ヴィランのせいで。
そうだ、私はあまねくヴィランを嫌ってる、憎んでる。私に関係あろうとなかろうと、ヴィランであると言うだけで対象になってる。
敵連合が嫌いだ。ステインが嫌いだ。八斎會が嫌いだ。
あのクソったれのオール・フォー・ワンだけじゃない。
視界に入る全てのヴィランが……大嫌いだ。
今まで正体の分からなかった澱は形を成した。
手紙は続く。どんな窘める言葉が待っているのか。
『さて、君のその憎しみだが、私は大いに結構だと考える。少々行き過ぎではある、しかし経験してきたことから見れば正常な反応だ。君が健全に育った証であり、苦しみに向き合ってるとも言える。
重要なのはそれにどう折り合いをつけるか。』
「折り合いを、つける。」
拍子が抜ける。荒だった波が少し凪いだ。
サーにこのことを責める気はなかった。
『この類いの感情は捨てることも忘れることもできないと、私は知っている。同時に折り合いをつけられるかが分水嶺であることも。復讐に憑かれたヒーローは何度も見てきた。そしてその多くは身を滅ぼした。殉職という形であれ、挫折しヒーロー職を去るという形であれ。
だから考えろ。
ヒーローとなった者にはオリジンがある。自分が目指す形の切っ掛け、君にもあるはずだ。しかし考えるべきなのはその逆、ヴィランを憎む切っ掛けから成る君自身の「なぜ許せないのか」という形。それを見つけられれば、自然と折り合いもつくだろう。』
オリジンの逆か。言わば、ヴィランに向ける感情のオリジン。
ヴィランに人生を無茶苦茶にされた、だから憎いで止まっちゃいけないってことですか、サー。
難しい課題を出されたなと頭を搔く。でも憎さを自覚したのと同じくらい、これじゃダメだと納得した。きっと折り合いをつけないままヒーローになれば、ヴィランなら問答無用で叩きのめす、そんな嫌なヒーローになるかもしれない。それは私のオリジンに反することだ。
「ほんと良い置き土産。」
まさか亡くなってからこんな厳しいことを言われるとは思わなかった。
残り少なくなってしまった手紙を読み進める。
『ここまで長々と説教臭いことを書いたが、君は正直不愉快に思っただろう。そこは謝罪する。もし我慢ならないのであれば、インターンは君からなかったことにしてもいい、手紙を焼き捨ててもいい。この件に関して、私も忘れよう。
だが加山水穂、どうか考えて欲しい。そしてこれに答えを出せたのなら、是非その回答を持ってきてくれることを願う。』
そう綴ってサーの手紙は締めくくられた。自然と便箋を持つ手に力が入る。
降って湧いた難問、私はこれを答えられるだろうか?
答えたいと思う。そして伝えたいとも。サーはそう思わせるだけの人物だった。
でも、それは生きてるサーに言いたかった。
だって
今度こそきっとユーモラスだと笑ってくれたかもしれない。
「さてと……」
サーからの手紙は綺麗にファイルに入れて引き出しにしまう。少なくとも答えを出せるまでは大事に取っておこう。もし答えられたら……それはその時に考えるか。
机から移動して、クローゼットを開ける。取り出すのは運動着、なんだか体を動かしたい気分だ。
悩みの正体は見えた。当然、私はこれを受けて立つ。未来を変えるのは、それを望む純粋なエネルギーなんだから。